2017年05月30日

原田マハ 蓼科と八ヶ岳とおにぎり


こんにちは。


  原田マハさんの絵画シリーズが好調です。「楽園のカンヴァス」のルソーの謎解きからはじまったシリーズは、その後、女性たちの視点から画家たちを描く「ジュヴェルニーの食卓」、ピカソの戦いを描いた「暗幕のゲルニカ」、さらには、オスカー・ワイルドと画家オーブリー・ビアズリーを描いた最新作「サロメ」とその筆は留まるところを知りません。


  早く読みたいと待ち遠しいですが、単行本が売れているので文庫化が遅れるのかもしれません。


  ということで、今週は絵画シリーズが文庫化されるまで、他の作品を読もうと手に取った、原田マハさんの本を読んでいました。


「生きるぼくら」(原田マハ著 徳間文庫 2015年)


【絵画とおばあちゃんの大切な関係】


  本屋さんで原田マハさんの文庫本を見ていると、たくさんの本が置いてあり、何を買うか迷ってしまします。今、平置きの棚に並んでいるのは、「総理の夫」、「本日はお日柄もよく」の2冊。さらに「生きるぼくら」です。また、本好きの先輩がおすすめの「まぐだら屋のマリア」もぜひ読みたい1冊です。


  マハさんは、働く女性を視点に人の心を描くのがとても得意ですが、その手の本ではない本を読もうと思って本をめくっていると、どうやらこの本は若者とおばあさんの話のようです。題名にもひかれて購入しましたが、これまた感動の名作でした。


  まず、表紙の絵に注目です。


  この本の表紙には、東山魁夷氏が描いた名作「緑響く」という作品が使われています。少し前に吉永小百合さんが出演する液晶テレビのCMでも使われていたので、ご存知の方も多いと思います。美しい緑の色彩の中で、湖畔の森の中に佇む白馬。そして湖には緑とその白馬が写っています。その幻想的な絵画は、我々を魅了してくれます。


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(東山魁夷「緑輝く」amazon.co.jpより)


  この絵は、作者が長野の蓼科に旅をしたときにインスピレーションを得て作品となりました。この絵のモデルとなったのは、八ヶ岳中央公園にある御射鹿池(ごしゃかいけ)です。


  この池は、農業用水を確保するためのため池であり、水が酸性のため生き物は住んでいないそうです。そのため静かな湖畔は、まさに幻想の世界にはピッタリの静けさをたたえています。この風景とモーツアルトのピアノ協奏曲23番の第二楽章に触発されて、白馬が湖畔に佇む幻想的な絵が生まれたのです。


  マハさんの小説の中で、この東山魁夷の描いた「緑響く」は、蓼科に住む麻朝(マーサ)おばあちゃんが大好きな風景と一体となった大切な絵画なのです。


【アール・ヌーボーの傑作ミュシャ展】


  ところで、絵画と言えば現在新国立美術館(六本木)で開催されているミュシャ展をご存知でしょうか。先日、この絵画展に連れ合いと一緒に行ってきました。


  ミュシャと言えば、19世紀から20世紀にかけてパリやチェコのポスターや挿絵で一世を風靡した有名な画家です。そのアール・ヌーボーを意識した服装に身を包んだ美女たちが幻想的な印象を醸し出して我々の心を魅了します。


  もともとはチェコ出身の画家ですが、28歳の時にパリへと留学し、その地で1985年に当時有名であった女優のサラ・ベルナールのポスターの依頼を受け、そのポスターにより一躍有名となりました。その後、女性をモチーフにした連作、「四つの芸術」、「四季」、「四つの宝石」、「四つの星」など、幻想的なアール・ヌーボーの作品が人々の心を打ったのです。


  この展覧会で見た「四つの花」では、「カーネーション」、「ユリ」、「バラ」、「アイリス」を題材に美しいドレスを身にまとった美しい女性が描かれており、ミュシャの魅力が満開でした。ユリを全身に纏ってたおやかに立ち上がり、下目遣いに前方を見るたおやかな女性の姿に見惚れました。


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(ミュシャ展チラシ「四つの花」ミュシャ展HPより)


  また、「音楽」、「詩」、「絵画」、「ダンス」をあらわした「四つの芸術は、ドレスを身に纏った美女たちが物を思い、はたまた躍動し、我々を魅了します。特に音楽に耳をそばだてる女性の姿は清楚な中にもエロティシズムを漂わせ、幻惑的な視線を見る者に送ってくれます。


  しかし、今回の絵画展でのハイライトは、ミュシャが晩年に挑んだ20枚の連作「スラブ叙事詩」です。


  この20作は、ミュシャの故郷であるモラビアが属するスラブ民族の歴史を描く一大叙事詩です。神話の時代から9世紀、そして20世紀初頭までのスラブ民族の栄光と宗教戦争、そして悲劇と民族運動をファンタジックに描いた超大作です。


  展覧会の入り口を入るや否や最初の作品「原故郷のスラブ民族」の美しい青に圧倒されます。そこには、異民族からの襲撃を受けるスラブの人々が淡くバックに描かれ、そこから逃れてきたであろうスラブ人の男女がこちらをじっと見つめています。そして、右上にはスラブ民族の司祭が、腕を大きく広げてスラブ民族の平和を思い願っています。


  その画の大きさは、縦6m、横8m。その大きさと幻想的な色遣いに圧倒されます。


  そこからはじまる「スラブ叙事詩」20の作品は、我々をスラブの歴史へと導いてくれます。その歴史は、スラブ民族が他民族に征服されてもなおアイデンティティを失わない強靭さと、キリスト教の宗教戦争に巻き込まれ、それでも強い結束を守り続ける姿が描かれ、感動的です。


  心を打たれたのは、ミュシャが描いた戦いです。例えば、スラブ民族の勝利を描いた「グリュンワントの戦闘の後」や「ヴィトーコフの戦闘の後」は、勝利の絵にもかかわらず、勝利の後に戦死者たちを眺めてそのむなしさを身に漂わせるポーランド王や勝利に後に行われたミサを描いており、戦争の悲惨さを際立たせています。


  こうした作品が描かれたのは、ちょうど第一次世界大戦でこれまでにないたくさんの人々が殺りく兵器により殺されていった時代と重なっており、ミュシャの平和への思いが、モチーフとなっていることが伺われます。平和を希求する思いが、その絵画前面に描かれていて、淡い色彩と相まって我々の心に響きます。


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(ミュシャ「原故郷のスラブ民族」ミュシャ展HPより)


  遠くから見ると全く分からないのですが、近くで見ると多くの絵の中にこちらをじっと見る人物が描かれており、こちらの心を射抜くようなその視線にたじろぐ気持ちになります。


  「イヴァンチッチェでの聖書の印刷」は、ラテン語であらわされている聖書をチェコの村でチェコ語に印刷する村人たちを描いていますが、その画の左下には目の見えない老人に聖書を読み聞かせる若者の姿が描かれています。この青年は、絵を見る我々を射抜くような視線が印象的です。


  その厳しい視線は、その後のカソリックによる迫害を見据えているともいわれているそうですが、ミュシャ自身の自画像ではないかともいわれているそうです。


  この壮大な叙事詩も含め、これだけ本格的なミュシャ展は、プラハでもなかなか見ることができないものであり、その全貌をン見渡すことができるという意味で、素晴らしい展覧会でした。


【おばあちゃんとお米の話】


  さて、小説の話に戻りましょう。(ネタバレあり)


  この小説の始まりは、西東京にある木造のアパートの一室。ある朝、引きこもりの青年、24歳の麻生人生が目覚めるところから始まります。人生は、携帯電話とパソコンのみで世界とつながっている典型的な引きこもりです。両親は離婚し、日夜食べていくために働き、ほとんど顔を合わせることのない母親との二人暮らしです。


  人生は、中学校でもいじめにあい、耐えて高校に入ったとたんにもっとひどいいじめにあうことになります。あまりにひどい、巧妙ないじめに人生は耐えきれず、高校を中退。フリーターとして働きますが、仕事にも耐えることができずに引きこもってしまいます。


  原田マハさんの作り出すエピソードは相変わらずリアリティに富んでいます。


  人生の母親は、若いころから梅干しづくりが大好きで、本当においしい梅干しを毎年作っていました。人生のために、毎日お弁当を作り、そのおいしい梅干しを人生も楽しみにしていたのです。ところがある時、事件が起きて人生は梅干を食べることができなくなります。その事件を人生は母親に話すことができません。


  ある日、突然梅干を食べなくなってしまった人生。しかし、母親はあえてその理由を人生に問うことはありません。なにがあろうと、優しく、そして真摯に人生を見守る母親。母親が作ってくれるおいしい梅干しを食べられなくなってしまった悔恨を抱える人生と悲しみを感じながらも人生を暖かく見守る母親。


  人生が梅干を食べることができなくなったいきさつは、ぜひこの本を読んで確かめてください。


  朝遅く起きた人生は、母親が買いそろえてくれているコンビニのおにぎりとカップ麺のなかで、台所のテーブルに用意されていたおにぎりを、いつものように手に取ります。そして、一口でかぶりつくと、おにぎりの中にはなんと人生が食べることができない梅干しが・・・。


  この日人生の母親は、あまりにつらく、単調な人生といつまでも引きこもる人生のことを思って、人生を残してひとりアパートをでていってしまったのです。残されたのは、置手紙と5万円。そして、わずか数枚の年賀状だったのです。


  人生は、その年賀状の中になつかしい父方の祖母、マーサおばあちゃんの一枚を見出します。その住所は、子供のころ父親に連れられて行った蓼科のもの。しかし、その文面には驚きの言葉が記されていたのです。「余命数か月、もう一度会えますように、私の命があるうちに」と書かれた年賀状を見て、人生は取るものも取りあえず、蓼科へと出発します。


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(原田マハ「生きるぼくら」amazon.co.jpより)


  しかし、蓼科がどこにあるのかもわからない人生は、駅員さんに尋ねながら、中央線に乗って茅野へと降り立ちます。そして、奇跡のような出会いからなんとかマーサおばあちゃんの家へとたどり着くのです。しかし、そこで待っていたのは、座敷童のようなひとりの少女と記憶を失った認知症のマーサおばあちゃんだったのです。


  帰るわけにもいかなくなった人生は、この蓼科でどんな「人生」を送るのでしょうか。


  この小説には、いじめ、認知症、介護という現在社会が抱える問題が書き込まれていますが、認知症となったマーサおばあちゃんと人生、そして座敷童の少女を主人公としたこの物語は、我々に心温まる感動を運んでくれます。


  マーサおばあちゃんは、一反の畑で昔ながらの農薬も機械も一切使わない自然農法でお米を作っていたのです。村の人々からその飾ることのない人柄を慕われていたおばあちゃん。村の人々に助けてもらいながら古式の農法で手塩にかけて育てたお米。そのお米で作ったおにぎりのおいしさに感動した人生は、少女とともに昔ながらの自然農法によるコメ作りに挑戦することを決意します。


  認知症が進み、完全に壊れてしまうおばあちゃん。引きこもりで何の経験もない人生は、はたしておばあちゃんのお米を作ることができるのか。涙と感動の物語が始まります。


  そして、ところどころにちりばめられた小さな謎の積み重ね。原田マハさんの面目躍如たる名作です。みなさんもこの小説で、生きる力に接してみてはいかがでしょうか。明日からの力がわいてくること間違いなしです。



  いよいよ5月も終わり、変わり目の季節がやってきます。暑さと湿気に体調を壊さないよう、皆さんくれぐれもご自愛ください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 14:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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