2019年01月05日

映画「ボヘミアン・ラプソディ」の魅力

こんばんは。

  伝説のロックバンド「クィーン」を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」が驚異のロングランを続けています。

  映画は、119日に公開され、瞬く間に世代を超えてその評判が拡散。20代から70代まで世代を超えて感動の輪が広がっています。バンドは、今も続いていると言うと多くの人は違和感を覚えるかもしれません。確かに、1991年に強烈な個性を持つボーカリスト、フレディ・マーキュリィーを失ってから、バンドはその空白を埋めることに様々な思いがあり、しばらく活動を休止していました。しかし、フレディが加入する以前からのメンバーであるブライアン・メイ(ギター)とロジャー・テイラー(ドラムス)は、フレディへのリスペクトを継続しつつ、バンドの活動を続けています。

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(映画「ボヘミアン・ラプソディ」ポスター)

  この映画は、1991年にエイズで亡くなったフレディ・マーキュリーを主役として、その人生を描いた映画です。フレディがボーカリストであった時代。クィーンは世界で最も売れたバンドのひとつになりました。今、20代の人たちも彼らの楽曲をどこかで耳にしているはずです。なぜなら、日本のCMでは、彼らの曲が頻繁に使われているからです。

  「ドント・ストップ・ミー・ナウ」、「ボヘミアン・ラプソディ」、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」、「キラー・クィーン」、「キープ・ユアセルフ・アライブ」、「アイ・ワズ・ボーン・ツゥー・ラブ・ユー」など、彼らの名曲の数々が並びます。さらに2004年に放映されたキムタク主演のテレビドラマ「プライド」では、その主題歌となった「アイ・ワズ・ボーン・ツゥー・ラブ・ユー」を始めとして、数々のクィーンの楽曲が劇中で使われてドラマの大ヒットとともに彼らの曲が街中に流れることになりました。

  この映画は、フレディとクィーンの生き方を描いた映画であるとともに、耳慣れた名曲が次々に流れる音楽映画との側面を持ち、脚本と音楽の力で世界中の人たちを魅了し続けているのです。

(映画情報)

・作品名:「ボヘミアン・ラプソディ」(2018年米・135分)(原題:「Bohemian Rhapsody」)

・スタッフ  監督:ブライアン・シンガー

       脚本:アンソニー・マッカーテン

       音楽総指揮:ブライアン・メイ

             ロジャー・テイラー

・キャスト  フレディ・マーキュリー:ラミ・マレック

     メアリー・オースティン:ルーシー・ボーイントン

       ブライアン・メイ:グウィリアム・リー

       ロジャー・テイラー:ベン・ハーディ

       ジョン・ディーコン:ジョゼフ・マッゼロ


【ロックバンド「クィーン」とは】

  ビートルズやローリング・ストーンズがロックとして日本に上陸してきたのは、私が小学生の低学年のときでした。その後、1970年代になるとロック界にはブリティッシュインヴェンションと呼ばれる流れが生まれ、イギリスのロックバンドが世界を席巻していきます。ハードロックと呼ばれる分野では、かのレッド・ツェッペリンがワールドツアーでスタジアムライブを行い、ザ・フーやブラック・サバス、ディープ・パープル、などのバンドが一世を風靡しました。一方では、プログレッシブ・ロックと呼ばれる潮流も太くなり、キング・クリムゾン、イエス、ピンク・フロイド、EL&Pなどのバンドが若者の心を捕えました。

  高校生の頃、アメリカン・ポップスのヒットチャートが好きだった少年の好みは、ブリティッシュ・ロックへと変化していきます。初めに衝撃を受けたのは、イエスのアナログ3枚組のライブ盤「イエスソングス」でした。このアルバムは、3枚組にもかかわらず日本ではシングル盤並みの大ヒットを記録して飛ぶように売れたそうですが、私もまさにその渦中にいました。「イエスソングス」の発売が1973年。同じ年に、2枚組4曲という長尺曲のアルバム「海洋地形学の物語」もリリースされました。なけなしのお小遣いを貯金してどちらアルバムを買おうかと、寝ずに悩んで新録音の「海洋地形学」をヤマギワデンキで買ったことを昨日のことのように覚えています。

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(イエス「海洋地形学の物語」amazon.co.jp)

  我々、ロック好きは当時高校の図書室に集まって、よくロック談議に花を咲かせていました。当時のアナログLPレコードは高額で、同好の士が代わる代わるアルバムを購入し、貸し合っていました。ある日、比較的購入頻度の高い友人が、新譜を購入して図書館に持ってきていました。アルバムのジャケットは、ピンク系の赤のグラデーション。そこには「Queen」の文字とマイクを高く掲げたチェスのコマのような人型がイラストされています。そして、アルバムの帯には「戦慄の女王」と書かれていたのです。

  友人からそのアルバムを借り、急いで家に帰って針を落とすと、いきなり尖ったギターフレーズが耳から体へと飛び込んできます。ギターのリフは、右のスピーカーから左のスピーカーへと移動し、さらにサラウンドしていきます。独自のギター音がキャッチーなフレーズをリフると、アクセントの効いたドラムに続いて、強烈なシャウトが耳に響きます。そう、これこそがクィーンのデビュー曲「キープ・ユアセルフ・アライブ」だったのです。日本名こそ「炎のロックンロール」というセンスのないネーミングでしたが、その斬新な音にすっかりハマりました。

  このアルバムのライブ感は本当にすごかった。B面(今や死語ですが)のオープニング「ライヤー」は、ロジャーのグルーヴ感満載のアクセントの聴いたパーカッションが我々を直撃。そこにブライアンのトーンギターがグルーヴィーなフレーズを響かせます。そして、ラストの「セブンシーズ・オブ・ライ」(輝ける7つの海)まで、一気呵成に聞かせてくれるのです。

  このアルバムのあまりの衝撃に、このパワーをみんなにもシェアしようと、当時放送委員だった立場を利用して昼休みの全校放送で「キープ・ユアセルフ・アライブ」を流し、担任の先生に大目玉をくらったことを思い出します。このアルバムは、本当にテープ(当時の録音媒体はカセットテープでした。)が擦り切れるほど繰り返し聞きました。アルバムジャケットの裏面は、メンバー写真が切り張りされていましたが、そこに小さく「誰もシンセサイザーを演奏していない。」と書かれていて、その演奏力の高さにも驚嘆しました。ブライアン・メイが自宅の暖炉の木材を自ら加工してハンドメイドのギターを作成し、シンセにも負けない7色の音を奏でていたのです。

  さらにライナーに書かれたメンバーですが、フレディ・マーキュリーとブライアン・メイはそのままでしたが、ロジャー・テイラーは、ドジャー・メドウス・テイラーと書かれ、さらにジョン・ディーコンはディーコン・ジョンと記されていました。この誤りをずっと正しいと思っていたので、社会人になって相当経ってから熱狂的なクィーンファンの女性と話が盛り上がった時に、思わず「ロジャー・メドウス・テイラー」と「ディーコン・ジョン」と言ってしまい、「本当にはじめからのファンなのね。」と大いに感激されたことをよく覚えています。

  次の年、2枚目のアルバム「クィーンU」が発売されます。このアルバムも友人から借りて聞いたのですが、ファーストがレッド・ツェッペリン張りのハードロックアルバムであったのに比べ、2枚目はまるでイエスのようなプログレッシブロックアルバムだったのです。そのコンセプトは明確で、A面が「ホワイドサイド」、B面が「ブラックサイド」と分かれ、ブライアン・メイがホワイト、フレディがブラックというコンセプトでアルバムが創られていたのです。イエスに心酔していたロックファンはひとたまりもなく、その世界に魅了されてしまったのです。

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(名作「QueenU」amazon.co.jp)

  今でも「クィーンU」を聴くと鳥肌が立つほどです。

  そして、その感激も冷めやらぬうちに3枚目のアルバム、「シェアー・ハート・アタック」が発売されました。この時には、購入順序が私に回ってきたこともあり、貯めていたお小遣いで自ら購入し、友人たちに提供しました。貸し出しに回したところ、約半年間、手元に戻ってきませんでした。このアルバムでは再びコンセプトを変えていて、ショービジネス的な作りがなされています。当時読んでいた「MUSIC LIFE」という雑誌では、「1枚目はツェッペリン、2枚目はイエス、3枚目はスリー・ドッグ・ナイトの模倣」と書かれていて、大いに閉口したものでした。(人は本当のことを言われると腹が立つものです。)

  このアルバムは、「キラー・クィーン」のヒットでよく知られていますが、素晴らしい曲が詰まっていました。A面の「ナウ・アイム・ヒア」は、長い間、彼らのライブのオープニング曲でしたし、B面の「イン・ザ・ラップ・オブ・ザ・ゴッズ」(神々の業)は、長い間、ライブのエンディングに歌われていたのです。1975年の初来日のときには、なけなしのお小遣いを使い果たして武道館に足を運びました。このときの「ナウ・アイム・ヒア」のオープニングには心が震えました。この時の日本のファンの熱狂ぶりには彼らもとても感激したようで、インタビューでは日本への感謝がたびたび語られていました。実は、このアルバムの「シー・メイクス・ミー」という曲には、恋の思い出があるのですが、これについては語ることを控えておくことにします。

  彼らが来日した1975年。映画でも語られていたアルバム「オペラ座の夜」が発売され、アルバムに収められた6分にも及ぶ「ボヘミアン・ラプソディ」が大ヒット。アルバムもイギリスでチャート1位を獲得するなど、そのオリジナリティによって、世界的な大ヒットを収めたのです。

【映画「ボヘミアン・ラプソディ」】

  この映画は、待ちに待ってワクワクしながら、封切り初日に見に行きました。もちろん、音響が大切な映画なので、IMAXです。(以下、ネタバレあり。)

  観る前には、ドキュメンタリーフィルムかと思っていたのですが、始まってみてビックリ。完全なるオリジナルストーリーで、しかも出演者はすべて俳優でした。いきなり、肉体労働のバイトをしているフレディ・マーキュリーらしき人物が登場し、まずビックリ。さらにフレディの本名がファルーク・バルサラと知って、再びビックリ。しかも、両親はインド人で、ゾロアスター教という特異な経歴の持ち主だったのです。

  しかし、彼の人生にとって最も深く影響したのは、まさにこの生い立ちだったのです。その生い立ちは、この映画に描がかれた彼の複雑な心理と行動に大きな影響を与えており、映画のオープニングこそが、この映画に奥行きを与えていたのです。ラスト21分間のライブエイドのパフォーマンスは、単に仲間や観客との絆が蘇った瞬間だけなのではなく、フレディが彼の家族との絆を取り戻した瞬間でもあったことが、この映画の更なる感動を誘うのです。

  それにしてもフレディと名前を変えたファルーク・バルサラが父親に受け入れられず、さらに自らも父親を受け入れない、という断絶は、どの家族にも訪れ得る一瞬だとはいえ、やはり悲しいものでした。父親のゾロアスター教からの教え、「良き想い、良き言葉、良き行い」を守れと言う言葉。その教えに対してフレディは、「その教えで何かいいことがあったのか?」と反抗します。父親は、怒りを抑えつつそんな息子に失望します。

  しかし、映画ラストを飾るライブエイドに出演するときに、このパフォーマンスでは報酬を受け取らないことを父親に告げ、「『良き想い、良き言葉、良き行い』だよ。」と語り父親と抱きしめあうフレディ。フレディは、このライブエイドでのパフォーマンスにより、これまで失ってきた様々なものを再び手に入れることとなるのです。すべての人が、この映画に感動するのはこうした人としての見事な伏線があるからなのです。

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(「ボヘミアン・ラプソディ」スチール写真 amass.jp)

  こうした映画の脚本としての成功ももちろんですが、この映画の感動はやはり音楽にあります。

  個人的には、ブライアン・メイとロジャー・テイラーが「スマイル」というバンドでボーカリストを失ったとき、そこに現れたバルサラが無理やりボーカリストとなり、フレディ・マーキュリーと名を変えて、初めて「クィーン」として演奏するシーンが最高に感動的でした。その曲は、「キープ・ユアセルフ・アライブ」なのですが、フレディが歌詞を勝手にアレンジして歌っているところにブライアンがギターを弾きながら、何度も「歌詞が違う」、「正しい歌詞を覚えろ」とどなっているシーンが、将来の二人を暗示していて本当に感動したのです。

  さらに、フレディと他のメンバーとの間に若干の溝が出来てきたときに、ジョンやロジャー、ブライアンが、観客とリズムを合わせ、一体感を醸し出すために編み出した工夫。

  ダッ、ダッ、ダ。ダッ、ダッ、ダ。ダッ、ダッ、ダ。

  ダッ、ダッ、ダ。ダッ、ダッ、ダ。ダッ、ダッ、ダ。

  スタジオの舞台で、これを繰り返すメンバー。そこにやってきたフレディ。これこそが、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」誕生の瞬間でした。

  語れば尽きないのですが、とにかくこの映画はおすすめです。11月、とても感動したのは、私だけかと思ってブログに書くことを控えてきましたが、NHKにまで取り上げられるほど幅広い人たちの支持を得られたのであれば、その感動をぜひ分かち合いたいと思います。

  音楽ファンもそうでない方も、まだ見ていない幸運なアナタ。まだ、遅くはありません。ぜひ、映画館でこの感動を分かち合いましょう。 「ウィ・ウィル・ウィ・ウィル・ロック・ユー」

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


📖今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 19:40| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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