2020年07月12日

後藤健生 日本代表監督から見えてくるもの

こんばんは。

  新型コロナの感染者数が首都圏で拡大しています。

  そのことの心配の最中、「令和27月集中豪雨」が日本を襲っています。特に九州の熊本、宮崎、大分、福岡の方々には先週の球磨川などの決壊で大きな被害にあわれたのち、復旧作業もままならぬあいだにさらなる豪雨が引き続き、休まるときがありません。

  被災地の皆様に心から寄り添うとともに、心からのお見舞いを申し上げます。

  この雨はまだ19日の日曜日までは予断を許さないようです。皆さん、一番大切なのは命であることに間違いありません。命を大切に、気持ちも大切に日々を送りましょう。応援しています。

  新型コロナ感染の拡大では、東京でコロナ禍始まって以来最大の感染者数が記録されました。その人数は243人。82%は若者で重症化の可能性は低い。入院者数は少なく医療体制はひっ迫していない。検査数が多いことが要因。など、経済優先のためか、楽観視する要素ばかりが独り歩きしているように思えます。

  最大の感染者数を出したその日、政府はイベント開催の自粛を緩和しました。

  プロ野球、そしてJリーグも無観客で行っていた試合に、感染対策を行ったうえで観客を入れることを決断しました。その人数は、会場の半分か5000人のどちらか少ない数。との制限を設けていますが、そこでの市中感染が判明したときにどう対処していくのか、その対応策がよく見えてきません。潜伏期間を考えれば、発祥は10日後になります。はたして、感染拡大はどこまで広がるのか。全く予断を許さず、不安は続きます。

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(初の観客を迎えた巨人戦 tokyo.npより)

  熱烈なファンの方々は、やはり球場で選手を応援してその感動のプレーを自らの目でみたい、に違いありません。また、選手の皆さんもファンの応援を肌で感じることによって、より感動を呼ぶプレーができるに違いありません。その結果、テレビ観戦ファンである私も楽しめることは間違いありません。何事もなく時が過ぎるとは到底思えませんが、一刻も早くその予兆を把握して、適切な対策が打てるよう、緊張感を忘れないようにしたいものです。

  さて、サッカーと言えばJリーグ再開の後に日本代表はどのような日程を迎えるのかが心配です。

  2018年のロシアワールドカップで、日本代表は開催の2カ月前に急遽就任した西野朗監督が、Jリーグ発足以降ワールドカップ出場2人目の日本人監督として指導力を発揮し、そのたぐいまれなる勝負強さと決断力を発揮して、日本代表をみごとベスト16へと導きました。

  そこで、次期監督に選ばれたのが、森保監督です。

  森保監督と言えば、広島サンフレッテの監督時代には、4期の監督就任中に3度リーグ優勝を果たすという快挙を成し遂げた監督として知られています。その森保さんは、2017年にオリンピック日本代表監督に就任しました。そして、翌年には西野監督の後任として日本のA代表の監督も兼任することとなったのです。

  2019年は自国開催だったラグビーワールドカップにおける日本代表の活躍が我々を熱中させてくれ、森保ジャパンの話題は忘れられた感がありましたが、ラグビーの次は、東京オリンピックでのサッカー日本代表の金メダルが期待されていました。オリンピックは2021年夏に延期が決まりましたが、東京オリンピックの延期が日本代表のU23チームにどのような影響を及ぼすのかがとても心配です。同時に2022年のワールドカップが控えているA代表。兼務する森保監督がどのような結果をもたらしてくれるのか、本当に気になるところです。

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(2012 広島サンフレッチェ優勝 soccer-king.jp)

  そんな中、本屋さんで見つけたのが今週読んだ一冊です。

「森保ジャパン 世界で勝つための条件 日本代表監督論」

(後藤健生著 NHK出版新書 2019年)

【日本代表監督の歴史を振り返る】

  本屋さんで手に取ったときには森保監督率いる日本代表のことを分析した本なのかと思いましたが、ページを開いてびっくり。なんと、この本の第一部は、Jリーグが日本に発足して以降、すべての日本代表監督11人について評論し、あまつさえ100点満点で採点までしているのです。

  こんなすごい本を書いてしまう後藤さんとはどんな人なのか興味がわいてきます。

  その肩書は、サッカージャーナリスト。なんと1964年の東京オリンピックからサッカー観戦を開始し、これまで見た試合の数は6000以上。1978年以降、ワールドカップは12大会連続で現地取材を行っているというサッカーマニアです。その経歴からいえば、まだ60代ではありますが、サッカーの歴史に精通したプロフェッショナルと言えます。

  第二部では、これからの森保ジャパンの展望を述べているのですが、驚いたことに最後の付録でJリーグ発足以前、戦前の極東選手権と呼ばれていた国際試合から日本代表を勤めたすべての監督を紹介しているのです。聞けば、後藤氏は、「日本サッカー史 日本代表の90年」なる著作も上梓しているそうで、その見識には驚かされます。

  さて、ここで採点されている11人の日本代表監督。皆さんはすべて言えるでしょうか。

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(後藤健生「日本代表監督論」 amazon.co.jp)

  まず、ハンス・オフト氏(19921993)。以降、パウロ・ロベルト・ファルカン氏(1994)、加茂周氏(19941997)、岡田武史氏(第一次:19971998)、フィリップ・トルシエ氏(19982002)、ジーコ氏(20022006)、イビチャ・オシム氏(20062007)、岡田武史氏(第二次:20072010)、アルベルト・ザッケローニ氏(20102014)、ハビエル・アギーレ氏(20142015)、ヴァイッド・ハリルホジッチ氏(20152018)、西野朗氏(2018)と続きます。

  そして、その後森保一氏が代表監督に就任して現在に至るわけです。

  皆さんの中では、どの代表監督が一番印象に残っているでしょうか。

  後藤さんは、名だたる監督たちの評価を8つのポイントで採点しています。そのポイントは。まず、「@戦績(15)」、「Aチーム作り(15)」、「B戦術・采配(15)」、「C決断力(15)」の4つを15点満点で採点します。そして、「5カリスマ性(10)」、「E発信力(10)」、「F新世代育成(10)」、「G特別加算点(10)」の4つは10点満点。総合計で100点満点となります。

  後藤氏は、この得点を編集者からの提案で加えたものと決して重視しているわけではありませんが、それぞれの監督に関する記述は、実際に取材したジャーナリストならではの視点に基づくとても興味深い話が盛りだくさんです。

  こうしてすべての代表監督を一気に俯瞰すると、代表監督なるものがいかに過酷な職業かがよくわかります。日本が初めてワールドカップのアジア予選を突破して本戦に出場したのは、1998年に開催されたフランスワールドカップでした。それ以来日本が本戦へとコマを進めたのは、自国開催であった2002年のフィリップ・トルシエ監督を除けば、3大会にとどまります。

  その監督は、岡田武史監督(第二次) 南アフリカ大会、ザッケローニ監督 ブラジル大会、西野朗監督 ロシア大会でした。さらに、この中で第一次予選を見事に突破してベスト16に勝ち残ったのは、トルシエ監督、第二次岡田監督、西野監督の3人のみなのです。この3人の戦績の得点は、トルシエ監督14/15、第二次岡田監督12/15、西野監督12/15となっています。

【個性あふれる監督たちのサッカー】

  それぞれの監督の採点は、ぜひこの本で楽しんでください。

  このブログでも紹介しましたが、代表監督の中で私が最も思い入れを持つのは、オシム監督です。そのサッカーとサッカーを志す人々に対する愛情は、何よりも深い。そして、その愛するサッカーの発展のためには、自らのポジションでできることは徹底的にやる、この生き方はまさに見習うべきものがあります。

  後藤さんがオシム氏の項で冠した言葉は、「未完に終わった『日本サッカーの日本化』史上最も尊敬された日本代表監督」というものです。「水を運ぶ選手」はオシム氏を象徴する言葉となりました。それは、試合の中でチームのために必要な水を労力を惜しむことなく運び続ける選手のことを意味します。とにかく、90分間常に走り続けることができる選手。オシム氏は、そのために毎日のトレーニングを欠かしませんでした。すべての戦術は、「走る」ことを前提に成立すると考えていたのです。

  オシム氏は、この方針を徹底することでジェフ千葉(旧ジェフ市原)を監督就任3年目でみごとヤマザキナビスコカップの優勝へと導いたのです。

  オシム氏の語る「日本サッカーの日本化」の最終形はどのような状態だったのか。後藤さんは、それはわからない、と言いながら、次のように想定しています。「日本人選手が持つテクニックや俊敏性、持久力を生かして戦うこと。選手間の距離を短くして集団的に戦うこと。」ここには、やはり徹底して「走る」という基本条件が必要となるのです。

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(木村元彦著「オシムの言葉」 amazon.co.jp)

  永年の取材に基づいた記事はリアルです。オシム監督は、ワールドカップ予選の前哨戦ともいえるアジアカップで、4位に終わっています(前回大会は優勝)。その原因はチームの疲労感だったと語ります。なぜなら、オシム監督はアジアカップの試合前でもいつもと全く同じか、それ以上の練習量を選手たちに課していたというのです。

  後藤さんは、この練習量を見て、オシム監督はアジアカップを、ワールドカップのための「東南アジア合宿」と位置付けていたのではないか、と書いています。さらに、オシム氏との取材、インタビュー時のエピソードも書いているのですが、なんともホッと心が和むような場面です。その場面はぜひ本書でお楽しみください。

  この本の第一部は、サッカー日本代表のこれまでを見つめ続けてきたファンには時間を忘れて読みふける素晴らしい評論です。

  歴代監督の中では、やはり日本人監督として選手を世界のベスト16へと導いた二人の監督の試合に掛ける決断力はピカいちです。1997年のワールドカップフランス大会に向けたアジア予選。第一次の岡田監督は、4試合が終わった直後、突然コーチから監督に昇格し、日本代表の指揮をとることになりました。にもかかわらず、岡田監督は予選を見事突破し、「ジョホールバルの歓喜」を成し遂げたのです。

  さらに第2次岡田監督は、突然倒れたオシム監督の後を受け、またもや突然の登板となったわけです。しかし、第2次の岡田監督は、若手起用に手腕を発揮します。GKの川島永嗣選手、長友佑都選手、香川真司選手、本田圭佑選手など日本代表の骨格となる選手を起用しています。さらに長谷部誠選手にキャプテンを任せたのも岡田監督だったのです。

  突然ハリルホジッチ監督の後を受け、2か月後のワールドカップで結果を出した西野監督の活躍は皆さんご存知の通りです。

  さて、この本の第2部、森保ジャパンの今後について語る紙面はなくなりました。その期待は、ぜひこの本でお楽しみください。

  この本は日本代表監督のこれまでの軌跡を語ることから、森保監督の今後を語るという、大技で本をまとめていますが、その面白さは間違いなく本物です。東京オリンピックも、ワールドカップアジア予選もコロナの影響によって延期となりました。皆さん、その延期を利用してこの本でサッカー日本代表のおさらいをしておきましょう。これからのサッカーがより楽しめること間違いなしです。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


📖今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 23:31| 東京 ☁| Comment(0) | スポーツ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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