2017年10月01日

原田マハ 「ジヴェルニーの食卓」余録


こんにちは。


  安倍晋三総理大臣は、臨時国会の冒頭に伝家の宝刀を引き抜いて、ついに衆議院を解散しました。83日に第三次安倍内閣が発足したばかり。発足時の安倍総理の会見では「結果本位の仕事人内閣」と命名していました。河野外務大臣や野田総務大臣など、楽しみな大臣もいましたが、まともな仕事に取り掛かる前に解散となり、本末転倒となってしまいました。


  自民党としては、安倍政権の基盤を盤石とするためには、野党第一党が混乱し、新たな受け皿となる小池新党の準備が整う前に解散総選挙に打って出ることが最善、と考えたことは明らかです。確かに9月解散、10月選挙であれば、野党勢力は力を出す暇がないはずでした。


  しかし、民進党の前原代表はさすがに切れ者です。「政権交代のためには手段を選ばない。」との基本コンセプトのもとで、なんと民進党を解体して小池新党に合流するとの大英断を下したのです。


  前民主党政権は、経済、外交、内政で日本を元気にすることに失敗し、選挙で惨敗しました。今回の代表選も前政権で墨のついた前原元外務大臣と枝野元官房長官の争いですから、政治家としての実力とは関係なく、ラベルとしての新鮮さはまったくありません。


  一方都議会選挙で自民党を大敗に導いた小池都知事。国政選挙を踏まえて新党の立ち上げをほのめかしていましたが、新党では国からの政党助成金も得られず、組織もないため、急な選挙を戦うことは難しい状況です。


  この二つの勢力が合流するとどうなるのか。新党は、「希望の党」として立ち上がり、そこに民進党のお金と組織が加われば、選挙を十分に戦うことが出来ます。あとは、戦略です。しかし、希望の党は、安保法制賛成、憲法改正推進が基本方針です。一方の民進党のリベラル派は安保法制廃止、憲法改正反対をかかげています。


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(新党立ち上げ記者会見 asahi.comより)


  前原さんらしいウルトラCはみごとですが、果たして理念は追いつくのでしょうか。


  懸念は多くありますが、このウルトラCで投票率が跳ね上がれば、旧組織票に頼りきっている自民党の票数は相対的に落ち込みます。すると、10代、20代や30代の票がどんと増えれば自民党が過半数を割って、安倍政権が下野する可能性も出てきます。


  民進党にも希望の党にも維新の会にも社民党にも自民党にも、国政を担うにふさわしい高潔さと決断力を備えた人物が必ず存在します。しかし、我々が警戒しなければならないのは、耳触りの良い公約フレーズです。「しがらみ政治からの脱却。」「政治をリセットする。」とは、耳触りは良いですが、次のビジョンはかけらもない言葉の遊びです。


  今回の選挙の候補者には、民主主義と自由経済をどのようなシナリオで蘇らせるのか、そこへのかかわり方を語ってほしいと思います。そして、我々に求められているのは、地元の候補者の実力と人間性を見抜いて、棄権することなく、今最もベターな一票を投票することです。


  今回の衆議院選挙は、久しぶりに楽しみです。


  余談となりましたが、今週は原田マハさんの名作「ジュベルニーの食卓」がどのように生まれたかを語った新書本を読んでいました。


「モネのあしあと」(原田マハ著 幻冬舎新書 2016年)


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(「モネのあしあと」 amazon.co.jpより)


【「ジュベルニーの食卓」の感激】


  原田マハさんが、元キュレーターであったことは今や有名となりました。原田さんの小説は、元気で前向きな女性の視点から様々な人生を描いて、我々の心を温かく包み、いつも前を向かせてくれます。2003年のデビューから様々な作品で我々に感動をもたらしてくれましたが、2014年に上梓した「楽園のカンヴァス」は、ちょっと毛色の違った作品でした。


  それまでの作品は、キュレーター時代の絵画からは距離を置いて、働く女性を主人公として、人が生きること、人が心を動かす瞬間を物語として綴っていました。もしかすると、これまで上梓してきた作品の数々は、最も好きだった絵画に関する小説を書くための助走だったのかもしれない。


  そう思えるほど、「楽園のカンヴァス」と続く「ジヴェルニーの食卓」は素敵な小説でした。


  その面白さは群を抜いていて、「楽園のカンヴァス」は山本周五郎賞を受賞し、直木賞候補に。続く「ジヴェルニーの食卓」、「暗幕のゲルニカ」もそれぞれその年の直木賞候補に挙げられています。こうした小説で描かれる絵画と画家は、きっとマハさんが心から書きたかった題材だったのだろうと思えます。


  「楽園のカンヴァス」は、謎とサスペンスを織り交ぜたちょっと変わった作品です。この作品では、美術の教科書でも有名なアンリ・ルソーの絵画を中心として、三つの時代が描かれます。まず、現代。主人公の早川織江の2000年の現在。そして、二つ目は、1980年代に展開されるフランスでルソーの研究家として名を成したオリエ・ハヤカワとニューヨーク近代美術館のティム・ブラウンのルソー作品の真贋を見極める対決。そして、アンリ・ルソーが絵画に没頭していた19世紀末から20世紀初頭のパリ。


  時代を超えて、ルソーの謎に迫る小説のワンダーは格別でした。この作品で、マハさんの絵画を愛する心が本当にワンダーであることを知りました。


  そして、この作品のためのパリでの取材からマハさんの絵画を愛する心が作品へと昇華されていきます。日本で最も人気の高い印象派の画家たちを描いた「ジヴェルニーの食卓」は、前作と全く異なるアプローチで、印象派の4人の画家の絵画に対する愛情を我々に教えてくれました。その画家とは、マティス、セザンヌ、ドガ、そしてクロード・モネです。


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(モネ「散歩、傘をさす女」 wikipediaより)


  「ジヴェルニーの食卓」の素晴らしさは、以前にこのブログ←クリック)でも紹介しましたので、ぜひご参照ください。


  日本では印象派の絵は大人気で、フェルメールとともに美術展の常連となっています。私も印象派の絵画には目がなく、印象派展やモネ展が東京で開催されると、一も二もなく鑑賞に訪れます。モネの光と色彩は何よりも好きで、これまでも様々な美術館展で感動を味わってきました。


  もちろん、晩年にジヴェルニーの庭で描かれた「睡蓮」の連作もみごとですが、その他にもジヴェルニー時代の「積みわら」の連作や印象派展時代の「サン・ラザール駅の線路」、「散歩、日傘をさす女」、こちらも連作となる「ルーアン大聖堂」、など、思い出すとその光の魔術が目に浮かぶようです。特に心に残るのは、ノルマンディー地方の海辺、エトルタを描いた作品です。


  そんなこんなで、先日本屋さんを巡っている時にこの本を見つけて、嬉しさと共にすぐに手に入れて読んだのです。


【原田マハさんのモネ】


  さて、今回の「モネのあしあと」は、マハさんが様々な美術展や美術館に招かれて行われた講演の内容を基本としています。講演の記録ですから、その表現は話し言葉となっており、その語りは優しくわかり易いものとなっています。


  その内容をご紹介すると、


プロローグ 私とモネとの出会い

第一章 モネが生きた新しい時代

第二章 印象派絵画の新しさ

第三章 モネのあしあとを追って

第四章 小説『ジヴェルニーの食卓』について

第五章 マハによるモネのあしあと案内

エピローグ いま、改めてモネと出会う意味


  モネが本当に好きな人は、その86歳までの人生をよく御存じなのかもしれません。また、風景画から始まった画家としてのスタートから、既存の画家たちの登竜門であるサロン(アカデミー)の伝統的な絵画とたもとを分かち、ドガやマネたちと新たな画壇として印象派展を開催し、印象派の名前の由来ともなった「印象-日の出」を出展したこともよく知られています。


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(モネ「エトルタ」 wikipediaより)


  この本では、当然ながらこうしたモネの歩みも語られていますが、なによりも読んでいて心が温まるのは、どのページをめくってもマハさんのモネへの愛情が行間につまっているところです。さらに心が躍るのは、モネに出会うための旅や小説の取材の旅で実際に訪れたパリやアリジャントゥイユ、ジヴェルニーに訪問したときの写真や印象を語ってくれているところです。


  この本の基本となった講演は、2015年から2016年にかけて東京都美術館、福岡市美術館、京都市美術館、新潟県立近代美術館で行われました。ご紹介した章立ては、この講演でのテーマが基本となっています。


  例えば、第一章では、19世紀の末から20世紀にかけて、モネが印象派の絵画を志した時代。ヨーロッパ、とりわけパリとその周辺で何が起きていたのか。その時代を受けてモネは何を目指して絵画に取り組んだのか、が語られていきます。


  マハさんは、モネの人生における3つのエポックから語り始めます。


  第一のエポックは、34歳のとき。モネはアカデミー入選を果たしていたにもかかわらず、その後のサロンでは落選が続きます。そして、1874年に第1階印象派展が開催されます。ここからモネはこれまでの絵画とは異なる道へと踏み出しました。


  第二のエポックは、38歳のとき。モネ一家は、それまで住んでいたアルジャントゥイルからヴェトゥイユに転居しました。この時にそれまでモネへの出資者であったエルネスト・オシュデが破産し、モネの家に同居することとなります。このことで、モネは、狭い家に11人の家族で住まうことになります。マハさんの「ジヴェルニーの食卓」の語り部となるのは、このオシュデ家の次女であるブランシュなのです。


  そして、第三のエポックは43歳。ジヴェルニーへの転居です。モネは、光と色彩を求めてこのジヴェルニーに移り住みますが、ここに色彩豊かな庭園を造り、その池のハスの花を終生の画題としました。マハさんの小説は、この家が舞台となります。


モネルーアン大聖堂01.jpg

(モネ「ルーアン大聖堂」夕日 wikipedeiaより)


  この本の第一章は、モネのエポックとなった10年間にモネ自身とモネを取り巻く環境がどのように変化していったのかをわかり易く語ってくれます。マハさんが集めた1910年代のパリの写真などを見ると、カイユボットやモネの描いたパリがいかに画家の見た光で満たされていたかが良くわかります。


  こうして、マハさんはモネの人生に寄り添いながら彼の絵と人生を愛情深く語ってくれます。


  マハさんは、第三章で最愛の妻であるカミーユを32歳という若さで失ったモネの悲痛を語っています。この本の中で、最も印象に残ったのは、妻を亡くしたモネが絵筆をとる気力をも失い、何もできなくなったときのエピソードです。


  その冬に寒波が村を襲い、これまで凍ることのなかったセーヌ川が凍結してしまいます。凍結した川は冬の日差しの中ですぐに溶け始めるのですが、マハさんはこの再び川が生き返るのを見て、モネ自身もカミーユを失った失意から閉ざされた光を再び発見したのではないか、と語ります。本当に感動的なエピソードです。


  この本の口絵には、モネの「睡蓮」とともにその時の光と影を描いた「解氷」が掲載されています。


  印象派をもっともよく理解するのは日本人ではないか、この本にはマハさんの絵画と画家を愛する心があふれています。ぜひご一読ください。心が温まること間違いなしです。


  最近、季節から秋と春が消え失せてしまったような年が続きましたが、今年は久しぶりに秋の気配を感じます。朝晩は気温が下がりますので、気を付けて元気でお過ごしください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 12:31| 東京 ☀| Comment(0) | 評論(文芸) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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