2018年07月01日

テッド・チャン 「あなたの人生の物語」

こんばんは。

  このブログでも日本SF作家クラブが50周年記念に刊行した時代別のアンソロジー「日本SF短編50」をご紹介しましたが、SF小説はジュール・ベルヌやコナン・ドイルの時代から、まさにワンダーの宝庫でした。

  SF小説のワンダーは、映画という映像文化ととても相性が良く、古くは「月世界旅行」から始まり、フリッツ・ラングの「メトロポリス」からジョージ・ルーカスの「スター・ウォーズ」、フィリップ・K・ディックの名作を原作とした「ブレードランナー 2049」まで、あまたの名作が我々に夢と感動を与えてくれました。

  小説のワンダーを映画にした名作もあれば、映画から小説が紡ぎだされた作品もあります。 

  そうした中で、2016年に制作され、2017年に日本でも公開されたSF映画「メッセージ」はとても気になる映画でした。そして、映画を見て、その見事な出来栄えに感動し、どうしても原作が読みたくなって、先日本屋さんで早速手に入れました。

「あなたの人生の物語」(テッド・チャン著 朝倉久志他訳 ハヤカワ文庫 2003年)

テッドチャン文庫01.jpg

(「あなたの人生の物語」ハヤカワ文庫 amazon.co.jp)

  この本は、短編を発表するたびに賞賛され、優秀なSF小説に送られるネピュラ賞を何度も受賞しているテッド・チャンの短編集です。彼は、1967年生まれの中国系のアメリカ人で、1990年にSF作家としてデビューしました。その本業は、サイエンスライターであり、寡作な作家として知られています。

  本人が納得するプロットがなければ決して作品を執筆しないというマニアで、この作品集が2003年時点でのほぼ全作品を網羅した作品集だとのことです。

【映画「メッセージ」とは】

  まずは、2017年にアカデミー賞を始め様々な映画賞にノミネートされた映画からご紹介することにしましょう。

(映画情報)

・作品名:「メッセージ」(2016年米・116分)

     (原題:「Arrival」)

・スタッフ  監督:ドュニ・ヴィルヌーブ

                    脚本:エリック・ハイセラー

・キャスト  ルイーズ・バンクス:エイミー・アダムス

       イアン・ドネリー:ジェレミー・レナー

       ウェバー大佐:フォレスト・ウィテカー

    SF映画には、様々なジャンルがありますが、この映画はエイリアンが地球にやってくるという典型的なエイリアン映画です。しかし、「宇宙戦争」や「インディペンデンスデイ」とは全く異なり、そのストーリーは、きわめて静かに進んでいきます。この物語の主人公は、エイリアンとのコンタクトのために軍に招集された、言語学者と物理学者なのです。

メッセージ01.jpg

(「メッセージ」スタッフとキャスト FASHION PRESSより)

  エイリアンの地球への来訪を描く作品ですが、そのオープニングは幼い少女をベッドでいたわる母親の姿が描かれます。娘と母親との愛情がにじんでくるような優しい映像。いったい、この映像は何を我々に語るのでしょうか。

  ある日、世界のたくさんの地域に巨大な宇宙船が出現し、地球上に停泊します。各国は、その宇宙船に対して、どのように相対すればよいのかとまどいます。静かにたたずむ宇宙船を眺める限り、そこに好戦的な敵意を見出すことはできません。

  大学で言語学を教えるバンクス博士は、女性言語学者。フィールドワークの経験も豊富で、宇宙人の襲来のニュースの中でも大学での講義を欠かしませんが、学生たちはそれどころではなさそうです。講義を終えて、たった一人の自宅に帰りつくと、そこに軍服を着た将校の訪問を受けます。ウェバーと名乗るその男は、とある録音をバンクス博士に聞かせて、それに対する言語学者としてのコメントを求めます。

  ただの効果音にしか聞こえない音声を聞いて、博士はとまどいます。これが、今話題となっている宇宙人の声なのだろうか?博士は、直接コミュニケーションが出来なければ何もわかりはしないと突き放します。しかし、ウェバーは、それは無理だと言い捨てて、帰ってしまいます。

  しかし、しばらくたって再び訪問したウェバーは、博士を連れ去り、宇宙船の元へと向かったのです。そこに待っていたのは、たくさんの軍人と多くの解析スタッフたちでした。ルイーズは、その場で物理学者のイアンを紹介され、二人は未知の宇宙人と相対することになるのです。

  遥かなる草原に浮かぶ巨大な宇宙船。しかし、その表面はなめらかで、まるでクリスタルのような円筒形をしています。その抒情的な画面は原作の筆致とマッチして、見事にテッド・チャンの世界を我々に味あわせてくれるのです。

  ここから、言語学者であるルイーズと物理学者であるイアンの宇宙人との対話が始まります。原作では、テッド・チャンが言語学の知識を駆使してエイリアンの言語を描き、さらにサイエンスライターとしてフェルマーの原理を使っての“彼ら”の思考方法を解き明かしていくのですが、映画ではもう少しわかり易い展開が待っています。

  二人がコミュニケーションを重ねていく地球外生命体二人は、「ヘプタポッド」と呼ばれます。彼らは明らかに知的生命体であり、自らの言語と試行を持ち、宇宙を航行するための技術を身に着けています。二人?のヘプタポッドは、「コステロ」と「アボット」との愛称で呼ばれるようになり、ルイーズのアイデアによって、彼らの言語の解析が始まります。

  地球外生命体の姿と彼らが語るヘプタポッド語には、この映画のワンダーがつまっています。そのワンダーは、ぜひ映画を見てお楽しみください。

メッセージポスター01.jpg

(映画「メッセージ」ポスター)

【映画と原作の間】

(ここからネタばれあり)

  この映画は、アカデミー賞をはじめたくさんの映画賞にノミネートされましたが、2017年度の全米脚本家組合賞で脚色賞を受賞しました。プロがプロに与える賞を受賞したわけですが、確かに原作を読むと、映画としての見事な脚色がこの映画を面白くしていることが良くわかります。

  この映画のミソは、地球人類の思考や言語が三次元の世界で成り立っているところにあります。テッド・チャンは、地球外生命体が人類に言語と思考を通じて、四次元の世界を与えてくれに来たことをこの小説で表現したのです。

  小説では、ヘプタポッドの言語は、話し言葉と書き言葉がまったく異なる次元で創られており、ヘプタポッドAが発話言語、ヘプタポッドBが表義言語であることが発見され、その四次元の思考が明らかにされます。さすがに映画では、このような説明的な話を表現できないので、その表意言語が画面に登場することになります。

  そして、人類にもたらされる四次元の思想を体現しているのが、小説では中心として描かれ、映画ではひとつの謎として描かれる少女の存在なのです。小説では、そのプロットと表現力で、その謎が明らかにされていくわけですが、映画の脚本では、その謎がよりわかり易くなるために一つのエピソードを付け加えています。

  地球に訪れるペプタポッドの宇宙船は、12隻。世界中にちらばって着陸します。アメリカに着陸した宇宙船では、ルイーズとイアンがヘプタポッドとのコミュニケートによりその言語と思考を解明しようとします。それと同時に世界各国の元を訪れているヘプタポッドと各地でのコミュニケーションが行われていくのです。

  そして、ヘプタポッドが地球を訪れた理由が解明されつつあった中、ある国がその危険性を指摘して、彼らに攻撃を仕掛けようとするのです。果たして人類は、地球外生命体に戦いを仕掛けるのか。映画のクライマックスはこの中で、ルイーズがヘプタポッドのもたらした四次元の思考にめざめる場面です。

  一部のファンの間では、この映画は何を言いたいのかが良くわからない、との意見もあるようですが、この映画の脚本は原作の持つ細やかな魅力を表現しながらも、映画としてわかり易い表現を用いていると思います。確かに見事な映画でした。

メッセージ02.jpg

(映画でのヘプタポッドの表義文字 Wired HPより)

【テッド・チャン、SFの魅力】

  さて、小説の話に戻りましょう。

  この短編集には、テッド・チャン氏がデビューしてから2003年までに発表された8つの短編中編が収められています。本業はサイエンスライターとはいえ、これだけ寡作な作家もめずらしいのではないでしょうか。さらにめずらしいのは、発表された作品のほとんどがSF賞を獲得しているのです。

「バビロンの塔」(1990年) ネビュラ賞

「理解」(1991年) アシモフ読者賞

「ゼロで割る」(1991年)

「あなたの人生の物語」(1998年)ネビュラ賞

「七十二文字」(2000年)サイドワイズ賞

「人類科学の進化」(2000年)

「地獄とは神の不在なり」(2001年)

 ネビュラ賞・ヒューゴー賞他

「顔の美醜ついて ドキュメンタリー」(2002年)

 スタージョン賞

  テッド・チャン自身は、自らの作品群をファンタジー的な作品とSF的な作品との観点から語っています。ファンタジーとは、おとぎ話に代表されるように我々が住んでいる世界とは別な世界を描く物語です。SFを「サイエンス・ファンタジー」と呼ぶ人もいて、不思議の国のアリスもSFの範疇に入ることになります。

  サイエンスフィクションと呼ばれる分野でのワンダーは、「時間旅行」、「人造人間」、「超人類」、「人類滅亡」、「異星生物」、「宇宙」、「異次元」など、いまだに実現されていない科学技術を駆使して物語が展開していきます。

  確かにチャンの作品には、この二つの要素が混然としているように読めます。

  ファンタジー的な要素が強い作品は、「バビロンの塔」、「七十二文字」、「地獄とは神の不在なり」の3編となりますが、他の作品にもファンタジーを描くときの語りが生きています。特に「あなたの人生の物語」では、主人公の娘が重要な役割を担っており、その家族を描く筆致は限りなくファンタジックです。作家自身は、「七十二文字」はむしろSF的な作品だと述べていますが、ゴーレム(土人形)が七十二文字で書かれた名辞と呼ばれる紙によって動かされる世界を描いており、世界観としてはファンタジー的作品です。

  作品の中には、「理解」、「七十二文字」、「地獄とは神の不在なり」のように息詰まるアクションシーンが効果的に描かれる作品もあり、確かに小説としての面白さも兼ね備えた作品です。

  映画のおかげで、久しぶりにSF小説の世界に足を踏み入れて楽しむことができました。皆さんも日常から離れ、まったく別の世界で時間を過ごしてみてはいかがでしょう。SFは、本来小説の持つ別世界へと我々をいざなってくれます。「バビロンの塔」は、読み終わったときに星新一さんの「おーいでてこい」を思い出し、なつかしさで胸が熱くなりました。


  今年は早くも梅雨が明け、本格的な夏が到来します。いきなりの真夏。皆さん、熱中症にはくれぐれも気を付けて、明るい夏を楽しみましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


📖今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。


posted by 人生楽しみ at 18:21| 東京 ☀| Comment(1) | 小説(海外) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
紹介 日本語の起源・言霊百神
Posted by コトタマ at 2018年07月16日 20:46
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: