2017年10月31日

山本秀也 習近平と中国を読む


こんばんは。


  2012年に習近平氏が最高指導者となってから5年、国家主席就任のときに掲げた「中国の夢」は夢ではなく現実味を帯びてきました。


  1018日に中国共産党大会が閉幕し、習近平総書記(国家主席)が二期目の政権を発足させました。党大会は、中国共産党の最高決定機関(つまり、中国の)であり、この大会によって習政権の今後が固まったことになります。


  大会の開催に当たって習近平氏が行った演説は、なんと3時間23分。9時から12時半まで延々と自らの政権について語ったのです。会議には、91歳の江沢民氏、前国家主席の胡錦濤氏も出席していましたが、江沢民氏はその長さにあくびをかみ殺し、演説が終わり席に戻った習氏に胡錦濤氏が腕時計を見せて「長すぎるよ」とアピールしました。


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(習総書記の党大会演説 asahi.com)


  しかし、この演説は、習氏がその権力基盤を盤石のものとする決意表明となったのです。


  今週は、この習近平国家主席を語った本を読んでいました。


「習近平と永楽帝 中華帝国皇帝の野望」(山本秀也著 新潮新書 2017年)


【第二期 習政権の決意】


  本の話はさておき、共産党大会における習国家主席の決意について見てみたいと思います。


  まず注目は、「中国の特色ある社会主義は新時代に入った。これは我が国の新たな歴史的方位である。」との発言。中国の社会主義の創始者は、最も偉大な国の創始者毛沢東、そして、現在の中国社会主義(新経済主義)を形創ったケ小平。この発言は、中興の祖、ケ小平の次の中国を創るのは、習近平その人であることを表明した言葉なのです。


  次に演説では、中国の二つの百年への目標が語られます。


  二つの百年とは、中国共産党成立100年となる2021年と中華人民共和国成立100年に当たる2049年のことを指しています。習政権は、2021年までに小康社会を実現し、GDPと年・農村部住民の所得を2010年対比で倍増するとしています。さらに2049年には、富強・民主・文明・調和をかなえた社会主義現代国家の建設をめざす、としています。


  その最終的な姿を、「中国は、総合国力と国際影響力が世界の指導的国家となり、全人民の共同富裕を実現し、我が国人民はさらに幸福で健康な生活を享受でき、中華民族は、世界民族の林に更なる昂然と屹立する姿を見せることになる。」と語ります。まさに世界民族の中に君臨するとは、世界のNO.1民族となるとの宣言に他なりません。


  習主席は、小康社会の建設を2020年までに完了し、その後の15年を、社会主義現代国家を建設する基礎となる期間と定めます。この言葉から、習主席は毛沢東のように生涯主席を目指して、2035年まで中国に君臨するのではないか、との憶測がなされています。


  中国共産党の政治体制は、ヒエラルキーにより成り立っており、主席の下には、チャイナセブンと呼ばれる7人の政治局常務委員が君臨します。この7人の最高指導部は、党の政治局員25人の中から選ばれ、党のすべての重要政策や幹部人事の方針を定めることになります。


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(新チャイナセブンのお披露目 asahi.com)


  今回もこのチャイナセブンに誰が選ばれるのかが、習主席の権力基盤を見定める有力な情報になると言われていました。ちなみに第一期政権では、習派閥は、習近平氏を含めて2名、江沢民派が3名、胡錦濤派が1名、無派閥1名という布陣でした。第二期となり、習派閥は3名、胡錦濤派は2名、無派閥2名と圧倒的な習近平体制に変貌したのです。


  さらに25名の政治局員をみてみると、第一期政権では習派閥の人数が5名、胡錦濤派が11名、江沢民派が5名、無派閥4名でしたが、第二期政権では、習派閥の政治局員は15名と3倍に増加しています。25名のうち15名を占める習派閥。これはほぼ独裁政権と言っても過言ではありません。


  先日のNHK NEWS9では興味深い解説がなされていました。かつてチャイナセブンの中には、次世代を担う50代の若手が選抜されていたそうです。江沢民主席の時代には、当時50代の胡錦濤氏が選ばれ、胡錦濤主席の時代には、当時50代だった習近平氏が選ばれたというのです。今回の布陣では、最も若いチャイナセブンは62歳です。ここから、習近平政権は、政権を後継者に譲ることを考えていないというのです。


【中国の夢の正体とは】


  さて、こうした背景もあって、今週は習近平氏を語る本を読んでいたわけです。


  習近平氏は、政権の座に着いた時から「中国の夢」の実現をその政策に揚げていました。それは、わかり易くいえば「中華民族の復興」です。中国の歴史が好きな方は、「中華民族」との言葉から歴代の中華王朝の歴史を思い起こすかもしれません。


  中国の歴史の中で、中華民族が中国を支配していなかった王朝が二つあります。一つは、チンギス・ハンに率いられたモンゴル民族が皇帝を名乗った「元」。もう一つが、直近の中国を治めていた「清」です。


  「清」は、女真族を率いていたヌルハチが率いた「後金」が、明の滅亡に乗じて中国を制覇し、「清」を立てて皇帝として中国を治めたのです。清は、17世紀から18世紀にかけて、康熙帝・雍正帝・乾隆帝の時代に最盛期を迎え、その版図を最大としました。


  確かに清は繁栄しましたが、「中華民族の復興」と言えば、「明」の皇帝による中国支配が一番近い中華民族による統治であったと言えます。中華の基本思想とは、中華の皇帝が世界における天下であり、中華を中心として周辺の国は異民族であり、「夷狄(いてき)」または「蛮夷」として、中華に貢物を送り(朝貢)、皇帝にひれ伏すべきもの、という考え方です。


  日本では、飛鳥時代に聖徳太子が中国外交を行うために遣隋使を送りましたが、その国書に「日出処の天子、書を日没する処の天子に致す。」と記したために、隋の煬帝が激怒した、との話は有名です。「明」の永楽帝は、皇帝として版図を拡大し自らの権力を高めるために、宦官である鄭和に大艦隊を編成させ、インド洋、東南アジア、アフリカ東海岸まで遠征させて、朝貢を求めました。


  この話。習近平氏が提唱する「一帯一路」と相通じるものがあるという気がします。


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(「習近平と永楽帝」 amazon.co.jp)


  この本の著者である山本秀也氏は、現在、産経新聞の解説委員兼論説委員であり、ニコニコ動画でもニュース解説を放映しています。まだ50代の後半ですが、その経歴はアジア圏を中心に各国の駐在員を歴任し、ワシントン支局長も勤めています。この本の中でも北京支局時代の話が語られています。


  この本は、そうした経歴の氏が、明の中祖と呼ばれる永楽帝をプリズムに使い、今を時めく習近平氏の中国を透視しようとする試みです。


【歴史と現代史の狭間で】


  まずは、この本の目次を見てみましょう。


序章 帝国の残照と現代中国

第一章 水楽帝誕生

第二章 習近平の半生

第三章 王朝創始者の椎威利用

第四章 粛清の時代

第五章 「盛世」の夢

第六章 「天下」の拡大と「大一統」

終章 習近平は永楽帝たり得るのか


  各章の表題を見ると、明の歴史を築いた永楽帝と習近平の生涯の近似点から始まり、その理念や行動までを史実に寄りながら共通点と相違点が語られていきます。さすが元ジャーナリストの筆者だけあって、習近平を語る中では、直近でニュースとなった出来事もその意味も含めて語られていきます。


  例えば、2年前の9月、習主席は中国人民抗日戦争勝利70周年に当たって、北京市内の天安門広場で大々的な軍事パレードを催しました。驚いたのは、その軍事パレードを閲覧する習主席の横に当時韓国大統領であったパク・クネ氏が寄り添っていたことです。(ロシア大統領のプーチン氏も同席)


  北朝鮮のあの人がいるならば、多少理解が出来ますが、自由主義体制である韓国の大統領が、共産党が誇る軍事パレードを閲覧したのですから驚きです。いったい何故?この本の第六章では、「天下」の拡大という文脈の中で、この韓国大統領の訪中をひも解いています。


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(抗日勝利70年軍事パレード nikkei.co.jp)


  それは、歴史的な経緯と共に中華思想と李氏朝鮮の歴史が深くかかわっていますが、もう一つ、日中戦争時代の反日運動という共通の国策がかかわっているのです。中国も韓国も70年前の日本の侵略政策への反日感情を国民教育として浸透させることにより、国民の目を反日へと向けることで、国内の政治から目をそらそうとする点で共通しています。


  習近平氏と永楽帝との共通点とは?


  習近平氏は、太子党と呼ばれる中国共産党の幹部の子弟という派閥に属しています。その父、習仲勲は早くから中国共産党に入党し、中国人民解放軍の軍務で貢献しました。中華人民共和国設立後には、党の宣伝部長を始めとして、国務院秘書長などを務め、国務院の副総理となっています。その意味で立派な太子党です。


  永楽帝も明の開祖である光武帝の4番目の息子ですから当時の太子党ですが、光武帝の後を継いだのは、孫である建文帝でした。建文帝は、各地の長官であった叔父たちを抑圧し、自らの権力を強めようとしました。北西地域を治めていた燕王(永楽帝)にもその魔の手は伸び、大きな危機を感じた燕王は、ついにクーデターを起こします。燕王の軍勢は数万、建文帝の官軍は50万人という兵力でしたが、実践に勝る燕王の軍勢はみごとに官軍を破り、永楽帝となります。


  実は、習近平氏にも永楽帝のような苦しい時代がありました。


  文化大革命の時代、父仲勲は反党集団と認定されすべての党務を解任されて拘束されてしまうのです。1962年に拘束されたときに近平氏は、まだ9歳でした。仲勲氏は、16年間拘束され党から手ひどい仕打ちを受けました。この頃に近平少年は過酷な労働を強いられる母親の姿を強制収容所で見るや大きなショックを受け、二度と母親には会いに行けなかったといいます。


  父親が党から迫害されていた16年間は、近平氏が少年から青年へと育つ多感なときです。このころの経験が、その後の習近平氏の人生にどのような影響があったのか。確かに永楽帝と通じるところがあったに違いありません。1978年に父親は再び党の書記として復活。その後、広東省を任されるまでになりました。そこから習近平氏も太子党として頭角を現すことになるのです。


  この本を読むと、知られざる習近平氏の生涯やその寄って立つ中華思想を歴史の面から知ることが出来ます。かつての中華民族が中国皇帝として君臨した時代。習近平国家主席は、自らの名前を党規約にも明記し、新しい中華民族の皇帝になろうとしているのか?



  さて、この本の印象ですが、ジャーナリストである著者は、様々な知見を披露して「明」の皇帝と習国家主席を語ります。しかし、報道に携わってきたためか、その書きぶりは無理に客観性を保とうとしているように読めて、今一つ表面的な感じが否めません。それでいて、中国共産党の人権侵害や軍事的拡張は糾弾しており、全体が不安定な印象です。


  この手の本にしては、著者の真の主張が良く見えてこないところが、とても残念でした。


  それにつけても、習国家主席の中華には目が離せません。国際裁判所判決を紙クズと語るメンタリティーは、現代社会には受け入れられることはありえないと思うのは私だけでしょうか。


  今年は10月というのに、急に寒さが本格化しています。皆さん、お体にはご自愛ください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 22:19| 東京 ☀| Comment(0) | 評論(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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