2019年07月14日

恩田陸 音楽の神様は誰とともに?(その2)

こんばんは。

  面白い小説を読んでいると、いつまでも終わって欲しくないためにページをめくる手を押さえたくなる時があります。前回からご紹介しているこの小説は、まさにページをめくる手を止めたくなるほど緊張感にあふれる小説です。それもそのはず、そこに描かれているのは、12日間に渡って100人近いピアニストの中から1人の優勝者を決める芳ケ江国際ピアノコンクールのすべてなのです。

「蜜蜂と遠雷」(恩田陸著 幻冬舎文庫上下巻 2019年)

  ところで、コンクールと言えばこの本を読んでいる間にうれしいニュースが飛び込んできました。世界的にも有名なピアニストの登竜門、チャイコフスキー国際コンクール。先日行われた第16回コンクールのピアノ部門で日本人が27年ぶりに2位入賞の快挙を成し遂げたのです。その日本人とは、東京音楽大学3年生で20歳の藤田真央さんです。藤田さんは、2017年に18歳でクララ・ハスキル国際ピアノコンクールで優勝したとの経歴の持ち主。

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(コンクール第2位 藤田真央さん spice.eplusより)

  音楽の神に祝福されたピアニストの快挙に思わず拍手してしまいました。

【心憎い小説の演出】

  さて、前回、著者の恩田さんがこの著書に込めた様々な工夫についてお話ししましたが、それ以外にも著者の仕掛けはプロフェッショナルであり、数えきれません。

  普通、クラシック音楽のファンでなければ国際コンクールと言っても故中村紘子さんの本で有名になったチャイコフスキー国際コンクールや最近生誕100年として、各地で話題となった国際ショパンコンクールの名前をかろうじて知っている程度です。ましてや、日本で行われるコンクールがどんな日程で、どんなプログラムで実施されるのか、知る由もありません。

  著者は、小説を読むうちに素朴な疑問がいろいろ湧き上がることを考えて、小説が始まる前に事前知識を我々に開示してくれます。まず、コンクールがどのような曲で行われるのかとの情報です。それは、参加するコンテスタント(競技参加者)たちがエントリーするための課題の一覧です。

  第一次予選:@バッハ平均律クラヴィーア曲集より1曲。ただし、フーガが三声以上のものとする。Aハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンのソナタより第1楽章または第1楽章を含む複数の楽章。Bロマン派の作曲家の作品より1曲。*演奏時間は合計で20分をこえてはならない。

  ちなみに超絶技法を持つ19歳のイケメン、マサル・カルロス・レヴィ・アナトールの第一次予選のエントリー曲は、@バッハ「平均律クラヴィーア曲集第一巻第六番」、Aモーツァルト「ピアノソナタ第十三番第一楽章」、Bリスト「メフィスト・ワルツ第一番 村の居酒屋の踊り」と記されています。

  こうして、コンクールの予選本選のエントリー課題曲の条件と小説で描かれる4人のコンテスタントのエントリーした実際の課題曲が一覧表で示されているのです。これを見るだけで、我々はこのコンクールの奥深さと、高島明石、栄伝亜夜。マサル・カルロス・レヴィ・アナトール、風間塵がこの12日間にどんな曲で演奏に挑んでいくのか、その姿が浮かび上がってくるのです。

  一次予選は20分の演奏ですが、第二次予選は40分未満、第三次予選は60分以内、と予選が進むに従ってその力量を問われることとなり、さらに本戦は、小野寺昌幸指揮、新東都フィルハーモニー管弦楽団とピアノ協奏曲を共演し、ソリストとしての存在感を問われることになります。特に第二次予選では興味深い課題が仕組まれています。それは、このコンクールのために作曲された新作のピアノ曲を演奏するとの課題です。

  今回お題となる曲は、菱沼忠明作曲の「春と修羅」。

  皆さんこの題名からピンとくるものがあると思います。そう、この曲はみちのくの作家宮沢賢治が書き記した詩集の題名です。このブログでもご紹介した「ビブリア古書堂の事件手帖」にもその初版本が登場しましたが、この作品には24歳で亡くなった妹トシとの別れを謳った「詠訣の朝」やトシとの交流を描いた作品など、その壮絶な心象風景が謳われています。この曲をどのように解釈し、その息吹を表現するのか、それが第二次予選のハイライトとなるのです。

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(「春と修羅」初版本 中古本サイトより)

  小説で丁寧に描かれていく主人公たちの優勝を目指す演奏は、読者に提示されたそれぞれのエントリー曲が次々と登場し、我々をコンクールの世界へといざなってくれるのです。そして、高島明石、栄伝亜夜、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール、風間塵。4人のコンテスタントがそれぞれの個性と人生を振り返りながら、音楽の表現者として驚くほどの成長を遂げていきます。その姿に我々は手に汗を握って小説世界に没頭します。

【伏線、そして第三の視点】

  この文庫本には、下巻の最後に、この小説が雑誌に連載されていた当時の裏話を編集者が描いた解説が掲載されています。それを読むと、まず恩田さんの「国際ピアノコンクールを最初から最後まで小説にしてみたい。」との執筆の動機が語られています。小説を読み終わると、まさに著者の言う通りのことがこの小説に描かれていることが分かります。

  しかし、日本で行われるピアノコンクールをその最初から最後まで描いた小説が、なぜこれほど面白いのでしょうか。そして、なぜこの小説が恩田陸さん待望の直木賞を受賞し、さらに2度の受賞はないと言われていた二度目の本屋大賞を受賞したのでしょうか。

  もちろん、前回お話しした多彩の登場人物たちの視点をちりばめて、たくさんの個性豊かな登場人物がそれぞれの言葉でコンクールや演奏を語ることが、この小説の大きな魅力となっていることに間違いはありません。それにしても、だれでも親しめるわかりやすい言葉で語られているこの小説。恩田さんがこの作品の中にいかに数々のドラマを練りこんでいるのか、それを語っていきましょう。(以下、かなりのネタばれあり)

  ここまで、この小説の主人公であるコンテスタント4人についてご紹介しましたが、この小説は、それだけでは語れないほど多層的です。前回、高島明石の奥さんの語りを紹介しましたが、この小説ではピアニストの家族や師匠のほかにも大切な語り部が存在しているのです。それは、コンテストの行方を左右する神のような審査員の存在です。

  この小説が面白いのは、小説が一つの謎解きのような構造を持っていることです。

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(文庫「蜜蜂と遠雷」下巻 amazon.co.jp)

【仕掛けられた謎とは?】

  この小説に仕掛けられた最も大きな謎は、16歳のコンテスタント「風間塵」そのものです。彼は、プロローグにも、エピローグにも登場するのですが、彼の存在そのものがこの小説の謎そのものとなっているのです。謎には、それを解き明かす探偵が必要です。この小説では、コンクールの審査員たちが謎を解く探偵としての役割を果たしているのです。

  最近のハリウッド映画では、エンドロールに撮影ユニットのスタッフが数多く紹介されます。例えば、ロケ地によって、ロンドンユニット、ニューヨークユニット、トウキョウユニットなどと撮影班やクリエーターたちがそれぞれ映像を作り上げていきます。それと同様にこの魅力あふれる小説では、審査員ユニットがそれぞれの予選において、小説の謎解きを担っているのです。

  審査員を代表するのは、嵯峨三枝子という国際的な一流ピアニストです。小説の冒頭、「エントリー」の章では、フランスのパリで行われたコンクールのオーディションの光景が描かれます。このオーディションの審査員である三枝子、セルゲイ・スミノフ、アラン・シモンの3人は、若き謎のピアニストを目の当たりにするのです。

  その名は、「ジン・カザマ」。

  三枝子は、エントリーシートでこの名前を見た時、そのエピソードに目を奪われます。そこには、「師事した人」としてユウジ=フォン=ホフマンの名前が記されていたのです。ホフマンは、最近鬼籍に入った世界的なピアニストであり、その演奏はすでに伝説と化していたのです。さらに、そこには推薦状ありと記されています。5歳からホフマンに師事。伝説のホフマンは弟子を取らないことでも有名です。いったい「ジン・カザマ」はどんな演奏を聞かせるのか、その演奏を前に三枝子の鼓動は高まっていきます。

  「ジン・カザマ」は、最後の演奏者。ところが、時間になっても本人は登場してきません。会場が戸惑う中、しばらくすると本人が息せき切って現れます。現れたのは、子供と見違えるような少年でした。その幼い笑顔に驚く三枝子ですが、ピアノの前に座り鍵盤に指を置いた途端、三枝子はその演奏に心をえぐられるような衝撃を覚えたのです。

  オーディションの審査員3人は健啖家であると同時に無類の酒好きで、その審査も保守本流から遠く離れた破天荒な評価をすることで名が知れていました。その3人は、「シン・カザマ」の衝撃的な演奏を聴いた後、伝説のピアニスト、ホフマンの推薦状の内容について語り合います。その内容は・・・。

「皆さんに、カザマ・シンをお贈りする。

 文字通り、彼は『ギフト』である。おそらくは、天から我々への。

 だが、勘違いしてはいけない。試されているのは、彼ではなく、私であり、皆さんなのだ。彼を『体験』すればお分かりになるだろうが、彼は決して甘い恩寵などではない。彼は劇薬なのだ。仲には彼を嫌悪し、拒絶する者もいるだろう。しかし、それもまた彼の真実であり、彼を『体験』する者の中にある真実なのだ。

 彼を本物の『ギフト』にするか、それとも『厄災』にしてしまうのかは、皆さん、いや、我々にかかっている。」

  「ジン・カザマ」の弾く、モーツァルト、ベートーヴェンを聴いて三枝子は怒りに身を震わせます。「こんな音楽を私は認めない。」 三枝子は、審査に当たって彼の演奏を0点としますが、他の審査員が満点に近い点をつけたことで、彼はオーディションに合格。本番の芳ケ江国際ピアノコンクールにコンテスタントとして登場することになったのです。

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(浜松国際ピアノコンクール 大ホール actcity.jpより) 

  いったい「ジン・カザマ」とは何者なのか。彼は、コンクールでどんな演奏を聞かせてくれるのか。その謎は、最後まで我々にこの小説を楽しませてくれるのです。

【音楽の魅力を描く】

  素晴らしい語り部は、物語を魅力的にしてくれます。

  恩田さんは、この小説にこれまで培ってきたすべてを注ぎ込んでいます。そのプロットももちろんですが、その中にちりばめられる音楽にかかわる様々なエピソードにも心を奪われます。

  審査員の一人である高名なピアニスト、ナサニエル・シルヴァーバーグは、イギリス人でありながらアメリカのジュリアード音楽院で教授を務めています。彼は、三枝子の元夫であると同時に、コンテスタントであるマサル・カルロス・レヴィ・アナトールの師匠でもあります。彼は、かつて伝説のピアニスト、ホフマンの押しかけの弟子でした。「シン・カザマ」はそのホフマンの弟弟子。しかし、自らの弟子マサルの強力なライバルでもあるのです。彼の存在が、ジンとマサルの対決をさらに盛り上げてくれます。

  また、本選でピアノコンチェルトが演奏される場面では、新東都フィルハーモニー管弦楽団を指揮する小野田昌幸のこんな述懐も披露されます。以前のコンクールでは、4人のコンテスタントが全員ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」をエントリーしたことがあり、4人のコンテスタントに対して同じテンションで演奏をしなければいけないと分かっていても、4回目には緊張感を維持することが大変だったと語ります。コンクールを担当する指揮者は、人知れぬ苦労があるのだ、と思わず同情してしまいました。

  そして、この小説で最も重要な役割を担っているのは、音楽の神様です。音楽の神様は、いったいコンテスタントたちに何をもたらすのか。この小説のテーマは、そこに尽きるのです。そして、小説の題名にもそのテーマが通底しています。「蜜蜂と遠雷」、それは音楽以前の音そのものを表わしているのです。


  音楽が好きな方もそうでない方も、ぜひこの小説で「音楽と人」のすばらしい関係を味わってください。興奮と感動を味わうことができること請け合いです。ただし、夜に読み始めると、必ず徹夜になってしまうのでお気を付けください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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posted by 人生楽しみ at 21:29| 東京 ☁| Comment(0) | 小説(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月29日

恩田陸 音楽の神様は誰とともに?(その1)

こんばんは。

  恩田陸さんは、これまで様々なアプローチで、吉川英治新人賞、日本推理作家協会賞、山本周五郎賞など数々の賞を受賞しています。その恩田さんが2017年、ついに直木賞を受賞しました。その作品は、「蜜蜂と遠雷」。この作品は、直木賞と共に恩田さんとしては2回目の本屋大賞をも受賞しました。いったいどれほど面白い本なのでしょうか。その「蜜蜂と遠雷」がついに文庫で発売されたのです。

  いつも本の話題で盛り上がる本好きの先輩も単行本で読んで、大推薦。ずっと推薦本リストに載っていました。本屋さんで文庫本を見て、すぐに購入したのは当然でした。

「蜜蜂と遠雷」(恩田陸著 幻冬舎文庫上下巻 2019年)

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(文庫「蜜蜂と遠雷 上巻」 amazon.co.jp)

【クラシック音楽の素晴らしさ】

  音楽を文章にすることは難しい。

  クラシックは、再現芸術です。まず、楽譜を書いた作曲家がおり、演奏家はその楽譜に従って自らの解釈や想いをその音に乗せて音楽を奏でます。さらにオーケストラが奏でる音楽の場合には、そこに指揮者による楽譜の解釈が加わることになるのです。そのために、同じ作曲家の音楽でも演奏家や楽団、指揮者によって時には全く別の音楽に変身してしまう場合もあるのです。

  例えば、最も好きなブラームスの交響曲第一番にしても、サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィルの交響曲全集は知られていますが、イギリス人らしい軽快なブラームスはあまり趣味に合いません。ダニエル・バレンボイム指揮、シカゴ交響楽団のブラームスは、低音域を響かせようとする解釈が曲の美しさをとどめているところに難があり、先日亡くなった大御所ロリン・マゼール指揮、クリーブランドファイルのブラームスは、華やかに歌い過ぎていて納得できません。

  やっぱり、1959年にカール・ベームがベルリン・フィルを指揮したグラムフォン録音のブラームが最高でした。ブラームスは、ベートーヴェンの交響曲の偉大さにプレッシャーを感じて作曲家として名を成したのちにもなかなか交響曲を書くことができませんでした。若き日に交響曲のために書いたスコアは、ピアノ協奏曲やレクイエムに転用され、第1番が完成したのは構想から21年を経た43歳のときだったのです。そこに込められたベートーヴェンを継承しつつ新たな交響曲を創るとの思いは、粘着質なブラームスの中では、濃淡と起伏にとんだこの第1番にいかんなくあらわされています。

  もう何十年もこのベームの盤を超えるブラームスを聴くことが出来なかったのですが、先日、ついにベームを超えるブラームスを耳にしたのです。それは、ライブで味わったドイツ・カンマーフィルのブラームスでした。指揮者はパーヴォ・ヤルヴ。その解釈は、出だしの荘厳な弦楽器から魂に響くかのような張りと深みを備えた重層音から始まり、その戦慄が唄うような管楽器に見事に引き継がれ、古典とロマンを繰り返しあざやかな音を届けてくれました。音楽に最も心を動かされた瞬間でした。

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(「ヤルヴィ指揮 ブラームス1番」 amazon.co.jp)

  話は横道にそれてしまいましたが、指揮者によってオーケストラが奏でる音がまったく異なるように楽器の場合には演奏家によって曲は全く別の顔を持つようになります。先日、ファジル・サイのベートーヴェン「熱情」を聴きましたが、彼の心の底からわき出るような荒けづりなピアノの音は、ベートーヴェンのスコアを超えて、演奏家の情念を我々に聞かせてくれました。アルゲリッチ、ポリーニ、内田光子、アシュケナージ、ツィマーマンとすべてのピアニストが名ピアニストですが、同じ「熱情」は一つとしてありません。

  一人の演奏者が、作曲家が残した楽譜をどのように解釈、消化して音として表現するのか。それは、その演奏を聴けば分かります。しかし、こうした再現芸術の素晴らしさを言葉や文章で伝えるにはどうしたらよいのでしょう。かつて、文豪トーマス・マンは、「ファウスト博士」を執筆するときに、主人公であるアドリアン・レーヴァーキューンのピアノ演奏を表現するために、音を文章にする訓練を積んだと言います。ノーベル賞作家にして、音楽を文章や言葉に翻訳することは非常に難しい仕事だったのです。

【音楽と人のための小説】

  今回の小説は、国際ピアノコンクールにおけるピアニストたちの闘い?を描いた大作です。そのコンクールは日本国内で最も有名な「芳ケ江国際ピアノコンクール」です。3年に1度芳ケ江市で開催されるコンクールは、そのオーディションが世界各国で行われ、そこで選ばれた90人のピアニストが優勝を勝ち取るために芳ケ江市に集い、その演奏を競うイベントです。恩田さんは、ここに参加する4人の若者たちの活躍を中心に、「エントリー」、「一予選」、「二次予選」、「本選」と4つの章に渡って描いていくのです。

  それにしても、演奏家のタマゴたちが競い合う国際ピアノコンクールを描いた小説が、直木賞や本屋大賞を受賞できるのか。とても不思議です。この作品の執筆量は半端ではありません。文庫本では、上巻454ページ、下巻491ページというボリュームですが、その物語の面白さに一気に読み進んでしまいます。その面白さに読み始めるともう止まらないのです。

  最初に読み始めたときに、思わず表紙を見直して著者の名前を確認してしまいました。著者は、確かに恩田陸さんです。見返してしまったのは、これまで読んだ恩田さんの文章と、全く異なる筆運びだったからです。小説は、ピアノコンクールへの「エントリー」と題された章からはじまります。描かれるのは、16歳の少年です。名前は明かされません。見知らぬ外国の街で、時間に遅れないように急ぐ少年の描写。

  そうです。小説はコンクールに参加する若い音楽家たちを描くことを中心に進行していきます。コンクールの参加者は、一番年上の若者が28歳、最も若いコンテスタント(参加者)は15歳。その世代の闘いが描かれます。そこに審査員や参加者の師匠もからんできます。こうした小説には、それにあった文体が必要です。恩田さんは、これまで築き上げてきた小説作法や文体の中で、この小説のための文章を紡ぎ出したのです。それは、これまでの小説にはない、平易でリズミカルな文章だったのです。

  さらに、恩田さんはこの小説を面白くするために様々な技法を駆使しています。各章にはエピソードごとに小見出しが創られています。その見出しが、また見事に音楽を描く小説らしい見出しとなっています。例えば、「第二次予選」と題された章のエピソード見出しは、「魔法使いの弟子」、「黒鍵のエチュード」、「ロンド・カプリチオーソ」、「音の絵」、「ワルキューレへの騎行」、「月の光」、「虹の向こうに」、「春の祭典」、「鬼火」、「天国と地獄」、と音楽ファンならば、思わずほくそ笑んでしまう題名が続いています。

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(「魔法使いの弟子」のミッキー YouTubeより)

  そして、恩田さんが小説家としてのプロの技を発揮しているのは、その表現です。この小説には、本当に多くの登場人物が登場するのですが、著者は数多くのエピソードを別々の登場人物の視点から描いていくのです。当然、語り部によってその文体も変わっていきます。

  この小説の主人公の一人、高島明石は26歳の会社員です。彼は、ピアニストでもありますが、結婚し子供が出来てある楽器メーカーに就職して日々の仕事に励んでいます。しかし、芳ケ江国際コンクールエントリーの記事を見た時に、これまで抑えてきた音楽への探求心が頭をもたげます。ピアニスト、音楽家としてもう一度だけコンクールに挑戦してみたい。その想いを周囲の人々に打ちあけ、奥さんの協力も得て、芳ケ江国際ピアノコンクールにエントリーしたのです。

  彼を取り巻くエピソードの多彩さに我々は思わず小説世界に引き込まれていきます。彼がピアノの世界へと導かれたのは、世の中の音に俊敏な耳を持つ田舎のおばあさんでした。蚕小屋を営むおばあさんは、蚕の葉をかむ音の中で良質の繭を養蚕していました。家にあったピアノを弾き始めた明石は、ピアノを弾いた時の自分の心の中を見抜くおばあさんの耳の良さに驚きます。そして、明石の音楽への熱意を知ったおばあさんは、貯金をはたいて明石にグランドピアノを買い与えてくれたのです。

  さらに明石を取り巻く人々も描かれます。高校時代の様々なエピソード。明石の高校時代の同級生である雅美は、いまテレビ局で仕事をしています。彼女は、良く知る明石がピアノコンクールにエントリーしたことを知り、取材を申し入れます。その申し出とは、エントリー後、実際にコンクールで競い合う姿をドキュメンタリー番組にしたいので、映像も含めて取材させてほしいと言うものでした。かつての同級生の願いを快く聞き入れた明石。そこから雅美の取材が始まります。

  コンクールに挑む明石の姿は、いくつもの視点から描写されていきます。本人の視点、同級生であり取材者でもある雅美の視点、審査員の視点、明石の奥さんである満智子の視点、そして作者の視点。こうした多彩な視点と多彩な文体が我々をコンクールの世界へと導いてくれるのです。特に心を動かされたのは、満智子の視点です。

  「第一次予選」。明石のエントリーナンバーは22番でした。コンクールの初日は日曜日でしたが、一日16名が演奏するコンクールで、明石の演奏は2日目の月曜日に予定されていました。ところが、数名の辞退者がでたために明石の演奏日は初日に繰り上がったのです。教師をしている妻の満智子は平日には演奏を聴きに来ることができませんが、日曜日であればホールに足を運ぶことができます。コンサートの初日、満智子は息子を実家に預けて会場を訪れます。

  高島明石の第一次予選の演奏曲は、バッハの「平均律クラヴィーヤ第一巻第二番」、ベートーヴェン「ピアノソナタ第三番第一楽章」、ショパン「バラード第二番」の3曲です。会場に時間に追われながら到着した満智子は、久しぶりに夫の音楽家、演奏者としての姿を目の当たりにします。そして、その演奏が始まるやその旋律に乗って、満智子の心に様々な思い出が駆け巡ります。明石との結婚に関して女友達からあびせられた心ない皮肉。眠る時間を削って練習を続け、それでも不安になる夫の姿。子供に本を読んでやるときの優しさのこもった声。様々な思いが音楽によって浮かび上がり思わず涙ぐみます。そして、その演奏が終わった時にある言葉が湧き出てきます。「あたしは音楽家の妻だ。あたしの夫は、音楽家なんだ。」

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(「浜松国際ピアノコンクールCD」タワーレコードHPより)

  我々は、音楽家明石のエピソードに引き込まれ、小説世界の虜になるのです。

【音楽の神様と人間の物語】

  恩田さんは、コンクールに参加する若者たちの中の4人の参加者を主人公にしています。一人は高島明石。その他の3人にも素晴らしいエピソードの数々が用意されています。まず、20歳の女性ピアニスト栄伝亜夜。そして、アメリカのジュリアード音楽院の学生である19歳のマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。彼は、日本、ラテン、フランス人の血を引く混血児ですが、眉目秀麗を絵にかいたような長身のイケメンです。そして、今回のコンクールの台風の目になるであろう16歳の少年、風間塵。

  この他にも、なんと初日の1番の札を引いてしまったロシアのピアニスト、アレクセイ・ザカーエフ、マサルと同じくジュリアード音楽院に在籍し、常にマサルをライバルとして見ている超絶パワーの女性ピアニスト、ジェニファ・チャンなど、多彩な登場人物がコンクールを盛り上げていきます。

  上巻では、このコンクールの第二次予選の中盤戦までが描かれますが、音楽の神様は果たしてどのコンテスタント(コンクール挑戦者)に微笑むのか。第二次予選がはじまってからの二日目、音楽の神様が我々の前に出現します。

  本当にこの小説はみごとに音楽の姿を描き出しています。

  本題に入る前に紙面が尽きてしまいました。続きは次回に持ち越しです。

  それでは皆さん元気で、またお会いします。


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2019年06月23日

二人の異才が語る生死(しょうじ)とは?

こんばんは。

  皆さんは、「生死(しょうじ)」という言葉をご存知でしょうか。

  漢字としては当然知っているのですが、「しょうじ」という仏教の言葉としては、全く知りませんでした。今週読んだ対談本は、いきなりこの言葉の説明から始まります。

「生死(しょうじ)の覚悟」

(高村薫 南直哉著 新潮社新書 2019年)

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(新潮新書「生死の覚悟」 amazon.co.jp)

  本屋さんでこの新書を見つけたときに、やっとお二人の対談が上梓されたか、と感激しました。というのも、お二人ともにファンであることもさることながら、以前にブログでご紹介した通り、このお二人の間には不思議な因縁があるからなのです。それは、高村薫氏の上梓した小説に登場する曹洞宗の禅僧が南直哉さんに瓜二つに描かれたことにあります。南直哉さんの禅房内でのあだ名は「ダース・ベーダー」でした。驚いたことに小説の登場する禅僧のあだ名も同じ「ダース・ベーダー」だったのです。

【はじめに言葉ありき】

  高村薫さんは「マークスの山」で直木賞を受賞して以来、合田警部補シリーズを上梓し続けており、その稠密な人物描写と迫力のある情景描写、卓越したプロットはますます冴えわたっています。直哉僧のそっくりさんが登場するのは、シリーズ3作目の「太陽を曳く馬」です。この本が上梓されたのは2009年ですので、そこからがお二人の出会いと言っても良いのかもしれません。この小説が上梓されてから、直哉さんは、あまりにその設定がリアルであったため、禅房内で情報漏えい者の疑いを持たれたそうです。

  対談は、まずその疑いを払しょくするため、その確認から始まります。直哉さんは、失礼ながらと前置きをして重ねて取材の有無を問いただしますが、この小説の設定はすべて高村さんの脳内から想像されたものだと言うことが判明します。直哉さんは、プロの小説家の想像力のすさまじさに脱帽でした。

  南直哉さんは、現在、福井県の霊泉寺住職、青森県の恐山菩提寺院代を務められており、多忙な生活を送られています。氏は、「言葉」を、仏教を考え、伝えるために非常に重要な手段ととらえています。それ故、これまでに自らが考えて考え抜いてきた様々の事を、ときにはエッセイ風にときには論文風に世に問うてきました。

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(福井県 霊泉寺 fuku-e.comより)

  この本には、2011年の初めての対談、2018年の7年ぶりの対談、そして、その間にお二人が執筆した道元禅師に関わる文章と、お二人の書評が掲載されています。

  高村薫さんはもちろん言葉のプロフェッショナルですが、お二人の文章を読んでいると言葉の持つ意味の大きさを改めて思い起こします。「はじめに言葉ありき」とは、新約聖書の「ヨハネによる福音書」における最初の一言ですが、言葉は神様とともに存在したほど根源的なアイテムです。人間(ホモ・サピエンス)は200万年前に誕生したと言われます。

  類人猿から派生した第3のチンパンジーが我々人類ですが、地球上のすべての生きもののなかで我々が生き残ったのは、我々の祖先がグループ内のコミュニケーションによって協働することを覚えたことによるものだそうです。コミュニケーションは、最初表情や声であったはずですが、それが言葉として通じ合ったときに最強の協働が生み出されたのだと思います。

  言葉は、あらゆるものを共有化する名前であるとともに表現そのものです。それは、人の気持ちを表すこともできれば、環境を共有化することができ、人の姿や美しい風景をも表すことができます。さらに、ものごとの理や哲学、科学までをも深めることができるのです。人類の進歩と調和は言葉によってなされたと言っても過言ではありません。

  この本では、仏教を巡って言葉のプロフェッショナルである高村薫さんと異色の禅僧である南直哉さんが、「死と(表裏一体の)生」について、語り合い、道元と互いの上梓した本を評論するというコラボレーションが実現します。

【言葉はどこまで語れるのか】

  ところで、題名にもなっている「生死(しょうじ)」ですが、この本の中表紙にはこの言葉の定義が記されています。

  「生死(しょうじ)」 生まれることと死ぬこと。また、いのちあるものが生まれることと死を繰り返すこと。(略)仏典においても、生死の連続は苦と捉えられており、さらに、仏教においては、生死の繰り返しは、我々人間の煩悩に起因すると考えられたため、煩悩を滅失することにより、生死の連続からの解放が可能になるとされた。このように生死は、迷いのただなかにある我々自身のあり様を比喩的に表現したものである。生死の超克は苦の終焉であり、それは涅槃と等値となり、仏教の目指すべき目標とされる。(岩波仏教辞典  第二版)

  さすが辞典だけのことはあり、迷いなく説明がなされています。

  最初に掲載されたこの説明とはうらはらに、お二人の語る「生きることと死ぬこと。」と仏教の関わり方は、一筋縄ではいきません。そもそも高村薫さんは、「自分には信心がない。」と言い切ります。曹洞宗の禅僧の前で、いきなりこんなことを語ることにも驚きますが、もっと驚くのは、直哉さんが「私も同じです。」と答える所です。

  読み進むにつれて、この対談の奥深さが見えてきます。

  このお二人は、立場は異なれど、これまでの生き方の中で、常に懐疑と共に生きてきました。その懐疑とは、「なぜ」と問うことです。直哉さんが出家して曹洞宗永平寺の門をたたいたのは、「自分はどうして生まれてきたのか」、「自分とは何なのか」という心からの疑問に行き詰まったことがその理由だと言います。その答えは住職となった今も出ないと言います。

  一方の高村薫さんは、物心ついた時から「信心」が身につかず、人が仏様や神様に両手の平を合わせている姿を見て、その心持を理解することができないので、今でも自分は「信心」のない悪人(宗教的な)であることが常に心に引っかかっていると言います。そんな高村さんにとって「死」をつきつけられたのは阪神淡路大震災でした。あるとき、突然数千人もの命が奪われる大災害。命を失った人、家族を失った人とそうでなかった人を何が分けたのか。

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(小説「太陽を曳く馬」上巻 amazon.co.jp)

  その答えがあるはずのない問を目の前にして、高村さんは仏教に近づいたと言います。

  明治維新以降、日本は近代化による富国強兵を国是としてきました。その中で、脈々と根付いてきた思想は科学的合理主義でした。つまり、すべての事を合理的な行動(実験)や論理的分析によって解明し、真理(またはそこに至る仮設)を言葉で説明するとの考え方でした。高村薫さんは対談の中で、みずから疑問に感じたことを理性で分析・分解して言葉で言い表すことが身についていると語ります。しかし、「信心」やそのきっかけとなる「死」について語る言葉を持てないことに引っかかっていたのです。

  直哉さんもその話を受けて、同意します。

  出家して禅僧になることは、自分にとって「賭け」だったと言います。その意味は意外です。曹洞宗の教えは仏教の基本となるもので、殺生を禁止しています。直哉さんは、出家前に自らの生きる意味を見いだせない、死とは何かが分からないときに最後には自殺という選択肢があった、と語ります。ところが、自殺は殺生となります。つまり、出家して禅僧となることは自殺という選択肢を捨てることになるのです。

  みずからの疑問を根底まで問い続けたときに「生きる」という選択肢しかありえない世界は、直哉さんにとって「賭け」だったわけです。直哉さんが出家したのは1984年ですので、それ以来35年間、その「賭け」は続いているわけです。今のところ、その疑問の答えは言葉として語ることはできないのです。最初の対談の終わりの部分に至って、やっと「生死の覚悟」という題名の必然性が匂ってきたように思えました。

【「生死の覚悟」とは?】

  対談の間に挟まれた断章も2つの対談に結びついていきます。

  まず、曹洞宗の開祖である道元禅師にかかわる話が相互に登場します。私は無調法で、道元の著作である「正法眼蔵」を読んだことがありません。高村薫さんの言によれば、この本は75巻本と12巻本にわかれており、75巻本は難解そのもの、12巻本は分かりやすいと言います。しかし、その難解さはただならぬものがあるようです。

  高村氏曰く、「さてそれでは、どこがどう難題なのかと言えば、まさに無いと言い、有ると言い考えるなと言い、考えろと言い、考えないことを考えろと言う、自己にとらわれない心身のありよう自体を言語化している点である。」、「そもそも『正法眼蔵』は、道元自身が禅定の果てに達した身心脱落の非言語的宇宙そのものに、今度は自覚的に近接し、その全容を言い当てんとする言葉の集まりである。つまり、言語以前・存在以前を言語化し、『空』から諸々の事物を現成させる営みであるが、それにしても、言葉で言い当てられないものを言い当てる言葉とは、実際にはどんな言葉だろうか。」

  東日本大震災の傷跡が人々の心に重くのしかかる中で、高村さんは道元の言葉に思いをはせるのです。そして、それに呼応するように直哉さんの「正法眼蔵」解説が続きます。

  我々が仏教や禅に対していつも疑問に思う「悟り」。いったい「悟る」とはどうゆうことなのか。道元禅師が「正法眼蔵」の中で語る、「悟り」とは何か。直哉さんは、「悟り」を「人の実在」に例えて道元禅師のパラドックスのような文章を読み解いてくれるのです。

  そして、いよいよ2018年のお二人の対談が始まります。この間に高村薫さんは、「空海」という作品と「土の記」という大作を上梓しています。そして、直哉さんは「超越と実存 『無常』をめぐる仏教史」という氏独自の視点から描いた仏教の歴史本を上梓しています。加えていえば、この本は、昨年度の小林秀雄賞を受賞しています。

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(南直哉著「超越と実存」 amazon.co.jp)

  対談の前の断章には、南直哉さんが書いた「空海」の書評が掲載されており、さらに、高村薫さんの「超越と実存」の書評が続いています。これが枕となり、お二人の対談はその著書に対する深堀から始まります。

  後半の対談は、現代社会が抱えている危殆を互いの考えと体験から分析していくことになります。

  お二人は、前半の対談で語られた通り、「生死」への懐疑と「宗教」への懐疑の深さを確認していくことから対話を深めていきます。

  平成最後の年に地下鉄サリン事件など最悪の犯罪人を生み出した宗教集団「オウム真理教で数々の犯罪に手を染めた幹部たちの死刑が執行されました。それは、まるで「オウム真理教事件」を平成とともに幕引きをしてしまおうとするかのような刑の執行でした。お二人は、なぜこのような団体が宗教を語り、なぜ多くの若者たちがその教えに心酔し洗脳されてしまったのか、を解き明かさずに事件を終えてしまったことを痛烈に批判しています。

  令和の時代は、深く物事を問うことを忘れつつあります。人々は、インスタグラムやYou Tubeなどの視覚的な情報への反応に偏重し、文章もツイッターやフェイスブック、ラインなどの短絡的な短いセンテンスが世界中を席巻しています。すべてが瞬間芸や一発芸のような世界の中で、物事を深く問い、考察することが薄れてきたことに間違いありません。

  お二人の対談は、「生死」や「宗教」を語りながら、こうした社会に警鐘を鳴らしています。今、児童虐待やいじめ、衝動に任せた無差別殺傷事件など、自らに理由を深く問うこともなく発生する事件が多発しています。この本は、人はなぜ生きるのかを問うとともに、現代に欠けている何かをみごとに語ってくれます。

  皆さん、ぜひお読みください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。

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2019年06月18日

長岡弘樹 警察学校は過酷な世界!?

こんばんは。

  皆さんは電車で手持無沙汰のときにどうしていますか。

  今やスマホをいじっている人が圧倒的に多く、情報系の検索、ゲーム、テレビドラマの視聴、音楽鑑賞とあらゆるものをスマホで楽しんでいます。最近は、スマホでマンガを読んだり、本を読んだりしている人も珍しくなくなりました。都心の鉄道では、ドアのうえに液晶画面が備えられており、ニュースや気象情報、広告など様々な動画が乗客を楽しませてくれます。

  それと同時にひまつぶしになるのが、車内広告です。

  社内に吊られている広告は満員電車の中でも良く見えますし、毎朝人に押しつぶされながらもドアの窓に張られている広告には目が行ってしまいます。マンションなどの不動産、商業施設やお店のバーゲン情報、週刊誌の中刷り広告が多いようですが、ときどき変わった広告を見ることもあります。そうした中で、本の広告も見受けられます。本の広告は、大手の出版社よりも話題の実用書などを出版している個性的な版元の方が多いようです。

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(週刊文春 中吊広告 syukanbunsyun.jp)

  もう6年ほど前になりますが、JR東日本の京浜東北線に小学館が広告を出していたことに気づきました。広告は、車両端の座席(優先席になっていることが多い)のわきの壁に透明なプラスチックケースに入って掲載されていました。そこには、紺色の色彩の中を歩くバックを下げた男が描かれた本が掲載されていました。本の題名は「教場」。著者は、長岡弘樹と書かれています。「異色の警察小説」、「ベストセラー」、「週刊文春ミステリーベスト10 第1位」との文字が躍っています。どうやら警察学校を舞台としたミステリーのようでしたが、その怪しいイメージが気になって、いつか読んでみたいと思ったのです。

  それからは、通勤電車で見るたびに気になって、本屋めぐりのときにも平置き棚に積まれた「教場」がいつも気になっていましたが、まずは文庫になるまで我慢しようと素通りしていました。そして、2015年にはついに文庫化がなされます。はじめて文庫本を見てから本屋さんに行くたびに手に取っていたのですが、いつも優先したい本があって、ついつい日延べしてきたのです。

  そして、今週、ついに読みました。

「教場」(長岡弘樹著 小学館文庫 2015年)

【小説の舞台は警察学校】

  まず、「教場」とは何か。それは、普通の学校でいえばクラスの事を意味します。1組、2組などのあのクラスのことです。「教場」とは警察学校におけるクラスの名称。例えば、この小説には植松という教官が登場しますが、彼が担任を務めるクラスは、植松教場と呼ばれるのです。

  警察学校というと、まるで公立の高校や大学のように聞こえますが、誰もが入れるわけではありません。この学校の生徒は、警察官の採用試験に合格した人間です。彼らは、この学校で警察官として必要な技能や知識、法律などを半年間に渡り身に着けて警察官としてデビューするのです。学校であるからには、入学して卒業するわけですが、この小説で描かれるのは、警察官になるための厳しい教練の場です。

  舞台も警察小説と言ってもきわめて斬新な場所であり、人間を描くにも多様な人生、そして人間関係が渦巻いています。ミステリーと言えば謎解きのワンダーが肝になりますが、この舞台ではあらゆるところに謎を創りだすことが可能です。しかも警察学校は閉鎖的な空間であることが一層の効果を引き立てます。

  この小説は、短編連作の形を取っています。

目次を追うと

1話 職質、第2話 牢問、第3話 蟻穴

4話 調達、第5話 遺物、第6話 背水

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(文庫版「教場」 amazon.co.jp)

  小説の奥深さは作者によって周到に用意されています。まず、登場人物の背景が多種多様。警察学校の生徒は、警察官登用試験に合格した人間です。つまり、そこには様々な職業を経験した人物が集まっているのです。元学校の教諭、元インテリアデザイナー、元ボクサー、などこれぞれが個性にあふれています。そして、学校は寄宿舎となっており、携帯電話や免許書は日常生活の中で取り上げられて、所持することは許されません。また、外出も許されておらず、課題宿題が常に課されています。

  こうした環境で様々な謎が提示され、ワンダーが醸し出されるのです。

  そして、各話に共通する人物がいます。それがこの教場を担任する風間公親です。白髪で義眼を入れたような目つき、温厚でありながら絶対的な迫力を持つ警務官です。実は、2020年の初めにこの小説はフジテレビでテレビドラマとして放映されるとのことです。各話で謎解き役を担う風間を演じるのは、あのキムタク(木村拓哉)だそうです。原作からはイメージがわきませんが、どんなドラマになるのか、楽しみです。

【一味違ったミステリー】

  このミステリーは設定自体も変わっていますが、その語り方もまた一味違います。

  著者の長岡さんは、著作のインタビューで自らのスタイルを「書きすぎない」ことと語っています。というのは、あまり説明はしないということです。廊下を歩いている時に後ろに人の気配がしたとします。後ろにいるのは誰なのか。作者は当然誰かを知っているので語ろうと思えば語れるわけですが、あえて語りません。さらに、振り向けばそれが誰なのかはすぐに分かるわけですが、この著者はなかなか振り向かせないのです。

  この小説では、ミステリーらしく、心理的な圧迫や物理的な暴力がところどころに描かれます。

  担任の風間公親は温厚で暴力を振るいませんが、副担任である須賀は武道専任教官であり、柔道6段という猛者です。警察学校にはさまざまな規則があり、課題も多いので罰則は枚挙にいとまがありません。校庭10周の駆け足や腕立て伏せなどは、日常茶飯事です。例えば、4歩以上の距離を移動するときに生徒は必ず駆け足をすることが義務付けられています。須賀は、その違反者を見つけると柔道場に呼び出して、何本も投げ技を懸けて生徒をあざだらけにしてしまいます。

  第1話で宮坂定は毎日の授業で味方になっていた同級生に恨まれて、自殺の道連れに命を失う恐怖にさらされます。また、第2話で元インテリアコーディネーターの楠本しのぶは、駐車場施設に呼び出されて設備の間に足を挟まれ、骨を折られてしまいます。しかし、長岡さんはその結果、最後に彼らがどうなったのかを描きません。

  我々は、「エッ、いったいどうなったんだ。」と戸惑いを覚えます。

  そこが作者の狙いです。短編連作の面白さを創るために長岡さんはわざと謎を残して短編を終了します。短編は、それぞれ1話完結なのですが、この小説では同じ学校、同じ教場での出来事が連なっていますので、次の話を読んでいくと前話で残された謎が、さりげなく語られていくことになるのです。しかし、風間教官にまつわる謎はどこまでも続いていきます。

  さらに作者は風間教場の生徒たちに様々な恐怖を語らせます。

  特に象徴的なのは、第1章で語られる問答です。風間教官が宮坂に対して、「警察学校とはどんなところだと思うか」と問いかけます。その答えは「篩(ふるい)」。つまり、警察学校とは、警官になるための厳しい課題に耐えられない人間を振るい落とすために存在する、ということです。確かに第1章では、41人いた第98期入学者は、5月の時点ですでに37名になっていることが語られているのです。

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(警視庁警察学校 wikipediaより)

【エンタメとリアリティの間】

  警察と諜報機関。そこに求められる技術と能力は似たものがあります。もちろん、警察官にずば抜けた語学力や変装能力は求められませんが、職務質問や追跡術、射撃術などは警察官にも必要な技術となります。柳広司氏の小説「ジョーカーゲーム」に描かれる陸軍中野学校の様子と相通ずるものがあるのかもしれません。

  この小説に登場するのは、職務質問、取り調べ技術、交番勤務、水難救助、パトカーの運転技術、射撃技術など警察官が持つプロの技術がさりげなく書き込まれています。

  例えば、警察官が街で不審な人物をみつけたときの職務質問。「すみません、ちょっといいですか。」と話しかけてから、相手の名前を聞き出し、その間にも相手からの攻撃を未然に防ぐような職務質問のテクニック。なるほどと読んでいると、前提として警察官の姿を不意に見せるなど、驚かせて最初の相手の反応を的確にとらえることが最も重要だ、との奥深い話も語られています。

  交通機動隊の所属する神林警部補が登場するパトカーの運転技術講習会でのエピソードもワンダーです。そのパトカーには覚せい剤が隠されているとの設定で、覚せい剤の在りかを探すことが課題として課せられます。意外なほど簡単なところに隠されている、との教官のヒントから、ありとあらゆる場所を探しますが、覚せい剤はみつかりません。果たしてどこに隠されているのか、その答えは本書で確かめてください。

  小説はフィクションではありますが、こうしたリテイルの描写が小説に臨場感や迫力を醸し出します。

  第4章には、風間教場の生徒の中で調達屋が登場します。閉鎖社会の中で、本来手に入らないものを調達する男。この話を読んで思い出したのは、戦争映画の傑作「大脱走」です。

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(映画「大脱走」1963年 ポスター)

  第二次世界大戦下のドイツ。ドイツは連合国軍の捕虜が各地で脱走を企てることに手を焼き、脱走常習者を一所に集めて鉄壁の監視体制を引くことにしました。スタラグ・ルフト北捕虜収容所。しかし、「敵後方のかく乱」を職務とする連合軍の捕虜たちは、前代未聞250名の脱走計画を企て、収容所を脱走するのです。

  この映画は、史実をもとにした映画で、その登場人物たちに当時のスターを振り分けて、その練りに練った脚本で大ヒットを記録しました。スティーブ・マックィーン、ジェームス・ガーナー、チャールス・ブロンソン、ジェームス・コバーン、デビッド・マッカラムなど、それぞれが大活躍した見事な作品でした。

  収容所の脱走計画は、収容所内から3本のトンネルを掘り、250名を脱走させるものでしたが、脱走後に全員が国境を超えるためには周到な準備が必要です。まず、脱出後に着る衣服、偽造の身分証明書、さらに近隣の詳細な地図、完ぺきなドイツ語。そうした綿密な脱走計画の中で、必要な物資の調達を担ったのは仕入れや屋と呼ばれるアンソニー・ヘンドリー(ジェームス・ガーナー)だったのです。

  ダバコから始まり、様々な衣服となる生地からトンネルを掘るために必要なフイゴなどの道具の材料に至るまで、あらゆるものを調達します。そこには、詐欺師まがいのコミュニケーションテクニックと駆け引きが必要です。偽造身分証明書作成のために人の良いドイツ軍の看守を自室に誘い込み、身分証の入った財布をみごとに手に入れる場面では、思わず喝さいを送りました。

  この小説に出てくる調達屋は、映画と違い「調達」と引き換えに恫喝のような行為を続けますが、最後にはそれによって墓穴を掘ることになります。


  この小説は、謎の教官風間公親による教育小説と見られたり、生徒たちの成長を物語る学園小説、などとも呼ばれているようですが、基本的にはこれまでになかったユニークなミステリー小説です。警察学校を描くという意味でもこれまでなかったワンダーを味わうことができます。警察小説に興味のある方は、ぜひ手に取ってみてください。その怖さも含めて楽しめること間違いなしです。

  豪雨と暑さが交互に襲ってきます。災害対策と体調管理にはくれぐれもお気づかい下さい。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2019年06月13日

堺屋太一 「楽しい日本」を創造する

こんばんは。

  堺屋太一さんが亡くなったとの報を受けたときに、我々は時代を照らす光を失った、との思いに打たれました。

  昨年、2025年の大阪万博の開催が決まりましたが、1970年の大阪万博では、当時通産省の官僚であった堺屋氏がプロデューサーの役割を務め、みごとに大成功を収めました。その後、1975年、官僚時代にエネルギー問題を中心に据えた小説「油断」で作家デビュー。さらに近未来小説「団塊の世代」を上梓し、日本のすべてを左右する、団塊の人口分布による未来予測を小説とし、日本の行く末に警鐘を鳴らしたのです。今や団塊の世代は年金世代となり、日本の財政経済に大きな影響力を発揮しています。

  1985年に上梓された「知価革命」は、第三次産業の次に来る価値観を予言した書として当時大ベストセラーとなり、多くの識者の目を開きました。私もこの本によって堺屋フリークになりました。さらに2004年(平成16年)には平成時代の未来を予測した「平成三十年」を上梓するなど、常に日本を見通す小説を上梓し続けました。

  また、現在の経済目線で書かれた歴史小説「峠の群像」は、日本の年末の風物詩「忠臣蔵」を経済的な側面から描き出し、歴史に新たな光を当てることになりました。この小説は、1982年、NHKの大河ドラマとなり、日本の忠臣蔵に新たなページを加えたのです。また、1996年には、氏の「豊臣秀長-ある補佐役の生涯」、「鬼と人〜信長と光秀〜」、「秀吉 夢を超えた男」の3部作を原作とした「秀吉」が大河ドラマとなり、堺屋さんの名前はすっかり有名になりました。

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(歴史小説「峠の群像」 amazon.co.jp)

  個人的には、関ヶ原の合戦を描いた「大いなる企て」が一押しです。この小説は、成り上がった小大名でありながら、秀吉の懐刀として活躍した石田三成が主人公ですが、彼がプロジェクトリーダーとして如何に徳川家康を向こうに回して、関ヶ原の戦いを構築したのかを描いています。それは、様々な博覧会、とくに大阪万博を成功させた堺屋さんならではのプロジェクト成功ノウハウが詰まったみごとな歴史小説でした。

  堺屋さんは、小渕内閣で民間登用として3代に渡り経済企画庁長官を務め、現在でも続いている市井の人々に景気の状態をインタビューする「景気ウォッチャー調査」を導入しました。このブログでも紹介した「世界を創った男 チンギス・ハン」は、堺屋歴史小説の集大成で、世界の半分を支配する体制を築いたチンギス・ハンの生涯を描いた渾身の小説でした。

  今年の2月、氏の訃報に接したときに一瞬にこうした記憶がかけめぐり、寂しさが心に染み入りました。1月には梅原猛さんが93才で亡くなり、今回、改めて人の寿命には限りがある事を感じました。世代が変わる中で、こうした先人たちが書き残した様々な知恵を次の世代が引き継いでいくことが必要ですね。

  今週は、本屋さんで見つけた堺屋太一さんの最後の著作を読んでいました。

「三度目の日本 幕末、敗戦、平成を越えて」

(堺屋太一著 祥伝社新書 2019年)

【堺屋太一が残した日本への警鐘】

  堺屋太一さんは、小説という手法で近未来の日本に起きる危険な兆候を提示してきました。また、同時に日本がたどってきた近世以降の歴史をひも解き、現在の視点で分析することによって近未来を予測し、日本に数々の提言を行う書も上梓しています。後者の代表的な著作が「知価革命」でした。

  この書は、これまで我々が経験してきた産業革命・近代工業化の過程を分析し、これから来る時代は「知価」による産業革命が起きる、と語ったのです。このときの日本の経済発展史への分析は氏のその後の著作の基本となっています。そして、最後の提言となった本作にもその分析は存分に生かされています。

 まずは、今回の本の目次です。

はじめに

1章「二度目の日本」は、こうして行き詰まった

―私たちは今、ここにいる

2章第一の敗戦

―「天下泰平」の江戸時代から「明治」へ

3章富国強兵と殖産興業が正義だった

―「一度目の日本」の誕生と終幕

4章敗戦と経済成長と官僚主導

―「二度目の日本」の支配構造を解剖する

5章「三度目の日本」を創ろう

―二〇二〇年代の危機を乗り越えるために

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(最後の著作「三度目の日本」amazon.co.jp)

  この本で、堺屋さんは近代日本は今日までに二度の敗戦を経験し、間近には三度目の敗戦が迫っていると警鐘を鳴らします。ここでいう「敗戦」とは、「一国の国民または住民集団が、それまで信じてきた美意識と倫理観が否定されること」と氏は定義します。つまり、「敗戦」とはそれまで信じていた価値観が大転換を迎えることを指すのです。そして、日本にとっての三度目の「敗戦」は、東京オリンピックの後の景気の大きな減速によってもたらされる、と予測します。

  2020年、目の前に迫っている価値観の大転換とは、具体的に何を示すのでしょうか。

  それは、第二の日本を形作ってきた価値観が通用しなくなることとイコールです。堺屋さんは最後の提言を我々の今の価値観がどのように創られてきたのかをひも解くことから始めます。

  1970年に開催された大阪万博では、そのテーマ「人類の進歩と調和」が思い出されます。そのとき私は小学校6年生で東京に住んでいたため、万博に行くことはできませんでしたが、岡本太郎氏の太陽の塔に象徴される、盛大なお祭りのことは良く覚えています。万博(EXPO70)には、その開期180日間に、6420万人以上の人々が来場しました。一日平均35万人もの人が会場に訪れたこととなり、その盛況ぶりには驚くばかりです。ちなみにディズニーランドとディズニーシーの一日の入場者数は平均8万人と言いますので、その盛況ぶりが良くわかります。

  堺屋さんは、この日本万国博覧会の仕掛け人であり実質的なプロジェクトリーダーでした。第二の日本の価値観(美意識と倫理観)はこの万国博覧会をキッカケに日本の隅々までいきわたったのです。この本の第1章は、日本万国博覧会からはじまります。それは、当時の価値観の中心であった「規格大量生産時代」の始まりだったのです。

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(EXPO70の象徴「太陽の塔」kano-cd.jp)

【日本は「豊かさ」を実現したが、】

  元官僚の堺屋さんですが、「知価革命」も含めて日本の官僚の功罪については手厳しく批判を重ねています。第1章では、工業社会の実現にむけて日本の官僚がいかにヴィジョンをたて、その基本方針を組立てて日本に敷衍させていったが語られていきます。

  今の日本は、「平和に、豊かに、安全に」暮らせる天国だ、と堺屋氏は語ります。そして、ここに至るまでの昭和、平成のプロセスを分析します。それは、終戦によって「一億玉砕」から「平和国家、民主国家」へと価値観が一変した日本がどのように第二の日本を創ってきたかとの歴史になります。堺屋氏ももともと通産省の官僚ですが、昭和の時代、官僚の会話は変化した、と言います。

  マッカーサー率いるGHQの占領統治のもとで、日本は価値観の変換によってあらゆる場面で判断を求められました。「民主主義」への変換のための教育、企業統治、戦犯の取り扱い、独立、朝鮮戦争への立ち位置、GNPの拡大。日本のかじ取りのための決断は官僚では下すことができません。こうした時代、官僚の会話は、「俺はすぐに官邸に行ける。」、「官邸の秘書官と知り合いだ。」など官邸との近さを自慢する話題がほとんどだったと振り返ります。

  しかし、高度成長経済への方向性がハッキリし、田中角栄首相の「日本列島改造論」の頃には官僚たちが交わす会話の内容は変わっていったと言います。それは、「大臣の意見はそれとして、本当のところどうする?」、などという会話が交わされて、日本の政策は我々が決めるのだ、との自負が当たり前のようになったことを意味していました。

  つまり、官僚主導の政策が日本の方向を決めていたのです。堺屋さんは第1章で、日本の官僚が推進してきた5つの基本方針を紹介します。それは、「東京一極集中」、「流通の無言化」、「小住宅持ち家主義」、「職場単属人間の徹底」、「全日本人の人生の規格化」です。

  この本の第1章は、日本の優秀な官僚たちが日本経済を発展させて如何に規格化された「豊かさや安全」を作り上げてきたかが語られています。例えば、「流通の無言化」とはどのような政策だったのでしょうか。工業化社会の一つの目標は商品の「規格大量生産」です。そのためには、生産=供給のみならず、消費も大量規格化しなければなりません。官僚の発想として、消費が大量規格化されていない状況は「第三次産業の生産性が低い」と語られます。

  「生産性が低い」とは何かというと、消費の現場で商品が売れていくスピードが遅いということです。それは、買い物に行った主婦が店員とおしゃべりをしてなかなか消費が進まない状況をさしています。そこで、官僚が行ったのは、大量消費型の流通=世間話なしで商品が売れていく無言の流通を実現することだったのです。つまり、スーパーマーケットの普及です。スーパーでの買い物は、商品を選んでカゴに入れ、レジに並んで精算します。この間、店員とお客さまの間で世間話が交わされることはなく、効率的に消費が進んでいきます。

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(規格消費スーパーマーケット wikipediaより)

  堺屋さんの筆は、高度成長期以降、どのようにして官僚が主導権を握り、「大量規格型工業化社会」を実現してきたかを語っていきます。企業に関して言えば、東京一極集中を実現するために、各業界の団体について東京に本部を置くことを義務付けるなどの政策を規制によってすすめてきた事実には驚かされます。そうした政策の積み重ねは、令和となった日本に様々な弊害をもたらしました。

  安定成長・低成長の時代、こうした官僚の発想は害悪と化します。「東京一極集中」によって、地方都市はことごとく人口減少に見舞われ画一化されてしまいました。「流通の無言化」によって地域の商店街はシャッター通りと化し、無人化が進みました。日本には、「小住宅」があふれ核家族化が進み「人の知恵」は継承されなくなります。少子化はこの政策がもたらした副作用です。職場単属人間が世の中に蔓延して、家庭を顧みない仕事人間ばかりが世間を闊歩しています。さらに人の人生までもが規格化されて、人は決められた道を歩むことを是とするように変わりました。

  我々は今や行き詰ってしまった第二の日本を変えて、楽しい未来を目指す第三の日本を創造する必要があるのです。堺屋さんはそれを語るためにこの本を上梓しました。

  平和による静かなる社会が200年以上も続いた江戸期の日本は、外国からの圧力によって新たな時代を知り、明治維新によって一度目の価値観の転換を迎えました。第2章と第3章で、堺屋さんは第一の価値観の大転換(敗戦)とその後に起きた第一の日本の発展を語ります。そして、太平洋戦争での第二の敗戦。そこから復活してきた第二の日本も第4章で語られるように第三の価値観の大転換を求められています。


  この本の第5章では、今や帰らぬ人となった堺屋太一さんが三番目の日本で指針とすべき価値観を語っていきます。そこはこれまで官僚たちが創ってきた数々の規制を打ち壊し、日本人一人一人が人生を生き生きと楽しんで生きることが必要な価値観なのだ、と語るのです。

  堺屋太一さんの著作は、これまで我々の目を大きく啓いてくれました。氏の遺言となった本作品ですが、最後の提言はタイムアップとなってしまったようです。しかし、その予見はこれまでにも増して鋭いものとなっています。果たして日本は「地獄」を見ることになるのか。

  その後をつないでいくのは、今を生きる我々の使命となります。皆さんもこの本を読んで、これからの生き方を考えてみてはいかがでしょうか。日本の未来を見ることができるかもしれません。

  改めて堺屋太一さんのご冥福をお祈りいたします。合掌。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。

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2019年06月05日

小路幸也 「東京バンドワゴン」番外編

こんばんは。

  令和となってから1カ月がたちました。

  令和天皇が即位されてから、初めての国賓はアメリカのトランプ大統領。そして、初めての地方でのご公務は愛知県での植樹祭へのご参加でした。日本にとって、平成天皇の時代は戦争のない平和な時代でした。しかし、オウム真理教による地下鉄サリン事件などのテロ、阪神淡路大震災や東日本大震災、熊本地震などの地震災害、さらには台風や豪雨による災害など、数々の大災害に見舞われて、平成天皇はその都度、被災地の人々をご訪問されて心を寄せて、新しい天皇の姿を形作られて見えました。

  令和天皇徳仁陛下は、日本100名山をすべて闊歩した健脚でその名を知られています。随行の方が置いていかれるほどの健脚で、日本の未来を導いていただければ幸いです。平成天皇も国民に親しまれるような平易なお言葉をたくさんご発信されていましたが、徳仁陛下はさらに我々の心に響くお言葉をご発信になられています。陛下が令和の時代、我々日本人の心の支えとなっていただけることに間違いはありません。

  話は変わりますが、皆さんは、「あの頃、たくさんの涙と笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ。」という献辞を覚えているでしょうか。以前にこの本をご紹介したのは、2012年の12月でした。早いものでもう7年もまえのことになります。このシリーズは、2006年に最初の単行本が上梓され、毎年4月には新刊が発売されており、さらに、2年遅れて文庫化されているのです。はじめてこのブログでご紹介した文庫版は2008年の発売でした。

  その小説の題名は「東京バンドワゴン」。先週は、久しぶりに大家族が巻き起こす様々な出来事を書き綴った連作小説を読んでいました。

「フロム・ミー・トゥ・ユー」

(小路幸也著 集英社文庫 2015年)

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(「フロム・ミー・ツゥ・ユー」文庫版 amazon.co.jp)

【うるわしの大家族物語】

  昔、テレビドラマと言えば「大家族」が織りなす涙と笑いの物語と相場が決まっていました。昭和の時代、日本の家には三世代が同居しているのが当たり前でした。しかし、高度成長によって団塊の世代が家族を持つようになると、団地やマンションの建築によって次々と親から独立して生活するようになりました。「核家族」が時代のキーワードとなり、大都市、地方都市を問わず大家族の時代は終わりを告げたのです。

  「核家族」化は、様々な弊害を日本にもたらしています。

  まず考えられるのは、人の知恵が引き継がれていかないことです。

  自分のことを考えると、今は亡き父の実家は日本橋の馬喰町という場所にあり、そこには父親のお父さん、つまりおじいちゃん夫婦が住んでいました。私の父親は6人兄弟の次男で、馬喰町には祖父夫婦と長男夫婦、その子供の二人兄弟、父の姉の7人が同居していました。お正月になると、その家に6人兄弟とその子供たちが全員勢ぞろいするため、まさに大家族が出現します。

  いとこだけで、長女の子供が2人、長男の子供が2人、私のところが3人、その下の兄弟たちの子供が5人。なんといとこだけで12人が集まるのです。まあ、にぎやかなことこの上なく、父の兄のところの男の子とは年子だったので、当時始まったばかりの「ウルトラマン」の話で、盛り上がり「ウルトラQ」に登場した怪獣たちのストーリーを巡って大喧嘩をしていたことを思い出します。

  東京の下町は、誰もがおせっかいです。我が家に「電話」が登場したのは小学生のときでしたが、それまでは御近所の電話をお借りしていました。電話を引いた途端、6人の兄弟たちが入れ代わり立ち代わり電話をしてきて、電話と言えば、いつも叔父叔母と話をしている父親の姿を思い出します。当時は、6人の兄弟がお互いの子供たちの心配までも共有して何かあれば全員で助け合う(愚痴を言い合う?)ということが当たり前になっていたのです。

  先日ご紹介した田中優子さんと松岡正剛さんの対談で、日本では「家」がキーワードだと語られていましたが、ルイス・ベネディクトさんを持ち出すまでもなく、日本では「家」と「外」の区別が大きな文化を形成していたと言われています。「外面がいい。」とか「体面を重んじる。」とか「人前で恥をかかせる。」、「内弁慶」など、日本では家のなかのことと、外の事を強く区別してきたのです。

  「外の世界」とはどんなところなのか、外にいるのは「他人」です。人にはメンツがあり、外でメンツを保つために日本人は「家」の中で様々な知恵をつなげてきました。大家族のメリットは、「家」が培ってきた知恵を教えてくれる人の数が多いことです。多ければ、伝わる確率は高くなります。身近な例では、「家」の味があります。大家族は、毎日毎日家で3回の食事をします。大家族では、朝も晩もたくさんの人が食事作りに関わります。男女を問わず、お味噌汁の味は家族の味として引き継がれていくのです。

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(TVドラマ「東京バンドワゴン」 ポスター)

  しかし、核家族となるとそうはいきません。例えば、味噌汁の味はおばあさんから娘へ娘から孫へ孫からひ孫へと引き継がれていきますが、大家族でいれば引き継がれる確率が格段に高くなりますが、核家族で一人息子の家庭では、その子が料理に興味を持たなければ味噌汁の味はそこで途絶えてしまいます。

  近年、無差別に人を殺して自ら命を絶つ、または恨みや逆恨みで人を殺して自分も死ぬ、という「人」とは思えないような行為を起こす事件が頻繁に起きています。個人的には、「殺人」とは何らかの病気の発露であると思っています。中にはドストエフスキーの「罪と罰」のような理性的な殺人もあるのかもしれませんが、それは極めてレアなケースです。もともと生命とは、生きて命をつなぐために存在しています。それが、理由はともあれ命をつなぐことを阻害することは明らかに異常であり、生命体にとって正常ではない状態は病気と言えます。

  病気には必ず原因があります。それは、ウィルスだったり、細菌であったり、免疫不全であったり、老朽化であったり、遺伝子の欠落であったり、突然変異であったり、様々です。病気を治す(正常な状態にする)ためには、原因を突き止めて、原因を取り除く必要があります。

  「人」を殺めるという異常な行為は、いったい何が原因で起きるのでしょうか。それは、人が本来持つ「生きるための知恵」が途切れるからではないでしょうか。人はコミュニケーションを身に着けて共同化することによってこの地球上に君臨してきましたが、そこには数百万年に渡って引き継がれてきた知恵があったはずです。孤独に陥らないためには何が必要なのか。馬の合わない人間とはどのように付き合っていけばよいのか。自らの感情はどのようにコントロールすればよいのか。人の気持ちを逆立てないためにはどのようにすればよいのか。

  大家族の中では、毎日そうした知恵が飛び交っているのです。その知恵の継承がとぎれたとき、人は病気になり、人を傷つけることになってしまうのです。

  話は長くなりましたが、久しぶりに4世代の堀田家、11人(第1巻ではまだ9人)が織りなす「東京バンドワゴン」を読んで、そんなことを考えました。(11人と言えば、昔、村山聡さん主役のテレビドラマ「ただいま11人」という11人家族が織りなす名作を思い出します。)

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(東京バンドワゴンシリーズ facebookより)

【「東京バンドワゴン」番外編】

  「東京バンドワゴン」と言えば、毎年上梓されるシリーズは、どの巻も春夏秋冬4編の物語からなる短編集です。4世代に渡る家族関係はちょっと複雑です。まずは、80歳を超える古書店「東京バンドワゴン」を仕切る大旦那は堀田勘一です。東京下町の有名古書店は古色ゆかしい日本家屋で、店の帳場にデンと構えています。その息子は、堀田我南人(がなと)。すでに60歳をこえていますが、日本では有名なロックンローラーです。古いロッククファンには神のような存在で、たくさんのファンを従えています。その口癖は「LOVEだねぇ〜」。

  我南人には、子どもが3人います。長女は藍子、長男は紺、そして次男は青のブルー三兄妹です。藍子はシングルマザーで、同じ家屋に併設されているカフェを切り盛りしています。紺のお嫁さんは亜美。藍子のお嬢さんは花陽(かよ)、紺夫妻の息子は研人と言い、同級生です。第1巻では次男の青がすずみという女性と結婚します。

  数えるのも大変なのですが、これで9人。ここに紺夫妻の長女かんな、青夫妻の長女鈴花が生まれて家族は11人となるのです。そこに加えなければならないのが、4匹のネコ(玉三郎・ノラ・ポコ・ベンジャミン)と2匹の犬(アキ・サチ)です。そして、さらにこの物語の語り部が加わることになります。

  それは、物語の始まる2年前に亡くなった堀田勘一の妻サチです。サチは、亡くなった後も不思議なことにこの家に居ついていて、家と家族を温かく見守っているのです。そのサチさんが「東京バンドワゴン」で巻き起こる様々な事件を語ってくれます。実は、勘一の孫である紺は時々サチの声が聞こえると同時に会話を交わすことができます。また、サチが気を緩めた時や慌てた時には、紺の息子である研人にはその姿が見えてしまうのです。

  この大家族ドラマは、その楽しさからサザエさん一家を思い出します。異なる点は、サザエさんがサラリーマン一家というところですが、もう一つ決定的に異なることがあります。それは、サザエさん一家では時が止まっていることです。タラちゃんは何年たっても幼稚園に行かず、カツオもワカメも永久に小学生です。この「東京バンドワゴン」では、大家族の面々は毎年必ず年を取っていきます。我々は、シリーズ発売のたびに、変化していく堀田家とともに歩むことができるのです。

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(家族ドラマの定番「サザエさん」 prtimes.jp)

  そんな中で、今回読んだ「フロム・ミー・ツゥ・ユー」は、他のシリーズとは一味違う番外編です。まず、異なる点は収められた短編が、春夏秋冬の4編ではなく11編となっている点です。さらには、いつもはサチさんによって語られる物語が、11人の異なる人々によって語られていきます。今回の題名は、おなじみビートルズの曲名ですが、この題名は11人の語り部が読者にそれぞれの物語を語ってくれることを表現しているのです。

  また、シリーズはそれぞれの短編が「謎解き」の形になっていて、我々にワンダーをもたらしてくれます。この番外編は、事件が起きてその謎を解くと言う形式とは異なり、11のエピソードが語られていきます。そのすべてに共通しているのは、皆、「東京バンドワゴン」シリーズの主要なキャストであり、それぞれの意外なエピソードが語られている点です。ワンダーという点では、この小説のファンにとっては「謎解き」よりも嬉しい驚きを味わうことができるのです。

  それぞれの短編の語り部はヴァラエティに富んでいて、その文体も語り部によって異なります。

  その題名と語り部を紹介すると、

  「紺に交われば青くなる」(語り部-以下省略:堀田紺)、「散歩進んで意気上がる」(堀田すずみ)、「忘れじのその面影かな」(木島主水)、「愛の花咲くこともある」(脇坂亜美)、「縁もたけなわ味なもの」(藤島直哉)、「野良猫ロックンロール」(鈴木秋実)、「会うのは同居のはじめかな」(堀田青)、「研人とメリーの愛の歌」(堀田研人)、「言わぬも花の娘ごころ」(千葉真奈美)、「包丁いっぽん相身互い」(甲幸光)、「忘れ物はなんですか」(堀田サチ)

  ファンの方は、これを見ると期待に心が震えるのではないでしょうか。

  短編の題名もさることながら、それぞれの語り部の名前を見て、すべての人物が特定できる人は本物の「東京バンドワゴン」フリークに違いありません。例えば、堀田すずみはツアーコンダクターである青の奥様ですが、名前が堀田となっていることからそのエピソードが結婚後の話であることが分かります。逆に脇坂亜美、鈴木秋実の名前を見れば、亜美は古書店を手伝っている紺と結婚する前、秋実に至っては60過ぎのロックンローラー我南人の今は亡き奥様の若いころの話だと思い当たります。

  そして気になるのは、最後の堀田サチ。今や紺のみが語ることができ、研人だけがその姿を見ることができるサチさんは、どんなエピソードを語るのか。実は、ここにサチさんの姿を見た第三の若者が存在していたのです。

  どのエピソードも「東京バンドワゴン」そのもの。ほのぼのとして心温まる、癒し系のエピソードが並んでいます。今は失われつつある、人と人の会話と思いやりから生まれる物語。大家族は、我々が忘れつつある人の心を伝えてくれます。「LOVEだねぇ〜。」

  皆さんもこの本で癒されてみてはいかがでしょう。おすすめです。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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posted by 人生楽しみ at 20:27| 東京 ☀| Comment(0) | 小説(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月31日

大竹昭子 須賀敦子、心の軌跡

こんばんは。

  本屋さんで「須賀敦子」という文字を見ると、自然に反応してしまいます。

  3年ほど前に文庫化された湯川豊氏の「須賀敦子を読む」を本屋さんでみつけたときにも、その場で手に入れてアッと言う間に読んでしまいました。湯川さんは生前の須賀さんと編集者として二人三脚で歩んでいた方で、須賀敦子文学の卓越した評論者であるだけではなく、心から須賀さんに寄り添った愛情あふれる著書を上梓したのでした。

  この本を読むと、須賀さんの文学に対する意志は物心つくころからすでに形成されていて、自らを生きることに常に真剣であり、様々な変遷を経て生き抜く間にも常に「書く」ことを意識していたことが良く理解できます。須賀さんが60歳近くに自らの文章を練り上げて、読む人の心に限りない郷愁とはかなさを感じさせることができたのも、それまでの「書く」ことに対する鍛錬が実を結んだからに他ならないのだと思います。

  語られるエピソードと語る言葉が一体となって、人の心に潜む様々な思いをいつも感じさせてくれるのです。

  そんな中で先日本屋さんを巡っていると、またしても「須賀敦子」という言葉が目に飛び込んできました。すぐに購入したのは言うまでもありません。

「須賀敦子の旅路」(大竹昭子著 文春文庫 2018年)

  この本は、2001年から2002年にかけて3冊に渡って上梓された単行本を底本としています。それは「須賀敦子のミラノ」、「須賀敦子のヴェネツィア」、「須賀敦子のローマ」と題された随筆です。須賀敦子さんは19983月に惜しまれつつ帰らぬ人となりましたが、その理知的でありながら心に染み入る美しい文章は、60歳でデビューするや文学界に衝撃をもたらしたと言います。

  大竹さんも須賀敦子さんの文章に魅せられた一人で、須賀さんの生前から親交を深めたと言います。昨年は没後20年という節目の年となり、過去に上梓した文章に新たに「須賀敦子の東京」ともいえる「東京編」を加えて文庫本として上梓したものが本書となります。

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(文庫「須賀敦子の旅路」 amazon.co.jp)

【旅路は原点 ミラノから】

  須賀さんのデビュー作は「ミラノ 霧の風景」です。

  このデビュー作には、須賀敦子さんの12のエッセイが重ねられています。相当に悩みつつ作品を選んだと思われますが、選ばれているのは長く暮らしたミラノから仕事や旅で訪れたイタリアの各都市でのエピソードや想いを書き綴っています。そこに記された都市は、ジェノワ、トリエステ、ヴェネツィア、ナポリ、ベルージャ、など多彩です。

  この作品は、講談社エッセイ賞、女流文学賞を受賞していますが、上梓された当時には「ミラノ 霧の風景」のような随筆のあり方はなかったのではないかと思います。随筆と言えば、有名作家が日常を綴ったり、交遊録を記したり、趣味や食べ物の話をする文章を思い起こします。また、都市を訪れるのであれば、旅行記としてその地を紹介する文章を思い起こします。

  須賀敦子さんのエッセイは、それ自体が文学作品であり、文章そのものが我々に様々な思いを語りかけてきて、我々の心を動かしていきます。例えば、デビュー作の題名となっている「霧」ですが、エッセイでは次のように記されています。それは、一片の詩のように響いてきます。

  「乾燥した東京の冬には一年に一度あるかないかだけれど、ほんとうにまれに霧が出ることがある。夜、仕事を終えて外に出たときに、霧がかかっていると、あ、この匂いは知っている、と思う。十年以上暮らしたミラノの風物でなにがいちばんなつかしいかと聞かれたら、私は即座に「霧」とこたえるだろう。」

  須賀敦子さんは、13年間暮らしたミラノでの生活の中で、日本文学をイタリア語に翻訳したり、イタリアの文学を日本語に翻訳することを仕事としていました。彼女はその中で、書き手が文章を書くと言う行為、想いを言葉にする方法、を客観的に見る術を身に着けたのだろうと想像します。なので、須賀さんの文章は、自分を外から見てその内側にある感情や感性を豊かに語る文章となっているのだと思います。

  竹内昭子さんは、この「須賀敦子の旅路」をまずミラノの旅からはじめています。

  なぜならば、「ミラノの霧」の言葉に込められているように、「ミラノ」を生きた須賀敦子さんこそが、その後の人生の原点であったと言っても過言ではないからなのです。竹内さんは、須賀敦子さんの透徹した文章はなぜその文章なのか。そのことを知るためにミラノ、ヴェネツィア、ローマを訪問し、そこで感じた須賀敦子さんを記憶と文章にとどめています。それは、結果として須賀敦子さんの文学の魅力を改めて解き明かす旅となりました。

  例えば、「ミラノ 霧の風景」に収められたエッセイに「鉄道員の家」という1篇があります。

  須賀敦子さんは、195829歳のときに2度目の留学先としてイタリアに渡ります。須賀さんはもともとキリスト教カトリックの考え方に強い想いをもっていましたが、ミラノの教会内にあるコルシア書店を知って、そこでの触れあい、議論、会話に魅入られます。そのテーマは宗教における思想と行動、との狭間にある何かでした。そして、そこで書店の運営に協力していたベッピーノォと知り合って1960年に結婚するのです。

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(書店のあったサン・カルロ教会 4travel.jp)

  結婚とは、ベッピーノォだけではなく、その家族と一緒になるということです。ベッピーノォの父親はミラノ・ローマ線の鉄道員であり、その住まいは鉄道員官舎だったのです。このエッセイは自分が嫁いだ実家の家を描いていました。竹内さんはミラノの旅で須賀さんの住んだアパート、毎日通っていたコルシカ書店、などゆかりの地を巡っていますが、このご両親の実家にも訪れています。

  須賀さんが暮らしたころからは、すでに40年のときが過ぎていたのですが、その鉄道員宿舎は当時のとおりその場所に建っていたのです。そこから見える裏の原っぱも全く変わらず、あまつさえ、線路を切り替える装置のある鉄道小屋も当時のまま残っており、その係員が声をかけてくれて、わざわざ鉄道小屋の中にまで招き入れてくれます。

  そうした中で、大竹さんは、須賀さんの両親の実家のベットの中で、寒い夜に線路のうえで汽車の車輪が軋む音が長い時間続き、その音で異文化の中にいる日本人である自分を感じていたとの文章を思い出して、その孤独に想いを馳せることになります。

【ヴェネツィア、そしてローマ】

  ミラノは、須賀さんがイタリアでの13年間のほぼすべてを過ごした地でしたが、ヴェネツィアとローマは少し趣が異なる地となります。

  1967年、結婚の6年後に須賀さんの夫ベッピーノォは病気によって急逝しました。そして、その傷をいやす暇もなく、母親の病気が悪化し日本に一時帰国。母親の病気は小康を得ましたが、祖母が亡くなり、さらに父親はがんに侵されます。ミラノにベッピーノォの家族を残してきた須賀さんは、その父親を日本に残してミラノへと戻ります。

  イタリアの人たちは、ヴァカンスの時期になると誰もが休暇を取り避暑地へと出かけてしまいます。避暑に出かけないのは、家族がいないか、よほどお金のない貧乏人だけであり、ミラノはその時期には人っ子一人いなくなります。長く過ごしたミラノの友人たちは、傷心の須賀敦子さんに心を寄せて避暑に誘ってくれますが、彼女自身は同情を寄せられているような気がしてすべて断ってしまいます。

  そんな中、昔からの友人であるドイツ人のインゲからヴェネツィアのリド島で部屋をシェアして過ごそうと誘われます。他の友人たちは自分をなぐさめようと誘ってくれるのに比べて、インゲは他の友人と割り勘で、とフラットに誘ってくれたので、須賀敦子さんは心を解いてヴェネツィアへと出かけるのです。著者の竹内さんは、須賀さんの後を追うように30年後にリド島を訪れます。

  須賀さんがヴェネツィアを訪れた経緯は、亡くなった後に上梓された「地図のない道」に載った作品に記されています。その旅は、須賀さんが日本に帰国した後に大学で日本文学の研究のために再びヴェネツィアを訪れた旅へとつながっていきます。須賀さんが大好きだったと言うザッテレ河岸の描写はまるで竹内さんが須賀さんと想いを一つにして語り合っているように思えて、心が温かくなりました。

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(須賀敦子さんが愛したザッテレ河岸 4travel.jp)

  あらためて、「地図のない旅」を読みたいと心を新たにします。

  さらにローマの旅は、1958年に須賀さんが29歳にて一度帰国した日本から再びイタリアへの留学へと踏み切った新たな人生がスタートを切ります。巻末に掲載されている須賀さんへのロングインタビューで、竹下さんの「カトリックに関してお話ししてください。」との質問に「その話はあまりに長い話になるので、ここではやめておきます。」と答えていますが、ローマには、キリスト教カトリックの総本山バチカン公国があり、その中心には聖ピエトロ教会の荘厳な建物がそびえています。

  須賀さんが二度目の留学でローマの寄宿舎に入った年、聖ピエトロ教会では教皇ピウス12世が亡くなり、コンクラーヴェが行われました。新たな教皇には76歳のロンカッリ枢機卿が選ばれ、ヨハネ23世となりました。ヨハネ23世は約5年間教皇を務めて亡くなりましたが、その遺体は腐ることがなく、ヨハネ・パウロ2世によって祝福されました。大竹さんの旅は、ちょうどこのヨハネ23世の復活祭の日と重なっていました。

  須賀さんのローマには、氏の人生にとって重大なテーマが埋められています。

  カトリック教会の教皇ももちろんですが、須賀さんが文学の方法に導かれたイタリアの作家ナタリア・キンズブルグやローマの街角で偶然に出会った彫刻家ファッツィーニとその弟子の日本人Oさんとの邂逅。さらには、「ハドリアヌス帝の回想」を記したユルスナールを追った「ユルスナールの靴」にも通じています。第二の留学先をイタリアとした須賀さんにとって、ローマはカトリックと芸術、そして文学と深く交わった地だったのです。

  大竹さんは、「私」として語られる「須賀敦子」の足跡を追ってローマを巡っていきます。

【須賀敦子さんの東京】

  ミラノ、ヴァネツィア、ローマで「須賀敦子」の心を追った旅は、須賀敦子さんが亡くなったのちに、その人生と文学を改めて問い直すために行われたものでした。今回、3分冊で語られた旅が一冊の本にまとまられたわけですが、この文庫には新たな「須賀敦子」への旅が記されています。

  それは、東京編です。

  須賀さんは、1967年夫のベッピーノォ氏を突然の病気で失ってからも家族を支えてミラノに留まっていましたが、1971年意を決して日本に帰国しました。氏が最初の作品を上梓したのは1990年ですから、帰国からデビューまで20年近い歳月を日本で過ごしていたことになります。その作品は、まるで昨日までイタリアに住んでいたような新鮮で繊細な筆致で穏やかに記されています。いったいなぜ、作品を上梓するまでにそれだけの歳月が必要だったのか。

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(須賀敦子全集 第1巻 amazon.co.jp)

  竹内さんは、「ローマ編」の最後の「ノマッッドのように」で、イタリアから帰国してから自らの文学を創造するまでの間、須賀敦子の中でどのような葛藤があり、何が自らの作品の執筆のきっかけとなったのか。そのことに想いを致し、なんとか謎を解消しようと言葉を重ねています。しかし、それはひとつの仮説を述べたにすぎないのです。

  それから18年の年月を経て、今、改めて東京において須賀敦子さんがどのような生を生きたのか。そのことに再び挑んだのです。

  その旅は、これまで知ることのなかった日本での遍歴の中で城あった人々への取材と須賀さんの足跡を追いかけることで成し遂げられます。これまで知られていなかった人々との深い交流。その証言によって、須賀敦子さんの生きることにかけた想い、そして文学に託した思いが解き明かされていくのです。

  その美しい文体を手に入れるまでの変遷、その文体で我々に届けたかった想いとは何か。須賀敦子さんが思い描いていた「文学」とはなにか。

  皆さんもこの本で、その謎を解き明かす旅を味わってください。生きることの深みを知ることができるに違いありません。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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posted by 人生楽しみ at 21:51| 東京 ☀| Comment(0) | 評論(文芸) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月23日

マーベル映画 「アベンジャーズ」完結!

こんばんは。

  2012年に大ヒットを記録した「アベンジャーズ」がついに最終話?を迎えました。

  アメリカ漫画を代表するマーベルコミックのヒーローたちがオールスターキャストで登場し息もつかせぬ物語を展開しますが、昨年公開された第3作「インフィニティー・ウォー」、今年公開された第4弾「エンドゲーム」は続編となっています。「インフィニティー・ウォー」から1年間待たされたファンにとって、最新作は待ちに待った作品です。

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(映画「アベンジャーズ エンドゲーム」ポスター)

(映画情報)

・作品名:「アベンジャーズ:エンドゲーム」

2019年米・182分)(原題:「Avenngers Endgame」)

・スタッフ  監督:アンソニー・ルッソ  

           ジョー・ルッソ

       脚本:クリストファー・マルクス

          スティーブン・マクフィーリー

・キャスト  トニー・スターク:ロバート・ダウニー・Jr

       スティーブ・ロジャース:クリス・エバンス

       ブルース・バナー:マーク・ラファロ

       クリス・ヘムズワース:ソー

       ナターシャ・ロマノフ:

                    スカーレット・ヨハンソン

              クリント・バートン:ジェレミー・レナー

       スコット・ラング:ポール・ラッド

       キャロル・ダンヴァース:ブリー・ラーソン

  ちなみに、キャストのヒーロー名を順に記載すると、アイアンマン、キャプテン・アメリカ、ハルク、マイティ・ソー、ブラックウィドウ、ホークアイ、アントマン、キャプテン・マーベルとなります。今回はこの他にもドクター・ストレンジ、スパイダーマン、ブラックパンサー、ウォーマシン、ワスプなどなど、とにかくオールスターでマーベルヒーローが登場し、よく破綻せずに脚本を収めたものだと感心します。

  家族の中では子供がマーベル映画の大ファンで、前作の最後を見て新作を待ち望んでいました。1年間耐えた結果、426日の公開が決まり、その日に映画館に足を運んでいました。その映画の出来には家族全員が興味津々で、翌日には子供は質問攻めにあうことになります。さすがにネタバレは御法度なので、深くは語らず、「とにかく絶対面白いので、必ずIMAXで見てね。」とのオススメで感想が締めくくられました。

  実は、私と連れ合いはなんとなく気乗りがせずに前作を見ていなかったのですが、「今回は絶対に前作を見ていないと楽しめないよ。」とのアドバイス。それを受けて、土曜日にレンタル屋さんで前作DVDを借りて見たうえで日曜日に新作を見に行こう、と考えました。どうやら皆さん同じことを考えているようで、1店目の店舗ではすべて貸し出し中。2店目の店舗でやっと見つけ出したのです。ホッとしました。

  いやはや、見て良かった。

  「インフィニティー・ウォー」と「エンドゲーム」は完全なセットで、前作を見ずに映画館に行くと作品の30%程度しか楽しむことができません。皆さんもぜひ前作を見てから映画館にお越しください。

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(映画「アベンジャーズ インフィニティーウォー」)

【ハリウッドの定番脚本】

  さて、以前にも映画紹介でお話ししましたが、今のハリウッドの脚本は登場人物たちの心を描くために効果的なエピソードを語るのが本当に上手です。例えば、今回の敵役は最強ともいえるエイリアン、「サノス」です。彼は、ハルク以上の巨漢で自らの信念に従って全宇宙に秩序をもたらそうとしています。一方、マーベルのヒット作である「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」で船長のスター・ロードと恋に落ちる宇宙人ガモーラとその妹のアンドロイドであるネビュラは、暗殺者の姉妹。姉妹の仲は敵愾心と嫉妬心からネビュラは常にガモーラに挑んでいます。

  そして、この二人は今回の絶対者であるサノスの血の繋がらない娘なのです。そこに巻き起こる愛憎劇がこの映画に驚くほどの厚みを醸し出しています。また、これまで「アベンジャーズシリーズ」、「アイアンマン」、「キャプテン・アメリカ」、「マイティ・ソー」で描かれてきた愛憎劇、エピソードもしっかりとこの作品に生かされています。

  今回のアベンジャーズの闘いは、最強のエイリアン「サノス」との決戦を描いています。そして、「インフィニティー・ウォー」の中に書き込まれたエピソードが「エンドゲーム」に繋がっていくのです。

(以下、ネタばれあり)

  「インフィニティー・ウォー」は、サノスがソーたちのアスガルドの人々が地球に向かう避難船を襲い、「石」を奪い取るシーンからはじまります。ロキ兄弟はなんとか「石」を守ろうと抵抗し、ロキは得意のだまし討ちでサノスに立ち向かいますが、まったく歯が立たずロキはなすすべもなく殺されてしまい、サノスは「石」を手に入れることになります。

  避難船に乗っていたハルクは、瀕死の仲間によって地球へと投げ出されソーたちは全滅してしまいます。ハルクは、タイムストーンという「石」を持つドクター・ストレンジのもとに落下し、サノスが「石」を狙って地球にもやってくることを警告します。ストレンジとハルクはアベンジャーズのメンバーである「アイアンマン/トニー・スターク」にサノスの野望を伝え、団結して「石」を守るよう要請したのです。

  ここで、ドクター・ストレンジによって6つの「石」が世界を司っていることが明かされます。その石とは「インフィニティストーン」と呼ばれる石。その種類は、「スペースストーン」、「パワーストーン」、「タイムストーン」、「リアリティストーン」、「マインドストーン」、「ソウルストーン」です。これら6つの「石」を手に入れれば望む未来を実現することが可能となるのです。

  サノスは、これまで宇宙の様々な惑星を侵略し、そこに住む宇宙民族の半数を殺害し、半数を生存させるという殺戮を繰り返してきました。すべての宇宙の住人達の半分を殺戮することで人々は幸福に生きることができるはずだ。それが全宇宙に対するサノスの信念であり、哲学なのです。(ちなみに、このテーマは、ダン・ブラウン氏のラングトン教授シリーズ「インフェルノ」と共通しています。)人類の半数が無差別に殺戮される。この虐殺行為を阻止するため、アベンジャーズが立ち上がります。彼らは勝利することができるのか、それが本作のテーマなのです。

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(アベンジャーズのヒーローたちは生き残るのか?)

  本テーマを考えると、前作「インフィニティー・ウォー」は確かに完結した作品ということができます。しかし、この作品を見ている間、どうも説明的な場面が多いところが気になりました。アベンジャーズでは、第2作までにそのあまりのパワーから彼らを国連の管理下に置く「ソコビィア協定」が交わされています。この協定に反対するキャプテン・アメリカが離反したことから、アベンジャーズはバラバラになっていました。サノスの襲撃に相対するためにバラバラとなっていたアベンジャーズを集結させるためにいくつかのエピソードが必要で、そこにかなりの時間を割いています。

  さらに「タイムストーン」はドクター・ストレンジが所有し、「マインドストーン」はアイアンマンの執事であったAIのビジョンが身に着けることでアンドロイドとなっています。また、「リアリティストーン」はノーホエアという惑星にあり、「ソウルストーン」はヴォーミアという惑星に存在します。それぞれの「石」を手に入れるためにエピソードが頻繁に入れ変わっていくのです。

  確かに説明的なのですが、これだけの悪条件を考えると、数々の戦闘シーンを練り上げて、それぞれのヒーローたちのエピソードを語り、さらにストーリーを創っていく脚本が破たんせずに面白いのは、まさに脚本を練る力のたまものだと感服します。そんな中で、ソーとアライグマのロケット(ソー曰く「ウサギ」)とのやり取りはお遊びの中でも一級品です。

【エンドゲームは本当にエンド?】

  アベンジャーズ第4作に当たるエンドゲームは、これまでの集大成ともいえる作品です。

  ネタばれとなりますが、前作のクライマックスで敵役の「サノス」は何度もアベンジャーズに敗れる直前まで追い詰められます。彼の口癖は、「俺は絶対だ。」ですが、まさにその言葉のとおりに彼は劣勢になりながらも必ず勝利します。6つの「石」を手に入れ、その「石」を装着した超合金の手鎧で指を鳴らそうとした瞬間、マイティ・ソーが虚空から飛び込んできてソノスの体を斧で串刺しにします。

  ソノスを倒したか。そう思われた瞬間、ソノスがにやりと笑い「頭をつぶすべきだったな。」とつぶやくと指を鳴らします。その瞬間。全宇宙の生命体の半分が死滅します。ソノスは、自らの命も再生してどこかにワープしていきます。

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(宿敵 「絶対者 ソノス」)

  「エンドゲーム」の予告編で映し出される、消えゆく人々の映像は、前作のラストシーンだったのです。地球に住む人々も全世界の半数の人々が粉々になって風の中に消えていきます。スパイダーマンのピーターをはじめ、ドクター・ストレンジ、サイコキネシスのワンダ、ブラックパンサーなど、アベンジャーズの面々も粒子となって消えていきました。

  こうして敗れ去ったアベンジャーズ。しかし、物語はこれで終わりではなかったのです。

  最新作「エンドゲーム」はここから物語が始まります。

  「インフィニティー・ウォー」の脚本はあまりに条件が重なったために、少し冗長な感を免れなかったのですが、「エンドゲーム」の脚本はみごとでした。もちろんマーベル映画ですから荒唐無稽感は当たり前なのですが、それをもワンダーに変え、さらに前作を伏線として挿入されるエピソードが涙を誘います。

  今回、アベンジャーズの卒業を表明していたのは、「アイアンマン/トニー・スターク」を演じるロバート・ダウニィ・Jr、「キャプテン・アメリカ/スティーブ・ロジャース」のクリス・エバンス、「ブラックウィドウ/ナターシャ・ロマノフ」のスカーレット・ヨハンソンの3人だと言います。それを聞いて新作を見ると、主役級の3人が素晴らしい役を演じていました。そこに至るエピソードも申し分ありません。まさに有終の美とはこのことです。

  その脚本の妙はおみごととしか言いようがありません。

  また、「インフィニティー・ウォー」では登場しなかったマーベルヒーローも効果的なワンダーを醸しだします。「エンドゲーム」の脚本は2つのフェイズから成り立っています。一つは前作の続き、もう一つは敗北から5年後の物語です。第一フェイズで重要な役割を演じるのは、まず、ジェレミー・レナー演じる「ホークアイ/クリント・バートン」です。彼はアベンジャーズが国連の管理下となったときに引退し、郊外の自宅で愛する奥さんと二人の子供にかこまれて穏やかな日々を送っています。ところが、サノスが指を鳴らしたとき、恐ろしいことが起こりました。

  二人目の登場人物は、つい先日映画が公開されていた「キャプテン・マーベル/キャロル・ダンヴァース」です。彼女の活躍を紹介してしまうと、ダブルネタばれになってしまうので控えますが、彼女が登場しなければ「アイアンマン/トニー・スターク」は宇宙の藻屑と消えてしまうことになるのです。ぜひ、映画をお楽しみに。

  そして、敗北から5年後の世界で重要な役割を演じるのは、ポール・ラッド演じる「アントマン/スコット・ラング」です。2015年に公開された「アントマン」は、本当に面白い映画でした。彼は、ビム粒子によって物を自由に収縮できる技術を発明したビム博士に従って、身体収縮自在のスーツを着て活躍します。今回は、「アントマ&ワスプ」から続くエピソードから彼が重大な役割を担うこととなるのです。

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(物語の行方を握る「アントマン&アプス」)


  「エンドゲーム」は、これまでのアベンジャーズの最後を飾るにふさわしい面白い作品です。映画の中で、アイアンマンとキャプテン・アメリカはタッグを組んであるミッションに挑みます。その中で、アイアンマンは、今は亡き実の父親に出会い心の通う時間を過ごします。また、キャプテン・アメリカもかつての恋人であるシャロン・カーターに出会い、想いを新たにすることとなります。

  こうした緻密なエピソードがすべて心に響き、映画は最後に大きな感動を呼び起こして、ラストを迎えるのです。

  3時間にも及ぶ大作ですが、あっという間の3時間です。この映画はぜひ迫力のIMAXでご覧ください。観終わった瞬間、しばし、作品世界の余韻に浸って感動が続くこと間違いなしです。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2019年05月18日

真山仁 民主主義 選挙で勝利するには

こんばんは。

  選挙制度は民主主義の根幹となる重要な仕組みに違いありません。

  早いもので選挙権が認められる年齢が20歳から18歳に引き下げられてから2年が経とうとしています。この間、高校や大学で18歳になる若者たちに選挙の意味を考えてもらうための動機付けや模擬投票などが行われ、投票を通じて政治に参加することの意義を醸成していました。

  ちなみに、最近選挙のたびに納得感がないのは日本の投票率の低さです。

  先日の統一地方選挙でも投票率は過去最低を記録し、その平均は50%前後だと報じられています。そのとき、大阪府知事と大阪市長選挙において、大阪維新の会が松井知事と吉村市長の辞任、入れ替え立候補で、県民、市民に大阪都構想の信を問うという手段に打って出ました。結果、大阪維新の会はこの選挙に勝利したのですが、松井さんはこの勝利の後投票率に触れ、「約半分の方の意見は反映されていないので、都構想については引き続き丁寧に説明していきたい。」と述べていました。良識のある発言に納得です。

  近いところでは、安倍政権の信を問うた2017年の衆議院選挙でも全体の投票率は53.68%と、選挙によって安倍政権が全国民に支持されたとはとても語れないような投票率でした。

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(2017年記者会見に向かう安倍首相 sankei.com)

  この選挙における世代別の投票率は、10代が40.49%、20代が33.84%、30代が44.75%、40代が53.52%、50代が63.32%、60代が72.04%、70代以上が60.94%となっています。これを見ると「未来志向の明るい日本」といくら叫んでも、未来を担う若者は投票に来ないという矛盾がうかがわれます。逆に言えば、そろそろ定年が見えてくる50才代から年金支給が見えてくる60才代以降の票を取り込んだ候補が当選すると言う、極めて皮肉な結果が見えてくるのです。

  総務省の統計を見ると、昭和61年以前の総選挙で投票率は70%前後と極めて高い民度を示していたのですが、平成2年の73.31%をピークとして投票率は下落の一途をたどります。特に安倍政権となってからは60%を切り投票率の低下は歯止めがかかりません。安倍首相は長期政権と胸を張りますが、国民の半分の支持しかない内閣が日本国民を代表してすべての政策を是として良いのでしょうか。日本人の民度の低さに危機感を感じます。

  現実的な解決策として、投票しない有権者からは罰金税を徴収する、投票率が50%未満となった選挙は無効としそれに必要な税金を別途徴収する、など多少の荒業を使ってでも日本国民の民度を上げることを検討しても良いのではないでしょうか。もちろん、そんなことをしなくとも投票率が70%以上にもどり、それが当たり前になって欲しいのですが・・・。

  さて、民主社会において政治家は選挙によって市民や県民、国民に選ばれることになるのですが、この選挙が小説に描かれるとすればどのように描かれると思いますか。

  今週は、選挙の内幕を描いた小説を読んでいました。

「当確師」(真山仁著 中公文庫 2018年)

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(単行本「当確師」真山仁 amazon.co.jp)

【選挙コンサルタントとは?】

  真山さんの小説は、フィクションをリアルに描くために取材に基づいた事実が基礎となって描かれています。その小説によって描かれる対象は異なりますが、それぞれがリアリィティを持って読者に迫ってくるのは、そうした理由に拠ります。

  これまで、「ハゲタカ」から始まるゴールデン・イーグルと呼ばれる鷲津政彦を主人公とした経済小説シリーズ、中国を舞台に原子力発電所の安全性を描いた「ベイジン」、メディアの裏側を描いた「虚構の砦」、エネルギー問題を鋭く抉る「マグマ」、日本の農業問題に一石を投じた「沈黙」と多彩な小説を発表し続けている真山仁氏ですが、今回は政治をテーマにした作品です。

  氏の政治をテーマとした小説と言えば、日本の総理大臣を描いた「コラプティオ」が思い出されます。本来、政治とは権謀術策が飛び交う権力をめぐる巣窟との印象がありますが、その本質は国と国民の幸せを実現するために理想を掲げて政策を進める人物が政治を目指すことにあると思います。この小説は、日本の国の行く末を自ら切り開こうとの志を持った政治家が首相の地位に就き政治を仕切る物語です。

  真山氏は、小説のテーマに「正義」をいろいろな形で忍ばせているのですが、この小説は珍しく正義を正面から描こうとしています。しかし、権力とは魔物であり、どれほど理想を掲げようとも権力は腐敗していきます。理想を掲げた政治家が、最後にカタストロフを迎えるところで、改めてこの小説の面白さが浮き立ちました。

  その真山さんが再び政治の世界に挑んだのがこの「当確師」です。

  今回の作品の帯には、「政治版『ハゲタカ』」との文字が躍っていますが、この言葉はいたずらにベストセラーにあやかろうと書かれているわけではありません。氏は、この小説が上梓されたときのインタビューで、作品の作り方には二通りのやり方があり、ひとつはテーマから入って登場人物を配置してストーリーを創っていく方法。もうひとつは、個性豊かな主人公がいて、その主人公が動き出してストーリーが創られていくとの方法です。

  「ハゲタカ」は、後者の作品。イヌワシ(ゴールデン・イーグル)のあだ名を持つ投資ファンドの雄、鷲津政彦という個性的なキャラクターがあってあの面白い小説が出来上がったと言います。

  確かに、鷲津は登場したときから悪役を演じ続けています。しかし、内に秘めているのは「今の日本に喝を入れる。」との信念に貫かれています。自ら勝者となることによって結果として日本の伝統を救い、日本の技術立国であるステイタス企業を救い、弱者を助けます。ジャズピアノにまつわる様々なエピソードは、このシリーズの大きな魅力となっています。(ピアニストとして渡米するキャリアのはじまりが、「スパイラル」で見事に描かれています。)

  今回の「当確師」について、真山氏は、「ハゲタカ」と同様にこの小説は個性的な主人公から物語が創りだされたと述べています。その主人公の名前は、聖達磨。職業は選挙コンサルタントです。彼のモットーは、「選挙は戦争だ。」というものです。その手腕は確かなもので、彼が手がけた選挙ではクライアントが必ず勝利を収めるのです。あれ?

  法律に明るい方は、その職業が公職選挙法に抵触するのでは、と疑問に思うのではないでしょうか。確かに選挙期間中に候補者からコンサルタント料をもらえば公職選挙法違反となることは間違いありません。そこはコンサルタント業。聖達磨は、選挙候補者の公示日にはすでに仕事を完了しています。つまり、選挙の結果は候補者の公示日にはすべて決まっているということです。小説では、コンサルタントフィーに関するノウハウもキチンと語られており、リアルにコンサルタント業の内幕を語ってくれるのです。

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(2019 大阪知事・大阪市長選挙に勝利 news.livedoor)

  「当確師」とは、確実に選挙で当選させることを仕事とする選挙コンサルタントのことを言うのです。

【選挙に勝つためのノウハウ】

  真山仁氏の小説は基本的に緻密な表現力に支えられた重厚な作品です。それでも最近は、ハードボイルド、ミステリー風味の作品が発表されています。この「当確師」は、どちらかと言えば重厚な作品というよりもサスペンス風味がただようエンターテイメント系の小説となります。選挙での勝利を依頼された聖が、様々な人脈や戦略を講じることによって劣勢が明らかな候補者に逆転勝利を呼び込む醍醐味が小説を面白くしています。

  今回描かれる選挙はある都市の市長選です。

  真山氏の小説作法はすでにベテランの味がします。ピカレスク的な主人公、聖達磨という名前も、選挙コンサルタントという職業も、読者にははじめて耳にする名前です。今回、真山氏は第一章でいきなり「選挙」の現場を描写します。(以下、ネタバレあり)

  第一章の舞台は、市長選が繰り広げられている平成市です。平成市の市長選挙は現職の市長が圧倒的な強さを誇り、聖がコンサルタントを引き受けている対抗候補は票読み段階では当選が覚束ない状態で、苦戦を強いられています。対抗候補を恩師と慕っている若きボランティア関口健司は恩師の選挙戦を手伝っています。

  健司の兄は現職の市長に将来を約束されており、その権力にすり寄り、現職市長に張り付き選挙の応援要員となっています。健司はかつて事業に失敗して多大な借金にあえいだことがあり、そのときに兄に借金を肩代わりしてもらった過去がありました。そして、今回の選挙戦では兄から対抗候補側をスパイするように脅されていました。気の弱い健司は恩師の応援に本気で取り組んでいましたが、面と向かって兄に脅されるとどうしても恩師側の情報を兄に漏らしてしまいます。

  現職市長はその権力に物を言わせて市内の有力者たちをその陣営に取り込んでいます。選挙告示がなされる前にコンサルタントの聖はこの選挙に勝利を得るだけの票読みを完成させなければなりません。

  聖は健司を自らの運転手に指名して、車を預けます。そして、平成市で老舗の料亭へと車を向かわせます。その料亭で聖は、翌日に現市長側についている有力者たちとの会合について、女将と打ち合わせていました。その動きを健司から聞いた市長側は、料亭に盗聴器を仕掛けるように健司に命令します。市長側のプレッシャーに負けた健司は言われたとおりに盗聴器を仕掛けます。

  聖は、有力者たちと何を話したのか。盗聴器から聞こえてくる話は、当たり障りのない世間話ばかりです。しかし、料理が終わると聖はお客を庭園へと誘い出し、何かを離しました。その会話を聞くことはできません。すべてが終わった帰り、聖は料亭の出口で客をお送りしますが、その時に風呂敷に包んだ土産を手渡して何かを囁きました。

  聖はいったい市長側の組織票を握る有力者に何を話し、何を渡したのか。

  そして、平成市の市長選挙は聖がコンサルタントを務めた候補が大逆転で勝利し、現職候補は敗れ去りました。いったい何が起きたのか。それは、本書を読んでのお楽しみです。結果として市長側に踊らされた健司でしたが、聖は「おれは正直者がすきなんだ。」と言ってそのまま健司を運転手として雇うことにしました。そして、小説はいよいよ政令指定都市における本題の選挙へと突入していくのです。

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(2017年 横浜市長選挙に勝利した林市長)

  聖は、かつて選挙を手伝った大物衆議院議員ら呼び出されます。

  大物議員は聖に意外な仕事を依頼してきたのです。それは、1年後に行われる政令指定都市、高天市の市長選挙で2期市長を続けた鏑木次郎市長を追い落としてほしいとの依頼でした。その議員はかつて鏑木を応援し当選させた張本人です。鏑木市長は、前市長に勝利してから前市長の癒着政治を浄化し、数々の改革を行って高天市の発展に貢献してきた実績があり、市長選に出馬さえすれば圧倒的な勝利間違いなしと言われています。

  あまつさえ、その依頼には市長の対立候補さえ決まっておらず、候補者選びの段階から聖にコンサルタントを依頼したいと言うのです。果たして、聖はこの不可能とも思える依頼を引き受け、ゼロから鏑木市長に挑戦するのでしょうか。


  小説は始まりからワンダーの連続で、息を切らせぬ展開が我々を小説世界へと引き込んでいきます。高天市で最も有力な財閥である小早川一族。その当主の娘、瑞穂は市長の配偶者であり、二人の仲は睦まじいものです。さらに聖のかつての妻、三枝操が鏑木次郎の選挙コンサルタントを務めているのです。そこに高天市民の組織票を牛耳るカトリック系、仏教系の宗教団体も加わり、小説は予期せぬ展開が続いていきます。

  この小説は、政治をテーマとしていますが間違いのないエンターテイメント小説です。真山さんのファンの中には、その小説に深さを求める方もいると思いますが、この小説にはそれを求めるべきではないかもしれません。面白い小説が読みたい方は、ぜひこの本を手に取ってください。ページをめくる手がもどかしくなること間違いなしです。

  日がすっかり長くなりました。短い夜にはぜひ面白い小説をお楽しみください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2019年05月14日

令和元年 伊豆ジオパークの絶景 その2

こんばんは。

  令和元年の初日、我々は「伊豆ジオパーク」の旅へと出発しました。1日目はあいにくの天気ではありましたが、伊豆急下田の駅からレンタカーで訪れたジオパークの名所は素晴らしく、ハプニングもありましたが感動のうちに終わりました。堂ヶ島温泉まで車を走らせて、オーシャンビューの部屋に案内され、その日は、美味しい料理に舌鼓を打ち、広い大浴場と露天風呂を備えた温泉を満喫しました。

  朝、部屋で目覚めてカーテンを開けると、部屋からは広大な海とそこに点在する三四郎島をパノラマで眺めることができます。青空が映える美しく青い海と水平線。地球の息吹を感じさせてくれる凛々しい岩肌を見せてくれる島々。昨日とは打って変わった青い空と白い雲が自然の絵画を引き立たせてくれます。

  温泉と言えば朝風呂です。

  昨夜はすでに夜も更けていて、せっかくの露天風呂も真っ暗で何も見えず、ただ波の音だけが静かに響いていました。この日の朝は青い空と白い雲。露天風呂に入ると目の前に三四郎島が点在し、青い海が水平線まで続いています。温泉のお湯加減も絶妙で、至福の時間を過ごすことが出来ました。

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(露天風呂から見える三四郎島の景色)

【三四郎島のトンボロ現象とは】

  さて、朝食を済ませてフロントで堂ヶ島での過ごし方を聴きました。

  お勧めは、堂ヶ島遊覧船で島の洞窟内に入る航路だそうですが、この日は波が高く遊覧船は欠航だとのこと。次なるプランは、「トンボロ」です。トンボロとは、イタリアの言葉で陸繋島の砂州の事を意味するとのことですが、島と島の間をつなぐ砂州が潮が引くことで現れる現象をトンボロ現象というそうです。堂ヶ島の三四郎島はこの現象が有名で、引き潮のときには砂地が現れて岸辺から島へと渡れるのです。

  この日、最も潮が引くのは午前1016分。その前後1時間くらいが砂州の現れる時間だということでした。ただ、引き潮時の潮位は季節によって変わるため、この日にどの程度の砂州になるかは微妙なところだそうです。トンボロ現象がみられるのは、堂ヶ島の瀬浜海岸でこの海岸は堂ヶ島温泉ホテルの敷地に面しており、宿からは歩いて15分ほどのところにあります。

  我々は、930にチェックアウト。車を宿に預けて瀬浜海岸に向かいました。道路を下っていく間も右手には三四郎島と海の景色が続いています。天気は上々。船が欠航となったのが不思議なくらいです。昨日までは、薄手のセーターが欲しい天候でしたが、今日は上着もいらない天候です。

  堂ヶ島温泉ホテルの脇をさらに降りていくと、いよいよ瀬浜海岸へと繋がります。浜は岸辺が石で覆われていて海水浴には向きませんが、はるか先には水平線が続いて、手前には島々が、そして象島にむかって砂地が続いており、左右から波に洗われています。天気が良いこともあり、海岸はたくさんの人でにぎわっていました。島への道が現れると言うと、モーセの十戎を思い出す人がいるかもしれませんが、こちらは海が割れるわけではありません。

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(象島へと続くトンボロの砂州)

  かなり広い砂州が島に向かって伸びています。確かに波はたゆたうように道を洗っているので、はだしでひざ上までパンツを上げれば島に渡ることは出来そうです。トンボロ現象を味わおうと、多くの親子連れがはだしになって砂州を渡っていました。我々は、昨日の恵比寿島でのトラウマがあり、波に洗われている砂州を渡る勇気がでません。もう少し潮が引けば、と思い、最大の引き潮である1016分を待ちます。

  時刻は1016分を回りました。残念ながら島への道は波に洗われたままで、完全な砂州はついに現れませんでした。島には渡ることは叶いませんでしたが、三四郎島の景観や海岸の周囲にそびえる奇岩たちは荘厳な姿を見せていて、ジオパークの雄大さを十二分に味わうことが出来ました。遊覧船とトンボロ現象はまた次回のお楽しみです。

【黄金崎のはるかなる絶景】

  さて、宿に戻り預けていた車を受け取りました。その旨を告げると、驚いたことに、フロントマンが鍵を手に駐車場に向かい玄関まで車を運んでくると、数人のフロントマンがやってきて車を拭いてくれるではありませんか。さらに車を掃除してくれている間、玄関わきで風に当たっていると、「お写真をお撮りしましょうか。」と声をかけてもらいました。二人で並んでの写真はなかなか取れないので、写真をお願いし、旅の記念を残すことが出来ました。

  さらに車に乗り込んで宿を後にすると、フロントマンの二人が深々とお辞儀をした後に車が見えなくなるまで両手を高く上げて振り続けてくれるのです。宿のサービスには様々あるわけですが、この宿は心からおもてなしします、との気持ちが表れていて、人は心持が大切だと改めて感じました。

  車は、136号線を北上し、この旅の所期の目的であった「黄金崎」をめざします。天気は上々、上り坂を走ると車は長いトンネルへと進みます。トンネルを抜けると、左に黄金崎クリスタルパークが現れます。ここは、ガラス工芸の美術館であり大きな駐車場を備えています。観光バスも駐車できます。

  このパークの手前の道を左折すると、道は「黄金崎」へと向かいます。まず見えてくるのは有料駐車場の表示。11000円と書かれています。この日は車も少なく、駐車場もガラガラだったので、そこを無視して「黄金崎」に向かいます。すると、坂を上った先に「黄金崎」がありました。確かに駐車場は少なく、12台ほどしか止めることができません。ラッキーなことに1台がすぐに出発し、そこに駐車することが出来ました。

  この地は三島由紀夫の小説「獣の戯れ」の舞台となった場所で、そこには三島由紀夫の碑が建っています。そこで記念撮影をしてから展望台へと向かうと、展望台に上がる木製の階段から黄金崎の絶景が飛び込んできました。そのアーチ型の断崖は、海に向かって切り立っていて、その姿はモネの描いたエトルタの風景をほうふつとさせるものでした。アーチ型の岩間に砕け散る白い波しぶきは、まるで生きているようにその大きさと勢いを変えて打ち寄せます。しばし、時間を忘れて見とれました。

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(エトルタを思わせる「黄金崎」馬ロック)

  展望台には、「黄金崎」の写真の横に「馬ロック」と書かれています。確かに「黄金崎」の形は馬の背にみえて、絶妙な命名に思わずうなります。展望台からは馬ロックの対岸の断崖の波のような地形をみることができ、別の絶景も楽しめます。そして、展望台を降りると黄金崎の横を通る道へと進んでくことになります。その道は、絶景の撮影スポットで三脚を持った一眼レフの写真マニアが打ち寄せる波を撮影していました。

  この道は、横から馬ロックを見る角度となる場所があり、柵の横に馬の手綱を引く格好をして立つとまるで馬ロックに乗っているような写真が撮影できます。連れ合いは、みごと馬ロックに騎乗していました。

  黄金崎の断崖に下りることができないのが残念でしたが、その道は馬ロックの脇を通り黄金崎の裏側に抜けるように続いています。15分ほど進んでいくと木製の高い階段が現れて眼下に絶壁を見ることができます。階段を上がっていくと日の入りの場所を示す標識が展望台に現れます。さらに階段は続き、その上は「富士見の丘」と呼ばれる展望スペースになっています。

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(「富士見の丘」への階段から見た絶景)

  遥かなる海原に半島が峰となり、その峰に浮かんだはるかな富士はまさに絶景です。

【石廊崎は波高し】

  念願の「黄金崎」の絶景を満喫した我々は、これ以上北上するのを控えて帰りの駅である伊豆急下田に向かう道を引き返すことにしました。

  実は、昨日伊豆急下田駅の観光案内所でジオパークの情報を聴き込んだ時に1枚のチラシを手に入れていました。それは、「石廊崎オーシャンパーク」です。この施設は先月、41日にオープンした施設で、中では伊豆ジオパークの紹介がなされていると書かれていました。石廊崎と言えば灯台ですが、石廊崎はちょうど136号線で伊豆急下田へと向かう途中にあるのでそこをめざすことにしたのです。

  136号線は昨日の夕方に悪天候の中進んできた道路ですが、この日は晴天でまるで別の道路のような光景を味わいました。道は相変わらずのつづら折りで高低差とカーブは激しいのですが、車窓から眺められる景色は海沿いの遠景が素晴らしいものです。その屹立する断崖とはるかに遠い海の光景は、変幻自在に表れては隠れ、美しい風家を見せてくれます。あまりにきれいなので、途中の駐車場に車を止めてしばし写真撮影に興じました。

  そうして走る事小1時間、車は「石廊崎オーシャンパーク」に到着しました。ここでも駐車場は有料で、金額は500円です。さすがにオープンから1カ月の施設は真新しく、駐車場も建物も新鮮です。「パーク」では、石廊崎の灯台と石室神社へのウォーキングツアーがありますが、この日はすでに終了していました。建物内には、ジオの説明ブース、お土産店、軽食レストランがあり、灯台と石室神社への中継点となっています。

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(石廊崎灯台から見える波しぶき)

  せっかくここまで足を延ばしたので、もうひと歩き灯台に向かいます。石廊崎は、伊豆半島の突端となっており、左右に断崖と海を堪能することができます。「パーク」からは左側の切り立った断崖と寄せうつ波を見ることができます。灯台への道はよく整備されていて舗装道路が続きます。灯台へは10分も可からずに到着、その意外な小ささに驚きます。

  それもそのはず、この灯台は日本で唯一の木造2階建ての灯台だそうです。

  灯台の横の高台に上がると、目の前に幌がる絶景に目を見張ります。午後になって風が強くなり、午前の遊覧船の欠航も無辺なるかなと思われます。左右に広がる海原と水平線。そして、そこに横たわる絶壁と島。あらためて伊豆半島が火山と大陸プレートの移動によって形作られたのだと感動します。

  灯台の右側は、半島の反対側に当たります。こちらにははるかに太平洋が横たわります。下を見ると陸地の岸壁が横たわっており、その間に白波が打ち下ろされて大きな音を立てて砕けていきます。下を見ると高いところが大好きな私でも足がすくむ思いがします。遥か遠い水平線と足元の激しい息吹。いつまで見ていても飽きることがありません。

  その半島の突端に石室神社がましましています。

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(石室神社から見える先端の岩室)

  突端に近づくに従って道は狭くなり、人と人がすれ違えない狭さとなります。風は徐々に強くなり、写真を撮るスマホが飛ばされそうになります。風景はさらにはるかになり、目の前に木製の階段が現れ、その狭い階段を上る人と下る人が譲り合いながら通ることになります。ゆっくりと階段をさがりきったところには神主さんがいました。連れ合いは「令和元年」の御朱印をもらって大感激。私はおみくじで大吉を引き当てて狂喜乱舞です。

  そして、その小さな社務所から先がまさに石室神社のご本体です。先端の岩を登っていくと石畳があり、そこに小さな木造の祠がおかれていました。思わず拝んで大吉のおみくじを祠の扉にくくりつけます。祠から振り向けば、そこははるかなる太平洋が横たわっています。視界はすべて海です。その壮大さに息をのむようでした。

  この大自然に抱かれた半島の突端に神様がましますことに首肯です。


  こうして令和元日からの伊豆ジオパークの旅は大円団を迎えました。地球の息吹を随所に感じて、何度も心からの感動を味わうことが出来ました。数億年にまたがる地球の営みと限られた人の生涯。皆さんは、そこにどんな意味を見出すでしょうか。私は、地球に生きる意味を感じました。

  皆さんも機会があれば、是非ともジオの素晴らしさを味わってください。明日を生きる勇気が湧いてきます。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2019年05月09日

令和元年 伊豆ジオパークの絶景 その1

こんばんは。

  全国的に10連休となった今年のゴールデンウィークも瞬く間に終わり、日常の暮らしが戻ってきました。今年の5月は、新しい年の始まりとなりましたが、皆さんは「令和元年」をどこで迎えたでしょうか。私は、静岡県の西伊豆で令和初日を過ごしました。

【新しい伊豆の魅力とは?】

  ゴールデンウィーク。いつもは、高いお金をかけて人ごみの中へと移動するのは抵抗があり、家でおとなしくしていることに決めているのですが、今年は例年とは違うパターンとなりました。というのも、今回は最近JR東日本が行っているキャンペーンに反応してしまったのが事の始まりでした。

  それは、「大人の休日倶楽部」のキャンペーンでした。イメージキャラクターは、大人の休日にふさわしい吉永小百合さんです。今年は「伊豆半島ジオパーク編」と題して西伊豆の海岸沿いに点在する岸壁の絶景を特集しました。小百合さんが訪れるジオパークは、海と絶壁が織りなす地球規模の命の鼓動そのものです。テレビのコマーシャルからも駅のポスターからもその絶景が目に飛び込んできます。

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(大人の休日倶楽部ポスター jreast.co.jp)

  このポスターを見て思い出したのは、クロード・モネの描いた「エトルタ」です。エトルタは、フランスノルマンディー地方の海岸で、石灰質の断崖が続く海岸でモネをはじめとして印象派の画家たちがこぞって描いた光景でした。また、この海岸の先端には針の岩と呼ばれる塔のような岩がたっており、針岩はアルセーヌ・ルパンの「奇岩城」の舞台となったのです。モネの「エトルタ」には、何枚ものスケッチがあり、針岩が描かれたもののあれば、断崖が描かれたものもあります。

  私が美術展で観た「エトルタ」は、アーチ型の岩石が海に佇んで美しい景色を形作っていました。その画は、まさに今回のポスターで吉永小百合さんが佇んでいた伊豆ジオパークの断崖と全く同じ景色だったのです。エトルタに行くことはかなわないのですが、伊豆ならば行くことができる。こうして、今年のゴールデンウィークには伊豆に行くことと相なったのでした。

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(モネ「エトルタ」 wikipediaより)

  しかし、伊豆のエトルタはどこにあるのか。

  まずは、吉永小百合さんのCMのロケ地はどこだったのか。それを検索するところから計画は始まります。伊豆ジオパークは、西伊豆の様々な場所に散在しており、特定することは容易ではありません。どうやらその断崖の上部は馬の背のかたちをしており、馬ロックと呼ばれているようだ、との情報からその場所は「黄金崎」ではないか、とあたりを付けました。

  「黄金崎」の場所は、西伊豆の堂ヶ島温泉と土肥温泉の間に位置する宇久須という地区にあります。どうやらそこに行くにはバスか車しか足がないようです。バスでは時間が決まっており、待ち時間が長くなります。すると、足はレンタカー。であれば、堂ヶ島温泉に泊まるのが良いようです。

  堂ヶ島温泉には三四郎島があり、見る角度によって島が3つにも4つにも見えるとのことでした。さすがに還暦を迎えて埼玉県から車で行くのは無謀に思え、電車で伊豆急下田に向かい、レンタカーを借りて堂ヶ島温泉に行くのが得策との結論に至りました。であれば、結局JR東日本のビューカードを利用して予約するのが良いとのことで、そのセットで無事予約に至ったのでした。

【いざ、日本のエトルタに出発】

  5月1日、令和の幕開けとともに私と連れ合いは二人で、踊り子号に乗って一路伊豆急下田を目指しました。踊り子号は900東京発、伊豆急下田1146着の臨時特急105号。この日の予報は、午前中は曇りで午後は雨。車窓から見える景色には晴れ間も見えて、旅行日和となりました。臨時列車だけあって、車両は昭和の香りがプンプンするなつかしさで、トイレはなんと和式。さすがにこれは改善してほしい。連れ合いは、グリーン車のトイレに緊急避難して、洋式があったのでホッとしていました。

  伊豆急下田は、駅前にペリーの黒船が停泊していて、黒船饅頭がある歴史の街です。我々の目的はジオパークなので、駅の観光案内にてどこがジオパークなのかを確認しに行きました。エトルタにそっくりの場所ですが、私は堂ヶ島の先の「黄金崎」を想定していたのですが、連れ合いが調べてくれたところどうやらそこは下田近くの「龍宮窟」らしいというのです。半信半疑でしたが、観光案内で確認すると担当の女性は丁寧に地図を出して解説してくれました。

  下田から行けるジオパークは、「爪木崎」、「恵比寿島」、「龍宮窟」の3か所でした。心配だったのは駐車場です。お姉さん曰く「爪木崎」は有料駐車場があり安心ですが、「恵比寿島」は4台程度、「龍宮窟」には10台程度の駐車場しかないので、駐車場待ちの車で道路が大渋滞するというのです。バスはと言えば、1時間に12本。「不便ですね〜。」というと、「以前には一日1本だったので便利になったんですよ〜。」だそうです。ジオパークを目玉にするならば、市をあげて駐車場くらいは整備してお客様をお迎えしてはいかがでしょうか。

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(爪木アの壮大な柱状節理に感動)

  さて、まずは3か所巡りです。この日は天気が優れず、「爪木崎」を出るころから空から雨が落ち始めましたが、これがラッキーで駐車場のないジオパークに人が少なく、駐車場が止め放題だったことです。「爪木崎」では、海岸線に入るところに有料駐車場があり、おじさんが車を止めて500円を徴収されました。

  「この先は?」と質問すると「行き止まりだよ。」との答え。選択の余地はないのかとあきらめて500円を支払うと、中から目つきの鋭い茶色の猫がのっそりと姿を見せます。そのブチさ加減がとてもカワイク、この猫のエサ台ならしょうがないかと納得です。しかし、海岸に向かって丘を下っていくと、海岸沿いには別に駐車スペースがあってそこには無料で止まられるのです。やられた!

  しかし、爪木崎から見る断崖の奇岩は素晴らしい。そこには、柱状節理と呼ばれる5角形の岩の柱が無数に立ち上がっていて、岩の群れを形成しているのです。タモリさんが見たら泣いて喜ぶような地形が広大な海を背景に繰り広げられているのです。また、入り口から灯台まで、いくつものハートが恋人たちの撮影用に用意されていて、太平洋を見下ろす撮影スポットが用意されていました。

  その絶景は言葉通りのジオパークで、地球の息吹を味わうことができました。

  我々は、爪木崎でお弁当を食べてから次のジオへと出発します。少し下田駅の方の戻り南下していくと、次の目的地「恵比寿島」に到着です。「恵比寿島」は、ガイドにも載らない1km四方にも満たない小さな岩山ですが、四方を海に囲まれていて海を眺めながら島を1周することができ絶景が味わえます。

  生憎の天気でしたが、4台しかない駐車場は、ラッキーなことにガラガラで車はすぐに止めることができました。ほとんどだれもいなかったので、我々二人は傘を差しつつ、橋を渡って島に着き、1周しようと島周りの遊歩道を歩き始めたのです。

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(誰もいない恵比寿島は独り占め)

  そこに恐ろしい出来事が待っていようとは想像もできませんでした。

  我々は島に巡らされた海を見渡すことができる狭い舗装路を断崖の写真を撮りながらゆっくりと歩いていました。周囲にはだれもおらず、島の南側に差し掛かり外海に出てしばらくすると、突然波が襲ってきたのです。大きな波が一閃すると目の前の道は波の下に消えてしまい、引いていく波が1.5m程度の道を洗っていくのです。

  大きな波が来れば、足を取られて海に引き込まれてしまいそうです。汐が満ちていたのでしょう。波はひと波ごとに大きくなり、前も後ろも波間に消えています。このまま進めば、道路は海の下に消えてしまいそうです。我々は意を決してもと来た道を戻ることにしました。このときに私は波間の間隔を読み間違えて、膝から下に大きな波しぶきを浴びてしまいました。靴の中もビッチョリ。

  恵比寿島は小高い山になっており、頂には恵比寿神社があります。神社を超えると島の反対側に出ることができ、そこから見える外海と断崖は絶景でした。少し回って、先ほど波に消えた道の方を見てみると、島沿いの道は大きな波に洗われていて、改めて先ほどの恐怖がよみがえりました。道には「落石注意」の看板はありましたが、「満潮時、波に注意」との標識も必要だと、心から思いました。

  「恵比寿島」から伊豆急下田駅に戻ってから車で15分程度のところに「龍宮窟」があります。駐車場が少なく渋滞すると言われていましたが、午後4時に近かったことと、雨だったことが幸いして駐車場にはすんなり止めることができました。

  「龍宮窟」の景色はすばらしいものでした。

  ぬかるんだ山道には閉口しましたが、小高い丘の上に上がると展望台からは天空の穴から断崖を潜り抜けて岸に寄せるやわらかい波を見ることができます。そして、その穴はみごとなハート型をあらわしているのです。それは心に響く景色でした。丘を一周して駐車場に戻ると、脇には龍宮窟に降りる石の階段が設置されています。階段を下りるとそこには、先ほど上から眺めた龍宮窟を見上げることができます。

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(上から見るとハートが現れる「龍宮窟」)

  その岸辺から目を落すと、正面には大きくアーチ型にくりぬかれた断崖が迫ってきて、その向こうに海原が見えます。この場所こそ、ジオパークのポスターに写された場所だったのです。エトルタの景色に比べると小ぶりな風景ではありますが、真近に見るその形と岩肌はまさに自然の息吹と海とを感じさせられるジオそのものでした。

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(「龍宮窟」はまさに日本のエトルタ?)

【タイヤよあれが松崎の灯だ】

  さて、「龍宮窟」の景色に魅せられて、時刻は1700近くになってしまいました。今日の宿がある堂ヶ島温泉までは、小1時間はかかります。ナビで見ると、一度下田方向に戻って半島の中を突っ切る道が近いと出ます。せっかく海岸にいるので、ルート検索で海岸沿いの道を探し、そちらで堂ヶ島に向かうことにしました。こちらの道は15分ほど遠いのですが、湘南道のイメージでは海沿いの道が綺麗ではないかと期待したのです。

  ところが、これは大きな誤算でした。確かに海沿いの道ではありのですが、西伊豆の海岸線はほとんどが切り立った崖であり、国道136号線はその崖のうえを行く道だったのです。しかも道路の高低差は半端ではなく、道はほとんど日光いろは坂のようなつづれ折りの国道です。しかも山の天気は変わり易く、つづれ折りのカーブに加えて道は濃いもやが降りてきて、視界が良くありません。

  海岸沿いの道路のはずですが、なぜか周囲は崖と木々にかこまれていて上り下りの激しい連続カーブに必死にハンドルを握ります。まるで山の中を走るような風景が続き、ナビを見ると、そろそろ左側に海岸線が見えてくるはずです。しかし、つづら折りの道に余裕がないことと雨のために視界が悪いことが重なり、景色を見る余裕は全くありませんでした。そうこうするうちに、車は松崎という港へと差し掛かり、断崖を抜けて街並みが見えてきました。

  車の数も増え、信号も見えてきて乗り合いバスも走っています。信号とバスを見てこんなにホッとしたのは久しぶりでした。

  堂ヶ島温泉は三四郎島を望む温泉地で、入り江にいくつもの旅館やホテルが立ち並んでいます。今回宿泊したのは、南側に位置する「堂ヶ島 ニュー銀水」です。宿の入り口に車が入ると玄関には多くの従業員の方が出迎えに出ていてくれて、丁寧に案内をしてくれます。宿のつくりは面白く、フロントがあるのは7階。真ん中には、ガラス張りの吹抜けがはるかに上下に貫かれており、フロントの奥は入り江に面していて、大きな全面窓から美しい三四郎島が海に浮かんでいるのが見えます。

  夕飯のはし袋に書かれた「令和元年おめでとうございます。」の文字が嬉しく思えました。

  さて、宿に着いたところで紙面が尽きました。明日は天気の上々だそうです。この続きは、また次回にお送りいたします。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2019年05月05日

「令和元年」から明るい未来へ

こんばんは。

  いよいよ日本に「令和」の時代がやってきました。

  「令和」には、日本の人口減少、超高齢化社会、労働人口の減少など、克服すべき課題がたくさんあります。一方で、こうした課題はすでに認識されており我々は官民を挙げて対応していかなければなりません。

  ポイントは二つ。一つは2045年にはシンギュラリティを迎えると言われているAIの爆発的進化です。

  AIは、ディープラーニングによる自らの進化とシナプスに当たるネットワークの進化の相乗効果によって、すでに人間の脳を凌駕しつつあります。AIの発展には楽観論と悲観論が混在しています。悲観論の筆頭は、現在人間が担っている労働がAIにとってかわられることによって、我々の仕事がなくなり収入の道が閉ざされるのではないかとの脅威です。

  しかし、日本に代表されるように少子化による労働人口の減少は日本経済そのものの進化を阻みます。ここで、解決の糸口となるのは外国人労働者とAIです。もちろん高齢者の労働力や女性の仕事の拡充も重要ですが、AIも含めた労働力確保の仕組みを新たに創造し、日本の福祉制度を変革することで、北欧やベネルクス国のような幸福度の高い社会を作り上げることが可能なのではないでしょうか。

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(幸福度NO.1 フィンランドの首都 tabinaka.co.jp)

  基本的に楽観論になってしまいますが、AIはあくまでの人間がオペレイトする手段であり、人間が愚かであれば悪魔の機械となりますが、我々の良心と共生の精神がはぐくまれさえすれば、AIは我々の幸福な道具になるに違いありません。シンギュラリティを超えたAIも良心と共生の精神に目覚めるのです。

  「令和」に意識すべきもう一つのポイントは、日本のさらなるグローバル化です。

  日本は、昭和の時代に高度成長を成し遂げて、アジアの国々の中ではいち早くGDP(国内総生産)で世界第2位となりました。その経済力から日本は国際社会において、ものごとを金で解決してきたと言っても言い過ぎではありません。国連への出資金や政府開発援助はトップクラスであり、世界の国々に貢献してきました。もちろん、こうした姿勢は1989年の湾岸戦争の時のように「日本は金だけ出して人は出さない。」との国際的な批判を浴びてきました。それでも日本マネーが世界に貢献してきたことは誇りに思うべきことでした。

  しかし、中国がGDPで世界第2位に躍進するや、中国は「一帯一路」をスローガンにシルクロードの周辺国に大きな援助を行います。中国は、資金とともに中国人労働力と開発に必要な資材をすべて提供し、援助金をすべて自分たちの国内成長につなげるという新たなモデルを作り出したのです。

  日本は、江戸時代には世界で有数な文化経済都市「エド」を作り出し、日本独自の平和と持続可能な社会を生きていましたが、欧米社会の軍事化に目を開かれて、明治維新以来、軍拡競争によって欧米社会に追いつこうとすべてを欧米風に改革してきました。そして、勤勉な日本人は世界でもその力を示しましたが、欧米のルールの下ではアジアの片隅の国として生き抜くことができませんでした。

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(歌川広重「永代橋深川新地」の図)

  そして、力対力による国際社会での勝ち残り思想は、日本を誤った方向へと誘導していきます。日本は、国民を挙げて不幸な世界へと突入していき、結果としてアジア世界を敵にまわし、アメリカの沖縄上陸を招き、2つの原子爆弾の投下までもを誘引し壊滅的被害をこうむることになりました。日本では、憲法改正論議がかまびすしくなされていますが、すでに20163月に施行された安全保障関連法案によって憲法解釈は集団的自衛権の考え方が大きく変更され、すでに解釈上の改憲が行われたと言ってもよい状態です。

  政府は、国際社会の抑止力を盾として自衛権解釈を梃に憲法改正を是としていますが、国際社会においては必ず作用反作用の法則が動き出すことは間違いありません。これは、まさに明治以来進んでいた富国強兵政策による国際社会での地位創出方針となんら変わるところはありません。

  昨年の5月、マレーシアの総選挙において93歳となるマハティール氏が首相に返り咲きを果たしました。軍事政権によって支配された国のリーダーとなり、その年齢からは想像もできないパワーを発揮しています。国内では前政権の汚職政治を告発し自国の浄化を図り、国際的にも自らの信念に基づいた平和外交を繰り広げています。大国となった中国にも訪問し、言いなりの投資を受け入れるのではなく、条件を白紙へと戻し、マレーシアの国益の即した投資を引き出すことに成功しています。

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(インタビューを受けるマハティール首相 asahi.com)

  マハティール氏は、日本の憲法第9条を高く評価しており、国際間の問題はすべて粘り強い話し合いによって解決できると力強よく語っています。お互いの立場を十二分に理解すれば、必ず両国にとって利益のある合意を形成できる、との言葉はこれまでの氏の実績を見ると、本当に説得力のあるものです。日本も深い相互理解とウィンウィンの関係を築くことで、豊かな人材交流と相互の経済発展を築き、東アジアで共存すべきとの存在感を確立することができると信じています。日本が目指すべきグローバル化は、数千年にわたって培ってきた日本の持つ日本独自の文化によって成し遂げられるべきだと強く思います。


  いよいよ「令和」も本格稼働を迎えます。すべての人々と一緒に明るい日本と明るい世界を創造していきたいものです。皆さん、明るい未来に元気で臨みましょう。

  今回は「令和」新天皇ご即位記念の日記となりました。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2019年04月30日

池上彰 佐藤優 知らなきゃよかった対談

こんばんは。

  いよいよ平成最後の日を迎えました。30年余りの年月の間にアナログからデジタルに世界は変わり、世界中がスマホ時代に突入しました。情報のスピードは上がり、AIの時代へと変わります。それでも人間は世界のあらゆる場所で紛争を続けています。戦争のなかった平成に感謝するとともに、令和も穏やかで平和な時代になることを心から願っています。

  話は変わりますが、アメリカのトランプ大統領は、北朝鮮外交の成功を国内でも大きくアピールして、次期選挙戦を有利に展開しようとしています。

  北朝鮮がアメリカに対する態度を急転直下改めたのは、昨年のピョンチャンオリンピックからでした。お互いがお互いをののしり合い、ミサイル攻撃がなされるのかとまで心配させた両首脳でしたが、韓国の仲介により金正恩委員長が核兵器廃棄の可能性をアメリカに伝えると、トランプ大統領はこれをチャンスとみて、首脳会談の開催を決めました。ここからの二人は、互いを持ち上げて首脳会談で成果をあげるべく、信頼的外交を繰り広げました。

  2018年6月のシンガポールでの首脳会談に続き、今年の228日には第二回目の米朝首脳会談がベトナムのハノイで開催されました。

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(ハノイで行われた米朝首脳会談 asahi.com)

  最初の首脳会談の後、世界中の識者たちは金正恩委員長のしたたかさに舌を巻き、北朝鮮が世界を相手に有利な外交を展開し、そのステイタスを高めたと評価していました。非核化を武器として、アメリカと対等に渡り合い、あまつさえ、疎遠になりかけた中国とも信頼関係を取り戻し、ロシアとの関係も深めたと言われています。それは、あたかも北朝鮮の一人勝ちのような論評でした。

  しかし、第二回の首脳会談は金正恩委員長の思惑通りには進みませんでした。

  2月28日の首脳会談本番前夜、アメリカは一枚の書類を金正恩委員長に手渡したと言われます。その条件は、すべての核廃絶、国際原子力委員会の査察受け入れ、平和的原子力開発の限定、という3つを満たすことだったと言います。アメリカは事前にその条件を提示していたと言いますが、北朝鮮側では金委員長までその情報が伝わっていなかったそうです。そのため、27日の夕食時には満面に笑みをたたえていた金委員長が、28日の首脳会談では、一転苦虫をかみつぶしたような顔をしていたのです。

  会談は、その時期も場所もアメリカが北朝鮮側に大きく配慮したものでした。トランプ大統領が外交的な成果を目指すあまり、核兵器を搭載する長距離ミサイルの廃絶を条件に経済制裁を解除するのではないか、との憶測まで流れましたが、さすがのトランプさんもそのような小細工を弄することはありませんでした。会談は、合意に至ることなく終了したのです。

  しかし、金正恩委員長は会談終了後、満面の笑みをたたえてハノイの駅に向かいました。北朝鮮の経済制裁が緩和されることはありませんでしたが、北朝鮮の置かれた状況が悪くなったわけではありません。むしろ、北朝鮮はさまざまな国際情勢を利用して体制を固めていると見たほうが良いのかもしれません。そのしたたかさは、兄の金正男氏の暗殺に見るとおり、自信に満ちていると言っても過言ではありません。

  今週は、こうした状況を分析する佐藤優氏と池上彰氏の対談本を読んでいました。

「知らなきゃよかった 予測不能時代の新・情報術」

(池上彰 佐藤優著 文春新書 2018年)

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(「知らなきゃよかった」対談 amazon.co.jp)

【インテリジェンス読本】

  池上彰さんの情報緑・説明力と佐藤優さんのインテリジェンスによる対談は面白く、これまでも上梓されるたびに読んできました。一方で、外交のインテリジェンスという観点からは手嶋龍一氏と佐藤優氏の対談も抜群に面白く、どちらも目が離せません。

  今の国際社会の動きで、最も日本に影響が外交テーマは北朝鮮の動向です。この本は、ベトナムでの米朝首脳会談が同意なく終了する以前になされた対談を収録している訳ですが、お二人の見立ては的を射たものとなっています。手嶋龍一氏との対談で、主に安全保障の観点から地政学的な分析を語っていた佐藤優氏ですが、池上さんとの対談では、むしろ政治力学としての話に軸足を置いています。

  佐藤氏は、外交官として現地でソ連崩壊を目の当たりにした体験を持っています。今後、北朝鮮が経済制裁から解放されて国民経済の限定的自由化が促進されたときにソ連崩壊と同じことが起きるかもしれません。佐藤氏は、ゴルバジョフ大統領が掲げたペレストロイカが、結果としてソ連を崩壊させたと言います。ソ連の共産主義は、情報が制限されて共産党が国民に統制に必要な情報のみが伝わるような統制により維持されていました。

  今の北朝鮮は金日成が建国したわけですが、佐藤氏はほぼノーカットで出版されている「金日成著作集」(全44巻)から、情報統制こそが体制維持のために必要なことだ、とのくだりを紹介しています。北朝鮮が米朝会談の結果として、経済制裁がなくなり、経済の自由化が図られるようになれば、当然に国民の欲望は刺激され、自由経済を求める人々により体制崩壊が現実のものとなる可能性が大いにある、と佐藤氏は語ります。

  日本としては、北朝鮮と韓国の動きからは目を離せない状況が続きます。そこで、日本がどのような役割を担って存在感を持ち続けるのか。歴史認識も含めて、これからも日本の戦略が問われていくことになります。

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(同意なき第2回米朝首脳会談 sankei.com)

  さて、対談の内容に戻ります。まず、目次の確認です。

(目 次)

まえがき 池上彰

1章 北朝鮮が勝ったあとの世界

2章 劣化する日本人と日本社会

3章 トランプはどこへ行くのか

4章 独裁化する世界

5章 本当は恐ろしい「新しい常識」

あとがき 佐藤優

  この本の題名は、お二人のこれまでの対談とは一味違っています。それは、お二人の今回の対談の編集担当者が、対談の外交裏話に思わず、「そんなことは知らなきゃよかった。」とつぶやいたのがそのまま題名になったそうです。巷では「言ってはいけない○○」と題する本がベストセラーとなっており、この本の題名もその流れで決まったのかと思います。ちょっと奇をてらった題名で、個人的にはあまりセンスを感じられない気がしています。

【日本政治の劣化はひどい?】

  発売されたのは、昨年の8月ですので約10カ月前。さらに対談が行われたのはそれ以前ですので、国際社会ネタとしては少々時間が経っています。現代社会はSNSの出現も相まってものごとのスピード感は早まる一方です。新たな事件や災害、話題が起きると、その前の話題はすぐに消えてしまいます。2012年の選挙で当時の民主党が野に下り、第2次安倍内閣が政権を取ってから早くも7年が経過しています。

  現在の内閣は、第4次内閣となっていますが、今回の内閣は安倍首相がこれまで顔を立てられなかった各派閥の当選回数の多い自民党議員を数多く起用した年功序列内閣と言われています。そのため、各所で失言する大臣、副大臣が続出し、つい先日も「忖度」発言で塚田前国土交通副大臣が、さらに数多くの失言が続く中で「復興」失言によって桜田前五輪担当大臣が辞任しました。

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(事実誤認を謝罪する桜田前大臣 asahi.com)

  この本の第2章では、2018年に起きた加計学園問題、森友学園問題を巡る国会答弁を中心として、いかに日本の政治家やマスコミが劣化しているかを鋭く抉っており、興味が尽きない内容です。

  しかし、内容は別にして、いつの間にか安倍首相が関わっていたはずの加計学園問題、森友学園問題は「選挙のみそぎは終わった」と言わんばかりの状況で話題にさえならず、野党の議員も思い当たる所があるためか、片山さつき大臣の違法看板問題、度重なる政治資金収支報告書の訂正や「口利き」疑惑などに対する追及もうやむやに終わっています。

  国会での国政や内閣へのチェック機能はいったい何処にいってしまったのでしょうか。確かに時間が経てば物事は次のフェイズへと経過していき、新たな問題が現れる、とはそのとおりですが、それにしても本質的な解決を先送りにする体質はあまりにもひど過ぎます。我々国民は、マスコミに報道を見過ごしているだけではなく、日本の政治家の劣化度合いについて、真面目に声を上げても良いのではないでしょうか。

  この本には、章ごとに対談の話題に即して気になることを記したコラムが掲載されています。

  皆さんは、森友学園の国有地売却問題で、当時理財局長であった佐川宜寿前国税局長官の国会答弁をご記憶でしょうか。佐川氏は、当時の文書について「国会での混乱や行政への信頼失墜の責任はひとえに自分にある」と謝罪しながらも肝心な具体的質問に対しては、「刑事訴追の恐れがあるため」としてことごとく証言を拒否しました。毎日新聞によれば、その回数はなんと55回にも及んだと言います。

  元外務省の官僚であった佐藤氏は、この佐川氏の発言について官僚の劣化を見ています。対談の中では佐川氏の答弁を想定外のものだったと驚いています。佐川氏は「逃げて、逃げて逃げまくる。」ことを選択しましたが、結果として保身には失敗したのではないでしょうか。ただ、安倍政権としては論功行賞としてそれなりの処遇を与えていると思います。

  この対談では、お二人が対談の間にトピックス的なコラムを挟んでいて、それが箸休めのような効果を醸し出しています。

  「日本の劣化」の章では、佐藤優氏がこの佐川答弁の前に佐川氏が採るであろう態度は3通りあると予想しています。今回、その想定を超えた答弁を行ったわけですが、佐藤氏の予想は、@「サムライになる」A「千客万来」B「男前にしてもらう」、という予想を繰り広げています。完了を読み解くのに興味深いのですが、その意味するところはぜひ本書でお楽しみください。

  お二人の語りは、相変わらず鋭く我々の常識を覆していきます。

  最後の章では、我々日本人のイアデンティティが話題の中心となりますが、日本の立ち位置と日本人の劣化が話題の中心となります。SNSが普及し、瞬時の情報交換が常識のようになっていますが、そこでは物事を深く読み解くこと、論理的に思考を積み重ねるという時間が失われつつあります。

  それは、「核」への認識、政治家の力量、大学の在り方、さらには教育の在り方など、今日に必要な能力が失われていることを意味しており、お二人の警鐘はまさに待ったなしの状況であることを教えてくれるのです。

  お二人の対談がこれからも長く続いていくことを願ってやみません。


  いよいよ明日から「令和」の時代です。皆さん、気持ちを新たに「人生を楽しく、豊かに」生きていきましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2019年04月28日

対談 日本のもととなる何かとは?

こんばんは。

  日本はこの地球上ではかなり特異な国であることに間違いはありません。

  東アジアのはじで、大陸にへばりつくような国土を持ちながら、大陸とは全く別の文化を持ち、古代では中国や朝鮮半島の国から様々な文化が流入しながらも決して中国や朝鮮の文化をそのまま引き継ぐことはありませんでした。その独自性は、平安時代から鎌倉時代へと貴族から武士時代へと変遷してもなお変わらず、その棟梁が織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と変わっても独自であり続けます。

  世界的に見ても恒久的な平和を保った江戸時代には、幕府が鎖国政策を続けながらも16世紀から17世紀にかけて江戸や越後は都市の人口としても識字率や文化の高さからも世界の最先端に近い文明化を果たしていました。

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(浮世絵「日本橋雪晴」歌川広重作)

  近代となり、ヨーロッパが大航海時代を経て帝国主義的覇権時代を迎えてからは、日本にも外国勢からの外圧が押し寄せて、危機感を募らせた反幕府勢力は江戸幕府に反旗を翻し、江戸に進軍。ついに大政奉還が実現し、ご維新の次代へと変わります。欧米諸国に追いつけ追い越せ。日本を背負う気概に満ちた若者たちは、天皇陛下を冠にいただいて世界に向けた富国強兵政策にひた走ります。そして、明治から大正、昭和にかけて日本は富国強兵を成し遂げますが、その先にあったのは徹底的な破滅でした。

  先日ご紹介した対談「アメリカ」で、橋爪大三郎氏と大澤真幸氏は、「日本は、アメリカへの精神的な依存度において、世界でも突出していると同時にアメリカを理解していない程度においても、突出している。」と語っていました。それは間違いない事実ではありますが、戦後、日本はそのアメリカの傘のもとで驚異的な経済発展を実現し、豊かな国を作り上げたことも事実です。

  しかし、平成も終わろうとしている現在、どれだけの日本人がみずからのアイデンティティを語れるだけの言葉を持っているのでしょうか。

  日本のもととなるものとは何なのか。今週は、そんな問いを語り合う対談本を読んでいました。

「日本問答」(田中優子 松岡正剛著 岩波新書 2017年)

  分厚い本なのでちょっと躊躇しますが、読み始めるや否やお二人の軽快な思考と軽快なコミュニケートサーフィンで、アッと言う間に読み進んでしまいます。しかし、そこには落とし穴が。あまりになめらかな流れに身を任せてしまうと、その中に凝縮された読者への根本的な問いまでをも読み飛ばしてしまいます。

  「日本」とはなにか。あまりにも深い問いですが、対談のすべてのページにその答えが語られているのです。

【「日本」のおおもととは何か】

  松岡正剛さんは編集工学が専門で、このブログでも何度かご紹介していますが、その博識碩学は留まるところを知りません。さらに、編集というのはほぼオールマイティの概念で、100の知があるとすれば100×100×100×・・・・・と、「編集」は無限大に可能となります。一つの編集を無限にある方法論の中からどう選択するか。それが、松岡さんの編集工学の真骨頂なのだと思います。

  松岡さんは、千夜千冊というブログで読書歴を1冊ずつの紹介という形で披露していますが、その回数は「千」を軽く超えて1701夜まで続いています。いったいどう時間を使っているのかが謎ですが、このブログのすごさはその読み込みの密度と深度が桁はずれなところです。時々、自分の得意分野の本についてその回を読むことがあるのですが、正剛さんの思考がどこに飛でいくのか、想像もつかないジャンプのワンダーには舌を巻きます。

  田中優子さんは、TBSのサンデーモーニングにてコメンテーターとしてお顔をみていましたが、この対談を読んでその碩学と柔軟な思考に感動しました。江戸の研究では第一人者と認識していましたが、江戸時代どころか、日本の姿を語るときにどこまで深層まで意識して話をしているのか底知れない深さが感じられます。特に対談という意味で、松岡さんのすっとぶ語りをまともに受けてサラリと返す言葉は、みごとに的を射ており、松岡さんもさぞかし気持ちよく話が出来たろうと想像します。

  現在は、法政大学の学長を務められているそうで、今や法政大学は受験性の数が日本で第2位だそうです。その教育のメソッドは、松岡さんが立ち上げたイシス編集学校とあい通ずるものがあるのかもしれません。

  さて、この本ではそのお二人が縦横無尽に日本を語るわけですが、そこで語られるのは時空を超えた「日本のおおもと」です。まずはその目次を確認してみましょう。

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(対談「日本問答」 amazon.co.jp)

(目  次)

1 折りたたむ日本

2 「国の家」とは何か

3 面影の手法

4 日本の治め方

5 日本儒学と日本の身体

6 直す日本、継ぐ日本

7 物語とメディアの方法

8 日本の来し方・行く末

  この対談では、様々な言葉や概念、さらには人名が縦横無尽に飛び交います。しかし、読者である我々はお二人ほどの知識はなく、はじめて出会う言葉や概念、さらに人名がペ−ジを追うごとに増えていきます。概念は前後の文脈から想像し、言葉はその意味を類推し、人名はとりあえずすっ飛ばして読んでいくことになるのですが、それでもお二人の斬新な認識力に次々とワンダーが生み出されます。 

【日本と「デュアル」の関係は?】

  この本の最も重要なキーワードは、「デュアル」です。皆さんは「デュアル」と言われてピンとくるでしょうか。「デュアル」とは「2つの」、「2重の」という意味ですが、「ダブル」と違って少し概念的な言葉です。「ダブル」は、個数的な言葉で同じものがふたつある事を意味します。同じ「2」を語る言葉なのですが、その概念はまったく異なります。

  例えば、ダブルベッドとは人間が二人寝ることができるベッドですが、デュアルベッドというとベッドという機能が2重化されていることとなり、二人分の別々のベッドという意味になります。「ダブルスタンダード」というと一つのことを決める基準が2つ存在する、との1つと2つが矛盾するとのニュアンスとなりますが、「デュアルスタンダード」というと、二つの基準があたりまえに並列して存在していることになります。

  お二人の語る日本は、まさに「デュアルスタンダード」なのです。

  この本で語られる日本には、常に二つの概念が並列して存在しており、むしろそれこそが日本人のアイデンティティを形作っているというのです。実際にお二人の間で語られるのは、<天皇/将軍〉〈公家/武家〉〈内/外〉〈ワキ/シテ〉〈神/仏〉〈隠す/顕わす〉<善/悪>などなど。豊かな語彙から「デュアル」が限りなく続いていきます。

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(田中裕子著「江戸の想像力」 amazon.co.jp)

  明治以降に日本が目指してきた欧米先進国に追い付け追い越せ、という発想はターゲットを欧米文化においているために、「二重化」というよりも対立する二つの概念はどちらかが優れていることを想定して、二つの事が相克することが想定されています。しかし、日本がもともと文化として継承してきたのは、二つの概念が対立するのではなく、そのまま存在しており、あたりまえのようにその二重性を受け入れている状態だ、というのです。

  お二人は、日本の文化を「デュアル」で語ることはもちろん、日本を形作ってきた歴史を語ることによって歴史の中の「デュアル」をも語っていきます。例えば、平安時代。日本の文化は「公家」によって政治、経済、宗教、文学、かな文字として形作られ、継承されてきました。それは、天皇という支配者と「デュアル」な関係だったのですが、「公家」は「武家」にとってかわられます。

  「公家」は、摂政家として天皇と「デュアル」でしたが、「武家」は征夷大将軍として天皇と「デュアル」な関係を形成します。そして、鎌倉政府以降、日本の文化は「公家」に変わって「武家」が継承してきたと言います。

  田中さんは江戸研究の専門家ですが、「鎖国」について、「『徳川時代は鎖国で閉じていたというのはまちがいで、じつは内のなかに外を入れ込み、内を広げようとしていた時代』との認識を示しているのです。『グローバル化とは、江戸時代にあっては、世界をいったん呑み込んで自らの変化によって世界に対応することでした』」、と語っています。「鎖国」とは、内と外の対立なのではなく、内と外の「デュアルスタンダード」であったのだとの認識です。

  ところで、対談は、日本にとって「家」とは重要な概念とのくだりからで、話は「公家」と「武家」から「国家」へと及びます。そんななかで、松岡さんは「国家」って誰が創った言葉なんだろうね、と言い出して、福沢諭吉が翻訳したのかなぁ、などと話していましたが、ちょっと確かめてくる、といって席を外します。慌ててもどってきた松岡さん曰く、確認したら聖徳太子の創った十七条の憲法に「国家」が出てくるんだよ、とビックリして語ります。

  あまりにレベルの高い勘違いに、思わず笑ってしまいました。

【日本の仕訳け方とは?】

  さて、この対談では随所にお二人が日本の「デュアル」を分析していくための方法論が語られます。

  松岡さんは、これまでにも日本を分析(編集)する中で様々な方法を使ってきましたが、その中でも持論である「ウツ⇒ウツロイ⇒ウツツ」説は日本のおおもとに導く仮設ではないでしょうか。松岡さんは日本を「うつろいの国」と語ります。それは、日本を形作るのが日本の流動性であり、縄文にもつながる「うつろいの民」が作ってきた国なのだと考えているのです。このうつろうという感性が日本人の追憶力、追想力、連想力を生み出して日本を「おもかげの国」として成立させてきたと言います。この「うつろい」の力が夢と現実の間を行き来して日本人を形作ってきたとの仮説を提示しているのです。

  「うつ」とは、「空」や「虚」のこと。つまり、中ががらんどうの箱や洞窟、穴の中や筒の中のこと。何もないところから様々なものが生まれ出てきます。そして、「うつつ」とは現実、リアルのことを意味します。「夢うつつ」と言えば、夢と現実の間をさまよう状態のことを言うのですが、我々日本人はこれまで「空」と「リアル」の間をうつろうことでこの世界を認識してきた、との考えが松岡さんの仮説なのです。

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(松岡正剛 千夜千冊 senyasensatu facebook)

  一方、田中優子さんが何度も語る概念が「やつし」です。江戸時代の日本人には「見立て」や「やつし」が当たり前のように人々の中に存在していた、と言います。それは、合理性とはもはや関係のない世界であり、明治以降に目指した西欧化とはまったく相いれない日本独自の文化なのです。それが、日本の「おおもと」に深く関連するというのです。

  お二人の話は、まるでネットサーフィンのように次から次へと変遷し、広がっていきます。その底には、驚くほどの知識と碩学が横たわっており、我々は圧倒されます。「日本問答」、それは我々のルーツと感性を問うていく、我々の本質につながる知的議論なのです。皆さんもこの対談でぜひその問答に参加してください。豊かな時間を共有できること間違いなしです。

  ゴールデンウィーク真っただ中。皆さんも豊かな時間をお過ごしください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


📖今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 21:33| 東京 ☁| Comment(0) | 評論(対談) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月18日

黒木亮 金融市場サスペンスはいかが?

こんばんは。

  日産の前会長カルロス・ゴーン氏の逮捕は、日本とフランスのみならず全世界を驚かせました。

  今やゴーン容疑者と呼ばれている彼ですが、ルノーの副社長であったゴーン氏が瀕死となった日産のCOO(最高執行責任者)に就任したのは20世紀も押し迫った1999年の6月の事でした。当時の日産は、大企業病に侵されており、約2兆円の有利子負債を抱えて苦しい経営を強いられていたのです。提携先のルノーから乗り込んできたゴーン氏は、ゆるんでいた社内風土にコストカットを断行。21世紀に入るや「日産リバイバルプラン」を実行し、工場の閉鎖、人員整理(リストラ)、子会社の統合、不要部門の整理など次々とコストを削減していきました。

  その実行力からついたあだ名は、「コストカッター」。古くからの日産の社員は戦々恐々としていました。しかし、その計画により2兆円の有利子負債は、2003年には全額返済され、12%まで落ち込んだ日産の国内シェアを一気に20%まで回復させたのです。もちろん、日産の業績はV字回復を見せて、ゴーン氏はその手腕を買われて2005年にはルノーのCEOにも就任し、世界の自動車業界にその名が知られることとなったのです。

  また、三菱自動車が燃費データの改ざん問題で市場からの信用をなくして不振にあえぐ中、2016年には三菱自動車の株34%を取得するというウルトラCを実行し、三菱自動車を自らの傘下に収めたのです。その結果、日産、ルノー、三菱の合計で、その生産台数は世界四位にのし上がりました。

  そして、2018年の4月、日産の社長兼CEOの座を西川廣人氏に譲り、自らは代表取締役会長に就任しました。ところが、そこから半年ほど経過した2018年の11月、カルロス・ゴーン氏は突然、東京地検特捜部に逮捕されたのです。ゴーン氏の拘留は108日にも及び、日本の法令の合理性を疑問視する各国の批判にさらされることにもなりました。

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(保釈後都内を歩くゴーン夫妻 biz-journal.jp)

  現在の論点は、「オマーンルート」に集中し、そこを経由した資金が日産社の資金であり特別背任にあたるのかどうか、予断を許さない状況となっています。4度目の逮捕では、クルーザー購入の資金が日産社から引き出されたものであり、ゴーン氏の奥さんが社長となっている会社を経由していると言われています。ゴーン氏は、事件は日産のある人物の陰謀であり自らの無実を訴えていますが、情報を暴露した人物は確信犯であることは間違いないようです。

  この事件の行方は興味津々ですが、3回目の逮捕のときに、為替とスワップについて作家の黒木亮さんがその仕組みを解説している記事を読みました。さすが、金融市場を描いて右に出る者のいない黒木さん。その解説は分かりやすいものでした。

  話は変わりますが、黒木さんと言えば、最近は鉄に関する小説や裁判官に関する小説を発表しており、金融市場小説以外の分野でも活躍されていますが、やはりその白眉はデビュー作である「トップ・レフト」から続く、金融市場シリーズです。最近、古い文庫本は絶版となることが多く、本屋さんで眺めていても数年前に上梓された文庫本はなかなか在庫されていることがありません。

【古本市で見つけた本】

  古本の話は、「ビブリア古書堂の事件手帖」をご紹介したときに触れました。最近は、ブックオフのためか、街の古本屋さんはどんどん少なくなっているように思えます。しかし、古本のニーズはなくなることはありません。浦和では、埼玉会館から桜草通りに抜ける歩道上で、頻繁に古本市が開催されます。毎月下旬の木曜日から日曜日までの4日間。青空市の形で開催される古本市ですが、昭和57年からなんと35年以上続いているそうです。

  古本市は、本好きには時間を忘れて楽しめるイベントです。

  古本市には大きなワゴンがいくつも並びます。お店ごとに得意な分野があるようで、並べられた本は多彩でどのワゴンでも楽しむことができます。単行本と文庫本、新書本はそれぞれの棚で見ることができますが、1100円のワゴンには各店が拠出した単行本と文庫本が押しくらまんじゅうのように詰め込まれています。

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(浦和宿 さくら通り古本市 urawa-asahi.co.jp)

  それとは別に古い専門書や雑誌が各店のワゴンに積まれていて、古本市のワゴンめぐりには興味が尽きません。雑誌でいえば、歴史街道やムー、宝島と言ったマニアックな特集が組まれたバックナンバー。さらには、スクリーン社やシンコーミュージック社から出版された俳優シリーズ、ミュージシャンシリーズなどの写真集など、時々掘り出し物が見つかります。先日は、昔開催された印象派美術展やボストン美術館展などの出品絵画を詳しく解説したカラーカタログが、な、な、なんと100円で売っていました。(その場で購入したのは言うまでもありません。)

  昔封切りされた映画のパンフレットやライブのパンフレット、はたまたチラシ類など、マニアには垂涎の的に違いありません。また、専門書もそろっていて古典文学や世界文学の全集なども売られています。仏教関係の本や世界遺産に関する本、鉄道や航空の専門誌なども並べられており、とにかく時間があれば存分に楽しむことができるのです。

  ちょっと困るのは、青空市のため天気が不安定な時期には、すぐに店じまいになってしまうところです。3月も月末に古本市が開催されたのですが、風が強く、天気も不安定でした。ワゴンに詰め込まれた一冊100円の本をみていると、突風が吹き、空が一転にわかに掻き曇り、雨がポツポツと落ち始めます。高額な本が並べられているワゴンでは、雨漏りにはおなじみの大きなブルーシートが広げられ、見る間にワゴンにシートがかけられていきます。

  100円文庫棚を見ていた私は、急がなければと想いふと目を落しました。すると、そこに黒木亮の名前があるではないですか。題名を見ると「ザ・コストカッター」と記されています。「エー、黒木亮さんにそんな題名の本があったかな、」と一瞬、躊躇したのですが、話題のカルロス・ゴーン氏の姿が目に浮かび、店じまいされては元も子もないので思わず手にとって、会計専門のテントに向かいました。連れ合いも手に「タニタ食堂」のお惣菜本を持っていて、一緒にそそくさと会計を済ませました。

  直後に風雲急を告げ、すべてのワゴンはブルーシートに覆われて、古本市は一時店じまいとなりました。その手際の良さには驚きです。

【コストカッターとは誰だ】

  ということで、今週は、黒木亮さんの「ザ・コストカッター」を読んでいました。

「ザ・コストカッター」(黒木亮著 角川文庫 2012年)

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(「ザ・コストカッター」 amazon.co.jp)

  この本が見慣れないと思ったのは、もともとの題名が「リストラ屋」だったからかもしれません。その単行本が上梓されたのは2009年でした。当時から、カルロス・ゴーン氏は「コストキラー」と呼ばれていましたが、まだコストカッターとの言葉はなじみがなかったのだと思います。文庫本を発売するにあたって、ゴーン氏の手法をさす「コストカッター」に改題したのでしょう。

  実は、ワゴンの棚でこの本の題名を見たときにまっさきにゴーン氏をイメージし、著者が黒木亮氏であったので驚いたと言うのが正直なところです。ちなみにこの小説は、カルロス・ゴーン氏とは何の関係もありません。

  この本の主人公は、カラ売り専門の投資ファンドである「パンゲア&カンパニー」のファンドマネージャーである北川靖です。黒木亮さんのファンは、この名前を聞いてニヤリとするに違いありません。なぜなら、「パンゲア&カンパニー」は黒木氏の短編集「カラ売り屋」の主人公であり、大作「エネルギー」でも登場する黒木氏お気に入りの会社だからです。

  カラ売り屋とはどんな投資ファンドなのでしょうか。

  株のカラ売りとは、株式の所有者から株を借り、その株式の売買によって資金を運用する手法のことを言います。具体的には、A社の株を所有者から1000株借りるとします。その株が1万円だとすれば、現評価額は1千万円です。A社が画期的な新商品を開発し、その株価が15千円にハネあがったとします。あなたは、株を売って1500万円を手にします。

  しかし、株は借りたものであり返す必要があります。返そうとした時に株価があがって2万円になったとすると、その時点で株を返すと、資金は500万円のマイナスとなります。しかし、その後に新商品に重大な欠陥がみつかり、すべてがリコール対象になったとして株価も一気に5000円に下がったらどうなるでしょう。

  あなたは、市場から500万円で株を買い戻します。そして、その株を貸借人に返却すれば、実際に株売却によって手にした資金が1500万円だとすると、買い戻しに要した500万円を引けば、手元資金は1000万円が残ることになります。これが、投資ファンドの利益となるのです。もちろん、株の貸借には手数料が必要ですし、経営に必要な費用や株売買の手数料などの経費もあるわけですが、カラ売りにより成功を重ねていけばそのファンドは成長していくことになります。

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(株価が示される東京証券取引所 free-material.cpm)

  「パンゲア&カンパニー」は、ニューヨークを拠点とするカラ売り専門の投資ファンドです。普通の投資ファンドは、株価が低い時に買って株価が高値になった時に売ることで利益を上げるわけですが、「パンゲア」の場合には、逆に株価が下がったときに株を買い、その株を返済することで売却益からの差額が利益となります。つまり、株価が下がることが利益に繋がるという、ヘソ曲がりなファンドと言えます。

  この「パンゲア」が目を付けた会社は、日本で老舗のスポーツ品メーカーである「極東スポーツ」でした。「極東スポーツ」は、世界でスポーツシューズやスポーツ用品などを販売するグローバル企業ですが、日本国内での売り上げ不振により会社業績が低迷し、アメリカの金融ファンド、ボストン・インベストメント社に買収されてしまったのです。ボストン・インベストメント社日本法人の責任者である三ツ谷は、次期社長に会社再生の実績を持つ蛭田明を指名することにします。

  この蛭田明こそが、この小説の第二の主人公である「コストカッター」なのです。

  蛭田はこれまで、コスト削減(コストカット)の手法を駆使して低迷する企業にスリム化と危機感を植え付けて企業価値を上げて株価を高めることによって会社を再生してきました。ボストン・インベストメントの三ツ矢はその実績を買って、社長に指名したのです。ところが、「極東スポーツ」では業績の低迷を受けて、前経営陣がすでに強烈なコストカットを実施した実績がありました。

  「パンゲア」の北川は、「極東スポーツ」に必要な再生手法は、コストカットではなくブランド・ビルドの手法であると見抜きます。そして、その違和感から蛭田のこれまで手掛けた会社のリストラ後の実情を調べました。それらの資料は、蛭田が社長として再生を行った会社は株価や業績を大きく伸ばしはしたものの、蛭田が会社を売却した後には例外なく業績が下がり、株価が落ち込んでいることを示していたのです。

  一方、社長に就任した蛭田は、「極東スポーツ」に乗り込むや、再生計画を発表します。その内容は、工場の閉鎖、人員削減という徹底したコストカットと工場統合による生産拠点の中国シフト、低所得層向けの新商品の発売、というこれまでの経営を徹底的に否定する内容でした。蛭田のもくろみ通り、これまでの蛭田の企業再生の実績から、社長就任前から「極東スポーツ」の株価は徐々に上昇し、計画発表と同時に数倍の値に跳ね上がります。

  そして、株価の上昇=企業価値の極大化と信じる日米のアナリストや投資家たちは蛭田の手法を絶賛し、株価はさらに上がっていきます。しかし、「パンゲア」の北川は、その裏にある会計上の操作を決算発表された財務諸表から読み解きます。果たして、北川は蛭田のマジックのような経営の裏側を見抜き、カラ売りを成功に導くことができるのか。


  今回の「ザ・コストカッター」は、黒木氏得意のじっくりと人間を描く大河金融小説とは味わいが異なります。それは、北川対蛭田の株価対決を焦点として、どちらが勝つのかとの緊張感が小説のサスペンス度を引き上げているからです。そのスピィーディーな展開が読者を小説世界に引き入れていくのです。一方で、黒木氏はそれぞれの人生を描くことを忘れてはいません。ハーレムでボランティアとして、黒人の子供たちに算数を教える北川。幼いころに母親に捨てられ施設で育った蛭田とその蛭田を人知れず想う母親。そうしたディテェィルが小説に奥行きを与えています。

  「企業価値」とは何なのか。皆さんもこの小説で、その答えを探してみてはいかがでしょうか。経済は人が動かす、との真実を改めて考えさせられること間違いなしです。

  4月も中旬となり、やっと冬物とおさらば出来そうですが、まだまだ朝晩は冷え込む日もあるようです。皆さんご自愛ください。それでは皆さんお元気で、またお会いします。


📖今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 20:13| 東京 ☀| Comment(0) | 小説(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする