2017年02月28日

チャーリー・ラヴェット 古書籍界の聖杯とは


こんばんは。


  古書をこよなく愛する人と言えば、ビブリア古書堂の篠川栞子が思い浮かびます。北鎌倉の古本店、ビブリア古書堂の美貌の女主人は、アルバイト店員である純朴な青年五浦大輔とともに本にまつわる人々の謎を鮮やかに解き明かしていきます。


  稀覯本に愛情を寄せる人たちは、どこか変わっている人が多いようです。栞子さんも強度の人見知りで、初対面の人には話ができず、いつも消え入りそうな声でしか話ができません。しかし、ひとたび本の謎にかかわるや、まるで人が変わったように饒舌になり、秘めたる謎を次々と解き明かしていくのです。


  ビブリアシリーズは、すでに6巻を数えていますが、ついに最終巻が今月発売となりました。ファンとしては、すぐに読みたいところですが、「完結編」と言われてしまうと読むのが惜しい気がして逡巡してしまします。


  その代わりというわけではありませんが、今週は、イギリス版ビブリア古書堂の物語を読んでいました。


「古書奇譚」(チャーリー・ラヴェット著 最所篤子訳 集英社文庫 2015年)


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(「古書奇譚」集英社文庫 amazon.co.jpより)


  ビブリア古書堂シリーズは、いわいるライトノベルの系列ですので軽いタッチで書きすすめられていますが、イギリス版のこの本は、重さはないもののかなり構成が複雑になっています。もともと海外物は名前を覚えるのに苦労します。登場人物は、当たり前ですが英語表記であり、翻訳されるとすべてがカタカナで表記されます。


  カタカナで、たくさんの人物が登場すると日本人には覚えるだけで一苦労。読んでいる途中に何度も登場人物を確認してしまいます。幸い海外物では、最初に登場人物が表紙裏などに羅列されており、そこに戻れば人物を確認することが出来ます。主人公やそのパートナーは容易に覚えることが出来ますが、章が変わり人物名から始まる場合には、人名を覚えるのが大変です。


【若き傷心の古書籍商ピーター】

  この小説の主人公は、ピーター・バイアリー。彼はアメリカ人ですが、いきさつがあってイギリスにわたり、古書を扱う書籍商を営んでいます。彼はまだ30歳前後ですが、つい半年前に最愛の妻、アマンダを亡くし、失意のどん底にいます。もともと人付き合いが苦手で、街を歩いていても人が多ければ人の目を避けて歩道の端をそそくさと歩くほどの人見知りなのです。(いわいる重度の本オタクなのですね。)


  妻を亡くしてからのピーターは、仕事をする気力も失せて家に引きこもり、アマンダの両親や数少ない友人たちからの留守番電話にさえ答えようとしません。彼のカウンセラーであるストレイヤー医師は、彼を心配していくつかの課題を彼に与えています。


  そこには、「仕事を再開すること」、「仕事を通して人と親しくなること、仕事のために人を遠ざけないこと」、そして、「新しい知り合いを作ること」と書かれていました。


  そんなある日、彼の留守番電話に仕事の依頼が舞い込みます。電話の相手は、ジョン・アルダーソン。自宅にある古書を売りたいとの依頼です。留守番電話は肝心の住所が途中で途切れていましたが、イーヴンロードとの地名はそれほど遠くではありません。ストレイヤー医師の言いつけを守る意味でも仕事を始めなくては、とピ−ターはその住所に徒歩で向かいます。


ヘイオンワイ01.jpg

(「古書の聖地」ウエールズのヘイ・オン・ワイ  wikipediaより)


  めざすイーヴンロードにたどり着くと、そこに建っている屋敷は住む人もいない古く荒廃したものでした。ピーターは、その敷地にあるキャンピングカーをみつけ、大きな声で「ジョン・アルダーソンさん」と呼びかけます。すると、いきなりライフル銃がぶっぱなされたのです。


  「その名前をおれの前で口にするな。」と恐ろしい剣幕で追い払われます。ピーターは、わけもわからずほうほうの体で逃げ出しますが、この銃を持った男トマス・ガードナーと、留守番電話で古書の買い取りを依頼したジョン・アルダーソンは、古くからの因縁で互いに憎悪する仲だったのです。それはまるで、ロミオトジュリエットでおなじみのキャピュレット家とモンタギュー家のようですが、このお隣どうしの暦年に渡る憎悪がこの小説の大きな伏線となるのです。


【本の世界の聖杯とは?】

  小説は、主人公ピーターを中心に3つの時代のエピソードが交互に語られて進んでいきます。ひとつは、古本の買い取りを依頼され、そこで発見したある古書の真実を追い求めていく現在のピーター。そして、二つ目の物語は、8年前。大学に入ったピーターが、古本に魅せられていく過程と最愛の妻アマンダと出会い、お互いに愛を育んでいく姿を描きます。


  そして、3つめのストーリーが古書奇譚。それは、イギリスの17世紀後半、ロンドンが舞台です。その頃のロンドンでは、舞台劇が流行っていました。特にウィリアム・シェイクスピアというストラトフォード生まれの男が、演劇の作者として、また俳優として有名になっていました。その作品は常に劇場を満員にし、多くのファンを集める一方で、文壇では、その名声に嫉妬する作家たちがシェイクスピア批判を繰り広げていました。


  この本を読むまで全く知りませんでしたが、シェイクスピアには、有名な謎があります。それは、シェイクスピアの諸作は、シェイクスピアが書いたのではなく、シェイクスピアを語る複数の人間によって書かれたものであり、劇作家のシェイクスピアという人物はいなかったという説です。


シェイクスピア01.jpg

(シェイクスピアの肖像 wikipwdiaより)


  ちなみにシェイクスピアが生まれたとされるストラトフォードに記録される名前は、「シェイクスピア」ではなく、「シャクスピア」であり、この人物はシェイクスピアとは別の人物であるとの説も主張されています。


  そうした説を唱えている学派を「反ストラトフォード派」と呼ぶそうです。


  シェイクスピアの記録として、現在4つの署名と遺言書が認められていますが、「反ストラトフォード派」の人々は、その署名が4つとも大きく異なること、遺言書には彼の創作した作品に一切の言及がないこと、を挙げて実際に作品を書いた人間は別人としています。実際にシェイクスピアの生まれた日も彼がどこで何を学んできたかも、さらには、彼がどんな思想を持っていたかも、すべてが謎に満ちています。


  この本の中でも語られていますが、「反ストラトフォード派」の研究者の中には、シェイクスピアが実際に書いたと証明される文章や書簡が発見されれば、今すぐにでも自説を撤回する用意がある、と宣言している学者も多いようです。


  もしも、シェイクスピアの直筆による草稿が発見されれば、その値段は想像を絶するものとなり、その学術的価値は計り知れないものとなるはずです。つまり、古書籍業界の中で、シェイクスピアの直筆原稿は考古学会のキリストの「聖杯」に匹敵するほどの重要さを備えていることになります。


  この小説の中で、複層的に描かれる「古書奇譚」のストーリーは、17世紀後半から現在まで続く、シェイクスピアの直筆のメモが書かれた「バンドスト」というロバート・グリーンが記した物語の初版本の変遷なのです。ちなみに、ロバート・グリーンはシェイクスピアを「我々の羽毛で着飾った成り上がりの鴉」と批判しています。


  「バンドスト」は、シェイクスピアの演劇「冬物語」の下敷きとなった物語だったのです。


【ピーターの気弱な人生】

  さて、この本でタペストリーのように紡がれる第2のストーリーは、大学1年生の時からイギリスに渡るまでのピーターの人生です。それは、人見知りで気の弱いピーターがどんな人生を歩んだかが描かれていきます。


  ピーターは、リッジフォ−ド大学の図書館でのちの人生を決定づける2つの出来事に遭遇します。


  この本のメインテーマは、題名のとおり「古書奇譚」ですが、彼が入学したリッジフォード大学には、創始者でもあるアマンダ・デヴェローが生涯をかけて収集した貴重な古書コレクションが保存されていました。


  そのコレクションを保管しているのは、特別募集室。あるとき、大切な本の修理を募集室の古書再生係りに依頼したことから、この募集室の仕事に応募することになります。ここの試験にもシェイクスピアが登場します。おかれた古書の深遠な歴史に心を動かされたピーターは、みごとに試験に合格し、古書のエキスパートであるフランシス・ルランのもと働くことになるのです。このときからピーターにとって古書探求は人生をかけるテーマとなるのです。


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(イエール大学の稀覯本図書館 大学HPより)


  さらに、ある日図書館で見初めたアマンダ。その美しさと本を読む姿に魅せられたピーターは、毎日書架の横に佇んでアマンダを見つめ続けます。そのことに気付いたアマンダは、ある日読んでいた本の間にピーターへの手紙を挟み込みます。そして、出会った二人は、お互いに惹かれあい愛を育んでいくことになるのです。


  気の弱く、人見知りのピーターを常にアマンダがリードする形で、二人の愛情は深まっていきます。男性から見れば、うらやましい限りなのですが、女性から見るとこんな都合の良い女性は世の中にいるわけがない、と感じるかもしれません。はたして、この恋愛は著者の実体験なのか否か、興味がわくところです。


  アマンダの誕生日。ピーターが彼女だけのために選んだ特別なプレゼント。誕生日はちょうどイースターの日と重なります。誕生日の夜の素敵なエピソードには誰もが心を奪われること間違いなしです。


  もちろん、人生がすべてバラ色なわけもなく、幸せを分かち合った二人にはあまりにも早い別れが訪れます。あまりにも早く亡くなったアマンダですが、彼女は亡くなった後も常にピーターを守護していました。その愛情は皆さんもこの素晴らしい小説で味わってください。



  この小説は、ビブリオ・ミステリーと銘打たれています。古書籍の探求とミステリー。古書にまつわる謎と殺人事件の謎、そしてロマンス。この三つが交錯する中で迎えるラストシーン。その面白さがこの小説の大きな魅力となっています。


  この小説の最初の謎は、ピーターが古書店の本の間から最愛の妻アマンダに瓜二つの水彩画を見つけるところから始まります。B..との署名があるエリザベス朝時代の水彩画。いったい100年以上前の水彩画になぜ最愛の妻の面影を見出したのか。


  ここから始まる物語は、次々に謎を深めていき、最後には見事な謎ときと大円団が待っています。初春の宵。ぜひ皆さんもこのビブリオ・ミステリーを楽しんでください。ビブリア古書堂の物語とは一味違ったワンダーを感じるに違いありません。


  季節はいよいよ春へと動いていきます。花粉の動向は気になりますが、明るい季節に向かって歩き出しましょう。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 21:59| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 小説(海外) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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