2018年06月17日

原田マハ 歴史に残る26枚の絵画


こんばんは。

  原田マハさんは、メトロポリタン美術館のキュレーターも経験されたことがあり、基本的にその原点には絵画があるのだと思います。

  絵画の小説を描くまでには、プロの小説家としての自らの作法を確立するために、様々な小説を書いてきたのではないでしょうか。2006年のデビューから6年を経て執筆した「楽園のカンヴァス」を読んだ時には、マハさんが書きたかったのはこの世界だったのか、と改めてその想いを垣間見るような感動を覚えました。

  この小説の主人公の一人、オリエ・ハヤカワはマハさんの分身です。若き日にソルボンヌ大学でアンリ・ルソーの研究に没頭し、子どもができたことを契機に日本に帰国。齢40を前にして、大好きな絵画を見守る監視員となる。実際のマハさんの経歴とは異なりますが、マハさんにとって、日本の美術館としては理想的な環境である大原美術館でアートの仕事をすることは、ひとつのあこがれだったのだと思います。

ルソー「夢」01.jpg

(アンリ・ルソー「夢」)

  まだ行ったことのない大原美術館ですが、訪れる日を楽しみにしています。

  この小説は、謎解きとしても、限られた時間にしても、好敵手ティム・ブラウンの造形にしても、あらゆるところにプロの作家としての創意工夫に満ち溢れています。しかし、この小説の感動は、決してその技法によってもたらされるのではなく、作者のアンリ・ルソーの絵に対する限りない愛情があってこそもたらされるものなのです。

  処女作には、その作家のすべてが表現されている、と言いますが、アート小説の処女作に当たる、「楽園のカンヴァス」には、原田マハさんの絵画への想いが凝縮されているように思えます。

  さて、そんなマハさんが、絵画について綴った文章が、前作「モネのあしあと」(幻冬舎新書)に引き続いて上梓されました。

「いちまいの絵 生きているうちに見るべき名画」(原田マハ著 2017年 集英社新書)

  この本は、人気があるためか、あまり部数が印刷されなかったせいか、手に入れるのにずいぶん時間がかかりました。初めて見たのは、連れ合いと買い物に行ったイオンに入っていた本屋さんでした。そのときは、時間がなくチラ見しただけでしたが、それ以降、良く行く本屋さんに行くたびに見ていたのですが、置いてあるのは「モネのあしあと」のみで、この本は常に売り切れていてなかなか手に入れることが出来ませんでした。

  先日、増刷された一冊を見つけ、即座に買い求めました。

  マハさんのアートに対する造形と愛情を深く感じる一冊に心が癒され、まるでその絵を目の当たりにしたような豊かな気持ちを味わうことが出来ました。

マハいちまいの絵01.jpg

(原田マハ「いちまいの絵」amazon.co.jp)

【絵画を見る楽しみ】

  実際にその画家が描いた直筆の絵画は、その画家の想いや情念がそのままカンヴァスに写し取られていて、その絵を見ると思わぬ感動が体を駆け抜けます。

  人生の楽しみに「絵画」は、欠くべからざるものです。

  これまでも、モネやフェルメールの実筆の絵画が美術展で来日するたびに出かけて、その情念に感動を味わってきました。その楽しみは、このブログでもたびたび紹介させていただいていますが、私の絵画鑑賞は、かなり偏ったものといえるかもしれません。というのもキュビズムや現代アートはあまり見る機会を持たないので、これまであまり知らない世界でした。

  唯一の例外は、点描画の美術展で見たモンドリアンの絵画でした。

  今回の本は、絵画の魅力を十分に知る原田マハさんが、これまで感動を味わった26枚の絵を紹介してくれており、ピカソも含めて、現代美術に通じる名画の数々を紹介してくれます。これまで味わうことのなかった絵画も存分に楽しむことが出来、新たな世界が広がる想いがしました。

  この本で紹介されている絵は、マハさんが目の当たりにしたときにどこに心を動かされたのかが、臨場感を持って語られています。紹介される作家とその絵は、次々と私たちの心に感動を運んでくれるのです。

  いくつか名前を挙げると、ピカソの「ゲルニカ」、ボッティチェリの「プリマヴェーラ(春)」、レオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」、モネの「大壁画 睡蓮」、ドガの「エトワール」、ゴッホの「星月夜」、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」、マティスの「ダンス」、ルソーの「夢」、ムンクの「叫び」などなど、名作の数々が原田マハさんの感性で語られていきます。

マティスダンス01.jpg

(マティス「ダンス」)

  後半に紹介されている近代絵画の紹介には、特に引き込まれます。

  まず、現代絵画直前の作品。クリムトが描いた黄金の色彩を持つ「バウワーの肖像」、マティスがその色彩感覚を存分に表現した「ダンス」、現代劇作家の挿絵としてあまりに芸術的な生首を描いた「お前の口に口づけしたよ、ユカナーン」は、今までその絵の存在は知っていても、この本のマハさんの紹介を読むと、まるでその魅力が倍増したかのように感動を感じることが出来ます。

  紹介は、はじめてマハさんがその絵画に引き込まれたときのエピソードから語られます。それは、初めて美術館でその絵に対面したときの感動を描いていたり、マハさんがこれまでの人生の中でその絵に憧れを持っていたり、はたまた、キュレーター時代に知る機会があり、その後、その魅力に目覚めたり、と波乱万丈です。

  次に語られていくのは、紹介される絵画の著者にかかるエピソードです。その生まれた土地、生まれた年から始まり、その才能が目覚めていく過程をトピックス交えて紹介してくれます。その人生は、様々で、もともと裕福な家庭に育った作家もいれば、家族全員が早くから次々と亡くなっていく悲しい運命に翻弄された作家もいます。

  「楽園のカンヴァス」で描かれたアンリ・ルソーは、税関の管理として22年間勤めましたが、絵を描きたいとの思いが募り、退職して絵画作成に専念しました。その絵は、平面的で不可思議なものでしたが、19世紀末のパリでは全く評価されず、無視されました。しかし、ルソー自身は、自らの才能を信じ続け、創作をやめることはありませんでした。

  しかし、全く新しい絵画の創造を目指していた若き日のピカソは、その幻想的な絵画を大いに評価し、アポリネールやゴーギャンとともに1908年にルソーを称える会を模様したことは有名な話です。「楽園のカンヴァス」では、この「洗濯船」でもようされた「アンリ・ルソーの夕べ」のシーンが見事に描かれています。

  ここで紹介されるルソーの作品「夢」は、ニューヨークの近代美術館に展示されていますが、マハさんはこの絵にまつわる思い出を短い文章の中にも印象的に語ってくれます。家族に先立たれ、家庭環境に恵まれなかったルソーですが、この絵に描かれたヤドヴィガという女性は幻想的で、「楽園のカンヴァス」では、ひとつの謎ときとして小説を盛り上げてくれました。

【現代絵画の斬新さ】

  この本を読んで、これまであまり見ることのなかった世界を垣間見ることが出来ました。

  それは、まさにアヴァンギャルドな作品で、この本の紹介がなければわざわざ見に行くことはないだろう作品群です。マレーヴィッチ(旧ソ連)の「黒の正方形」、ポロック(アメリカ)の「Number 1A.1948」、ロスコ(ラトビア生まれ、アメリカ)の「シーグラム壁画」の3枚は、マハさんの文章がなければその魅力がわからずに過ごしたと思えます。

  確かに口絵の写真で見ただけでは、これらの絵の魅力を感じることは難しいのです。例えば、「黒い正方形」は、キャンヴァスにただ黒い正方形が描かれているだけ。ポロックの絵は、直接キャンヴァスに絵具やペイントをまき散らすような「アクション・ペインティング」という手法で描かれており、その絵には手形までが残されています。

  さらに、「シーグラム壁画」は、淡く赤い画面に浮かび上がるような別の紅色の四角形が、立体として二つ繋がって浮かんでいるだけです。

ロスコシーグラム01.jpg

(ロスコ「シーグラム絵画」)

  ロスコの「シーグラム絵画」は、マハさんがその絵を見た時の想いが素直に語られています。さらに語られるこの絵が描かれた経緯を読むうちに、ロスコの世界へと引き込まれていきます。この絵は、現在DIC川村記念美術館に他の7点とともに展示されていると言います。

  1958年、すでに作家としての地位を築いていたロスコの元にひとつのオファーがなされます。それは、マンハッタンに新築されるシーグラムビル内に新たに開業するレストラン「フォーシーズン」に飾る絵画の制作依頼でした。このレストランは、最高級の料理と優れた現代アートを共に味わうとのコンセプトのもとに企画されました。

  兼ねてから、他の作家と同じ空間で自らの絵画が展示されることを嫌っていたロスコは、レストランの部屋が自らの絵画のみで飾られるとの申し出に、このオファーを引き受けたのです。ロスコの絵画は、まさに壁画のような大きさで、30点が制作されたそうです。しかし、この内相的で幻想的な作品群は、レストランに飾られることはありませんでした。なぜなら、絵を飾る前に完成したシーグラムビルのレストランを訪れたロスコが、そのレストランの雰囲気に幻滅してしまったからでした。ロスコは、レストランに飾る契約を破棄してしまったのです。

  行き場を失った「シーグラム壁画」ですが、その作品は何天下に分散されて美術館へと収められました。ロンドンのテート美術館にある9点とともに、DIC川村記念美術館には、7点が展示されているそうです。その7点は、「ロスコ・ルーム」にロスコの希望を叶える形で、一つの部屋にロスコの絵画のみが展示される環境で味わうことが出来るのです。

  この本を読むと、こうした現代のアヴァンギャルドな絵画も一度じっくりと鑑賞してみたくなります。他の名作と同様に、実際に描かれた絵画を実体験すれば、その迫力と魅力に感動するに違いありません。

  先日、本屋さんに行くと本棚に先日ご紹介した「モネのあしあと」と並んで新刊が置かれていました。その本の題名は「ゴッホのあしあと」。前回には、初めて見た日に購入せず、しばらく手に入れることが出来ませんでした。その教訓から、今回はすぐにカウンターに持っていき、手に入れました。読むことが、今から楽しみです。

  マハさんの絵画本。その小説にも感動しますが、エッセイに込められた氏の絵画に対する想いと感性も味わいが深く、実際に絵画を見て感じた感動が胸に蘇ってくる気持ちがします。

  今回の26枚の最後を飾る絵画は、東山魁夷の「道」です。東山魁夷と言えば、氏の小説「生きるぼくら」で重要なモチーフとなっていた幻想的な絵画「緑輝く」が思い出されます。湖畔に映し出される緑の森と白馬。この本の最後を飾るのは、その東山魁夷の名作「道」です。

kaii道01.jpg

(東山魁夷「道」)

  そこには、マハさんが若き日にこの絵に感じたパワーが描かれています。その想いは、ぜひこの本で味わってください。マハさんの原点を感じられること間違いなしです。

  本当に素晴らし絵画を知ることは、人生を豊かにしてくれます。


 いよいよ紫陽花の季節に突入しましたが、梅雨は気圧の変化に体が反応してしまう季節でもあります。皆さん、くれぐれも無理をせずご自愛ください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


📖今回も最後までお付き合いありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

にほんブログ村⇒プログの励み、もうワンクリック応援宜しくお願いします。


posted by 人生楽しみ at 18:58| 東京 ☁| Comment(0) | 評論(文芸) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: