2018年11月03日

三上延 ビブリア古書堂の扉子さん?

こんばんは。

    本にまつわる話をはじめると、とめどなく続いてしまう。本好きにとって、著者の想いや人生が詰め込まれた本はかけがえがない財産です。思い入れの中味は人によって異なりますが、本に対する人の想いの数々をタペストリーのように織り込んで続いてきた小説といえば、三上延氏の「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズです。

    大円団を迎えた第7巻をブログで紹介してから、早いもので1年半が経ちました。第7巻の最後、三上さんは「あとがき」で、シリーズとしては最終回を迎えたけれども今後番外編やスピンオフ作品は書いていきたい、と述べていました。そして、その言葉通り、新作が発売されたのです。

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(「ビブリア古書堂」最新刊 amazom.co.jp)

「ビブリア古書堂の事件手帖〜扉子と不思議な客人たち〜」

(三上延著 メディアワークス文庫 2018年)

【ビブリア古書堂が持つ時間】

  前回のブログで、「ビブリア古書堂の事件手帖」の中で過ぎていく時間の話をしましたが、このシリーズの主人公であるビブリア古書堂の女性店主、篠川栞子さんと五浦大輔くんがある事件で出会ったのは2010年の7月でした。7巻に及んだ謎解きの歴史ですが、作品の中で進んだ時間は春夏秋冬が巡る1年間だったのです。その1年間の間に様々な事件から栞子さんを守り切った大輔青年はその想いを遂げて、めでたく栞子さんと一緒になることが出来ました。

  この新刊が発売されるという情報は、映画情報から得られたものでした。

  2018年111日に実写映画化された「ビブリア古書堂の事件手帖」が封切りを迎えました。作品世界が一般に共有化去れている物語の映画化はとても難しいものと認識しています。この作品は、累計で680万部も売れているということです。すると、私も含めてこの世の中には680万種類の栞子さんがいて、680万種類の大輔くんがいるわけです。

  今回のストーリーは、第1巻で大輔くんが「田中嘉雄様へ」との記載と共に夏目漱石のサインが入った「それから」をビブリア古書堂に持ち込み、栞子さんがその本に秘められた謎を解く話と、栞子さんがその本のために襲われてしまう太宰治の「晩年」の初版本を巡る事件が中心となっています。その意味で、原作を大切にしている映画と見て取れます。

  以前、テレビドラマ化されたときには、栞子さんをドラマ初主演の剛力彩芽さんが演じていましたが、初回を見てあまりにイメージが異なっていたので、その後は全く見ませんでした。どの程度原作の持つ魅力をスクリーンへと映し出すことが出来るのか、と心配になり、映画のサイトを訪れると、原作者である三上延さんとこの映画の監督三島有紀子さんとのトークイベントの記事が掲載されていました。

  それを読むと、監督はことのほか本が好きで、今回の監督の話も本好きであることが依頼のきっかけであったと語られています。さらには、二人の好きな本も非常に似ており、まるで栞子さんが栞子さんと話しているように話が弾んだそうです。三上さんもこの映画が原作の持つ香りをそのまま映像化しているところに嬉しさを感じており、原作者のイメージがそのまま映画となっているようで、映画にも期待が高まります。

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(映画「ビブリア古書堂の事件手帖」ポスター)

(映画情報)

・作品名:「ビブリア古書堂の事件手帖」

 (2018年日本・121分)

・スタッフ  監督:三島有紀子

       脚本:渡部 亮平・松井 香奈

・キャスト  篠川 栞子:黒木 華

       五浦 大輔:野村 周平

       稲垣:成田 凌    五浦 絹子:夏帆

       田中 嘉雄:東出 昌大

  監督の三島有紀子氏は、もともとドキュメンタリー映画を得意としていますが、この作品では「人と人をつなぐ、時を超えた本の持つ力」を栞子と大輔の関係を通じて描きたいと語っています。この映画が大好きな本にまつわる物語であることからディテールにもしっかりこだわっているようです。例えば、ビブリア古書堂の本棚ですが、スタッフが通常のように背板のある本棚をセットしたところ、本と本の隙間から向こう側にいる栞子さんを取りたいとの理由から、本棚からすべての背板を取り去ったそうです。

  映画は、リテールにこだわるほど良い作品になると言います。その意味で、本作品は作品の持つ想いをそのまま伝える映画として期待が出来そうです。

7年後のビブリア古書堂】

  さて、小説の話に戻ります。

  栞子さんと大輔くんは、本にまつわる様々な謎を解くことによって人と人の間に絡み合う糸を解きほぐして事件を解決してきました。7巻の物語が描かれた1年間で二人はお互いに必要な人である事を確認し、惹かれあい、最後にはハッピーゴールインを迎えて結婚します。昨年の最終話のときには小説世界の時間は2011年でした。しかし、我々の時間はすでに7年が経過して2018年。もしも、小説世界でも我々と同じ時間が流れていたとすれば、二人はどうなっているのか。

  作者の三上さんは、不思議なことに我々と同じ思いを執筆しながら考えていたと言います。

  なんと、今回の「ビブリア古書堂」では、小説内でも我々と同じ時間が流れているのです。栞子さんと大輔くんが結婚してから早7年か経ち、大輔くんは五浦姓から篠川に姓が変わっています。そして、二人の間には娘が生まれていました。まだ小学校に上がる前の少女の名前は「扉子」と言います。扉子ちゃんは、母親の篠川栞子さんの面影を宿す女の子で、その意味では美しい少女だと思われます。

  さらに、栞子さんの娘だけあって、無類の本好きです。古書堂では肌身離さず本を持ち歩き、暇さえあれば児童書か否かに関わらず、一心不乱に読み進めます。さらには、栞子さんからは本の話を聞きたがり、相手の都合に関係なく子供らしく率直な疑問をぶつけます。ビブリア古書堂に持ち込まれたお客さんの本でも、興味を持てば手に取ってのめり込むように読んでしまいます。この本の最終章では、お客様の本、内田百聞の童話「王様の背中」を持ち出して読んでしまい、そのことが期せずしてある事件を解決に導くこととなります。

  最新刊の手法は、栞子さんの母親である篠川智恵子が登場し、栞子さんの人生に絡んでくる第3巻にその構成が良く似ています。この本には、4つの話が収められているのですが、その4つの話は、栞子さんがせがまれて本に関わるお話を扉子ちゃんに語っていくと言う体裁で進んでいくのです。その構成は良く練られています。

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(栞子さんのイラスト animatetimes.com)

  今回も4冊の古書が登場し、その本と人の物語が語られていきます。その本とは、

1章 「からたちの花 北原白秋童謡集」

2章 「俺と母さんの想いでの本」

3章 佐々木丸美 「雪の断章」

4章 内田百聞 「王様の背中」

さらにおまけに1冊、新潮文庫「マイブック‐2010年の記録‐」が登場します。

【本に込められた人の想い】

  本に込められた思いは、人それぞれです。自分の愛する人や尊敬する人からもらった本は、自分の人生に大きな影響をもたらします。また、その本に導かれて自分の人生が変わることもあるわけです。新刊本は新しい歴史を創りますが、古書はその中に人の想いや歴史が刻まれています。なので、その存在が見事な小説を生み出していきます。

  これまでも「ビブリア古書堂」に触発されて、古書にまつわる想いをブログでも紹介してきましたが、今回は私にとってかけがえのない本をご紹介します。その本は、小説でも評論でもありません。どちらかと言えば、本というよりもテキストと言った方が良いかもしれません。

  今では、Eテレと称する3チャンネルですが、その昔はNHK教育テレビと言っていました。その中では、英語やフランス語などの語学番組もあれば、料理番組や盆栽の番組など、趣味と教養のための番組を数多く放送していました。その中で、どういう基準かはわかりませんが書籍化された本がありました。

  昭和49年に当時の教育テレビで放映された「平家物語の世界」という講義が、昭和51年に日本放送出版協会から上下2冊の本となって出版されました。『平家物語の世界』上下巻 放送ライブラリー(日本放送出版協会 1976)。テレビでの放映はみていませんが、当時、平家物語の魅力に魅入られており、渋谷の大盛堂書店で平家物語の本を探していた時にこの本を見つけ、その世界観を見事に語ってくれていることに驚いて購入しました。

  講義をしていたのは、当時、駒澤大学で中世文学を研究されていた水原一教授でした。この本は、平家物語おなじみの「祇園精舎」、「殿上闇討」からはじまり、「足摺」や「橋合戦」など、有名な場面を網羅し、丁寧に講義してくれていました。ご存知のように栄華を極めた平家の人々が源頼朝の挙兵から、木曾の義仲、鞍馬の義経に責め立てられ、福原、一の谷、屋島、と落ち延びて、ついには壇ノ浦で滅びていく姿は、涙なくして語ることはできません。

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(水原一「平家物語の世界」 amazon.co.jp)

  平家の若い公達たちが武士としての美学を貫いて次々と最後を迎える姿は、平家物語の名調子と共に何度読んでもその姿に強く胸を打たれます。和歌の名手であった忠度、仁和寺まで琵琶を返して都落ちをした経正、笛を良くし若くして斎藤別当実盛に打ち取られた教盛。皆、戦いの中で散っていきます。さらに、以前にブログでご紹介した「瀬尾最後」という、平家への恩を忘れずに勝てるはずのない戦いへと身を投じていく親子の壮絶な物語を知ったのはこの本からでした。

  大学のときにこの本を片手に京都に旅行し、嵯峨野をはじめ平家ゆかりの地を巡ったことを今でもよく覚えています。

  「ビブリア古書堂の事件手帖」を読むと、こうした人生の伴侶であった本たちを思い出してしまうのです。今回も、本に潜む謎を解き明かしつつも我々に人の心のワンダーを届けてくれます。

【心の機微を語る4つの物語】

  このビブリア最新刊ですが、読み終わって若干の違和感を覚えました。それは何かというと、篠川(旧姓:五浦)大輔くんが登場しないところです。実は、このシリーズの面白さのひとつは、は一貫して若きアルバイター五浦大輔くんが物語の語り部を勤めていたところにありました。彼は、本を読むとアレルギーを発症すると言う性癖の持ち主で永い間本を読むことが出来ません。その彼が、栞子さんへの純粋な恋心から本の話と謎解きの聴き役と彼女のボディガード役を果たしていくことが、このシリーズのキモだったのです。

  ところが、今回、大輔くんは栞子さんの母親で本のエキスパートである篠川智恵子氏の仕事を手伝うために海外に出張しているのです。栞子さんと娘の扉子ちゃんは日本でお留守番です。小説は、でかけた大輔くんが大事な本を出しっぱなしにしてしまい、出先から栞子さんにその本をさがしてしまっておいてもらうことをメールで頼むところから始まります。そして、その本を探しに出かけた栞子さんが、本に関わる出来事を扉子ちゃんに語っていくことで、物語が進行していくのです。

  そのため、第1話はビブリア古書堂にインターネットで1冊の本を購入した女性が物語を語っていきます。ところが、著者の三上さんも書きにくかったのか、第2話では過去の回想という導入で、なつかしい大輔くんの語りがもどってきます。第3話では、ホームレスの志田さんを先生と呼ぶ栞子さんの妹文香の同級生、小菅奈緒が主人公となり、奈緒の語りへと変わります。さらに最終話では、前作でシェイクスピアのファーストフォリオを巡って争った舞砂美術商の吉原喜市の息子、吉原孝二が語り部となります。


  そして、その違和感も含めて、今回の番外編、というか現代編はシリーズの中では中くらいの面白さでした。シリーズでは、他の作品のレベルが高いだけにシリーズ第3巻を読んだ時にはその緊迫感の不足からとてもガッカリしたのですが、この最新作にも同じ感想を持ちました。第3巻のときには、次作が初の長編作となり、それが起死回生の作品となりました。ファンの一人として、次回作にそのパワーを期待したいと思います。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2018年10月28日

原田マハ 暗幕を解いた「ゲルニカ」

こんばんは。

  先日、2カ月ぶりに香川県の高松に出張しました。時期的には温暖な気候で高松港からもとても癒される島影を見ることが出来ました。往復はANAだったのですが、高松行の発着は69番スポット。行きも帰りも相当歩かなければなりません。通常は、その通路にはお店が立ち並び、楽しみながら歩くことが出来るのですが、現在は第二ターミナルが改装中で、その景色は味気ないものとなっています。

  特に帰りの便が到着した後にターミナルまで戻る通路は無味乾燥で、ただ淡々と歩くのみです。

  ここ数年、高松でプロジェクトがあって何度も出張しているのですが、夜、羽田空港に着いて到着スポットからターミナルまでの長い通路には、いくつもの動く歩道があり、人々は家路?を急いで足早にそのうえを歩いていきます。私も当然ながら早足で歩くのですが、先日は妙なことを考えさせられました。

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(羽田空港第二ターミナルの動く歩道)

  いつも早足で動く歩道を進んでいると、より速く歩いていく人に右側から抜かされていきます。人間には闘争心が備わっていて、あまりに多くの人に抜かされると、なにくそ!と感じて、自分も同じ速度で歩こうとします。速度を上げて、自分よりもはるかに若い人を抜き去ると、なんとなく自分のアイデンティティーが確認された気がして、納得感を感じます。昨日も何人かの人たちが、私を抜かしていきましたが、驚いたのは私よりもはるかに高齢とおぼしき女性が颯爽と抜かしていったことです。しかも、それが何人か続いたのです。

  最近、歩く速度は年齢とともに遅くなっていくのかも、と少々後ろ向きに考えていたのですが、考えさせられました。それは、歩く速度とは物理的な体の仕組みの問題なのではなく、歩く人の個性の発露なのではないか、との思いです。近年では、世界の歌姫テイラー・スウィフトさんが訴えている通り、LGBTへの意識が低い人間は軽蔑(軽視)されることが広く世に広まりつつあります。歩く速さも同様で、その速さとは個人の個性であり、それを率直に受け入れることが求められているのかもしれません。「歩く」とは、スピード×歩きの質=個性だと言えるのです。

  高齢の女性に抜かされて追いかける気力がなかった言い訳と言われると、何とも言えませんが、先日、羽田空港の動く歩道のうえで、夜7時過ぎにそんなことを考えていました。

  さて、その出張前、文庫化を待ちに待っていた原田マハさんの小説が発売され、手に入れました。今週は、その本を大いなる感動と共に読んでいました。

「暗幕のゲルニカ」(原田マハ著 新潮文庫 2018年)

【原田マハさんのアート小説】

  このブログで原田マハさんのアート小説「ジヴェルニーの食卓」を紹介してから早くも5年が経ちました。今回の小説は、2016年に単行本が上梓されましたが、文庫本となるまでにはさらに2年近くが必要でした。実は、この小説が雑誌「小説新潮」で連載開始となったのは、2013年の7月号だったのです。そこから数えれば、まさに5年が経ったことになります。

  この小説を読むと、とにかく驚くのはその取材の緊密さとプロットの面白さです。題名からわかるとおり、この小説の主人公は、20世紀の天才と呼ばれたパブロ・ピカソ。もっと言えば、ピカソが自らの祖国であるスペインで繰り広げられた空爆による殺戮を心に描き、これをモチーフにして描き上げた傑作「ゲルニカ」が主役です。

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(「暗幕のゲルニカ」文庫 amazon.co.jp)

  マハさんの絵画小説第一弾である「楽園のカンヴァス」では、パリの孤高の作家アンリ・ルソーとそのモデルであったヤドヴィガが時代を超えて語られています。印象派のエピソードを描いた中編小説集である「ジヴェルニーの食卓」を上梓したのが、2013年ですからこの小説の執筆時にはすでに「暗幕のゲルニカ」は取材を終えて構想も練られていたということです。もちろん、その根底にはマハさんの「ゲルニカ」に対する大きな感動があったことは間違いありません。

  この小説で、マハさんのアート小説への技法はますます進化を遂げています。「楽園のカンヴァス」では、アンリ・ルソーの絵の真贋を見極めるキュレーター対決が「現代(1980年代)」の事象をものがたり、それと並行して1890年代のアンリ・ルソーが語られていきます。今回の「暗幕のゲルニカ」で語られる現在は、ニューヨーク貿易センターがテロリストによって崩壊した後の2003年。「テロへの報復」を宣言したジョージ・ブッシュ大統領がイラクのフセイン政権への国連軍による空爆を決定する場面からはじまることになります。

  そして、並行して描かれていくのは、ピカソが「ゲルニカ」を描いた1930年代のパリです。この時代の主人公は、ピカソの恋人であったドラ・マール。ピカソは、その生涯にたくさんの女性と浮名を流し、結婚もしていましたが、1936年から1945年まで写真家であり画家でもあったドラと生活を共にしていました。そして、スペインで共和国軍とフランコ率いる反乱軍が内線を繰り広げる中、パリ万博のスペイン館に展示する巨大な絵画として「ゲルニカ」を書き上げるのです。

  カメラマンであったドラは、その「ゲルニカ」の製作過程を写真に収めていたのです。この時代の物語は、ピカソの愛人であったドラのピカソの恋人としての矜持と芸術への愛情を余すことなく描いており、ドラの物語に引き込まれてしまいます。

  この小説は、現代パートの登場人物がすべてフィクションによる創作であり、歴史パートの登場人物は実在の人物となっていますが、マハさんの造形のうまさは、歴史と現代をつなぐ美術界の理解者を想像しているところにあります。一人は、スペインの大富豪の息子でパリに亡命しているフリア・イグシナス。そして、もう一人は、ニューヨーク近代美術館の理事長であるルース・ロックフェラーです。マハさんは、自ら作り出したアートの理解者である二人を自家薬籠中のものとして自由自在に活躍させています。

  そうして、マハさんのアート小説はますます面白さを増していくのです。

【「暗幕」の意味するもの】

(ここからネタバレあり)

  小説家のすごさは、日常で起こる様々な物事やエピソードがふとしたきっかけから物語へと結びついていくところにあります。

  ピカソの「ゲルニカ」は、戦争の非合理をすべての人に訴える力を秘めていますが、国連の会議場にはこの「ゲルニカ」の精密なタペストリーが掲げられているそうです。2003年、当時のブッシュ政権は大量の殺戮兵器(核兵器や化学兵器)を隠し持っているフセイン大統領のイラクに空爆を行うことを決定します。国連では、安全保障理事会でこの空爆を肯定する決議は行われませんでした。しかし、アメリカは空爆を決行します。

  その空爆に先立って、当時のコリン・パウエル国務長官は国連の議場で記者会見を行い、「イラクに大量破壊兵器が存在する。」との見解を発表しました。議場での会見では、当然ながらその後ろに「ゲルニカ」のタペストリーが映し出されます。ところがこの会見の時、「ゲルニカ」のタペストリーには青い「暗幕」がかけられ、隠されていたのです。確かに「ゲルニカ」の前で開戦を語るのは、あまりにもアイロニーに満ちており、場違いです。

  この暗幕に隠された「ゲルニカ」を見た瞬間にこの作品がマハさんの中で形作られることになったのです。

  この小説の現代パートでの主人公は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)でキュレーター(学芸員)を務める八神瑤子です。彼女は、10歳のときに父母の仕事でニューヨークに住んでいました。そして、母親に連れていってもらったMoMAで、「ゲルニカ」に出会い、その強力な磁力に圧倒されます。見なければいけない、しかし、目を向けてはいけない。その強いジレンマに引き寄せられたのです。そこから彼女のパブロ・ピカソ研究の旅がはじまります。八神瑤子は、スペインの美術館を経てピカソ研究の第一人者となり、「ゲルニカ」と出会ったMoMAのキュレーターとして戻ってきました。

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(ニューヨーク近代美術館MoMA  wikipediaより)

  小説は、衝撃的な場面から始まります。瑤子はニューヨークでアートコンサルタントだったイーサンと出会い、幸せな結婚をしました。2001年の911日の朝。いつものように朝食をとり、朝早めの仕事のために先に家を出たイーサン。イーサンを送り出した後、瑤子は彼から送られたピカソの鳩のドローイングに挨拶をしてから家を出ます。MoMAに行くために地下鉄の駅から出た瑤子を待っていたのは、同時多発テロでした。そして、イーサンの事務所は貿易センタービルにあったのです。

  イーサンの死から2年が過ぎ、瑤子はMoMAでピカソ展の企画を立ち上げていました。2年前の同時多発テロのとき、この企画は「ピカソ回顧展」として企画されていました。ところが2003年、アメリカは同時多発テロへの報復に全国民が燃えています。瑤子は、イラク戦争へと向かうアメリカの姿を目の当たりにして、報復の連鎖に大きな違和感を覚えていました。そして、今は亡きイーサンも決して報復を望んでいないと確信します。

  瑤子は、ピカソ回顧展の企画を変更し、「ピカソと戦争」という名称で、ピカソがスペイン内戦、第二次世界大戦をとおして芸術家として戦争にどう対峙したのかを問う展覧会とすることを決意します。そして、その展覧会のためには、かつてMoMAで展示され、1982年にスペインの民主化に伴い返却された「ゲルニカ」の展示が不可欠であるという考えに至ります。しかし、「ゲルニカ」はスペイン国内で持ち出しが不能な特殊な事情があり、スペイン政府はかたくなに移動を拒絶しているのです。瑤子は、果たしてこの苦境を乗り越えることが出来るのか。

  そして、20033月アメリカはイラク空爆を決定し、パワー国務長官が国連で記者会見を行った際に「ゲルニカ」のタペストリーが暗幕で隠される事件が勃発します。メディアは、MoMAのキュレーターである瑤子が暗幕で覆った犯人ではないか、と騒ぎ出します。なぜなら、国連のタペストリーの所有者は、MoMAの理事長であるルース・ロックフェラーその人だったからなのです。

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(タペストリー「ゲルニカ」Wikipediaより)

【傑作「ゲルニカ」の運命は?】

  1937年429日のパリ。ピカソのグランゾーギュスタンのアトリエにあるベッドで、ドラ・マールは目を覚まします。アトリエの窓を開けると大通りの喧騒が聞こえ、セーヌ川に浮かぶシテ島のノートルダム寺院の尖塔が目に入ります。ドラは、ピカソが起きだすのを見ながらこのアトリエに越してくる前に3人のスペイン人がピカソを訪ねてきたことを思い出します。

  時代は、スペイン内戦の真最中。反乱軍であるフランコ将軍と熾烈な戦いを繰り広げる共和国軍は、パリで開かれる万国博覧会にスペイン館を建て、共和国がスペインを統治する正当な政府であることをアピールしようと考えています。そして、そのスペイン館の目玉として、その入り口に入るとすぐの壁面にピカソの絵画を展示しようともくろんでいました。

  ピカソの元を訪れた3人は、ピカソにその絵画の制作を頼みに来たのでした。絵画の大きさは、縦3.8m、横7.8mという壁画のような大きさだったのです。その場ではイエスもノーも答えなかったピカソでしたが、自由を謳う共和国を支援したいという気持ちは強くあり、その巨大な絵画の制作を引き受けたいと思っていたのです。

  しかし、その巨大なカンヴァスに何を描こうというのか、テーマはなかなか決まらず、時だけがいたずらに過ぎていきます。そんなある日、新聞の一面に衝撃的な記事が載っていたのです。それは、フランコ将軍を支援するナチスドイツがスペインバスク地方の都市ゲルニカに無差別空爆を行ったとのレポートでした。その記事を見たピカソは、怒りを抑えることができずに新聞をずたずたに引きちぎると、怒りのままにアトリエへと向かい、閉じこもってしまったのです。

  そして、ピカソはゲルニカ空爆に触発され、自らの内面から発露した真実をカンヴァスにぶつけました。そこに映し出された下絵を見て、ドラ・マールは大きな衝撃に打ち抜かれます。その傑作はパリ万博でスペイン館に飾られることとなりますが、その後、共和国はスペイン内戦で追い詰められ、スペインではフランコ将軍が独裁政権を打ち立てることになります。

  さらに、時代はファシストの時代へと突入し、ドイツはヨーロッパ全土を席巻し、フランスに侵攻、ついにパリもナチスドイツの占領下に置かれることとなるのです。「ゲルニカ」はナチスを批判する作品です。ピカソのアトリエにある「ゲルニカ」が見つかれば、絵は没収されて焼却されるに違いなく、ピカソさえも逮捕され殺されるやもしれません。

  

  2003年に生きる八神瑤子と1930年代に生きるドラ・マールの「ゲルニカ」をめぐる闘い、その結末はどこに行くのか。まさに小説は緊迫と数々の謎を抱えながらその大きな闘いのすべてを描いていくのです。前作以上のワンダーと感動を秘めた「暗幕のゲルニカ」。秋の夜長にぜひ皆さんも味わってみてください。その実物を見たくなること間違いなしです。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2018年10月13日

吉永小百合 その映画人生を語る

こんばんは。

  皆さんは、「サユリスト」なる言葉をご存知ですか。

  今は、「ブラタモリ」で毎週NHKに登場するタモリさんは、自ら「サユリスト」であることを公言しています。吉永小百合さんが生まれたのは終戦の年ですから、「サユリスト」の世代は70代から団塊の世代までの男性が圧倒的多数です。

  最近、著名人たちの年齢を聴くと、いつの間にか年を取ったことを実感します。吉永小百合さんも戦後と同じ年齢と聞くと、びっくりです。私も今年60歳で定年を迎えましたが、60歳になるとはこういうことなんだな、と実感する毎日です。2年前に亡くなった長姉が、私より9歳年上で1949年生まれ、団塊世代の代表ですので、「サユリスト」は、65歳から75歳までの方が中心ですね。

  新宿駅のホームから改札に向かう間では、吉永小百合さんが我々に微笑を送ってくれます。そのポスターを見ると、吉永小百合さんのまったく変わりない姿に驚くと同時に癒される感じがします。小百合さんの実年齢を考えると20歳以上お若く見えます。小百合さんは、JR東日本の「大人の旅倶楽部」で永くメインキャラクターを勤めていらっしゃいます。JR東日本のサイトを見ると「大人の旅倶楽部」の撮影場所一覧が掲載されており、それによれば、東北の「2005年 岩崎港沢辺防波堤灯台」が最も古い撮影地です。13年間、日本中を旅しているわけです。

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(大人の旅倶楽部ポスター jreast.com)

  世代的に「サユリスト」たちは、先輩に当たります。吉永小百合さんが出演した映画は、伝説となっているものも含めて、常に話題となっていたことは覚えていますが、正直に言えば、フーテンの寅さんシリーズを除いて、その出演作を映画館で見たことは一度もありません。しかし、映画好きとしては120本の作品に出演した女優が、自ら映画について語る本を見つけて、読まないわけにはいきません。

  今週は、吉永小百合さんが自ら出演した映画について語った本を読んでいました。

「私が愛した映画たち」

(吉永小百合 立花珠樹著 集英社新書 2018年)

【映画女優の人生とは】

  今年公開された映画「北の桜守」は、吉永小百合さん出演120本目の記念作だったそうです。小百合さんが映画初主演から60年が経つと言いますから、まさに映画と共に歩んできた人生と言えます。今回の本は、120本への出演を記念する意味もあり、映画評論家でライターでもある立花珠樹氏が2年間にわたり、小百合さんにインタビューを行い、その内容を本にまとめたものとなります。本の中では、小百合さんの女優人生にとって転機となった16本の作品について、自ら思う存分語る形となっています。

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(「私が愛した映画たち」 amazon.co.jp)

  最初に語られるのは、ラジオドラマでの声優デビューから14歳で初めての映画「朝を呼ぶ口笛」に出演するまでのエピソードです。小百合さんの清楚で可憐な容姿から我々は、お嬢さん育ちではないかと考えがちですが、小百合さんの家は父親の事業の失敗などにより、決して裕福ではなく、母親の収入と、小百合さんの出演料が家計を支えていたと言います。

  この本でも、当時、自分のギャラがいくらだったのかは知らなかったが、仕事をしたときには食事の時のおかずが一品増えるのがうれしかったと語っています。

  それ以来、小百合さんが出演し、この本で取り上げられた映画は以下の通りです。

1960年代)

「キューポラのある街」(1962年 浦山桐郎監督)、「愛と死をみつめて」(1964年 斎藤武市監督)、「愛と死の記録」(1966年 蔵原惟繕監督)

1970年代)

「男はつらいよ」(1972年・1974年 山田洋二監督)

1980年代)

「動乱」(1980年 森谷司郎監督)、「夢千代日記」(1985年 浦山桐郎監督)、「細雪」(1983年 市川崑監督)、「華の乱」(1988年 深作欣二監督)

1990年代)

「外科室」(1992年 坂東玉三郎監督)、「夢の女」(1993年 坂東玉三郎監督)

2000年代)

「北の零年」(2005年 行定薫監督)、「北のカナリアたち」(2012年 阪本順治監督)、「北の桜守」(2018年 滝田洋二郎監督)-北の3部作、「母と暮せば」(2015年 山田洋二監督)


  時代は大きく変わっていき、映画は紆余曲折を経て進んできましたが、吉永小百合さんが、その人生を映画と共に歩んできたことは、この作品群を見れば明らかです。それぞれの章で語られる内容は本当に幅広く、小百合さんの語りはどこまでも率直です。

  自分の中でのその作品の意味から始まり、作品の中で出会った監督や共演者たちのエピソード、そうした周囲の人々から学んだ様々なもの、撮影時のエピソードなど、盛り沢山な内容が時代と共に語られていき、その柔らかな語り口と併せて、アッと言う間に読み進んでしまいます。

  例えば、名作の誉れも高い「キューポラのある街」ですが、この映画は監督の浦山桐郎がはじめて監督としてメガホンを取った作品です。彼は今村昌平のもとで助監督を務めており、社会派の作品を作り上げようと燃えていました。はじめは、この作品の主演をオーディションによって募集しようと考えていたのですが、当時日活の二枚看板であつた浜田光夫と吉永小百合を使うよう会社の上層部から命じられたのです。

  出演が決まった小百合さんは、ある日、食堂で監督と居合わせます。監督は彼女に向かい、「貧乏について、良く考えてごらん。」と言いました。彼女は、「私の家も貧乏なので、貧乏の事は良く知っています。私自信があります。」と答えました。すると監督は、「君のところは、山の手の貧乏だろ、下町の貧乏っていうのがあるんだ。」と言います。小百合さんは、それまで与えられた役をこなすばかりで、演技について考えたことがなかったそうです。この言葉は、ずっと頭に残っており、考え続けたそうですが、その意味はやはり分からなかった。

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(当時のブロマイド  asuka.com)

  しかし、映画の撮影が始まり進んでいくうちに監督の言っていた「下町の貧乏」ということが分かってきた。つまり、求められる役を考えることを初めて監督から教えられたのです。この映画では、小百合さんのお父さん役を東野英治郎が演じていました。この父親は大酒のみで、娘にも酔って手を挙げるのですが、実際の東野さんは、お酒が全く飲めないのだそうです。その演技のうまさは、酒飲みをよく観察することから身に就いたものだと理解し、役者にとって観察することが重要であることを学んだ、と語るのです。

  東野英治郎と言えば、私の世代では「水戸黄門」そのものですが、毎週日本中を旅して弱きを助け強きをくじく水戸黄門は、やはりプロフェッショナルだったのですね。

【美しくも、健気な人】

  70歳を過ぎた女性に対して、「健気」という言葉は失礼かと思います。しかし、この本を読んで、14歳から数々の映画に出演し、多くの監督や名優たちと共演してきたエピソード、数十年に渡って、真摯に映画に向かうその姿勢を読むにつれて、「健気」という言葉が浮かんできます。

  1960年代の終わりから70年代にかけて、テレビ全盛時代が到来し、映画は衰退の一途をたどることになります。ヒットする映画は、ロマンポルノとヤクザ映画だけ。そこには、清純派女優であった吉永小百合の出番はありません。小百合さんは、ちょうど20代の後半に入り、少女から大人の女優に脱皮することが求められますが、そのための演技を映画で披露する場がありませんでした。そんな中で、小百合さんは神経性の発声障害にかかってしまいます。

  映画の仕事が斜陽になり、テレビに出るようになった小百合さんは、月月火水木金金よりもさらに忙しく1週間が8日あるような生活をしていたと言います。さらに何よりも情熱的だった映画に情熱を感じられないようになります。ストレスにより声が出なくなった小百合さんに何よりも必要だったのは、休息のはずでしたが、小百合さんはひとつとして仕事に穴をあけることなく病気を治したのです。この病気の間に出演したのが、山田洋二監督の「男はつらいよ 柴又慕情」だったのです。

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(「男はつらいよ 柴又慕情」ポスター)

  寅さんを演じていたのはおなじみの渥美清ですが、小百合さんはこの映画の撮影中に渥美さんから忘れられない言葉を聞いた、と語っています。その言葉とは。ぜひこの本の中で確かめてみてください。

  小百合さんは、映画の仕事が忙しく出席日数が足りずに高校を卒業することができませんでした。しかし、忙しい中で大学入学資格検定に挑み合格、1965年には早稲田大学に入学します。さらに、4年間で早稲田大学を次席で卒業しています。そして、寅さん公開の年に結婚。「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ」撮影の時には、新婚で所帯やつれしていたそうです。

  この本の中で、小百合さんはこうした出来事を思い起こすままに語っていくわけですが、女優業を続けるために、いつも水着を持ち歩き、時間があればどこででも4種目2キロを普通に泳ぎ、毎日腹筋100回と腕立て伏せを30回行って過酷な撮影に臨む、と聞くと、人生にも仕事にも本当に健気に頑張る方なんだと胸が熱くなります。

【それでも女優は続いていく】

  以前、春日太一さんは、監督市川崑さんを書いた本の中で、市川崑は吉永小百合と出会って以降、奥様である脚本家の和田夏十が亡くなったことも相まって、大作主義の監督に成り下がってしまった、と書いていました。そして、小百合さんのことを「監督クラッシャー」と呼びました。

  市川崑監督が吉永小百合さんを起用したのは、1983年公開の「細雪」でした。この作品は、監督が長年温めてきた企画でもあり、思い入れの強い作品でもありました。小百合さんが演じたのは、四姉妹の三女、雪子役。雪子は、無口でおとなしく、あまり意思表示をしない役どころで、どちらかと言えば悪女的な側面が多い女性です。小百合さん自身も自分には向いていないと感じていたそうですが、市川崑はその魔術のような演出力で、小百合さんから雪子を引き出して画面に焼き付けたのです。

  この作品の評価は非常に高く、吉永小百合の女優としての評価も高まりました。その後、市川崑監督は、「おはん」(1984年)、「映画女優」(1987年)、「つる 鶴」(1988年)と3本の映画を撮っています。小百合さんは、市川崑監督が新しい自分を引き出してくれ、さらに映画への想いを強くさせてくれたと話しています。特に、尊敬する女優、田中絹代をモデルとする「映画女優」は、自ら映画館に足を運び、7回も鑑賞したそうです。

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(映画「細雪」DVD amazon.co.jp)

  市川崑監督が吉永小百合さんと出会って以降、よい作品を撮っていないという意見は、確かに一理あるのかもしれませんが、それは小百合さんとの因果で語るようなことではなく、むしろ、アドバイザーである和田夏十さんが亡くなったことが大きな要素だったのではないでしょうか。

  さて、この本は吉永小百合さんの映画人生が凝縮されたインタビュー集であるとともに、彼女とかかわった多くの監督や俳優たちとの邂逅を語る面でもとても面白い本でした。テレビで大人気であった「夢千代日記」の話や嵐の二宮くんと共演した山田洋二監督の「母と暮らせば」のエピソード、最新の北の3部作へのかかわり方などなど、どこをとっても吉永さんの映画へ愛情がすべての行間から立ち上ってくるようです。

  この本は、その構成も見事です。取り上げられた作品とインタビューへの興味深い語りは、この本のもう一人の著者である立花珠樹さんあっての内容になっていると思います。本当に実り多き本となっています。映画ファン、サユリストの方はもちろん、そうでない方も、この本を読めば心温まること間違いなしです。オススメ。


  さて、早いもので今年も残すところ2ケ月強となってしまいました。季節は、短い秋を迎えていますが、朝晩は気温の低い毎日が続きます。皆さんご自愛ください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2018年10月07日

幸田真音 お金を使うか、使われるか

こんばんは。

    幸田真音さんと言えば、元国際債権ディーラーで、金融市場でトップレベルの成績を上げていた凄腕であったと言われています。しかし、病気が原因でその仕事から引退。いったい人生を何に託していくかと考えたときに、何かを世に残したい、と考えたといいます。そして、選んだ職業が作家だったのです。幸田さんの小説は、主人公であるヒロインが颯爽として未来を切り開いていくとの印象で、そこに過去の経験である金融ディールの話が具体的でリアルにちりばめられており、手に汗を握ります。

  最近では、テレビドラマにもなった「スケープゴート」で一躍その名を知られるようになりました。一方では、以前からTBSテレビ、日曜朝の「サンデーモーニング」でもコメンテイターを務めており、小説は読んだことがなくとも、その名は知っているという方も多いのかと思います。個人的には、氏の小説は、金融ディールや国債投資をテーマにしているものが本当に面白く、これまでそれ以外の小説を手に取る気持ちになりませんでした。

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(文庫「スケープゴート」 amazon.co.jp)

  そんな中で、本屋さんで平棚に積まれた本を見ていると、「幸田真音」という文字が目に飛び込んできました。その帯の記載に目をやると、「職場も家族も夢も失った男と少女の再生」と書かれた下に、「リーマン・ショックから10年。経済小説の旗手が挑む、『生への物語』」と記されていました。そういえば、リーマン・ブラザースがサブプライムローンの暴落から経営破たんし、世界経済がどん底まで落ちたのは20089月のことでした。

  当時の日本は、バブル崩壊によって大手金融機関が次々に破たんしてから10年を経て、ようやく景気が回復しITバブルによって、株価(日経平均)は一時の7000円台から14000円台にまで回復していました。当初、日本ではサブプライムローンへの投資は限定的で、バブル時のように国内での金融機関の破たんまでには発展しないとの観測から景気減速は限定的ではないかとの観測もありました。ところが、世界経済はサブプライムローンの暴落から崩壊し、日本もその影響から景気が低迷、株価も暴落して、ついに8000円台にまで落ち込んだのです。

  この暴落の影響もあり、日本では、自民党が衆議院選挙で敗北。2009年には宇宙人鳩山由紀夫を党首とした民主党が政権を奪取しました。ところが、民主党政権は、日本経済を立ち直らせることが出来ず、東日本大震災の影響もあって201212月の選挙で、安部晋三自民党に敗北し、下野することとなりました。あまつさえ、民主党自身もその後の党不信をぬぐうことが叶わず、崩壊したことは記憶に新しいところです。

  安倍政権は、政権を奪取するや景気回復にカンフル剤を打ち込み、3本の矢によるアベノミクス政策により株価はアッと言う間に上がり始め、今月の株価は24000円を付けるまでに上昇しています。リーマン・ショックの時期に比べれば、株価は3倍となり、逆にバブルの再来が心配されるまでになっています。しかし、今では日本経済は極めていびつな構造に変化しており、株価が上がってもデフレが継続、景気の良さはなかなか実感されることがありません。富は富裕層に集まるばかりで、格差は広がるばかりです。

  それでも、株価の上昇は経済活性化に効果を挙げており、2009年には5.08%であった失業率は、2018年には2.87%にまで下がっています。格差や景気の実感は別にして、現在の日本経済は着実に力強さを取り戻しつつあると言えるのではないでしょうか。

  その帯の言葉に惹起され、久しぶりに幸田真音さんの本を手に取ったのです。

「ナナフシ」(幸田真音著 文春文庫 2018年)

【物語作家は神の眼】

  小説家は、人の心と人生を語ることによって物語を紡ぎます。

  作者は、その物語を語るにあたって登場人物たちの人生をすべてその手に握っています。そうした意味では、その小説世界にとって作者はすべての世界を構築している神そのものなのです。そして、その神は、我々読者を小説世界に引き込むために、あらゆるテクニックを駆使して小説を創りだしていくのです。

  この小説を読むと、作者幸田真音さんの神の眼を感じます。それは、二人の主人公の人生を作品としてどのように語っていくか、という点に小説家としての真骨頂を感じるからです。この作品は、二人の主人公の人生を、その意外な出会いから語っていくことになります。それは、行き倒れ同然の若い女性と金に翻弄されて人生をほとんど無にしてしまった中年男と出会いです。

  いったいなぜうら若い女性が行き倒れとなったのか、東京の木造安アパートにたった一人で暮らす中年男には、どんな悲惨な過去があったのか。物語は、次々に起きていく出来事を語りながら、二人が自らの過去を語らざるを得ない状況を作り上げて、そこで初めて過去を語らせていくのです。その手腕は、まるで良質な連載小説が次号へと読者の興味を引き続いていくように書いていくように鮮やかです。(ちなみにこの小説は連載でした。)

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(文庫「ナナフシ」amazon.co.jp)

  我々は、作者の語りに翻弄されて、興味が尽きぬままにつぎのページへといざなわれていくのです。この小説では、幸田さんの小説家としての手腕を味わうことが出来ます。

  この小説は、今の二人と過去の二人を語っていく人間ドラマとなっていますが、そこに感動が生まれるのは、幸田さんの語り方が上手に仕組まれているからです。

  この本が単行本として上梓されたときに、幸田さんは文芸春秋社のインタビューでこの本について語っています。それに拠れば、単行本の帯には「幸田真音がすべてを注ぎ込んだ初の人間ドラマ」と書かれています。幸田さんはこの言葉について、これまでも金融市場を舞台に人間ドラマを描いてきたつもりだが、この小説はこれまでとは別のチャレンジをした作品だ、と語っています。

  それは、この作品の主人公がリーマン・ショックによって家族や人、そして金という人生のすべてを失ってしまうのですが、幸田さんはこの作品で、リーマン・ショック自体を書くのではなく、もっと本質的な、人間の欲の深淵みたいなものを描きたいと思ったんです。その意味でも、私にとってチャレンジングな小説に間違いない、と言うのです。

  確かに、テーマそのものが幸田さんの小説の中でも特異です。

【「ナナフシ」が表わすもの】

  さて、この作品の題名は変わっています。

  本屋さんで見かけた時には、いったい何の意味なのか想像もつきませんでしたが、「ナナフシ」とは昆虫の名前なのです。作品の中でも語られますが、代表的な「ナナフシ」は細長く茶色い木の枝に擬態する昆虫で、木の間にいると木の枝そっくりで見つけることが出来ません。その動きは緩慢ですが、身の危険がせまると自らの足を切り離して、それをおとりにして逃げ去るのです。

  小説は、こうした「ナナフシ」の生態が各章の章題を構成しています。第一章 自切、第二章 擬態、第三章 生餌、第四章 脱皮、第五章 再生、第六章 飛翔と名付けられているのです。「ナナフシ」とは、若くして苦難の人生を背負った主人公が、まるで「ナナフシ」のように歩んでいく姿を現しており、小説を読み進むと各章の題名が、各章の内容を見事に象徴していることに驚きを覚えます。

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(奇妙な昆虫ナナフシ contyuu.com)

(ここからネタばれあり)

  この小説の主人公は、54歳の深尾真司と23歳の北田彩弓(さゆみ)です。深尾は現在コンビニエンスストアでの深夜のアルバイトで生活しています。アルバイトとはいえ店長を任されており、オーナーからの信頼は厚い身の上ですが、独身で木造のボロアパートから自転車で勤務先のコンピニに通っています。

  ある日、深夜のコンビニの離れのトイレで物音がしました。深尾がアルバイトの学生とともにトイレに向かうと、そこにはまるで浮浪者のような汚い身なりで、ごみ箱のような強烈なにおいを発散する人物が昏倒していました。本来、即座に警察を呼ぶべき事態です。しかし、深尾が顔を確かめるとその人物はうら若い女性でした。

  彼女は、「警察」と言う声に反応して深尾に抱き着いてきます。彼女は、本当に痩せた体で意識も朦朧な中、深尾に向かい、さかんに首を横に振るのです。どうやら警察への通報を拒んでいるようです。さらに娘は高い熱を出しており、すっかり弱っています。コンビニの裏で、毛布と暖かいココアを与えると、深尾は彼女をタクシーに乗せ、病院へと搬送しようとします。タクシーで隣に乗せた娘は猛烈な臭いを漂わせていました。

  深尾は、過去に経験した、ある忌まわしい臭いを思い出します。そして、行き場所もないのであろう若い一人の人間にこのまま見殺しにしてはいけない、との強い想いを抱くことになります。一度は病院へと行く先を告げた深尾は、その行き先を自分のアパートへと変更します。

  そして、ここから二人の奇妙な生活が始まるのです。

  かつて、深尾はアメリカの大手証券会社スタンレー・ブラザースで腕の良いファンドマネージャーとして、バリバリと仕事をこなしていました。彼は、ファンドマネージャーとしての業績を上げることが面白く、仕事と称して家庭を顧みることがありませんでした。一人娘が不治の病にかかり、不幸にもアッという間に命を落とした時にも、妻にすべての面倒をみさせて子供を失いました。その妻も子供を亡くしたショックからアルコール依存症になり、深尾の元から去っていったのです。

  そこに追い打ちをかけるように襲ってきたのが、スタンレー・ブラザースの経営破たんでした。そのときに体験したおぞましい出来事が、深尾の人生のすべてを奪っていったのです。人生のすべてを失い、日銭だけで生きていく道を選んだ深尾。その深尾が彩弓と出会った時、その人生にかすかな変化が生じたのです。

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(破たんしたニューヨーク リーマン本社 wikipediaより)

【苦しみを精一杯生きる】

  幸田さんは、北田彩弓を「ナナフシ」に例えていますが、二人が出会った後も人生は二人を幸せにはしてくれません。行き倒れからなんとか救われた彩弓は、ヴァイオリニストを目指し挫折した女性でした。さらに、彼女は右腕に不思議なしびれや痛みを感じていました。深尾は、まずは、彼女に夢を取り戻してもらいたいと、医者に連れていきます。

  原因不明のしびれと痛み。どの病院に行っても原因は特定できず、二人は病院をたらいまわしにされることになります。彩弓の手にはカードゲームができるほどたくさんの診察券が広げられました。しかし、ある病院から紹介された専門医の元をおとずれたときに、その衝撃の病名があかされることになります。

悪性末梢神経鞘腫瘍

  それは、右腕につながる神経の分岐点にできた悪性の腫瘍。つまり神経癌だったのです。

  次々に訪れる人生の苦しみ。しかし、数々の苦難を経験してきた二人は、お互いを思いやる気持ちを糧にしながら、その苦しみに気丈に立ち向かっていきます。

  幸田さんは、インタビューで、次のように語っています。「こんな世の中だから、どんな人にも想像もしなかったことが起きる可能性があります。でも、その時は逃げずに、きちんと苦しむことに意味があるのではと思います。苦しむということは、決して悪いことだけではなくて、しっかり苦しむとしっかり救われるよ、ということが伝われば嬉しいなと思っています。」

  この小説は、金融市場で数百兆円というマネーが世界中を駆け巡る中で、お金に使われて不幸になる人々とお金によって不幸を食い止める人々の姿を描いています。皆さんも誰よりもお金の功罪を知る幸田真音さんの人間ドラマを読んでみてはいかがでしょうか。生きるとはどういうことか、改めて考えさせられるに違いありません。


  癌と言えば、癌治療の新たな時代を切り開く免疫治療を見出した本庶祐氏が、アメリカの研究者とともにノーベル医学賞を受賞しました。それは、がん細胞が免疫細胞にかけていたブレーキを無効にするという画期的な発見です。北田彩弓にもこの薬が有効であれば、小説の展開も違ったものになったかもしれません。

  本当におめでとうございます。日本政府もこの受賞を機会に基礎研究への投資を見直しましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2018年09月30日

2018年ロシアW杯 日本代表の闘い

こんばんは。

  来年は、日本でラグビーワールドカップが開催され、全国各地で熱い戦いが繰り広げられます。

  前回大会では、名将エディー・ジョーンズ代表監督(ヘッド・コーチ)率いる日本代表が、初戦から世界第3位の強豪南アフリカ代表に最後の最後に逆転し、いきなり大番狂わせを実現しました。この感動が日本でのラグビー人気に火をつけて、キャプテン、マイケル・リーチやそのルーティーンで有名になった五郎丸歩など、連日テレビを賑わせたのは記憶に新しいところです。

  エディーは、かつて指導者としてのキャリアを日本でスタートさせ、奥さんも日本人であることから、日本を第二の故郷と呼ぶほどの親日家でした。その日本に恩返しをしたいとの気持ちから、2012年に日本代表のヘッド・コーチに就任し、日本代表を世界に通用するまでに鍛え上げたのです。球際で負けないこと、ボールへの執着とボールを奪ってからのスピード感を重視し、日本のスピードを突き詰めたラグビーで最強の日本代表を作り上げました。

  エディーとの契約は、前回のワールドカップで終了し、現在は、ジェイミー・ジョセフ氏がヘッド・コーチに就任し、来年の地元開催のワールドカップではジェイミージャパンの活躍が大いに期待されます。先日、久しぶりに日本代表のキャプテンにカムバックしたマイケル・リーチ選手がインタビューに答えていましたが、今の代表はエディーの時代とは変わっており、ボールキックで陣を前に進めていく「キッキングゲーム」を重要視していると言います。

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(マイケル・リーチキャプテンとジェイミーヘッドコーチ legendsrugby.jp)

  方法論が異なったとしても、あらゆる手段でボールを自らのものとし、トライへと持ち込むことがラグビーの得点を生み出します。エディーの作り上げたパワーとスピードにジェイミーの戦術が加われば、前回果たせなかった一次リーグ突破も決して夢ではありません。来年のラグビーワールドカップから目が離せません。

  さて、ワールドカップと言えば、今年ロシアで開催されたサッカーワールドカップを忘れるわけにはいきません。今週は、我々に大きな感動を与えてくれた西野ジャパンの闘いをみごとに分析した本を読んでいました。

「サムライブルーの勝利と敗北 サッカーロシアW杯日本代表・全試合戦術完全解析」

(五百蔵容-いほろいただし著 正海社新書 2018年)

2018 FIFAワールドカップに至る】

  今年の日本代表は、波乱に満ちた過程を経てロシア大会に臨むことになりました。2014年のブラジル大会でザッケローニ監督率いる日本代表は、なんと1勝もあげることなく、予選リーグ敗退という悔しい結果で終わりました。

  その結果を受け、代表監督に選んだのはアビエル・アギーレ氏でしたが、半年のうちに前監督時代の八百長疑惑が発覚し、あっさり契約解除となりました。その後を受けて代表監督に就任したのが、ハリルホジッチ氏です。氏は、「縦に早いサッカー」と個々の選手の「デュエル」の強化を戦略として日本代表を率いて、みごとワールドカップアジア予選を勝ち抜き、日本代表をロシアワールドカップへと導いたのです。ところが、6月に本戦を控えた49日、突然ハリルホジッチ監督の解任が発表されたのです。理由は、「選手とのコミュニケーション不全」。

  いったい何が起きたのかが不明のまま、日本代表を応援するファンは驚きと失望に襲われます。後を託されたのは、ハリルジャパンのもとで技術委員長を務めていた西野朗氏でした。その就任時には、1996年のアトランタオリンピックで日本代表を率いてブラジル戦に勝利し、「マイヤミの奇跡」と言われたときの映像が、一晩中流れていました。岡田武史氏以降、二人目の日本人監督となった西野監督。その手腕に我々は期待と不安の両方を感じていました。

  いかに西野監督に実績があろうとも、ロシア大会までには残り2ケ月しかありません。ハリルジャパンを支えてきたといってもハリル氏の戦略と西野氏の戦略が同じであるわけはありません。同じなのであれば、ハリルホジッチ氏を解任する理由がないからです。果たして、西野氏はワールドカップをどのように戦う戦略をたてていたのでしょうか。

  西野監督は、就任直後から精力的にJリーグの試合を観戦し、代表候補の選手たちをつぶさに見て回ります。ロシア大会前に組まれていた親善試合は、3試合。530日のガーナ戦、68日のスイス戦、そして612日のパラグアイ戦。泣いても笑っても619日には、ワールドカップ予選第一試合であるコロンピア戦がキックオフするのです。

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(ロシア杯に臨む西野ジャパン soccerdigestweb)

  日本代表として招集されたメンバーは、やはりハリルホジッチ監督とは異なる基準で選ばれたと感じます。ハリルジャパンは、アジア予選で久保選手、浅野選手、井手口選手などの若手を起用することで得点を重ねてきました。しかし、西野監督は、過去のW杯で実績のある本田選手、香川選手、岡崎選手というビッグ3、さらには遠藤選手などアトランタオリンピック世代の選手を4名、指名しました。そこにハリルジャパンでも呼ばれていた長友選手、長谷部選手、吉田選手を加え、安定したメンバーでW杯を戦うことを選択したのです。

  しかし、本戦前の親善試合では、ガーナ戦に02で敗退、次のスイス戦でも02と敗れ、日本代表サポーターの心配する声が大きくなりました。2試合で1ゴールも奪うことが出来なかった西野ジャパンは、オーストリアで行われた最後のテストマッチで、メンバーを10人入れ替えて臨みました。前半では、パラグアイに1点を先制され、01で折り返しましたが、後半の6分過ぎに昌子選手の縦パスが香川選手に抜けると、そのボールを乾選手へとスイッチ、乾選手が右足であざやかなゴールを決めて、同点とします。

  さらに、その10分後には再び乾選手のゴールで2点目。その後、コーナーキックが相手のオウンゴールを誘い3点目。パラグアイに1点を返されますが、最後には香川選手がアディッショナルタイムにゴールを決め、西野ジャパンは最後の親善試合で得点をあげ、勝利を収めたのです。

【感動のW杯から学ぶべきもの】

  7月3日のベルギー戦を終えた西野ジャパンは、早くも75日に帰国しました。前回大会のリベンジを見事に果たし、ベスト16という結果を携えた日本代表の面々を一目見ようと800人のサポーターが成田空港の到着ロビーを埋め尽くしました。出発前、成田空港で日本代表を見送ったサポーターが170人であったことを考えると、ロシアでの戦いがいかに多くの人々に感動を与えたか、がよくわかります。

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(成田に帰国した西野ジャパン nikkansports.com)

  ロシア杯の1次リーグ。日本は抽選でグループHに選ばれました。グループHのメンバーは、FIFAランキング(当時)順で、8位のポーランド、16位のコロンビア、27位のセネガル、そして、61位の日本となります。すべてのチームが格上となるワールドカップ。準備不足の西野ジャパンにとっては、厳しい戦いがまっていたのです。

  ところが、619日の対コロンビア戦。日本代表は我々に驚きのパフォーマンスを見せてくれました。キックオフから6分後、日本陣営に攻め込んだコロンビアのボールをセンターバックの昌子選手がヘッドでクリアします。そのボールを足元に置いた香川選手が、裏に走っていた大迫選手に浮き球でパスすると、大迫選手はそのままコロンビアゴールへと向かいます。

  大迫選手は、キーパー、オスピナ選手と11となりシュートを打ちます。シュートは、キーパーに阻まれますが、その跳ね返ったボールを走りこんできた香川選手が再びシュート。このシュートが、なんとコロンビアのディフェンスハーフ、サンチェス選手のハンドを招き寄せました。ペナルティボックス内にて得点機会を手で阻止したとして、サンチェス選手はレッドカード(退場)となってしまうのです。

  そして、この退場により日本にはフリーキックが与えられ、香川選手がこれをみごとにゴールします。なんと、日本は開始6分で先制ゴールを得たばかりではなく、この後、コロンビアは10人で戦うという圧倒的なハンディを背負うことになったのです。日本は1名多い11人。ところが、日本はこの圧倒的に有利な状況で苦戦を強いられます。そして、前半39分。日本ゴールに襲い掛かるコロンビアに対してファールをとられ、日本はフリーキックを与えてしまします。キッカーは、キンテロ選手。日本は、このフリーキックを決められ、同点とされてしまうのです。

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(FKをみごとに決めた香川選手 soccerdigestweb)

  前半を11で終えた日本代表は、後半には果敢に攻撃を加えますが、コロンビアの的確な守備とカウンターに阻まれ、10人のコロンビアに対して得点することができません。そして、後半70分。香川選手に代わり、本田選手がピッチに入りました。その直後、日本はコーナーキックのチャンスを得ると、交代したばかりの本田選手が、狙いすましたキックをゴール前に打ち込みました。そこに反応したのが大迫選手でした。ヘディング一閃、「大迫、半端ない!」。

  日本代表は、初戦でコロンビアを下し、勝ち点3をもぎ取ったのです。

  今回のロシアワールドカップで、日本代表は攻撃面で素晴らしい成果を積み上げました。ベスト8をかけた優勝候補ベルギーとの戦いを含めて、挙げた得点は6点。決定力不足と言われ続けてきた日本代表が挙げたこの得点にサポーターは熱狂しました。確かに乾選手、香川選手、本田選手、大迫選手、原口選手とFWがこれだけ機能するW杯は、これまでなかったのではないでしょうか。しかし、実は、これだけの得点の裏には、7点もの失点が横たわっているのです。

  世界のサッカーと日本のサッカーは、いったい何が違うのか。この本は、感動や熱い想いは措いておいて、日本代表がW杯でベスト8になるにはいったい何が必要なのかをロシアW杯の試合から解き明かそうとする試みなのです。

【日本と世界の間にある壁】

  著者の五百蔵さんは、この本の「はじめに」の中で、W杯で戦った4試合を分析するために各章の構成を次のように明かしています。

 1. 対日本代表戦に至るまでの当該チームの発展プロセス。

   2. 実際の試合を15分刻みでプロットし、その中で観られた特筆すべき現象を中心に何が起こっていたかを、局面分析を交えつつ記録。

   3. 試合全体を戦略・戦術面で総括

  著者は、対日本戦に対する各国監督の戦略を明確に記述して、それぞれに日本の戦略との違いを際立たせてくれるのです。

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(2018年ロシア杯の闘いを分析する amazon.com)
  
  これまでのサッカー本は、個々の局面における選手の活躍や、その時々の監督の采配を評価して優劣を論じていますが、この本の著者はそうした分析を排除します。

  例えば、たった2ケ月しかない準備期間でW杯の戦いに臨まざるを得なかった西野朗監督の戦略は極めて限られていました。西野氏は、就任時の記者会見から一貫して最善の「組み合わせ」と「化学反応」を見出すと語っています。そして、本戦1週間前に行われたパラグアイとの最後の親善試合でその解が見いだせたと言います。

  「・・・かつてセレッソ大阪で驚異的なコンビプレーを展開して得点を量産した香川と乾の間の「化学反応」が時を経ても生きていることが確認されたこと、このユニットが使えるということが、少なくなくともパラグアイ戦の収穫でした。」(本書:P.21

  さらにこのコンビに引き寄せられるように、そのプレーを広げていた選手が、ディフンスハーフの柴崎選手であり、サイドバックの長友選手であり、センターバックの昌子選手でした。柴崎選手は、広い視野を持ったゲームメーカーであり、敵のヂフェンスに裏のスペースを見出すや、フォワードの動きを視野に入れ、華麗な縦パスを放って数々のゴールチャンスを作り出しました。

  しかし、パラグアイ戦は公開されており、本戦で戦うことになるHグループの監督たちは、西野監督が見出したこの「組み合わせ」と「化学反応」をスカウティングしていました。著者は、それぞれのチームを率いる戦略家が対西野ジャパンをどのように構築していたかを鮮やかに分析します。

  西野ジャパンは、こうしたスカウティングによる戦略にどのように対応してW杯を戦い、ベスト16へと進むことができたのか。日本代表は、なぜベスト16のベルギー戦で勝利を手にすることができなかったのか。著者の分析は我々にその理由を教えてくれるのです。

  皆さんもこの本を手に取ってロシア杯での日本の活躍を目のあたりにしてください。ベスト8への課題もしっかりと見えてくるはずです。ガンバレ!日本代表!

  台風24号が日本を縦断しつつあります。皆さん外出は控え、安全な場所に移動して過ぎ去るまで油断なく過ごしましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2018年09月24日

安部公房と過ごした20余年の軌跡


こんばんは。

  「安部公房」という名前を久しぶりに平積の棚で見つけて、思わず買ってしまいました。著者は、山口果林という女優です。写真を見ると、「ああ、この女優さんか。」と分かる程度の認知度でしたが、この女性が安部公房とそこまで深く愛し合っていた、というのは驚きでした。

  今週は、安部公房と自らの人生を描く女優の自伝本を読んでいました。

「安部公房とわたし」

(山口果林著 講談社+α文庫 2018年)

【安部公房と山口果林】

  現在の日本では、ノーベル文学賞候補と言えば「村上春樹」の名前があがりますが、私の世代では、ノーベル賞候補と言えば安部公房でした。氏は、1993年に68歳で亡くなっています。この本の著者、山口果林さんが安部公房と出会ったのは18歳のときと言います。年の差は23歳と書かれているところからは、出会った当時安部公房は、41歳だったと思われます。

  安部公房には、真知さんというれっきとした奥さんがいて、「ねり」というお嬢さんもいます。ということは、この女優との恋愛は、不倫だったことになります。なんだか、女性週刊誌の記事のように聞こえますが、この本は暴露本ではなく、山口果林さんの自伝です。他の自伝と異なるのは、その女優人生に介在したあまりにも大きな芸術家の存在です。彼女にとって、安部公房は人生の伴侶であり、さらにその前半では彼女の師でもあったのです。

  安部公房は、彼女が演劇を学んだ桐朋学園短期大学で講師をしており、先生と生徒の関係でした。その後、彼女は卒業して俳優座に所属しますが、その芸名である山口果林の命名者も安部公房でした。彼は、左右対称の漢字が好みで、言われてみればこの名前も左右対称です。1970年代に安部公房は「安部公房スタジオ」を立ち上げて、自ら舞台を創っていくことになります。山口果林は、このスタジオにも主演女優として参加しています。

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(文庫「安部公房とわたし」amazon.co.jpより)

  さて、この自伝の目次を見てみましょう。

プロローグ

第一章 安部公房との出会い

第二章 女優と作家

第三章 女優になるまで

第四章 安部公房との暮らし

第五章 癌告知、そして

第六章 没後の生活

エピローグ

  ノーベル賞候補作家との不倫。この本は、安部公房が亡くなって20年後に上梓されました。本を読むとわかるのですが、安部公房は晩年、ひとりで箱根の別荘に住み、奥さんの真知さんとは没交渉となっていました。ただ一人、果林さんとは、常にコンタクトを取り、可能な限り一緒に過ごしていたことが記録されています。上梓されたのは、2013年のこと。奥様は、安部公房が亡くなった同じ年に亡くなっています。

  生前、安部公房は真知夫人と離婚することを果林さんと約束していたと言います。その約束は、ノーベル賞受賞の後ということになっていましたが、その報を待つことなく、安部公房は突然帰らぬ人となってしまったのです。しかし、この本を読むと二人にとってどこかの時点で、結婚という形にあまり意味がなくなっていたように思えます。

  安部公房夫妻が亡くなってから20年後。果林さんは、一心同体ともいえる安部公房と自らの人生を一冊の本として残しておきたかったに違いありません。

【安部公房という芸術家】

  安部公房の名前を見て、この本を買ってしまったのは、安部公房が私にとってかけがえのない作家だったからです。私の読書歴は、SFから始まったと言っても間違いではありません。小学校の図書館で、少年向けのルパンやホームズを読んでいましたが、中学校のときに友人が貸してくれた本が普通の本を読むきっかけとなりました。それは、星新一氏の「妄想銀行」でした。

  星新一氏は、日本のSF界では草分け的な存在ですが、生涯に残した1001編のショートショート作品は、この分野における日本文学の金字塔と言っても過言ではありません。その面白さにすっかり魅了され、「人造人間(ボッコちゃん)」、「ようこそ地球さん」、「悪魔のいる天国」、「ボンボンと悪夢」と次々に読破しました。

  そするうちにSFの魅力にとりつかれ、筒井康隆や小松左京、はたまた、アイザック・アシモフ、レイ・ブラッドベリ、アーサー・C・クラーク、フレドリック・ブラウンと世界は広がっていきました。そこに現れたのが、SF作家、安部公房だったのです。そして、私の読書歴は安部公房からフランツ・カフカへと進んでいったのです。

  現れた、というのは大いに語弊があります。安倍公房はその時すでに文学上の大作家だったのです。

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(世界SF全集 第27巻 安部公房と月報)

  氏が、SF小説の傑作「第四間氷期」を発表したのは1958年で、出会った時には発表から15年がたっていたのです。氏は、1940年代末に文壇にデビューし、1950年に発表した短編「壁−S・カルマ氏の犯罪」で芥川賞を受賞しました。その後発表された小説群は、SFや純文学という枠をはるかに超えた不思議な世界観と「世界とは何か」という根源的な問いを発し続けています。

  私がSFにはまったころに「世界SF全集」なる全35巻からなる画期的な全集が発売されていました。日本人では、星新一、小松左京、筒井康隆などが編まれていましたが、この中の第27巻が安部公房だったのです。この本には、安倍公房の代表作が網羅されていて、感動に包まれながら読み進んだことをよく覚えています。

  その作風は、シュールレアリズムとも寓話的ともいわれますが、詩人でもある氏の表現は詩的なディテールの積み重ねと叙事的な表現で我々を作品世界へと没入させてくれます。例えば、初期の代表作「デンドロカカリヤ」を読めば、その面白さがすぐにわかります。

  「デンドロカカリヤ」とは、菊のような葉をつけた植物で、正式な名称をデンドロカカリヤ・クレピディフォリアといいます。小説の主人公は、コモン君という普通の青年です。デンドロカカリヤとは、日本の緯度には生息しない植物であり、日本では極めて貴重な存在です。この小説の中で、コモン君は何度もデンドロカカリヤに変身してしまいます。変身したのちにも、裏返しとなった顔をひっくり返すことで、人間に戻ります。

  小説には、デンドロカカリヤに変身したコモン君をつけ狙う謎の男が登場します。植物園の園長であるKは、変身したデンドロカカリヤを自らの植物園に取り込もうとして、コモン君を付け狙います。小説では、コモン君が自らの変身の意味を見つけようと図書館で「植物への変身」について、調べます。そこで見つけたのは、ダンテの「神曲」。その変身は、自殺者が受ける罰なのです。

  さらにギリシャ神話の神々が重なってきます。

  この小説は、小説としての安倍公房の原点と言ってもよいと思いますが、この全集には、この小説や「第四間氷期」の他にも、火星人?が登場する「人間そっくり」や手術によりロボットR62号に改造される機械技師を描く「R62号の発明」、自らのための家を探してさまよい続ける男を描いた「赤い繭」など、この全集には安倍公房の初期の傑作が網羅されています。

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(新潮文庫「デンドロカカリヤ」amazon.co.jp)

  1960年代から安倍公房は、舞台演劇の世界に活躍の場を移していきます。雑誌等に発表する小説は数少なくなりますが、その後は長編の書下ろしを中心に執筆活動を続けていきます。その代表作には、「砂の女」(1962年)、「他人の顔」(1964年)、「燃えつきた地図」(1967年)、「箱男」(1973年)、「方舟さくら丸」(1984年)があります。

  小説家、安倍公房を追いかけていた私としては、1970年代に「箱男」を読んで以来、小説世界から離れてしまった氏の名前は遠く離れていってしまい、途中、珍しい時代もの「榎本武揚」を読んだ程度で、その名前からすっかり遠ざかってしまいました。

【山口果林と安部公房】

  こうした安部公房と20年以上も一緒に多くの時間を共有していた女性が、いったいどのように安部公房を語るのだろう、そんな興味から読み始めた本でしたが、この本は安部公房を語る本ではなく、女優として仕事をしてきた山口果林という女性が安部公房と知り合ってからの年月をどう生きてきたかの記録でした。

  その筆致は、とても抑制されていて、演技者として舞台の主人公を把握して的確に演じようとする女優の方法論が表れているようです。自伝に劇的な効果を与えるために、プロローグから安部公房が亡くなった日に起きた出来事を語っており衝撃的ですが、それは単なる演出にしかすぎません。自伝は、安部公房とのなれそめから始まって、自らの生い立ち、安部公房との暮らし、その最後の日々。そして、安部公房が亡くなった後の自らの立ち位置へと淡々と語られていくのです。

  正直に言えば、第二章の出会いと恋愛時代から第三章のおいたちにかけては、その淡々とした記述に飽きてしまい、読み進むのが億劫になった場面がありました。この本では、これまで安部公房の影響なのかそれとも自らのポリシーなのか、生活のメモを取ることが生業となっていたようで、まるでドキュメンタリーのように果林さんの進んできた人生の日付と起きた出来事が並びます。

  しかし、その効果が発揮されるのが、第四章以降です。安部公房は1980年代に自宅を離れ、箱根の別荘で隠遁生活に入り一人創作活動に専念したと言われています。しかし、二人は仕事以外のすべての時間を、果林さんの自宅と箱根の別荘での暮らしに費やしていきます。そして、安部公房も素直に二人の時間を大切にしていたことがよくわかります。

  そして、そこの乱入した安部公房の前立腺がんの告知とその転移。二人にとっての最も深刻な時間ですが、そこでも筆者の淡々とした筆使いは変わることがありません。そして、その企まざる効果が第四章で胸に迫ってくるのです。前立腺がんの影響で尿閉となり救急車を要請したときの一言、「東大医学部時代の友人の診断で、前立腺癌が判明していたらと残念でならない。」との記述に胸を突かれます。

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(単行本「安部公房とわたし」amazon.co.jp)

  この本は、一人の女性が最愛の芸術家と過ごした日々と女優としての自らの暮らしをつづったドキュメンタリー作品です。その淡々とした筆致の中に安部公房が望んだ人生のディテールの記述と、一人の女性の人生が我々の胸に迫ってきます。

  読み終わった後に一人の人間の告白を語られた後の深いムーブメントがいつまでも残ります。


  この本には、山口果林さんの人生を感じる感動のみではなく、知られざる安部公房を知る、という大きな意味も含まれています。例えば、1975年から池袋西武百貨店8階の西武美術館で上演された「イメージの展覧会」で、その音楽をピンク・フロイドと同じシンセサイザーで自ら作ったこと。

  同じ舞台で演じられた前衛劇、「人さらい」の公演チラシの中にある眼鏡に印刷された「見ることには愛があるが、見られることには憎悪がある」という言葉が、「箱男」から引用されたこと。日常の会話で、「人間はサルじゃない。」という言葉が、安部公房のよく語る一言だったこと、などなど。

  「安部公房」に惹かれて手に取った本でしたが、思わぬ感動を味わうことができました。興味のある方は、ぜひ一度手に取ってみてください。そのドキュメントに胸が騒ぐよい本です。

  今年の9月は、地震もあり台風や秋雨前線のためにいつもに増して、不安定な気候が続きます。皆さん、体に気を付けてご自愛ください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2018年09月05日

安東能明 赤羽警察署VS産業スパイ

こんばんは。

  2020年に開催される東京オリンピックの前哨戦に当たる2018年アジア大会が閉幕しました。

  4年に1度のアジアの祭典ですが、今年は東京オリンピック・パラリンピックを2年後に予定しているだけに、どの選手もここでの調整や成績を生かして、2年後にさらなる高みをめざそうと気合が入っていました。

  日本は、あらゆる種目で力を発揮して、金メダル75、銀メダル56、銅メダル74という素晴らしい成果を挙げました。本大会の最優秀選手(MVP)に選ばれた水泳のエース、池江璃花子選手は、6種目で金メダルという快挙を成し遂げました。陸上でも劇的な決勝戦の走りで金メダルを勝ち取った200m走の小池祐貴選手、スタッフ一丸となって暑さ対策を極めてみごと金メダルを獲得した50km競歩の勝木隼人選手など、日ごろの練習と本番での精神力の勝利です。

  団体競技でも、ホッケーでは女子「さくらジャパン」が念願のアジア大会初優勝。男子もみごとに金メダルに輝きました。女子ではサッカーの「なでしこジャパン」も2大会ぶりに強敵中国をくだして金メダル。さらには、東京オリンピックの追加種目として復活したソフトボールも金メダルを獲得しました。一方で、男子サッカーは、決勝戦で宿敵韓国と対戦し、前後半戦を0対0の引き分けで終了したものの、延長戦の前半に2点を決められ、後半には1点を返したものの、銀メダルに終わっています。

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(さくらジャパン みごとな金 asahi.com)

  男子サッカーは、韓国がU23代表。さらにオーバーエイジ枠で、世界で活躍する選手が3人登録されていました。これに対し、日本はU21代表で決戦に挑み、すべての力を出し切って決勝戦を終えました。たとえ負けたとはいえ、延長戦まで至ったこの経験は、今後の日本代表にとって大きな糧となるに違いありません。

  一方、卓球日本代表のトップ選手はアジア大会には参加せず、それぞれの選手が卓球の世界大会に参加して自らの課題の克服に取り組んでいます。

  2年後のオリンピック・パラリンピックが本当に楽しみですね。

【パワハラは犯罪か?】

  ところで、ここ最近スポーツ界では、パワーハラスメントの話題で持ちきりです。

  まずは、レスリング五輪4連覇で国民栄誉賞にも輝いた伊調馨選手へのパワハラ疑惑から事件は始まります。ここで、パワハラの加害者となったのは女子レスリング界を牽引していた栄和人元監督です。この件が公になったのは、日本レスリング協会の中からスポーツ庁に告発状が届いたことからでした。

  この事件の後、連鎖反応のように、日大アメフト部の内田元監督とコーチの選手に対するパワハラ(ルール違反のタックルをプレー外で行わせるという超反則行為)、日本ボクシング協会の根本会長への告発状、さらには、日本体操協会で勃発した女子体操の星、宮川紗絵選手へのパワハラ問題と、次から次へとアマチュアスポーツ界のパワハラが世の中を騒がせています。

  パワハラとは何なのか。少し整理してみたいと思います。

  ハラスメントとは、いやがらせ、いじめのことですが、日本の法律ではこれを刑事罰として罰する規定はありません。もちろん、ハラスメントが窃盗、詐欺、恐喝、傷害へと発展すれば犯罪として処罰されます。例えば、暴力行為は単なるハラスメントではなく、傷害事件となり犯罪の域に入るのです。犯罪に至らないハラスメントは、道義的責任の範囲となります。

  企業や組織の中では、コンプライアンス(法令順守)が規定されており、社内のルールにおいて、ハラスメントは組織員として懲戒(減給、依願退職、懲戒解雇など)の対象となります。今回の一連の騒動で違和感があるのは、当事者が申告していないケースが多くある事です。

  この中では、日大アメフトの反則を行った選手が記者会見で勇気ある告発を行った件、日本体操協会を相手に宮川選手が自らの口でパワハラを告発したのは、まさに当事者からの申告(摘発)なので大変良く理解できます。一方で、レスリング協会やボクシング協会、さらに日本体操協会の速水コーチの問題は、第三者が告発した問題であり、当事者が告発したわけではありません。

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(リオ五輪で4位入賞の日本体操女子 asahi.com)

  犯罪行為であれば、国家権力が国権を使用して逮捕、告発を行うわけですが、省庁や任意団体の場合には、被害者からの告発がハラスメントの始まりになるのが基本です。なぜなら、第三者からの告発には、ハラスメントとは別の利害や感情が関わっている場合が想定されるからです。当事者からの告発がない場合、ハラスメントの告発には第三者の思惑が絡まり合うこととなり、認定することが難しくなります。

  ちなみに、ハラスメントには、申告するだけで認定されてしまう行為と客観的な認定が要件となる行為の2種類があります。セクシャルハラスメントは、痴漢と一緒で親告罪です。なぜなら、セクシャルなハラスメントは、被害者の感じ方によってハラスメントか否かが決まるので、「ハラスメントを受けた」との申告を第三者が否定することが出来ないからです。つまり、セクシャルハラスメントは、原則として被害告発をされれば、加害者は否定することが出来ないのです。

  これに比して、パワハラはパワハラ行為があったことを認定する必要があります。基本的には、パワハラの場合、当事者以外の第三者が調査のうえでパワハラ行為を認定する必要があります。これは、パワハラを行った側の人権を守る意味もあります。まずは、パワハラとして告発された行為が現実にあった行為なのか否か、そして、もしその行為が事実であったとすれば、その行為はパワーハラスメントとして認めるべきかどうか、この2点が認定されることが必要となります。

  いずれにしても、コンプライアンス、ハラスメントが公平公正に世の中で認知されたのは、この10年ほどの間です。昭和の時代やバブルの時代には、コンプライアンスもハラスメントもその概念自体がなかったのですから、スポーツの世界でも試合に勝ち、記録を塗り替えるためには根性が必要で、そのためには体罰を伴ったスパルタ方式も数多く行われていました。

  その時代に成果を挙げてきた人たちは、いまさらコンプラだのパワハラなどと言われても、自分がなぜ告発されているのかさえも理解できないのかもしれません。公正公平な育成、努力環境が整えられるのは、一定の世代交代が必要なのかもしれません。アマチュアの競技団体でも65歳を超えれば、組織の役職からは潔く引退することが当たり前になって欲しいものです。

  体操の宮川紗絵選手は、速水コーチの指導のおかげで、リオオリンピック入賞までの実力を身に着けたに違いありません。暴力は論外ですが、宮川選手はコーチをパワハラで訴えているわけではありませんので、第三者が速水氏の宮川選手に対するパワハラを判断することには限界があってしかるべきと思います。

  一方で、前世代の遺物ともいえる日本体操協会の副理事夫婦のパワハラ問題は、謝るとか謝らないに関係なく、第三者委員会でしっかりとパワハラ行為の認定を行い、必要な処分または自らの出処進退を明らかにすることが大切だと思います。

  東京オリンピック・パラリンピックの開催前にアマチュアスポーツの任意団体が、過去の日本村の呪縛から解き放たれ、すべての選手が公正公平な環境の下で、真の実力を磨くことが出来ることをスポーツファンとして、願ってやみません。

  さて、話が横道にそれてしまいましたが、今週は一味違った警察小説を読んでいました。

「ソウル行き最終便」(安東能明著 祥伝社文庫 2018年)

8K液晶テレビの技術革新】

  本屋さんに行くとまず確認するのが、シリーズものの新刊が文庫で発売されたか否かです。必ず確認するのは、宮城谷さんの「呉越春秋」と濱嘉之さんの黒田情報官シリーズの続編です。濱さんは、公安警察のシリーズをすごいスピードで上梓していますが、残念ながら黒田情報官のインテリジェンス警察シリーズは、続編に出会いません。そこで、インテリジェンスに関係する警察小説はないかと棚をのぞいていると、この本が目に入ってきました。

  曰く、「世界トップシェアを狙える8Kテレビの次世代技術を日本企業フロンテが開発した。凋落著しい韓国企業チムサンは、この最先端技術を盗みとる。ところが、データは一警備員に奪われ、チムサンに使い捨てられた日本人技師宮下の手に。」

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(赤羽中央署VS産業スパイ amazon.co.jp)

  余談になりますが、先日(91日土曜日)、渋谷で開催されている「東京JAZZ」を訪れてきました。お目当ては、NHKホールで行われたロバート・グラスパー(key)率いる「R+R=NOW」というグループのライブです。昨年から渋谷で行われている東京JAZZですが、NHKホール前のけやき通りには、屋外ステージや屋台が設置されており、大きな賑わいを創りだしています。

  そんな中、NHKふれあいホール(FMの「SESSION 2018」の収録ホール)では、入場無料で8KテレビによるJAZZライブ映像が公開されていたのです。その映像の美しさは確かに素晴らしく、ハービー・ハンコックやリー・リトナーの華麗な演奏を、臨場感を持って味わうことが出来ました。あまりの臨場感に時間を忘れて、危なくライブの時間に遅れる所でした。

  液晶テレビは、かつてシャープの独壇場で、亀山工場モデルは世界を席巻しました。ところが、韓国のサムソン電子やLGエレクトロニクスは、液晶の技術を手に入れるや液晶テレビを廉価で販売し、世界中のシェアを獲得するに至りました。逆にシャープは、あっという間にお家芸のはずであった液晶テレビで世界のシェアを奪われて会社の収益が急激に落ち込み、2016年には台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に株を売却し、子会社化されてしまいました。

  液晶テレビの画像は、デジタルカメラのように画素数で表されます。それは、水平画素数と垂直画素数を乗じて示されますが、つい最近まで、水平画素数が1980Kである2Kテレビが普通でした。ところが、20144K放送が本格化し、受信機である液晶テレビも水平画素数が3840K4Kテレビが2Kにとって代わりました。水平×垂直の画素数では、2K200万画素が800万画素となり、解像度は4倍になったのです。

  現在開発が進む8K放送は、4Kの倍であり、3200万画素となるのでまさに夢の映像と言えます。

  液晶テレビの世界では、次世代の8Kによる画素を実現することが生き残りをかけた技術開発の柱となるわけです。この技術をあるメーカーが世界に先駆けて開発したとすれば、その情報は世界中の液晶テレビメーカーがどんなことをしてでも手に入れたくなる夢の技術となるのです。

【手に汗を握る追走劇】

  この小説の主役となる韓国の企業チムサンは、液晶テレビの販売で世界シェアNO.1を誇る電子機器メーカーです。しかし、液晶テレビの技術はすでに世界に敷衍しており、チムサンも廉価な製品の競合で、その地位を脅かされています。8Kテレビの技術は、チムサンの液晶テレビにとって起死回生となる夢の技術なのです。

  小説は、8Kテレビのためのプログラムが書き込まれたSDカードを持った久保が、万全のセキュリティが施されたチムサンの研究所に秘密裏にSDカードを持ち込むところから始まります。金属探知機を潜り抜け、手荷物検査も無事に完了した久保。ところが、研究所の警備員である吉村は、長年の職業的嗅覚で久保が、SDカードを隠し持っていることを突き止めます。

  奪われた8Kのプログラム。

  小説の場面は、いきなり展開します。それは、東京赤羽の韓国バー。赤羽中央署の生活安全課の疋田警部は、韓国バーでの売春を摘発するためにある店に強制捜査に入ります。しかし、疋田たちが追っていた韓国女性は、間一髪でその場から逃げ去ります。

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(赤羽警察署 wikipediaより)

  全く異なるように見える二つの事件は、ある接点によって繋がっていきます。8Kの技術が外国に持ち去られることを阻止する警視庁の外事課。買春事件を追う赤羽中央署安全生活課の警察官たちもこの産業スパイ事件に巻き込まれていくのです。


  インテリジェンス警察小説を期待して買った本でしたが、そちらは期待はずれでした。しかし、警察官を題材としたエンターテイメント小説としては、とても楽しめる本でした。次から次へと意外性に富んだ場面が展開し、ハラハラが続いたまま小説はクライマックスへと進んでいきます。最後には、カーチェイスも飛び出して、小説はドキドキを感じたまま大円団を迎えます。

  後でわかったことですが、赤羽中央署生活安全課の物語は、この作者のシリーズものだったのです。シリーズの中では、異色の一冊のようですが、作者の狂言回しはとても面白く、時間のある方にはぜひ一読をお勧めします。エンタメとしては楽しめること間違いなしです。

  さて、すっかり季節感がなくなった日本ですが、今年は台風の数が半端ではなく、これからも警戒が必要なようです。皆さん、暑さと台風には十分に警戒して、ご自愛ください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。

📖今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2018年08月18日

ミッション・インポッシュブルの進化

こんばんは。

  1990年代から始まる映画シリーズと言えば、「ジェラシック・パーク」や「ホーム・アローン」などを思い出しますが、トム・クルーズが主演する「ミッション・インポッシュブル」シリーズも忘れてはならない映画です。

  今年は、その「ジェラシック・パーク」も「ミッション・インポッシュブル」も最新作が公開され、我々を楽しませてくれました。「ジェラジック・パーク」最新作の情報は前回ご紹介したので、今回はトム・クルーズが見せる最高のアクションが話題となった「ミッション・インポッシュブル フォールアウト」についてお話ししましょう。

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(「M:I フォールアウト」ポスター)

(映画紹介)

・作品名:

「ミッション:インポッシュブル/フォールアウト」

2018年米・147分)

(原題:「MissionImpossibleFallout」)

・スタッフ  監督:クリストファー・マッカリー

       脚本:クリストファー・マッカリー

・キャスト  イーサン・ハント:トム・クルーズ

       オーガスト・ウォーカー:ヘンリー・カビル

       ルーサー・スティッケル:ビング・レイムス

       ベイジー・ダン:サイモン・ペッグ

       イルサ・ファウスト:レベッカ・ファーガソン

【「ミッション・インポッシュブル」とは】

  1960年代の後半から1970年代にかけて、日本のお茶の間にはアメリカのテレビシリーズが毎日放映されていました。ホームコメディからスパイもの、西部劇から警察ものまで、ありとあらゆるドラマが放映されて人気を博していました。スパイものでは、「0011ナポレオン・ソロ」、「それいけスマート」、そして「スパイ大作戦」が高い人気を誇りました。

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(スパイ大作戦 シーズン2 DVD)

  家でも父親が西部劇とスパイものが大好きで、いつも見ていましたが、子どもの就寝時間は夜の800だったので、小学生の頃にはこうしたテレビは見せてもらえませんでした。しかし、「スパイ大作戦」(原題「MissionImpossible」)は、その圧倒的な人気から、なんと1966年から1973年まで、171話が放映されていたために、後半戦はオンタイムで見ることが出来ました。

  いつも月曜日の夜800から放映されていて、その時間には他のものはさておいてTVに釘付けとなりました。あの緊迫する主題歌に乗せてマッチで擦られた火が導火線に燃え移り、その回に繰り広げられるシーンをフラッシュのように見せ、最後に爆発するオープニングは、血沸き肉躍るワンダーな時間でした。そこに重なるナレーションも効果満点。「スパイ大作戦 実行不可能な指令を受け、頭脳と体力の限りをつくしこれを遂行するプロフェッショナル達の秘密機関の活躍である。」

  ドラマは、ほぼ、この秘密機関IMFImpossible Mission Force)のリーダー、ジム・フェルプスが秘密指令を受け取る所からはじまります。それは、電話BOXであったり、公園であったり、遊園地であったり、様々ですが、その指令は超小型のオープンリールテープレコーダーのスイッチを入れることによって語られます。そして、テープからの指令が終わるとお決まりの文句。「例によって、君もしくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されても当局は一切関知しないからそのつもりで。なお、このテープは自動的に消滅する。成功を祈る。」

  そして、テープは煙を吐いて溶けてしまうのです。(新シリーズでは、さすがにテープではなく指令はミニディスクで語られていました。)

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(「自動的に消滅する・・・」 middle-edge.jpより)

  今にして思えば、この指令の声は「笑うセールスマン」でお馴染みの故大平透氏でしたが、番組の始まりから、このテープの消滅までは本当にカッコ良く、毎回、期待に胸を膨らませることになります。この語りは、そののちTV東京でヒットした時代劇「大江戸大捜査捜査網」でのナレーションに影響したのだと、勝手に思っています。それは、「隠密同心 心得之條」として語られるのですが、最後に「死して屍拾う者無し。」を繰り返して終わるのです。

  さて、このTVシリーズの魅力は、指令の遂行に当たって繰り広げられるコンゲームです。コンゲームとは、confidence gameの略ですが、訳せば信用詐欺となります。つまり、相手を詐欺によって信用させ、相手に悟られずに任務を遂行する技術、ということです。最もわかり易いのは変装によってある人物だと思わせて、まんまとデータや書類を相手から盗むという手段です。MIFのメンバーには、ローランド・ハンドやアメ−ジング・バリスなど、変装の名人がいて、毎回、絶妙なコンゲームを仕掛けるのです。

  さらには、コンゲームは絶妙なタイミングで仕掛けられるために限られた時間で成功するか否か、というサスペンスも常に用意されています。場合によっては、時限爆弾との闘いや潜入先の屋根裏に吊り下がり、落ちればすべてが水の泡、という緊迫感が我々を釘付けにします。時にはアクションもありますが、この番組の魅力は、コンゲームのワンダーとサスペンスでした。

【映画「ミッション・インポッシュブル」】

  さて、映画「ミッション・インポッシュブル」は、俳優トム・クルーズがこのTV映画に魅せられて映画化の製作権を購入したところから始まります。その第1作は、1996年に公開されましたが、映画はまさにスパイアクションムービーであり、テレビドラマとは、全くの別物です。第1作では、TV版でリーダーであったジム・フェルプスが登場しますが、これが唯一のつながりで、あとはまったく関係がありません。

  しかも、第1作ではリーダーであるジム・フェルプスがメンバーを裏切り、IMFのメンバーを皆殺しにして情報を盗み取り、トム・クルーズ扮するメンバー、イーサン・ハントをも抹殺しようとするのです。確かに緊迫したインテリジェンスと豪快で壮絶なアクションシーン満載の面白い映画でしたが、TVシリーズのファンには評判が悪かったようです。特に、TVシリーズの出演者は、試写を見てジム・フィリップスの扱いのひどさに、映画の途中で帰ってしまったと言います。

  確かに、この映画はコンゲームとサスペンスは刺身のつまとなり、トム・クルーズの大活躍と豪華なアクションシーンが売りのアクションスパイ映画でした。しかし、映画は、当時の記録を塗り替えるような大ヒットを記録し、トム・クルーズの「ミッション:インポッシュブル」として、シリーズ化の礎となる収益を稼いだのです。

  ここから始まったシリーズは、快進撃を続け、2000年には「ミッション:インポッシュブル2」、2006年「M:i:V」、2011年には「ミッション:インポッシュブル/ゴースト・プロトコル」、2015年に「ミッション:インポッシュブル/ローグ・ネイション」と続き、今回、第6作目の公開となったのです。ちなみに前作ゴースト・プロトコルは、製作費が19千万ドル(約209億円)、興行収入は全世界で67千万ドル(約737億円)を記録しています。

  この映画では、毎回、ノンスタントで体を張って撮影するトム・クルーズのアクションが話題となりますが、今回も公開前からそのアクションに話題が集まりました。この映画のアクションは、バイクや車でのスリリングなアクション、街のビルからビルを渡る追跡劇、ヘリコプターでの空中追跡劇など、いくつもの見せ場があります。

  その中でもビルの屋上からビルの屋上に飛び移るシーンで、あまりの勢いからトムがビルの屋上に飛びついた際に右足を骨折した、との情報は、世界中を賑わせました。骨折した瞬間に激痛が走ったと思いますが、トムはそのまま屋上によじ登り、足を引きずりながらも走りました。診断では、全治9か月の重傷だったそうですが、わずか6週間で現場に復帰し、足を骨折したままで撮影を継続したそうです。

MI.6.01.jpg

(トムクルーズ骨折するも撮影続行 geitopi.comより)

  映画では、そのシーンがそのまま使われているそうで、その話を知っていたせいもあり、息をのむ追跡シーンでビルを飛び移る、いわくつきのシーンを見た時、こちらも思わず顔をしかめてしまいました。確かに痛そうにしていましたが、それが演技として見事に引き続いており、映画に人生をかけているトム・クルーズの意気込みに改めて感動しました。

【「M:I /フォールアウト」の面白さ】

  今回の「フォールアウト」には、いくつもの魅力が詰まっています。(以下、ネタばれあり)

  まず、前作に続いて、「スパイ大作戦」へのオマージュが感じられます。我々の世代は、毎週胸を躍らせながらこのシリーズをリアルに経験していたわけですから、TVシリーズへのオマージュには心を揺さぶられます。今回のオープニングは、特にTVシリーズのオープニングが意識されており、導火線が進んでいく導入部を意識して、シーンが燃え広がって次々に引火していくような演出がなされています。あのラロ・シフリンのテーマもおなじみの5拍子がテンポ良く響き、ごきげんです。

  さらに、最初のシーンです。イーサン・ハントが郵便配達人の訪問で目を覚まし、符牒を語って荷物を受け取ると、その中から例のミニオープンリールテープレコーダーが現れて、今回の指令が語られていくところも、嬉しい限りでした。また、情報を得るためのワンダーなコンゲームシーンもあり、変装も含めて、「スパイ大作戦」を偲ぶことが出来ました。

  第2の魅力は、練り上げられた伏線、前作から続く脚本の妙です。これから映画を見に行く方は、ぜひ前作を見てから映画館に行くことをお勧めします。今作は、監督も脚本も前作と同じ、クリストファー・マッカリー氏が担当しています。続編はマンネリ化すると面白くなくなりますが、今作は前作の伏線がある事によって、より謎が深まり、さらに物語に厚みが増しています。MI6の女性エージェント、イルサの登場はもちろんですが、イーサン・ハント最愛の女性であるジュリアが登場することで、ワンダーは高まります。

  そして、3つ目の魅力は、イーサン・ハントとタッグを組むCIAエージェント、オーガスト・ウォーカーの登場です。今回はヒゲを生やしていたので気が付きませんでしたが、ウォーカー役のヘンリー・カビルは、2015年にガイ・リッチー監督によって制作されたスパイ映画「コードネーム U.N.C.L.E.」でナポレオン・ソロを演じた、その人だったのです。この映画で、おしゃれで軽妙、女好きなエージェントを演じたカビルでしたが、今回はこわもてのCIAエージェントを演じています。彼は、最初から最後まで、イーサン・ハントの天敵となるのですが、その迫力の演技は、この映画に厚みと意外性を加えています。

  魅力と言えば、なんといっても手に汗握るトム・クルーズのアクションシーンです。題名の「フォールアウト」は、核爆発によってもたらされる「死の灰」を意味していますが、もう一つ、「外に落ちる」という意味もあります。来日したトム(久しぶりに戸田奈津子さんの姿を見ることが出来ました。)が最も怖かったと語っていたのは、まさにフォールアウトのシーンです。それは、数千メートルの上空を飛ぶヘリコプターからまっさかさまに落ちるシーンなのですが、本当に驚きです。この映画のクライマックスは、驚きが果てしなく続くのですが、そのワンダーは皆さんもぜひ映画館でご覧ください。できれば、IMAXで見るのがオススメです。

MI.6.04.jpg

(圧巻のヘリコプターアクョン realsound.jpより)

  さて、最後に不満な点もいくつか感じましたので、ご披露します。

  ひとつは、映画全体に通底している「暗さ」です。もちろん、今回は全世界を恐怖に陥れる核爆発によるテロを描くわけですから、明るさ満喫というわけにはいきません。しかし、パリ、ロンドン、ノルウェーの絶景と素晴らしい景色満載にもかかわらず、全体に漂う暗さはいかんともし難い。せっかくのジェットコースターアクション映画なのですから、「キングスマン」までとは言いませんが、もっと明るさを感じさせる映画であることを期待します。ちなみに、その中でコメディアンが本業のサイモン・ペッグ演じるベイジーの演技には癒されました。

  もう一つは、物語の分かりにくさです。今回の映画は147分と大長編で、最後の15分はまさにリアルな15分ですが、とにかくストーリーの展開が早くて理解するのが難しい。特にパリで出会う謎の女、ホワイト・ウィドウは美しく、謎の組織の親玉ということはわかるのですが、なぜ、イーサンたちが奪われた核爆弾の原材料である3つのプルトニュムを犯人と引き換えに引き渡すことが出来るのか、最後まで良くわかりませんでした。CIA長官もいったい何故最後に偉そうにしているのかも疑問でしたが・・・。

  と、わずかな不満もありますが、この映画を見ていた147分間はワンダーの連続で、まさに最高のエンターテイメントを楽しみました。この映画がヒットするのも当然と大いに納得です。まだ見ていない皆さん、ぜひ、映画館に足を運び、このワンダーを味わってください。人生、得した気分になる事間違いなしです。

  本当に映画は面白い。それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2018年08月13日

心が躍るジェットコースター映画!

こんばんは。

  唐突ですが、皆さんは先日NHKスペシャルで放映された「追跡!! アインシュタインの脳〜失われた“天才脳”の秘密に迫る」をご覧になりましたか。

  物理学の世界ではアインシュタインの唱えた相対性理論をはじめとした物理理論は、世界を塗り替えるパラダイムの変換を成し遂げました。それはニュートン以来の革命でした。天才、アインシュタインは1955年に76歳で世を去りましたが、その脳がこの世界のどこかで生きているとしたらどう思いますか。

  1955年、アインシュタインが亡くなった時、解剖を担当したトーマス・ハーヴェイ博士は、科学の発展のために利用するという条件のもとに遺族の承諾を得て、その脳を保管していたというのです。さらに驚くことに、ハーヴェイ氏は、研究のためにその脳を200以上の断片へと切り分け、顕微鏡用の標本にしてスライド化していたのです。そして、その断片は世界中で脳を研究する科学者たちの手に送られたのです。

  今回のNHKスペシャルは、この世界中に散らばったと思われるアインシュタインの脳を追う旅を撮影したドキュメンタリーだったのです。番組は、日本でアインシュタインの脳を所有しているという杉元氏の元を訪れる所からから始まります。

NHKアインシュタインの脳01.jpg

(アインシュタインの脳の断片 再生核研究所HPより)

  実は、このドキュメンタリー番組は、続編だったのです。

  1994年、英国の国営放送であるBBCが一本の映画を発表しました。映画の題名は「アインシュタインの脳」。65分のドキュメンタリー映画でしたが、この映画で主演をつとめたのが、当時、近畿大学の助教授であった杉元賢治氏だったのです。

  この映画は、アインシュタイン研究にすべてをささげる杉元助教授が、アインシュタインの脳が保管されているプリンストン大学を訪れるところから始まります。しかし、驚いたことにそこに保管されているはずの「脳」はなく、助教授はアインシュタインの脳を追って、アメリカ全土を奔走する、という物語でした。

  この映画が日本で公開されたのは、1998年です。それから20年。NHKは、BBCの志を引き継ぎ、改めて「アインシュタインの脳」を追ったのです。番組の冒頭に登場したのは、映画で活躍した杉元賢治教授(映画後に昇格)の息子さんだったのです。教授は、その後もアインシュタイン研究を続けたそうですが、残念なことに2006年、58歳の若さで亡くなったのです。

  杉元教授の元には、映画の最後で手に入れた一片の「アインシュタインの脳」が残されていました。番組は、冒頭で杉元教授のご子息が所有する、日本にも存在した「アインシュタインの脳」の取材から始まったのです。映画から20年以上を経て、NHKは改めてプリンストン大学から消えた「脳」の行方を追い求めたのです。

  この番組は、見ごたえがありました。最初に脳を取り出したハーヴェイ教授は、自らの研究を友人である脳医学者へと引き継いでいました。番組は、アメリカ、カナダ、アルゼンチンと、世界中の脳科学者に送られた「脳片」を求めて、様々な人々の元を訪れますが、そこで明かされるワンダーな事実は、ぜひ番組の再放送でお楽しみください。

  興味深かったのは、プリンストン大学に残された脳の膨大な記録に基づいて3D技術によって再現された「アインシュタインの脳」そのものです。その脳には、我々とは違う発達が見られました。アインシュタインの脳は、言語を司る頭頂葉と精神活動や知的発想を司る前頭葉が非常に発達していたのです。この脳は、76歳の脳ですが、現代の脳研究の成果からこの脳を20代にまでさかのぼらせると、驚くことにアインシュタインは、我々よりもひとつ多く脳塊を持っていたというのです。

  今はまだ脳の形からしかその脳を知ることが出来ませんが、今後の脳科学の発達と実際の脳片の研究によって、「天才の脳」がどのように機能し、どのようにして天才的な発見がもたらされるかの謎が解けるのかもしれません。実際に、現在注目されているグリア細胞がアインシュタインの脳には、非常に多かったことも分かっているそうです。

アインシュタインの脳01.jpg

(アインシュタインの脳のスライス カラパイアHPより)

  世の中には、ワンダーが満ち溢れています。

  さて、今週は夏休みに公開されているハリウッドのジェットコースター映画の話です。「アインシュタインの脳」もワンダーですが、シリーズとして毎回、創意工夫と驚きの映像を提供してくれる映画のワンダーも忘れてはいけません。

【スター・ウォーズ スピンオフ】

  古くからの「スター・ウォーズ」ファンは、2015年から始まったシークエル・トリロジーの3部作には複雑な思いを抱いているのではないでしょうか。なつかしい顔ぶれが出演する続編とスピンオフ作品が毎年公開される状況は、「スター・ウォーズ」との名を見るたびに心が躍り、なかなか嬉しいのですが、ディズニーの粋を詰め込んだ「スター・ウォーズ」は、ルーカス「スター・ウォーズ」とアドレナリンの発生の仕方がちょっと違います。

  今回は、大ヒットしたオリジナル・トリロジーで最も人気が高かった、ハリソン・フォード演じた「ハン・ソロ」の物語が公開されました。銀河のアウトローであるハン・ソロは、ルークと出会う以前にどんな人生を歩んでいたのか。チューバッカはいつから無二の相棒となったのか。ミレニアム・ファルコン号はどうやってハン・ソロの愛機となったのか。こうした興味深い謎への答えを知りたいと、ファンの誰もが思っています。その答えがすべてこの映画に詰まっているのです。

  映画情報)

・作品名:「ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー」

2018年米・135分)

(原題:「Solo: Star Wars Story」)

・スタッフ  監督:ロン・ハワード

    脚本:ジョナサン・カスダン/ローレンス・カスダン

・キャスト  ハン・ソロ:オールデン・エアエンライク

    ドバイアス・ベケット:ウッディ・ハレルソン

    キーラ:エミリア・クラーク

    ランド・カルリシアン:ドナルド・クローバー

  原題は「ソロ」ですが、映画を創った人たちは、この題名に思い入れがありそうです。映画のオープニング。ならず者の国でアウトローであった彼は、単に「ハン」と呼ばれていました。ハンは、そのならず者の国から恋人であるキーラとともに密出国しようとします。しかし、空港の出国ゲートで、二人は警備官に発見されてしまいます。キーラは、その場で捕まってしまいますが、ハンはなんとか出国ゲートをすり抜けます。

  しかし、そこにも追手が迫り、ハンはその横で志願兵を募集していた帝国軍の受付に並び、追っ手をやり過ごそうとします。すると、ハンに順番が回ってきて、帝国軍の将校は、ハンに志願兵としての審問をします。そのときに、「苗字は?」と聞かれ、「ないよ。」と答えると将校は「家族はいるのか?」。ハンがいないと答えると、「そうかたった一人なのか。」と言って、書類に「ハン・ソロ」と書きつけ、採用としました。

ハンソロ01.jpg

(映画「SOLO」アメリカ版ポスター)

  ここから始まる、若きハン・ソロの活躍は、ぜひ映画でお楽しみください。チューバッカとの出会いは、なんと帝国軍の監獄の中。ランド・カルリシアンの宇宙船ファルコン号は、どのようにしてハン・ソロのものになったのか。彼の愛する武器、ブラスター銃は誰から引き継がれたものなのか。帝国軍の輸送中の積み荷の奪回。さらには、貴重な燃料の精製前原材料の強奪と、映画はジェットコースターのように展開していき、時間を忘れて楽しめます。

  ところで、生粋のハリソン・フォードファンの方には、この映画はお勧めできません。その顔立ちや面影が似ていないこともありますが、それよりも今回はハン・ソロ役のエアエンライクの個性が際立っているからです。ハリソン・フォードも彼からアドバイスを乞われて、「君のハン・ソロを思い切って演じることだ。」と言ったといいます。この映画にレイヤ姫とケンカするハン・ソロ像を求めると、肩透かしを食うことになります。

  映画としての出来は、同じスピンオフ作品「ローグ・ワン」には及びませんが、スター・ウォーズファンには十分に楽しめる作品に仕上がっています。ロン・ハワードの演出もツボを押さえていて、さすがです。

【「午後の恐竜」が現実に!】

  最近のヒット映画は、かつての大ヒット作品のリメイクや続編があふれています。スター・ウォーズもそうですが、この夏休みには、スピルバーグ監督の大ヒット作品、ジェラシック・パークシリーズの最新作も公開されました。

 (映画情報)

・作品名:「ジェラシック・ワールド 炎の王国」

2018年米・128分)

(原題:「Jurassic World: Fallen Kingdom」)

・スタッフ  監督:J・A・バヨナ

   脚本:デレク・コノリー/コリン・トレボロウ

・キャスト  オーウェン・グレイディ:クリス・ブラット

   クレア・ディアリング:ブライス・ダラス・ハワード

   ターライ・ミルズ:レイフ・スポール

   フランクリン・ウェブ:ジャスティス・スミス

  こちらもおなじみの作品ですが、前作が第1作をスケールアップし、緊張感と恐怖感を最大限に高めた作品であったのに対して、本作はこれまでとは異なるプロットが設定されており、これまでの作品の中では最も面白い映画に仕上がっていました。恐竜のリアリティは、最新のテクノロジーの発展もあるのか、これまでの作品の中でも最も優れていると感じました。

  さらに、今回は脚本も良く練られており、まさに恐竜と人類の共存というこれまで封印されていたフェイズへの入り口までが提示されています。また、今回は、奮発してIMAX3Dで鑑賞したので、素晴らしい音響と立体映像で、ティラノザウルス・レックスや前作から引き続き出演するブルーと呼ばれたヴェロキラプトルを、まるで目の前で立ち向かってくるような迫力で味わうことが出来ました。

  映画は前半と後半で、まったく異なる展開を迎えます。前半は、前回壊滅したジェラィツク・ワールド、イスラ・ヌブラル島に放置された恐竜たちが、島の活火山の噴火により絶滅の危機を迎えるところから始まります。かつて、ジェラシック・パークのスポンサーであったロックウッド財団総帥のベンジャミンは、絶滅に瀕した恐竜たちを救うことを決意します。

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(映画のプレミアでの集合写真 ソウルサピエンスHPより)

  かつてはジェラシック・ワールドを運営する会社のリーダーであり、現在は恐竜保護グル−プ「DPG」を主催するクレアは、財団から島からの恐竜の救出を依頼され、恐竜ブルーを生まれた時から調教してきたオーウェンに協力を求めたのです。噴火が始まった島で、ブルーを含む、11種の恐竜を保護し、アメリカに輸送しようとする財団の傭兵グループとクレアたち。

  そのスペクタクルは、本当にジェッコースターに乗っているようで、時間が経つのを忘れます。

  そして、後半は前半以上の急展開と謎解きが繰り広げられます。財団の運営を一手に任されていたミルズはベンジャミンには語らずに、密かなる野望を抱いていたのです。島で恐竜の捕獲を終えた傭兵たちは、捕獲が終わるやクレアやオーウェンを島に置き去りにしようと企てます。なんと、財団のミルズは、保護を名目に、搬送してきた11種類の恐竜たちを生きた戦車として兵器商人たちに売りさばくことを企てていたのです。

  さらに恐ろしいことに、ミルズは遺伝子操作の権威である科学者ヘンリー・ウーに命じて、最も狡知で最も素早く動くことが出来る肉食恐竜をDNAの掛け合わせにより創造しようとたくらんでいたのです。その恐竜の名は、インドミナス・ラプトル。これまで、シリーズの主役はティラノザウルス・レックスでしたが、この新作の後半では、さらに凶暴なインドミナス・ラプトルが主役となるのです。

  そして、映画は我々をジェットコースターに乗せたまま、恐竜たちに襲われるオーウェンやクレア、さらにベンジャミンの孫娘メイジーを目の前に描き出していくのです。そして、ラストの鍵を握っているのは・・・?その手に汗を握るワンダーな展開は、ぜひこの映画を見て味わってください。そのラストは、飛び切りのワンダーです。


  さて、実は先日、さらなるジェットコースター映画「ミッション:インポッシュブル/フォールアウト」を見てきました。こちらも語りたいところですが、残念ながら紙面が尽きてしまいました。続きは、また次の機会にお話しします。

  映画って本当に面白いですね。それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2018年08月07日

橘玲 言ってはいけない中国の真実

こんばんは。

  前回の物理学本も書名が「言ってはいけない」となっているのですが、今回も「言ってはいけない」本を読んでいました。

  どうやら、「言ってはいけない」の本家は、今回読んだ本の著者である橘玲氏だったようです。2016年に氏が上梓した「言ってはいけない残酷すぎる真実」(新潮新書)がベストセラーとなったことで、この本にあやかる名前がついたようです。今回、読んだ本は投資家でもある氏が旅する中で感じた中国を語る本でした。

「言ってはいけない中国の真実」(橘玲著 新潮文庫 2018年)

  最近、「ポピュリズム」という言葉が時代のキーワードとなっているようですが、その背景に横たわっているのは、「右傾化」や「独裁」です。EUにおいては、移民の受け入れによって仕事が奪われたり、福祉がけずられたり、という実害にあった国々では「移民流入反対」を唱える愛国主義的な勢力が次々に台頭しています。また、トルコのエルドラド大統領やスーダンのバシール大統領のような独裁政権がわが世の春を謳歌しています。

  先日もアンコ−ルワット遺跡で有名なカンボジアで選挙が行われ、フン・セン首相が33年目の首相の座に就きました。選挙と言えば聞こえは良いのですが、フン・セン氏は、前回の選挙の得票で肉薄された野党第一党「救国党」を恐れ、党首を反逆罪で逮捕。さらに救国党を解散させて選挙に出させませんでした。

フン・セン首相01.jpg

(選挙に参加するフン・セン首相 mainichicom)

  プーチン大統領は、選挙に当たり反体制派を徹底的に排除して、自らの実績をアピール。投票の7割の支持を得て大統領を継続しましたが、憲法を改正してまで大統領の座に留まろうとする姿は、もはや独裁者に近いのではないでしょうか。

  今回、フン・セン氏が最大野党を壊滅させるという暴挙に出た背景には、中国の習金平政権との関係強化があったと言います。中国共産党は、習金平氏の経済路線が成功し、世界第2GNP137000万人もの人口を誇ります。その中国が唱えているのは「一帯一路」政策。陸と海のシルクロードを現代に復活させ、ヨーロッパまでの経済経路を開発し、中国がその主役となることを目論んでいます。

  中国は、今、南シナ海の人工島を拡大し、そこに軍事基地を建設しつつあります。世界中が国際法違反であることを非難する中で、中国は着々と事実を積み重ねて、既得権化を図っています。中国が、一帯一路で海の経路を確保しようとした時に、カンボジアは東シナ海に抜ける重要なルートとなるのです。こうした地政学を前提に、中国はカンボジアへの投資を強めており、フン・セン政権にしてみれば、中国さえ認めてくれていれば何でもあり、という状況になっているようです。

  今回のフン・セン首相の圧倒的な勝利に対しては、EUもアメリカも最大野党党首の逮捕や解党に対して、民主主義をないがしろにする暴挙である旨の声明を発表していますが、フン・セン首相はすべて無視しているように見えます。それに比して、中国のコメントは、「経済や社会に即した、ふさわしい人権を選択しているカンボジアを支持する。」というものです。カンボジアは、ついに同じ穴のムジナになってしまうのでしょうか。

  ところで、日本はと言えば、東アジアでの自国のステイタスを考えたときに、カンボジアと長年築いてきたODAの実績は捨てがたい歴史であると考えているようです。今回のフン・セン首相のやり方を強烈に批判すれば、これまで築いてきた関係が水泡に帰すおそれもあります。日本のコメントは、「国民への締めつけなど、カンボジアでの緊張感の高まりを危惧している。」というソフトなものとなっています。ちょっと、存在感を問われる姿勢ですね。

【中国人と日本人の違和感とは】

  今回、初めて読んだ橘玲氏ですが、本職は世界的な投資集団の一員で、世界中でお金を運用することが仕事のようですが、一方では著作業でも多くの作品を上梓しているとのことです。特に新書で発売された「言ってはいけない残酷すぎる真実」は48万部のベストセラーとなり、2017年の新書大賞を受賞した本とのことでした。

  「言ってはいけない・・・」の本家本元と言うことで、ちょっと眉に唾をつけて読みはじめたのですが、自らの中国旅行体験を踏まえた中国談義から始まり、一気に引き込まれる面白い中国論が展開されていました。原題は、「橘玲の中国私論」として上梓された本であり、原題の方がその内容をよくあらわしている気がします。

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(「言ってはいけない中国の真実」amazoncojp)

  この本の目次は、オーソドックスです。

文庫版まえがき

はじめに 中国を驚くということ

PART1 中国人という体験

1 ひとが多すぎる社会

2 幇とグワンシ

3 中国共産党という秘密結社

PART2 現代の錬金術

4 経済成長を生んだゴールドラッシュ

5 鬼城と裏マネー

6 腐敗する「腐敗に厳しい社会」

PART3 反日と戦争責任

7 中国のナショナリズム

8 謝罪と許し

9 日本と中国の「歴史問題」

PART4 民主化したいけどできない中国

10 理想と愚民主義

11 北京コンセンサス

12 中国はどこに向かうのか

13 「超未来世界」へと向かう中国(文庫書き下ろし)

あとがき

中国10大鬼城観光

ゴーストタウン天都城.jpg

(中国の鬼城 杭州市天都城のエッフェル塔)

  橘氏は、今年61歳を迎える同世代ですが、さすがワールドグローバルに投資するだけのことはあり、その曇りのないフラットな視野と幅広い読書量に言葉にも考え方にも合理性と深みを感じます。「まえがき」で氏は、世界が大きく変革していく中で、3年前のこの本に書いた状況は変わっていない、と言います。その理由は2つ。

  ひとつは、ここで書いたことの多くは内外のジャーナリスト・研究者に負っており、文庫化に当たって書き直す必要がないのは、私に先見の明があるからではなく、本書で紹介した専門家の知見が優れているからだ、と謙虚に語っています。

  そして、もう一つの理由は、この現代の中国では驚くようなことは起こらず、本書で書いた(原理的な)ことが、この3年間たんたんと進行しているからだ、と語っています。

  この本では、著者が中国への旅で出会った中国人との付き合いや会話からはじまり、part1では、まず中国の人々の生きていくうえでの原理を語っていきます。

  我々日本人が、中国人に対して感じる違和感や恐れはいったいどこから来るのでしょう。氏は、まず、その近すぎる距離から要因を語ります。ふつう、我々がまったく姿かたちの異なる外国人と接すときに、その大前提となるのは、「この人は、自分とは全く別の人だ。」という認識です。しかし、中国人や韓国人の場合、我々の姿は見分けがつかないほど似ています。さらに、はるか過去を見てみても、我々、日本人は、中国や韓国の文化を強く受け継いでいます。

  つまり、我々が中国人や韓国人と接するときに、我々は無意識に彼らを異なる人とは見ていないからだ、と言うのです。ところが、話した途端、韓国語はまるでニカワのような言葉だし、中国語はまるで宇宙人のような言葉で、コミュニケーションは断絶します。さらに、行動様式も相手への接し方も我々日本人とは異なっているのです。

  前提が似た者同士なので、我々は彼らが外国人であり、全く異なる人類であることが前提となっておらず、つい似ていることに甘えてしまっているのだ、と言うのです。

なるほど。

【中国の人たちの異なる関係性】

  氏が、この本で語る第一の原理的な違いは、人間関係です。

  それは、中国の137000万人と言う気の遠くなるような人口と強くリンクしているのです。確かに、1/10以下の人口しか持たず、さらには海によって隔てられ、国土内に一つの民族しか持っていない我々にその人口の多さと人の多様性は絶対的に理解できないものだと思います。

  ネタばれ、となってしまいますが、その人間関係の決定的な違いは、「グワンシ」と言う言葉に象徴されるのです。「グワンシ」は漢字で書けば「関係」となります。つまり、人と人が関係を持つことを意味する言葉なのです。中国社会には、「幇」という人間関係があります。「幇」は「自己人(ズージーレン)」ともいい、中国人にとっては最も根源的な人間関係だと言います。

  いったん「幇」を結べば、その人間とは家族以上の関係となり、絶対的な信頼を置くのです。そして、この「幇」を結んだ人間以外との関係は、「外人(ワイレン)」で、自分とは関係のない人間とみなされる、と言うのです。人が覚えられないほどたくさんいて、しかも多様性があり誰が誰かも分からない世界では、絶対的に信用できる人間が必要となるのです。

  こうした「幇」を絶対的に信用する社会が数千年も続いている中国では、「人間関係」の考え方の基準がこの「幇」に基づいており、それがキーワードだというのです。

  例えば、中国の列車で乗り合わせた中国人と長旅の中で話がはずみ、まるで親友のように親しくなりました。お互いに意気投合しすっかり打ち解けた私は、トイレに立つときに荷物をそこに置いたままにしてしまいます。トイレから戻った時にその中国人は荷物とともに消えていました。あんなに親しくなったのに裏切られた私は大きなショックを受けます。しかし、中国人は誰も同情はしてくれません。それは、「幇」以外の人間を信頼した私が悪いのであって、「外人(ワイレン)」からものを盗むという行為は、当たり前に近い行為なのです。

chugokukousokutetu01.jpg

(中国の国産高速鉄道 wikipediaより)

  橘氏は、ここから始まって、中国の政治や行政、経済など、中国の歴史や文化、そして人間性を豊富な実例と鋭い解析で語っていきます。

  Part3で語られる日本と中国の歴史たるや、まさに目から鱗が落ちる様です。奈良時代、日本は中国のグローバルスタンダードに衝撃を受けて、隋や唐の体制や文化をなんとか日本に作り上げようと動き始めます。歴史書である日本書紀を編纂し、平城京を作り、各地に府中を設置し駅伝でつなぎます。

  そのとき、仏教や儒教に衝撃を受け、「神道の神は迷える存在で、仏教の救済を必要としている。」と考えたそうです。それは、神が人の彼岸を説いて人々を救う、との考えに変化しますが、日本の神は、仏さまが田舎の日本までには来てくれないので、元々いる神様が、仏さまの代わりに我々を救済してくれるとのストーリーを考えたものだ、と言います。

  日本を戦争へと走りこませた「神道ナショナリズム」、「万世一系」の思想は、元寇による神風から南朝の時代に作りだされ、そこに日本独自の「自尊史観」が生み出されたのだと言います。そんな自尊史観が、日本を滅亡の一歩手前まで導いたのかと思えば、もはやあきれて笑いしか出ません。


  この本は、多少、過激な物言いもありますが、現在我々が抱えている、日本と中国の様々な問題をフラットな視点とグローバルな視野から解き明かしてくれるとても面白い本でした。ちなみに皆さんは、「鬼城」と言う言葉をご存知ですか。中国語で、ゴーストタウンのことです。この本には中国不動産バブルで出現した10大鬼城観光の紹介も含まれています。そちらも、ぜひお楽しみください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2018年07月25日

小谷太郎 宇宙の物理学最先端の余白


こんばんは。

  今年のサッカーワ−ルドカップには、感動があふれていました。

  特に日本代表の闘いは、急遽就任した西野朗監督の冷静で、かつアグレッシブな采配と選手たちのすべての力を出し切った働きによって、素晴らしい感動をもたらしてくれました。2年ぶりに予選リーグを突破し、ベスト8をかけて挑んだ決勝。原口選手、乾選手のベスト8に限りなく近づくゴールは、我々に日本代表の底知れぬ可能性を見せてくれました。

  乾選手の左45度は、まさに無敵のシュートでした。

W杯ベルギーゴール01.jpg

(左45度スーパーシュート sankei.com)

  しかし、2点入れられた後のベルギーの強さこそ、世界のサッカーの実力だと思えます。後半にまるで魔術のようなゴールで同点とし、さらにアディッショナルタイム、残り数分で見せたカウンターはまさにワールドカップでした。

  日本代表は、かつて、ドーハの悲劇を乗り越えて、ワールドカップ出場をつかみました。そこから幾重にも成長をつなげて、ついにベスト8にあと一歩のところまでになりました。今後、世界のクラブで自らを鍛え、世界の通用する日本サッカーを見せてほしい。それは、今回のW杯で強く感じた日本人すべての願いです。

  ところで、サッカーの話は別として、今週は久しぶりに最新の物理学を語る本を読んでいました。

「言ってはいけない宇宙論 物理学7大タブー」(小谷太郎著 幻冬舎新書 2018年)

  この本は、本屋さんの新書の中でタイトルに目を引かれて手に取りました。「際物」的なタイトルなので、いい加減な内容なのかと思いきや、著者はNASAでの研究員との経歴もあり、立ち読みをしているうちに本格的な物理学本であることが分かりました。

  最先端の宇宙論は素粒子学を根底においた物理学理論抜きで語ることが出来ません。昔は、観測や実験から数々の発見が繰り返され、新たな星や銀河の発見やビッグバン理論の実証など宇宙の姿が我々の前に明らかにされてきました。

  ところが、物理学が実証的な実験から数学的な理論へと広がっていく中で、アインシュタインの相対性理論から物理学と我々の宇宙は密接なつながりを深めていきました。

  このブログでも村山斉さんのベストセラー「宇宙は何でできているのか」やサイエンス本の翻訳者でもある青木薫さんの「宇宙はなぜこのような宇宙なのか」など、宇宙と素粒子にまつわるワンダーをご紹介してきました。この本は、現代最先端の物理学から見た宇宙をわかり易く語ってくれる稀有な本なのです。

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(新書 最新宇宙物理学 amazon.co.jp)

【宇宙はワンダーに満ちている】

  この本は、理論物理学から最先端の宇宙を語る本ですが、今、日本で宇宙と言えば、忘れてはいけないのが「はやぶさ2」です。201412月に種子島宇宙センター打ち上げられた「はやぶさ2」は、2010年に日本中を喜びと感動の渦に巻き込んだ「はやぶさ」の後継機です。「はやぶさ」は、小惑星探査機と名付けられている通り、数億キロ離れた小惑星まで宇宙を飛行し、ターゲットとなる小惑星の岩石を持ち帰ることを目的とした宇宙船なのです。

  「はやぶさ」は、世界初の小惑星探査機として日本の技術の粋を結集した宇宙船でした。目標とした小惑星は「いとかわ」。惑星「いとかわ」は、地球と同じく太陽の周りを回る小惑星ですが、その軌道は楕円形で地球とはその速さも含めてまったく異なります。「はやぶさ」は、その「いとかわ」から地表の粒子を持ち帰りました。

  その旅は試練に満ちており、旅の途中で音信不通となり、一時消えてしまい、その後、回復。しかし、イオンエンジンや太陽電池が故障するなどのトラブルに見舞われ、満身創痍の姿で7年をかけて20106月に地球に帰還したのです。苦難のうえに帰還した「はやぶさ」に日本の人々は心からの感動を味わいました。

  その後継機である「はやぶさ2」が、打ち上げ以来3年半をかけ、627日に小惑星「リュウグウ」に到達したのです。現在は、小惑星「リュウグウ」を観測し、「リュウグウ」の岩石を着地して採取するための場所を探しています。着地に適した場所を決定した後、9月から10月頃にはローバーを投下。来年の1月から2月には、いよいよ衝突措置を稼働させて地表にクレーターを人工的に作り出し、「リュウグウ」の地下物質までを採取しようという計画です。

  「はやぶさ」時には、ローバーの着陸に失敗し、タッチダウンもわずか1回の着地で、わずかなサンプルを採取したのみとなりましたが、今回はその成功が大いに期待されるところです。

  さて、なぜ小惑星からの岩石の採取がそれほど重要なのでしょう。

  実は、地球に生命が生まれたのは、約38億年前と言われていますが、最初の生命がどうやって生まれたのかは、いまだ謎に包まれているのです。以前には、地球の生成時に発生した無機物に超高熱と雷のエネルギーが注ぎ込まれ、そこに有機物が生まれたと考えられていましたが、どうもうまく実証されることがありませんでした。現在、生命の始まりを特定することはできていませんが、有力な説は、最初の有機物を形作る物質は、地球外から隕石(超小惑星)によって持ち込まれたのではないか、との仮説です。

  今回の「リュウグウ」の岩石には、もしかすると地球にもたらされた有機物を形作る物質が含まれている可能性があるのです。

  「はやぶさ2」の地球への帰還は、東京オリンピックの後、2020年の年末を予定しています。現在、小惑星探査機に係る技術は、日本が最先端を走っています。「はやぶさ2」には、日本の技術の粋が詰まっており、その成功を願わずにはいられません。

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(はやぶさ2と「リュウグウ」 jaxa.HP)

【宇宙と物理学のワンダー】

  さて、宇宙はワンダーに満ちていますが、今回の本は物理学によって解き明かされつつある現在進行形の宇宙が物理学を用いて語られていきます。

  まずは、目次を見てみましょう

タブー1 陽子崩壊説

タブー2 ブラック・ホール大爆発

タブー3 エヴェレットの多数界解釈

タブー4 異端の宇宙

タブー5 ダーク・マターとダーク・エネルギー

タブー6 量子重力

タブー7 人間原理

  これまでもアインシュタインの相対性理論とハイゼンベルグやシュレーディンガーらによって進められていた量子力学論によって進化してきた物理学の歴史を語ってくれる本は数多くありましたが、いまだに解明されていない宇宙と素粒子について、これほどポイントを絞って解説してくれる本ははじめて読みました。

  例えば、真っ先に取り上げられるタブーは、日本人物理学者2名がみごとノーベル物理学賞を受賞したカミオカンデとスーパーカミオカンデの話題です。2002年に受賞した小柴昌俊教授は、カミオカンデという岐阜県の神岡鉱山地下1000mに設置した3000トンの純水をたたえた観測装置により、史上初めてニュートリノの観測に成功しました。

  1996年、カミオカンデは、さらに進化し15倍の容量を有するスーパーカミオカンデに進化します。ニュートリノという素粒子の存在を観測により実証したカミオカンデですが、カミオカンデ当時からニュートリノ研究を行っていた梶田隆章教授は、スーパーカミオカンデの観測からニュートリノ振動を分析し、ニュートリノに質量がある事を発見。共同研究者と共に2015年、小柴氏に続いてノーベル物理学賞を受賞したのです。

  と、ここまでは物理好きならば誰もが知っている誇らしい実績なのですが、ここで語られるタブーとは、ニュートリノ観測は、本来のカミオカンデの目的ではなく、副産物であった事実なのです。ビッグバン理論を実証する理論の一つとして、4つの作用を統合する大統一理論があります。この理論が正しいとすると、原子核を構成する陽子はとても長い時間をかけて崩壊する、との結論になります。カミオカンデが創られたのは、この陽子崩壊を降り注ぐ素粒子の観測によって証明する目的だったというのです。

  なぜこのことをタブーとしているかと言えば、所期の目的である陽子崩壊は、現在まだ確認されていないからなのです。とは言っても、陽子崩壊説が覆ったわけでもなんでもなく、想定された期間(その想像もつかない長さは、今本で解明してください。)で崩壊が起きていることが観測できずに、実は崩壊にかかる時間は想定したよりもはるかに長い時間がかかるということが仮定されるという話なのです。

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(スーパーカミオカンデの光センサー KEK.HP)

  この本に描かれた7つのタブーは、これまで様々な形で語られているわけですが、その視点が独自であり、それぞれのタブーは、ワンダーです。

【ワンダーは止まらない】

  「エヴェレットの多数世界」の章では、素粒子の非常識な性質の説明がなされます。素粒子とは、粒なのですが、これまでの物理学では推し量れない性質があります。それは、観察されたときにはそこに存在するが、観察をしていない時にはそこに存在していない、というわけのわからない性質です。この性質は、事実としてわかっているのですが、何故そうなるのかが分かっていないのです。著者は、その性質をわかり易く説明してくれます。

  素粒子は、粒子と波動の両方の性質を持つと言います。粒とは、一粒二つ部と数えられますが、波動は波ですので二つの穴に同時に入ったり、空間を満たしたりする性質があります。しこにコペンハーゲン解釈と言う現象が発生します。

  二つの検索器を使って、素粒子を検出したとしたときに素粒子が検索できる確率は1/2なのですが、Aの検査器で存在が明らかになった素粒子はBの検査器には二度と現れず、Aの検査器でしか検知できないというのです。つまり、Aにいる間はそこに存在しているのですが、Bからは消滅しているというわけです。次の瞬間にBに現れると、Aからは消えているというわけです。

  さて、この章のワンダーは、その先にあります。素粒子が感知した検査器にしか存在しない性質はわかりましたが、なぜそうなるのかは解明されていません。その謎に大胆な答えを出したのは、プリンストン大学の大学院生、エヴェレットでした。その仮説は、素粒子がAに出現したとき、世界は2つに分裂するというのです。つまり、分裂したもう一つの政界では素粒子はBに存在するというのです。

  いやはや、大胆な学説ですがタブーとしては面白い。

  この本には、相対性理論にも量子力学論にも難しい数式は一切登場しません。しかも、タブーと呼ばれる最新学説の説明はわかりやすく、最新の情報が解説されています。第6章で紹介される量子重力論のオールマイティーな仮説にもウキウキさせられます。

  皆さんもこの本で最新の物理学と宇宙のロマンを味わってみてはいかがでしょうか。理論を超えていく、実験と観察の偉大さが身に染みること間違いなしです。

  さて、日本列島は今や熱中症が蔓延しています。皆さん、油断のないようにご自愛ください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。

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2018年07月19日

ウィンストン・チャーチルとは何者なのか?

こんばんは。

  2015年は、ウィンストン・チャーチルの没後50年だったそうです。

  今週は、アカデミー賞を受賞した映画「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」の脚本家が、映画の脚本と並行して書いたノンフィクションを読んでいました。

「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」

(アンソニー・マクカーテン著 染田屋茂 井上大剛共訳 角川文庫 2018年)

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(角川文庫「ウィンストン・チャーチル」amazon.co.jp)

  第二次世界大戦において、イギリスは独裁者ヒトラーの野望を見抜くことが出来ずに、なんとか戦争を回避しようと和平交渉に奔走しました。ヨーロッパは、1915年に未曾有の死亡者を出した第一次世界大戦に疲弊しており、その敗戦による賠償のために破たんの危機に接したドイツを追い詰めることが得策ではないと考える政治家が多数いました。

  昨年、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏の名作「日の名残り」の主人公である執事は、この親ドイツ派の貴族に仕えていました。1937年、イギリスの首相に就任したネヴィル・チェンバレンは、当時台頭しつつあったドイツのヒトラーやイタリアのムッソリーニに対して、宥和政策を繰り広げました。1939年にチェンバレンが締結したミュンヘン協定は、その大きな成果と言われ、この協定によって第二次世界大戦の開戦は、1年伸びたと言われています。

  しかし、この協定で戦争を引き延ばしたことが果たして成果と言えるのか。当時、その後連合国となるアメリカなどから称賛を浴びたミュンヘン協定でしたが、ドイツはこの1年間に着々と軍備を増強し、来るべき大戦に備えを厚くしていたのです。あまつさえ、ヒトラーは、この協定によってイギリスがドイツの周辺国への侵略を容認したと考えた、と言われています。

  1939年、ついにヒトラーはポーランドに侵入し、第二次大戦の火ぶたは切って落とされました。チェンバレンは、この侵略を見てドイツに宣戦布告を行いますが、秘密裏にドイツとの和平工作を進めていました。ところが、ドイツは和平交渉には一顧だにせず、スウェーデン・ノルウェーに侵攻、さらにはベネルクス三国にまで攻め入り、チェンバレンは、ついに首相を辞任しました。

  そして、ドイツに対して宥和政策を進めていた人々は、イギリスを窮地に追いやった人々として、世間の非難を浴びることになったのです。

  そして、チェンバレン首相の後任として、挙国一致内閣を立ち上げたのが抗戦主張を繰り広げていたウィンストン・チャーチル、その人だったのです。

【ヒトラーから世界を救った男】

  没後50年を受けてかどうかはわかりませんが、2015年、1本の映画の企画が持ち上がります。その映画「ウィンストン・チャーチル」の原作者は、脚本家のアンソニー・マクカーテン氏でした。氏は、その前年に先日惜しまれて亡くなったスティーブン・ホーキンス博士の半生を描いた「博士と彼女のセオリー」という映画の脚本を執筆し、一躍、その名を知られることになりました。

  彼は、チャーチルを主人公とした脚本「Darkest Hour」を執筆し、映画製作会社に持ち込み、映画が製作されることとなりました。映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」は、ゲイリー・オールドマンの主演で映画化され、2017年のアカデミー賞では、9部門にノミネート。主演のゲイリー・オールドマンがアカデミー主演男優賞を受賞するとともに、彼がチャーチルになりきるためのメイキャップを担当した日本のアーティスト辻一弘氏(4名の共同受賞)がみごとにアカデミー賞を受賞しました。

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(オールドマンと映画のチャーチル cinematodayより)

  実は、話題の映画であり、チャーチルに人一番興味があるにもかかわらず、なぜかこの映画はいまだに見ていません。おそらく、チャーチルがヒトラーに立ち向かったまさにそのときの日本の状況を思い出すと、チャーチルの伝記的映画に触手が動かなかったのだと思います。

  イギリスがヒトラーのヨーロッパ大陸蹂躙に立ち向かった時、チャーチルの悲願は第二次世界大戦へのアメリカの参戦でした。当時、日本はABCD包囲網によって資源を手に入れることが出来なくなり、資源を求めて侵略的南下戦略を遂行していました。太平洋を挟んで対峙するアメリカ。日本は、物量でまったく太刀打ち不可能なアメリカと外交的手段で交渉すべく、あらゆる手をつくしていました。

  しかし、日本の外交的手段はじわじわと狭められ、日本の大本営はついにアメリカへの宣戦布告を決意します。しかし、山本五十六の作戦は、瞬時の徹底的な襲撃によってアメリカに大きな打撃と衝撃を与え、短期間にてアメリカとの交渉を優位にして和平を求める、というかなり虫のいい戦略でした。本土を襲撃されたアメリカが、やられただけで休戦するわけはありません。

  この日本の真珠湾攻撃を最も歓迎していたのは、イギリスのチャーチルなのです。

  ヨーロッパ戦線で孤立するイギリスにとって、ヒトラーに対抗しうる勢力はアメリカしかありません。しかし、アメリカは、第一次世界大戦のときにもはじめには中立を貫き、終戦後も国際連盟には加わらず、この大戦でもモンロー主義に基づいて中立の立場を堅持していました。チャーチルは、あらゆる手段を尽くして、ルーズベルト大統領に連合国側としてこの大戦への参戦を画策したのです。枢軸国の一員である日本がアメリカに宣戦布告すれば、アメリカは自動的に連合国側として世界大戦に参戦することになるのです。

  諜報好きの間では、当時、チャーチルは諜報機関を使って、日本が真珠湾攻撃を間違いなく仕掛けるよう画策しており、日本の外交交渉を裏から妨害していたとまで言われています。さらには、ルーズベルト大統領と参戦への裏取引があったのではないか、とも言われます。

  根も葉もない話だと、いうのは簡単ですが、チャーチルはイギリスを救うためにあらゆる手段を尽くしたはずであり、ほのかに怪しい香りが漂います。てなことを考えると、チャーチルの伝記映画を見る気が萎えていくわけです。考え過ぎですね。

【チャーチルは偉大な人物?】

  気持ちの問題は別にして、チャーチルがヒトラーの独裁国家の野望を打ち砕き、イギリスと世界を救った事実に間違いはありません。さらにチャーチルは、戦後、全6巻となる「第二次世界大戦」という大著を上梓し、これによりノーベル文学賞を受賞しています。戦後も彼の皮肉とウィットに満ちた言葉には、有名なものがたくさんあります。

  「実際のところ、民主主義は最悪の政治形態ということが出来る。これまで試みられてきた民主主義以外のあらゆる形態を除けば、だが。」

  下院議会での演説で、さらりとこんな皮肉を語れる人は、いったいどんな人間なんだろう。この素朴な興味は、ずっと自分の中にあって、本屋さんでこの本をみつけたときに、思わず中味を覗いてしまいました。これが、いきなり引き込まれる中味だったのです。

  書店のポップでは、この本に「映画原作」の言葉が躍っています。

  確かに著者は、映画の脚本を書いたその人です。しかし、彼には別の側面もあって、これまでにもノンフィクションや小説を上梓しているのです。この本にも映画の「え」の字も登場しません。著者は、以前からチャーチルとはどんな人物かに興味を持っていた、と言います。特に、挙国一致内閣、戦時内閣を率いてナチス・ドイツに立ち向かうには、国民の圧倒的な支持が必要となります。

  著者は、世界の名演説集には必ずチャーチルの演説がいくつか入っている、というところからこの本をはじめていきます。チャーチルは、どのようにして言葉を武器にヒトラーと戦ったのか。これを解き明かすためにこの本を執筆したのです。映画の脚本とこのノンフィクションを同時に執筆したのはなぜなのか。恐らく彼の中に二人のチャールズが存在したのではないでしょうか。ノンフィクションでは、世界の歴史の中のチャーチルを描き、映画では歴史を創った人間チャーチルを描きたかったのだと思います。

  そうして考えると、英国病と揶揄されたイギリスを再び強いイギリスへとよみがえらせたマーガレット・サッチャー氏のことを想わずにはいられません。2011年には、メリル・ストリープの主演で映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」が公開されました。メリル・ストリープもこの映画でアカデミー賞に輝きましたが、現代のイギリスを作り上げた二人の首相の物語が映画として作成されたことに感慨を覚えます。

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(映画「マーガレット・サッチャー」DVD)

19405月のチャーチル】

  ところで、この本は、ヒトラーが電撃的なポーランド侵攻を果たし、チェンバレン首相が辞任。ハリファックス卿が次の首相に就任することを断り、ウィンストン・チャーチルに白羽の矢が立った194059日から始まったウィンストン・チャーチルの姿を追ったノンフィクション作品です。

  そこに描かれる期間は、59日のチェンバレン首相の辞任、510日に国王ジョージ6世首班指名を受けて、組閣の命を受けてから挙国一致内閣を組閣。その後、「ダイナモ作戦」によってダンケルクにおけるイギリス・フランス軍の撤退を成功させ、64日に庶民院において、イギリス全国民にむけた決意に満ちた演説を行うまでのほぼ1カ月間です。

  この本の原題は、映画と同じ「DARKEST HOUR」です。「最も暗い時間」とは何を意味しているのでしょうか。それは、チャーチルが、自らと国家と国民の間で悩みに悩み、一時はヒトラーへの降伏にまで想いを致した一晩のことをさしているのです。

  この本の訳者あとがきには、チャーチルを評した様々な言葉が並べられています。曰く、「偉大な演説家、大酒飲み、才人、帝国主義者、愛国者、夢想家、戦車の設計者、おっちょこちょい、暴れん坊、貴族、捕虜、戦争の英雄、戦犯、征服者、笑いもの、レンガ職人、馬主、兵士、画家、政治家、ジャーナリスト、ノーベル文学賞作家・・・。」とその人間としての幅の広さは天下一品です。

  1940年5月にヒトラー政権に対峙して挙国一致内閣の首班となったとき、チャーチルは65歳になっていました。彼は、士官学校を卒業した年にに女王所有の騎兵大軍に所属しましたが、インドに赴任すると軍務と同時にジャーナリストとして記事を書くだけではなく、本までも執筆していました。チャーチルが総選挙で当選し、政治家となったのは1900年、25歳のときですから政治家としてのキャリアは40年にも及びます。

  チェンバレン首相が辞任し、次の首相を指定するに当たり、チェンバレンと国王ジョージ6世は、チェンバレン内閣で外務大臣を務めていたハリファックス卿を次期首班に指名しようとします。チェンバレン氏は、戦争を回避すべく宥和政策を進めてきており、何とかイギリスが戦争に巻き込まれることを回避し、外交による講和を強く望んでいました。ハリファックス氏は、同じ宥和政策主義者であり、戦争による壊滅を何とか回避しようとの姿勢で一致していました。

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(第一次チャーチル内閣 blogspot.comより)

  しかし、ハリファックス氏は、あえて火中の栗を拾うことを避けて、戦争遂行を行うための挙国一致内閣の首班指名を拒絶します。愛国者で、戦争肯定論者、帝国主義者(インド自治に強く反対していました)のウィンストン・チャーチルを首相にすることを好ましく思わないチェンバレン氏でしたが、労働党の支持を受けたチャーチル以外に指名選択の余地はなくなったのです。

  首相となり、挙国一致内閣を組閣したチャーチルですが、その基盤は脆弱なものでした。彼は、挙国一致として自らに批判的な保守勢力を取り込んで、組閣を行わなければ国民の支持を得られないことを良く知っていました。チャーチル自身も保守党でしたが、労働党はヒトラーとの徹底抗戦を望んであり、チャーチルの主張と一致していました。内閣は、5人で組閣されましたが、枢密院議長をチェンバレン氏、外務大臣にハリファックス氏を引き入れるという、苦肉の組閣だったのです。

  ヒトラー率いるドイツ軍がヨーロッパ大陸を席巻し、フランスがその領土をすべて占領されようとしていた時期、チャーチルはイギリス国民の意志を体現し、ヒトラーに対する徹底抗戦を貫きました。そこには、類まれな演説の才能が一役買ったわけですが、そこに至る彼の懊悩は想像を絶するものでした。そのことが、この本では明らかにされているのです。

  映画の脚本とノンフィクションを同時に執筆したマクカーテン氏。映画では人間チャーチルを描き、ノンフィクションでは、チャーチルが行った事実を描いたのでしょう。そして、確かにこの本には、チャーチルが残した歴史の1ページが記録されています。現代史に興味のあるあなた。ぜひ一度手に取ってみてください。チャーチルの残した歴史の1ページを堪能できること間違いなしです。


  さて、今年は経験したことのない豪雨がたくさんの命を奪いました。亡くなった方々のご冥福を心からお祈りしますとともに、被災した方々に心からのお見舞いを申し上げます。暑さも尋常ではなく、避難生活でお疲れも甚大と思います。くれぐれもご自愛ください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。

📖今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2018年07月01日

テッド・チャン 「あなたの人生の物語」

こんばんは。

  このブログでも日本SF作家クラブが50周年記念に刊行した時代別のアンソロジー「日本SF短編50」をご紹介しましたが、SF小説はジュール・ベルヌやコナン・ドイルの時代から、まさにワンダーの宝庫でした。

  SF小説のワンダーは、映画という映像文化ととても相性が良く、古くは「月世界旅行」から始まり、フリッツ・ラングの「メトロポリス」からジョージ・ルーカスの「スター・ウォーズ」、フィリップ・K・ディックの名作を原作とした「ブレードランナー 2049」まで、あまたの名作が我々に夢と感動を与えてくれました。

  小説のワンダーを映画にした名作もあれば、映画から小説が紡ぎだされた作品もあります。 

  そうした中で、2016年に制作され、2017年に日本でも公開されたSF映画「メッセージ」はとても気になる映画でした。そして、映画を見て、その見事な出来栄えに感動し、どうしても原作が読みたくなって、先日本屋さんで早速手に入れました。

「あなたの人生の物語」(テッド・チャン著 朝倉久志他訳 ハヤカワ文庫 2003年)

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(「あなたの人生の物語」ハヤカワ文庫 amazon.co.jp)

  この本は、短編を発表するたびに賞賛され、優秀なSF小説に送られるネピュラ賞を何度も受賞しているテッド・チャンの短編集です。彼は、1967年生まれの中国系のアメリカ人で、1990年にSF作家としてデビューしました。その本業は、サイエンスライターであり、寡作な作家として知られています。

  本人が納得するプロットがなければ決して作品を執筆しないというマニアで、この作品集が2003年時点でのほぼ全作品を網羅した作品集だとのことです。

【映画「メッセージ」とは】

  まずは、2017年にアカデミー賞を始め様々な映画賞にノミネートされた映画からご紹介することにしましょう。

(映画情報)

・作品名:「メッセージ」(2016年米・116分)

     (原題:「Arrival」)

・スタッフ  監督:ドュニ・ヴィルヌーブ

                    脚本:エリック・ハイセラー

・キャスト  ルイーズ・バンクス:エイミー・アダムス

       イアン・ドネリー:ジェレミー・レナー

       ウェバー大佐:フォレスト・ウィテカー

    SF映画には、様々なジャンルがありますが、この映画はエイリアンが地球にやってくるという典型的なエイリアン映画です。しかし、「宇宙戦争」や「インディペンデンスデイ」とは全く異なり、そのストーリーは、きわめて静かに進んでいきます。この物語の主人公は、エイリアンとのコンタクトのために軍に招集された、言語学者と物理学者なのです。

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(「メッセージ」スタッフとキャスト FASHION PRESSより)

  エイリアンの地球への来訪を描く作品ですが、そのオープニングは幼い少女をベッドでいたわる母親の姿が描かれます。娘と母親との愛情がにじんでくるような優しい映像。いったい、この映像は何を我々に語るのでしょうか。

  ある日、世界のたくさんの地域に巨大な宇宙船が出現し、地球上に停泊します。各国は、その宇宙船に対して、どのように相対すればよいのかとまどいます。静かにたたずむ宇宙船を眺める限り、そこに好戦的な敵意を見出すことはできません。

  大学で言語学を教えるバンクス博士は、女性言語学者。フィールドワークの経験も豊富で、宇宙人の襲来のニュースの中でも大学での講義を欠かしませんが、学生たちはそれどころではなさそうです。講義を終えて、たった一人の自宅に帰りつくと、そこに軍服を着た将校の訪問を受けます。ウェバーと名乗るその男は、とある録音をバンクス博士に聞かせて、それに対する言語学者としてのコメントを求めます。

  ただの効果音にしか聞こえない音声を聞いて、博士はとまどいます。これが、今話題となっている宇宙人の声なのだろうか?博士は、直接コミュニケーションが出来なければ何もわかりはしないと突き放します。しかし、ウェバーは、それは無理だと言い捨てて、帰ってしまいます。

  しかし、しばらくたって再び訪問したウェバーは、博士を連れ去り、宇宙船の元へと向かったのです。そこに待っていたのは、たくさんの軍人と多くの解析スタッフたちでした。ルイーズは、その場で物理学者のイアンを紹介され、二人は未知の宇宙人と相対することになるのです。

  遥かなる草原に浮かぶ巨大な宇宙船。しかし、その表面はなめらかで、まるでクリスタルのような円筒形をしています。その抒情的な画面は原作の筆致とマッチして、見事にテッド・チャンの世界を我々に味あわせてくれるのです。

  ここから、言語学者であるルイーズと物理学者であるイアンの宇宙人との対話が始まります。原作では、テッド・チャンが言語学の知識を駆使してエイリアンの言語を描き、さらにサイエンスライターとしてフェルマーの原理を使っての“彼ら”の思考方法を解き明かしていくのですが、映画ではもう少しわかり易い展開が待っています。

  二人がコミュニケーションを重ねていく地球外生命体二人は、「ヘプタポッド」と呼ばれます。彼らは明らかに知的生命体であり、自らの言語と試行を持ち、宇宙を航行するための技術を身に着けています。二人?のヘプタポッドは、「コステロ」と「アボット」との愛称で呼ばれるようになり、ルイーズのアイデアによって、彼らの言語の解析が始まります。

  地球外生命体の姿と彼らが語るヘプタポッド語には、この映画のワンダーがつまっています。そのワンダーは、ぜひ映画を見てお楽しみください。

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(映画「メッセージ」ポスター)

【映画と原作の間】

(ここからネタばれあり)

  この映画は、アカデミー賞をはじめたくさんの映画賞にノミネートされましたが、2017年度の全米脚本家組合賞で脚色賞を受賞しました。プロがプロに与える賞を受賞したわけですが、確かに原作を読むと、映画としての見事な脚色がこの映画を面白くしていることが良くわかります。

  この映画のミソは、地球人類の思考や言語が三次元の世界で成り立っているところにあります。テッド・チャンは、地球外生命体が人類に言語と思考を通じて、四次元の世界を与えてくれに来たことをこの小説で表現したのです。

  小説では、ヘプタポッドの言語は、話し言葉と書き言葉がまったく異なる次元で創られており、ヘプタポッドAが発話言語、ヘプタポッドBが表義言語であることが発見され、その四次元の思考が明らかにされます。さすがに映画では、このような説明的な話を表現できないので、その表意言語が画面に登場することになります。

  そして、人類にもたらされる四次元の思想を体現しているのが、小説では中心として描かれ、映画ではひとつの謎として描かれる少女の存在なのです。小説では、そのプロットと表現力で、その謎が明らかにされていくわけですが、映画の脚本では、その謎がよりわかり易くなるために一つのエピソードを付け加えています。

  地球に訪れるペプタポッドの宇宙船は、12隻。世界中にちらばって着陸します。アメリカに着陸した宇宙船では、ルイーズとイアンがヘプタポッドとのコミュニケートによりその言語と思考を解明しようとします。それと同時に世界各国の元を訪れているヘプタポッドと各地でのコミュニケーションが行われていくのです。

  そして、ヘプタポッドが地球を訪れた理由が解明されつつあった中、ある国がその危険性を指摘して、彼らに攻撃を仕掛けようとするのです。果たして人類は、地球外生命体に戦いを仕掛けるのか。映画のクライマックスはこの中で、ルイーズがヘプタポッドのもたらした四次元の思考にめざめる場面です。

  一部のファンの間では、この映画は何を言いたいのかが良くわからない、との意見もあるようですが、この映画の脚本は原作の持つ細やかな魅力を表現しながらも、映画としてわかり易い表現を用いていると思います。確かに見事な映画でした。

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(映画でのヘプタポッドの表義文字 Wired HPより)

【テッド・チャン、SFの魅力】

  さて、小説の話に戻りましょう。

  この短編集には、テッド・チャン氏がデビューしてから2003年までに発表された8つの短編中編が収められています。本業はサイエンスライターとはいえ、これだけ寡作な作家もめずらしいのではないでしょうか。さらにめずらしいのは、発表された作品のほとんどがSF賞を獲得しているのです。

「バビロンの塔」(1990年) ネビュラ賞

「理解」(1991年) アシモフ読者賞

「ゼロで割る」(1991年)

「あなたの人生の物語」(1998年)ネビュラ賞

「七十二文字」(2000年)サイドワイズ賞

「人類科学の進化」(2000年)

「地獄とは神の不在なり」(2001年)

 ネビュラ賞・ヒューゴー賞他

「顔の美醜ついて ドキュメンタリー」(2002年)

 スタージョン賞

  テッド・チャン自身は、自らの作品群をファンタジー的な作品とSF的な作品との観点から語っています。ファンタジーとは、おとぎ話に代表されるように我々が住んでいる世界とは別な世界を描く物語です。SFを「サイエンス・ファンタジー」と呼ぶ人もいて、不思議の国のアリスもSFの範疇に入ることになります。

  サイエンスフィクションと呼ばれる分野でのワンダーは、「時間旅行」、「人造人間」、「超人類」、「人類滅亡」、「異星生物」、「宇宙」、「異次元」など、いまだに実現されていない科学技術を駆使して物語が展開していきます。

  確かにチャンの作品には、この二つの要素が混然としているように読めます。

  ファンタジー的な要素が強い作品は、「バビロンの塔」、「七十二文字」、「地獄とは神の不在なり」の3編となりますが、他の作品にもファンタジーを描くときの語りが生きています。特に「あなたの人生の物語」では、主人公の娘が重要な役割を担っており、その家族を描く筆致は限りなくファンタジックです。作家自身は、「七十二文字」はむしろSF的な作品だと述べていますが、ゴーレム(土人形)が七十二文字で書かれた名辞と呼ばれる紙によって動かされる世界を描いており、世界観としてはファンタジー的作品です。

  作品の中には、「理解」、「七十二文字」、「地獄とは神の不在なり」のように息詰まるアクションシーンが効果的に描かれる作品もあり、確かに小説としての面白さも兼ね備えた作品です。

  映画のおかげで、久しぶりにSF小説の世界に足を踏み入れて楽しむことができました。皆さんも日常から離れ、まったく別の世界で時間を過ごしてみてはいかがでしょう。SFは、本来小説の持つ別世界へと我々をいざなってくれます。「バビロンの塔」は、読み終わったときに星新一さんの「おーいでてこい」を思い出し、なつかしさで胸が熱くなりました。


  今年は早くも梅雨が明け、本格的な夏が到来します。いきなりの真夏。皆さん、熱中症にはくれぐれも気を付けて、明るい夏を楽しみましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2018年06月17日

原田マハ 歴史に残る26枚の絵画


こんばんは。

  原田マハさんは、メトロポリタン美術館のキュレーターも経験されたことがあり、基本的にその原点には絵画があるのだと思います。

  絵画の小説を描くまでには、プロの小説家としての自らの作法を確立するために、様々な小説を書いてきたのではないでしょうか。2006年のデビューから6年を経て執筆した「楽園のカンヴァス」を読んだ時には、マハさんが書きたかったのはこの世界だったのか、と改めてその想いを垣間見るような感動を覚えました。

  この小説の主人公の一人、オリエ・ハヤカワはマハさんの分身です。若き日にソルボンヌ大学でアンリ・ルソーの研究に没頭し、子どもができたことを契機に日本に帰国。齢40を前にして、大好きな絵画を見守る監視員となる。実際のマハさんの経歴とは異なりますが、マハさんにとって、日本の美術館としては理想的な環境である大原美術館でアートの仕事をすることは、ひとつのあこがれだったのだと思います。

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(アンリ・ルソー「夢」)

  まだ行ったことのない大原美術館ですが、訪れる日を楽しみにしています。

  この小説は、謎解きとしても、限られた時間にしても、好敵手ティム・ブラウンの造形にしても、あらゆるところにプロの作家としての創意工夫に満ち溢れています。しかし、この小説の感動は、決してその技法によってもたらされるのではなく、作者のアンリ・ルソーの絵に対する限りない愛情があってこそもたらされるものなのです。

  処女作には、その作家のすべてが表現されている、と言いますが、アート小説の処女作に当たる、「楽園のカンヴァス」には、原田マハさんの絵画への想いが凝縮されているように思えます。

  さて、そんなマハさんが、絵画について綴った文章が、前作「モネのあしあと」(幻冬舎新書)に引き続いて上梓されました。

「いちまいの絵 生きているうちに見るべき名画」(原田マハ著 2017年 集英社新書)

  この本は、人気があるためか、あまり部数が印刷されなかったせいか、手に入れるのにずいぶん時間がかかりました。初めて見たのは、連れ合いと買い物に行ったイオンに入っていた本屋さんでした。そのときは、時間がなくチラ見しただけでしたが、それ以降、良く行く本屋さんに行くたびに見ていたのですが、置いてあるのは「モネのあしあと」のみで、この本は常に売り切れていてなかなか手に入れることが出来ませんでした。

  先日、増刷された一冊を見つけ、即座に買い求めました。

  マハさんのアートに対する造形と愛情を深く感じる一冊に心が癒され、まるでその絵を目の当たりにしたような豊かな気持ちを味わうことが出来ました。

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(原田マハ「いちまいの絵」amazon.co.jp)

【絵画を見る楽しみ】

  実際にその画家が描いた直筆の絵画は、その画家の想いや情念がそのままカンヴァスに写し取られていて、その絵を見ると思わぬ感動が体を駆け抜けます。

  人生の楽しみに「絵画」は、欠くべからざるものです。

  これまでも、モネやフェルメールの実筆の絵画が美術展で来日するたびに出かけて、その情念に感動を味わってきました。その楽しみは、このブログでもたびたび紹介させていただいていますが、私の絵画鑑賞は、かなり偏ったものといえるかもしれません。というのもキュビズムや現代アートはあまり見る機会を持たないので、これまであまり知らない世界でした。

  唯一の例外は、点描画の美術展で見たモンドリアンの絵画でした。

  今回の本は、絵画の魅力を十分に知る原田マハさんが、これまで感動を味わった26枚の絵を紹介してくれており、ピカソも含めて、現代美術に通じる名画の数々を紹介してくれます。これまで味わうことのなかった絵画も存分に楽しむことが出来、新たな世界が広がる想いがしました。

  この本で紹介されている絵は、マハさんが目の当たりにしたときにどこに心を動かされたのかが、臨場感を持って語られています。紹介される作家とその絵は、次々と私たちの心に感動を運んでくれるのです。

  いくつか名前を挙げると、ピカソの「ゲルニカ」、ボッティチェリの「プリマヴェーラ(春)」、レオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」、モネの「大壁画 睡蓮」、ドガの「エトワール」、ゴッホの「星月夜」、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」、マティスの「ダンス」、ルソーの「夢」、ムンクの「叫び」などなど、名作の数々が原田マハさんの感性で語られていきます。

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(マティス「ダンス」)

  後半に紹介されている近代絵画の紹介には、特に引き込まれます。

  まず、現代絵画直前の作品。クリムトが描いた黄金の色彩を持つ「バウワーの肖像」、マティスがその色彩感覚を存分に表現した「ダンス」、現代劇作家の挿絵としてあまりに芸術的な生首を描いた「お前の口に口づけしたよ、ユカナーン」は、今までその絵の存在は知っていても、この本のマハさんの紹介を読むと、まるでその魅力が倍増したかのように感動を感じることが出来ます。

  紹介は、はじめてマハさんがその絵画に引き込まれたときのエピソードから語られます。それは、初めて美術館でその絵に対面したときの感動を描いていたり、マハさんがこれまでの人生の中でその絵に憧れを持っていたり、はたまた、キュレーター時代に知る機会があり、その後、その魅力に目覚めたり、と波乱万丈です。

  次に語られていくのは、紹介される絵画の著者にかかるエピソードです。その生まれた土地、生まれた年から始まり、その才能が目覚めていく過程をトピックス交えて紹介してくれます。その人生は、様々で、もともと裕福な家庭に育った作家もいれば、家族全員が早くから次々と亡くなっていく悲しい運命に翻弄された作家もいます。

  「楽園のカンヴァス」で描かれたアンリ・ルソーは、税関の管理として22年間勤めましたが、絵を描きたいとの思いが募り、退職して絵画作成に専念しました。その絵は、平面的で不可思議なものでしたが、19世紀末のパリでは全く評価されず、無視されました。しかし、ルソー自身は、自らの才能を信じ続け、創作をやめることはありませんでした。

  しかし、全く新しい絵画の創造を目指していた若き日のピカソは、その幻想的な絵画を大いに評価し、アポリネールやゴーギャンとともに1908年にルソーを称える会を模様したことは有名な話です。「楽園のカンヴァス」では、この「洗濯船」でもようされた「アンリ・ルソーの夕べ」のシーンが見事に描かれています。

  ここで紹介されるルソーの作品「夢」は、ニューヨークの近代美術館に展示されていますが、マハさんはこの絵にまつわる思い出を短い文章の中にも印象的に語ってくれます。家族に先立たれ、家庭環境に恵まれなかったルソーですが、この絵に描かれたヤドヴィガという女性は幻想的で、「楽園のカンヴァス」では、ひとつの謎ときとして小説を盛り上げてくれました。

【現代絵画の斬新さ】

  この本を読んで、これまであまり見ることのなかった世界を垣間見ることが出来ました。

  それは、まさにアヴァンギャルドな作品で、この本の紹介がなければわざわざ見に行くことはないだろう作品群です。マレーヴィッチ(旧ソ連)の「黒の正方形」、ポロック(アメリカ)の「Number 1A.1948」、ロスコ(ラトビア生まれ、アメリカ)の「シーグラム壁画」の3枚は、マハさんの文章がなければその魅力がわからずに過ごしたと思えます。

  確かに口絵の写真で見ただけでは、これらの絵の魅力を感じることは難しいのです。例えば、「黒い正方形」は、キャンヴァスにただ黒い正方形が描かれているだけ。ポロックの絵は、直接キャンヴァスに絵具やペイントをまき散らすような「アクション・ペインティング」という手法で描かれており、その絵には手形までが残されています。

  さらに、「シーグラム壁画」は、淡く赤い画面に浮かび上がるような別の紅色の四角形が、立体として二つ繋がって浮かんでいるだけです。

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(ロスコ「シーグラム絵画」)

  ロスコの「シーグラム絵画」は、マハさんがその絵を見た時の想いが素直に語られています。さらに語られるこの絵が描かれた経緯を読むうちに、ロスコの世界へと引き込まれていきます。この絵は、現在DIC川村記念美術館に他の7点とともに展示されていると言います。

  1958年、すでに作家としての地位を築いていたロスコの元にひとつのオファーがなされます。それは、マンハッタンに新築されるシーグラムビル内に新たに開業するレストラン「フォーシーズン」に飾る絵画の制作依頼でした。このレストランは、最高級の料理と優れた現代アートを共に味わうとのコンセプトのもとに企画されました。

  兼ねてから、他の作家と同じ空間で自らの絵画が展示されることを嫌っていたロスコは、レストランの部屋が自らの絵画のみで飾られるとの申し出に、このオファーを引き受けたのです。ロスコの絵画は、まさに壁画のような大きさで、30点が制作されたそうです。しかし、この内相的で幻想的な作品群は、レストランに飾られることはありませんでした。なぜなら、絵を飾る前に完成したシーグラムビルのレストランを訪れたロスコが、そのレストランの雰囲気に幻滅してしまったからでした。ロスコは、レストランに飾る契約を破棄してしまったのです。

  行き場を失った「シーグラム壁画」ですが、その作品は何天下に分散されて美術館へと収められました。ロンドンのテート美術館にある9点とともに、DIC川村記念美術館には、7点が展示されているそうです。その7点は、「ロスコ・ルーム」にロスコの希望を叶える形で、一つの部屋にロスコの絵画のみが展示される環境で味わうことが出来るのです。

  この本を読むと、こうした現代のアヴァンギャルドな絵画も一度じっくりと鑑賞してみたくなります。他の名作と同様に、実際に描かれた絵画を実体験すれば、その迫力と魅力に感動するに違いありません。

  先日、本屋さんに行くと本棚に先日ご紹介した「モネのあしあと」と並んで新刊が置かれていました。その本の題名は「ゴッホのあしあと」。前回には、初めて見た日に購入せず、しばらく手に入れることが出来ませんでした。その教訓から、今回はすぐにカウンターに持っていき、手に入れました。読むことが、今から楽しみです。

  マハさんの絵画本。その小説にも感動しますが、エッセイに込められた氏の絵画に対する想いと感性も味わいが深く、実際に絵画を見て感じた感動が胸に蘇ってくる気持ちがします。

  今回の26枚の最後を飾る絵画は、東山魁夷の「道」です。東山魁夷と言えば、氏の小説「生きるぼくら」で重要なモチーフとなっていた幻想的な絵画「緑輝く」が思い出されます。湖畔に映し出される緑の森と白馬。この本の最後を飾るのは、その東山魁夷の名作「道」です。

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(東山魁夷「道」)

  そこには、マハさんが若き日にこの絵に感じたパワーが描かれています。その想いは、ぜひこの本で味わってください。マハさんの原点を感じられること間違いなしです。

  本当に素晴らし絵画を知ることは、人生を豊かにしてくれます。


 いよいよ紫陽花の季節に突入しましたが、梅雨は気圧の変化に体が反応してしまう季節でもあります。皆さん、くれぐれも無理をせずご自愛ください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2018年05月30日

「グレイテスト・ショーマン」は何故ヒットしたか

こんばんは。

  もうすぐ5月も終わり。今年のゴールデンウィークは、5月の1日と2日が休みになれば9日間という大型連休となりましたが、アッという間に終わりました。。皆さんは、どのようにお過ごしでしたでしょうか。

  例年、この期間はどこにいってもお値段は高く、さらに交通機関も満員、高速道路は大渋滞、さらには行楽地も人であふれかえっており、疲れに行くようなものとなります。両親や子供へのサービスが必要であればともかく、夫婦二人であれば、この期間ははずして楽しむ方が得策です。

  ということで、今年のゴールデンウィークも近場で美術館に行ったり、映画に行ったり、アウトレットで買い物したりと、まったりと過ごしました。

  映画と言えば、今年もアカデミー賞が映画界の話題の中心となりました。

  作品賞と監督賞は、言葉を話すことが出来ない女性と異形の生き物の交流を描いた「シャエイプス・オブ・ウォーター」が受賞。みごと監督賞を受賞したギレルモ・デル・トロ監督は、特撮映画やロボットアニメの大ファンで、尊敬する人物は、円谷英二と押井守だと言います。そうした意味では、この映画で異形の怪物を主人公にしたこともうなずけると思います。映画としては、ちょっと敷居が高いと感じるのは、私だけでしょうか。

  この映画と受賞を争ったのは、「スリー・ビルボード」。この映画は、アメリカのとある小さな村で娘を殺された母親が、犯人を捕まえられない警官に対して大きな広告看板にそれを非難する言葉を掲げて戦う、という内容の物語です。社会と人間を描いたオーソドックな映画ですが、この映画は、主演女優賞と助演男優賞を受賞しました。

  もう一つの目玉である主演男優賞は、「ウィンストン・チャーチル/ヒットラーから世界を救った男」で、ウィンストン・チャーチルを演じたゲイリー・ゴールドマンが受賞しました。彼は、ハリー・ポッターシリーズで、ハリーを守るシリウス・ブラック役を演じており、我々にはおなじみのイケメン俳優です。その徹底した役作りは有名で、今回もチャ−チルそのものになりきった演技が評価されての受賞でした。

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(映画「ウィンストン・チャーチル」ポスター)

  この作品では、ゲーリーをチャーチルにするために特殊メイキャップが使われました。そのみごとな特殊メイキャップを担当したのは、辻一弘さんでした。映画界では、彼のメイキャップ技術は、つとに有名で、トミー・リー・ジョーンズとウィル・スミスの主演で大ヒットした「メン・イン・ブラック」や「猿の惑星」のメイキャップにも携わっていました。主演のゲーリーは、辻さんに「あなたが受けなければ、私はこの作品には出ない。」とまで語ってくどいたそうです。彼は、この仕事でみごとにアカデミー賞のメイクアップ&ヘアメイク賞を受賞しています。

  日本人の受賞は嬉しいですね。

  ところで、今回のアカデミー賞でまったくと言っていいほど取り上げられなかったミュージカル映画があります。昨年のアカデミー賞では、ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」が大きな話題となり、ノミネート作品の中で、監督賞・主演女優賞をはじめとして6部門で受賞しました。同じミュージカルでもこれほどに取り扱いが異なる映画も不思議です。

  その映画は、今年の218日に公開されるや大ヒットを記録し、未だにロングランを続けています。もうすぐDVDが発売されるというのに、このロングランには驚きです。その映画とは、「グレイテスト・ショーマン」。

  ゴールデンウィークの最中、連れ合いとこの映画を見に行きました。楽曲も役者も脚本も素晴らしく、本当に面白く感動しました。

【ミュージカル映画の魅力】

  ミュージカル映画は、これまでブロードウェイで劇場版として演技されていたものが、映画として制作されるケースが多くあります。不朽の名作と言われる「ウェストサイド・ストーリー」、「サウンド・オブ・ミュージック」、「マイ・フェア・レディ」のいずれもブロードウェイにてミュージカルとしてヒットしたミュージカル劇を映画化したものでした。最近でも、「シカゴ」や「マンマ・ミーヤ」、「ドリーム・ガールズ」など数々のミュージカルが映画化されて、我々に感動を与えてくれました。

  今回ご紹介する「グレイテスト・ショウマン」は、昨年話題となった「ラ・ラ・ランド」と同じく、最初から映画として作成されたミュージカルです。

(映画情報)

・作品名:「グレイテスト・ショウマン」(2017年米・105分)

(原題:「The Greatest Showman」)

・スタッフ  監督:マイケル・グレイシー

       脚本:ジェニー・ビックス他

・キャスト  PT・バーナム:ヒュー・ジャックマン

      チャリティ・バーナム:ミシェル・ウィリアムス

      フィリップ・カーライル:ザック・エフロン

      ジェニー・リンド:レベッカ・ファーガソン

      アン・ウィーラー:ゼンデイア

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(映画「グレイテスト・ショーマン」ポスター)

  ミュージカルでは、観客が一緒に口ずさむことが出来るキャッチーな楽曲が不可欠です。この映画でも、「ラ・ラ・ランド」でも楽曲を担当したベンジ・バセック&ジャスティン・ポールが観客を魅了する音楽を聞かせてくれます。

  オープニングで心を躍らせる主題歌「ザ・グレイテスト・ショー」は、足踏みをリズム化した2拍子が衝撃的なパワーある楽曲。また、唯一アカデミー賞にノミネートされた「ディス・イズ・ミー」は、ストーリーの重要なターニングポイントで唄われるキャッチーな楽曲です。

  この映画では、興行師バーナムのパートナー、カーラエルとして登場するザック・エフロンが空中ブランコを演ずるアンと恋に落ちますが、二人の間には超えることのできない身分の差がありました。その叶わぬ恋が見事に歌われる「リライト・ザ・スターズ」も二人の恋心をみごとに表現した名曲です。

  ミュージカルでは、物語の展開と楽曲が不可分の一体となって進んでいくことで、音楽による感動と演じる人々の心情とが二重奏を奏でながら我々の心に迫ってくるのです。

  主演のヒュー・ジャックマンは、2000年にミュータントのSF映画「X−MEN」で腕から超合金の刃が飛び出す不死身の男、ウルヴァリン(ローガン)を演じて、日本でも一躍有名になりました。元々、舞台俳優であったヒュー・ジャックマンは、2004年にはブロードウェイミュージカル「ザ・ボーイ・フローム・オズ」で主役を演じ、みごとにトミー賞を受賞します。

  そして、2012年ミュージカル映画「レ・ミゼラブル」でジャン・バルジャン役を演じ、見事な歌唱でゴールデングローブ賞主演男優賞に輝きました。普通、ミュージカル映画は撮影時には歌を歌わずに、アフレコで歌を吹き込むのですが、「レ・ミゼラブル」では演じる俳優たちが歌を撮影現場で録音し、アフレコでは得られない臨場感を映画に吹き込むことに成功したのです。彼の歌唱力は本物だったのです。

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(「グレイテスト・ショーマン」サウンドトラック)

【ミュージカル映画の傑作】

  この映画を見に行こうと思ったきっかけは、ヒュー・ジャックマンをこよなく愛する娘が、この映画を見に行って、我々に「ぜひ見に行ってほしい映画」、「『ラ・ラ・ランド』もよかったけれど、こちらの方が感動した。」と絶賛したことでした。娘は、音響効果がより楽しめるIMAXで見ることを勧めてくれたのですが、残念ながらそれには間に合いませんでした。

  しかし、実際に見に行って、わが娘の言葉がその通りであることを実感しました。楽曲の良さと歌唱の素晴らしさ、そして、ミュージカルらしいテンポの良さ、わかり易いストーリー。どれをとっても楽しめる、面白く感動的なミュージカルでした。

  ところで、この映画を見に行ったのには、もう一つ理由がありました。

  それは、以前にもご紹介したTBSの「王様のブランチ」の映画コーナーの紹介です。それは、この映画の主題歌ともいえる「ディス・イズ・ミー」を謳うこの映画のワーク・ショップの光景でした。この歌を歌うのは、ゴスペル的な歌唱力を持つ大柄な女性キアラ・セトルですが、リハーサルのときヒュー・ジャックマンは体調が悪く、医者から唄うことを止められていました。しかし、キアラがこの歌を歌い始めるとそのあまりにも素晴らしい歌唱に、ヒュー・ジャックマンもその歌唱に涙を浮かべ、我慢できなくなり一緒に歌いだしてしまうのです。

  そこにいた出演者の全員が心から感動して、楽しそうに「ディス・イズ・ミー」を歌う姿を見て、きっとこの作品は素晴らしいできになるに違いないと感じられたのです。

  我々と同じ世代の方は、興行師バーナムの名前を聞いてアカデミー賞を受賞した1952年の映画「地上最大のショウ」を思い出す人がいるかもしれません。実際にバーナムは、山師的な興行師で、小さな人や大男、インディアンやひげ女、入れ墨男や空中ブランコを見世物にして人を集めることを目的にショウを主催したのです。

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(映画「地上最大のショウ」ポスター)

  バーナムは、あらゆる手段を駆使して広告宣伝に努め、映画の題名となった「地上最大のショウ」とのフレーズもバーナムが自らのサーカスを宣伝するために使ったキャッチフレーズだったのです。バーナムは、家族への愛情と万人の楽しみのために、常に前を向いて進む何事にも負けない信念の男として描かれており、どんな困難にも下を向くことなく立ち向かっていきます。

  そのバーナムを支えていく愛情あふれる家族とバーナムから生きる場所と情熱を教えられた異形の人々の心。素晴らしい音楽とテンポの良い脚本によって、この映画は躍動と感動を我々にもたらしてくれ、生きる勇気を教えてくれるのです。

  この映画を見て、今年のアカデミー賞でなぜこの映画が無視されたのかが不思議に思えました。

  この映画では、「ディス・イズ・ミー」に象徴されるように、異形の人たちが自らのアイデンティティーを認識し、バーナムを当時としては先駆的であった差別の心を持たない多様性を重んじる興行師のように描かれています。

  特に成功の果てに、契約のキャンセルや火災によってすべてを失ったバーナムが一人パブでやけ酒を飲んでいるシーンが印象的です。行き場を失った異形の人々は、焼け跡で途方に暮れています。打ち沈んだ面々から誰ともなく、この興業に出演するようになってから、日陰者からみずからの存在する場所が見つかったのはここだ、との意見が出てきます。

  その場所を再興しようと思い描いた彼らは、全員でバーナムが一人たそがれているパブに乗り込みます。そこで全員が繰り広げるパフォーマンスは、この映画のクライマックスとなります。

  このシーンはまさに感動的なのですが、冷静に考えるとこの映画の舞台となったのは、1850年代のアメリカです。ご存知の通り南北戦争の終結によって奴隷が解放されるのは1865年です。アメリカでの黒人差別は著しく、この映画のように異形の人々の人権を認めたとはとうてい考えられません。

  アメリカの人々にとって、差別や抑圧は何百年にもわたる負の遺産です。PT・バーナムは興行師としては偉大な功績を残しましたが、この映画が語るように家族愛に富み、人の多様性を重んじた人道的で、フラットな人物であったかは疑問です。

  この映画が生みだした感動とPT・バーナムの実像にはかなりのかい離があるのではないのか?もしかすると、そのあたりにこの映画がアカデミー賞から無視された理由があるのかもしれません。


  そのことは別にして、この映画は間違いなくミュージカル映画の傑作です。皆さんも、ぜひこの映画でカッコイイ、ヒュー・ジャックマンに感動してください。明日への元気が湧き出してくること間違いなしです。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


📖今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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