2017年03月25日

40億人が信じる一神教とは?


こんにちは。


  先日(318日)、フランスのオルリー空港で、女性兵士の銃を奪おうとした男がフランスの兵士に射殺されるという事件が起きました。パリでは2015年の同時多発テロ以来、非常事態宣言を延長しており、この日も空港では治安部隊が警戒を続けていました。この事件を受けて、空港や接続するターミナルは閉鎖され、利用者は避難し、ケガ人はありませんでした。


  この男は、以前からフランス警察に過激な思想を持つとしてマークされていたそうです。今のところ、組織的な背景はなさそうですが、女性兵士ともみ合った時に「アラーのために死ぬ。」と叫んでいたとの発表がありました。アラーは、イスラム教が頂く唯一神であり、この男はイスラムの過激思想に染まっていたことは間違いないようです。


  イスラム=テロとのラベルは、決して正しいと思えませんが、9.11.のテロのときにブッシュ大統領がテロはイスラム過激派によって引き起こされたことから報復を宣言し、アメリカ国内ではイスラム教徒は敵だとの世論が幅を利かせていたのは、記憶に新しいところです。


  つい一昨日もロンドン国会議事堂の近くで男が車で人をはね、さらにナイフを持って警察官に切りかかり、その場で射殺されるという事件が起こりました。こちらもイスラム過激派のテロとされており、ヨーロッパ全体がテロの脅威に震撼しています。


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(ロンドン テロの現場 asahi.comより)


  トランプ米大統領が2度にわたって発した大統領令では、アメリカを脅かす過激派の入国が差し止められています。アルカイダやISによるテロが過激なイスラム教の思想に染まっていることは明らかな事実ではありますが、イスラム教徒すべてが否定されるには、明らかに誤っています。しかし、我々日本人にとって、イスラム過激派の行動は理解の範疇を超えており、何を基準にしてイスラム過激派に対峙すべきなのか、まったくわかりません。


  今週は、そんな一神教を語る対談本を読んでいました。


「あぶない一神教」(佐藤優 橋爪大三郎著 小学館新書 2015年)


【橋爪大三郎氏 宗教を語る】

  2011年に上梓された「ふしぎなキリスト教」は、社会学者の橋爪大三郎氏がナショナリズムの研究者である大沢真幸氏と対談によってキリスト教を解き明かしていく、とてもワンダーな対談本でした。橋爪氏は、自らもキリスト教徒であり、ユダヤ教から説き起こされる歴史を踏まえた解説は、本当に面白く,

ワンダーなものでした。


  氏は、その後も「ゆかいな仏教」「世界は宗教で動いている」で、我々に宗教の意味するところとその重要性を語ってくれました。その橋爪氏が、今回は、今を時めく元外務省分析官である佐藤優氏と一神教と日本を巡って、様々な知見を語り合う本を上梓しました。佐藤優氏は、様々な分野に深い知見を持っていますが、大学時代には同志社大学の神学部でキリスト教を専攻し、研究していたそうなのです。


  もちろんご本人もクリスチャンですが、対談の中では、「過去の伝統や遺産だけにしがみつく宗教に、私は魅力も将来性も感じません。」と語っており、教条主義の宗教研究者とは一味違うようです。


  今回の本は、どっしりと一神教の基本的な仕組みを語る橋爪氏とあらゆる知を俯瞰しようとする佐藤優氏が丁々発止と語り合うとの内容であり、随所にワンダーを感じることが出来ます。


  その目次は、次のとおり。


まえがき(佐藤優)

序章 孤立する日本人

第一章 一神教の誕生

第二章 迷えるイスラム教

第三章 キリスト教の限界

第四章 一神教と資本主義

第五章 「未知なるもの」と対話するために

あとがき(橋爪大三郎)


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(「あぶない一神教」amazon.co.jpより)


【目からうろこの対談】


  この本で語られる一神教とは、ユダヤ教とキリスト教そしてイスラム教です。ユダヤ教の神はヤハウェ、キリスト教の神もユダヤ教と同じ、イスラム教の神は皆さんもよくご存じのアラーです。


  我々日本人が一神教を理解できないとの事象を佐藤優氏は、ISに自ら渡航し、人質となって殺害されたジャーナリストの後藤健二氏の動機を例に語ります。後藤氏は、軍事会社の経営に当たる湯川遥奈氏が仕事で渡航し拘束されたことをうけ、彼を救うために単身ISへと侵入しました。我々は、その動機を様々に憶測し、なぜ後藤氏が身の危険を顧みずに死地に入ったのかの理由を忖度します。しかし、どう考えてもその真の理由を納得することが出来ません。


  佐藤氏は、キリスト者として彼が渡航した動機を語ります。それは、彼が「湯川氏を救いに行きなさい。」という神の声を聴いた、というのです。一神教の神は、全知全能の神です。神は、人を作り、この世界の万物を創造した創造主です。その創造主から語られた指示は、キリスト者にとっては守らなければならない指示だった、それが後藤氏をしてISに行かせたのです。


  そのことは、キリスト者には十分に理解できているので、ヨーロッパ社会は後藤氏の行動に理解と敬意を表したのだ、と言います。一方、ISもイスラム教徒いう一神教であるからにはそのことを十分に理解しており、理解しているからこそキリスト者としての後藤氏を殺害したのです。キリスト教対イスラム教の戦いが、イスラム過激派の正義であることがそのことの根底にあるわけです。


  この本で、お二人は対立するキリスト教とイスラム教を分析し、一神教はあぶないと語りますが、同時にこうした一神教の論理や価値観を理解することが出来ず、表面的な論理だけで外交を行う日本は、もっとあぶないと警鐘を鳴らします。


  さて、この本の前半はどちらも一神教であるキリスト教とイスラム教の違いを語ることで進んでいきます。


【キリスト教とイスラム教】


  キリスト教はもともとユダヤ教から派生した宗教です。どちらも経典は聖書。ユダヤ教は旧約聖書が経典となっており、キリスト教は旧約聖書と新約聖書を合わせた聖書が経典となります。どちらもヤハウェを唯一の神としており、この世のものは我々人間も含めてすべてが、全能の神によって創造されたものです。


  預言者とは、神と人の間に立って神の言葉を人に伝える役目を担います。キリスト教を複雑にしているのは、キリストの存在です。彼は、預言者で人であると同時に磔の刑で亡くなった後に神として復活します。そこで、キリストは神の子=メシア(救世主)となるわけです。キリストは、人間なのか神なのか。この対談を読むとキリスト教を研究する神学においてそこが大きな問題であることが良くわかります。


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(マンテーニャ画「キリストの磔刑」wikipediaより)


  イスラム教では唯一神であるアッラーの神は直接人間に語りかけてくれません。その聖典であるクルアーン(コーラン)は、預言者であるムハンマドが神から授けられた言葉を綴ったもので、アラビア語で記されています。イスラム教はある意味では非常に明快な宗教です。それは、神の教えはすべてクルアーンに書かれており、このクルアーンのとおりに行動し祈ることが、イスラム教の信仰とイコールになるからです。


  さらに、この対談の中で印象的なのは、神様が我々人間をどうやって裁くかがキリスト教とその他二つの宗教とは違うとのくだりです。キリスト教で我々人間は、その存在自体がすでに罪を背負っていると考えます。それが、いわいる「原罪」というものです。


  イスラム教では、原罪との考え方はなく、死ぬ時に神の前で生前の行為の是非が秤のように計られて、天国に行くか地獄に行くから決められるわけですが、キリスト教ではこの原罪があるために教会の執り成しによって、生前の原罪への身の処し方が問題になるのだといいます。


  カソリックでは、教会で免罪符が売られ、金さえ出せば原罪があってもキリスト≒神に善行を認められて天国に行ける、として教会や僧侶が金儲けにまい進しました。そこで、聖書の教えに帰ろうとの精神から宗教改革がなされ、プロテスタントが生まれました。アメリカは、プロテスタントのピューリタンが作った国なのです。


  イスラム教にとって、死はけっして恐ろしいものではなく、クルアーンに記されている行為を実践さえしていれば必ず天国に行けます。クルアーンには「ジハード」という言葉があり、「神の道に奮戦、努力すること」をイスラムの成すべき行為としています。そもそもは、生き方を示した言葉ですが、イスラム共同体が脅かされたときには、それを守ることも「ジハード」として語られます。


  キリスト教の文化圏が拡大し、イスラム共同体への脅威となった時にイスラム教徒は、クルアーンの記述に従い「ジハード(聖戦)」によって共同体を守らなければならないのです。キリスト教文化によるイスラム教文化への脅威が「ジハード」という言葉に象徴されているのです。そのことで、命を落としたとしてもクルアーンの教えを実践したわけですから、皆天国に行けることとなるわけです。


【一神教の論理を語る】


  対談の中で提示される佐藤氏の語りは納得できます。それは、イスラム教=テロとの発想は間違っている、との言葉です。ISやアルカイダなどのテロ集団は、イスラム教の中でもほんの一部の宗派にすぎないということです。佐藤氏は、過激派のほとんどは、スンナ派の中の八ンバリー派、その中でもワッハーブ派のイスラムだと語っています。


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(天使ジブリールから啓示を受けるムハンマド  wikipediaより)


  同時にイスラム教でなくとも過去からそれぞれの宗教内に殺人やテロ、戦争を厭わない宗派がおり、それはキリスト教でも、仏教でも、神道でも変わらない、と言います。確かに、宗教とはもともと苦しい人生を歩んでいく中で、一筋に光を見出して生き抜くために頼る知恵のようなものだったはずなのです。にもかかわらず、人類の歴史は宗教戦争の歴史でもあるわけで、これは宗教の問題というよりも、むしろ人間の本質にかかわる問題なのかも知れません。


  この対談の後半戦は、キリスト教の歴史を語りながら近代から現代にかけての問題をイスラム教とも比較しつつ論議していく内容となっています。


  橋爪氏は、アメリカにいた時にユニテリアン教会に通っていたといいます。ユニテリアン教会はキリスト教の教会ではありますが、キリスト教を実証的に検証する会派で、イエス・キリストは神ではなく人間であったことを是としています。この教会は、極めて自由度が高く、キリスト者でなくとも所属することが出来、信者には様々な人が受け入れられているそうです。


  聖書がすべてというファンダメンタリストには許しがたいことだと思いますが、現在でいうところのLGBTやジェンダーをすべて受け入れています。キリスト教の教義では、男色は罪として禁じられていますが、この教会ではゲイもレスビアンも問題なく受け入れているそうです。


  橋爪氏は、今後こうしたキリスト教のあり方が肯定されるかどうか、神学に宥和的な研究を期待したいといっています。


  対談はその後近代社会の中で一神教が果たしてきた役割に関する論議に至り、宗教改革でのルターの過激な思想やマックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」、トマス・ホッブスの「リバイヤサン」、そして、近代神学の大家であるカール・バルトの神学論と現代が抱える資本主義と宗教の問題など縦横無尽に語られていきます。



  この本は、現代の世界の出来事を読み解くには宗教の知識を持たなければいけないと、我々に警鐘を鳴らしてくれます。そして、そこに必要なのは単なる知識ではなく、知識と知識をつなげる総合知なのです。皆さんもこの本でぜひ知の対談を味わってください。ワンダーを知ること間違いなしです。


  さて、その日本の代表ですが、ワールドベースボールクラシックでは、日本が準決勝で強敵アメリカに惜敗したものの、全メンバーの全霊を尽くしたプレーに心から感動しました。すばらしかった。また、サッカーではWCアジア予選で、初戦で敗退したUAEに見事な勝利を収めました。アウェーでの勝利は、ハリルホジッチ監督の戦略と選手起用が光りました。これからの戦いが楽しみです。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2017年03月15日

中野京子 ルーヴル美術館を巡る


こんばんは。


  ルーヴル美術館と言えば、映画「ダビンチ・コード」のラストシーンを思い出します。


  イエス・キリストとマグダラのマリアの謎にせまったラングドン教授が、ナポレオン広場に屹立するガラス製のピラミッドに最後の象徴を見出すところで映画は終了します。このピラミッドが建築されたのは1988年のこと。夜にはライトアップされ、その美しい姿を浮かび上がらせるピラミッド。さらに、地下のショッピングモールには、木製の逆ピラミッドが据えられています。


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(夜のルーヴル美術館 wikipediaより)


  2つのピラミッドは、正ピラミッドが「男性のシンボルである剣」を表し、逆ピラミッドが「女性のシンボルである聖杯」を表しているといいます。そして、2つのピラミッドが重なると古代イスラエルの王ダビデとソロモンの象徴と言われる六芒星となるのです。


  ラングドン教授は、専門である象徴宗教学の知識を駆使して歴史の謎を解き明かすのです。


  今週は、ルーヴル美術館に所蔵される代表的な絵画を紹介する本を読んでいました。


「はじめてのルーヴル」(中野京子著 集英社文庫 2016年)


【中野さんとルーヴルの思い出】


  中野京子さんは、ドイツ文学者と紹介されていますが、数えきれないほどの絵画に関する本を上梓しています。そのきっかけは、2007年に上梓した「怖い絵」という本です。この本は評判となりシリーズ化され、「怖い絵2」や「怖い絵3」など、毎年出版されていました。


  さらには、ブルボン王朝、ハプスブルグ家、マリー・アントワネット、ロマノフ王朝など、歴史を背景とした名画シリーズも上梓されています。その絵画の歴史に関する造形は深く、わかり易い文章と相まって、数々の名作を「謎」をキーワードに解説してくれています。


  とたくさんの著作を読んだように書いていますが、実は中野京子さんの本は、大好きな印象派に関する本以外には一冊も読んでいません。言い訳になりますが、モットーとして名画とは実物を自分で鑑賞すべきもので、人の話を真に受けると絵画の印象が大きく変わってしまう、と考えています。そんな考えがあって、本屋さんで「怖い絵」とか「名画の謎」との書名を見ると、つい引いてしまうのです。(中野さん、ごめんなさい。あくまでも個人の感想です。)


  しかし、絵画の展覧会に行くのは大好きで、このブログでも印象派やフランドル絵画(フェルメール)を中心に、これまでも絵画の素晴らしさを紹介してきました。確かに美術展に行くと、ヨーロッパ絵画の歴史や由来を知っていると、絵画の背景を知ることが出来、より深く絵画の感動を味わえることも確かです。


  かつて、ルーヴル美術館を訪問した時には、ハンムラビ法典やミロのヴィーナス、サモトラケのニケなどの歴史的価値に興味を抱いていたため、そちらの感動が先に立ち、絵画にまでは手が回っていませんでした。それでも、ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」の前では、その微笑と淡い色遣いに心から感動し、絵の前で長い間たたずんでいました。


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(人類の至宝「モナ・リザ」wikipediaより)


  そのおかげで、ツアーの仲間たちは私を置き去りにして行ってしまい。気が付いた時には迷子になっていたという、笑えない笑い話を体験しました。途方に暮れて美術館の監視員の方に「Where is exit?」と聞いたのですが、冷たく「I can’t speak English」と返されました。そのときには、慌てていて「そうですか。」という感じでしたが、後でその返事が英語であったと思い至り、えらく腹が立ったのを覚えています。フランス人は依怙地なんだ。


  30年以上も前の話なので、今では英語も通じるのでしょうね。


  本屋さんでこの本を見つけた時に、そんな思い出がよみがえってきて思わず手に取ってしまいました。そして、パラパラとページをめくるうち、一昨年国立新美術館で「ルーヴル美術館展」が開催され、フェルメールの「天文学者」が来日した時に、前売り券を手に入れていたにもかかわらず、あまりの忙しさに行けなかったくやしさが蘇り、思わず手に取った本を購入してしまったのです。


  ルーヴル美術館が誇る有名絵画の中でも、中野さんが是非とも見るべきと推薦する絵画の数々がこの本の中で紹介されていきます。ちょっと残念なのは、中野さんが自著を読んだファンを意識して、すでに別の本で紹介した絵画を除いている点です。しかし、ルネッサンス期、バロック期の絵画については有名画がひしめいており、ヨーロッパ絵画の変遷を知る上でも非常に楽しく読める本でした。


【ルーベンスはねつ造者?】


  中野さんの絵画本は、歴史や画家のエピソードを踏まえており、読み物としても楽しめます。この本では、ルーヴル美術館で展示されている並み居る絵画の中から、17のテーマに沿って名作の数々が語られていきます。


1. なんといってもナポレオン―ダヴィッド『ナポレオンの戴冠式』

2. ロココの哀愁―ヴァトー『シテール島の巡礼』

3. フランスをつくった三人の王―クルーエ『フランソワ一世肖像』

4. 運命に翻弄されて―レンブラント『バテシバ』

5. アルカディアにいるのは誰?―プッサン『アルカディアの牧人たち』

6. 捏造の生涯―ルーベンス『マリー・ド・メディシスの生涯“肖像画の贈呈”』

7. この世は揺れる船のごと―ボス『愚者の船』

8. ルーヴルの少女たち―グルーズ『壊れた甕』

9. ルーヴルの少年たち―ムリーリョ『蚤をとる少年』

10. まるでその場にいたかのよう―ティツィアーノ『キリストの埋葬』

11. ホラー映画―作者不詳『パリ高等法院のキリスト磔刑』

12. 有名人といっしょ―アンゲラン・カルトン『アヴィニョンのピエタ』

13. 不謹慎きわまりない!―カラヴァッジョ『聖母の死』

14. その後の運命―ヴァン・ダイク『狩り場のチャールズ一世』

15. 不滅のラファエロ―ラファエロ『美しき女庭師』

16. 天使とキューピッド―アントワーヌ・カロンまたはアンリ・ルランベール『アモルの葬列』

17. モナ・リザ―レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』


    絵画好きの方は、この目次を見ただけで胸が高鳴ることと思いますが、中野さんの名調子はテーマごとに我々を魅了してくれます。例えば、第六章で取り上げられるルーベンス。宮廷画家として彼ほど有名な画家もいませんが、中野さんは彼が宮廷画家としていかに有能であったかを語っています。


    17世紀初頭のバロック期にルーベンスほどヨーロッパにその名を轟かせた芸術家はまれでした。彼は幼少期から青年期をベルギーのアントウェルペンで過ごし絵画を学びますが、早くからその絵画に大きな才能を発揮して二十歳そこそこで一人前の絵師としてギルドの一員となっています。その後、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなどの芸術を学ぶためにイタリアを訪れ、すぐに地元の有力者が彼のパトロンとなります。


    ルーベンスは、絵画のみにとどまらず書籍や骨とう品にも造詣が深く、なんと7か国語を話すことが出来たそうです。その才能を見込まれ、彼は外交官として各国へと派遣されました。イタリアからアントウェルペンに移り住むとそこで大規模な工房を主宰し、彼の絵を求めて各国の王室や教会から様々な注文が工房へと舞い込みます。


    さて、このルーヴル本で紹介されるのは、ルーベンスの24点の連作である「マリー・ド・メディシスの生涯“肖像画の贈呈”」です。この章で語られる中野節は、これぞ中野京子ともいえる名調子です。ルーベンスは、ネーデルランド地方を中心に今でもヨーロッパでは最も人気のある画家の一人です。中野さんは、ルーベンスの絵画人生を「ねつ造の生涯」と名付けます。


ルーベンスマリー01.jpg

(ルーベンス「肖像画の贈呈」 wikipediaより)


    それは、彼の才能をたたえた独特の言い回しです。イタリアやスペインでルネッサンス期のあまたの芸術を模写したルーベンスは、それをみごとに自らのものとし、総合的なルーベンス絵画へと昇華させたというのです。さらには、その上昇志向は留まるところを知りません。


    マリー・ド・メディシスは、当時権勢を誇ったフランスの国王、アンリ4世の王妃でした。王の死後、彼女は自分の生涯と亡き夫アンリ4世の生涯をそれぞれ24点の絵画にして描くことを依頼します。中野さんは、なんのドラマのないメディシスの生涯を宮殿に飾る絵画にするなど、普通の芸術家であれば面白くもない仕事だと言い切ります。


    しかし、ルーベンスは、その面白くもない人生を素晴らしい絵画に仕上げて宮殿で披露すれば、ルーベンスの名前はますます世に広がると考えたといいます。そして、その連作がルーヴルに収蔵されることになったのです。連作の一枚「肖像画の贈呈」。その美しさとその後の顛末は、ぜひこの本でお楽しみください。


【ルーヴルで名画を見よう】


  ルーヴルはあまりにも広大で、絵画だけでも7,500点が収蔵されているといいます。何の準備もなく訪れれば、すべてを鑑賞するのに何週間もかかるに違いありません。この本はルネッサンス期とバロック期に限られてはいるもののルーヴルで見ておくべき名画がキチンと紹介されています。しかもそこに中野さんならではのうんちくが加わります。


    さらには、紹介される名画には、その絵がルーヴルのどこに展示されているかの情報が図面入りで掲載されています。絵画紹介としてこの本を読むのも楽しみですが、この本を手にルーヴル美術館を訪れればその楽しみが倍増すること間違いなしです。


    中野さんの他の著書で詳しく紹介されている名画はこの本には掲載されていませんが、そこは中野さんの丁寧なところ。この本の「あとがき」には、他の著作で紹介されたルーヴルの名画のリストが著作名と共に掲載されています。ジェリコーの名作、「メデュース号の筏」などなど。


    名作と言われる絵画は、美術の本やインターネットでいくらでも鑑賞することが出来ます。しかし、写真では実物の感動はけっして味わうことが出来ません。私が最もそのことを感じたのは、2年前に行ったオルセー美術館展でのことです。そこには、マネの「笛を吹く少年」が展示されていました。この絵は、何度も写真で見ており、あまり強い印象がありませんでした。ところが、実物を前にして、その絵から発せられるオーラに絵の前を動くことが出来なかったのです。


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(マネ「笛を吹く少年」 wikipediaより)


    背景のみごとに濃淡を表した一面のグレー。その何の変哲もなく見える背景さえもがマネの描こうとした光と影が油絵具の質感を持って胸に迫ってくるのです。その背景のオーラの中に、制服を身に着けて横笛を吹く少年が生き生きと浮かび上がってきます。その生真面目そうな表情。そこからはまるで屹然とした笛の音が聞こえてくるようでした。


    中野さんはこの本のレンブラントの章で、写真でよく知っている有名絵画の実物を目の前にした人は3つのうちのどれかの反応を示すと語っています。


    第一は印刷された画像との違いはさほど感じず、好きな作品は好きな作品のまま確認して安心感を得て終わる。第二は、現物への幻滅。写真からイメージしている方が素晴らしく、実物がまがい物に見えてくる。そして、第三に印刷ではとうてい知り得なかったオーラに圧倒され、本物の凄味に驚愕せざるを得ない。とのパターンです。さて、皆さんはいかがでしょうか。



    皆さんもこの本を読んで、ルーヴル美術館へ思いを馳せてみてはいかがでしょうか。美術館に足を運びたくなること間違いなしです。


    季節はいよいよ春めいて、今年も桜の開花が楽しみな時期になりました。花粉には十分気を付けて元気でお過ごしください。WBC(野球の話です。)も連日白熱した試合が繰り広げられています。石川も菅野も山田も秋山も中田も筒香も大活躍ですね。世界一が楽しみです。


それでは皆さんお元気で、またお会いします。



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2017年03月07日

都築政昭 黒澤映画とは何か


こんばんは。


  黒澤明監督は、海外でいち早く評価された監督の一人です。


  1950年(昭和25年)に公開された「羅生門」は、平安時代を舞台に人間のエゴイズムを描いた作品ですが、残念ながら日本での興行成績はその難解さからふるいませんでした。当時、黒沢が所属する東宝では労働争議が起きており、映画が撮れる状況ではなく、黒澤は大映でこの映画を撮りました。


  ちょうどその年、ヴェネチア映画祭とカンヌ映画祭から日本映画の出品を依頼され、「羅生門」は候補作に上がりますが、そのときは辞退を決めています。しかし、ヴェネチア映画祭から日本作品の出品を頼まれたイタリフィルムの社長ストラミジョーリ氏は、何本かの作品を見ていく中で「羅生門」に感動し、何とかこの作品をヴェネチア映画祭に送るよう動きます。


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(映画「羅生門」復刻版ポスター)


  大映側は出品に反対しますが、ストラミジョーリ氏は、自費で英語字幕をつけて出品したといいます。ヴェネチア映画祭で上映された「羅生門」は、観客の大絶賛を受け、1951年ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞したのです。授賞式には日本人はだれも出席していなかったといいます。さらにこの作品はその年の第24回アカデミー賞でも、現在の外国語映画賞に当たる名誉賞を受賞しています。


  芸術の世界で、本当に才能のある日本人を評価するのは、いつもきまって日本人以外です。黒澤明は、その後にも1952年の「生きる」では、ベルリン国際映画祭で上院特別賞を受賞。1954年には、あの「七人の侍」がヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。その後も名だたる国際映画祭で様々な賞を受賞しています。


  今週は、「世界のクロサワ」を語る本を読んでいました。


「黒澤明の映画入門」(都築政昭著 ポプラ新書 2016年)


【世界が認めたクロサワ映画】

  黒澤明は、1998年に21世紀の幕開けを見ることなく亡くなりました。晩年には、5年に1作品のペースで映画を撮っていたので、私が映画を見るようになってから公開された映画は、当時のソ連で撮った「デルス・ウザーラ」、「影武者」、「乱」など数少ない作品でした。


  以前から洋画にはまっていたので、黒澤明の作品はあまり見ていませんでした。ところが、本当に面白く何度も見た映画の監督たちが、皆口をそろえて黒澤の映画に大きな影響を受けたと聞いて、改めてその影響の大きさに驚いたのです。


  「荒野の七人」や「荒野の用心棒」が、黒澤映画「七人の侍」、「用心棒」をアレンジした映画であることは知っていましたが、スティーヴン・スピルバーグやジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラ、マーティン・スコテッシなどが、皆黒澤映画にインスパイヤーされて作品を作っていたとは本当に驚きです。


  「スター・ウオーズ」の第一作が黒澤の「隠し砦の三悪人」をヒントにしており、あのR2−D2C-3POのコンビがこの映画の太兵と又七を模していたとは有名な話です。また、スピルバーグの作品でも「未知との遭遇」、「レイダース/失われたアーク」、「シンドラーのリスト」などの映画で、黒澤作品からインスパイヤーされたシーンがあると言います。


  199080歳の時に黒澤明は、アカデミー賞の名誉賞を受賞しました。授賞式の時、両脇にジョージ・ルーカスとスティーヴン・スピルバーグが並ぶなかで、黒澤は挨拶をしました。「・・・私はまだ映画がよくわかっていない。映画という、素晴らしく、美しいものをしっかりつかむのは難しい。今後も作品作りに全力を尽くすことで、今回の名誉に応えたい。」


  映画にすべてをささげ、全力を尽くした黒澤明監督の生涯がこの言葉に凝縮されている気がします。


【世界の黒澤映画 入門】

  この本は、長年黒澤明について取材し、何冊も黒澤監督に関する本を上梓してきた都築政昭氏が黒澤明のエッセンスを平易に描いた作品です。各所に黒澤明監督の語った言葉がちりばめられており、黒澤明の全貌をその語りから浮かび上がらせています。


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(「黒澤明の映画入門」 amazon.co.jpより)


  さて、この本の目次ですが、


プロローグ

第一章 世界が熱愛する黒澤映画

第二章 人間賛歌―黒澤ワールド

第三章 映画づくり―自然に、自然にがモットー

第四章 黒澤映画の名作選―15作品

第五章 映画を志す人たちへ

エピローグ


  昔、ジャズサックスの渡辺貞夫さんがどこかのCMで、「ジャズっていうのはね。フロ入ってる時もメシ喰っている時もすべてがジャズなんだよね。」と語っていましたが、一流を目指す人は皆おなじなのかもしれません。この本のプロローグには、「僕から映画を引いたら何も残らないよ(笑い)」との言葉が紹介されています。


  また、黒澤が完全主義者と語られることに対するコメントとして、「僕なんかスタンリー・キューブリックやルキノ・ヴィスコンティなんかに比べれば、完全主義者どころか、不完全主義者もいいところですよ。僕はただ、映画という美しくて素晴らしいものの奴隷です。」と語っています。


  こうして、都築氏はいきなり黒澤明の言葉を借りて、黒澤とはどのような存在だったのかを我々に語り掛けてくれるのです。


  さらに、第一章以降に語られる黒澤の映画に対するこだわりと情熱は半端ではありません。


  映画は脚本が面白くなければ、絶対に良い作品にはなりません。ルーカスの「スター・ウォーズ」が大ヒットし、それを模して造られた数々のスペ−スオペラ映画がはずれたのは、ルーカスが作った物語がいかに優れており、脚本化した時に彼がいかに数々のこだわりを持ったかの証左だと思います。


  実は、黒澤明もほとんどの作品を自らまたは共同執筆で脚本化しています。それもそのはず、彼が助監督としてついた山本嘉次郎監督は、当時の黒澤助監督にシナリオについて教えていたのです。


  「山さんは、『立派な監督になるためには、まず人生のいろんな経験を積むことによって本物と偽物を判別する目を養うこと』と言う。それから具体的に、本当の監督になっていくためには『第一にシナリオが描けなければならない』と言う。シナリオと編集が、ある意味で映画の生命を握っているようなものなんだ。」


  黒澤が映画の助監督となったのは、戦前の話ですが、助監督をこなす傍ら黒澤は脚本の執筆に時間を惜しむことなく、「達磨寺のドイツ人」、「静かなり」などの作品を書き、当時の映画雑誌に掲載されたと言います。さらには、「静かなり」、「雪」というシナリオは、当時の内閣情報局の募集に応募して、情報局賞を受賞したのです。


  黒澤は、ドストエフスキーやゴーリキー、シェイクスピアなどの作品を読み、そこから感動を通じて人間が形作る物語とは何かを学んだのだと言います。特にドストエフスキーへの尊敬の念は、崇拝と言っても過言ではないのかもしれません。このしっかりとした脚本を作る力が、「生きる」、「羅生門」や「七人の侍」などの名作を生み出したのです。


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(「七人の侍」DVD amazon.co.jpより)


【名場面を作る力】


  この本では、黒澤明の実際の言葉を使い、彼がどうやって世界に通じる名作の数々を作り出していったのか、が様々な角度から語られていきます。


  黒澤が最もこだわったのは、観客にとって映画の場面が自然に、さらに自然にみえることでした。それは、演出の点でも、キャメラの点でも、編集の点でも、音楽の点でも作品を重ねるにしたがって進化していきました。


  「どの映画もどの作品も、撮り終ってみると不満足です。不充分なのですね。思うように撮れたり、考えていたとおりの映画が出来上がったことは一度だってありません。」


  「まあ、一本の仕事が終わると、心の中を風が吹き抜けるようなね、そうゆう状態になるんですよ。この人たちともう二度と会えないということですね。俳優さんにはまた会えるけど、勘兵衛なら勘兵衛という人にはもう二度と会えないわけでしょう。その人物のことを一生懸命書いてきて、撮影中、毎日毎日、一緒に暮らしてきたわけでしょう。その人と別れちゃうとゆう思いですよ。それが、すごく悲しい気がするんですよ。」


  黒澤明は、一本一本の映画を全身全霊をもって生み出し、作り上げて、常にもっと自然に、もっとリアルにと高みを目指して作品を重ねてきました。それは、俳優たちへのリハーサルであり、たくさんのキャメラと望遠レンズを多用する手法であり、本番での火も水もいとわない現場での姿勢につながっているのです。


  その壮絶な現場主義の現場は、ぜひともこの本で味わってください。それぞれの作品を作り出していくときのエピソードは驚き以外の何物でもありません。



「いの〜ちみ〜ぢか〜し、恋せよ乙女」


  この歌を口ずさみながら自らが渾身の力を振り絞って作り上げた公園のブランコで、渡辺は雪に降られています。映画「生きる」のラストシーン。渡辺はこのままなくなったのかもしれません。この映画のラストシーンを思うとき、なぜか一本の映画のラストシーンが胸に浮かんできます。それは、イタリア映画、ピエトロ・ジェルミ監督の名作「鉄道員」のラストシーンです。


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(映画「鉄道員」DVD amazon.co.jpより)


  鉄道機関車に全身全霊をささげた運転士アンドレアが、末っ子の幼いサンドロの助けで職場の仲間たちと和解し、絆を取り戻した家族が団らんする姿を隣の部屋に見ながら、ギターを手にベットで息を引き取るラストシーン。そこにあの哀愁漂う音楽が静かに流れていきます。「生きる」のラストの感動は、ここに重なってきて目頭が熱くなります。


  奇しくもピエトロ・ジェルミ監督は、1951年に「越境者」という映画で、ヴェネチア国際映画祭でセルズニック賞を受賞しています。同じ年に黒澤明も「羅生門」でヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞しているのです。


  イタリアも日本も第二次世界大戦の敗戦国であり、灰燼に帰した国で復活をかけて働く人々。その真実を描く二人の監督には、同じように観客に伝えたい人の心の本当の姿が見えていたのかもしれません。やはり、映画とはいつも時代を映しているのです。


  偉大な監督の映画への姿勢。この本には、世界に通じる映画作家の才能と努力の軌跡が刻まれています。黒澤映画を知らないあなたもぜひこの本で黒澤監督を知ってください。名だたる名作を見たくなること間違いなしです。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年02月28日

チャーリー・ラヴェット 古書籍界の聖杯とは


こんばんは。


  古書をこよなく愛する人と言えば、ビブリア古書堂の篠川栞子が思い浮かびます。北鎌倉の古本店、ビブリア古書堂の美貌の女主人は、アルバイト店員である純朴な青年五浦大輔とともに本にまつわる人々の謎を鮮やかに解き明かしていきます。


  稀覯本に愛情を寄せる人たちは、どこか変わっている人が多いようです。栞子さんも強度の人見知りで、初対面の人には話ができず、いつも消え入りそうな声でしか話ができません。しかし、ひとたび本の謎にかかわるや、まるで人が変わったように饒舌になり、秘めたる謎を次々と解き明かしていくのです。


  ビブリアシリーズは、すでに6巻を数えていますが、ついに最終巻が今月発売となりました。ファンとしては、すぐに読みたいところですが、「完結編」と言われてしまうと読むのが惜しい気がして逡巡してしまします。


  その代わりというわけではありませんが、今週は、イギリス版ビブリア古書堂の物語を読んでいました。


「古書奇譚」(チャーリー・ラヴェット著 最所篤子訳 集英社文庫 2015年)


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(「古書奇譚」集英社文庫 amazon.co.jpより)


  ビブリア古書堂シリーズは、いわいるライトノベルの系列ですので軽いタッチで書きすすめられていますが、イギリス版のこの本は、重さはないもののかなり構成が複雑になっています。もともと海外物は名前を覚えるのに苦労します。登場人物は、当たり前ですが英語表記であり、翻訳されるとすべてがカタカナで表記されます。


  カタカナで、たくさんの人物が登場すると日本人には覚えるだけで一苦労。読んでいる途中に何度も登場人物を確認してしまいます。幸い海外物では、最初に登場人物が表紙裏などに羅列されており、そこに戻れば人物を確認することが出来ます。主人公やそのパートナーは容易に覚えることが出来ますが、章が変わり人物名から始まる場合には、人名を覚えるのが大変です。


【若き傷心の古書籍商ピーター】

  この小説の主人公は、ピーター・バイアリー。彼はアメリカ人ですが、いきさつがあってイギリスにわたり、古書を扱う書籍商を営んでいます。彼はまだ30歳前後ですが、つい半年前に最愛の妻、アマンダを亡くし、失意のどん底にいます。もともと人付き合いが苦手で、街を歩いていても人が多ければ人の目を避けて歩道の端をそそくさと歩くほどの人見知りなのです。(いわいる重度の本オタクなのですね。)


  妻を亡くしてからのピーターは、仕事をする気力も失せて家に引きこもり、アマンダの両親や数少ない友人たちからの留守番電話にさえ答えようとしません。彼のカウンセラーであるストレイヤー医師は、彼を心配していくつかの課題を彼に与えています。


  そこには、「仕事を再開すること」、「仕事を通して人と親しくなること、仕事のために人を遠ざけないこと」、そして、「新しい知り合いを作ること」と書かれていました。


  そんなある日、彼の留守番電話に仕事の依頼が舞い込みます。電話の相手は、ジョン・アルダーソン。自宅にある古書を売りたいとの依頼です。留守番電話は肝心の住所が途中で途切れていましたが、イーヴンロードとの地名はそれほど遠くではありません。ストレイヤー医師の言いつけを守る意味でも仕事を始めなくては、とピ−ターはその住所に徒歩で向かいます。


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(「古書の聖地」ウエールズのヘイ・オン・ワイ  wikipediaより)


  めざすイーヴンロードにたどり着くと、そこに建っている屋敷は住む人もいない古く荒廃したものでした。ピーターは、その敷地にあるキャンピングカーをみつけ、大きな声で「ジョン・アルダーソンさん」と呼びかけます。すると、いきなりライフル銃がぶっぱなされたのです。


  「その名前をおれの前で口にするな。」と恐ろしい剣幕で追い払われます。ピーターは、わけもわからずほうほうの体で逃げ出しますが、この銃を持った男トマス・ガードナーと、留守番電話で古書の買い取りを依頼したジョン・アルダーソンは、古くからの因縁で互いに憎悪する仲だったのです。それはまるで、ロミオトジュリエットでおなじみのキャピュレット家とモンタギュー家のようですが、このお隣どうしの暦年に渡る憎悪がこの小説の大きな伏線となるのです。


【本の世界の聖杯とは?】

  小説は、主人公ピーターを中心に3つの時代のエピソードが交互に語られて進んでいきます。ひとつは、古本の買い取りを依頼され、そこで発見したある古書の真実を追い求めていく現在のピーター。そして、二つ目の物語は、8年前。大学に入ったピーターが、古本に魅せられていく過程と最愛の妻アマンダと出会い、お互いに愛を育んでいく姿を描きます。


  そして、3つめのストーリーが古書奇譚。それは、イギリスの17世紀後半、ロンドンが舞台です。その頃のロンドンでは、舞台劇が流行っていました。特にウィリアム・シェイクスピアというストラトフォード生まれの男が、演劇の作者として、また俳優として有名になっていました。その作品は常に劇場を満員にし、多くのファンを集める一方で、文壇では、その名声に嫉妬する作家たちがシェイクスピア批判を繰り広げていました。


  この本を読むまで全く知りませんでしたが、シェイクスピアには、有名な謎があります。それは、シェイクスピアの諸作は、シェイクスピアが書いたのではなく、シェイクスピアを語る複数の人間によって書かれたものであり、劇作家のシェイクスピアという人物はいなかったという説です。


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(シェイクスピアの肖像 wikipwdiaより)


  ちなみにシェイクスピアが生まれたとされるストラトフォードに記録される名前は、「シェイクスピア」ではなく、「シャクスピア」であり、この人物はシェイクスピアとは別の人物であるとの説も主張されています。


  そうした説を唱えている学派を「反ストラトフォード派」と呼ぶそうです。


  シェイクスピアの記録として、現在4つの署名と遺言書が認められていますが、「反ストラトフォード派」の人々は、その署名が4つとも大きく異なること、遺言書には彼の創作した作品に一切の言及がないこと、を挙げて実際に作品を書いた人間は別人としています。実際にシェイクスピアの生まれた日も彼がどこで何を学んできたかも、さらには、彼がどんな思想を持っていたかも、すべてが謎に満ちています。


  この本の中でも語られていますが、「反ストラトフォード派」の研究者の中には、シェイクスピアが実際に書いたと証明される文章や書簡が発見されれば、今すぐにでも自説を撤回する用意がある、と宣言している学者も多いようです。


  もしも、シェイクスピアの直筆による草稿が発見されれば、その値段は想像を絶するものとなり、その学術的価値は計り知れないものとなるはずです。つまり、古書籍業界の中で、シェイクスピアの直筆原稿は考古学会のキリストの「聖杯」に匹敵するほどの重要さを備えていることになります。


  この小説の中で、複層的に描かれる「古書奇譚」のストーリーは、17世紀後半から現在まで続く、シェイクスピアの直筆のメモが書かれた「バンドスト」というロバート・グリーンが記した物語の初版本の変遷なのです。ちなみに、ロバート・グリーンはシェイクスピアを「我々の羽毛で着飾った成り上がりの鴉」と批判しています。


  「バンドスト」は、シェイクスピアの演劇「冬物語」の下敷きとなった物語だったのです。


【ピーターの気弱な人生】

  さて、この本でタペストリーのように紡がれる第2のストーリーは、大学1年生の時からイギリスに渡るまでのピーターの人生です。それは、人見知りで気の弱いピーターがどんな人生を歩んだかが描かれていきます。


  ピーターは、リッジフォ−ド大学の図書館でのちの人生を決定づける2つの出来事に遭遇します。


  この本のメインテーマは、題名のとおり「古書奇譚」ですが、彼が入学したリッジフォード大学には、創始者でもあるアマンダ・デヴェローが生涯をかけて収集した貴重な古書コレクションが保存されていました。


  そのコレクションを保管しているのは、特別募集室。あるとき、大切な本の修理を募集室の古書再生係りに依頼したことから、この募集室の仕事に応募することになります。ここの試験にもシェイクスピアが登場します。おかれた古書の深遠な歴史に心を動かされたピーターは、みごとに試験に合格し、古書のエキスパートであるフランシス・ルランのもと働くことになるのです。このときからピーターにとって古書探求は人生をかけるテーマとなるのです。


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(イエール大学の稀覯本図書館 大学HPより)


  さらに、ある日図書館で見初めたアマンダ。その美しさと本を読む姿に魅せられたピーターは、毎日書架の横に佇んでアマンダを見つめ続けます。そのことに気付いたアマンダは、ある日読んでいた本の間にピーターへの手紙を挟み込みます。そして、出会った二人は、お互いに惹かれあい愛を育んでいくことになるのです。


  気の弱く、人見知りのピーターを常にアマンダがリードする形で、二人の愛情は深まっていきます。男性から見れば、うらやましい限りなのですが、女性から見るとこんな都合の良い女性は世の中にいるわけがない、と感じるかもしれません。はたして、この恋愛は著者の実体験なのか否か、興味がわくところです。


  アマンダの誕生日。ピーターが彼女だけのために選んだ特別なプレゼント。誕生日はちょうどイースターの日と重なります。誕生日の夜の素敵なエピソードには誰もが心を奪われること間違いなしです。


  もちろん、人生がすべてバラ色なわけもなく、幸せを分かち合った二人にはあまりにも早い別れが訪れます。あまりにも早く亡くなったアマンダですが、彼女は亡くなった後も常にピーターを守護していました。その愛情は皆さんもこの素晴らしい小説で味わってください。



  この小説は、ビブリオ・ミステリーと銘打たれています。古書籍の探求とミステリー。古書にまつわる謎と殺人事件の謎、そしてロマンス。この三つが交錯する中で迎えるラストシーン。その面白さがこの小説の大きな魅力となっています。


  この小説の最初の謎は、ピーターが古書店の本の間から最愛の妻アマンダに瓜二つの水彩画を見つけるところから始まります。B..との署名があるエリザベス朝時代の水彩画。いったい100年以上前の水彩画になぜ最愛の妻の面影を見出したのか。


  ここから始まる物語は、次々に謎を深めていき、最後には見事な謎ときと大円団が待っています。初春の宵。ぜひ皆さんもこのビブリオ・ミステリーを楽しんでください。ビブリア古書堂の物語とは一味違ったワンダーを感じるに違いありません。


  季節はいよいよ春へと動いていきます。花粉の動向は気になりますが、明るい季節に向かって歩き出しましょう。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



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2017年02月24日

濱嘉之 情報官黒田 新情報室発足


こんばんは。


  ブッカーズソーダをこよなく愛する警視庁の情報室長、黒田純一の活躍を前回読んでからかれこれ3年が経とうとしています。いったい黒田情報室長は3年間も何をやっていたのでしょうか。なんと、黒田室長はこの間、アメリカやヨーロッパの情報機関や政府機関で3年間みっちり研修を受けていたのです。


  今週は、久しぶりに書き下ろされた濱嘉之氏の情報官シリーズの6作目を読んでいました。


「警視庁情報官 ゴーストマネー」(濱嘉之著 講談社文庫 2016年)


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(「ゴーストマネー」講談社文庫 amazon.co.jpより)


【初心に帰った第6作】


  久しぶりの黒田調査官の物語は、濱さんの国際情勢の見立てから始まります。この作品は、情報官シリーズが初心に戻ったように思えます。プロローグでは、事件の始まりを描きますが、第一章は黒田純一の3年ぶりの帰国が語られます。


  そして、帰国したとたんデビュー作で描かれた警視庁情報室と同じシチュエーションへと突入します。それは、新たな警視総監直属の組織、新警視庁情報室の発足です。第一作で黒田が室長となった情報室は、室長が交代し続いていますが、本来の機能を発揮できていないようです。今回帰国した黒田を待っていたのは、新たな情報室の設立でした。


  次期警視総監と目される高石副総監は、警察庁の人事課長と新たな情報室に配属される100名の情報室メンバーを選定し、黒田の帰国を待ち構えていたのです。そのメンバーは、次期警視正を目指す警視庁内のエリートたちでした。


  黒田情報官は、卓越した人脈と情報感覚でこれまで「政府要人の贈収賄を暴き」(第1作)、「中国に漏えいされたイージス艦建造の情報を防ぎ」(第2作)、「国際詐欺事件を暴いて、警視庁に仕掛けられたテロを未然に防ぎ」(第3作)、「国際的な臓器売買のシンジケートと暴力団、さらに大物政治家の癒着を暴き」(第4作)、「世界規模のサイバーテロの謎を解き、事件を解決」(第5作)してきました。


  その間に黒田は、情報室室長から小笠原警察署の署長、再び情報室室長、秋葉原警察署長と順調に出世街道を歩み、今回3年間の国際研修によって世界の現場を体験してきたのです。数々の事件を解決していく過程で、黒田が部下を育成してきた実績もこれまでのシリーズに精緻に描かれてきました。そんな黒田を100人規模の新たな情報室室長として、警視正候補のエリートを鍛えさせ、育成させようとしたのは、警視庁という組織として慧眼と言えるのではないでしょうか。


  そうした意味で、この第6作は新たな黒田情報官シリーズの始まりとなる予感を覚えます。これからシリーズのよりスケールアップした展開が期待されます。


  この3年間で、黒田情報官は国際感覚と多くの人脈を手にして帰国しました。アメリカでは、CIAやFBIだけではなく、偽造紙幣やサイバーテロなどを扱うシークレットサービスで研修を受け、イギリスではMI6による実地研修、さらには、モサドのクロアッハに伴われて危険が伴うイスラミックステーツの本拠地にまで潜入しています。


  帰国直前にイスラエルで、第二次大戦中リトアニアの大使館で6000名ものユダヤ人の命を救った日本のシンドラーこと杉原千畝を記念するスギハラストリートの命名式にも参加します。杉原千畝ファン?としては、その会話に思わずほくそ笑んでしまいました。


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(早稲田大学内 杉原千畝記念碑 wikipediaより)


【黒田純一 国際情勢を語る】


  本来、小説の面白さはストーリーテリングにあります。


  これまでの情報官シリーズは、プロローグでいきなり難事件が勃発し、インテリジェンスオフィサーである黒田情報官があらゆる知識と人脈と見立てを次々に繰り出し、犯人を追いつめていくストーリーが秀逸でした。それに加えて、ヒューミント(人による諜報)、シギント(通信やインターネットによる諜報)、オシント(報道、ニュースによる諜報)を駆使して犯罪者に迫っていく手法がその面白さを際立たせていました。


  今回の黒田は、一味違います。


  3年間の研修後帰国した黒田は、会う人ごとに国際情勢の見立てを質問されます。特に帰国前のモサドのエージェント、クロアッハとの会話は、直近の国際情勢を次々と語っていきます。国民投票でEU離脱が決定したイギリス。キャメロン首相のパナマ文書を発端とした人気凋落は、離脱投票の大きな要因だと語ります。


  また、アメリカ大統領選挙の情勢やフランスがテロリストに狙われる背景、ドイツのEU内での孤立化、などなどが饒舌に語られます。日本に帰国した後も、いきつけの小料理屋でCO2排出権取引を語るかと思えば、地球温暖化対策への中国共産党のご都合な主張などにも言及します。インテイジェンスに関して言えば、アメリカではシークレットサービスがサイバー攻撃への対応をアメリカ各州に組織をいきわたらせて民間までを巻き込んで行っている状況を語り、日本の脆弱さに警鐘を鳴らします。


  黒田純一情報室長も警察の中では、警視正から警視長へと昇進し、現場の指揮官から徐々に組織のマネジメントを行う役割へと変わっていく中では、これからシリーズの展開は新しい局面を迎えるのかもしれません。


【新たな事件の勃発】


  さて、ホームズ以来、名探偵は事件を引き寄せるといわれています。黒田純一もしかり。彼が行くところかならず大事件が起こります。今回も彼の帰国を待っていたかのように大事件が勃発します。事件は、いつもと同じく、プロローグから始まります。


  皆さんは、1500億円分の1万円札を想像できるでしょうか。


  今回、黒田を待っていたのは1500億円の盗難です。その盗難が起きたのは日本の中央銀行である日本銀行です。


  日本銀行は、日本国の貨幣を発行し国内で流通させる業務を司っています。硬貨については、使えなくなることはあまりありませんが、紙幣は老朽化したり、破損するなど損傷します。日銀は、使えなくなった紙幣を回収し、廃棄する仕事を行っています。廃棄の方法は、原則としてシュレッダーによる破砕ですが、場合によって溶解処理を行うこともあります。今回、損傷した紙幣1500億円分が消えてなくなったというのです。


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(日本橋にある日銀本店 1896年築 wikipediaより)


  日本の紙幣は、偽造防止のために特殊な紙が使われています。黒田は、アメリカのシークレットサービスでの研修で、偽札作りや紙幣についても学んできました。紙幣を廃棄するためのシュレッダーは特殊な歯を使っています。シュレッダーはアメリカ製ですが、アメリカの紙幣と日本の紙幣は紙質が異なるためシュレッダーへのストレスが異なります。


  今回の事件は、そのシュレッダーが故障し、溶解廃棄のために製紙会社に紙幣を運搬する際に発生しました。しかし、1500億円の紙幣は重さとして10トン。溶解廃棄をする製紙会社には、大型貨物に積むコンテナに乗せてトラックで配送します。紙幣の運搬は、厳重な警戒のもとで行われます。コンテナは、防犯カメラやGPSで常時監視され、万全の体制が敷かれているはずでした。ところが、今回、10トンの紙幣が運搬中に消えてなくなったというのです。


  さらに黒田情報室長にはもう一つの犯罪の捜査がミッションとして加わります。


  それは、偽造クレジットカード情報に基づく、コンビニATMからの同時多発現金盗難事件です。全国の17都道府県のコンピニATMから同時に18億円に上る現金が引き出されました。それは、組織的に計画された新手の詐欺事件です。南アフリカの銀行が発行するクレジットカードの情報がハッキングされ、偽造されたカードによってある朝数時間の間に1700台のATMから18億円もの現金が引き出されたのです。(どこかで聞いた犯罪ですね。)


  防犯カメラにより、実際に引き出しを行った「出し子」と呼ばれる何人かが逮捕されましたが、逮捕された人間をつなげる黒幕の情報は探索することが出来ず、この事件は行き詰っています。情報室にこの事件の解決がミッションとして課せられたのです。


  1500億円の略奪と18億円の不正引き出し事件。黒田情報室はこの難事件をどうやって解決していくのでしょう。


【情報室のインテリジェンス】


  新たな情報室は、インテリジェンスのプロフェッショナル黒田のもと、各組織から集まった警視正たちを駆使して2つの事件の犯人を追っていきます。


  まずは、黒田自身が警視庁のもつビッグデータから捜査の糸口をさぐっていきます。ATMの引き出しで、使われていたのは南アフリカの銀行のクレジットカードの情報です。黒田はこの銀行のオンラインシステムを構築したのが中国系のIT企業出ることを突き止めます。そして、データからこの銀行が以前マネー・ロンダリングの疑いにより、業務停止処分を受けています。


  その時の記録からそのとき、銀行の東京支店が指定暴力団福比呂組のヤミ金融と関係を持っていることが分かりました。日本の指定暴力団と中国のIT企業グループ。黒田は、そこにきな臭いにおいを嗅ぎつけます。


  さらに1500億円の札束の強奪。黒田は、日銀に赴き、当時の防犯カメラのモニター映像とGPSの衛星放送の受信電波を確認します。すると、映像がある場面で微妙にぶれていることを発見します。それは、1秒以内のこまズレですが、黒田が見逃すことはありませんでした。その画像が切り替わる時間と同時にGPSの電波にも微妙なノイズが記録されていました。


  なんと、モニター画面もGPSの記録も見事にすり替えられていたのです。


  今、世界中でGPSを利用した「ポケモンGO」が大流行しています。一時あきられた感がありましたが、ポケモン金、銀モンスターが投入されて、新たなポケモン目当てにゲーマーが戻ってきたのです。しかし、こうしたGPSゲームがとんでもないソフトウェアを生み出します。


  それは、GPS位置偽装ソフトです。例えば、このソフトによって自分がアメリカにいることを偽装すれば、ゲーマーはアメリカにしか出現しないポケモンを自分の部屋にいながらゲットすることができます。今回の廃棄紙幣盗難事件に使われていたのは、このGPS位置偽装ソフトだったのです。


  事件を追っていくに従い、そこに浮かび出てきたのは中国の反習近平派閥である中国裏のマフィアの影でした。中国の裏金融を牛耳る地下銀行と暗黒社会。黒田率いる新情報室のエリートたちは、ヒューミント、シミント、シギントとすべての経験と技術を生かし、独自の方法で彼らに挑んでいくのです。


  さすが、作者濱氏の分身ともいえるスーパー情報マン黒田。その活躍にはほれぼれします。難を言えば、あまりに諜報の現実で事件を追っていくために、小説が本来持つべき描写力に乏しいことでしょうか。それを差し引いたとしても黒田情報官の活躍はやっぱり面白い。


  みなさんもこの小説で、インテリジェンスの面白さを味わってみてください。くせになること間違いなしです。


 それでは皆さんお元気で、またお会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年02月19日

アリス・ロバーツ 人類20万年の旅路2


こんばんは。


  前回に引き続いて、人類を遡る驚きの旅路、ノンフィクション本の紹介です。


「人類20万年 遥かなる旅路」(アリス・ロバーツ著 野中香方子訳 文春文庫 2016年)


  この本は2009年から放映されたBBC(英国放送協会)の番組「The Incredible Human journey」の取材のために企画された旅に基づいた著作です。2013NHKでもEテレで「地球ドラマティック」として、放映されました。(だいぶん編集されており、しかも3作のみの放映で、あまり評判は良くなかったようですが・・・)


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(特集番組のDVD BBCHPより)


  これまで、我々ホモ・サピエンスは北京原人やジャワ原人、ネアンデルタール人などの旧人類から進化したとの多地域進化説が人類学者たちの定説でした。しかし、遺伝子技術の発展により、ミトコンドリアDNAを追うことによって、我々ホモ・サピエンスがアフリカの一人のホモ・サピエンスから生まれたことが分かりました。


  現在いる72億人の人類は、一人のイブから生まれた人属の中で唯一生き残った種だったのです。「人類は皆兄弟」という笹川さんの言葉は、理想ではなく科学的真実だったのです。


  アフリカで生まれた人類は、どのようにして出アフリカを果たして世界中へと広がっていったのでしょうか。


【インドからオーストラリアへ】


  科学とは、仮説をたて、実験や証拠の提示などにより、その仮説が真実であることを実証するプロセスと概念を言います。ロバーツ博士の人類拡散の旅は、「科学」そのものです。実際にホモ・サピエンスが出アフリカを果たし、すべての大陸へと拡散したとの仮説を真実とするためには、実験と証拠が必要となります。


  アフリカからユーラシア大陸に向かった我々の祖先は、二つのルートを取ったと言われています。それは、アラビア半島の北側からイスラエルに抜けるルートとアラビア半島の南側の海岸寄りを抜けてインドへとつながるルートです。


  出アフリカが7万年から6万数千年前に成されたと考えられる理由は、イスラエルのスフール遺跡から出土したホモ・サピエンスの化石の年代測定によってほぼ定説となっています。しかし、インドから先の東南アジアでは、科学的証拠となる化石が発掘されていません。そこで発掘される考古学的な証拠は、ホモ・サピエンスが加工したと推定される石器類なのです。


  考古学での研究では、過去の気象を知ることが真実を突き止めるために欠くべからざる要件となっています。現在、海底コアの採取(細い管を何百mもの海底に突き刺して、過去の地質を採取します)により、数万年の単位で地球の気象のシミュレーションが可能となっています。


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(オーストラリアの遺跡で発掘された頭蓋骨 BBCHPより)


  ホモ・サピエンスがインドから海沿いをオーストラリアに向かって移動したのは、遺伝子情報では65千年も前とされます。しかし、現在見つかっている最古の遺跡は45千年前のものです。そのギャップを埋めるには、ミッションリングの発見が必要不可欠です。


  65千年前には、気候が冷えて水分は多く凍っていたために、海岸線は今よりもずっと先にありました。そのため、当時の洞窟や住居跡は、現在、海底130mに沈んでいるというのです。今後、海底の遺跡が発掘されれば、ホモ・サピエンス拡散の足跡が証明されるかもしれません。


  ホモ・サピエンスはどうやって海上を移動したのか。その当時、海は今よりもずっと狭く、インドからオーストラリアへの海域も今よりも、舟での移動が容易ではなかったのか?こうした仮説に基づいてロバーツ博士は当時のいかだを再現して、実際にオーストラリアへ海上での移動を試みます。


  そういえば、日本の国立科学博物館でも3万年前に日本人が海を渡って日本列島にやってきた、との仮説を実証するために「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」を企画しました。昨年末、プロジェクトでは、第一回の検証として古代に制作が可能であった草舟による航海を試みています。


  この日、与那国島に自生しているヒメガマという草で編んだ舟に7人が乗り、二艘の船でまずは与那国島から西表島への航海にチャレンジしました。人力で櫂によって漕ぎながらの渡航を行う計画。はじめのうちは順調でしたが、難敵は黒潮でした。舟は海流という大きな自然の力に阻まれて、残念ながら航路を大きく逸脱し途中で中止を余儀なくされたのです。


  一方、ロバート博士は10時間25分をかけて海を渡り、オーストリア大陸側の島へとたどり着きます。この長い旅の間、ホモ・サピエンス「単一起源説」を唱えるロバーツ博士は、「多地域進化説」をとなえる考古学者といかだの上で顔を突き合わせることになります。


  オーストラリアでは、45千年前の遺跡や古代人が描いた岩絵のギャラリーへと飛行機を使って向かいます。オーストラリアは、もともとアボリジニの国でした。現在の彼らが描く絵と古代の岩絵の共通点はワンダーを生み出します。


【北京原人は中国人の祖先か?】

  第三章で、ロバーツ博士は出アフリカの第2のルートを追って、ユーラシア大陸を東北に向かいます。たどり着いたのは、人間が住む北限に近いシベリアです。博士は、この地でも狩猟時代のホモ・サピエンスを体験します。トナカイの遊牧によって暮らすエヴェンキ族の暮らしは過酷です。冬には気温がマイナス50℃にもなる世界。ここでのトナカイは、まさに神からの贈り物なのです。


  最北の果てで遊牧民族の実態と4万年前のホモ・サピエンスの足跡をたどった博士は、いよいよ中国へと足を踏み入れます。中国では、1921年に周口店の森林で20万年前ともいわれる北京原人の化石が発見されました。それ以来、この国の考古学者たちは北京原人を中国人の祖先と考えています。


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(中国の稲作を体験するロバーツ博士 BBCHPより)


  博士は、中国の考古学者であり、多地域進化説を唱える呉(ウー)博士と共に北京原人の化石を調べに北京の国立学術館へと足を運びます。20万年以上昔のホモ・エレクトスの化石にロバート氏は心から感動します。しかし、その科学的検証の姿勢はあくまでも客観的です。解剖学者として、古生物病理学者として、ホモ・サピエンスの頭蓋とホモ・エレクトスの頭蓋の比較論を精緻に繰り広げていきます。(やはり、博士は「単一起源説」論者でした。)


  次に訪れる桂林の遺跡では、石器による検証が行われます。東アジアで発掘される石器は、ホモ・サピエンスのものでもヨーロッパに比べて発展が停滞していることがわかっています。通常、ホモ・サピエンスの石器は原人の石器よりも創意工夫が優れており、道具としてより精緻に加工されていきます。ところが、東アジアの石器はホモ・サピエンス時代の石器として、原人の石器とあまり変わらないのです。


  中国の多地域進化説では、この石器の未進化こそがホモ・エレクトスが現代人に進化した有力な証拠であるといいます。それは、ホモ・サピエンスが拡散して東アジアに入ってきたのであれば、石器も進化するはずであり、ホモ・サピエンスは東アジアに入ってきていない証拠だというわけです。この説にロバーツ博士は実際に石器の進化がなぜ起きなかったのかを検証していきます。その見事な実証は、ぜひこの本でお楽しみください。(石器に代わるものとは、あの植物です。)


  上海におけるY染色体を利用した遺伝子科学による中国人の祖先検証も読みごたえ抜群です。


【ヨーロッパのホモ・サピエンス】


  意外なことにヨーロッパに我々ホモ・サピエンスが到達したのは東アジアなどに比べて遅かったといいます。出アフリカが10万年前から6万年前の時代に成されていたにもかかわらず、ヨーロッパに到達したのは約4万年前だそうです。そこには、地理的な条件に加えて氷河期や氷間期を含めた気候的な要素が大きいようです。


  博士は、ルーマニアで4万年前の頭蓋骨化石が発見された洞窟を訪れます。しかし、この洞窟は水浸しの細長い通路をはるかにとおり、上り坂を上がっていった地上近くの地底の水たまりまで続いています。博士は、かつてここを発掘した科学者たちと共に果敢に挑戦しますが、そこは首まで水につかる地底の池を越えていかなければなりません。何度も首まで水につかりながら進みますが、最後にはあまりに深い池に阻まれて、発掘現場までには到達できません。


  博士は、その洞窟での探検を切り上げて、その洞窟で見つかった化石を保管する研究所に向かい、実物を自分の目で確かめます。4万年前のホモ・サピエンスの頭蓋とホモ・エレクトス(旧人)であるネアンデルタール人の頭蓋の違いは何か。実は、我々ホモ・サピエンスより以前にヨーロッパにはネアンデルタール人がヨーロッパに渡っていたのです。


  ネアンデルタール人は、ヨーロッパにおいては先住民でしたが、3万年前には絶滅したといわれています。ここでの学説上の論点は、ネアンデルタール人はなぜ絶滅したのか。また、我々とネアンデルタール人は交流があったのか。交流があったならば、果たして混血があったのか。


  我々ホモ・サピエンスは「アフリカのイブ」から生まれ出た単一の人属ですが、もしも混血があったのであれば我々にもネアンデルタール人の血が受け継がれているのかもしれません。


  ヨーロッパにおける人類拡散の謎を巡る旅は、ますますその謎を深めて続いていくのです。


【人類最後の到達地 アメリカ】


  ロバーツ博士は、いよいよ最後に我々ホモ・サピエンスが足を踏み入れたアメリカ大陸へと上陸します。アメリカ大陸は、ヨーロッパから見れば15世紀に新大陸として発見されたわけですが、2万年以上も前にベーリング海峡を渡ったホモ・サピエンスにとって、その発見は単なる侵略と征服以外の何物でもありませんでした。


  博士は、まずカナダでの古代の遺跡を探索しますが、ここでもアメリカの先住民族との触れ合いを忘れません。インディアンといえば、西部劇にも出てくる円錐形のテントがおなじみですが、ロバート博士はシベリアでの旅で過ごしたエヴェンキ族のテントとそれが驚くほど似ていることに大きな興味を抱きます。


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(アメリカの先住民の長と語る BBCHPより)


  果たして、アメリカ大陸への最後の拡散は、どの時代にどのルートから行われたのか。焦点は、古代の気象による検証に至ります。ホモ・サピエンスがアラスカへと渡ったと推定される2万年前、この地域は広く大きな氷に包まれていました。現在のベーリング海峡は、海岸線の後退により大きな陸続きとなっており、ベーリング陸橋(ベーリンジア)と呼ばれています。


  さらに北アメリカ大陸は、ほとんど氷で覆われておりロッキー山脈を挟んで西側のコルティレラ氷床と東側のローレンタイド氷床に覆われていたのです。ホモ・サピエンスはどうやって氷床で阻まれたアメリカ大陸を南へと移動できたのでしょうか?


  博士は、北アフリカの遺跡を巡り、その足跡を数々の化石や石器から検証していきます。そこで、カギを握ったのは、なんと植物の種の化石だったのです。


  そして、最後に博士はブラジル、そしてチリへと旅立ちます。酷寒の地から灼熱の地へ、そしてまた酷寒の地へ。そこで出会ったのは、モンゴロイドとは似ても似つかないホモ・サピエンスの頭蓋骨です。ホモ・サピエンスはシベリアから渡ってきた一派だけではなかったのか、謎が深まります。


  さらにチリのアメリカ大陸最古といわれる遺跡で、博士はアメリカ大陸で最古の文化と呼ばれる「クロヴィス文化」よりも古いホモ・サピエンスの「文化」と出会うことになるのです。



  アリス・ロバーツ博士とともにたどる人類遥かなる旅。本当にワンダーの連続でした。サイエンス本の面白さにひとつは、最新の研究を踏まえて、さらなる発見を追っていくことです。この本で語られる「ホモ・エレクトスであるネアンデルタール人と我々ホモ・サピエンスの交配はほとんど行われていなかった。」


  この説の最新説には注目です。


  この本は、本当に読み応えのあるサイエンス・ノンフィクションでしたが、科学の醍醐味に数々のワンダーを感じる面白い本でした。みなさんもぜひ、この実践と検証の旅をお楽しみください。我々ホモ・サピエンスの未来に勇気がわいてくること、間違いなしです。


  季節は極寒と暖かさが繰り返す不安定な時期となりました。インフルエンザと花粉に警戒が必要です。くれぐれもご自愛ください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2017年02月12日

アリス・ロバーツ 人類20万年の旅路1


こんばんは。


  今、この地球と呼ばれる星には、72億人の人間が生きており、毎日増え続けています。


  昔、地理の授業で世界の人口の話をしている時には40億人とか50億人とかと聞いていましたが、世界のどこかでいつもヒトが増え続けているという事実には驚きます。


  世界の人口ランキングというものも存在しており、2015年現在で第1位はご存じ中国の137千万人。第2位は、インドの129千万人。3位以下は、いきなりケタが減ってアメリカの32千万人となっています。


  以下、4位はインドネシアの25千万人。5位はブラジルの2億人。ちなみに日本は10位で126百万人。9位はロシアの143百万人となっています。統計資料によれば、世界の人口は、1分間に137人、1日で20万人、1年で7千万人増えているそうです。


  もちろん、人口の増加はプラス面とマイナス面があり、世界経済を見渡せば人口の多い国において、ヒット商品が出回ればそれを販売している企業は巨万の富を手に入れることができます。一方、地球の資源には限りがあり、エネルギー、食糧が足りなくなれば人類の未来は暗いものとなります。二酸化炭素が増加することによりオゾンホールが破壊され、地球の温度が一気にあがることで生命体に危機が訪れることもあり得ます。


  この地球上には、数限りない生命が息づいていますが、人間は間違いなくこの星のうえでは最強の生物となっています。いったい我々人は、どのような歴史を経てこれだけの繁栄を謳歌することになったのでしょうか。人間と一言で言っても、人種や民族による差別の問題は、いまだに各国に蔓延しています。先日もアメリカ大統領に就任したトランプ氏は、7か国の人々をアメリカに入国禁止とする大統領令を発し、世界中に物議を醸しだしました。


  今週は、こんな我々がどんな歴史をたどって現代に至っているのか、人類発祥からの歴史を旅したノンフィクションを読んでいました。


「人類20万年 遥かなる旅路」(アリス・ロバーツ著 野中香方子訳 文春文庫 2016年)


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(「・・・遥かなる旅路」文春文庫 amazon.co.jpより)


【我々の祖先を遡る】


  ところで、以前に分子生物学の本で、DNAによる遺伝子解析を利用して、人間のさまざまな謎に迫る本をご紹介しました。その中では、現在の我々ホモ・サピエンスのDNAを調べることで、人類のルーツを探ることができることが記されていました。


  我々の細胞の中には、ミトコンドリアが存在しています。通常、遺伝子を形作るDNAは、世代が変わると遡ることができなくなります。しかし、ミトコンドリアの中にあるDNAは、母親から子供に変容することなく受け継がれていきます。つまり、このミトコンドリアDNAを追っていけば、その人間の母方の系列を遡っていくことができるというのです。


  さらに、父方の家系については、男の性を決定するY染色体の系列を調べることで、やはり世代をさかのぼっていくことが可能となっています。


  これまで、ホモ・サピエンス(我々、現人類)に繋がる化石は様々な場所で見つかっています。北京原人やピテカントロプス・エレクトス(ジャワ原人)、ネアンデルタール人などが有名ですが、こうした人属の旧人や原人たちのどれかがホモ・サピエンスの祖先ではないか。中国などでは、北京原人こそが中国人の祖先であるとして、中国人の純血性を強く主張しています。


  しかし、現代人のたくさんのサンプルからミトコンドリアDNAをたどっていった結果、驚くべきことが発見されました。それは、ホモ・サピエンスはこれまで見つかったすべての旧人、原人とは異なり、たった一人の母親から生まれ出て繁殖したとの説です。その母親は、アフリカ出身であり、人が生まれた神話「アダムとイブ」をイメージして、「アフリカのイブ」と呼ばれました。


  つまり、現在、世界の大陸のすべてに生息する72億人のホモ・サピエンスは、20万年前にアフリカに生まれた一人のイブから始まっているということです。そして、どこかの時点でアフリカを脱出したホモ・サピエンスはユーラシア、中央アジア、オーストラリア、ヨーロッパ、シベリア、アメリカ大陸へと広がっていったのです。


  果たして、アフリカで生まれたホモ・サピエンスは、いつの時代にどのルートを通って世界中に散らばっていったのでしょう。


  この本は、その謎を解くために、すべての大陸を旅したノンフィクションなのです。


【なぞに挑む科学者たち】


  この本の著者、アリス・ロバーツ氏は1973年イギリス生まれの医師であり解剖学者。古生物病理学の博士号を持ち、バーミンガム大学の教授を務めています。氏は、科学ドキュメンタリーの世界ではBBCの番組でナビゲーターを務めています。この本は、そのBBCのテレビ番組の作成のために行った世界を股にかけての取材旅行が元となっています。その番組の題名は、「The Incredible Human Journey」(驚くべき人類の旅)。日本では、2013NHKEテレ「地球ドラマティック」で放送されました。


  アリス・ロバーツ氏は、若く美貌の女性科学者であり、文芸春秋社の紹介文でも、「英国の美人人類学者が出アフリカから南米到達までを踏査する。」と記されています。この本のサイトやBBCのサイトでは、氏の写真が紹介されていますが、確かに綺麗です。


  この本は、人類のすべての世界大陸への人類拡散の謎を追っていくドキュメンタリーです。その科学者としてのアプローチに容姿は関係ありません。インターネットでは、「美人人類学者」との文春のコピーにたくさんの人が反応して、「美人は関係なーい。」と批判しています。


  まあ、確かに容姿は関係ないし、美人か否かは見る人の感性によって異なるので、わざわざ本の紹介に乗せる必要がないのですが、このコピーを見て興味をそそられる男女も少なくはないと思います。出版社としては一人でも多くの人に興味を持ってもらうためには必要なことで、目くじらを立てても仕方がないのではと思います。


  しかし、この本はそんな喧噪とは全く関係のない、純粋なサイエンス・ノンフィクション作品です。


BBC journey02.jpg

(ナビゲーター ロバーツ博士 イギリスBBCサイトより)


(目次)

序文

第一章 すべての始まり アフリカ

第二章 先祖の足跡 インドからオーストラリアへ

第三章 遊牧から稲作へ 北アジア・東アジア

第四章 未開の地での改革 ヨーロッパ

第五章 そして新世界へ アメリカ

旅の終わりに


  博士は、自らも古生物病理学者ではありますが、この旅ではナビゲーターに徹しています。その旅は、ホモ・サピエンスがいつアフリカで誕生し、いつ、どのルートを経て世界中に拡散してったのか、を科学的に探求していきます。それぞれの大陸で訪れるのは、現代に残る最も古い種族であり、はたまた古代のホモ・サピエンスの化石が発見された洞窟や住居跡、さらには海を渡ったと聞けば古代の舟までに及びます。


  そして、訪れる各地で博士を迎えてくれるのは、その地で真摯に古代人類学を研究する研究者たちです。彼らは、考古学者であり、古代人類学者であり、古代遺伝子学者です。すべてが権威のある科学誌「ネイチャー」に新発見の論文が掲載されるような、現在の知の権威たちです。そこでのやり取りは、ホモ・サピエンスの歴史に対する最先端の知見です。


  アリス・ロバーツ氏の素晴らしいところは、現地住民たちやまったく異なる説を唱える科学者たちの言葉をフラットによく聞いて、その道理を認めていく姿勢です。


  今や遺伝子科学におけるDNA研究は、ホモ・サピエンスの遺伝的事実をつきとめているものとほとんどの科学者から認められています。しかし、古代人類学に関して偉大な発見をした科学者でも「多地域進化説(または地域連続説)」を主張する一派が存在します。それは、「アフリカのイブ」説である「アフリカ単一起源説」と真っ向から反対する説です。


  氏は、各大陸への旅の中で、様々に旧人類を研究する科学者たちにその研究について質問を投げかけますが、その答えを真摯に受け止めようと努力しています。それは、相手が真剣に研究した労苦を根拠にして唱えた説である限り、その人に対する畏敬を込めていることの証ではないかと思います。


  この本が常に明るい先見性に満ちているのは、氏のそうした姿勢が全編に貫かれていることが大きな要素になっているのだと思います。


【アフリカそして出アフリカ】


  序文にて、ホモ・サピエンスの基本的な知識と、この本で探求される技法(考古学、化石、石器、年代測定、遺伝子研究)を紹介したのち、博士はいよいよホモ・サピエンス発祥の地、アフリカ、ナミビアのンホマの地に降り立ちます。


  そこでは、ホモ・サピエンスとしてもっとも古代の姿を現代に残していると考えられているブッシュマン(サン族)の元を訪れます。ここで、博士は古代ホモ・サピエンスがどんな言語でコミュニケーションを行っていたのかに大きな興味を寄せます。また、ホモ・サピエンスが直立歩行した後にアキレス腱や尻の筋肉を進化させてきたわけを考察していきます。


  そして、ケープタウンにて遺伝子学における「アフリカのイブ」のワンダーに触れたのち、いよいよ最も古いホモ・サピエンスの化石と石器を調査する旅へと向かいます。それはエチオピアのオモ川下流の断層。そこは、195000年前と測定されたホモ・サピエンス最古の化石が発掘された場所なのです。


ホモサピエンスVSネアン01.jpg

(ホモ・サピエンスとネアンデルタール人(右)の違い wikipedeiより)


  さらに氏はホモ・サピエンス最古の歴史を追って、20万年前のホモ・サピエンスが加工したと思われる石器の発掘現場である南アフリカへと向かいます。化石と聞くとあたかも地層がむき出しになっていればそこに簡単に発見できると想像しがちですが、数十万年間、骨や遺体が石化して残るためには、奇跡的な条件が整わなければなりません。


  氏は、その奇跡が発見された場所を実際に訪れて発見と研究の現場を検証していくのです。


  第一章のクライマックスは、出アフリカの軌跡です。アフリカで生まれたホモ・サピエンスはいったいいつ頃に、どのルートをたどってアフリカを出て、世界へと拡散していったのか。氏は、出アフリカの最前線であるイスラエルのスフールの遺跡へと足を進めます。ロマンあふれる数万年も前のホモ・サピエンスの出アフリカ。


  そのワンダーは、皆さんもぜひこの本で味わってください。


  あまりに本が面白いので、アッという間に紙面が尽きてしましました。この後の美人科学者の活躍は、引き続いて次回お送りします。本当に科学はワンダーですね。


  季節の上では春を迎えましたが、梅は咲いても桜はまだまだ待ち遠しい季節です。特に日本海側では大雪と強風で大荒れの天気が続いています。皆さん、くれぐれもお大事にご自愛ください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



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2017年02月05日

渡邉義浩 三国志は「呉」から語られる


こんばんは。


  先日、いつものとおり本屋さんの棚をなにげなく見ていると、「呉」と「三国志」との表題が目に飛び込んできました。そういえば、しばらく「三国志」の世界を忘れていたなあ、と著者を見ると、以前にも読んだ「三国志学会事務局長」の肩書を持つ渡邉さんの本ではありませんか。


  今回の本は、青春新書からの発売。このシリーズはビジュアルをふんだんに使い、わかり易いので、複雑な三国志のストーリーを俯瞰するにはもってこい。すぐに買い求めました。


「呉から明かされたもうひとつの三国志」(渡邉義浩著 青春新書 2016年)


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(「もう一つの三国志」amazon.co.jpより)


【「三国志」の時代とは】

 中国の歴史は、秦の始皇帝が中国を統一し、その後項羽と劉邦の争いにより、漢が成立したところが一つのポイントとなります。中国は、「天子」と「徳」が歴史を紡いできましたが、紀元0年を境に前後で成立した漢。その後漢も2世紀末には最期を迎えます。幼い「天子」を擁立した宦官と摂政たちが権力争いを繰り広げ、政治は機能しなくなります。


  184年。ついに「太平道」を唱える集団が朝廷に反旗を翻します。「太平道」の信者は、中国全土に及んでおり、教祖である張角をリーダーとした「太平道」の反乱は全土に広がりました。この反乱の鎮圧には、その後三国志に登場する覇権を争う登場人物がすべて登場することになるのです。この反乱は、黄巾の乱と呼ばれています。この混乱に乗じて首都洛陽を占拠したのは、軍閥の親玉である董卓でした。


  後漢はこの後も存続しますが、乱世の時代に後漢乗っ取りを目指したのは、宦官を支配した何進。何進が宦官に殺害された後には、豪族の袁術、袁紹兄弟が覇権を争うことになります。189年からの数年は、董卓とその養子呂布、袁紹、袁術が戦いを繰り広げ、まさに乱世が続きます。


  その中で、台頭したのはその後に「魏」の皇帝となった曹操です。曹操は、董卓を殺害した呂布や袁術と対立しますが、彼らに勝利し着々と勢力を蓄え、200年に有名な官渡の戦いで袁紹を破って中原を制覇することになるのです。


  この間、「蜀」の皇帝となる劉備は一時曹操の配下にいましたが、曹操に反旗を翻したことで官渡の戦いの前に追放されています。一方、この年、孫家を拡大させてきた孫堅の息子、孫策が合戦中に受けた傷が悪化して亡くなり、弟の孫権がその跡を継いでいます。


  我々が「三国志」として思い浮かべるのは、中原から天下統一を目指した「魏」の曹操の活躍と、関羽や張飛と桃園の誓いで義兄弟となり、三顧の礼で諸葛孔明を軍師として迎えた「蜀」の劉備との闘いです。三国志の中で、「呉」が印象に残るのは、映画にもなった「赤壁の戦い」での孫権と周瑜の姿。「呉」は、「三国志」の中ではマイナーな感じがぬぐえません。


【「呉」から見る三国志】

  この本の面白さは、これまでの三国志演義では、曹操や劉備玄徳のわき役との印象が強い「呉」を中心に三国志を語るところにあります。


  「呉」は、三国の間では西南の地域(江東)を統治する国であり、中国文化の中心であった中原からは遠く離れた地域となります。しかし、この地域は戦国春秋時代には強国であった「楚」の支配地域であり、宮城谷昌光さんが最新作「湖底の城」で描いている呉越の戦いの舞台でもあります。春秋時代には、兵法の指南書と言われる「孫子」を表した孫武もこの地域の出身であり、小説にも登場しています。


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(「曹操」辻村寿三郎HPより)


  「呉」の国の礎となった孫堅は、自らを孫武の子孫と称していたといわれていますが、その出自は貧しかったようです。「呉」の国を興して初代皇帝についた孫権は、父孫堅が築いた勢力をその死後引き継いだ兄孫策の跡を継ぎ、その基盤の上に「呉」を打ち立てたのです。


  この本は、三国志を「呉」と孫氏から語っていくのです。


  265年、魏の宰相であった司馬炎は、魏の元帝から皇位の禅譲をうけて「晋」を打ち立てます。それに先立つ263年に魏の司馬昭は、蜀に軍を送り首都成都を陥落させ蜀は滅亡します。そして、280年、晋は大軍を擁して呉に攻め込み、ついに「呉」は滅亡します。ここに三国時代は終焉を迎えますが、三国の中で「呉」は最後まで生き残った国だったのです。


  「三国志」は、司馬氏が「晋」を建て三国が統一された以降に司馬氏に仕えた陳寿が編纂したと言われています。「三国志演義」は、明の時代に読み物として書かれたもので、我々がよく知る劉備玄徳、関羽、張飛の物語や諸葛孔明の逸話のほとんどは、フィクションとして作られた話だそうです。


  「三国志」は、司馬遷の「史記」にはじまる中国王朝の史書と呼ばれる記録であり、宮城谷さんの「三国志」はこの史書をもとに描かれた小説です。「三国志」には、「魏書」、「呉書」、「蜀書」という3つの国の物語をひとつの史書にまとまたものと言われています。この本の著者は、この中の「呉書」をひもとくことで、改めて「三国志」の世界を再構築しているところが大きな特徴です。


【孫氏の呉の国とは】

  史書「三国志」は全65巻で構成されています。その内訳は、「魏書」30巻、「蜀書」15巻。「呉書」20巻となっており、「呉書」は「晋」に皇帝の位を禅譲した「魏書」に次ぐ巻数を得ています。「呉書」の第1巻は、「呉」の前史として父親の孫堅、兄の孫策の業績が記されています。第2巻は、初代皇帝であった孫権の書。そして、第3巻では、孫権ののち皇帝となった孫亮、孫休、孫皓の記録が記されます。


  そして、残りの17巻には、皇帝の夫人をはじめとして、王族、さらには「呉国」にかかわった様々な人々の列伝が記されています。


  この本は、「呉書」の記載に基づき、そのエッセンスを年代記のように語っていくのです。


(目次)

序章 孫氏一族と呉国

第一章 孫堅、中原に雄飛す

第二章 孫策、江東を駆ける 

第三章 孫権、江南に覇を唱える 

第四章 「その後」の孫呉


  この本では、各章ごとに「呉国」の歴史にてポイントになった、年代を追った合戦をキーに「三国志」を彩った英傑の活躍が描かれます。しかも、すべての項(合戦)に図解が描かれており、その合戦の意味を解説してくれています。


  さらに、各項のコラムでは、「名将の逸話」と題して、その年代に関わる名将の逸話を語っており、歴史のトリビアを味わうことができます。


    さて、人が短い人生の間にことを成すとは、どうゆうことなのか。「呉国」の歴史から「三国志」を見た時に感じるのは、ことを成すときに人生の長さは関係ないという感慨です。


【孫堅、孫策父子が礎を築く】

  まったく無名で貧困にあえいでいた孫堅が世に出たのは、17歳のときでした。ある出来事で、その才覚が認められ、地方の尉(警察官)に任命されます。その後、20代の後半には、黄巾の乱制圧のために軍に加わり、目覚ましい成果を挙げることで、出世街道を歩みます。候となった孫堅は、袁術に認められ、軍団を率いて戦い続け、ついには董卓が支配する首都洛陽を落します。その後も袁術のもとで、領土拡大を続けていきますが、油断があったのでしょう。


  襄陽で劉表配下の黄祖に勝利した時、勝利を収めたその夜に一人で敵情を視察します。そこには、黄祖の部下が潜んでいました。孫堅は、そこで矢で射抜かれて亡くなります。そのとき、孫堅は37歳という若さでした。


  そのまま孫氏の名前が歴史から消えていても不思議ではありませんでした。しかし、孫堅の志は、息子の孫策へと引き継がれていきます。父孫堅が亡くなった時、孫策は17歳。それは奇しくも父が尉に任命された年と同じです。父孫堅が亡くなったことで孫堅軍団は解体し、袁術の軍に吸収されることになります。


  しかし、父のDNAを見事に引き継いだ孫策は、部隊を率いての戦いに実力を発揮して頭角を現します。そして、19歳の時には、袁術に乞うて父のもとにいた孫軍団を返してもらいます。そのときの軍団はたったの1,000名ですが、その中には父の時代からの優秀な人材が含まれていたのです。孫策は、袁術の部下として戦いに成果を挙げると同時に、さらなる人材の発掘に努めます。


  5,000人までに拡大した孫策軍。その中には、だれもが名前を知る張昭と周瑜という無二の才能を持つ英傑が含まれていました。195年、袁術のもとからの独立の機会を狙っていた孫策は、揚州をめぐって対立していた劉繇(りゅうよう)の討伐を自ら志願します。袁術は孫策の才覚を警戒していましたが、勝っても負けても損はしないと考え討伐を許可します。


  ここでも勇猛さと統率力を発揮した孫策は、みごとに劉繇を打ち破り、呉の基礎となる江東の制覇を成し遂げるのです。しかし、父のDNAは争えません。その後、制圧した江東地域を拠点に版図を拡大し、江南をも支配地としますが、そこに落とし穴がありました。


  200年。いよいよ曹操のいる許都を攻めようと計画しているときに刺客に襲われます。勇猛果敢な孫策は、その場で3人の刺客を葬りますが、一人が放った矢に顔を射抜かれて傷を負います。そして、その傷がもととなり孫策も26歳の若さで帰らぬ人となるのです。


  孫策は、死の床で自らの後継者に弟の孫権を指名します。そして、最も頼りにしていた周瑜と張昭を孫権の後見として、何事もこの2人に相談するよう遺言します。後を託された孫権は、このとき19歳という若さでした。孫権は、二人の補佐役の策をよく実現し、208年の赤壁の戦いでは、蜀の劉備玄徳と同盟し、軍師諸葛孔明とともに周瑜とその部下黄蓋の智謀により見事数十万人を擁する曹操を打ち破ったのです。


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(「孫権」辻村寿三郎HPより)


  そして、229年に孫権は呉の皇帝に即位し、3国が並立することとなるのです。


  孫権は、252年に亡くなりますが、この後三代の皇帝が後を継ぎ「呉」の国は続いていきます。


  この本では、孫氏による「呉」から三国志を描いていますが、孫氏の元には江東・江南を傘下に収め、支配するために多くの名将たちが集まっていました。この本では、そうした名将の活躍も見逃してはいません。「呉」の支柱と言われる張氏、陸氏、朱氏、顧氏など、様々な名将の逸話が描かれています。特に張昭や陸遜の志と活躍は、宮城谷さんであれば長編小説に仕上がるのではないかと思われます。


  さらには、劉備玄徳の軍師、諸葛孔明の一族が、「蜀」だけではなく、「呉」でも「魏」でも活躍していたとの事実は、この本でのワンダーです。例えば、孫権に仕え、その死後には摂政として「呉」の政策を担った諸葛恪は諸葛孔明のいとこ。また、その父である諸葛墐は孔明の兄であり、蜀との同盟に大きな力を発揮して「呉」の大将軍となりました。



  この本は、これまで知っていた「三国志」の世界に新たなワンダーをもたらしてくれます。三国志に興味のあるあなた、ぜひこの本を楽しんでください。「三国志」を読むことが一層楽しくなることに間違いありません。宮城谷三国志を読むのが待ち遠しくなります。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年01月29日

吉野準 インテリジェンスに必要な器


こんばんは。


  ジャーナリズムは、常にニュースバリューのある出来事を報道することに目を向けています。


  安倍首相は、外交でのアピールもそつなくこなします。今年に入っての注目はアメリカでのトランプ氏の大統領就任ですが、そのことも踏まえて、安倍さんはアジア諸国への訪問を行いました。フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領のもとを訪問しました。ドゥテルテ氏は、徹底した覚せい剤の取り締まりで支持率を高め、国際的にも注目される首脳の一人です。


  安倍さんは、家族を大切にする大統領の質素な自宅を訪問し胸襟を開いて会談を行いました。最初の訪問国にフィリピンを選び、南シナ海問題の国際法による解決をアピールしたのです。日本では中国と尖閣列島の問題で対立しており、その後歴訪したインドナシア、ベトナム、オーストラリアの訪問で南シナ海問題を取り上げたのは、日本の安全保障にとっては効果的な外交であったと評価されました。


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(ドゥテルテ大統領と安倍首相夫妻 asahi.comより)


  ジャーナリズムは、安倍さんの経済政策とトランプ大統領への対応を大きく取り扱っていますが、安倍さんの安全保障政策に対してはまるで終わった出来事かのように沈黙しています。


  ちょうど3年前、安倍総理はアメリカにその設立を約束した日本版NSC(国家安全保障会議)設立のための法案、そしてそのために必要な特定秘密保護法案を成立させましたが、その後の安全保障への対応はほとんど報道されていない状況です。


  国家安全保障会議は、国家安全保障局のもとで情報の収集を行い、判断は首相、官房長官、外務大臣、防衛大臣の「4大臣会議」にて行われる仕組みとなっています。日本が直面する安全保障の課題としては、北朝鮮からのミサイル・核の攻撃、中国や韓国の尖閣諸島、竹島に対する行動、ロシアの北方領土への対応、などがあげられますが、今後、大きな焦点となるのは日本国内、または在外邦人に対するテロリストによる攻撃ではないでしょうか。


  日本の国益に即した安全保障を考えるとき、もっとも必要な事はインテリジェンスです。それは、諜報と翻訳されますが、国家安全保障会議で政策を判断するには、「日本国」を取り巻く情勢に対する正確でディープな情報と的確な分析が不可欠です。特にイスラミック・ステイトに代表される過激テロに対応するにはインテリジェンスこそが日本国民を守る唯一の武器になるといっても過言ではありません。


  今週は、現在の日本に最も必要なインテリジェンス組織に関する本を読んでいました。


「情報機関を作る 国際テロから日本を守れ」(吉野準著 文春新書 2016年)


  日本の情報機関というと代表的な組織は内閣調査室ですが、実は日本の各省庁は情報の大切さを十分にわかっており、法務省にも外務省にも防衛省にも警察庁にも警視庁にも情報収集と分析を業務とする組織が存在します。こうした情報機関がキチンと国益のために機能しているか、と言えば疑問です。


  かつて、後藤田官房長官は中曽根内閣で内閣官房6室制度の発足に当たり、各省庁出身の室長を前に五訓と呼ばれる訓示を行いました。


○省益を忘れ、国益を想え

○悪い、本当の事実を報告せよ

○勇気をもって意見具申せよ

○自分の仕事でないというなかれ

○決定が下ったら従い、命令を実行せよ


  まさにインテリジェンスオフィサーのためにあるような言葉ですが、各省庁のもとで縦割りとなっている情報機関では、とても実現できるようには思えません。


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(国益を思う後藤田正晴氏 bs-asahi.co.jpより)


  「官僚主義」という言葉がありますが、それはこの五訓と反対のことをする場合をいう言葉です。「省益を想い、国益を忘れ」、「悪い、本当のことは隠ぺいする」、「事なかれ主義で意見具申を避ける」、「それは自分の仕事ではないと言い逃れる」、「決定が下ってもなお文句を言い、実行しない」日本の官僚主義は、一つの伝統になりつつあるのではないでしょうか。


  フラットに世界の国々を認識し、我々一人一人の日本人の安全を考えた時に必要なのは、省庁という縦割り組織を超えて、日本国民の安全のために、広く、深く真の情報を収集し、的確に分析して意見具申ができる情報機関なのではないでしょうか。


  この本の著者は、1993年に第79代警視総監を務めた吉野準氏です。氏は、警察庁時代に現場の警察官を永く経験したのち、ベオグラードで外交官を勤めました。その後、県警の本部長や警察庁の警備局長なども務めており、現場経験も豊かです。さらには、内閣総理大臣秘書官も経験しており、日本の公安情報に関してはエキスパートと言えます。


  生まれ年を見ると、氏は当年とって82歳になりますが、その情熱は決して衰えていません。


【インテリジェンスの実際】

  インテリジェンスには、大きく分けてヒューミントとそれ以外の方法による諜報があります。ヒューミントとは、まさに人と人(人脈)によって情報を収集していく手法。この本では、別の手法として電話や通信、インターネットなどによる諜報、「シギント」が紹介されています。インテリジェンスには他にも公に公開されている情報から諜報を行う手法「オシント」や衛星や偵察機を使い画像解析を行う「イミント」などがあります。


  当然、情報機関ではこれらの方法が専門的に行われるわけですが、吉野氏は、インテリジェンスの基本活動であるヒューミントに絞って情報機関に必要なものを語っていきます。


  日本の情報収集、分析機関で唯一逮捕権を行使できるのは警察です。そのなかでも著者も身を置いていた公安部隊は、要人警護からテロ対策まで日本の治安を守る前線部隊として日夜活躍しています。吉野氏はこの本で、生の現場経験を踏まえて、情報機関に必要なヒューミントのノウハウを語ってくれるのです。


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(吉野準著「情報機関を作る」 amazon.co.jpより)


はじめに ヒューミントの現場から

第1章 情報で勝負する

第2章 ヒューミントの工程表

第3章 ヒューミントの同業組合

第4章 歴史を動かした大物スパイ

第5章 防諜体制をいかに築くか

第6章 ヒューミントのための組織と人材


  日本は国際諜報に関して、まさに弱みを持っています。一昨年に起きたイスラミック・ステイトによる日本人2名の人質事件。日本は、アメリカやトルコを通じ、全力で拘束された二人の情報を収集し、なんとか人質の生還をめざしました。ところが、情報収集もままならず、当然ながらテロ組織に常に先手を取られて、結果として2名の尊い命が犠牲となりました。


  ジャーナリストの後藤健二さんは人質を救うことを目的に現地に入った結果の惨劇でした。


  このことで、最も学ぶべきことは国際テロに対して、直接情報を得る手足を持たず、他の国の情報を頼りにするだけでは、独立国として国民の命を守ることができないという事実です。


  吉野氏は、日本は歴史的に見て情報を悪いものとみているといいます。それは、江戸時代に培われた庄屋制度と隣組制度です。氏は、そのことを語るのに司馬遼太郎氏の講演を引用します。曰く「およそ情報というものは水田農業の農村においては重要なものではなかったのです。それどころか情報というものは時に平和を害するものであり、庄屋が握りつぶすべきものでありつづけた。そういう社会がずっと続いてきた」


  そんな日本の国ですが、吉野氏はインテリジェンスの不可欠さを説くとともに国際社会において日本が国際テロを防ぐためには、情報機関の創設がなくてはならないと語るのです。


【ヒューミントの工程表そして同業組合】

  情報機関といえば、アメリカのCIA、ロシアのSVR、イギリスのMI6、イスラエルのモサドなどが頭に浮かびますが、吉野氏は日本にもこうした情報機関をつくるための工程表を提示します。この本の主眼はヒューミントにあるので、当然ながら組織を作るために必要な人のリクルートから工程表は語られていきます。

  

  具体的な中身は本に譲るとして、この本の面白さは様々に語られる事例と本です。事例としては、日本赤軍ハイジャック事件やソウルオリンピックにおける北朝鮮のテロ未遂事件などが氏の経験した事件として生々しく語られます。また、私も大好きでハマったフレデリック・フォーサイスの本から諜報の事例がみごとに語られていきます。「オデッサファイル」や「第四の核」などは、世界の情報機関に教科書として利用されているといいます。


  インテリジェンスのリクルートに肝要な言葉「マイス」とは一体何でしょうか。


  「MICE」とは、マウスの複数形ですが、諜報の世界ではリクルートに必要な4つの要素なのです。まず、MMONEY。お金です。まず、情報も人もお金で動くことはご存じのとおりです。次のIは、IDEOLOGY。つまり、イデオロギーとは思想・信条のことです。自由主義と共産主義は、スパイが裏切るときの大きな動機となります。


  Cとは、COMPROMISEのこと。本来の意味は、譲歩する、和解するという意味ですが、諜報の世界では、「醜聞(スキャンダル)による強要」との意味になります。つまり、弱みを握ってリクルートするということです。某自衛官が陥ったハニートラップは中国の得意技だそうです。最後のEは、EGOのことです。人間だれしも自尊心や自惚れる気持ちを持っています。組織の中で正当に評価されないとの不満はリクルートの時には大いに役立ちます。


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(ソ連の英雄 スパイゾルゲ記念切手 Wikipediaより) 


  こうしたワンダーがこの本には満載されているのです。


  さらに、同業組合の章では、なぜ日本に情報機関が必要かを実感させてくれます。


  かつて、ある警察官が日本赤軍のダッカ乱射事件の解決のために海外へといったときに日本に情報機関がないために動きが取れなかった、とのテレビ番組でのコメントが紹介されます。「事件後、警察庁に対策本部ができ、私もその一員として各国の情報機関を回って歩いたのですが、(どこへ行っても)3つのことを言われました。」


  「第一に、あなたは警察でしょう。情報機関じゃないでしょう、と言われた。相手になかなか入り込めず苦労しました。」「次に言われたのは、もし情報を提供したらそちらは何をくれるのか、と。こちらには代わりにあげるものがないのです。」「三つ目に、お国では差し上げた情報の秘密は守れるのですか、と言われた。(当時はまだ)秘密保護の法律がなかったのです。」


  まさに情報機関のない国は、世界の諜報から相手にされないとの事実がここに語られています。


  この章では、ギブ・アンド・テイク、サード・パーティ・ルール、インテリジェンス・オフィサーのカヴァー(身分の秘匿)、情報源の秘匿など、情報機関でのあたりまえのルールが語られていき、情報機関独自の立ち位置が明確にされていきます。


  第四章では、実在したスパイが紹介されます。日本の情報をソ連に送り続けたソ連の英雄リヒャルト・ゾルゲ。キューバ危機の時代、ソ連のフルチショフ書記長の情報をソ連からアメリカに送り、キューバ危機を回避させたソ連GRUのペンコフスキー大佐。アンドロポフからゴルバチョフへと書記長が変わる中、ソ連の情報をイギリスへと流し、最後にはイギリスへと亡命した英雄ゴルディエフスキー。こうした人々の実録が語られていきます。



  この本は、手に汗を握るような記事とビジネスの企画書のような記事とが、交互に現れて、情報機関の必要性と現実にそれを創生することのノウハウを見事に語っていきます。国際関係による諜報が国益を左右する現代、皆さんもこの本を読んで情報機関の必要性を改めて認識してはいかがでしょう。一日も早い機関の創設が待ち望まれます。


  それでは今日はこの辺で、寒くなったり暖かくなったり極端な天気が続きます。インフルエンザも流行っていますので、皆さんお体にはくれぐれもご自愛ください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



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2017年01月22日

福岡伸一 ハカセの最新エッセイを読む


こんばんは。


  生物学に携わる先生は、皆不思議な感性をもっているのかもしれません。


  構造生物学者の池田清彦さんは、人気のテレビ番組「ほんまでっかTV」で、天然な評論でさんまさんの笑いを引きずり出していますが、生物(特に昆虫)に対する思い入れは、他の追随を許しません。そのエッセイは、ワンダーな発想が随所にちりばめられており、思わず笑ってしまいます。


  また、2007年から2009年にかけて、分子生物学と人類の関係を自らのワンダーとともに記した新書を上梓し、一躍ベストセラー作家の仲間入りをした福岡伸一さんもちょっと変わった生物学者です。氏は、優しく知的な文章を駆使して分子生物学と自らの人生を、みごとなエッセイにまとめて読者を魅了します。


  氏は、エッセイで自らを「福岡ハカセ」と自称していますが、科学者でありながら絵画や文学に対しても豊かな感性を発揮し、すべてを結び付けて様々に語っていきます。特にオランダの画家フェルメールには造詣が深く、世界に散らばる30数点のフェルメールを全点踏破するほどのフェルメール好きです。


  今週は、その福岡ハカセのエッセイ、最新本を読んでいました。


「やわらかな生命 福岡ハカセの芸術と生物をつなぐ旅」(福岡伸一著 文春文庫 2016年)


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(「やわらかな生命」文春文庫 amazon.co.jpより)



【生命の仕組みのワンダー】


  最近、家族が薬剤関係の仕事に就いたため、家では薬の名前が飛びかっています。息子が歯医者に行って親知らずを抜いてくると、みんながもらった薬の名前を聞き出します。「エッ、ボルタレン?その痛み止めが出るのなら、マスイが切れたらすごい痛みがおそってくるよ。」と脅します。初めて、親知らずを抜いた息子は、その「スゴイ痛み」に恐れをなし、バイト先に電話してお休みにしてしまったほどです。(その後、マスイが切れても大きな痛みは襲ってこずに、収入が減ったと嘆いていました。)


  薬の話題は、我々の生きる力に直結しています。


  先日も風邪をひいて熱が出たので、医者に行ったところ「抗生物質」が処方されました。私自身は、抗生物質を飲めば熱が下がり、のどの痛みも治まるので、「抗生物質」は直接風邪の菌を殺して症状を緩和してくれるものと、勝手に考えていました。


  ところが、薬学に携わる娘は、「抗生物質は、直接症状に効くわけじゃないからね。」と、サラリと驚くべきことを言うのです。


  話を聞けば、「抗生物質」は、我々の体の免疫性を補助する役割を果たすもので、いわば、現在かかっている病気以外の細菌に感染しなくなるようにする薬だ、ということなのです。現在の症状以外の細菌への抵抗力を増すだけで、あれだけ症状が緩和されるとは、改めて人間の持つ免疫力の偉大さを痛感しました。


  ところで、皆さんの中にも毎年の花粉症に閉口している方がたくさんいると思います。福岡ハカセも重度の花粉症のようで、エッセイの中には花粉症の話題も登場します。花粉症は、スギ花粉による症状が有名ですが、人によって反応する花粉の種類が異なるようです。


  福岡ハカセは、花粉症の仕組みを簡単に解説してくれます。


  人間の免疫は、本来無害のものには反応しませんが、スギ花粉を有害なものと認識してしまうため、免疫が反応し鼻水や涙が大量に発生することになるようです。花粉症の薬は、スギ花粉に反応するレセプターを薬によって先に蓋をしてしまい、免疫が反応しないようにするのです。花粉の種類が異なると蓋をするレセプターが異なるため効かないようです。


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(花粉症とレセプターの仕組み)


  もう一つ、花粉症を和らげる方法は、免疫が花粉を有害と認識しなくするために、日ごろから少量の花粉を体内に入れることで、免疫の反応をなくしていくやり方です。免疫が寛容になれば、花粉への反応が抑えられ、花粉症が収まっていくわけです。免疫が寛容とは不思議な話です。


  花粉に対して免疫が寛容になってくれれば、花粉症は軽くなるわけですが、人間の体内にある免疫は、家主に似て年を取ると不寛容になるそうです。残念ながら、福岡ハカセの免疫は、すでに寛容である年齢を超えているようです。


【生物と科学と芸術のトリビア】


  このエッセイは、2008年から週刊文春に連載されている福岡ハカセのコラムをまとめた本の第3弾です。文庫のページにして、1編は約3ページですが、毎回、ハカセの知るワンダーを盛り込んでおり、そのトリビアに思わず次々と読み続けてしまいます。


  最近、ぐっさんこと山口智充さんが父親役で、息子たちに歩きながらトリビアを語るTVCMが放映されています。いわく、「マンボウは一度に3億個も卵を産むって、知ってた?」、「そうなの?」、「こおろぎの耳は前足にあるって、知ってた?」、「そうなの?」。とお父さんが子供たちに語ると、子供たちは尊敬のまなざし。それに続いて、会社の名前を言うと、なぜか子供の方がその会社のことをよく知っている、というお父さんの自尊心をくすぐるようなCMです。


  このコラムの福岡ハカセも、まるでCMのお父さんのようにトリビアを次から次へと語ってくれます。


  今回のキーワードは「生命」


第一章 日常と生命

第二章 野生と生命

第三章 科学と生命

第四章 色彩と生命

第五章 地図と生命

第六章 学びと生命


  第一章は、我々の日常に近いところでのワンダー。毎年受ける健康診断。ハカセは、血糖値の値が危険値に近づいていることがわかります。ここから話は、肝臓の機能へと進んでいきます。肝臓は、体に必要な物質の調整を司ります。それは、人が食料を手に入れられない状態でもなんとか糖分を体内に送る役目を果たします。日頃は、体に必要な糖分を油に変えて脂肪として格納し、糖分が補給されなくなると脂肪を糖分に変えて体に供給するのです。


  人間の体に糖分が足らないとき、肝臓はアクセルを踏んで糖分を増産します。それでは、体に糖分が増えすぎたときに肝臓はブレーキを踏んでくれるのでしょうか?残念ながら糖分のブレーキは、満腹感意外にありません。おなかがいっぱいになると人は糖分を取ることを控えます。しかし、そのブレーキはあまりも頼りになりません。


  何故、肝臓はアクセル機能しか持っていないのでしょう。それは、人類が経験してきた数百万年の歴史の中で、食物がなく糖分不足で幾度となく生命の危機を体験してきた時間がアクセル機能を育んできたのです。人の体は、そもそも現代日本のような飽食の時代を想定していないのです。


  第二章の野生と生命の話は、昆虫採集オタクであったハカセの面目躍如たる話題であふれています。トンボの恋愛行為について、雄雌で、「く」の字と「し」の字で繋がり、まるでハートのような形を作って愛を育む話。関東育ちのハカセが関西ではじめてクマゼミの鳴き声のシャワ-を浴びた話から、生物分布への話へと拡がる展開。ダンゴムシはどうやって集団になるのかなどなど、くめども尽きぬ命のワンダーが語られていきます。


  福岡ハカセと言えば、「生物と無生物のあいだ」(講談社新書)で描かれた、人間がいかに生物科学を築いてきたか、のワンダーを思い出します。科学と生命の章では、ハカセが京都大学時代に学習会として立ち上げたサンガー会の話が白眉です。その名は、唯一ノーベル化学賞を二度受賞した生化学者フレデリック・サンガーに由来しています。


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(名著「生物と無生物のあいだ」amazon.co.jpより)


  サンガーは、1950年代タンパク質の精製要素であるアミノ酸の配列を決定する方法を考案し、タンパク質がアミノ酸の結合物であることを確定しました。その功績によりノーベル賞を受賞します。さらに、ノーベル賞受賞をものともせずに研究をつづけ、遺伝子の決定要素であるDNAの塩基配列の決定法を発明し、生物科学の研究に再度パラダイムの変換をもたらし、1980年に2度目のノーベル賞を受賞します。


  サンガーは、その後も研究を深め、遺伝子地図を保管するDNAと並んで遺伝子に重要な役割を果たす、その地図を利用するために働くRNAの配列決定法までを開発しました。彼は、2013年に95歳で亡くなりましたが、もう少し長生きをしていれば、3度目のノーベル賞を受賞したといわれています。


  ハカセが生物科学の歴史を語るとき、その情熱とワンダーに心が動かされます。


【フェルメールとレーウェンフック】


  福岡ハカセが心から愛するフェルメールの話題も当然語られています。


  このブログでは、フェルメールが来日するたびにその感動を紹介しているのでおなじみかと思います。フェルメールはオランダ、デルフトで生まれ育った光と青を描いて唯一無二の画家です。福岡ハカセは、フェルメール好きが高じて、そのすべての絵画をデジタル技術により稠密に復元し、年代順に展示する美術展を開催したほどです。


  この本の「色彩と生命」に登場するフェルメールには心躍りました。


  フェルメールは、デルフトの美しい青空を描くためにガラス質の粉であるスマルトを使い見事な青を実現します。さらに、かの「真珠の耳飾りの少女」のターバンの青を描くために青い宝石であるラピスラズリの粉を使っています。それにより、フェルメールは他の誰も表現したことがない青を手に入れることに成功したのです。


  この静の青を動の青へと進化させたのが、百年後の日本で浮世絵を世界の芸術に高めた葛飾北斎でした。そこで使われた「ベロ藍」と呼ばれた染料です。なぜ、フェルメールの青は動かず、北斎の青は動いたのか。ハカセは、科学的にその謎を語ってくれるのです。


  福岡ハカセがフェルメールに目覚めたのは、同じときにデルフトに生まれたレーウェンフック研究がキッカケでした。


  レーウェンフックは、世界で初めて自作の顕微鏡を使って微生物を研究したといわれています。フェルメールの描いた「天文学者」、「地理学者」はレーウェンフックがモデルとも言われています。ハカセは、レーウェンフックの研究が世に出ることになったいきさつに思いを馳せるのです。レーウェンフックのオタク度には注目です。


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(フェルメール「天文学者」Wikipediaより)


  第五章、第六章では、私も大好きな須賀敦子さんとベネチィアの話題が語られ、さらには、カズオ・イシグロさんの印象、化石や原石コレクターの話、さらにはジャレット・ダイヤモンドさんとの対話などが流れるように語られていきます。



  福岡伸一氏の根底には、常に「動的平衡」の思想が横たわります。生命は、人間も含めて日々すべての細胞を死滅させ、新たに生まれ変わらせることによって生きています。それは、生命が40億年をかけて生き残るために打ち立てた究極の戦略です。「動的平衡」とは、生命体がたゆまぬ変化を生み出すことによって今ここに存在していることを指します。その壮大な営みを考えれば、人間ごときが考えるたいていのことは「たいしたこと」ではないとさえ思えます。


  福岡ハカセの文章は、まるで文学や哲学のようにして科学的という、訳の分からない魅力を包含しています。氏は、進化論だけでは生物は語れない、生命は物質の塊であるが、物質をどのように集めても生命にはならない、そこには何か別の要素がある、と考えています。


  この本は、肩の凝らないエッセイ集ですが、福岡ハカセには、渾身のサイエンス書を期待しています。是非とも、分子生物学の最前線を平易に熱く語ってほしいと思います。よろしくお願いします。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



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2017年01月20日

映画「ファンタスティック・ビースト―魔法使いの旅」


こんばんは。


  先日は、昨年末に見たスター・ウォーズ番外編の「ローグ・ワン」の面白さをお伝えしましたが、昨年末にはもう1作、見逃せない作品が公開されました。


  それは、ハリー・ポッターシリーズの最新作です。


【小説は小説、映画は映画】


  ハリー・ポッターシリーズは、原作本が世界中で超ベストセラーとなり、そこから映画が創られてシリーズとなりました。うちの連れ合いと娘はこのシリーズの大ファンで、まず小説をすべて読破し、ついでに映画を見た形となります。それ故、映画に対しては手厳しく、ダンブルドア校長やスネイプ先生、マクゴナガル先生などの語りや会話に対してはその異なるところを何時間でも語っていました。


  その様子をまぢかで見ていて、小説を読む前に第1作目「賢者の石」を映画で見てしまった私としては、映画の面白さを純粋に味わいたいために、結局小説の方は読まずじまいで現在を迎えています。連れ合いと娘からは、人生を損していると揶揄されていますが、本を読むにはいまさら感があることも事実です。


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(映画「ハリー・ポッターと賢者の石」ポスター)


  それにしても映画、ハリー・ポッターシリーズは魔法の世界をみごとに映像化することに成功していて、どの作品もワンダーの宝庫でした。文字は人間の想像力を刺激し、様々な映像を脳内に作り出しますが、映画は直截であり、ワンダーもその場で味わえます。


  ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーのチームワークと友情も素晴らしいものでしたが、ヴォルデモードとの宿命の対決に毎回手に汗を握りました。


  昨年末にそのスピンオフ作品である映画「ファンタスティックビースト-魔法使いの旅」が公開されました。ファンとしては、待ちに待ったシリーズ作品。すぐに見に行ったのは当然です。


(映画情報)

・作品名:「ファンタスティック・ビースト-魔法使いの旅」

 (米2016年・133分)(原題「Fantastic Beasts and Where to Find Them」)


・スタッフ  監督:デビッド・イェーツ  脚本:JK・ローリング


・キャスト  ニュート・スキャマンダー:エディ・レッドメイン

        ティナ・ゴールドスタイン:キャサリン・ウォーターストン

        ジェイコブ・コワルスキー:ダン・フォグラー

        クイーニー・ゴールドスタイン:アリソン・スドル


  この映画のワンダーは半端じゃありません。始まってから最後まで、ワンダーとハラハラの連続でアッという間の133分でした。


【「魔法使いの旅」の面白さ】


  原案は、ハリー・ポッターが学んだホグワーツ魔法魔術学校で教科書として使われていた「幻の動物とその生息地」です。主人公は、この教科書の編集者であるニュート・スキャマンダー。彼が、船旅でたどり着いたのは1920年代のニューヨーク。


  映画はニュートが船を降り、税関でカバンを調べられるシーンから始まります。そのカバンは、ガタガタと動き、中に何かが生きている模様。あまつさえ、カバンの隙間から不可思議な指がはみ出しています。


  しかし、原作者であるローリングさんの脚本は秀逸です。古めかしい旅行鞄の留め金の鍵の部分にダイヤルがついており、ダイヤルを回すと「マグル用」との表示が現れます。ダイヤルをマグル用に併せて、税関の前でカバンをあけると、カバンの中には着替えや時計など何の変哲もない旅行道具が現れます。税関の担当者は、何事もなく「よい旅を」と語り、ニュートはあっさりと入国を果たします。


  ここから先を語るとせっかくのワンダーな映画のネタばれとなるので、この映画のワンダーはぜひご自身でご覧になって楽しんでください。


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(映画「ファンタスティック・ビースト」ポスター)


  この映画の素晴らしさは、二つ。どちらもローリングさんの才能と思います。ひとつは、原作者としてのみごとな魔法動物の想像力。映画では、ニュートの旅行鞄の中から何種類もの魔法動物がニューヨークの街に逃げ出してしまいます。ニュートは大慌てでその動物たちの回収に走り回るのですが、そのドタバタぶりは魔法動物と相まってワンダーを醸し出します。


  例えば、金ぴかなものには目がないスカンク模様の魔法動物、ニフラー。つぶらな瞳とアヒルのようなくちばしをもったニフラーくんは愛嬌たっぷりの魔法動物です。ところが、このニフラーが逃げ出したのは、こともあろうに銀行の中でした。金貨と銀貨にはことかかない銀行、窓口から貸金庫の中まで、金ぴかをめざしてニフラーくんが大活躍します。


  このほかにも、スウィーピングエヴィルやデミガイズ、オカミーなど、想像を絶する魔法動物がセントラルパークやニューヨークの街を駆け回ります。ニュートが肌身離さずに一緒にいるボウトラックルはさやえんどうの蔓のような容姿で憎めません。アメリカ出身のサンダーバードはラスト近くで大活躍します。


  もうひとつの映画の素晴らしさは、ローリングさんの書いた脚本です。


  登場人物の造形は全員に個性があり魅力的。さらにストーリーも善と悪の対決をメインストーリーとし、人間と魔法使いの奇妙なエピソードの連続が極めて秀逸です。特に魔法議会に勤める魔法使いのゴールドスタイン姉妹の設定がなんとも魅力的です。姉は、主人公ニュートと付かず離れずの微妙な関係。妹は、この映画の要となるマグル(人間)に密かに恋心を寄せることになります。


  ハリー・ポッターでもそうでしたが、作者の伏線の置き方は周到で様々な場面で伏線に思い当たることになります。魔法動物オカミーの卵は銀でできており、オープニングでニュートが椅子に卵を置き忘れてしまい大騒動となります。この卵が最後に思わぬ効果を挙げることになります。


【次回作も楽しみなシリーズ】


  さらにニュートの魔法動物園の小部屋には、美しい女性の写真が置かれており、リタという名前が語られます。ティナは彼女を知っていたらしく、サラッとなれそめを聞こうとします。どうやらこの女性はニュートの恋人であったようで、次回作ではこの元カノが登場することになるといいます。


  ちなみにハリー・ポッターシリーズでは人間のことを「マグル」と呼びますが、ニューヨークでは、「ノーマジ」と呼ばれています。想像では、ノーマジックのことと思われますが、呼び方を始めとする小道具にも思わずニヤリとさせられます。


  加えて、この映画の演出も脚本に負けず劣らず秀逸です。全編でニュートの魔法動物探しに協力する「ノーマジ」のジェイコブのキャラクターはとても魅力的です。ニューヨーク魔法議会の事務所で働くティナの妹クイーニーは人の心が読めますが、ジェイコブの優しさに心惹かれてそのかわいさが引き立ちます。この2人の会話は映画に明るさと温かさを醸し出します。


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(映画「ファンタスティック・ビースト」ポスターその2)


  壮絶な戦闘シーンの最後には、びっくり驚きの有名俳優がちらっと登場します。この映画は、5部作になるそうですが、この有名俳優は次回作に出演するのかと思われます。お楽しみに。


  映画のラストを飾るエピソードは、すべての人の心を温かくするに違いありません。


  作者のローリングさんは、この映画を3部作で構想していたそうですが、本作を作成した後ではその構想は5部作になったと語っています。


  この映画の時代は、ハリー・ポッターが描かれた1990年代から70年ほど遡った時代の話です。今回、ニュートが戦った悪名高きグリンデルバルトは、ホグワーツ魔法魔術学校の校長、ダンブルドアと若き日に親交があったそうです。次回作以降、若き日のダンブルドアもこの作品に登場するとのこと。


  ハリー・ポッターも回を追うごとに謎が謎を呼び面白さが増していきました。このニュート・スキャマンダーの物語もこれから先が楽しみです。


  ハリー・ポッターファンもそうでない方も、まだ見ていない方はこの映画で魔法世界のワンダーをお楽しみください。DVDで見るよりも映画館で見ることをお勧めします。


  映画のワンダーは本当に素晴らしい!!


  それでは皆さんお元気で。またお会いします。



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2017年01月15日

佐藤優 池上彰 新・リーダー論


こんばんは。


  昨年は、世界的に驚天動地の出来事が頻発した年でした。


  ロシアのプーチン大統領がオリンピックのド−ピング疑惑にさらされながら、「ロシアだけではい!」と居直ってみたり、イギリスのキャメロン首相が起死回生の提案として行った国民投票で「EU離脱」が決まり、本人はサッサと辞任したり、アメリカの大統領選挙では、大方の人たちが品位に欠けると論じていたトランプ候補が当選してしまう。


  はたまた、ISのテロがヨーロッパや東アジアでテロを繰り返し、フィリピンでも歯に衣を着せずものをいうドゥテルテ氏が驚異の支持率で大統領に就任。トルコのエルドアン大統領が軍部のクーデターに逆切れして独裁政権に向かって突き進んでカリフ復活をもくろむわ。どうも近代に築かれた仕組みでは計り知れない出来事が世界中で起きつつあります。


  最近、経営者が時代を分析する言葉が、「VUCA」(ブーカ)です。


  「VUCA」(ブーカ)とは、世界経済フォーラムで使われて有名になった言葉。それは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった造語です。企業ではこうした過去の経験や規則性が通用しない社会や経済の中で、成果を出すために何が必要なのかが語られていきます。


  つまり、個人や組織が不安定で不確実、あまつさえ複雑で曖昧な世の中で、どうすれば成果を挙げていくことができるのか?様々に語られているのです。


  そこには何か目指すべき答えがあるのでしょうか?


  今週は、そんな時代のリーダーと格差を語る最新対談を読んでいました。


「新・リーダー論 大格差時代のインテリジェンス」(佐藤優 池上彰著 文春新書 2016年)


  お二人の対談本は、「新・戦争論」、「大世界史」に続いて3冊目となりますが、トランプ大統領の就任が迫る中で、このお題はタイムリーと言えます。佐藤優さんが語る本は、お題が何であるにせよその情報分析力や「見立て」に鋭さがあり、元外務官僚としてのインテリジェンスが備わっています。今回の本でも随所にインテリジェンスを感じることができます。


  一方の池上彰さんは、生粋のジャーナリスト。世界を股にかけて取材を続けるとともに、今起きている出来事の背景と意味を我々にわかり易く、的確に語ってくれる明晰な頭脳とプレゼンテーションのうまさを併せ持ちます。


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(文春新書「新・リーダー論」amazon.co.jpより)


【佐藤優+池上彰の威力】


  佐藤優さんは、このブログで何度も語った通り、日常の報道の一行からもインテリジェンスを持ってその重要さを見抜き、日本や世界にとってその出来事の意味するところを見立てて、提言するとのスタイルを貫きます。それには、裏打ちされた知が広く横たわっており、いったいどれだけの本を読み、どれだけの人と接しているのか、計り知れないものがあります。


  池上彰さんは、ジャーナリストらしくスピード感を持って現場に飛び込み、世界のトレンドである出来事や人物を取材。ときには、ネットインタビューなども駆使して、そのことの意味を速やかに分析して我々に伝えてくれます。


  対談という形態のいいところは、スピード感です。


  前作でも、中東情勢、イギリスのEU離脱、アメリカ大統領選挙など、タイムリーな話題を佐藤さん得意のインテリジェンスによる「見立て」と池上さんの取材やインタビューで培った見識で次々と分析していきました。キーワードは、「帝国の歴史」でした。


  本作では、「リーダーと格差」をキーワードに、アメリカ大統領選挙とトランプ氏の現実、EU離脱決定後のイギリス、世界を震撼させたパナマ文書の流出、オバマ大統領の広島訪問、安倍総理が仕切った伊勢志摩サミット、東京都知事の公金問題などなど、タイムリーな話題にお二人の見事な「見立て」が語られていきます。


  その目次をみると、


1. リーダー不在の時代‐新自由時代とポピュリズム

2. 独裁者たちのリーダー論‐プーチン・エルドリアン、金正恩

3. トランプを生み出したもの‐米国大統領選1

4. エリートVS大衆‐米国大統領選2

5. 世界最古の民主主義のポピュリズム‐EU離脱

6. 国家VS資本‐パナマ文書と世界の富豪層

7. 格差解消の経済学‐消費増税と教育無償化

8. 核を巡るリーダーの言葉と決断‐核拡散の恐怖

9. リーダーはいかに育つか?


  どの章においても、最新の世界と日本を読み解く情報と「見立て」が満載です。


【なぜ、大格差の時代なのか】


  今回の本のテーマのひとつ「格差」は、現在の世界と日本を見渡すうえで極めて重要なキーワードです。


  現代世界が直面している混在と混乱は現代史を背景としています。お二人の分析でも現代世界はアトム化の時代とされています。アトム化とは、国家、地域、組織と言った塊が中心であった世界が変容し、その構成員たる一人一人の人間が個として独立している状態を言います。つまり、イデオロギーや宗教などでまとまった集団がこれまで歴史を作ってきましたが、現在は、あまりにも相対化されたため個々人の時代になっている、というわけです。


  第二次世界大戦や冷戦の時代を経てきた世界が、すべて民主主義、資本主義、自由主義をもとにしたメンタリィティを共有し、大きな対立の構図がなくなり、個々人の時代となってきた結果、資本主義の必然として一部の富裕層とその他の貧困層に二分化して格差が大きくなっているというのです。


  ここに一冊の本が紹介されます。その本は、ピケティの「21世紀の資本」です。この本の主題は、資本主義という形態は、そもそも資本を効率的に大きくする仕組みであり、富を公平に配分することは含まれていない、という点です。19世紀から20世紀にかけて、資本主義では資本の9割は世襲で引き継がれており、その他の人々には分配されてこなかった、としています。


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(ピケティ著「21世紀の資本」amazon.co.jpより)


  ちょっと驚くのは、経済的な格差は2つの世界大戦に代表される戦争や大恐慌による経済の混乱によって平準化され、平等化された、との考え方です。つまり、富の分配は国家などにより強制的に行われた場合にのみ実現するものであり、戦争による富裕層への増税や富の強制的な没収による再配分がなければ、格差は広がっていく、というわけです。


  皮肉なことに、戦争は平等を生み出すこととなり、第二次世界大戦が終結し、さらに冷戦もなくなった現代は、資本主義によって資本が富裕層に集まっていき、国家の強制的な政策がない限り格差は増大する時代である、と結論付けられているのです。


  今回の対談の「資本VS国家」との考え方や、リーダーが育たない背景には経済的な格差がある、との語りは、ピケティの考え方から敷衍されています。


  世界の富裕層が、自分が住む国からの課税を逃れるためにタックスヘブンの地域や国に資産を移しています。その実態の一端が、パナマ文書の流失により、世に出ることになりました。


  国家を運営するエリートたちは、本来、国民の富を平等化するために、富裕層を含めて富を税金で吸い上げて、国民に分配する役割を果たすことが仕事です。その役割を担う人々が、自らの資産に課税されないようタックスヘブンを利用しているのです。合法か非合法かの議論の以前に、エリート自らが富の再配分を無視しており、これでは1%の富裕層以外の誰からも支持を得ることができません。


【現代のリーダーたちの実態】


  佐藤さんの「見立て」と池上さんの「取材」は、今の世のリーダーのお粗末さ加減を次々見抜いていきます。


  プーチン大統領の数々の発言は、彼がこれまでにキッチッとした帝王学を学ばずに大統領となった結果であり、随所に品格のなさを露呈しているといいます。国家ぐるみのドーピング問題を指摘されたときには、「他の国だって同様だろう。」と言わんばかりの発言をし、クリミヤ併合の時には「クリミヤにロシア軍はいない。」と平気でうそをつき、パナマ文書で親友の音楽家の名前が挙がった時には「彼は、たくさんの貴重な外国の楽器をロシアに持ち込んだ。」とよけいな擁護をする。


  こうしたことを平気で語るメンタリティは、本質的な帝王学としての教養を身に着けていないためだ、というのです。


  また、トランプ氏とヒラリー氏に至っては、ボロクソと言ってもよいでしょう。


  トランプ氏は、膨大な財産を親から引き継いだが、本質的にはディール(取引)中毒者であり、その本質は経営者ではなく、ディーラーだ、と語ります。結果として、資産は決して増えていないのです。さらに、メキシコからの移民や貿易赤字を生み出している貿易相手国を悪者にし、悪者を徹底的にこき下ろすことによって人気を得ていくとの手法をとっているとの分析。その潔癖症は徹底しており、人が使ったトイレは絶対に使わないそうです。


  そうしたトランプ氏の行動を、味方をしてくれるマスコミのみと付き合い、批判するマスコミは完全否定する、との態度を含めて、元大阪市長であつた橋本徹氏とよく似ていると評しています。


  この本でも、ポピュリズムが現代の状況を創っている、としており、マイケル・トッド氏の主張に同意するように、その発端は、フランスのサルコジ大統領であったといいます。その後続く、劣化したリーダーたちの共通点は・・・。それは、この本で確かめてください。


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(1月11日トランプ氏記者会見 sankei.comより)


  伊勢志摩サミットで安倍総理が演じたお粗末の数々にも、読んで納得のワンダーがあります。


  さて、相変わらず絶好調のお二人の分析対談ですが、今回の対談を読んで、感じた点が二つあります。


  まずは、佐藤優氏との距離感の問題です。その国益、人類益を目的化したインテリジェンスと知の大きさは素晴らしいものがあり、ワンダーです。しかし、割と好き嫌いが言葉に出るところがあります。今回は、橋本徹氏をトランプ氏と同じ、と語ります。確かにその行動や戦略には共通点がありますが、橋本さんが大阪市長として維新の会で成し遂げた成果は、他の人ではできなかったことも事実です。この本での指摘は、読む人に誤解や錯誤を与えることになりはしないでしょうか。


  そして、2点目は、池上さんの人としての大きさです。核の話題で、オバマ大統領の広島訪問に触れた時に、過去からの被爆者取材が心に蘇り、亡くなった被爆者の方々がどれほどオバマさんの言葉を聞きたかったかを想い、涙が流れたそうです。ジャーナリストとしてあるべきメンタリティと、感動しました。


  さらに、教鞭をとる東工大でオバマ大統領の演説原稿の分析を講義し、いかに綿密に考えられた草稿であったかを具体的に語る言葉は、ジャーナリストのあるべき姿だと感じます。わかり易い分析と解説の裏側には、池上さんの知と鍛錬があるのだと、改めて敬服しました。



  今回のテーマには、明確な解がありません。このため3冊目のこの本では、情報と見立てが続き、マンネリ化していると感じる方もいるかもしれません。確かに字面だけを追っているとそうしたことを感じますが、その裏では読んだ我々がそこに語られる事実をどう受け止めるかが問われているともいえるのではないでしょうか。


  皆さんもぜひお二人の慧眼に触れて、今の世界と日本を考えてみてください。ワンダーとともに、ニュースの見方に厚みが増すに違いありません。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年01月13日

映画「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」


こんばんは。


  昨年末、スター・ウォーズで一躍時の人となったレイア姫役のキャリー・フィッシャーさんが突然の心臓発作で亡くなりました。昨年公開された「フォースの覚醒」で、ハリソン・フォードとともに元気な姿を見たばかりだったので、驚きを禁じえません。とても悲しいニュースでした。


  さらに驚いたことに彼女の葬儀の打ち合わせをしているときに、お母様であるデビー・レイノルズさんも脳溢血で亡くなったと報じられました。「雨で唄えば」で、ジーン・ケリーの恋人役を演じ、その美しい歌声で我々を魅了したデビー。レイア姫の母親だったとは、ニュースを見るまで知りませんでした。改めて、お二人のご冥福をお祈りいたします。


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(キャリー・フィッシャーさん wikipediaより)


  レイア姫は、「フォースの覚醒」の次の作品である「エピソード8」にも出演する予定で、その出演シーンの撮影は終了しているとのこと。次回作でその姿を見ることができるとのこと。次回作を大いに期待しています。


【スター・ウォーズ ローグ・ワン】


  現在、シリーズの番外編ともいえる「ローグ・ワン」が公開中です。「フォースの覚醒」、「ローグ・ワン」、さらに来年には「エピソード8」が公開予定であり、番外編の第二作目も次の年には公開の予定とのことで、毎年スター・ウォーズを楽しむことができるとは、ファンにとっては幸せです。


  年末に早速「ローグ・ワン」を見てきました。


  これまで、スター・ウォーズは、帝国軍のデス・スターの設計図を共和国軍が入手し「新たなる希望」と題されるとおり、ジェダイの騎士の末裔であるルーク・スカイウォーカーが活躍するエピソード4が第一作となっていました。第1シリーズは、「エピソード5 帝国の逆襲」、「エピソード6 ジェダイの帰還」の3作品でした。


  その前史を描いた第2シリーズは、20世紀末から21世紀の初めに生みの親ジョージ・ルーカスによって再び新3部作として制作され、我々スター・ウォーズファンを魅了してきたのです。


  今回の「ローグ・ワン」は、第2シリーズののち、第1シリーズ直前のエピソードを描いた作品であり、そうした意味では「エピソード4 新たなる希望」に繋がるレジェンドを描いています。


(映画情報)


・作品名:「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」

 (米・133分)(原題:「Rogue OneA Star Wars Story」)


・スタッフ  監督:ギャレス・エドワーズ

        脚本:ゲイリー・ウイッタ/クリス・ワイツ


・キャスト  ジン・アーソ:フェリシティ・ジョーンズ

        キャシアン・アンドー:ディエゴ・ルナ

        K2SO:アラン・テュディック

        チアルート・イムウェ:ドニー・イエン

        ベイズ・マルバス:チアン・ウェン


  この映画の感想を一言でいえば、「心に響く面白さ」です。


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(映画「ローグ・ワン」ポスター)


  最近のハリウッド映画は、アヴェンジャースに代表されるマーベル作品にしても、トランスフォーマーやバットマンにしても人の心に焦点を当てた脚本が目立ちます。両親との絆、兄弟の愛憎、人としての信念など、生まれ育ってきた環境や人としての信念を描くことにより、主人公や登場人物の心を表すことでドラマに奥行きと感動をもたらします。


  人間ドラマに加えて、SFXを駆使した壮大なメカニックスと壮絶な戦闘シーン。ハリウッド映画は近年、このパターンでヒット作品を増産しているのです。


  今作の監督は、なんと2014年に公開されたハリウッド版「GODZILLA」を撮ったイギリス人のギャレット・エドワーズです。「GODZILLA」では、原子力施設の事故により奥さんを亡くした科学者の息子がアメリカ軍に入隊。古代の原子力ノパワーで蘇ったゴジラやムトーと戦いを繰り広げます。その家族の絆の描き方、エピソードは心にグッとくる演出でした。その部分は、「ローグ・ワン」にも通じるものがあります。


  さて、今回のローグ・ワンは、スター・ウォーズを初めてみる観客も、全作品を何度も見ている私のようなフリークにも存分に楽しめる映画となっています。


  主人公のジン・アーソ(フェリシティ・ジョーンズ)は、まだ小さいころに父親であるゲイレン・アーソと生き別れとなり、たった一人で帝国軍と共和国軍が戦いを繰り広げる世界の中で生きてきました。ゲイレン・アーソは、科学者。なんと、帝国軍の秘密兵器であるデス・スターの開発者だったのです。ゲイレンは、あるときひとりの帝国軍パイロット(ボーディー)に、自らがデス・スターに仕掛けた弱点に関する情報を託し、共和国軍へと送り込みます。


  帝国軍パイロットは、かつて共和国軍側として帝国軍と戦っていた戦士ソウ・ゲレラのもとに逃げ込みますが、その亡命に疑念を持つゲレラに捕えられてしまいます。それを知った共和国軍は、優秀かつ勇敢な戦士キャシアン・アンドーにその救出を指示します。キャシアンは、昔、ジンがソウ・ゲレラのもとに身を寄せていたことを知っており、ジンを使ってソウのもとにいるパイロットを助け出そうと考えるのです。


  帝国軍もパイロットの足取りを追い、ソウの住む惑星ジェダに艦隊を送りこみます。


【スピンオフならではの面白さ】

  主人公ジン・アーソを演じたフェシリティ・ジョーンズは、つい先日、ラングドン教授シリーズの最新作「インフェルノ」で、トム・ハンクスとともに謎に挑む女ヒロイン、シエナの役でみごとな演技を披露していました。欧米人的ではなく、そこはかとなくアジアンな感じと知性を感じさせる存在感が魅惑的で強く印象に残りましたが、「ローグ・ワン」では、果敢なアクションにも挑み、その神秘的とも見える主人公を際立たせていました。


  一昨年公開された「フォースの覚醒」は、ルーカスフィルムがディズニーに買収され、脚本も含めて完全に「エピソード4 新たなる希望」を踏襲したレトロフィルムでした。今回の作品は、デス・スターの設計図がレイア姫の手に渡されるときまでを描く脚本となっており、シリーズ全体の流れを汲みつつも、133分をかけてひとつのエピソードを描いています。その意味で、脚本は登場人物の造形も含めて極めて自由度が高く、秀逸な本となっています。


  ジン・アーソと帝国軍パイロットの情報に基づき、共和国軍ではデス・スター設計図の入手計画を検討しますが、そのあまりの無謀さに入手計画は否決されてしまします。ここから、ジンと仲間たちの壮絶な戦いが始まるのです。


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(今回活躍するアンドロイド K−2SO ポスター)


  その面白さの核となるのは、帝国軍の鉄壁な守りを突破して、デス・スターの設計図を掴み取るという息詰まるミッションであり、そのミッションはまさにインポッシュブルです。ミッション・インポッシュブルに挑んだジン・アーソチームを壮絶に描いたことが作品のクオリティの高さに直結しています。クライマックスは、感動そのものでした。(続くエピソード4に今回の登場人物が一人も登場していないところにその凄味があります。)


  オープニングでは、あの心が躍るジョン・ウィリアムスの「スター・ウォーズ」のテーマが流れずにとまどいを感じましたが、製作者の意図は映画の最後で明らかになります。ラストシーンの余韻も収まらないうちに、エンディングでいきなり「スター・ウォーズ」のテーマが鳴り響きます。そして、ドラマは「エピソード4 新たなる希望」に繋がっていくのです。


  この作品を見た方は、必ず「エピソード4」を見たくなります。その意味でこの作品は、新たなレジェンドを作り出したといってもよいかもしれません。スター・ウォーズを見たことのない方にこそお勧めの映画です。


  次回作「エピソード8」は、来年の公開予定。さらに2018年には、さらなるスピンオフ作品が公開予定です。かれこれ40年間に渡り世界中のフリークを熱狂させてきたスター・ウォーズ。まだまだ我々を熱狂させてくれそうです。


  それでは皆さんお元気で。またお会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年01月08日

和田竜 村上海賊の娘は景(きょう)


こんにちは。


  「ニューウェーブ時代小説」とは、不思議なネーミングですが、言われてみればこれまでの世代が味わってきたストイックな時代小説ではない、という意味で確かに新たな時代小説が売れるようになっています。


  司馬遼太郎や吉川英治、山本周五郎、藤沢周平、津本陽など、これまでの時代小説の大御所の小説は、主人公の人としての成長を描いたビルドゥングスロマン(教養小説)や人情の機微、武士の矜持、軍事戦略、下剋上を描く物語でした。その系列を引き継いでいるのは、宮城谷昌光や2年前に惜しまれつつもなくなった山本兼一です。


  ところがここ最近、新たな時代小説がベストセラーを記録するようになりました。


  今週は、ニューウェーブ時代小説の旗手と呼ばれる和田竜のベストセラー時代小説を読んでいました。


「村上海賊の娘」(和田竜著 新潮文庫全四巻 2016年)


【村上海賊とは何者か】


  時代小説のファンであれば、戦国時代、瀬戸内海にその名を轟かせていた村上水軍の名を知らない人はいないのではないでしょうか。


  村上水軍と言えば、毛利元就から始まる中国地方、群雄割拠の時代、通行税を取り、海賊が上乗りすることで海路の安全を保障する戦略で、瀬戸内海を傘下に置いた村上武吉を思い出さずいられません。城山三郎の時代小説「秀吉と武吉」では、厳島合戦からはじまり、毛利家、織田家、豊臣家と戦国を生き抜いた武吉の姿が、感動的に描かれています。


  村上水軍には、三つの村上家があり、それぞれ能島村上家、来島村上家、因島村上家と呼ばれます。来島村上家は、四国の河野家に従い、因島村上家は、小早川家に従っていますが、村上武吉は能島村上家の棟梁であり、この時代には四国の河野家と近い関係ながら独立した一家を成していました。


  この小説の舞台は、天正4年(1576年)。この前年、織田信長は京都上洛後、武田信玄亡き後の武田勝頼をかの長篠の戦で完膚なきまでに打ちのめし、安土城の建築に取り掛かったところです。しかし、天下統一はまだ途上であり、大阪本願寺は一向一揆衆の反乱以来、信長に反旗を翻し続けていました。


  一方、中国地方を治めていた毛利元就はすでに亡くなり、その領国は孫の毛利輝元が継いでいます。輝元のもとには元就の息子である小早川隆景、吉川元春がしっかりと屋台骨を支えており、毛利に両川ありと称されていたのです。


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(毛利家を支えた小早川隆景 Wikipediaより)


  信長は、この年に大阪本願寺を天下統一の拠点とすべく、本願寺を手中に収めようとします。長年対立していた一向宗では、拠点である本願寺を引き渡すなど論外のことであり、この時の宗主であった本願寺顕如(光佐)は、信長に徹底抗戦します。信長は、一時便宜的に和睦した大阪本願寺の殲滅を決意。本願寺のほど近くに天王寺砦を築き、原田直政を総大将として大阪本願寺攻めを敢行することになるのです。


  大阪本願寺はすでに信長に包囲されつつあり、海側にある木津砦が唯一武器・兵糧を運び込むことのできる摂津湾の通路となっていました。天王寺砦は、その木津砦に近接しており木津砦を攻略されると大阪本願寺は海を封鎖され、干上がってしまうのです。大阪本願寺の兵糧は、すでに尽きようとしていました。


  本願寺顕如は、反織田勢力である室町幕府の足利義昭を庇護していた毛利氏に救いを求めます。息子の教如を使者として毛利輝元のもとに派遣。武器と兵糧の運び込みを依頼します。毛利家では小早川隆景と吉川元春をはじめ重鎮たちが集まり、かんかんがくがくの衆議が行われます。元春は、どうせ織田とは戦うことになると反織田勢力である本願寺への支援を主張。隆景は上杉謙信との同盟ができるまでは織田信長に反旗を翻すべきではないと主張します。


  衆議は、元春の意見が主流となり、武器兵糧を本願寺に届けることに傾きますが、そこに問題が生じます。それは、1万数千人分の武器兵糧をどうやって大阪本願寺まで送り届けるかという最大の問題でした。毛利が治める安芸の国から大阪まで大量の物量を運ぶには、瀬戸内海を横断するしかありません。そして、瀬戸内海の通行は能島村上海賊の棟梁、村上武吉の合力がなければ不可能なのです。


【「村上海賊の娘」の魅力】


  和田竜氏の小説の魅力は、魅力的なキャラクターがまるで映画のようにスクリーンのうえで大活躍するところです。「のぼうの城」にしても「佐太郎の左腕」にしても、和田さんが描き出すキャラクターには大きな魅力がやどります。そして、みごとなスクリーンプレイによって、キャラクターが大いに個性を発揮し、読み手の我々に感動をもたらしてくれるのです。


  今回の小説で活躍するキャラクターも例にもれず、すべての人物が魅力的です。


  今回の主人公は、瀬戸内海の村上海賊側では、能島村上海賊棟梁である村上武吉の娘、景(きょう)です。「のぼうの城」でもそうでしたが、和田さんは史実に基づきつつも魅力的なキャラクターを登場させることで、小説をとてつもなく面白くします。


  小説にも紹介されていますが、村上武吉に実の娘がいたことは一部の資料に記録があるものの、その実在も名前も全く確認されていません。主人公の景の名前は、毛利家の小早川隆景が自分の一字を与えたとされています。武吉は、娘を溺愛していますが、そこは海賊の棟梁。景の育成には無頓着で、景は海賊の姫として自由奔放に育っています。


  その行動は粗暴で、純粋。自分の感じたこと、思うことにはとことんまっすぐに貫いていきます。年は、元気いっぱいの20歳。当時の二十歳ですから、当然嫁には行き遅れています。村上海賊には家訓があり、女は戦に出てはならない、とされています。景は、海賊として船に乗り、海賊のおきてに背く者たちには、徹底的に懲罰することが何よりも好きです。筋が通らないことには徹底抗戦し、おきてに背くものがいれば、懲罰を辞さず、おきてに従い平気で首を落とす女海賊です。


  周囲からは、悍婦と呼ばれ、嫁の貰い手はなかなかいない、と半ばあきらめられています。さらには、醜女と呼ばれるご面相。しかし、当時日本人の間では、能面のようなのっぺりとした福々しい顔が美人と呼ばれており、景の顔は、目が大きく鼻も高いクッキリとした顔だちと描かれています。つまり、現在でいえばしょうゆ顔の美人になると思われます。(読んでいて、「緑の館」のオードリー・ヘップバーンの姿を想像してしまいました。)


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(映画「緑の館」立てポスター)


  さて、この景と相対する海賊は、真鍋海賊です。


  大阪本願寺と敵対する織田側の地侍は、泉州侍たちです。泉州とは、今でいえば岸和田あたりをさします。このあたりの海を仕切っていた真鍋氏は、近隣の海を支配する海賊でした。この海賊たちを統べるのが、大御所である真鍋道夢斎です。信長も一目置いたという道夢斎は、海賊らしくがっしりとした体躯の大男。その器量は懐が深く、まさに将の器として描かれています。


  そして、小説の真の主人公は、この道夢斎の息子である真鍋七五三兵衛(しめのひょうえ)です。親父と同じ大男で、小津砦攻めのときには父親から棟梁の座を譲り受け、真鍋海賊を統率する大将となっています。泉州侍と真鍋海賊たちの気質と会話はこの小説の大きな魅力の一つです。会話は、みごとな泉州弁であり、将だろうが兵だろうが、敬語などはひとこともなく、まるだしの泉州弁で、まるで罵り合うように会話します。


  織田信長が派遣した本願寺攻めの総大将、原田直政に向かって、「ああ、そらあれじょ。直政(なおま)っさんの国がド田舎さかいじょ。」と泉州弁で平気に話す七五三兵衛。泉州の気質は、ものごとの俳味を感じることを第一に重んじます。当時の日本人が醜女と感じる景をみて、「えらい別嬪さんやな」ともてはやし、あまつさえ、父親の道夢斎たるや夜になると景の部屋に夜這いする有様です。


  さらには、敵前逃亡する泉州侍の棟梁の姿を見て、「面白(おもしゃ)い奴らや」と大声で囃すなど、七五三兵衛の魅力は小説が進むにしたがって倍々ゲームのように増幅していきます。


  さらには、泉州侍の大将は触頭(ふれがしら)と呼ばれ、沼田海賊の家と松浦海賊の家が務めています。沼田家の親父である沼田任世は、家督を息子に譲ったばかりで、現在は息子の沼田義清が棟梁となっています。一方の松浦家は、松浦安太夫と寺田又右衛門が仕切っており、この4人も個性豊かに描かれています。


  将たらんとする真面目な義清と主を暗殺して触頭となった小狡い松浦家の二人と道夢斎や七五三兵衛の会話は爽快で、小説はえもいえぬ魅力を発揮しながら時間を忘れるほどのスピード感で進んでいきます。


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(村上海賊の娘 新潮文庫  amazon.co.jpより)


【景 大阪本願寺に向かう】

  この500ページに渡る長編小説は、大阪本願寺に兵糧を搬入しようとする毛利軍と本願寺を殲滅しようとする織田信長軍の戦いとして有名な第一次木津川の戦いを描いています。そこに描かれるのは、天正45月から7月に渡る2か月間の戦いです。


  かの厳島の戦いにて海賊働きにて功績を挙げた小早川隆景の家臣乃美宗勝(通称禿頭)と毛利家の家臣児玉就英(上から目線の美丈夫)は、大阪本願寺への兵糧入れのために能島にある村上海賊の棟梁村上武吉を訪れます。武吉のもとには村上海賊の二つの家の棟梁、村上吉継と村上吉充も到着し、毛利家を迎えます。


  その衆議の場で武吉は、合力に当たりてアッと驚く条件を示します。その条件とは、毛利家直臣である児玉就英が悍婦、醜女と呼ばれている景を嫁にめとること、だったのです。周囲は、この条件を体よく合力を断るための提示と邪推しますが、当の武吉は本気で娘の嫁入りを考えていたのです。困惑する就英。しかし、村上海賊の協力は不可欠であり、就英はなんとこの条件を承諾するのです。しかし、就英も一つの条件を付けます。それは、景が今後舟戦には出ない、との約定でした。


  そんなことを知らない景は、いつものように武吉の小早(舟)の先頭に乗り、海賊たちを率いて領海のパトロールにいそしんでいます。そこで悪徳運搬人にだまされて囚われた一向宗の集団に遭遇します。姫の活躍によって救い出された一向宗の人たちは反信長の戦いに参戦するため海路大阪本願寺に向かっていたのです。危ういところを救われた原爺と孫の留吉は、景に意外な話をします。地元では醜女でとおっている景の容姿が、大阪では「えらい別嬪」と呼ばれているというのです。


  たしかに当時の堺には、南蛮人がたくさんおり、大きな目とクッキリとした顔立ちは当たり前のものであったわけです。それを聞いた景は、なんとしても堺に行ってそれを確かめたい、との思いに駆られます。一向宗たちの一途な思いにこたえる形で、景は大阪本願寺をめざして能島を出発します。動機は不純ではありますが、こうして景は真鍋海賊が守る大阪湾に乗り込むことになるのです。ここから、景の織り成す事件の連続が、木津川の戦い緒戦を通じて息もつかせず、時間を忘れさせてくれます。


  鈴木孫市率いる雑賀衆、一向宗信徒と原田直政率いる真鍋軍、泉州侍たちの壮絶な戦いの火ぶたが切って落とされます。その渦中にて、現実の戦いの非情さと不合理さを、身をもって体験する景。一度は、そのむなしさに能島へと引き上げ、女として生きることを決意します。


  しかし、小説はここからが読みどころです。


  いよいよ村上海賊の合力を得た毛利軍が一千艘の大軍団を従えて摂津の海へと漕ぎ出します。しかし、淡路島に到着した武吉の息子元吉の率いる軍団は、一向に攻め入る気配を見せません。摂津湾を隔ててにらみ合う村上海賊(毛利軍)と鍋島海賊(織田軍)。その海戦の引き金を引いたのは、能島に帰り、女性として生きようと決めていた景だったのです。


Atakebune02.jpg

(村上海賊の安宅船模型 Wikipediaより)


  小説の戦闘シーンは凄惨ですが、暗さは全くなく、むしろさわやかささえ感じられます。しかし、その駆け引きの連続に、読者は手に汗を握り、気が付けば最後のシーンまで目を離せなくなっています。景の戦いのクライマックスは、まるで映画「ターミネーター」のごとく、本当に決着がつくのかと、息もつかせぬ緊迫の連続です。


  この小説の面白さは、読んでみなければわかりません。皆さんもその至福のひと時を、ぜひこの本で味わってください。時の経つのを忘れます。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年01月03日

逢坂剛 イベリアシリーズ第6弾


こんにちは。


  今年のお正月はカレンダーの関係で、短いお休みとなりました。4日(明日)からは出勤で通常モードの始まりです。昨日、例年通りいつもの神社で初詣と厄払いを済ませてきました。準備万端、今年も張り切っていきましょう。


  さて、唐突ですが、逢坂剛氏は、毎年フラメンコギターのライブを開催しています。


  そのライブは、逢坂剛氏が直木賞を始め数々の賞を受賞した名作「カディスの赤い星」の名が冠されています。スペイン研究家としても名の知れた氏は、自らもフラメンコギターを演奏するアフィオシオナードなのです。(ちなみに、アフィオシオナードとは、熱烈なフラメンコファンという意味だそうです。)


  昨年は、第8回目のライブが930日に開催されました。日本のフラメンコギターの名手、沖仁さんは1回目から今回の第8回目まですべてに参加していますが、逢坂剛さんの語りとフラメンコギターの魅力が見事に融合した素晴らしいライブです。氏は、「パコはわからないね。」と語るほど生粋のフラメンコをこよなく愛するスペイン派です。(ちなみにパコとは、映画にもなったフラメンコフュージョンの名ギタリスト、パコ・デ・ルシアのことです。)


カディスライブポスター2015.jpg

(コンサートポスター 日本フラメンコ協会HPより)


  さて、先週はそんな逢坂剛さんのライフワークの一つ、イベリアシリーズの第6弾を読んでいました。


「暗殺者の森」(逢坂剛著 講談社文庫上下巻 2013年)


【逢坂剛氏のスペイン】


  イベリアシリーズは、第一作目「イベリアの雷鳴」が1999年に上梓され、それ以来15年間書き継がれてきました。


  主人公は、陸軍中野学校の第一期生であり、はるか日本から宝石商のカヴァーを持って派遣されたインテリジェンスオフィサー(平たく言うとスパイ)である北都昭平です。彼がマドリッドに降り立ったのは1940年。まさに第二次世界大戦前夜でした。


  スペインの現代史は激動の歴史です。第一次世界大戦中、中立を守ったスペインは、1931年に君主制が崩れ、共和国として憲法が制定されました。しかし、共和国政府内では右派と左派が激しく対立、対立の末1936年に成立した左派政府に対し、フランコ率いる軍部が反乱を起こしました。かの有名なスペイン内戦の勃発です。


  この内戦には、ヘミングウェイやマルローなども義勇団として戦いに参加。オーウェルやロバート・キャパもスペインに渡るなど、米英は共和国政府に加勢しました。しかし、ドイツやイタリアの支援を受けたフランコ将軍率いる反乱軍が1939年に勝利し、国を掌握することになります。北都昭平が降り立った1940年は、まだ内戦の傷跡が深く残る状態でしたが、ヨーロッパに台頭するファシズムと対立する英仏米の間で、スペインは中立を守っていたのです。


  逢坂剛氏は、1980年に「暗殺者グラナダに死す」で小説家としてデビューしましたが、長い間広告会社の電通に勤め、二足のわらじを履いていました。1986年に「カディスの赤い星」で日本冒険小説協会大賞、直木賞、日本推理作家協会賞の3冠を獲得。とにかく、そのスペインを舞台にした小説の面白さはバツグンでした。


  もともとクラシックギターが大好きだった逢坂剛氏は、あるときフラメンコギターの魅力に取りつかれます。会社員としての仕事を続けながらもフラメンコギターの本場、スペインに2週間の休暇をもらって旅行したそうです。氏のスペイン研究はそこからはじまったのだと思います。そして、その当時のスペインはまさに激動の時代を迎えていました。


  フランコ将軍は、内戦で勝利した1939年から亡くなる1975年まで独裁政権を継続ました。フランコは、自ら設立したファランヘ党の一党政権となりスペインのナシュナリズムの昂揚を国民に求めました。その一方で、国境近くの少数民族であるスペイン語外のカタルーニャ地方のバスク文化を弾圧したのです。


  弾圧を受けたバスクの人々は、「バスク祖国と自由」(ETA)という結社を立ち上げ、フランコ政権に対しテロリズムによる戦いを仕掛けていくのです。そして、1973年には、当時フランコ将軍の後継者と目されていたブランコ首相を暗殺するに至るのです。


  こうしたスペインの状況を肌で知り、研究した逢坂氏は、スペインを舞台とした小説を次々と発表していきました。「スペイン灼熱の午後」、「斜影はるかな国」、「幻の祭典」、「燃える地の果てに」、などの長編は、まさに逢坂剛の魅力満載です。また、短編集でも、「幻のマドリード通信」や探偵、岡坂紳策シリーズにもスペインの匂いがちりばめられており楽しめます。


カディスの赤い星01.jpg

(栄えある3冠受賞作 amazon.co.jpより)


  逢坂剛さんは、一昨年劇場版映画が公開された「百舌シリーズ」や近年の時代劇など次々にエンターテイメント小説を上梓していますが、やはりその原点はスペインものに他なりません。


【イベリアシリーズの魅力】


  こうした逢坂剛氏が満を持して執筆した物語がイベリアシリーズなのです。


  1940年、主人公北都昭平が着任したスペイン。内戦の傷跡も癒えぬこの国では、世界各国の大使館とスパイが入り乱れ、枢軸国側と連合国側の世界大戦前夜の諜報戦が繰り広げられていたのです。こうした歴史的背景を正確に追いながら、物語は歴史をたどりながら進んでいきます。


  第一作:フランコ暗殺未遂事件、第二作:日本の真珠湾攻撃、第三作:再びのフランコ暗殺計画と連合国による北アフリカ上陸作戦、第四作:連合軍のシシリー島上陸作戦、そして、第五作では、あのノルマンディ上陸作戦前夜の諜報戦。


  逢坂氏は、一作ごとに第二次世界大戦の史実を忠実になぞりながらその裏で繰り広げられる諜報戦を多彩な登場人物と共に描いているのです。


  この第6弾が描くのは、1944年。66日、連合軍はついにノルマンディ作戦を決行。ドイツは、再び西部戦線での戦いを強いられることになります。そして、1944720日がやってきます。この日に何が起きたのか?第二次世界大戦中のドイツをよく知る方には、説明するまでもないと思います。


  この物語は当然フィクションですが、物語を実際に動かしていく登場人物たちは、虚実織り交ぜてその魅力を存分に発揮していきます。


  フィクションとして物語を引っ張っていくのは、ペルー国籍を持つ日本人スパイ、北都昭平、イギリス情報部MI6のスペイン工作担当者、ヴァニジア・クレイトン、日本の新聞聯合通信社のベルリン支局長、尾形正義の3人です。第二次世界大戦時のヨーロッパで日本人は諜報の世界でどう戦ったのか、逢坂氏の本書執筆の動機はそこにあったといいますが、まさにうってつけの人物設定です。


  一方の実在の人物もこの物語では重要な役割を与えられています。その筆頭は、ヒットラー政権下でドイツの国防を諜報の面から支えたドイツ国防軍情報部(アプヴェア)を率いるヴィルヘルム・カナリス提督。これまでもドイツを愛し、ヒトラーの野望を否定しつつもドイツのために命を懸けるカナリス提督の姿は、この第6巻でついに最後を迎えます。


  もう一人、この物語の後半にキーマンとなるヴァニジア・クレイトンのMI6での上司、キム・フィルビーです。彼は、実在の二重スパイ。フィルビーは、この小説が始まるのと同時期にイギリス情報局に入り、かつてスペインの内戦を取材したジャーナリスとであった経歴を買われ、MI6のイアベリア半島担当班の班長に任命されました。


  まさに本編の主役、ヴェニジア・クレイトンの直属の上司だったのです。


  キム・フィルビーは、終戦後もMI6で重用され、幹部級に昇格していきますが、その実態はソ連に情報を提供する二重スパイだったのです。1963年、他のスパイとともにソ連への情報提供が疑われると、フィルビーはまんまとソ連に亡命を果たします。その後は、KGBにてイギリス担当顧問として仕事につき、1988年に亡くなりました。


  さらに、北都昭平がスペインで情報交換を頻繁に行っていた日本大使館のスペイン大使、須磨弥吉郎。秋田出身で6か国語に堪能であったこの人物もこの小説に登場します。須磨氏は、西洋美術の収集家として名前が知られていますが、今回もスペインで日本のスパイを務めていた人物にこれまでの報酬としていくつかの絵画を渡しています。


【シリーズ第6弾の楽しみ】


  さて、第6弾にあたる本作は、いよいよノルマンディ作戦が実行され、追い詰められるナチスドイツを背景に物語が展開していきます。


  前作でノルマンディ作戦に関する秘密指令でベルリンに侵入したヴェジニア・クレイトン。今回、主役級の活躍を演じる聯盟通信社ベルリン支局長の尾形正義と北都昭平、そしてカナリス提督の絶大なる尽力によりドイツを脱出し、スペインへと帰国します。恋人となった北都昭平の元で、高熱を出し伏していたヴェニジアですが、小説が始まったとたん北都昭平の前から忽然と姿を消してしまいます。


  彼女は、自らを敵地に送り込んだMI6の上司キム・フィルビーに疑惑を抱いています。その疑惑を調査するため、満身創痍の体を押してイギリスへと飛んだのです。


  一方、本作品ではその題名通り、ある暗殺計画が着々と進められます。


  皆さんは、第二次世界大戦中、ドイツ国内で企てられたアドルフ・ヒットラー暗殺計画をご存知でしょうか。ウィキペデイアによればヒトラーの暗殺は42回企てられたそうですが、そのすべては、未遂に終わったわけです。しかし、中にはナチスドイツ内で反ヒトラーの勢力が紙一重のところまでヒトラーを追い詰めた作戦があったのです。


ヴァルキューレポスター01.jpg

(映画「ワルキューレ」DVD amazon.co.jpより)


  その暗殺計画は、大戦末期の19447月に遂行されました。


  今回のイベリアシリーズでは、このヒットラー暗殺計画が極めてリアルに描かれていきます。手に汗握るサスペンス。そして、北都の敬愛するカナリス提督はこの暗殺計画にかかわったとの嫌疑により、ヒットラーに拘束されてしまいます。


  さらに北都との再会のためにスペインに戻ったヴァニジア。北都との再会を果たしたのもつかの間、過去の作戦の失敗によって北都を逆恨みするナチスの秘密警察ゲシュタポのエリッヒ・ハンセンが再び登場。なんと、北都はベルリンへと拉致されてしまうのです。


  物語は、手に汗を握る展開のまま、いよいよベルリン陥落へと疾走していきます。


  いよいよイベリアシリーズも最終巻を残すのみとなりました。北都とヴァニジアはどんな最後を迎えることになるのか、皆さんもワクワクしながらこの本をお楽しみください。


  今年のお正月は、おだやかで暖かい日が続きます。昨年は後半に姉がなくなるとの悲しい出来事があり、しばらくブログをお休みしましたが、今年は再び充実させていきたいと思っています。皆さんも、ぜひ充実したときを過ごされるよう心より祈念いたしております。


  それでは皆さん、お元気で。また、お会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 11:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする