2019年03月06日

朽木ゆり子 消えたフェルメール

こんばんは。

  フェルメールという名前には、つい反応してしまいます。

  以前から、朽木ゆり子さんがフェルメールに関する図書をたくさん上梓していることは気になっており、福岡伸一さんとの対談ではフェルメールの絵画を展示する世界のすべての美術館を踏破したお二人が縦横無尽にフェルメールを語る言葉にすっかり魅了されました。直近の東京でのフェルメール展には、都合がつかずに行けませんでしたが、フェルメールの絵画に対するあこがれはいまだに消えることはありません。

  その朽木さんのデビュー作でもある新潮選書の1冊、「盗まれたフェルメール」はいつか読みたいと思っていましたが、すでに絶版となっていました。そんな中、本屋さんを巡ると新書の棚でこの本を見つけました。手軽な新書で読める喜びを感じて思わず手に取り、購入したのは当然のことでした。

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(「消えたフェルメール」amazon.co.jp)

「消えたフェルメール」

(朽木ゆり子著 インターナショナル新書 2018年)

  これまでにも、来日したフェルメールはほとんど目の当たりにし、その魅力に魅入られてきましたが、そのフェルメールの絵が数々の盗難被害にあっていたことは未知の事でした。18年前に上梓された「盗まれたフェルメール」で朽木さんは、1990年に盗難に会ったフェルメールの「合奏」という作品が発見されることを祈ると語ったと言います。この本は、28年たった現在、その絵がいまだに発見されていない事実から語り始められます。

  フェルメールの絵は、なぜ何度も盗まれるのか。

  その知られざる世界を解き明かしていく本作は、とてもスリリングで面白い。

【名作はなぜ盗まれるのか】

  犯罪には動機があります。絵画の盗難も何らかの目的のもとに実行される犯罪です。盗難は、経済的な動機から実行されることが最も多いと思われます。近年、バンクシーという正体不明の画家の絵が世間をにぎわしています。バンクシーは、世界の各地で街中に残された数々の作品で、すっかり有名になりました。そこに込められたメッセージが人々の心を動かすのです。昨年、そのバンクシーの絵がロンドン、ザザンビーズのオークションに出展されました。

  話題沸騰のバンクシーの絵画ということで、オークションは盛り上がり、最終的に匿名の欧州の女性が104万ポンド(約15000万円)で落札しました。「少女と風船」と題されたその絵は、バンクシーおなじみの飛び去ろうとする風船にいたいけな少女が手を伸ばしている姿が描かれています。驚きは、落札した直後に起こりました。

  落札した瞬間、絵画の額縁の下部に仕掛けられたシュレッダー装置が稼働して、絵が下がっていくと同時にまるでウドンのように裁断されてしまったのです。シュレッダーは途中で止まり、裁断されたのは約半分でしたが、驚きはその後も続きます。傷物となった絵に入札は不成立になるかと思われましたが、落札した女性は裁断された絵画に落札した金額を支払ったのです。

  裁断された絵は、バンクシーの代理人によって新たな絵画として「愛はごみ箱の中に」と名付けられたそうです。かつて、「少女と風船」と名付けられていた絵画は、裁断されてもその価値を減じることはなかったのです。

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(「愛はごみ箱の中に」toyokeizai.netより)

  絵画の価値は、ことほどさように高価であり、その価値が盗難の大きな動機となることは間違いありません。

  朽木さんは、絵画の盗難事件の動機として次の4つを挙げています。第一の動機は、熱烈な絵画ファンが実物を自分の所有にしたいとの欲求です。第二は、盗んだ絵画を闇市場で売りさばき、金銭に替えるというもの。第三は、盗んだ絵画を返す見返りに所有者、または保険会社から報奨金を手に入れるために盗難するとの動機。そして、第四は、絵画返却を条件として、政治犯の釈放などの目的を遂行するための政治的な動機です。

  確かに有名絵画は資産として大きな価値を持ちますが、近年は防犯体制が充実すると同時に、売却を担っていた裏社会にも情報網がいきわたり、売却を請け負う裏の犯罪者はいなくなったと言います。そのため、売りさばこうとする話に乗ってくるのは、すべてがおとり捜査の警察官であり、売却目的の絵画盗難は減少していると言います。フェルメールの場合、特徴的なのは5回の被害のうち2回は、IRAのテロリストが逮捕され監禁されている仲間の釈放を求めるためにフェルメールを盗んだ、という事実です。

  この本は、フェルメール絵画の5回の盗難を描くことにより、絵画盗難の実態、動機、さらには美術館の事情を説き起こすとともに、フェルメール絵画の所有者の変遷などを実証的に語っており、その面白さは抜群です。

【絵画盗難のノウハウ】

  美術品の盗難と言えば、思い出すのはウィリアム・ワイラー監督のラブコメディ映画「おしゃれ泥棒」です。1966年に制作された、この映画の原題は“How to Steal a Million”。その名の通りパリの美術館から100万ドルの美術品を盗み出す物語です。

  映画の主人公シャルル・ボネ氏は、パリに住む有名な美術収集家です。しかし、その裏の顔は贋作専門の芸術家。超有名名画の偽物を作成して売りさばくプロフェッショナルなのです。演じるのは、名優ヒュー・グリフィスです。その一人娘、ニコル・ボネを演ずるのは当時もっとも磨きのかかっていたオードリー・ヘップバーン。ニコルは、いつも父親の贋作が暴露されないかを心配しています。

  ある晩、ニコルが自分の部屋のベッドでスリラー小説を読んでいると、階下で物音がします。物音におびえるニコル。しかし、心配になったニコルは意を決して階下に様子を見に行きます。すると、1階の踊り場に飾った絵の前に男がいて絵を見聞しています。ニコルは、壁に掛けてあった拳銃をかまえて、電気のスイッチをともしました。侵入していたのは、シモン・デルモット。絵画専門の怪盗。演じるのは、イケメン俳優のピ−ター・オトゥールです。

  この映画の脚本は本当に良くできていて、飾られていた絵が偽物だとバレないよう、ニコルは怪盗シモンをそのまま逃がそうとしますが、なんと銃が暴発してシモンが負傷してしまいます。やむなく治療したニコルは、ニコルの演技に騙されてシモンをホテルまで送り届ける羽目になるのです。シモンの泊まるホテルのリッチなこと。ニコルの可憐さににシモンは一目ぼれしてしまうのです。

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(映画「おしゃれ泥棒」サントラ盤)

  ニコルの父ボネは、所有する有名な彫刻「チェリーニのビーナス」を展覧会に出品します。厳重な警戒のもと、美術館に運び込まれる「チェリーニのビーナス」。実は、ボネの傑作贋作だったのです。そして、厳重な警戒の中で展示されるビーナス。美術館は、このビーナスに保険を掛けるのですが、あろうことか、保険会社が保険を掛ける前にビーナスを鑑定すると言うのです。進退窮まったボネとニコル。困ったニコルは、怪盗シモンに「チェリーニのビーナス」の強奪を持ちかけます。

  「チェリーニのビーナス」のモデルは、ニコルのおばあちゃん。その証拠にビーナスは、ニコルにそっくりなのです。

  果たして、シモンとニコルは鉄壁の防御を突破してビーナスを盗み出すことができるのか。緊迫の展開ですが、さすがラブコメディ。物語はおしゃれに進んでいきます。

  ネタバレとなりますが、二人は夜の美術館の掃除小屋に潜んで、ビーナスの警備がオンになるとある方法で、警報を発砲させ、自分たちは掃除小屋に隠れます。この警報がまたハデで、パリの街中に大音響の警報がとどろき渡るのです。パリじゅうの警官が美術館へと押し寄せる喧噪のなか、大勢の警官と警備員が美術館に突入しますが、ビーナスは何も変わらず佇んでいます。異常なし。警備隊長は、肌身離さず身に着けていたキーを警報装置に突き刺して警報を止めます。

  そこにフランス大統領から電話がかかってきます。大統領はその警報の音の大きさに寝ているところを起こされて連絡してきたのですが、異常なしと聞いて電話を終了しました。

  シモンとニコルは、その後も何度も警報を鳴らしては隠れます。警報は真夜中にもかかわらず何度も街中に鳴り響き、数えきれないほどの警官が美術館を取り巻きますが、被害は全く認められません。そして、警報が鳴り響くたびにたたき起こされたフランス大統領から隊長宛に苦情の電話がかかってきます。ストレスに耐えきれなくなった警備隊長は、腹に据えかねてついに警備システムのスイッチを切ってしまうのです。

  すべての警備が途絶えた美術館で、二人は悠々とビーナスを盗み出します。エッ、二人はどうやって何度も警報を鳴らしたのか?それは、映画を見てのお楽しみです。

  この本では、フェルメールの名作「手紙を書く女と召使」が二度の盗難に会った経緯を詳しく語っています。この絵は、アイルランドのアルフレッド・ベイト準男爵のコレクションで、ゴヤやルーベンスとともにラスボラスハウス(男爵の邸宅)に飾られていましたが、一度目は1974IRAの武装メンバーに盗まれました。その動機は逮捕され、監禁されていた仲間を救い出すための手段としての強奪でした。

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(「手紙を書く女と召使」wikipediaより)

  その後、絵は無事に発見されましたが、1986年、今度は名うての美術品強盗犯マーティン・カーヒルの手引きでまたも盗難に会いました。この2度目の盗難の経緯は、映画「おしゃれ泥棒」を地で行くような計略によるものだったのです。フェルメールの絵画はその価値の高さから何度も盗難の憂き目にあっていますが、朽木さんはその経緯を滑らかな筆で我々に語ってくれるのです。

【羨望の邸宅美術館】

  最近行った美術展は、偶然にも個人コレクションが元になった美術展が多くありました。先日東京駅に近い三菱一号館美術館で開催されたアメリカのダンカン・フィリップスのコレクションを展示したフィリップス・コレクションは見事でした。100年前にその私邸でコレクションが公開されたとのことでしたが、その私邸に飾られた数々の絵の写真は、邸宅美術館という欧米の文化の素晴らしさを教えてくれました。

  ところが、我々があこがれる邸宅美術館には大きな弱点がありました。それは、防犯設備がなく、盗難に対して極めて脆弱である点です。

  1990年に盗難にあい、いまだに発見されていないフェルメールの「合奏」。この絵画が盗まれたガードナー美術館はアメリカでも有名な邸宅美術館だったのです。ガードナー美術館はボストン最古の名門ガードナー家の三男であるジョン・ロウエル・ガードナーと結婚したイザベラ・スチュワート・ガードナーによって収集された絵画群を展示した自宅がそのまま美術館となった邸宅美術館です。

  朽木さんは、ガードナー夫人がどのような経緯でフェルメールを手に入れたのかとのエピソードから夫人が自らの邸宅に美術館を構築するプロセスを我々に語ってくれます。そして、その邸宅を美術館として公開した歴史とその美術館のすばらしさを描写してくれます。

  そこで起きた盗難事件。我々もその場にいたようなショックと戦慄を目の当たりにします。さらに驚くことにこの美術館では今でも盗難にあった絵画の跡は、当時のまま空白となっているというのです。フェルメールの「合奏」はどのように盗まれたのか?なくなった絵画の跡はなぜ空白のままになっているのか?その答えはぜひこの本でお楽しみください。

  この本は、17世紀にフェルメールが数々の名画を書き上げた後、その名画がどのような変遷を経て我々の世代へと受け継がれてきたのかとの経緯も解き明かしてくれます。

  春の一日、皆さんも名画のロマンと戦慄の犯罪の行方を味わってみてはいかがでしょうか。フェルメールへのあこがれがさらに増していくこと間違いなしです。

  梅もほころび、桜の春もすぐそこです。不規則な天候ですが皆さんご自愛ください。それでは皆さんお元気で、またお会いします。


📖今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 22:44| 東京 ☁| Comment(0) | 評論(文芸) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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