2020年02月06日

権藤博 二宮清純 投げ勝つか、打ち勝つか

こんばんは。

  今年もいよいよ各球団が国内でのキャンプインへと動き出しました。

  最近はサッカーやラグビーとスポーツ人気も多様化しています。おまけに今年は東京オリンピック、パラリンピックの開催を夏に控えて、プロ野球もシーズンを中断することが決まっています。野球人気は衰えるのか、との危機感もあるようですが、日本人の野球好きは変わりません。

  この時期は、巨人ファンもヤクルトファンも阪神ファンも広島ファンも横浜ファンも中日ファンも、日本ハムファンも西武ファンもソフトバンクファンも楽天ファンもロッテファンもオリックスファンも、同じ気持ちでキャンプインを迎えています。シーズンが始まると、ペナントレースの勝敗に一喜一憂し始めるのですが、今は、どの球団にも優勝、日本一の可能性があり、いくらでも期待を語ることができるからです。

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(西武キャンプに入る松坂投手 sankei.com)

  セリーグでは昨年巨人に原監督が戻ってきて、3年ぶりのリーグ優勝が期待されました。このブログでもこれまでの実績から言って百戦錬磨の原監督の手腕は期待できると語りました。シーズン終盤に一時苦戦したこともありましたが、さすがは名監督。キチンと勝どきをわきまえて勢いを復活させリーグ優勝を果たしました。

  本当に残念だったのは、広島カープでした。昨年引退した新井兄貴、そして、FA宣言により巨人に移籍した丸選手の穴は容易に埋められるものではありませんでした。夏には一時、巨人に1ゲーム差にまで迫り、セリーグを大いに盛り上げましたが、失墜。終盤に奇跡の逆転劇を演じた阪神に追い上げられ、最後にはBクラス、第4位でシーズンを終了しました。緒方監督は引き際もみごと。今シーズンが楽しみです。

  私が好きなヤクルトでは、大リーグから復帰した青木宣親選手の大車輪の活躍がすべての試合を盛り上げたことに間違いありません。個人的には山田哲人選手の4度目のトリプルスリーを期待していたのですが、わずかに及ばず悔しい思いをしました。しかし、19歳の新鋭村上宗隆選手が36本塁打を放ち、高卒2年目の新記録を打ち立てた活躍には心が躍りました。今年は、村上選手も20歳となり、優勝のビールかけで初めてのビールを味わいたい、との頼もしいコメントを表明し、今年の活躍も楽しみです。何といっても今年は、野村ヤクルトで大活躍した抑えのエース、高津臣吾氏が監督に就任するので、快進撃を期待しています。

  野球の話になると止まりませんが、こんな話になったのは、今週読んでいた本当に面白い野球対談本のせいなのです。

「打者が嫌がる投手論 投手が嫌がる打撃論」

(権藤博 二宮清純著 廣済堂新書 2019年)

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(権藤博野球対談第二弾 amazon.co.jp)

【野球は奥の深いスポーツだ】

  権藤さんと言えば、1998年にハマの大魔神を擁して横浜ベイスターズを38年ぶりの日本一に導いた監督として有名ですが、1960年代には最多勝投手として一世を風靡した投手だったのです。近年では、日本代表サムライジャパンの投手コーチや中日の投手コーチに返り咲くなど、日本一の投手コーチと呼ばれています。すでに今年82歳となりますが、この対談を読むとまだまだその野球頭脳は健在で頼もしい限りです。あの野村克也氏も85歳にしてまだまだお元気ですので、このお二人の野球談議には目が離せません。

  実は、この本には前作があります。ブログでもご紹介しましたが、その対談本の名前は「継投論」。権藤さんは、横浜ベイスターズ時代に佐々木主浩投手をクローザーに抜擢し、先発、中継ぎ、クローザーという現代野球を作り上げたことで日本一となりました。なぜ、分業制を取り入れたのか。この本はその戦略の「心」を語りつくした本で、スポーツジャーナリスト二宮清純氏のみごとなリードと相まって、野球の面白さをふんだんに味あわせてくれる名対談でした。

  本屋でこの本を目にしたときに、「継投論」の面白さが胸によみがえり、即座に手に取ってレジに向かいました。

  そもそも皆さんもこの題名に目を引かれませんか。野球はピッチャーが投げた球をバッターが打ち返して、得点を取ることでゲームが成立します。前作は、大投手であり、日本一の投手コーチであった権藤氏がピッチャー目線で野球の「勝つ戦略」を語ったわけですが、今回は投打にうんちくが広がっていきます。対談のはじまりから、権藤節がさく裂します。

  考えてみれば、野球においてピッチャーほど打者のことをよく見ている選手はいません。ことに権藤氏が現役の時代。投手は先発完投型ですから、完投したとすれば一試合で最低でも27回バッターを見ています。さらに選手交代があれば、30回以上のバッターを見ているわけです。それが、5球団を相手にするわけですから、単純に計算しても150回、さらに交流戦があれば330回バッターをみていることになります。

  とすれば、ピッチャーは投手のことを語ることができるのは当然として、それ以上に打者のことを語る資格があることになります。今回の対談では、二宮さんがこうした観点で権藤氏の打者論を引き出していきことになるのです。

  さて、先ほど昨年のセリーグについて語りましたが、昨年のパリーグは複雑でした。パリーグでは、工藤監督率いるソフトバンクホークスが日本シリーズに勝利し、3年連続日本一という快挙を成し遂げました。しかし、ペナントレースでは2年連続でリーグ2位と後塵を拝しました。この2年、パリーグを制したのは辻監督が率いる西武ライオンズです。辻監督は、ライオンズ黄金時代の名手。打順は1番の巧打者との印象が強く、日本シリーズでは相手を翻弄する巧打を何度も目にしました。辻監督は、明るく楽しくがモットーで、山川選手、中村選手、森選手など、常に華々しく打ち勝って2年連続リーグ優勝を勝ち取った野球はとても魅力的です。

  埼玉ライオンズのファンとしては、打の強さはそのままにピッチャー陣の防御率や被安打数を抑えることでリーグ優勝のみならず日本一に輝いてほしいと期待しています。

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(辻西武パリーグ二連覇  yahoo.co.jp)

【目からうろこの権藤野球】

  前作の「継投論」でも目からウロコがたくさん落ちましたが、今回の対談も引き続きウロコは落ち続きます。権藤氏は、投手コーチの仕事を「いかにバッターに打たれずに試合に勝つか」を考えることだと言い切ります。バッターに打たれないためには、バッターのことをよく知らなければなりません。その意味では、投手コーチほどバッターを観察し、バッターを考え続ける仕事は他にないわけです。ましてや権藤氏は日本一と言われた投手コーチです。つまり、打者を語るのに氏ほどふさわしい人はいないということなのです。

  まず、冒頭からユニークな野球論が切り広げられます。キーワードは、3割。野球のバッターは、打率が3割を超えれば超一流です。つまり、ピッチャーの投げる球を10回受けて、そのうちの3回ヒットを打てば目標達成です。それではピッチャーはどうでしょうか。ピッチャーは、逆に7割以上打者を抑えなければその仕事がなりたたないことになります。3割打ちたいバッターと7割抑えたいピッチャーと比べてみればピッチャーの方がバッターのことを四六時中考えていなければ抑えられないということになる、というのです。なるほど。

  さらに権藤氏は、これまで日本野球で常識であった考え方に大きな疑問を呈します。

  我々は、少年野球から始まって高校大学まで、ずっと野球に親しんできました。その中で、「低めの球は打ちにくい。」とは常識でした。プロ野球の解説でも「ピッチャーが低めに球を抑えることができたのがよかったですね。」とか「球を低めに集めたのが勝因」だとか日常的に語られています。ところが、氏は、現代野球では「低めに投げろ」は大間違いだというのです。

  それは、今や時代が違うということなのです。皆さんは、「フライボール革命」という言葉をご存じでしょうか。これは、統計的な話に基づきます。大リーグで、一定のバットスピードである角度のフライを打つと、安打率は5割、長打率は1.5倍に増加することがわかりました。このことにより、適正な角度(26度〜30度)を意識してフライを打てば、安打、ホームランが増加することが証明され、大リーグではどの打者もフライを打つことに専念するようになったのです。

  かつて、野球では「ボールを転がす」ことが安打の秘訣と教わってきました。ランナーがいてもボールを転がしさえすれば、イレギュラーや捕球動作の時間によってランナーもバッターも生きる可能性が高い、とされていたのです。であれば、打者はダウンスウィングを徹底してボールをたたくことに専念することになります。ところが、フライボール革命後、フライをあげるために打者はアッパースウィングを心掛けるようになります。

  そうすると何が起きるのか。低めの球はすくい上げることによってホームランになる確率が高い球となったのです。逆に胸元の速球は浮き上がることによってアッパースウィングではとらえにくい球となったのです。

  昨年、西武の菊池雄星投手が、イチローがプレーしていたシアトル・マリナーズに入団し、大リーガーを相手に先発投手として活躍しました。しかし、入団してしばらく菊池投手はなかなか勝ち星を挙げられず、初勝利を挙げたのは6試合目の登板でした。権藤氏は、この不振の原因を「低め文化」のなせる業だといいます。フライボール革命後の大リーグ選手は、低めをホームランすることを得意としている。菊池投手は、「困ったときは低めに投げる。」という昔ながらの教えが身についており、そこをやられた、というのです。

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(菊池雄星投手 大リーグデビュー bunshun.jp)

  80歳を過ぎて、時代の最先端を見る目は確か。その見識には脱帽です。

【ピッチャーにとって嫌な打者とは】

  この本は、どこを読んでもプロ野球を見る目が変わる情報が満載されています。

  その中でも、昔からの野球ファンにとっては「嫌なバッター」といして名前が挙がる第4章は思わずうなずきながら読める、楽しい1章です。西部の黄金時代、権藤氏は近鉄バッファローズや福岡ダイエーホークスのピッチングコーチを務めており、西武とは真剣勝負を演じていました。このときには、石毛選手が3番バッターとして活躍していたのですが、この石毛選手のエピソードは本当に面白い。それは、石毛の三打席目には苦労した、という話です。

  それは、一打席目、二打席目、石毛は普通のバッターだが、三打席目には恐ろしいバッターに変身するというのです。それには2つの意味があります。ひとつは、打率的に言って、石毛選手は3打席目には安打を打つためにその形相が全く変わります。そのため、集中力が高くなり、勝負師となり必ず塁に出るのです。もうひとつは、石毛選手の三打席目には決まってチャンスが訪れる、ということです。

  権藤氏いわく、強いチームというのは勝負強い打者の前に必ず得点につながる場面が回ってくるものだ。またいわく、弱いチームは逆にその日に調子の悪いバッターのところに得点チャンスの場面が回ってくる、そうです。つまり、当時の西武は石毛選手の三打席目に必ず得点につながる場面が回ってきたということなのです。そのときの石毛選手は最も嫌なバッターだったといいます。

  ネタばれ、となりましたがご安心ください。石毛選手以外にも、嫌な打者は次から次へと語られていきます。石毛選手と同じ時期にプレーしていた、今や監督である辻選手。巨人では伝説だった篠塚選手。今やベテランとなったソフトバンクの内川選手。ベイスターズ優勝時にマシンガン打線の一角を担った石井琢朗選手、今や巨人の顔となった坂本勇人選手。なぜ、彼らがピッチャーにとってそれほど嫌な選手なのか。その理由はぜひこの本でお楽しみください。

  バッターの話も面白いのですが、ピッチャーの話はもっと楽しめます。先日亡くなったレジェンド金田投手から大リーグで日本人第一号であった野茂英雄投手、かみそりシュートの平松投手。ベイスターズの現在のストッパー、山崎投手。今や日本のエースといってもよい菅野の投手、etc。そこで飛び出す権藤節はみごとです。

  野球の話は本当に楽しいですね。皆さんもぜひこの本で野球の今を味わってください。時間を忘れて読みふけること間違いなしです。ああ、開幕が待ち遠しい!

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


📖今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 21:27| 東京 ☀| Comment(0) | スポーツ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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