2013年04月25日

原田マハ フランス絵画の叙情を描く!


こんばんは。

  先日、いつも良い本を教えてもらっている本好きの先輩から、「原田マハの単行本。今日の飲み会に持っていきます。夕方までに読み終わります。」との嬉しいメールが届きました。前作、「楽園のカンヴァス」もお借りしており、まさに持つべきものは本好きの先輩。

感謝です。

  今回の本は、前作に続いてフランスの近代絵画の幕開けを飾る名画を創造した画家たちのエピソードを描いた小説集です。さすが、元キュレーターのマハさん。全編に女性らしい叙情をあふれさせて、画家たちの隠れたエピソードを描いて感動的でした。

「ジヴェルニーの食卓」
(原田マハ著 集英社 2013年)

  今回マハさんが挑んだのは、私が大好きな印象派から脱印象派に至るフランス近代絵画を彩った画家たちです。そこに描かれているのは、アンリ・マティス、パブロ・ピカソ、エドガー・ドガ、ポール・セザンヌ、クロード・モネという、名前を聞いただけでその絵画が目に浮かぶ画家たちです。さすがマハさんの描き方は、「女性」という視点、「キュレーター(学芸員)」という視点がみごとに交錯した一点に焦点をあてて、感動の小説群を完成させています。

ジヴェルニーの庭01.jpg
(モネが晩年を過ごしたジヴェルニーの庭 woman.excite.co.jpより)


  さて、この本の素晴らしさは、このあとにゆっくりと語るとして、先日味わった絵画の感動にもぜひ触れたいと思いますので、しばしお付き合いを頂けると嬉しい限りです。


【鈴木常司氏−美へのまなざし】

  皆さん、鈴木常司氏(19302000)をご存じでしょうか。化粧品会社として名をなしたポーラ化粧品の経営者として中興の祖とも言われていますが、もうひとつの顔は有名な絵画コレクターとしての顔です。氏は、数十年の歳月をかけて洋画、日本画をはじめとして版画、彫刻、陶器などを9500点以上も収集した名だたるコレクターでした。そして、氏が亡くなった後、そのコレクションは箱根、ポーラ美術館となって我々の目に、心に届くこととなりました。

  先月19日、連れ合いと一緒に箱根のポーラ美術館に足を運びました。当日開かれていた展覧会は、「鈴木常司−美のまなざし」と「杉山寧(やすし)とポーラ美術館の絵画」でした。

  そのコレクションには、氏が社長室に飾っていたというカンディンスキーの抽象画、セザンヌの「道化師」、ゴッホなど、印象派から近代の素晴らしい絵画が展示されています。鈴木氏が、はじめてコレクションを意識したのは1958年。はじめて手に入れたのは藤田嗣治(レオナール・フジタ)の「誕生日」という絵だと言います。円形のテーブルを囲んでたくさんの子供たちが様々な表情で誕生会を行っている姿は、白を基調にしたカンヴァスに個性豊かな子供たちの表情がとても印象的な絵画でした。

  また、歩を進めていくと次の部屋ではパブロ・ピカソの青の時代を代表する「海辺の母子像」が展示されています。後の抽象画からは想像もできない美しい青を基調とした母親の姿が、穏やかに心のひだを揺らします。アンリ・ルソーの「エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望」にももちろん心を動かされましたが、目を引いたのは岡鹿之助が1927年に描いた「堀割」という絵でした。


  アンリ・ルソーにインスパイヤされた点描的な作品で、明るい基調の中に運河の堀割に浮かぶ汽船が円形の建物、橋と明るい空の中にあがかれており、見ていると心が落ち着く素晴らしい作品でした。

  さらに日本画では、横山大観のシルクロードを描いた大作、岸田劉生の麗子像や岡田三郎助の「あやめの衣」など、素晴らしい作品が次々と展示されていきます。

【杉山寧の驚嘆すべき筆致】

  今回のコレクションの中で、杉山寧(1906-1993)の作品群には本当に感動しました。

  すべての絵に漢字一文字の表題が付されており、油彩、リトグラフとすべてが躍動感と精緻さを兼ね備えて、今にも動き出しそうな鶴、鯉、孔雀(「薫(クン)」)などの姿には驚嘆します。さらに彼の描く富士山(「嵌(キン)」)は静謐な中にも大きな存在感を示しており、美しい色使いも合いまって時間を忘れて見入ってしまいます。

  氏は、エジプトやインドの風景も様々に描き出していますが、中でも圧倒的な迫力で心に響いてくる絵が、「水」という大作です。ナイル川の河畔の砂漠を歩む女性。黒い民族衣装に全身を包み、頭に大きなつぼを載せ、片手で支えながらこちらに向かってまなざしを向けるエジプト女性。大きな画面の大半を占めるのは、ナイル川の滔々とした流れを表す全面青の衝撃的な印象を醸し出します。絵画の持つ圧倒的な力を前にしばし呆然としました。

sui01.jpg
(杉山寧「水」 tabiulala.comより)


  また、晩年の作品「洸(コウ)」も不思議な魅力にあふれた作品です。湖を思わせるたゆたう水の中に大きな2頭の牛の背中が見えています。1頭は横を向き、それと垂直にもう1頭の背中が描写されています。そして、横向きの牛の背中には、インドの民族衣装に身を包んだ女性が透き通ったショールをまとい座っています。水面は、牛の動きに波立ってところどころ水流が白い線を引いています。そこにきらめく月の光。何と幻想的な風景が描き出されているのでしょうか。女性の表情はキリリと引き締まり、まるで手塚治虫の劇画に出てくる美女を思わせます。


  杉山寧に表される光と色は、これだけ多くの展示の中で1枚として同じ彩りはありません。精緻な筆致の中で青も赤も黄も白もすべてが独自の光沢で存在感を示しています。皆さんも機会があればぜひご鑑賞ください。その美の感動は何物にも代えがたいものがあります。

【絵画が生まれた秘密に迫る】

  さて、絵画の話になると時間を忘れてしまいますが、マハさんの話です。

  小説は、4編の短編中編によって成り立っていますが、すべての小説が女性によって語られているところが特徴的です。それぞれの作品の題名は、マティスの晩年を描く「うつくしい墓」、ドガと踊り子の交流を描いた「エトワール」、セザンヌとパリの画材屋の主人との関係を描く「ダンギー爺さん」、そして、本の題名にもなっているモネの晩年を描いた「ジヴェルニーの食卓」と題されます。

  女性によって語られるからこそ表現される画家たちの心象風景は、まるで印象派の絵が表す光のように陰影に富んでいます。「タンギー爺さん」の巻頭には、エミール・ベルナールの言葉が記されています。

「世紀末、この国の芸術を一変させる旋風が起きた。タンギーの小さな店で。」

  この言葉は、タンギー爺さんの画材店にセザンヌをはじめとして新たな絵画芸術を志す若者たちが集まってきた事実を語っています。タンギー爺さんは、行商の絵具商からパリに店を構えるまでになりましたが、芸術家を心から愛し、困窮する画家たちには出世払いで絵具を与えて応援しました。若い画家たちは、絵具代の代わりに売れもしない絵を置いていき、タンギー爺さんの店には、ゴッホやセザンヌ、ベルナールなどの絵がところ狭しと掛けられていました。

  ゴッホが描いた「タンギー爺さんの肖像」は、今やゴッホがパリに滞在していた時代の代表作としてすっかり有名になりましたが、当時は絵具の代金を支払うことができないゴッホが、売り掛け金の代わりにジュリアン・タンギーの肖像画を描いて置いて行ったのでした。その頃の印象派をはじめとした若者たちの絵にはまったく価値がありませんでした。

タンギー親爺の肖像画01.jpg
(ゴッホ「タンギー爺さんの肖像」 cart.help919.comより)


  マハさんの筆は、こうした事実を踏まえてある女性からのポール・セザンヌへの手紙という形式をとって、当時の画家たちとタンギー爺さんの時代を描き出していくのです。タンギー爺さんに画材の売り掛けを残したまま旅立ったセザンヌ。セザンヌは、アトリエに自分の絵を残して旅に出ますが、セザンヌの才能に惚れているタンギー爺さんにアトリエの鍵を預けて、セザンヌの絵を見たい人が現れたらアトリエに案内してほしいと頼んでいきました。

  そんなセザンヌにあてた手紙は、タンギー爺さんの娘がセザンヌに出した便りだったのです。そのタンギー爺さんと画家たちを描き出す見事な語りは、ぜひこの本を手にとって味わってください。

【絵画と文学、二重の感動】

  この本が生み出す感動は、二重にも三重にもふくらむように描きだされています。

  まず、画家たちが描いた作品たちの背景がどの小説にも忍び込んでいて、美術好きの人にはその画家の絵を思い出す感動があります。そして、どの小説にも素晴らしい絵画を創造した画家たちがほんの身近に登場して、その画家たちの創作過程での心模様に感動します。さらに、もう一つの感動は、それぞれの作品を語る女性たちの機微に満ちた心象風景にあります。

  例えば、エミール・ドガを描いた「エトワール」では、ドガと同じ芸術を目指したアメリカの女流画家メアリー・カサットが小説を飾ります。この作品は、ワンダーに満ちています。ある著名な画廊に相談があると持ちかけられたカサット女史は、今は亡きエミール・ドガの作品が格納された倉庫に画廊とともに訪れます。ドガは、誰でも知っているとおり多くの踊り子を描いた作品で有名です。

  当時の下層階級の家では、多少とも魅力のある少女たちは踊り子となり、「エトワール(星)」となることにあこがれます。しかし、そのあこがれは、決して芸術的な動機から出ているわけではありません。当時、バレーの舞台を見に来るのは富裕層の貴族や実業家たちです。彼らは、劇場でバレーを鑑賞し、美しいバレリーナがいると高額な金を出してパトロンとなり自ら囲っていたのです。

  貧しい少女たちは、バレリーナになりたかったわけではなく、バレーの舞台でお金持ちに見染められ、囲われることで裕福になり、自分の家族たちを養うことが目的だったのです。踊り子たちが目指した「エトワール」は、バレリーナとしての名声ではなく豊かな生活ができる星となることでした。

  その中で、エミール・ドガは踊り子たちの織りなす姿の中に、ドガの目を通した光と造詣の世界を創造しようと踊り子たちをモデルとして毎日、その表現と格闘していました。小説は、カサット女史の人生をとおして、ドガの芸術家の魂とある若い踊り子の心象風景をみごとに描いていくのです。

  カサット女史が、両親の反対に説得を重ねて何とかパリへと渡ってきたときに、ドガの絵と出会った衝撃は読む者の心をとらえて、そのまま小説世界へと引き込んでいきます。この作品もまた、何重もの感動を秘めて、見事です。

  ここまでお付き合いしていただいたあなた。マティスを描いた「うつくしい墓」、そしてモネが晩年に人生を過ごしたジヴェルニーでの暮らしを描く「ジヴェルニーの庭」ならぬ「ジヴェルニーの食卓」も読みたくなったことと思います。

  どの作品も、必ずや皆さんに幾重にもワンダーを届ける作品となっています。


  絵画好きの方もそうでない方も、人と画家の心のワンダーを味わいたい方はぜひこの本を手に取ってみてください。幾重にも重ねられたワンダーに出会えること間違いなしです。

  こ
れから季節は初夏へと向かいますが、印象派の巨匠が描く光の世界を垣間見られることが楽しみです。それでは皆さんお元気で、またお会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 22:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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