2017年02月19日

アリス・ロバーツ 人類20万年の旅路2


こんばんは。


  前回に引き続いて、人類を遡る驚きの旅路、ノンフィクション本の紹介です。


「人類20万年 遥かなる旅路」(アリス・ロバーツ著 野中香方子訳 文春文庫 2016年)


  この本は2009年から放映されたBBC(英国放送協会)の番組「The Incredible Human journey」の取材のために企画された旅に基づいた著作です。2013NHKでもEテレで「地球ドラマティック」として、放映されました。(だいぶん編集されており、しかも3作のみの放映で、あまり評判は良くなかったようですが・・・)


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(特集番組のDVD BBCHPより)


  これまで、我々ホモ・サピエンスは北京原人やジャワ原人、ネアンデルタール人などの旧人類から進化したとの多地域進化説が人類学者たちの定説でした。しかし、遺伝子技術の発展により、ミトコンドリアDNAを追うことによって、我々ホモ・サピエンスがアフリカの一人のホモ・サピエンスから生まれたことが分かりました。


  現在いる72億人の人類は、一人のイブから生まれた人属の中で唯一生き残った種だったのです。「人類は皆兄弟」という笹川さんの言葉は、理想ではなく科学的真実だったのです。


  アフリカで生まれた人類は、どのようにして出アフリカを果たして世界中へと広がっていったのでしょうか。


【インドからオーストラリアへ】


  科学とは、仮説をたて、実験や証拠の提示などにより、その仮説が真実であることを実証するプロセスと概念を言います。ロバーツ博士の人類拡散の旅は、「科学」そのものです。実際にホモ・サピエンスが出アフリカを果たし、すべての大陸へと拡散したとの仮説を真実とするためには、実験と証拠が必要となります。


  アフリカからユーラシア大陸に向かった我々の祖先は、二つのルートを取ったと言われています。それは、アラビア半島の北側からイスラエルに抜けるルートとアラビア半島の南側の海岸寄りを抜けてインドへとつながるルートです。


  出アフリカが7万年から6万数千年前に成されたと考えられる理由は、イスラエルのスフール遺跡から出土したホモ・サピエンスの化石の年代測定によってほぼ定説となっています。しかし、インドから先の東南アジアでは、科学的証拠となる化石が発掘されていません。そこで発掘される考古学的な証拠は、ホモ・サピエンスが加工したと推定される石器類なのです。


  考古学での研究では、過去の気象を知ることが真実を突き止めるために欠くべからざる要件となっています。現在、海底コアの採取(細い管を何百mもの海底に突き刺して、過去の地質を採取します)により、数万年の単位で地球の気象のシミュレーションが可能となっています。


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(オーストラリアの遺跡で発掘された頭蓋骨 BBCHPより)


  ホモ・サピエンスがインドから海沿いをオーストラリアに向かって移動したのは、遺伝子情報では65千年も前とされます。しかし、現在見つかっている最古の遺跡は45千年前のものです。そのギャップを埋めるには、ミッションリングの発見が必要不可欠です。


  65千年前には、気候が冷えて水分は多く凍っていたために、海岸線は今よりもずっと先にありました。そのため、当時の洞窟や住居跡は、現在、海底130mに沈んでいるというのです。今後、海底の遺跡が発掘されれば、ホモ・サピエンス拡散の足跡が証明されるかもしれません。


  ホモ・サピエンスはどうやって海上を移動したのか。その当時、海は今よりもずっと狭く、インドからオーストラリアへの海域も今よりも、舟での移動が容易ではなかったのか?こうした仮説に基づいてロバーツ博士は当時のいかだを再現して、実際にオーストラリアへ海上での移動を試みます。


  そういえば、日本の国立科学博物館でも3万年前に日本人が海を渡って日本列島にやってきた、との仮説を実証するために「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」を企画しました。昨年末、プロジェクトでは、第一回の検証として古代に制作が可能であった草舟による航海を試みています。


  この日、与那国島に自生しているヒメガマという草で編んだ舟に7人が乗り、二艘の船でまずは与那国島から西表島への航海にチャレンジしました。人力で櫂によって漕ぎながらの渡航を行う計画。はじめのうちは順調でしたが、難敵は黒潮でした。舟は海流という大きな自然の力に阻まれて、残念ながら航路を大きく逸脱し途中で中止を余儀なくされたのです。


  一方、ロバート博士は10時間25分をかけて海を渡り、オーストリア大陸側の島へとたどり着きます。この長い旅の間、ホモ・サピエンス「単一起源説」を唱えるロバーツ博士は、「多地域進化説」をとなえる考古学者といかだの上で顔を突き合わせることになります。


  オーストラリアでは、45千年前の遺跡や古代人が描いた岩絵のギャラリーへと飛行機を使って向かいます。オーストラリアは、もともとアボリジニの国でした。現在の彼らが描く絵と古代の岩絵の共通点はワンダーを生み出します。


【北京原人は中国人の祖先か?】

  第三章で、ロバーツ博士は出アフリカの第2のルートを追って、ユーラシア大陸を東北に向かいます。たどり着いたのは、人間が住む北限に近いシベリアです。博士は、この地でも狩猟時代のホモ・サピエンスを体験します。トナカイの遊牧によって暮らすエヴェンキ族の暮らしは過酷です。冬には気温がマイナス50℃にもなる世界。ここでのトナカイは、まさに神からの贈り物なのです。


  最北の果てで遊牧民族の実態と4万年前のホモ・サピエンスの足跡をたどった博士は、いよいよ中国へと足を踏み入れます。中国では、1921年に周口店の森林で20万年前ともいわれる北京原人の化石が発見されました。それ以来、この国の考古学者たちは北京原人を中国人の祖先と考えています。


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(中国の稲作を体験するロバーツ博士 BBCHPより)


  博士は、中国の考古学者であり、多地域進化説を唱える呉(ウー)博士と共に北京原人の化石を調べに北京の国立学術館へと足を運びます。20万年以上昔のホモ・エレクトスの化石にロバート氏は心から感動します。しかし、その科学的検証の姿勢はあくまでも客観的です。解剖学者として、古生物病理学者として、ホモ・サピエンスの頭蓋とホモ・エレクトスの頭蓋の比較論を精緻に繰り広げていきます。(やはり、博士は「単一起源説」論者でした。)


  次に訪れる桂林の遺跡では、石器による検証が行われます。東アジアで発掘される石器は、ホモ・サピエンスのものでもヨーロッパに比べて発展が停滞していることがわかっています。通常、ホモ・サピエンスの石器は原人の石器よりも創意工夫が優れており、道具としてより精緻に加工されていきます。ところが、東アジアの石器はホモ・サピエンス時代の石器として、原人の石器とあまり変わらないのです。


  中国の多地域進化説では、この石器の未進化こそがホモ・エレクトスが現代人に進化した有力な証拠であるといいます。それは、ホモ・サピエンスが拡散して東アジアに入ってきたのであれば、石器も進化するはずであり、ホモ・サピエンスは東アジアに入ってきていない証拠だというわけです。この説にロバーツ博士は実際に石器の進化がなぜ起きなかったのかを検証していきます。その見事な実証は、ぜひこの本でお楽しみください。(石器に代わるものとは、あの植物です。)


  上海におけるY染色体を利用した遺伝子科学による中国人の祖先検証も読みごたえ抜群です。


【ヨーロッパのホモ・サピエンス】


  意外なことにヨーロッパに我々ホモ・サピエンスが到達したのは東アジアなどに比べて遅かったといいます。出アフリカが10万年前から6万年前の時代に成されていたにもかかわらず、ヨーロッパに到達したのは約4万年前だそうです。そこには、地理的な条件に加えて氷河期や氷間期を含めた気候的な要素が大きいようです。


  博士は、ルーマニアで4万年前の頭蓋骨化石が発見された洞窟を訪れます。しかし、この洞窟は水浸しの細長い通路をはるかにとおり、上り坂を上がっていった地上近くの地底の水たまりまで続いています。博士は、かつてここを発掘した科学者たちと共に果敢に挑戦しますが、そこは首まで水につかる地底の池を越えていかなければなりません。何度も首まで水につかりながら進みますが、最後にはあまりに深い池に阻まれて、発掘現場までには到達できません。


  博士は、その洞窟での探検を切り上げて、その洞窟で見つかった化石を保管する研究所に向かい、実物を自分の目で確かめます。4万年前のホモ・サピエンスの頭蓋とホモ・エレクトス(旧人)であるネアンデルタール人の頭蓋の違いは何か。実は、我々ホモ・サピエンスより以前にヨーロッパにはネアンデルタール人がヨーロッパに渡っていたのです。


  ネアンデルタール人は、ヨーロッパにおいては先住民でしたが、3万年前には絶滅したといわれています。ここでの学説上の論点は、ネアンデルタール人はなぜ絶滅したのか。また、我々とネアンデルタール人は交流があったのか。交流があったならば、果たして混血があったのか。


  我々ホモ・サピエンスは「アフリカのイブ」から生まれ出た単一の人属ですが、もしも混血があったのであれば我々にもネアンデルタール人の血が受け継がれているのかもしれません。


  ヨーロッパにおける人類拡散の謎を巡る旅は、ますますその謎を深めて続いていくのです。


【人類最後の到達地 アメリカ】


  ロバーツ博士は、いよいよ最後に我々ホモ・サピエンスが足を踏み入れたアメリカ大陸へと上陸します。アメリカ大陸は、ヨーロッパから見れば15世紀に新大陸として発見されたわけですが、2万年以上も前にベーリング海峡を渡ったホモ・サピエンスにとって、その発見は単なる侵略と征服以外の何物でもありませんでした。


  博士は、まずカナダでの古代の遺跡を探索しますが、ここでもアメリカの先住民族との触れ合いを忘れません。インディアンといえば、西部劇にも出てくる円錐形のテントがおなじみですが、ロバート博士はシベリアでの旅で過ごしたエヴェンキ族のテントとそれが驚くほど似ていることに大きな興味を抱きます。


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(アメリカの先住民の長と語る BBCHPより)


  果たして、アメリカ大陸への最後の拡散は、どの時代にどのルートから行われたのか。焦点は、古代の気象による検証に至ります。ホモ・サピエンスがアラスカへと渡ったと推定される2万年前、この地域は広く大きな氷に包まれていました。現在のベーリング海峡は、海岸線の後退により大きな陸続きとなっており、ベーリング陸橋(ベーリンジア)と呼ばれています。


  さらに北アメリカ大陸は、ほとんど氷で覆われておりロッキー山脈を挟んで西側のコルティレラ氷床と東側のローレンタイド氷床に覆われていたのです。ホモ・サピエンスはどうやって氷床で阻まれたアメリカ大陸を南へと移動できたのでしょうか?


  博士は、北アフリカの遺跡を巡り、その足跡を数々の化石や石器から検証していきます。そこで、カギを握ったのは、なんと植物の種の化石だったのです。


  そして、最後に博士はブラジル、そしてチリへと旅立ちます。酷寒の地から灼熱の地へ、そしてまた酷寒の地へ。そこで出会ったのは、モンゴロイドとは似ても似つかないホモ・サピエンスの頭蓋骨です。ホモ・サピエンスはシベリアから渡ってきた一派だけではなかったのか、謎が深まります。


  さらにチリのアメリカ大陸最古といわれる遺跡で、博士はアメリカ大陸で最古の文化と呼ばれる「クロヴィス文化」よりも古いホモ・サピエンスの「文化」と出会うことになるのです。



  アリス・ロバーツ博士とともにたどる人類遥かなる旅。本当にワンダーの連続でした。サイエンス本の面白さにひとつは、最新の研究を踏まえて、さらなる発見を追っていくことです。この本で語られる「ホモ・エレクトスであるネアンデルタール人と我々ホモ・サピエンスの交配はほとんど行われていなかった。」


  この説の最新説には注目です。


  この本は、本当に読み応えのあるサイエンス・ノンフィクションでしたが、科学の醍醐味に数々のワンダーを感じる面白い本でした。みなさんもぜひ、この実践と検証の旅をお楽しみください。我々ホモ・サピエンスの未来に勇気がわいてくること、間違いなしです。


  季節は極寒と暖かさが繰り返す不安定な時期となりました。インフルエンザと花粉に警戒が必要です。くれぐれもご自愛ください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年02月12日

アリス・ロバーツ 人類20万年の旅路1


こんばんは。


  今、この地球と呼ばれる星には、72億人の人間が生きており、毎日増え続けています。


  昔、地理の授業で世界の人口の話をしている時には40億人とか50億人とかと聞いていましたが、世界のどこかでいつもヒトが増え続けているという事実には驚きます。


  世界の人口ランキングというものも存在しており、2015年現在で第1位はご存じ中国の137千万人。第2位は、インドの129千万人。3位以下は、いきなりケタが減ってアメリカの32千万人となっています。


  以下、4位はインドネシアの25千万人。5位はブラジルの2億人。ちなみに日本は10位で126百万人。9位はロシアの143百万人となっています。統計資料によれば、世界の人口は、1分間に137人、1日で20万人、1年で7千万人増えているそうです。


  もちろん、人口の増加はプラス面とマイナス面があり、世界経済を見渡せば人口の多い国において、ヒット商品が出回ればそれを販売している企業は巨万の富を手に入れることができます。一方、地球の資源には限りがあり、エネルギー、食糧が足りなくなれば人類の未来は暗いものとなります。二酸化炭素が増加することによりオゾンホールが破壊され、地球の温度が一気にあがることで生命体に危機が訪れることもあり得ます。


  この地球上には、数限りない生命が息づいていますが、人間は間違いなくこの星のうえでは最強の生物となっています。いったい我々人は、どのような歴史を経てこれだけの繁栄を謳歌することになったのでしょうか。人間と一言で言っても、人種や民族による差別の問題は、いまだに各国に蔓延しています。先日もアメリカ大統領に就任したトランプ氏は、7か国の人々をアメリカに入国禁止とする大統領令を発し、世界中に物議を醸しだしました。


  今週は、こんな我々がどんな歴史をたどって現代に至っているのか、人類発祥からの歴史を旅したノンフィクションを読んでいました。


「人類20万年 遥かなる旅路」(アリス・ロバーツ著 野中香方子訳 文春文庫 2016年)


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(「・・・遥かなる旅路」文春文庫 amazon.co.jpより)


【我々の祖先を遡る】


  ところで、以前に分子生物学の本で、DNAによる遺伝子解析を利用して、人間のさまざまな謎に迫る本をご紹介しました。その中では、現在の我々ホモ・サピエンスのDNAを調べることで、人類のルーツを探ることができることが記されていました。


  我々の細胞の中には、ミトコンドリアが存在しています。通常、遺伝子を形作るDNAは、世代が変わると遡ることができなくなります。しかし、ミトコンドリアの中にあるDNAは、母親から子供に変容することなく受け継がれていきます。つまり、このミトコンドリアDNAを追っていけば、その人間の母方の系列を遡っていくことができるというのです。


  さらに、父方の家系については、男の性を決定するY染色体の系列を調べることで、やはり世代をさかのぼっていくことが可能となっています。


  これまで、ホモ・サピエンス(我々、現人類)に繋がる化石は様々な場所で見つかっています。北京原人やピテカントロプス・エレクトス(ジャワ原人)、ネアンデルタール人などが有名ですが、こうした人属の旧人や原人たちのどれかがホモ・サピエンスの祖先ではないか。中国などでは、北京原人こそが中国人の祖先であるとして、中国人の純血性を強く主張しています。


  しかし、現代人のたくさんのサンプルからミトコンドリアDNAをたどっていった結果、驚くべきことが発見されました。それは、ホモ・サピエンスはこれまで見つかったすべての旧人、原人とは異なり、たった一人の母親から生まれ出て繁殖したとの説です。その母親は、アフリカ出身であり、人が生まれた神話「アダムとイブ」をイメージして、「アフリカのイブ」と呼ばれました。


  つまり、現在、世界の大陸のすべてに生息する72億人のホモ・サピエンスは、20万年前にアフリカに生まれた一人のイブから始まっているということです。そして、どこかの時点でアフリカを脱出したホモ・サピエンスはユーラシア、中央アジア、オーストラリア、ヨーロッパ、シベリア、アメリカ大陸へと広がっていったのです。


  果たして、アフリカで生まれたホモ・サピエンスは、いつの時代にどのルートを通って世界中に散らばっていったのでしょう。


  この本は、その謎を解くために、すべての大陸を旅したノンフィクションなのです。


【なぞに挑む科学者たち】


  この本の著者、アリス・ロバーツ氏は1973年イギリス生まれの医師であり解剖学者。古生物病理学の博士号を持ち、バーミンガム大学の教授を務めています。氏は、科学ドキュメンタリーの世界ではBBCの番組でナビゲーターを務めています。この本は、そのBBCのテレビ番組の作成のために行った世界を股にかけての取材旅行が元となっています。その番組の題名は、「The Incredible Human Journey」(驚くべき人類の旅)。日本では、2013NHKEテレ「地球ドラマティック」で放送されました。


  アリス・ロバーツ氏は、若く美貌の女性科学者であり、文芸春秋社の紹介文でも、「英国の美人人類学者が出アフリカから南米到達までを踏査する。」と記されています。この本のサイトやBBCのサイトでは、氏の写真が紹介されていますが、確かに綺麗です。


  この本は、人類のすべての世界大陸への人類拡散の謎を追っていくドキュメンタリーです。その科学者としてのアプローチに容姿は関係ありません。インターネットでは、「美人人類学者」との文春のコピーにたくさんの人が反応して、「美人は関係なーい。」と批判しています。


  まあ、確かに容姿は関係ないし、美人か否かは見る人の感性によって異なるので、わざわざ本の紹介に乗せる必要がないのですが、このコピーを見て興味をそそられる男女も少なくはないと思います。出版社としては一人でも多くの人に興味を持ってもらうためには必要なことで、目くじらを立てても仕方がないのではと思います。


  しかし、この本はそんな喧噪とは全く関係のない、純粋なサイエンス・ノンフィクション作品です。


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(ナビゲーター ロバーツ博士 イギリスBBCサイトより)


(目次)

序文

第一章 すべての始まり アフリカ

第二章 先祖の足跡 インドからオーストラリアへ

第三章 遊牧から稲作へ 北アジア・東アジア

第四章 未開の地での改革 ヨーロッパ

第五章 そして新世界へ アメリカ

旅の終わりに


  博士は、自らも古生物病理学者ではありますが、この旅ではナビゲーターに徹しています。その旅は、ホモ・サピエンスがいつアフリカで誕生し、いつ、どのルートを経て世界中に拡散してったのか、を科学的に探求していきます。それぞれの大陸で訪れるのは、現代に残る最も古い種族であり、はたまた古代のホモ・サピエンスの化石が発見された洞窟や住居跡、さらには海を渡ったと聞けば古代の舟までに及びます。


  そして、訪れる各地で博士を迎えてくれるのは、その地で真摯に古代人類学を研究する研究者たちです。彼らは、考古学者であり、古代人類学者であり、古代遺伝子学者です。すべてが権威のある科学誌「ネイチャー」に新発見の論文が掲載されるような、現在の知の権威たちです。そこでのやり取りは、ホモ・サピエンスの歴史に対する最先端の知見です。


  アリス・ロバーツ氏の素晴らしいところは、現地住民たちやまったく異なる説を唱える科学者たちの言葉をフラットによく聞いて、その道理を認めていく姿勢です。


  今や遺伝子科学におけるDNA研究は、ホモ・サピエンスの遺伝的事実をつきとめているものとほとんどの科学者から認められています。しかし、古代人類学に関して偉大な発見をした科学者でも「多地域進化説(または地域連続説)」を主張する一派が存在します。それは、「アフリカのイブ」説である「アフリカ単一起源説」と真っ向から反対する説です。


  氏は、各大陸への旅の中で、様々に旧人類を研究する科学者たちにその研究について質問を投げかけますが、その答えを真摯に受け止めようと努力しています。それは、相手が真剣に研究した労苦を根拠にして唱えた説である限り、その人に対する畏敬を込めていることの証ではないかと思います。


  この本が常に明るい先見性に満ちているのは、氏のそうした姿勢が全編に貫かれていることが大きな要素になっているのだと思います。


【アフリカそして出アフリカ】


  序文にて、ホモ・サピエンスの基本的な知識と、この本で探求される技法(考古学、化石、石器、年代測定、遺伝子研究)を紹介したのち、博士はいよいよホモ・サピエンス発祥の地、アフリカ、ナミビアのンホマの地に降り立ちます。


  そこでは、ホモ・サピエンスとしてもっとも古代の姿を現代に残していると考えられているブッシュマン(サン族)の元を訪れます。ここで、博士は古代ホモ・サピエンスがどんな言語でコミュニケーションを行っていたのかに大きな興味を寄せます。また、ホモ・サピエンスが直立歩行した後にアキレス腱や尻の筋肉を進化させてきたわけを考察していきます。


  そして、ケープタウンにて遺伝子学における「アフリカのイブ」のワンダーに触れたのち、いよいよ最も古いホモ・サピエンスの化石と石器を調査する旅へと向かいます。それはエチオピアのオモ川下流の断層。そこは、195000年前と測定されたホモ・サピエンス最古の化石が発掘された場所なのです。


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(ホモ・サピエンスとネアンデルタール人(右)の違い wikipedeiより)


  さらに氏はホモ・サピエンス最古の歴史を追って、20万年前のホモ・サピエンスが加工したと思われる石器の発掘現場である南アフリカへと向かいます。化石と聞くとあたかも地層がむき出しになっていればそこに簡単に発見できると想像しがちですが、数十万年間、骨や遺体が石化して残るためには、奇跡的な条件が整わなければなりません。


  氏は、その奇跡が発見された場所を実際に訪れて発見と研究の現場を検証していくのです。


  第一章のクライマックスは、出アフリカの軌跡です。アフリカで生まれたホモ・サピエンスはいったいいつ頃に、どのルートをたどってアフリカを出て、世界へと拡散していったのか。氏は、出アフリカの最前線であるイスラエルのスフールの遺跡へと足を進めます。ロマンあふれる数万年も前のホモ・サピエンスの出アフリカ。


  そのワンダーは、皆さんもぜひこの本で味わってください。


  あまりに本が面白いので、アッという間に紙面が尽きてしましました。この後の美人科学者の活躍は、引き続いて次回お送りします。本当に科学はワンダーですね。


  季節の上では春を迎えましたが、梅は咲いても桜はまだまだ待ち遠しい季節です。特に日本海側では大雪と強風で大荒れの天気が続いています。皆さん、くれぐれもお大事にご自愛ください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年02月05日

渡邉義浩 三国志は「呉」から語られる


こんばんは。


  先日、いつものとおり本屋さんの棚をなにげなく見ていると、「呉」と「三国志」との表題が目に飛び込んできました。そういえば、しばらく「三国志」の世界を忘れていたなあ、と著者を見ると、以前にも読んだ「三国志学会事務局長」の肩書を持つ渡邉さんの本ではありませんか。


  今回の本は、青春新書からの発売。このシリーズはビジュアルをふんだんに使い、わかり易いので、複雑な三国志のストーリーを俯瞰するにはもってこい。すぐに買い求めました。


「呉から明かされたもうひとつの三国志」(渡邉義浩著 青春新書 2016年)


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(「もう一つの三国志」amazon.co.jpより)


【「三国志」の時代とは】

 中国の歴史は、秦の始皇帝が中国を統一し、その後項羽と劉邦の争いにより、漢が成立したところが一つのポイントとなります。中国は、「天子」と「徳」が歴史を紡いできましたが、紀元0年を境に前後で成立した漢。その後漢も2世紀末には最期を迎えます。幼い「天子」を擁立した宦官と摂政たちが権力争いを繰り広げ、政治は機能しなくなります。


  184年。ついに「太平道」を唱える集団が朝廷に反旗を翻します。「太平道」の信者は、中国全土に及んでおり、教祖である張角をリーダーとした「太平道」の反乱は全土に広がりました。この反乱の鎮圧には、その後三国志に登場する覇権を争う登場人物がすべて登場することになるのです。この反乱は、黄巾の乱と呼ばれています。この混乱に乗じて首都洛陽を占拠したのは、軍閥の親玉である董卓でした。


  後漢はこの後も存続しますが、乱世の時代に後漢乗っ取りを目指したのは、宦官を支配した何進。何進が宦官に殺害された後には、豪族の袁術、袁紹兄弟が覇権を争うことになります。189年からの数年は、董卓とその養子呂布、袁紹、袁術が戦いを繰り広げ、まさに乱世が続きます。


  その中で、台頭したのはその後に「魏」の皇帝となった曹操です。曹操は、董卓を殺害した呂布や袁術と対立しますが、彼らに勝利し着々と勢力を蓄え、200年に有名な官渡の戦いで袁紹を破って中原を制覇することになるのです。


  この間、「蜀」の皇帝となる劉備は一時曹操の配下にいましたが、曹操に反旗を翻したことで官渡の戦いの前に追放されています。一方、この年、孫家を拡大させてきた孫堅の息子、孫策が合戦中に受けた傷が悪化して亡くなり、弟の孫権がその跡を継いでいます。


  我々が「三国志」として思い浮かべるのは、中原から天下統一を目指した「魏」の曹操の活躍と、関羽や張飛と桃園の誓いで義兄弟となり、三顧の礼で諸葛孔明を軍師として迎えた「蜀」の劉備との闘いです。三国志の中で、「呉」が印象に残るのは、映画にもなった「赤壁の戦い」での孫権と周瑜の姿。「呉」は、「三国志」の中ではマイナーな感じがぬぐえません。


【「呉」から見る三国志】

  この本の面白さは、これまでの三国志演義では、曹操や劉備玄徳のわき役との印象が強い「呉」を中心に三国志を語るところにあります。


  「呉」は、三国の間では西南の地域(江東)を統治する国であり、中国文化の中心であった中原からは遠く離れた地域となります。しかし、この地域は戦国春秋時代には強国であった「楚」の支配地域であり、宮城谷昌光さんが最新作「湖底の城」で描いている呉越の戦いの舞台でもあります。春秋時代には、兵法の指南書と言われる「孫子」を表した孫武もこの地域の出身であり、小説にも登場しています。


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(「曹操」辻村寿三郎HPより)


  「呉」の国の礎となった孫堅は、自らを孫武の子孫と称していたといわれていますが、その出自は貧しかったようです。「呉」の国を興して初代皇帝についた孫権は、父孫堅が築いた勢力をその死後引き継いだ兄孫策の跡を継ぎ、その基盤の上に「呉」を打ち立てたのです。


  この本は、三国志を「呉」と孫氏から語っていくのです。


  265年、魏の宰相であった司馬炎は、魏の元帝から皇位の禅譲をうけて「晋」を打ち立てます。それに先立つ263年に魏の司馬昭は、蜀に軍を送り首都成都を陥落させ蜀は滅亡します。そして、280年、晋は大軍を擁して呉に攻め込み、ついに「呉」は滅亡します。ここに三国時代は終焉を迎えますが、三国の中で「呉」は最後まで生き残った国だったのです。


  「三国志」は、司馬氏が「晋」を建て三国が統一された以降に司馬氏に仕えた陳寿が編纂したと言われています。「三国志演義」は、明の時代に読み物として書かれたもので、我々がよく知る劉備玄徳、関羽、張飛の物語や諸葛孔明の逸話のほとんどは、フィクションとして作られた話だそうです。


  「三国志」は、司馬遷の「史記」にはじまる中国王朝の史書と呼ばれる記録であり、宮城谷さんの「三国志」はこの史書をもとに描かれた小説です。「三国志」には、「魏書」、「呉書」、「蜀書」という3つの国の物語をひとつの史書にまとまたものと言われています。この本の著者は、この中の「呉書」をひもとくことで、改めて「三国志」の世界を再構築しているところが大きな特徴です。


【孫氏の呉の国とは】

  史書「三国志」は全65巻で構成されています。その内訳は、「魏書」30巻、「蜀書」15巻。「呉書」20巻となっており、「呉書」は「晋」に皇帝の位を禅譲した「魏書」に次ぐ巻数を得ています。「呉書」の第1巻は、「呉」の前史として父親の孫堅、兄の孫策の業績が記されています。第2巻は、初代皇帝であった孫権の書。そして、第3巻では、孫権ののち皇帝となった孫亮、孫休、孫皓の記録が記されます。


  そして、残りの17巻には、皇帝の夫人をはじめとして、王族、さらには「呉国」にかかわった様々な人々の列伝が記されています。


  この本は、「呉書」の記載に基づき、そのエッセンスを年代記のように語っていくのです。


(目次)

序章 孫氏一族と呉国

第一章 孫堅、中原に雄飛す

第二章 孫策、江東を駆ける 

第三章 孫権、江南に覇を唱える 

第四章 「その後」の孫呉


  この本では、各章ごとに「呉国」の歴史にてポイントになった、年代を追った合戦をキーに「三国志」を彩った英傑の活躍が描かれます。しかも、すべての項(合戦)に図解が描かれており、その合戦の意味を解説してくれています。


  さらに、各項のコラムでは、「名将の逸話」と題して、その年代に関わる名将の逸話を語っており、歴史のトリビアを味わうことができます。


    さて、人が短い人生の間にことを成すとは、どうゆうことなのか。「呉国」の歴史から「三国志」を見た時に感じるのは、ことを成すときに人生の長さは関係ないという感慨です。


【孫堅、孫策父子が礎を築く】

  まったく無名で貧困にあえいでいた孫堅が世に出たのは、17歳のときでした。ある出来事で、その才覚が認められ、地方の尉(警察官)に任命されます。その後、20代の後半には、黄巾の乱制圧のために軍に加わり、目覚ましい成果を挙げることで、出世街道を歩みます。候となった孫堅は、袁術に認められ、軍団を率いて戦い続け、ついには董卓が支配する首都洛陽を落します。その後も袁術のもとで、領土拡大を続けていきますが、油断があったのでしょう。


  襄陽で劉表配下の黄祖に勝利した時、勝利を収めたその夜に一人で敵情を視察します。そこには、黄祖の部下が潜んでいました。孫堅は、そこで矢で射抜かれて亡くなります。そのとき、孫堅は37歳という若さでした。


  そのまま孫氏の名前が歴史から消えていても不思議ではありませんでした。しかし、孫堅の志は、息子の孫策へと引き継がれていきます。父孫堅が亡くなった時、孫策は17歳。それは奇しくも父が尉に任命された年と同じです。父孫堅が亡くなったことで孫堅軍団は解体し、袁術の軍に吸収されることになります。


  しかし、父のDNAを見事に引き継いだ孫策は、部隊を率いての戦いに実力を発揮して頭角を現します。そして、19歳の時には、袁術に乞うて父のもとにいた孫軍団を返してもらいます。そのときの軍団はたったの1,000名ですが、その中には父の時代からの優秀な人材が含まれていたのです。孫策は、袁術の部下として戦いに成果を挙げると同時に、さらなる人材の発掘に努めます。


  5,000人までに拡大した孫策軍。その中には、だれもが名前を知る張昭と周瑜という無二の才能を持つ英傑が含まれていました。195年、袁術のもとからの独立の機会を狙っていた孫策は、揚州をめぐって対立していた劉繇(りゅうよう)の討伐を自ら志願します。袁術は孫策の才覚を警戒していましたが、勝っても負けても損はしないと考え討伐を許可します。


  ここでも勇猛さと統率力を発揮した孫策は、みごとに劉繇を打ち破り、呉の基礎となる江東の制覇を成し遂げるのです。しかし、父のDNAは争えません。その後、制圧した江東地域を拠点に版図を拡大し、江南をも支配地としますが、そこに落とし穴がありました。


  200年。いよいよ曹操のいる許都を攻めようと計画しているときに刺客に襲われます。勇猛果敢な孫策は、その場で3人の刺客を葬りますが、一人が放った矢に顔を射抜かれて傷を負います。そして、その傷がもととなり孫策も26歳の若さで帰らぬ人となるのです。


  孫策は、死の床で自らの後継者に弟の孫権を指名します。そして、最も頼りにしていた周瑜と張昭を孫権の後見として、何事もこの2人に相談するよう遺言します。後を託された孫権は、このとき19歳という若さでした。孫権は、二人の補佐役の策をよく実現し、208年の赤壁の戦いでは、蜀の劉備玄徳と同盟し、軍師諸葛孔明とともに周瑜とその部下黄蓋の智謀により見事数十万人を擁する曹操を打ち破ったのです。


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(「孫権」辻村寿三郎HPより)


  そして、229年に孫権は呉の皇帝に即位し、3国が並立することとなるのです。


  孫権は、252年に亡くなりますが、この後三代の皇帝が後を継ぎ「呉」の国は続いていきます。


  この本では、孫氏による「呉」から三国志を描いていますが、孫氏の元には江東・江南を傘下に収め、支配するために多くの名将たちが集まっていました。この本では、そうした名将の活躍も見逃してはいません。「呉」の支柱と言われる張氏、陸氏、朱氏、顧氏など、様々な名将の逸話が描かれています。特に張昭や陸遜の志と活躍は、宮城谷さんであれば長編小説に仕上がるのではないかと思われます。


  さらには、劉備玄徳の軍師、諸葛孔明の一族が、「蜀」だけではなく、「呉」でも「魏」でも活躍していたとの事実は、この本でのワンダーです。例えば、孫権に仕え、その死後には摂政として「呉」の政策を担った諸葛恪は諸葛孔明のいとこ。また、その父である諸葛墐は孔明の兄であり、蜀との同盟に大きな力を発揮して「呉」の大将軍となりました。



  この本は、これまで知っていた「三国志」の世界に新たなワンダーをもたらしてくれます。三国志に興味のあるあなた、ぜひこの本を楽しんでください。「三国志」を読むことが一層楽しくなることに間違いありません。宮城谷三国志を読むのが待ち遠しくなります。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



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2017年01月29日

吉野準 インテリジェンスに必要な器


こんばんは。


  ジャーナリズムは、常にニュースバリューのある出来事を報道することに目を向けています。


  安倍首相は、外交でのアピールもそつなくこなします。今年に入っての注目はアメリカでのトランプ氏の大統領就任ですが、そのことも踏まえて、安倍さんはアジア諸国への訪問を行いました。フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領のもとを訪問しました。ドゥテルテ氏は、徹底した覚せい剤の取り締まりで支持率を高め、国際的にも注目される首脳の一人です。


  安倍さんは、家族を大切にする大統領の質素な自宅を訪問し胸襟を開いて会談を行いました。最初の訪問国にフィリピンを選び、南シナ海問題の国際法による解決をアピールしたのです。日本では中国と尖閣列島の問題で対立しており、その後歴訪したインドナシア、ベトナム、オーストラリアの訪問で南シナ海問題を取り上げたのは、日本の安全保障にとっては効果的な外交であったと評価されました。


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(ドゥテルテ大統領と安倍首相夫妻 asahi.comより)


  ジャーナリズムは、安倍さんの経済政策とトランプ大統領への対応を大きく取り扱っていますが、安倍さんの安全保障政策に対してはまるで終わった出来事かのように沈黙しています。


  ちょうど3年前、安倍総理はアメリカにその設立を約束した日本版NSC(国家安全保障会議)設立のための法案、そしてそのために必要な特定秘密保護法案を成立させましたが、その後の安全保障への対応はほとんど報道されていない状況です。


  国家安全保障会議は、国家安全保障局のもとで情報の収集を行い、判断は首相、官房長官、外務大臣、防衛大臣の「4大臣会議」にて行われる仕組みとなっています。日本が直面する安全保障の課題としては、北朝鮮からのミサイル・核の攻撃、中国や韓国の尖閣諸島、竹島に対する行動、ロシアの北方領土への対応、などがあげられますが、今後、大きな焦点となるのは日本国内、または在外邦人に対するテロリストによる攻撃ではないでしょうか。


  日本の国益に即した安全保障を考えるとき、もっとも必要な事はインテリジェンスです。それは、諜報と翻訳されますが、国家安全保障会議で政策を判断するには、「日本国」を取り巻く情勢に対する正確でディープな情報と的確な分析が不可欠です。特にイスラミック・ステイトに代表される過激テロに対応するにはインテリジェンスこそが日本国民を守る唯一の武器になるといっても過言ではありません。


  今週は、現在の日本に最も必要なインテリジェンス組織に関する本を読んでいました。


「情報機関を作る 国際テロから日本を守れ」(吉野準著 文春新書 2016年)


  日本の情報機関というと代表的な組織は内閣調査室ですが、実は日本の各省庁は情報の大切さを十分にわかっており、法務省にも外務省にも防衛省にも警察庁にも警視庁にも情報収集と分析を業務とする組織が存在します。こうした情報機関がキチンと国益のために機能しているか、と言えば疑問です。


  かつて、後藤田官房長官は中曽根内閣で内閣官房6室制度の発足に当たり、各省庁出身の室長を前に五訓と呼ばれる訓示を行いました。


○省益を忘れ、国益を想え

○悪い、本当の事実を報告せよ

○勇気をもって意見具申せよ

○自分の仕事でないというなかれ

○決定が下ったら従い、命令を実行せよ


  まさにインテリジェンスオフィサーのためにあるような言葉ですが、各省庁のもとで縦割りとなっている情報機関では、とても実現できるようには思えません。


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(国益を思う後藤田正晴氏 bs-asahi.co.jpより)


  「官僚主義」という言葉がありますが、それはこの五訓と反対のことをする場合をいう言葉です。「省益を想い、国益を忘れ」、「悪い、本当のことは隠ぺいする」、「事なかれ主義で意見具申を避ける」、「それは自分の仕事ではないと言い逃れる」、「決定が下ってもなお文句を言い、実行しない」日本の官僚主義は、一つの伝統になりつつあるのではないでしょうか。


  フラットに世界の国々を認識し、我々一人一人の日本人の安全を考えた時に必要なのは、省庁という縦割り組織を超えて、日本国民の安全のために、広く、深く真の情報を収集し、的確に分析して意見具申ができる情報機関なのではないでしょうか。


  この本の著者は、1993年に第79代警視総監を務めた吉野準氏です。氏は、警察庁時代に現場の警察官を永く経験したのち、ベオグラードで外交官を勤めました。その後、県警の本部長や警察庁の警備局長なども務めており、現場経験も豊かです。さらには、内閣総理大臣秘書官も経験しており、日本の公安情報に関してはエキスパートと言えます。


  生まれ年を見ると、氏は当年とって82歳になりますが、その情熱は決して衰えていません。


【インテリジェンスの実際】

  インテリジェンスには、大きく分けてヒューミントとそれ以外の方法による諜報があります。ヒューミントとは、まさに人と人(人脈)によって情報を収集していく手法。この本では、別の手法として電話や通信、インターネットなどによる諜報、「シギント」が紹介されています。インテリジェンスには他にも公に公開されている情報から諜報を行う手法「オシント」や衛星や偵察機を使い画像解析を行う「イミント」などがあります。


  当然、情報機関ではこれらの方法が専門的に行われるわけですが、吉野氏は、インテリジェンスの基本活動であるヒューミントに絞って情報機関に必要なものを語っていきます。


  日本の情報収集、分析機関で唯一逮捕権を行使できるのは警察です。そのなかでも著者も身を置いていた公安部隊は、要人警護からテロ対策まで日本の治安を守る前線部隊として日夜活躍しています。吉野氏はこの本で、生の現場経験を踏まえて、情報機関に必要なヒューミントのノウハウを語ってくれるのです。


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(吉野準著「情報機関を作る」 amazon.co.jpより)


はじめに ヒューミントの現場から

第1章 情報で勝負する

第2章 ヒューミントの工程表

第3章 ヒューミントの同業組合

第4章 歴史を動かした大物スパイ

第5章 防諜体制をいかに築くか

第6章 ヒューミントのための組織と人材


  日本は国際諜報に関して、まさに弱みを持っています。一昨年に起きたイスラミック・ステイトによる日本人2名の人質事件。日本は、アメリカやトルコを通じ、全力で拘束された二人の情報を収集し、なんとか人質の生還をめざしました。ところが、情報収集もままならず、当然ながらテロ組織に常に先手を取られて、結果として2名の尊い命が犠牲となりました。


  ジャーナリストの後藤健二さんは人質を救うことを目的に現地に入った結果の惨劇でした。


  このことで、最も学ぶべきことは国際テロに対して、直接情報を得る手足を持たず、他の国の情報を頼りにするだけでは、独立国として国民の命を守ることができないという事実です。


  吉野氏は、日本は歴史的に見て情報を悪いものとみているといいます。それは、江戸時代に培われた庄屋制度と隣組制度です。氏は、そのことを語るのに司馬遼太郎氏の講演を引用します。曰く「およそ情報というものは水田農業の農村においては重要なものではなかったのです。それどころか情報というものは時に平和を害するものであり、庄屋が握りつぶすべきものでありつづけた。そういう社会がずっと続いてきた」


  そんな日本の国ですが、吉野氏はインテリジェンスの不可欠さを説くとともに国際社会において日本が国際テロを防ぐためには、情報機関の創設がなくてはならないと語るのです。


【ヒューミントの工程表そして同業組合】

  情報機関といえば、アメリカのCIA、ロシアのSVR、イギリスのMI6、イスラエルのモサドなどが頭に浮かびますが、吉野氏は日本にもこうした情報機関をつくるための工程表を提示します。この本の主眼はヒューミントにあるので、当然ながら組織を作るために必要な人のリクルートから工程表は語られていきます。

  

  具体的な中身は本に譲るとして、この本の面白さは様々に語られる事例と本です。事例としては、日本赤軍ハイジャック事件やソウルオリンピックにおける北朝鮮のテロ未遂事件などが氏の経験した事件として生々しく語られます。また、私も大好きでハマったフレデリック・フォーサイスの本から諜報の事例がみごとに語られていきます。「オデッサファイル」や「第四の核」などは、世界の情報機関に教科書として利用されているといいます。


  インテリジェンスのリクルートに肝要な言葉「マイス」とは一体何でしょうか。


  「MICE」とは、マウスの複数形ですが、諜報の世界ではリクルートに必要な4つの要素なのです。まず、MMONEY。お金です。まず、情報も人もお金で動くことはご存じのとおりです。次のIは、IDEOLOGY。つまり、イデオロギーとは思想・信条のことです。自由主義と共産主義は、スパイが裏切るときの大きな動機となります。


  Cとは、COMPROMISEのこと。本来の意味は、譲歩する、和解するという意味ですが、諜報の世界では、「醜聞(スキャンダル)による強要」との意味になります。つまり、弱みを握ってリクルートするということです。某自衛官が陥ったハニートラップは中国の得意技だそうです。最後のEは、EGOのことです。人間だれしも自尊心や自惚れる気持ちを持っています。組織の中で正当に評価されないとの不満はリクルートの時には大いに役立ちます。


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(ソ連の英雄 スパイゾルゲ記念切手 Wikipediaより) 


  こうしたワンダーがこの本には満載されているのです。


  さらに、同業組合の章では、なぜ日本に情報機関が必要かを実感させてくれます。


  かつて、ある警察官が日本赤軍のダッカ乱射事件の解決のために海外へといったときに日本に情報機関がないために動きが取れなかった、とのテレビ番組でのコメントが紹介されます。「事件後、警察庁に対策本部ができ、私もその一員として各国の情報機関を回って歩いたのですが、(どこへ行っても)3つのことを言われました。」


  「第一に、あなたは警察でしょう。情報機関じゃないでしょう、と言われた。相手になかなか入り込めず苦労しました。」「次に言われたのは、もし情報を提供したらそちらは何をくれるのか、と。こちらには代わりにあげるものがないのです。」「三つ目に、お国では差し上げた情報の秘密は守れるのですか、と言われた。(当時はまだ)秘密保護の法律がなかったのです。」


  まさに情報機関のない国は、世界の諜報から相手にされないとの事実がここに語られています。


  この章では、ギブ・アンド・テイク、サード・パーティ・ルール、インテリジェンス・オフィサーのカヴァー(身分の秘匿)、情報源の秘匿など、情報機関でのあたりまえのルールが語られていき、情報機関独自の立ち位置が明確にされていきます。


  第四章では、実在したスパイが紹介されます。日本の情報をソ連に送り続けたソ連の英雄リヒャルト・ゾルゲ。キューバ危機の時代、ソ連のフルチショフ書記長の情報をソ連からアメリカに送り、キューバ危機を回避させたソ連GRUのペンコフスキー大佐。アンドロポフからゴルバチョフへと書記長が変わる中、ソ連の情報をイギリスへと流し、最後にはイギリスへと亡命した英雄ゴルディエフスキー。こうした人々の実録が語られていきます。



  この本は、手に汗を握るような記事とビジネスの企画書のような記事とが、交互に現れて、情報機関の必要性と現実にそれを創生することのノウハウを見事に語っていきます。国際関係による諜報が国益を左右する現代、皆さんもこの本を読んで情報機関の必要性を改めて認識してはいかがでしょう。一日も早い機関の創設が待ち望まれます。


  それでは今日はこの辺で、寒くなったり暖かくなったり極端な天気が続きます。インフルエンザも流行っていますので、皆さんお体にはくれぐれもご自愛ください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



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2017年01月22日

福岡伸一 ハカセの最新エッセイを読む


こんばんは。


  生物学に携わる先生は、皆不思議な感性をもっているのかもしれません。


  構造生物学者の池田清彦さんは、人気のテレビ番組「ほんまでっかTV」で、天然な評論でさんまさんの笑いを引きずり出していますが、生物(特に昆虫)に対する思い入れは、他の追随を許しません。そのエッセイは、ワンダーな発想が随所にちりばめられており、思わず笑ってしまいます。


  また、2007年から2009年にかけて、分子生物学と人類の関係を自らのワンダーとともに記した新書を上梓し、一躍ベストセラー作家の仲間入りをした福岡伸一さんもちょっと変わった生物学者です。氏は、優しく知的な文章を駆使して分子生物学と自らの人生を、みごとなエッセイにまとめて読者を魅了します。


  氏は、エッセイで自らを「福岡ハカセ」と自称していますが、科学者でありながら絵画や文学に対しても豊かな感性を発揮し、すべてを結び付けて様々に語っていきます。特にオランダの画家フェルメールには造詣が深く、世界に散らばる30数点のフェルメールを全点踏破するほどのフェルメール好きです。


  今週は、その福岡ハカセのエッセイ、最新本を読んでいました。


「やわらかな生命 福岡ハカセの芸術と生物をつなぐ旅」(福岡伸一著 文春文庫 2016年)


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(「やわらかな生命」文春文庫 amazon.co.jpより)



【生命の仕組みのワンダー】


  最近、家族が薬剤関係の仕事に就いたため、家では薬の名前が飛びかっています。息子が歯医者に行って親知らずを抜いてくると、みんながもらった薬の名前を聞き出します。「エッ、ボルタレン?その痛み止めが出るのなら、マスイが切れたらすごい痛みがおそってくるよ。」と脅します。初めて、親知らずを抜いた息子は、その「スゴイ痛み」に恐れをなし、バイト先に電話してお休みにしてしまったほどです。(その後、マスイが切れても大きな痛みは襲ってこずに、収入が減ったと嘆いていました。)


  薬の話題は、我々の生きる力に直結しています。


  先日も風邪をひいて熱が出たので、医者に行ったところ「抗生物質」が処方されました。私自身は、抗生物質を飲めば熱が下がり、のどの痛みも治まるので、「抗生物質」は直接風邪の菌を殺して症状を緩和してくれるものと、勝手に考えていました。


  ところが、薬学に携わる娘は、「抗生物質は、直接症状に効くわけじゃないからね。」と、サラリと驚くべきことを言うのです。


  話を聞けば、「抗生物質」は、我々の体の免疫性を補助する役割を果たすもので、いわば、現在かかっている病気以外の細菌に感染しなくなるようにする薬だ、ということなのです。現在の症状以外の細菌への抵抗力を増すだけで、あれだけ症状が緩和されるとは、改めて人間の持つ免疫力の偉大さを痛感しました。


  ところで、皆さんの中にも毎年の花粉症に閉口している方がたくさんいると思います。福岡ハカセも重度の花粉症のようで、エッセイの中には花粉症の話題も登場します。花粉症は、スギ花粉による症状が有名ですが、人によって反応する花粉の種類が異なるようです。


  福岡ハカセは、花粉症の仕組みを簡単に解説してくれます。


  人間の免疫は、本来無害のものには反応しませんが、スギ花粉を有害なものと認識してしまうため、免疫が反応し鼻水や涙が大量に発生することになるようです。花粉症の薬は、スギ花粉に反応するレセプターを薬によって先に蓋をしてしまい、免疫が反応しないようにするのです。花粉の種類が異なると蓋をするレセプターが異なるため効かないようです。


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(花粉症とレセプターの仕組み)


  もう一つ、花粉症を和らげる方法は、免疫が花粉を有害と認識しなくするために、日ごろから少量の花粉を体内に入れることで、免疫の反応をなくしていくやり方です。免疫が寛容になれば、花粉への反応が抑えられ、花粉症が収まっていくわけです。免疫が寛容とは不思議な話です。


  花粉に対して免疫が寛容になってくれれば、花粉症は軽くなるわけですが、人間の体内にある免疫は、家主に似て年を取ると不寛容になるそうです。残念ながら、福岡ハカセの免疫は、すでに寛容である年齢を超えているようです。


【生物と科学と芸術のトリビア】


  このエッセイは、2008年から週刊文春に連載されている福岡ハカセのコラムをまとめた本の第3弾です。文庫のページにして、1編は約3ページですが、毎回、ハカセの知るワンダーを盛り込んでおり、そのトリビアに思わず次々と読み続けてしまいます。


  最近、ぐっさんこと山口智充さんが父親役で、息子たちに歩きながらトリビアを語るTVCMが放映されています。いわく、「マンボウは一度に3億個も卵を産むって、知ってた?」、「そうなの?」、「こおろぎの耳は前足にあるって、知ってた?」、「そうなの?」。とお父さんが子供たちに語ると、子供たちは尊敬のまなざし。それに続いて、会社の名前を言うと、なぜか子供の方がその会社のことをよく知っている、というお父さんの自尊心をくすぐるようなCMです。


  このコラムの福岡ハカセも、まるでCMのお父さんのようにトリビアを次から次へと語ってくれます。


  今回のキーワードは「生命」


第一章 日常と生命

第二章 野生と生命

第三章 科学と生命

第四章 色彩と生命

第五章 地図と生命

第六章 学びと生命


  第一章は、我々の日常に近いところでのワンダー。毎年受ける健康診断。ハカセは、血糖値の値が危険値に近づいていることがわかります。ここから話は、肝臓の機能へと進んでいきます。肝臓は、体に必要な物質の調整を司ります。それは、人が食料を手に入れられない状態でもなんとか糖分を体内に送る役目を果たします。日頃は、体に必要な糖分を油に変えて脂肪として格納し、糖分が補給されなくなると脂肪を糖分に変えて体に供給するのです。


  人間の体に糖分が足らないとき、肝臓はアクセルを踏んで糖分を増産します。それでは、体に糖分が増えすぎたときに肝臓はブレーキを踏んでくれるのでしょうか?残念ながら糖分のブレーキは、満腹感意外にありません。おなかがいっぱいになると人は糖分を取ることを控えます。しかし、そのブレーキはあまりも頼りになりません。


  何故、肝臓はアクセル機能しか持っていないのでしょう。それは、人類が経験してきた数百万年の歴史の中で、食物がなく糖分不足で幾度となく生命の危機を体験してきた時間がアクセル機能を育んできたのです。人の体は、そもそも現代日本のような飽食の時代を想定していないのです。


  第二章の野生と生命の話は、昆虫採集オタクであったハカセの面目躍如たる話題であふれています。トンボの恋愛行為について、雄雌で、「く」の字と「し」の字で繋がり、まるでハートのような形を作って愛を育む話。関東育ちのハカセが関西ではじめてクマゼミの鳴き声のシャワ-を浴びた話から、生物分布への話へと拡がる展開。ダンゴムシはどうやって集団になるのかなどなど、くめども尽きぬ命のワンダーが語られていきます。


  福岡ハカセと言えば、「生物と無生物のあいだ」(講談社新書)で描かれた、人間がいかに生物科学を築いてきたか、のワンダーを思い出します。科学と生命の章では、ハカセが京都大学時代に学習会として立ち上げたサンガー会の話が白眉です。その名は、唯一ノーベル化学賞を二度受賞した生化学者フレデリック・サンガーに由来しています。


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(名著「生物と無生物のあいだ」amazon.co.jpより)


  サンガーは、1950年代タンパク質の精製要素であるアミノ酸の配列を決定する方法を考案し、タンパク質がアミノ酸の結合物であることを確定しました。その功績によりノーベル賞を受賞します。さらに、ノーベル賞受賞をものともせずに研究をつづけ、遺伝子の決定要素であるDNAの塩基配列の決定法を発明し、生物科学の研究に再度パラダイムの変換をもたらし、1980年に2度目のノーベル賞を受賞します。


  サンガーは、その後も研究を深め、遺伝子地図を保管するDNAと並んで遺伝子に重要な役割を果たす、その地図を利用するために働くRNAの配列決定法までを開発しました。彼は、2013年に95歳で亡くなりましたが、もう少し長生きをしていれば、3度目のノーベル賞を受賞したといわれています。


  ハカセが生物科学の歴史を語るとき、その情熱とワンダーに心が動かされます。


【フェルメールとレーウェンフック】


  福岡ハカセが心から愛するフェルメールの話題も当然語られています。


  このブログでは、フェルメールが来日するたびにその感動を紹介しているのでおなじみかと思います。フェルメールはオランダ、デルフトで生まれ育った光と青を描いて唯一無二の画家です。福岡ハカセは、フェルメール好きが高じて、そのすべての絵画をデジタル技術により稠密に復元し、年代順に展示する美術展を開催したほどです。


  この本の「色彩と生命」に登場するフェルメールには心躍りました。


  フェルメールは、デルフトの美しい青空を描くためにガラス質の粉であるスマルトを使い見事な青を実現します。さらに、かの「真珠の耳飾りの少女」のターバンの青を描くために青い宝石であるラピスラズリの粉を使っています。それにより、フェルメールは他の誰も表現したことがない青を手に入れることに成功したのです。


  この静の青を動の青へと進化させたのが、百年後の日本で浮世絵を世界の芸術に高めた葛飾北斎でした。そこで使われた「ベロ藍」と呼ばれた染料です。なぜ、フェルメールの青は動かず、北斎の青は動いたのか。ハカセは、科学的にその謎を語ってくれるのです。


  福岡ハカセがフェルメールに目覚めたのは、同じときにデルフトに生まれたレーウェンフック研究がキッカケでした。


  レーウェンフックは、世界で初めて自作の顕微鏡を使って微生物を研究したといわれています。フェルメールの描いた「天文学者」、「地理学者」はレーウェンフックがモデルとも言われています。ハカセは、レーウェンフックの研究が世に出ることになったいきさつに思いを馳せるのです。レーウェンフックのオタク度には注目です。


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(フェルメール「天文学者」Wikipediaより)


  第五章、第六章では、私も大好きな須賀敦子さんとベネチィアの話題が語られ、さらには、カズオ・イシグロさんの印象、化石や原石コレクターの話、さらにはジャレット・ダイヤモンドさんとの対話などが流れるように語られていきます。



  福岡伸一氏の根底には、常に「動的平衡」の思想が横たわります。生命は、人間も含めて日々すべての細胞を死滅させ、新たに生まれ変わらせることによって生きています。それは、生命が40億年をかけて生き残るために打ち立てた究極の戦略です。「動的平衡」とは、生命体がたゆまぬ変化を生み出すことによって今ここに存在していることを指します。その壮大な営みを考えれば、人間ごときが考えるたいていのことは「たいしたこと」ではないとさえ思えます。


  福岡ハカセの文章は、まるで文学や哲学のようにして科学的という、訳の分からない魅力を包含しています。氏は、進化論だけでは生物は語れない、生命は物質の塊であるが、物質をどのように集めても生命にはならない、そこには何か別の要素がある、と考えています。


  この本は、肩の凝らないエッセイ集ですが、福岡ハカセには、渾身のサイエンス書を期待しています。是非とも、分子生物学の最前線を平易に熱く語ってほしいと思います。よろしくお願いします。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年01月20日

映画「ファンタスティック・ビースト―魔法使いの旅」


こんばんは。


  先日は、昨年末に見たスター・ウォーズ番外編の「ローグ・ワン」の面白さをお伝えしましたが、昨年末にはもう1作、見逃せない作品が公開されました。


  それは、ハリー・ポッターシリーズの最新作です。


【小説は小説、映画は映画】


  ハリー・ポッターシリーズは、原作本が世界中で超ベストセラーとなり、そこから映画が創られてシリーズとなりました。うちの連れ合いと娘はこのシリーズの大ファンで、まず小説をすべて読破し、ついでに映画を見た形となります。それ故、映画に対しては手厳しく、ダンブルドア校長やスネイプ先生、マクゴナガル先生などの語りや会話に対してはその異なるところを何時間でも語っていました。


  その様子をまぢかで見ていて、小説を読む前に第1作目「賢者の石」を映画で見てしまった私としては、映画の面白さを純粋に味わいたいために、結局小説の方は読まずじまいで現在を迎えています。連れ合いと娘からは、人生を損していると揶揄されていますが、本を読むにはいまさら感があることも事実です。


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(映画「ハリー・ポッターと賢者の石」ポスター)


  それにしても映画、ハリー・ポッターシリーズは魔法の世界をみごとに映像化することに成功していて、どの作品もワンダーの宝庫でした。文字は人間の想像力を刺激し、様々な映像を脳内に作り出しますが、映画は直截であり、ワンダーもその場で味わえます。


  ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーのチームワークと友情も素晴らしいものでしたが、ヴォルデモードとの宿命の対決に毎回手に汗を握りました。


  昨年末にそのスピンオフ作品である映画「ファンタスティックビースト-魔法使いの旅」が公開されました。ファンとしては、待ちに待ったシリーズ作品。すぐに見に行ったのは当然です。


(映画情報)

・作品名:「ファンタスティック・ビースト-魔法使いの旅」

 (米2016年・133分)(原題「Fantastic Beasts and Where to Find Them」)


・スタッフ  監督:デビッド・イェーツ  脚本:JK・ローリング


・キャスト  ニュート・スキャマンダー:エディ・レッドメイン

        ティナ・ゴールドスタイン:キャサリン・ウォーターストン

        ジェイコブ・コワルスキー:ダン・フォグラー

        クイーニー・ゴールドスタイン:アリソン・スドル


  この映画のワンダーは半端じゃありません。始まってから最後まで、ワンダーとハラハラの連続でアッという間の133分でした。


【「魔法使いの旅」の面白さ】


  原案は、ハリー・ポッターが学んだホグワーツ魔法魔術学校で教科書として使われていた「幻の動物とその生息地」です。主人公は、この教科書の編集者であるニュート・スキャマンダー。彼が、船旅でたどり着いたのは1920年代のニューヨーク。


  映画はニュートが船を降り、税関でカバンを調べられるシーンから始まります。そのカバンは、ガタガタと動き、中に何かが生きている模様。あまつさえ、カバンの隙間から不可思議な指がはみ出しています。


  しかし、原作者であるローリングさんの脚本は秀逸です。古めかしい旅行鞄の留め金の鍵の部分にダイヤルがついており、ダイヤルを回すと「マグル用」との表示が現れます。ダイヤルをマグル用に併せて、税関の前でカバンをあけると、カバンの中には着替えや時計など何の変哲もない旅行道具が現れます。税関の担当者は、何事もなく「よい旅を」と語り、ニュートはあっさりと入国を果たします。


  ここから先を語るとせっかくのワンダーな映画のネタばれとなるので、この映画のワンダーはぜひご自身でご覧になって楽しんでください。


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(映画「ファンタスティック・ビースト」ポスター)


  この映画の素晴らしさは、二つ。どちらもローリングさんの才能と思います。ひとつは、原作者としてのみごとな魔法動物の想像力。映画では、ニュートの旅行鞄の中から何種類もの魔法動物がニューヨークの街に逃げ出してしまいます。ニュートは大慌てでその動物たちの回収に走り回るのですが、そのドタバタぶりは魔法動物と相まってワンダーを醸し出します。


  例えば、金ぴかなものには目がないスカンク模様の魔法動物、ニフラー。つぶらな瞳とアヒルのようなくちばしをもったニフラーくんは愛嬌たっぷりの魔法動物です。ところが、このニフラーが逃げ出したのは、こともあろうに銀行の中でした。金貨と銀貨にはことかかない銀行、窓口から貸金庫の中まで、金ぴかをめざしてニフラーくんが大活躍します。


  このほかにも、スウィーピングエヴィルやデミガイズ、オカミーなど、想像を絶する魔法動物がセントラルパークやニューヨークの街を駆け回ります。ニュートが肌身離さずに一緒にいるボウトラックルはさやえんどうの蔓のような容姿で憎めません。アメリカ出身のサンダーバードはラスト近くで大活躍します。


  もうひとつの映画の素晴らしさは、ローリングさんの書いた脚本です。


  登場人物の造形は全員に個性があり魅力的。さらにストーリーも善と悪の対決をメインストーリーとし、人間と魔法使いの奇妙なエピソードの連続が極めて秀逸です。特に魔法議会に勤める魔法使いのゴールドスタイン姉妹の設定がなんとも魅力的です。姉は、主人公ニュートと付かず離れずの微妙な関係。妹は、この映画の要となるマグル(人間)に密かに恋心を寄せることになります。


  ハリー・ポッターでもそうでしたが、作者の伏線の置き方は周到で様々な場面で伏線に思い当たることになります。魔法動物オカミーの卵は銀でできており、オープニングでニュートが椅子に卵を置き忘れてしまい大騒動となります。この卵が最後に思わぬ効果を挙げることになります。


【次回作も楽しみなシリーズ】


  さらにニュートの魔法動物園の小部屋には、美しい女性の写真が置かれており、リタという名前が語られます。ティナは彼女を知っていたらしく、サラッとなれそめを聞こうとします。どうやらこの女性はニュートの恋人であったようで、次回作ではこの元カノが登場することになるといいます。


  ちなみにハリー・ポッターシリーズでは人間のことを「マグル」と呼びますが、ニューヨークでは、「ノーマジ」と呼ばれています。想像では、ノーマジックのことと思われますが、呼び方を始めとする小道具にも思わずニヤリとさせられます。


  加えて、この映画の演出も脚本に負けず劣らず秀逸です。全編でニュートの魔法動物探しに協力する「ノーマジ」のジェイコブのキャラクターはとても魅力的です。ニューヨーク魔法議会の事務所で働くティナの妹クイーニーは人の心が読めますが、ジェイコブの優しさに心惹かれてそのかわいさが引き立ちます。この2人の会話は映画に明るさと温かさを醸し出します。


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(映画「ファンタスティック・ビースト」ポスターその2)


  壮絶な戦闘シーンの最後には、びっくり驚きの有名俳優がちらっと登場します。この映画は、5部作になるそうですが、この有名俳優は次回作に出演するのかと思われます。お楽しみに。


  映画のラストを飾るエピソードは、すべての人の心を温かくするに違いありません。


  作者のローリングさんは、この映画を3部作で構想していたそうですが、本作を作成した後ではその構想は5部作になったと語っています。


  この映画の時代は、ハリー・ポッターが描かれた1990年代から70年ほど遡った時代の話です。今回、ニュートが戦った悪名高きグリンデルバルトは、ホグワーツ魔法魔術学校の校長、ダンブルドアと若き日に親交があったそうです。次回作以降、若き日のダンブルドアもこの作品に登場するとのこと。


  ハリー・ポッターも回を追うごとに謎が謎を呼び面白さが増していきました。このニュート・スキャマンダーの物語もこれから先が楽しみです。


  ハリー・ポッターファンもそうでない方も、まだ見ていない方はこの映画で魔法世界のワンダーをお楽しみください。DVDで見るよりも映画館で見ることをお勧めします。


  映画のワンダーは本当に素晴らしい!!


  それでは皆さんお元気で。またお会いします。



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2017年01月15日

佐藤優 池上彰 新・リーダー論


こんばんは。


  昨年は、世界的に驚天動地の出来事が頻発した年でした。


  ロシアのプーチン大統領がオリンピックのド−ピング疑惑にさらされながら、「ロシアだけではい!」と居直ってみたり、イギリスのキャメロン首相が起死回生の提案として行った国民投票で「EU離脱」が決まり、本人はサッサと辞任したり、アメリカの大統領選挙では、大方の人たちが品位に欠けると論じていたトランプ候補が当選してしまう。


  はたまた、ISのテロがヨーロッパや東アジアでテロを繰り返し、フィリピンでも歯に衣を着せずものをいうドゥテルテ氏が驚異の支持率で大統領に就任。トルコのエルドアン大統領が軍部のクーデターに逆切れして独裁政権に向かって突き進んでカリフ復活をもくろむわ。どうも近代に築かれた仕組みでは計り知れない出来事が世界中で起きつつあります。


  最近、経営者が時代を分析する言葉が、「VUCA」(ブーカ)です。


  「VUCA」(ブーカ)とは、世界経済フォーラムで使われて有名になった言葉。それは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった造語です。企業ではこうした過去の経験や規則性が通用しない社会や経済の中で、成果を出すために何が必要なのかが語られていきます。


  つまり、個人や組織が不安定で不確実、あまつさえ複雑で曖昧な世の中で、どうすれば成果を挙げていくことができるのか?様々に語られているのです。


  そこには何か目指すべき答えがあるのでしょうか?


  今週は、そんな時代のリーダーと格差を語る最新対談を読んでいました。


「新・リーダー論 大格差時代のインテリジェンス」(佐藤優 池上彰著 文春新書 2016年)


  お二人の対談本は、「新・戦争論」、「大世界史」に続いて3冊目となりますが、トランプ大統領の就任が迫る中で、このお題はタイムリーと言えます。佐藤優さんが語る本は、お題が何であるにせよその情報分析力や「見立て」に鋭さがあり、元外務官僚としてのインテリジェンスが備わっています。今回の本でも随所にインテリジェンスを感じることができます。


  一方の池上彰さんは、生粋のジャーナリスト。世界を股にかけて取材を続けるとともに、今起きている出来事の背景と意味を我々にわかり易く、的確に語ってくれる明晰な頭脳とプレゼンテーションのうまさを併せ持ちます。


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(文春新書「新・リーダー論」amazon.co.jpより)


【佐藤優+池上彰の威力】


  佐藤優さんは、このブログで何度も語った通り、日常の報道の一行からもインテリジェンスを持ってその重要さを見抜き、日本や世界にとってその出来事の意味するところを見立てて、提言するとのスタイルを貫きます。それには、裏打ちされた知が広く横たわっており、いったいどれだけの本を読み、どれだけの人と接しているのか、計り知れないものがあります。


  池上彰さんは、ジャーナリストらしくスピード感を持って現場に飛び込み、世界のトレンドである出来事や人物を取材。ときには、ネットインタビューなども駆使して、そのことの意味を速やかに分析して我々に伝えてくれます。


  対談という形態のいいところは、スピード感です。


  前作でも、中東情勢、イギリスのEU離脱、アメリカ大統領選挙など、タイムリーな話題を佐藤さん得意のインテリジェンスによる「見立て」と池上さんの取材やインタビューで培った見識で次々と分析していきました。キーワードは、「帝国の歴史」でした。


  本作では、「リーダーと格差」をキーワードに、アメリカ大統領選挙とトランプ氏の現実、EU離脱決定後のイギリス、世界を震撼させたパナマ文書の流出、オバマ大統領の広島訪問、安倍総理が仕切った伊勢志摩サミット、東京都知事の公金問題などなど、タイムリーな話題にお二人の見事な「見立て」が語られていきます。


  その目次をみると、


1. リーダー不在の時代‐新自由時代とポピュリズム

2. 独裁者たちのリーダー論‐プーチン・エルドリアン、金正恩

3. トランプを生み出したもの‐米国大統領選1

4. エリートVS大衆‐米国大統領選2

5. 世界最古の民主主義のポピュリズム‐EU離脱

6. 国家VS資本‐パナマ文書と世界の富豪層

7. 格差解消の経済学‐消費増税と教育無償化

8. 核を巡るリーダーの言葉と決断‐核拡散の恐怖

9. リーダーはいかに育つか?


  どの章においても、最新の世界と日本を読み解く情報と「見立て」が満載です。


【なぜ、大格差の時代なのか】


  今回の本のテーマのひとつ「格差」は、現在の世界と日本を見渡すうえで極めて重要なキーワードです。


  現代世界が直面している混在と混乱は現代史を背景としています。お二人の分析でも現代世界はアトム化の時代とされています。アトム化とは、国家、地域、組織と言った塊が中心であった世界が変容し、その構成員たる一人一人の人間が個として独立している状態を言います。つまり、イデオロギーや宗教などでまとまった集団がこれまで歴史を作ってきましたが、現在は、あまりにも相対化されたため個々人の時代になっている、というわけです。


  第二次世界大戦や冷戦の時代を経てきた世界が、すべて民主主義、資本主義、自由主義をもとにしたメンタリィティを共有し、大きな対立の構図がなくなり、個々人の時代となってきた結果、資本主義の必然として一部の富裕層とその他の貧困層に二分化して格差が大きくなっているというのです。


  ここに一冊の本が紹介されます。その本は、ピケティの「21世紀の資本」です。この本の主題は、資本主義という形態は、そもそも資本を効率的に大きくする仕組みであり、富を公平に配分することは含まれていない、という点です。19世紀から20世紀にかけて、資本主義では資本の9割は世襲で引き継がれており、その他の人々には分配されてこなかった、としています。


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(ピケティ著「21世紀の資本」amazon.co.jpより)


  ちょっと驚くのは、経済的な格差は2つの世界大戦に代表される戦争や大恐慌による経済の混乱によって平準化され、平等化された、との考え方です。つまり、富の分配は国家などにより強制的に行われた場合にのみ実現するものであり、戦争による富裕層への増税や富の強制的な没収による再配分がなければ、格差は広がっていく、というわけです。


  皮肉なことに、戦争は平等を生み出すこととなり、第二次世界大戦が終結し、さらに冷戦もなくなった現代は、資本主義によって資本が富裕層に集まっていき、国家の強制的な政策がない限り格差は増大する時代である、と結論付けられているのです。


  今回の対談の「資本VS国家」との考え方や、リーダーが育たない背景には経済的な格差がある、との語りは、ピケティの考え方から敷衍されています。


  世界の富裕層が、自分が住む国からの課税を逃れるためにタックスヘブンの地域や国に資産を移しています。その実態の一端が、パナマ文書の流失により、世に出ることになりました。


  国家を運営するエリートたちは、本来、国民の富を平等化するために、富裕層を含めて富を税金で吸い上げて、国民に分配する役割を果たすことが仕事です。その役割を担う人々が、自らの資産に課税されないようタックスヘブンを利用しているのです。合法か非合法かの議論の以前に、エリート自らが富の再配分を無視しており、これでは1%の富裕層以外の誰からも支持を得ることができません。


【現代のリーダーたちの実態】


  佐藤さんの「見立て」と池上さんの「取材」は、今の世のリーダーのお粗末さ加減を次々見抜いていきます。


  プーチン大統領の数々の発言は、彼がこれまでにキッチッとした帝王学を学ばずに大統領となった結果であり、随所に品格のなさを露呈しているといいます。国家ぐるみのドーピング問題を指摘されたときには、「他の国だって同様だろう。」と言わんばかりの発言をし、クリミヤ併合の時には「クリミヤにロシア軍はいない。」と平気でうそをつき、パナマ文書で親友の音楽家の名前が挙がった時には「彼は、たくさんの貴重な外国の楽器をロシアに持ち込んだ。」とよけいな擁護をする。


  こうしたことを平気で語るメンタリティは、本質的な帝王学としての教養を身に着けていないためだ、というのです。


  また、トランプ氏とヒラリー氏に至っては、ボロクソと言ってもよいでしょう。


  トランプ氏は、膨大な財産を親から引き継いだが、本質的にはディール(取引)中毒者であり、その本質は経営者ではなく、ディーラーだ、と語ります。結果として、資産は決して増えていないのです。さらに、メキシコからの移民や貿易赤字を生み出している貿易相手国を悪者にし、悪者を徹底的にこき下ろすことによって人気を得ていくとの手法をとっているとの分析。その潔癖症は徹底しており、人が使ったトイレは絶対に使わないそうです。


  そうしたトランプ氏の行動を、味方をしてくれるマスコミのみと付き合い、批判するマスコミは完全否定する、との態度を含めて、元大阪市長であつた橋本徹氏とよく似ていると評しています。


  この本でも、ポピュリズムが現代の状況を創っている、としており、マイケル・トッド氏の主張に同意するように、その発端は、フランスのサルコジ大統領であったといいます。その後続く、劣化したリーダーたちの共通点は・・・。それは、この本で確かめてください。


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(1月11日トランプ氏記者会見 sankei.comより)


  伊勢志摩サミットで安倍総理が演じたお粗末の数々にも、読んで納得のワンダーがあります。


  さて、相変わらず絶好調のお二人の分析対談ですが、今回の対談を読んで、感じた点が二つあります。


  まずは、佐藤優氏との距離感の問題です。その国益、人類益を目的化したインテリジェンスと知の大きさは素晴らしいものがあり、ワンダーです。しかし、割と好き嫌いが言葉に出るところがあります。今回は、橋本徹氏をトランプ氏と同じ、と語ります。確かにその行動や戦略には共通点がありますが、橋本さんが大阪市長として維新の会で成し遂げた成果は、他の人ではできなかったことも事実です。この本での指摘は、読む人に誤解や錯誤を与えることになりはしないでしょうか。


  そして、2点目は、池上さんの人としての大きさです。核の話題で、オバマ大統領の広島訪問に触れた時に、過去からの被爆者取材が心に蘇り、亡くなった被爆者の方々がどれほどオバマさんの言葉を聞きたかったかを想い、涙が流れたそうです。ジャーナリストとしてあるべきメンタリティと、感動しました。


  さらに、教鞭をとる東工大でオバマ大統領の演説原稿の分析を講義し、いかに綿密に考えられた草稿であったかを具体的に語る言葉は、ジャーナリストのあるべき姿だと感じます。わかり易い分析と解説の裏側には、池上さんの知と鍛錬があるのだと、改めて敬服しました。



  今回のテーマには、明確な解がありません。このため3冊目のこの本では、情報と見立てが続き、マンネリ化していると感じる方もいるかもしれません。確かに字面だけを追っているとそうしたことを感じますが、その裏では読んだ我々がそこに語られる事実をどう受け止めるかが問われているともいえるのではないでしょうか。


  皆さんもぜひお二人の慧眼に触れて、今の世界と日本を考えてみてください。ワンダーとともに、ニュースの見方に厚みが増すに違いありません。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年01月13日

映画「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」


こんばんは。


  昨年末、スター・ウォーズで一躍時の人となったレイア姫役のキャリー・フィッシャーさんが突然の心臓発作で亡くなりました。昨年公開された「フォースの覚醒」で、ハリソン・フォードとともに元気な姿を見たばかりだったので、驚きを禁じえません。とても悲しいニュースでした。


  さらに驚いたことに彼女の葬儀の打ち合わせをしているときに、お母様であるデビー・レイノルズさんも脳溢血で亡くなったと報じられました。「雨で唄えば」で、ジーン・ケリーの恋人役を演じ、その美しい歌声で我々を魅了したデビー。レイア姫の母親だったとは、ニュースを見るまで知りませんでした。改めて、お二人のご冥福をお祈りいたします。


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(キャリー・フィッシャーさん wikipediaより)


  レイア姫は、「フォースの覚醒」の次の作品である「エピソード8」にも出演する予定で、その出演シーンの撮影は終了しているとのこと。次回作でその姿を見ることができるとのこと。次回作を大いに期待しています。


【スター・ウォーズ ローグ・ワン】


  現在、シリーズの番外編ともいえる「ローグ・ワン」が公開中です。「フォースの覚醒」、「ローグ・ワン」、さらに来年には「エピソード8」が公開予定であり、番外編の第二作目も次の年には公開の予定とのことで、毎年スター・ウォーズを楽しむことができるとは、ファンにとっては幸せです。


  年末に早速「ローグ・ワン」を見てきました。


  これまで、スター・ウォーズは、帝国軍のデス・スターの設計図を共和国軍が入手し「新たなる希望」と題されるとおり、ジェダイの騎士の末裔であるルーク・スカイウォーカーが活躍するエピソード4が第一作となっていました。第1シリーズは、「エピソード5 帝国の逆襲」、「エピソード6 ジェダイの帰還」の3作品でした。


  その前史を描いた第2シリーズは、20世紀末から21世紀の初めに生みの親ジョージ・ルーカスによって再び新3部作として制作され、我々スター・ウォーズファンを魅了してきたのです。


  今回の「ローグ・ワン」は、第2シリーズののち、第1シリーズ直前のエピソードを描いた作品であり、そうした意味では「エピソード4 新たなる希望」に繋がるレジェンドを描いています。


(映画情報)


・作品名:「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」

 (米・133分)(原題:「Rogue OneA Star Wars Story」)


・スタッフ  監督:ギャレス・エドワーズ

        脚本:ゲイリー・ウイッタ/クリス・ワイツ


・キャスト  ジン・アーソ:フェリシティ・ジョーンズ

        キャシアン・アンドー:ディエゴ・ルナ

        K2SO:アラン・テュディック

        チアルート・イムウェ:ドニー・イエン

        ベイズ・マルバス:チアン・ウェン


  この映画の感想を一言でいえば、「心に響く面白さ」です。


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(映画「ローグ・ワン」ポスター)


  最近のハリウッド映画は、アヴェンジャースに代表されるマーベル作品にしても、トランスフォーマーやバットマンにしても人の心に焦点を当てた脚本が目立ちます。両親との絆、兄弟の愛憎、人としての信念など、生まれ育ってきた環境や人としての信念を描くことにより、主人公や登場人物の心を表すことでドラマに奥行きと感動をもたらします。


  人間ドラマに加えて、SFXを駆使した壮大なメカニックスと壮絶な戦闘シーン。ハリウッド映画は近年、このパターンでヒット作品を増産しているのです。


  今作の監督は、なんと2014年に公開されたハリウッド版「GODZILLA」を撮ったイギリス人のギャレット・エドワーズです。「GODZILLA」では、原子力施設の事故により奥さんを亡くした科学者の息子がアメリカ軍に入隊。古代の原子力ノパワーで蘇ったゴジラやムトーと戦いを繰り広げます。その家族の絆の描き方、エピソードは心にグッとくる演出でした。その部分は、「ローグ・ワン」にも通じるものがあります。


  さて、今回のローグ・ワンは、スター・ウォーズを初めてみる観客も、全作品を何度も見ている私のようなフリークにも存分に楽しめる映画となっています。


  主人公のジン・アーソ(フェリシティ・ジョーンズ)は、まだ小さいころに父親であるゲイレン・アーソと生き別れとなり、たった一人で帝国軍と共和国軍が戦いを繰り広げる世界の中で生きてきました。ゲイレン・アーソは、科学者。なんと、帝国軍の秘密兵器であるデス・スターの開発者だったのです。ゲイレンは、あるときひとりの帝国軍パイロット(ボーディー)に、自らがデス・スターに仕掛けた弱点に関する情報を託し、共和国軍へと送り込みます。


  帝国軍パイロットは、かつて共和国軍側として帝国軍と戦っていた戦士ソウ・ゲレラのもとに逃げ込みますが、その亡命に疑念を持つゲレラに捕えられてしまいます。それを知った共和国軍は、優秀かつ勇敢な戦士キャシアン・アンドーにその救出を指示します。キャシアンは、昔、ジンがソウ・ゲレラのもとに身を寄せていたことを知っており、ジンを使ってソウのもとにいるパイロットを助け出そうと考えるのです。


  帝国軍もパイロットの足取りを追い、ソウの住む惑星ジェダに艦隊を送りこみます。


【スピンオフならではの面白さ】

  主人公ジン・アーソを演じたフェシリティ・ジョーンズは、つい先日、ラングドン教授シリーズの最新作「インフェルノ」で、トム・ハンクスとともに謎に挑む女ヒロイン、シエナの役でみごとな演技を披露していました。欧米人的ではなく、そこはかとなくアジアンな感じと知性を感じさせる存在感が魅惑的で強く印象に残りましたが、「ローグ・ワン」では、果敢なアクションにも挑み、その神秘的とも見える主人公を際立たせていました。


  一昨年公開された「フォースの覚醒」は、ルーカスフィルムがディズニーに買収され、脚本も含めて完全に「エピソード4 新たなる希望」を踏襲したレトロフィルムでした。今回の作品は、デス・スターの設計図がレイア姫の手に渡されるときまでを描く脚本となっており、シリーズ全体の流れを汲みつつも、133分をかけてひとつのエピソードを描いています。その意味で、脚本は登場人物の造形も含めて極めて自由度が高く、秀逸な本となっています。


  ジン・アーソと帝国軍パイロットの情報に基づき、共和国軍ではデス・スター設計図の入手計画を検討しますが、そのあまりの無謀さに入手計画は否決されてしまします。ここから、ジンと仲間たちの壮絶な戦いが始まるのです。


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(今回活躍するアンドロイド K−2SO ポスター)


  その面白さの核となるのは、帝国軍の鉄壁な守りを突破して、デス・スターの設計図を掴み取るという息詰まるミッションであり、そのミッションはまさにインポッシュブルです。ミッション・インポッシュブルに挑んだジン・アーソチームを壮絶に描いたことが作品のクオリティの高さに直結しています。クライマックスは、感動そのものでした。(続くエピソード4に今回の登場人物が一人も登場していないところにその凄味があります。)


  オープニングでは、あの心が躍るジョン・ウィリアムスの「スター・ウォーズ」のテーマが流れずにとまどいを感じましたが、製作者の意図は映画の最後で明らかになります。ラストシーンの余韻も収まらないうちに、エンディングでいきなり「スター・ウォーズ」のテーマが鳴り響きます。そして、ドラマは「エピソード4 新たなる希望」に繋がっていくのです。


  この作品を見た方は、必ず「エピソード4」を見たくなります。その意味でこの作品は、新たなレジェンドを作り出したといってもよいかもしれません。スター・ウォーズを見たことのない方にこそお勧めの映画です。


  次回作「エピソード8」は、来年の公開予定。さらに2018年には、さらなるスピンオフ作品が公開予定です。かれこれ40年間に渡り世界中のフリークを熱狂させてきたスター・ウォーズ。まだまだ我々を熱狂させてくれそうです。


  それでは皆さんお元気で。またお会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年01月08日

和田竜 村上海賊の娘は景(きょう)


こんにちは。


  「ニューウェーブ時代小説」とは、不思議なネーミングですが、言われてみればこれまでの世代が味わってきたストイックな時代小説ではない、という意味で確かに新たな時代小説が売れるようになっています。


  司馬遼太郎や吉川英治、山本周五郎、藤沢周平、津本陽など、これまでの時代小説の大御所の小説は、主人公の人としての成長を描いたビルドゥングスロマン(教養小説)や人情の機微、武士の矜持、軍事戦略、下剋上を描く物語でした。その系列を引き継いでいるのは、宮城谷昌光や2年前に惜しまれつつもなくなった山本兼一です。


  ところがここ最近、新たな時代小説がベストセラーを記録するようになりました。


  今週は、ニューウェーブ時代小説の旗手と呼ばれる和田竜のベストセラー時代小説を読んでいました。


「村上海賊の娘」(和田竜著 新潮文庫全四巻 2016年)


【村上海賊とは何者か】


  時代小説のファンであれば、戦国時代、瀬戸内海にその名を轟かせていた村上水軍の名を知らない人はいないのではないでしょうか。


  村上水軍と言えば、毛利元就から始まる中国地方、群雄割拠の時代、通行税を取り、海賊が上乗りすることで海路の安全を保障する戦略で、瀬戸内海を傘下に置いた村上武吉を思い出さずいられません。城山三郎の時代小説「秀吉と武吉」では、厳島合戦からはじまり、毛利家、織田家、豊臣家と戦国を生き抜いた武吉の姿が、感動的に描かれています。


  村上水軍には、三つの村上家があり、それぞれ能島村上家、来島村上家、因島村上家と呼ばれます。来島村上家は、四国の河野家に従い、因島村上家は、小早川家に従っていますが、村上武吉は能島村上家の棟梁であり、この時代には四国の河野家と近い関係ながら独立した一家を成していました。


  この小説の舞台は、天正4年(1576年)。この前年、織田信長は京都上洛後、武田信玄亡き後の武田勝頼をかの長篠の戦で完膚なきまでに打ちのめし、安土城の建築に取り掛かったところです。しかし、天下統一はまだ途上であり、大阪本願寺は一向一揆衆の反乱以来、信長に反旗を翻し続けていました。


  一方、中国地方を治めていた毛利元就はすでに亡くなり、その領国は孫の毛利輝元が継いでいます。輝元のもとには元就の息子である小早川隆景、吉川元春がしっかりと屋台骨を支えており、毛利に両川ありと称されていたのです。


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(毛利家を支えた小早川隆景 Wikipediaより)


  信長は、この年に大阪本願寺を天下統一の拠点とすべく、本願寺を手中に収めようとします。長年対立していた一向宗では、拠点である本願寺を引き渡すなど論外のことであり、この時の宗主であった本願寺顕如(光佐)は、信長に徹底抗戦します。信長は、一時便宜的に和睦した大阪本願寺の殲滅を決意。本願寺のほど近くに天王寺砦を築き、原田直政を総大将として大阪本願寺攻めを敢行することになるのです。


  大阪本願寺はすでに信長に包囲されつつあり、海側にある木津砦が唯一武器・兵糧を運び込むことのできる摂津湾の通路となっていました。天王寺砦は、その木津砦に近接しており木津砦を攻略されると大阪本願寺は海を封鎖され、干上がってしまうのです。大阪本願寺の兵糧は、すでに尽きようとしていました。


  本願寺顕如は、反織田勢力である室町幕府の足利義昭を庇護していた毛利氏に救いを求めます。息子の教如を使者として毛利輝元のもとに派遣。武器と兵糧の運び込みを依頼します。毛利家では小早川隆景と吉川元春をはじめ重鎮たちが集まり、かんかんがくがくの衆議が行われます。元春は、どうせ織田とは戦うことになると反織田勢力である本願寺への支援を主張。隆景は上杉謙信との同盟ができるまでは織田信長に反旗を翻すべきではないと主張します。


  衆議は、元春の意見が主流となり、武器兵糧を本願寺に届けることに傾きますが、そこに問題が生じます。それは、1万数千人分の武器兵糧をどうやって大阪本願寺まで送り届けるかという最大の問題でした。毛利が治める安芸の国から大阪まで大量の物量を運ぶには、瀬戸内海を横断するしかありません。そして、瀬戸内海の通行は能島村上海賊の棟梁、村上武吉の合力がなければ不可能なのです。


【「村上海賊の娘」の魅力】


  和田竜氏の小説の魅力は、魅力的なキャラクターがまるで映画のようにスクリーンのうえで大活躍するところです。「のぼうの城」にしても「佐太郎の左腕」にしても、和田さんが描き出すキャラクターには大きな魅力がやどります。そして、みごとなスクリーンプレイによって、キャラクターが大いに個性を発揮し、読み手の我々に感動をもたらしてくれるのです。


  今回の小説で活躍するキャラクターも例にもれず、すべての人物が魅力的です。


  今回の主人公は、瀬戸内海の村上海賊側では、能島村上海賊棟梁である村上武吉の娘、景(きょう)です。「のぼうの城」でもそうでしたが、和田さんは史実に基づきつつも魅力的なキャラクターを登場させることで、小説をとてつもなく面白くします。


  小説にも紹介されていますが、村上武吉に実の娘がいたことは一部の資料に記録があるものの、その実在も名前も全く確認されていません。主人公の景の名前は、毛利家の小早川隆景が自分の一字を与えたとされています。武吉は、娘を溺愛していますが、そこは海賊の棟梁。景の育成には無頓着で、景は海賊の姫として自由奔放に育っています。


  その行動は粗暴で、純粋。自分の感じたこと、思うことにはとことんまっすぐに貫いていきます。年は、元気いっぱいの20歳。当時の二十歳ですから、当然嫁には行き遅れています。村上海賊には家訓があり、女は戦に出てはならない、とされています。景は、海賊として船に乗り、海賊のおきてに背く者たちには、徹底的に懲罰することが何よりも好きです。筋が通らないことには徹底抗戦し、おきてに背くものがいれば、懲罰を辞さず、おきてに従い平気で首を落とす女海賊です。


  周囲からは、悍婦と呼ばれ、嫁の貰い手はなかなかいない、と半ばあきらめられています。さらには、醜女と呼ばれるご面相。しかし、当時日本人の間では、能面のようなのっぺりとした福々しい顔が美人と呼ばれており、景の顔は、目が大きく鼻も高いクッキリとした顔だちと描かれています。つまり、現在でいえばしょうゆ顔の美人になると思われます。(読んでいて、「緑の館」のオードリー・ヘップバーンの姿を想像してしまいました。)


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(映画「緑の館」立てポスター)


  さて、この景と相対する海賊は、真鍋海賊です。


  大阪本願寺と敵対する織田側の地侍は、泉州侍たちです。泉州とは、今でいえば岸和田あたりをさします。このあたりの海を仕切っていた真鍋氏は、近隣の海を支配する海賊でした。この海賊たちを統べるのが、大御所である真鍋道夢斎です。信長も一目置いたという道夢斎は、海賊らしくがっしりとした体躯の大男。その器量は懐が深く、まさに将の器として描かれています。


  そして、小説の真の主人公は、この道夢斎の息子である真鍋七五三兵衛(しめのひょうえ)です。親父と同じ大男で、小津砦攻めのときには父親から棟梁の座を譲り受け、真鍋海賊を統率する大将となっています。泉州侍と真鍋海賊たちの気質と会話はこの小説の大きな魅力の一つです。会話は、みごとな泉州弁であり、将だろうが兵だろうが、敬語などはひとこともなく、まるだしの泉州弁で、まるで罵り合うように会話します。


  織田信長が派遣した本願寺攻めの総大将、原田直政に向かって、「ああ、そらあれじょ。直政(なおま)っさんの国がド田舎さかいじょ。」と泉州弁で平気に話す七五三兵衛。泉州の気質は、ものごとの俳味を感じることを第一に重んじます。当時の日本人が醜女と感じる景をみて、「えらい別嬪さんやな」ともてはやし、あまつさえ、父親の道夢斎たるや夜になると景の部屋に夜這いする有様です。


  さらには、敵前逃亡する泉州侍の棟梁の姿を見て、「面白(おもしゃ)い奴らや」と大声で囃すなど、七五三兵衛の魅力は小説が進むにしたがって倍々ゲームのように増幅していきます。


  さらには、泉州侍の大将は触頭(ふれがしら)と呼ばれ、沼田海賊の家と松浦海賊の家が務めています。沼田家の親父である沼田任世は、家督を息子に譲ったばかりで、現在は息子の沼田義清が棟梁となっています。一方の松浦家は、松浦安太夫と寺田又右衛門が仕切っており、この4人も個性豊かに描かれています。


  将たらんとする真面目な義清と主を暗殺して触頭となった小狡い松浦家の二人と道夢斎や七五三兵衛の会話は爽快で、小説はえもいえぬ魅力を発揮しながら時間を忘れるほどのスピード感で進んでいきます。


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(村上海賊の娘 新潮文庫  amazon.co.jpより)


【景 大阪本願寺に向かう】

  この500ページに渡る長編小説は、大阪本願寺に兵糧を搬入しようとする毛利軍と本願寺を殲滅しようとする織田信長軍の戦いとして有名な第一次木津川の戦いを描いています。そこに描かれるのは、天正45月から7月に渡る2か月間の戦いです。


  かの厳島の戦いにて海賊働きにて功績を挙げた小早川隆景の家臣乃美宗勝(通称禿頭)と毛利家の家臣児玉就英(上から目線の美丈夫)は、大阪本願寺への兵糧入れのために能島にある村上海賊の棟梁村上武吉を訪れます。武吉のもとには村上海賊の二つの家の棟梁、村上吉継と村上吉充も到着し、毛利家を迎えます。


  その衆議の場で武吉は、合力に当たりてアッと驚く条件を示します。その条件とは、毛利家直臣である児玉就英が悍婦、醜女と呼ばれている景を嫁にめとること、だったのです。周囲は、この条件を体よく合力を断るための提示と邪推しますが、当の武吉は本気で娘の嫁入りを考えていたのです。困惑する就英。しかし、村上海賊の協力は不可欠であり、就英はなんとこの条件を承諾するのです。しかし、就英も一つの条件を付けます。それは、景が今後舟戦には出ない、との約定でした。


  そんなことを知らない景は、いつものように武吉の小早(舟)の先頭に乗り、海賊たちを率いて領海のパトロールにいそしんでいます。そこで悪徳運搬人にだまされて囚われた一向宗の集団に遭遇します。姫の活躍によって救い出された一向宗の人たちは反信長の戦いに参戦するため海路大阪本願寺に向かっていたのです。危ういところを救われた原爺と孫の留吉は、景に意外な話をします。地元では醜女でとおっている景の容姿が、大阪では「えらい別嬪」と呼ばれているというのです。


  たしかに当時の堺には、南蛮人がたくさんおり、大きな目とクッキリとした顔立ちは当たり前のものであったわけです。それを聞いた景は、なんとしても堺に行ってそれを確かめたい、との思いに駆られます。一向宗たちの一途な思いにこたえる形で、景は大阪本願寺をめざして能島を出発します。動機は不純ではありますが、こうして景は真鍋海賊が守る大阪湾に乗り込むことになるのです。ここから、景の織り成す事件の連続が、木津川の戦い緒戦を通じて息もつかせず、時間を忘れさせてくれます。


  鈴木孫市率いる雑賀衆、一向宗信徒と原田直政率いる真鍋軍、泉州侍たちの壮絶な戦いの火ぶたが切って落とされます。その渦中にて、現実の戦いの非情さと不合理さを、身をもって体験する景。一度は、そのむなしさに能島へと引き上げ、女として生きることを決意します。


  しかし、小説はここからが読みどころです。


  いよいよ村上海賊の合力を得た毛利軍が一千艘の大軍団を従えて摂津の海へと漕ぎ出します。しかし、淡路島に到着した武吉の息子元吉の率いる軍団は、一向に攻め入る気配を見せません。摂津湾を隔ててにらみ合う村上海賊(毛利軍)と鍋島海賊(織田軍)。その海戦の引き金を引いたのは、能島に帰り、女性として生きようと決めていた景だったのです。


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(村上海賊の安宅船模型 Wikipediaより)


  小説の戦闘シーンは凄惨ですが、暗さは全くなく、むしろさわやかささえ感じられます。しかし、その駆け引きの連続に、読者は手に汗を握り、気が付けば最後のシーンまで目を離せなくなっています。景の戦いのクライマックスは、まるで映画「ターミネーター」のごとく、本当に決着がつくのかと、息もつかせぬ緊迫の連続です。


  この小説の面白さは、読んでみなければわかりません。皆さんもその至福のひと時を、ぜひこの本で味わってください。時の経つのを忘れます。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



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2017年01月03日

逢坂剛 イベリアシリーズ第6弾


こんにちは。


  今年のお正月はカレンダーの関係で、短いお休みとなりました。4日(明日)からは出勤で通常モードの始まりです。昨日、例年通りいつもの神社で初詣と厄払いを済ませてきました。準備万端、今年も張り切っていきましょう。


  さて、唐突ですが、逢坂剛氏は、毎年フラメンコギターのライブを開催しています。


  そのライブは、逢坂剛氏が直木賞を始め数々の賞を受賞した名作「カディスの赤い星」の名が冠されています。スペイン研究家としても名の知れた氏は、自らもフラメンコギターを演奏するアフィオシオナードなのです。(ちなみに、アフィオシオナードとは、熱烈なフラメンコファンという意味だそうです。)


  昨年は、第8回目のライブが930日に開催されました。日本のフラメンコギターの名手、沖仁さんは1回目から今回の第8回目まですべてに参加していますが、逢坂剛さんの語りとフラメンコギターの魅力が見事に融合した素晴らしいライブです。氏は、「パコはわからないね。」と語るほど生粋のフラメンコをこよなく愛するスペイン派です。(ちなみにパコとは、映画にもなったフラメンコフュージョンの名ギタリスト、パコ・デ・ルシアのことです。)


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(コンサートポスター 日本フラメンコ協会HPより)


  さて、先週はそんな逢坂剛さんのライフワークの一つ、イベリアシリーズの第6弾を読んでいました。


「暗殺者の森」(逢坂剛著 講談社文庫上下巻 2013年)


【逢坂剛氏のスペイン】


  イベリアシリーズは、第一作目「イベリアの雷鳴」が1999年に上梓され、それ以来15年間書き継がれてきました。


  主人公は、陸軍中野学校の第一期生であり、はるか日本から宝石商のカヴァーを持って派遣されたインテリジェンスオフィサー(平たく言うとスパイ)である北都昭平です。彼がマドリッドに降り立ったのは1940年。まさに第二次世界大戦前夜でした。


  スペインの現代史は激動の歴史です。第一次世界大戦中、中立を守ったスペインは、1931年に君主制が崩れ、共和国として憲法が制定されました。しかし、共和国政府内では右派と左派が激しく対立、対立の末1936年に成立した左派政府に対し、フランコ率いる軍部が反乱を起こしました。かの有名なスペイン内戦の勃発です。


  この内戦には、ヘミングウェイやマルローなども義勇団として戦いに参加。オーウェルやロバート・キャパもスペインに渡るなど、米英は共和国政府に加勢しました。しかし、ドイツやイタリアの支援を受けたフランコ将軍率いる反乱軍が1939年に勝利し、国を掌握することになります。北都昭平が降り立った1940年は、まだ内戦の傷跡が深く残る状態でしたが、ヨーロッパに台頭するファシズムと対立する英仏米の間で、スペインは中立を守っていたのです。


  逢坂剛氏は、1980年に「暗殺者グラナダに死す」で小説家としてデビューしましたが、長い間広告会社の電通に勤め、二足のわらじを履いていました。1986年に「カディスの赤い星」で日本冒険小説協会大賞、直木賞、日本推理作家協会賞の3冠を獲得。とにかく、そのスペインを舞台にした小説の面白さはバツグンでした。


  もともとクラシックギターが大好きだった逢坂剛氏は、あるときフラメンコギターの魅力に取りつかれます。会社員としての仕事を続けながらもフラメンコギターの本場、スペインに2週間の休暇をもらって旅行したそうです。氏のスペイン研究はそこからはじまったのだと思います。そして、その当時のスペインはまさに激動の時代を迎えていました。


  フランコ将軍は、内戦で勝利した1939年から亡くなる1975年まで独裁政権を継続ました。フランコは、自ら設立したファランヘ党の一党政権となりスペインのナシュナリズムの昂揚を国民に求めました。その一方で、国境近くの少数民族であるスペイン語外のカタルーニャ地方のバスク文化を弾圧したのです。


  弾圧を受けたバスクの人々は、「バスク祖国と自由」(ETA)という結社を立ち上げ、フランコ政権に対しテロリズムによる戦いを仕掛けていくのです。そして、1973年には、当時フランコ将軍の後継者と目されていたブランコ首相を暗殺するに至るのです。


  こうしたスペインの状況を肌で知り、研究した逢坂氏は、スペインを舞台とした小説を次々と発表していきました。「スペイン灼熱の午後」、「斜影はるかな国」、「幻の祭典」、「燃える地の果てに」、などの長編は、まさに逢坂剛の魅力満載です。また、短編集でも、「幻のマドリード通信」や探偵、岡坂紳策シリーズにもスペインの匂いがちりばめられており楽しめます。


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(栄えある3冠受賞作 amazon.co.jpより)


  逢坂剛さんは、一昨年劇場版映画が公開された「百舌シリーズ」や近年の時代劇など次々にエンターテイメント小説を上梓していますが、やはりその原点はスペインものに他なりません。


【イベリアシリーズの魅力】


  こうした逢坂剛氏が満を持して執筆した物語がイベリアシリーズなのです。


  1940年、主人公北都昭平が着任したスペイン。内戦の傷跡も癒えぬこの国では、世界各国の大使館とスパイが入り乱れ、枢軸国側と連合国側の世界大戦前夜の諜報戦が繰り広げられていたのです。こうした歴史的背景を正確に追いながら、物語は歴史をたどりながら進んでいきます。


  第一作:フランコ暗殺未遂事件、第二作:日本の真珠湾攻撃、第三作:再びのフランコ暗殺計画と連合国による北アフリカ上陸作戦、第四作:連合軍のシシリー島上陸作戦、そして、第五作では、あのノルマンディ上陸作戦前夜の諜報戦。


  逢坂氏は、一作ごとに第二次世界大戦の史実を忠実になぞりながらその裏で繰り広げられる諜報戦を多彩な登場人物と共に描いているのです。


  この第6弾が描くのは、1944年。66日、連合軍はついにノルマンディ作戦を決行。ドイツは、再び西部戦線での戦いを強いられることになります。そして、1944720日がやってきます。この日に何が起きたのか?第二次世界大戦中のドイツをよく知る方には、説明するまでもないと思います。


  この物語は当然フィクションですが、物語を実際に動かしていく登場人物たちは、虚実織り交ぜてその魅力を存分に発揮していきます。


  フィクションとして物語を引っ張っていくのは、ペルー国籍を持つ日本人スパイ、北都昭平、イギリス情報部MI6のスペイン工作担当者、ヴァニジア・クレイトン、日本の新聞聯合通信社のベルリン支局長、尾形正義の3人です。第二次世界大戦時のヨーロッパで日本人は諜報の世界でどう戦ったのか、逢坂氏の本書執筆の動機はそこにあったといいますが、まさにうってつけの人物設定です。


  一方の実在の人物もこの物語では重要な役割を与えられています。その筆頭は、ヒットラー政権下でドイツの国防を諜報の面から支えたドイツ国防軍情報部(アプヴェア)を率いるヴィルヘルム・カナリス提督。これまでもドイツを愛し、ヒトラーの野望を否定しつつもドイツのために命を懸けるカナリス提督の姿は、この第6巻でついに最後を迎えます。


  もう一人、この物語の後半にキーマンとなるヴァニジア・クレイトンのMI6での上司、キム・フィルビーです。彼は、実在の二重スパイ。フィルビーは、この小説が始まるのと同時期にイギリス情報局に入り、かつてスペインの内戦を取材したジャーナリスとであった経歴を買われ、MI6のイアベリア半島担当班の班長に任命されました。


  まさに本編の主役、ヴェニジア・クレイトンの直属の上司だったのです。


  キム・フィルビーは、終戦後もMI6で重用され、幹部級に昇格していきますが、その実態はソ連に情報を提供する二重スパイだったのです。1963年、他のスパイとともにソ連への情報提供が疑われると、フィルビーはまんまとソ連に亡命を果たします。その後は、KGBにてイギリス担当顧問として仕事につき、1988年に亡くなりました。


  さらに、北都昭平がスペインで情報交換を頻繁に行っていた日本大使館のスペイン大使、須磨弥吉郎。秋田出身で6か国語に堪能であったこの人物もこの小説に登場します。須磨氏は、西洋美術の収集家として名前が知られていますが、今回もスペインで日本のスパイを務めていた人物にこれまでの報酬としていくつかの絵画を渡しています。


【シリーズ第6弾の楽しみ】


  さて、第6弾にあたる本作は、いよいよノルマンディ作戦が実行され、追い詰められるナチスドイツを背景に物語が展開していきます。


  前作でノルマンディ作戦に関する秘密指令でベルリンに侵入したヴェジニア・クレイトン。今回、主役級の活躍を演じる聯盟通信社ベルリン支局長の尾形正義と北都昭平、そしてカナリス提督の絶大なる尽力によりドイツを脱出し、スペインへと帰国します。恋人となった北都昭平の元で、高熱を出し伏していたヴェニジアですが、小説が始まったとたん北都昭平の前から忽然と姿を消してしまいます。


  彼女は、自らを敵地に送り込んだMI6の上司キム・フィルビーに疑惑を抱いています。その疑惑を調査するため、満身創痍の体を押してイギリスへと飛んだのです。


  一方、本作品ではその題名通り、ある暗殺計画が着々と進められます。


  皆さんは、第二次世界大戦中、ドイツ国内で企てられたアドルフ・ヒットラー暗殺計画をご存知でしょうか。ウィキペデイアによればヒトラーの暗殺は42回企てられたそうですが、そのすべては、未遂に終わったわけです。しかし、中にはナチスドイツ内で反ヒトラーの勢力が紙一重のところまでヒトラーを追い詰めた作戦があったのです。


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(映画「ワルキューレ」DVD amazon.co.jpより)


  その暗殺計画は、大戦末期の19447月に遂行されました。


  今回のイベリアシリーズでは、このヒットラー暗殺計画が極めてリアルに描かれていきます。手に汗握るサスペンス。そして、北都の敬愛するカナリス提督はこの暗殺計画にかかわったとの嫌疑により、ヒットラーに拘束されてしまいます。


  さらに北都との再会のためにスペインに戻ったヴァニジア。北都との再会を果たしたのもつかの間、過去の作戦の失敗によって北都を逆恨みするナチスの秘密警察ゲシュタポのエリッヒ・ハンセンが再び登場。なんと、北都はベルリンへと拉致されてしまうのです。


  物語は、手に汗を握る展開のまま、いよいよベルリン陥落へと疾走していきます。


  いよいよイベリアシリーズも最終巻を残すのみとなりました。北都とヴァニジアはどんな最後を迎えることになるのか、皆さんもワクワクしながらこの本をお楽しみください。


  今年のお正月は、おだやかで暖かい日が続きます。昨年は後半に姉がなくなるとの悲しい出来事があり、しばらくブログをお休みしましたが、今年は再び充実させていきたいと思っています。皆さんも、ぜひ充実したときを過ごされるよう心より祈念いたしております。


  それでは皆さん、お元気で。また、お会いします。



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2017年01月01日

2017 明けましておめでとうございます


2017年1月1日

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新年あけましておめでとうございます。

今年も「人生楽しみ」を満喫したいと思います。
変わらずのご愛顧をどうぞよろしくお願い申し上げます。

皆さんもぜひ明るい未来を目指して、人生を楽しみましょう!!



本今回もお付き合いありがとうございます。

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2016年12月31日

加藤陽子 学校では教えてくれない近代史


こんにちは。

  自分の受験生時代にはセンター試験なるものはなく、歴史を選択する場合には「日本史」または「世界史」を選択します。日本の学校では、歴史とは「明治時代」までのことを指しています。4月から授業が始まり、縄文時代を学習します。そして、歴史の名の通り飛鳥時代、奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、戦国時代、安土桃山時代、江戸時代と授業は進んでいきますが、3学期の終わりには明治大正が語られてタイムアップとなります。

  現代史は、倫理公民の分野となりますが、近代史はここでもおざなりになります。

  すると、現代の若者たちの教養の中には、「日露戦争」、「第一次世界大戦」、「日中戦争」、「太平洋戦争」は、見事に抜け落ちることとなります。

  さらに、日本の歴史教育は道理を考えることを求めることがありません。大学入試では、難易度を上げるために近代、現代史のマニアックな知識を求める問題が多くみられますが、「知識の暗記」が勝負を決めることになります。このため、若者たちに求められる歴史の知識は、まるでクイズ番組で勝ち残るための固有名詞や年号に偏り、暗記に頼ることになるのです。

  先週は、我々に抜け落ちている近代史をキッチリ語ってくれる本を読んでいました。

「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(加藤陽子著 新潮文庫 2016年)

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(「それでも、・・・」新潮文庫 amazon.co.jpより)

【歴史学とは科学なのか】

  この本の著者である加藤陽子氏は、現役の東大教授。まさに最前線で歴史を発見していく現役の歴史学者です。

  さらにこの本の面白さは、その設定にあります。この本は、加藤氏が、歴史を研究する高校生や中学生を相手に近代史のエポックとなった「戦争」を講義していく内容をそのまま活字にしているのです。

  歴史とは事実のつながりですが、歴史で紡がれていく出来事には、すべてに「なぜ」があります。出来事を並べるだけでは、その出来事が「なぜ」起きたかが語られません。また、歴史は「必然」なはずなのですが、「なぜ」は決して必然とは言えません。歴史の教科書には、キチンと「なぜ」が語られているように見えますが、実は過去からの定説が述べられているだけで、リテイルを語る文献に当たっていくと実は定説では語りつくせない「なぜ」が横たわっているのです。

  加藤氏は、定説を語るのではなく、これまでの歴史研究家たちが新たな「なぜ」を発見してきた事実をたくさん語ってくれます。この本の序章では、歴史を学ぶとはどうゆうことかが語られていますが、その中で、「歴史とは現在と過去の対話である。」との言葉で有名なイギリスの歴史学者エドワード・ハレット・カーのことが紹介されています。

  紹介される本は、岩波新書の古典となっている「歴史とは何か」、そして、第一次世界大戦と第二次世界大戦の狭間を研究した「危機の二十年」(岩波文庫)の2冊です。

  「なぜ」を語るのに最も合理的なのは、科学です。科学は、まず仮説を立て、その仮説が普遍的なものか否かを実験や観察によって証明し、真実を突きとめることで成り立ちます。カーは、「歴史とは何か」の中で、歴史は科学である。と述べています。加藤氏は、序章で学生たちに「歴史とは科学か?」との質問をぶつけていきます。歴史学は、過去に起きた出来事を研究する学問です。同じ人間が二人といないように人間が行った事象や出来事はすべてが異なる事象です。そこに普遍性(真実)を求めることはできるのか。

  この本では、2つの論点が指摘されています。ひとつは、歴史は個別の事象を扱うが、科学は普遍的な事象を扱う、というもの。もうひとつは、歴史は一度しか起きないので、教訓を生まない。つまり、歴史は個別の事象であるために一般的な教訓とはならない、というものです。カーの本では、他にも論点が語られていますが、その中の2つに絞って話が進みます。

  カーは、第一の反論への回答として、イギリスのリチャード三世の例を挙げます。彼は、対立する王妃一族を粛清し、さらに王エドワード5世とその弟をロンドン塔に幽閉。暗殺したとみられています。はたしてリチャード三世は残虐な王なのか。その答えは、現代の視点から見るのではなく、当時の王たちが王権確立のために親族を殺害することがあたりまえのことであったか否かを確認していく必要がある。その検証によって、行動の普遍性を語ることになる。こうした例を示して、歴史の研究も科学的なプロセスを経て、普遍性を得る、と語ります。

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(「歴史とは何か 岩波新書 amazon.co.jpより)

  歴史の教訓という意味では、第一次世界大戦後のヨーロッパを分析した「危機の二十年」の中で、カーは、「理想主義」から「現実主義」へと変わっていく国際関係を語っており、歴史を教訓とする検証を行っています。そのいきさつは、加藤氏の序章の講義でお楽しみください。

【日清戦争から太平洋戦争まで】

  20世紀は、まさに戦争の時代でした。第一次世界大戦から始まり、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争、イラク戦争と世界中で何千万人という人々が戦争の犠牲となり、たくさんの家族や遺族の心には苦しみと悲しみと憎悪が渦巻きました。

  この本では、明治維新以降日本が戦争を選択していった背景、事実を戦争ごとに講義形式で語っていくことになります。

序章 日本近代史を考える
一章 日清戦争 「侵略・被侵略」では見えてこないもの
二章 日露戦争 朝鮮か満州か、それが問題だ
三章 第一次世界大戦 日本が抱いた主観的な挫折
四章 満州事変と日中戦争 日本切腹、中国介錯論
五章 太平洋戦争 戦死者の死に場所を教えられなかった国

  目次を見ただけでもこの講義の面白さが見えてくるようですが、栄光学園の生徒たちを相手に加藤氏はくめども尽きぬ面白さで講義を続けていきます。

  この本の面白さは、加藤氏から生徒たちへの一方通行ではなく、生徒たちにあびせられる鋭い質問の数々です。その質問たるや、クイズ番組のように人の名前や出来事の年代、起きた場所などを問う質問ではなく、講義の流れの中でその背景を問うていく質問です。読者の我々は、栄光学園の生徒たちと同じく、自らの知能を働かせて答えを導き出していかなければなりません。

  読んでいると、加藤氏の繰り出してくる視点の面白さに引き込まれることはもちろんですが、生徒たちの見事な回答にも舌を巻き、ワンダーを覚えながら時の経つのを忘れます。歴史の面白さを存分に味わうことができるのです。

  例えば、四章のサブタイトルとなっている「日本切腹、中国介錯論」は白眉です。

  満州事変が起き、日中戦争に突入していく時代、中国では蒋介石率いる国民政府が中国の政府となっていました。蒋介石のもとには数多くの優秀な人材がそろっていました。1938年に駐米大使となった胡適という人もとんでもなく頭の良い人だったそうです。

  当時の中国は、国際関係の中で日本からの武力浸食に様々な手段を講じていました。蒋介石は、直接の日本との交渉よりもむしろ国際連盟を通じて、世界を味方につけて日本をけん制しようとの戦略を立てていました。

  しかし、国際連盟はアジアへの関心は薄く、頼りになりません。中国は、なんとかアメリカやソ連を日本と中国の紛争に巻き込みたいと思っていましたが、アメリカもソ連も当時の日本と問題を起こすことを避け、遠巻きに見守っているだけでした。

  そこで、胡適はアメリカやソ連をこの紛争に巻き込む方法を考えたのです。その答えが「日本切腹、中国介錯論」だったのです。加藤氏は、胡適がどうやればアメリカやソ連を紛争に巻き込むことができると考えたか、を生徒たちに質問します。

  生徒たちもさるもの、
連盟にもっと強く介入させるよう、日本のひどさをアピールする。」
「ドイツとの新しい関係ができて来たので、それを利用する。」
「まずイギリスを巻き込んで、イギリスを介してアメリカを巻き込む・・・」
  など、自ら頭を使い多彩な答えをひねり出します。

  胡適の発想は、彼らの回答を超えて壮絶なものでした。それは、「アメリカやソ連をこの戦いに巻き込むには、中国が2.3年この戦いに負け続けることだ。そうすれば、アメリカやソ連は日本と戦うこととなり、日本は自滅する。」という戦略でした。まさに肉を切らせて骨を切る、ですね。

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(中国史に残る 胡適氏 wikipediaより)

【歴史は教訓となるか】

  この本には、随所に目からうろこが落ちるような学説や発見が紹介されています。講義を聴いていた生徒たちも、さぞや知的興奮を味わったろうと思いますが、我々読者もそれ以上にワンダーを感じるのです。

  日清戦争、日露戦争時代と日本の政府と議会と選挙の相関関係、かの山形有朋が日清戦争の時代にロシアのシベリア鉄道敷設計画に脅威を感じ、憲法の先生であるシュテイン教授に教えを乞うた話、昭和天皇にアメリカとの戦争の勅諭をもらうために、軍部がアメリカと日本の空母や航空機の生産力を数値にて表し、奏上した話、などなど、次から次へとワンダーな歴史が語られていきます。

  序章のなかに「歴史の誤用」との項目がありますが、これを読んでいると生徒たちが身を乗り出してこの話を聞いていた姿が目に浮かびます。

  ロシア革命に成功したソ連では、レーニン亡きあとボリシェビキの指導者をだれにするかとの論争がありました。このとき首脳たちは、フランス革命後のフランスの歴史を思い浮かべます。フランス革命ののち、革命軍の中からナポレオンが台頭。軍事の天才であったナポレオンは、そのアジテーション能力を駆使してフランス皇帝まで上り詰め、フランスを崩壊させました。

  ソ連を率いるリーダーとして最も有力であったのは、軍事的才能とアジテーションの才能が最も長けていたトロツキーでした。当時、スターリンは政治的な才能はあったものの地味な存在だったそうです。しかし、首脳たちは、フランス革命の歴史を教訓としてトロツキーではなく、スターリンを後継者に押したそうです。

  その後、スターリンによって数百万人もの人命が粛清の名のもとに消えていくことになります。

  この話は、日本の統帥権の確立や西郷隆盛にも通じていきます。

  「歴史の誤用」では、歴史学者アーネスト・メイの本から、なぜルーズベルトがドイツと日本の無条件降伏にこだわったのか、また、アメリカがなぜベトナム戦争の泥沼にどっぷりとつかってしまったのか、とのワンダーな話も語られていきます。

  折しも先日、安倍総理大臣が真珠湾を訪問し、戦争で亡くなった方々への哀悼の意と平和を創るための日米同盟の大切さを語りました。75年まえ、日本はどのような歴史的プロセスを経て、あの未曾有の戦争に突入していったのか。

  学者としての客観性と教師としての情熱を持って、加藤陽子氏は我々にそのいきさつを語ってくれます。わかり易い答えはこの本にも語られていません。皆さんもこの本を読んで、その答えを考えてください。この講義を聞いた生徒たちと同じように、我々一人一人が自らその答えを求めることが最も大切なことと思える素晴らしい本です。

  今年は、イギリスの国民投票やトランプ現象と驚天動地の1年でした。今日も歴史は創られていきますが、皆さんに穏やかで健やかな新年が訪れることを心から祈念しています。

  良いお年をお迎えください。それでは皆さんお元気で、またお会いします。

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2016年09月29日

米原万里 人間を信じる力


こんばんは。


   ロシア語同時通訳者で、作家でもあった米原万里さんが亡くなってから早くも10年になります。私の中では、毎週欠かさず見ていたTBSの「ブロードキャスター」のコメンテーターとして、どんな話題に対してもユーモアに満ちた確固たる意見を語る姿が忘れられません。


   その縦横無尽な語り口は、その後に数々のエッセイを読むにつれて、自分の考え方をみごとに律する知性から生まれてきているのだ、と考えるようになりました。


   一方、ロシアと言えば、佐藤優さんの名前が浮かびます。氏は、日本の外務省官僚として日本の国益を確保するためにロシアの奥深くに分け入ったインテリジェンスオフィサーでした。その能力があまりにも長けていたために、政治の力学によってその座を奪われてしまいましたが、日本にとってその損失は計り知れないものと思います。反面、誰かが、佐藤優が野に放たれたのは、読者にしてみれば僥倖である、と語っていましたが、「国家の罠」に始まる執筆活動の快進撃を見ると、本当にそうだなあと思わざるを得ません。


   今週は、ロシアを通じて盟友であった佐藤優編、米原万里筆による本を読んでいました。


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(「偉くない『私』が一番自由」amazon.co.jpより)


「偉くない『私』が一番自由」(米原万里著 佐藤優編 中公文庫 2016年)


【米原万里さんを偲ぶ本】

   最近ネットをつらつら見ていて、米原万里さんの公式サイトが開設されているのを発見しました。開設の日付は今年の4月。管理人は、Inoue Officeとなっており、きっと井上ひさしの奥様である妹さんが開設した公式サイトだろうと推測します。


   HOME画面には、米原万里さんのお人柄をほうふつとさせる「舌禍美人語録」なるものが紹介されています。「まあ、動物としては優れている、ということね。」、「わたし、ジェンダーよりセックスが好きですから。」、「あなたの友達が私の血液型を知りたがっているようですが、私は、人類をわずか四つに分類して考えるような馬鹿とは、絶対に友達になりません。ちなみに私はO型です。」


   果たして、どんな状況でこの言葉が語られたのか、それはHPを見ると、キチンと記載されています。興味のある方は、ぜひ公式サイトに訪れてください。普通、こうした言葉は、表記されるとその人が語った時とはまったく別の印象を与えてしまうのですが、米原さんの場合には、彼女がブロードキャスターのコメンテーターの口調で語っている姿が浮かんできて、思わずにやりとしてしまいます。さすが、毒舌とシモネタとダジャレを愛する万里さんのHPです。


   米原さんは、政治的人間からは程遠く、とても日本の官僚と馬が合うとは思えませんが、佐藤優さんは例外だったようです。米原さんがロシア語通訳協会を立ち上げて自ら事務局長として奔走した話は有名です。佐藤優氏は、日本人としてはロシアのエキスパートであった関係から、ロシア語通訳協会では何度か講演を行っていたそうです。


   そのときに米原さんは佐藤さんを信じるに足る人格として認めたのではないでしょうか。佐藤さんが、鈴木宗雄さんと連座して日本の国益に反する行動をしたとの疑いを受け、逮捕されたときに米原さんは佐藤さんに対して行動を起こします。


   閑職へと左遷され、毎日資料整理を仕事としていた佐藤さんのもとへ米原さんは電話しています。米原さんは、自らが体験した組織的なバッシングの実態を佐藤さんに伝えたくて、夕食を共にしたいと誘ったのです。さすがにその日の夜には都合がつかず、翌日の夜に待ち合わせをしました。ところが、翌日の午後、佐藤氏は逮捕され、食事会は流れてしまったのです。


   保釈後、改めて両氏は会食することになりますが、佐藤さんの言によれば、「国家の罠」の出版に当たり、米原さんは優秀な編集者を紹介するなど、その出版に対して労をいとわなかったそうです。この本でも紹介されていますが、米原さんの病気がかなり重くなったときに佐藤さんは米原邸を訪れます。そのときにある作家の話題となり、米原さんが「だいたい文学官僚なんかにまともな作品を書けるわけがない。」と語ります。佐藤さんいわく、「僕だって官僚ですよ。」


   米原さんはすかさず、「あなたは、間違えて官僚になったのよ。本来は作家になる人なの。」と返します。米原さんは、佐藤さんをはじめとして、人を見る目に間違いはなかったようです。


   今回の本は、数ある米原さんの名エッセイ、名対談の中から佐藤さんが趣向を凝らして選んだアンソロジーなのです。その趣向とは、生前に米原さんが最も愛したロシア料理です。佐藤さんは、米原さんの作品をロシア料理のフルコースに見立て、冷たい前菜から黒パンとウォットカ、暖かい前菜、メインデッシュと、おいしい米原作品が次々と紹介されていくのです。


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(メインディッシュ「ビーフストロガノフ」)


【米原万里さんの多彩な魅力】

   まずは、目次をみてみましょう。


<冷たい前菜5品>

「三つのお願い」、「キャビアを巡る虚実」、「氏か育ちか」、「不眠症に効く最良最強の薬」、「夏休み、子供や犬猫のあふれるエネルギーを家事に生かそう」

<ウォットカと黒パン>

「グルジアの居酒屋」、「日の丸よりも日の丸弁当なのだ」

<温かい前菜3品>

「夢を描いて駆け抜けた祖父と父」、「夕食は敵にやれ!」、「プラハからの帰国子女」

<白ワイン ツィナンダーリ>

「秘蔵の書」

<第一の皿 チョウザメの串焼き>

「東京外語大学卒業論文 ニコライ・アレクセイヴィッチ・ネクラーソフの生涯」

<口直し ウォットカ味のシャーベット>

「モテる男は短い」

<赤ワイン キンズマラウリ>

「コミュニケーションという名の神に仕えて」

<第二の皿 ビーフストロガノフ>

「『お父さんと二人の娘』の訪ソ印象記」、「ロシアは今日も荒れ模様」、「未知の食べ物」

<チーズとポート>

「『反語法』の豊かな世界から」、「面白すぎる『自分史』と毛嫌いのスターリン本」、「ベリヤはいまだ藪の中」

<デザート>

「金色の目をした銀色の猫」

<ロシアン・ティー>

「女が選ぶ政治家ベスト10」、「ジャンル別文庫ベスト5」、「プラハの空の下で」、「怖いお化けがいない」、「人生の優先順位」

<食後酒 アルメニア産コニャック>

「偉くない『私』が一番自由」


   佐藤氏は、米原作品の数々をロシア料理のフルコースに見立てて、米原さんの人生が文章の裏から見えてくるような作品集に仕上げています。その構成は、全体を俯瞰したうえで見事です。


   米原さんがエッセイストとして名を馳せたのは、ロシア語の同時通訳者として、異言語と異文化のギャップと人間はみな言葉を通じて理解し合うことが可能であることを、数々の現場で経験し、それを類まれなるウイットとユーモアで表現したことが読む者の心をとらえたことによります。今回のアンソロジーでも通訳の仕事を通して知ったロシアが存分に語られています。


   また、米原さんの原点が小学校時代に編入したプラハのロシア語学校での体験と帰国してからのロシア語学校と日本の学校の文化ギャップであることが、このアンソロジーからよくわかります。佐藤さんが編纂したアンソロジーであることから、米原さんとロシアの原風景がどの作品からも湧き上がってきます。祖父や父の話、プラハ時代にお隣に住んでいた北朝鮮夫妻のおいしい朝鮮料理の話(プラハで手に入る野菜で魔法のようにおいしいキムチができるのです。)、お得意のロシア小話を枕にした話。どれもが、米原さんの人生を語る名編です。


   そして、この本の白眉は、外語大学時代に書いた卒業論文です。ロシアの詩人ネクラーソフについて書かれた論文は、情熱をもって大胆に表現された研究論文です。エッセイではネクラソフと書かれていますが、この本を読んで初めて彼の生涯とその作品を知りました。ネクラーソフ好きにはたまらない論文かもしれませんが、ネクラーソフに初めて邂逅した私にとっては、米原さんを知るという意味でこの作品は貴重な論文でした。


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(ネクラーソフが活躍したペテルスブルクの宮殿)


   まず、論文の中にちりばめられている読む人を意識したサービス精神は当時から身についていたのだと驚きます。論文にもかかわらず、そこここに米原さんが登場し、論文らしからぬ大げさな口調に思わず笑ってしまいます。さらに、米原さんがこの論文を書くときの勢いがどの文章にも表れていて、それも楽しさにあふれています。次から次へと言葉が頭の中にわいてきて、文章にするのが間に合わない感じがよくわかります。米原さんらしい。そのおかげで、数行ごとに誤字脱字が現れます。


   この論文を読むと、作家となってからの米原さんは、自らの原稿推敲にも苦労したのではないかと想像されますが、それと同時に担当編集者の方の原稿チェックは結構大変だったのでは、と編集者に変な同情を禁じえません。


   この論文の前におかれている「秘蔵の書」というエッセイがこの論文の枕となっているところに佐藤さんの目利きの感覚を感じます。まだ読んでいない方は、楽しみにしていてください。


【佐藤優氏の介入】

   あらゆる話題をこなす米原さんの全体像を浮かび上がらせることができたのは、米原さんとロシアに関しての盟友であった佐藤優さんだからこそです。実はこの本には、ところどころにシェフが登場して米原さんを語ります。


   極めつけは、最後に配置された「シェフからのご挨拶」です。ここで紹介されているのは、2009年に佐藤氏が米原さんに関するエピソードを書き綴った「米原万里さんの上からの介入」というエッセイです。その中には、米原さんがいかに佐藤氏を買っていたのかがよくわかる話が描かれているのですが、さすがの佐藤氏も米原さんの強力な押しの強さには勝てなかったことがよくわかります。


   一方、ガンコさという意味では、米原さんと佐藤さんは双璧であるといえます。佐藤さんがこの本の節目で語る言葉やエピソードを読むと、佐藤さんが米原さんの強烈な介入にもかかわらず、米原さんの考え方と佐藤さんの考え方が違っており、そのことを是とした前提で、二人の関係が成り立っていたことがよくわかります。



   この本は、米原作品のトリビュートですが、あくまでも佐藤優氏が俯瞰した米原万里が浮かび上がるように構成されています。佐藤優氏の本を読んだことのある方は、ところどころでニヤリとすることになりますが、純粋な米原万里さんのエッセイファンは、かなり勝手が違う印象を受けると思います。この本の中の米原万理さんは、ダジャレとシモネタとアイロニーを前面に出して読者を楽しませてくれる米原万里さんとは一味違います。


    しかし、本当の米原万里さんは確かにこの本の中で息づいています。本当の米原万里さんとはどんな人生を生きた人だったのか、興味のある方はぜひこの本を手に取ってみてください。新たなワンダーを感じることまちがいなしです。


   それでは皆さんお元気で、またお会いします。




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2016年09月22日

おかげさまで、400回です


こんにちは。


   400回目となりました。


   いつもアクセスして頂いている皆さん。本当にありがとうございます。ここまでブログを続けることができたのも、ひとえにご訪問頂いている皆さんのおかげです。201011月にブログを始めてから510カ月。おすすめ本を中心に「人生の楽しみ」を綴ってきました。


   これからもコツコツと「楽しみ」を続けていきたいと思います。


   本好きの方、映画好きの方、音楽好きの方、一輪の花にも心を動かすことのある皆さん。これからも日々雑記をよろしくお願いいたします。


【本の楽しみ ベスト10


   本読みの楽しみは何と言ってもワンダーな体験です。人は、一つの人生を一度だけ生きることを許されています。本は、その著者の人生が様々な形で宿っており、そこには全く別の人生が詰まっています。


   文は人を表します。学校や会社、家族でも相性があるように、文章にも合う合わないがあります。気の合う文章。わかり易い文章は、それだけでワンダーを感じます。フィクション、ノンフィクション、評論を問わず、新しい何かを感じることができる本との出会いは、間違いなく人生を豊かにしてくれます。


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(K.ISIGURO「日の名残り」amazon.co.jpより)


   これまで、50回を迎えるごとにそれまで紹介した本のベスト10を選んできました。


   この50回の間には、一生に一度あるかないかの出来事が重なり、ブログの更新がままならず、なんと26カ月にわたってしまいました。気にして頂いた方々にはお詫びを申し上げます。お待たせしましたが、いつものとおりベスト10を選びたいと思います。10位から6位までは、以下の通り(クリックするとブログに飛びます!)。


10位 「大世界史 現代を生き抜く最強の教科書」(池上彰 佐藤優著 文春新書 2015

09位 「日の名残り」(カズオ・イグロ著 土屋政雄訳 ハヤカワepi文庫 2001年)

08位 「ジェノサイド」(高野和明著 角川文庫上下巻 2013年)

07位 「人類を超えるAIは日本から生まれる」(松田卓也著 廣済堂新書 2015年)

06位 「ビブリア古書堂の事件簿6〜栞子さんを巡るさだめ」(三上延著 メディアワークス文庫 2015年)


   いずれも時間を忘れて読んでしまうワンダーの宝庫です。ぜひ未読の方は読んでみてください。


   さて、いよいよベスト5の発表です。


5位 「翼をください」(原田マハ著 角川文庫上下巻 2015年)


   原田マハさんと言えば、キュレーター時代の経験を存分に生かした「絵画」シリーズが嚆矢です。最新刊は新潮社から上梓された「暗幕のゲルニカ」。その面白さは、本好きの先輩のお墨付きですが、文庫本読みとしては一日も早い文庫化が待ち遠しい一冊です。この本は、「絵画」ならぬ女性飛行士の歴史と日本の飛行機の歴史のヒトコマを見事に切り取った感動作です。


4位 「モサド・ファイル イスラエル最強スパイ列伝」(マイケル・バー=ゾーバー/ニシム・ミシャル著 上野元美訳 ハヤカワ・ノンフィクション文庫 2014年)


   このブログでは、「インテリジェンス」がひとつのキーワードとなっています。


   最近では、国際社会で日本が生き抜いていくためにインテリジェンスの重要性は高まるばかりです。元外務官僚でロシアの専門家であった佐藤優氏がインテリジェンス・マインドとは何かをことあるごとに語っていますが、この本を読むと安全保障も含めたイスラエルの存亡は、まさにモサドの肩にかかっていることが良くわかります。のほほんとした日本も常に非情な世界にさらされている事実から目を背けるわけにはいかないのです。


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(「モサド・ファイル」amazon.co.jp)


   そういえば、先日、26年間モサドに身を置き、長官まで上り詰めたエフライム・ハルヴィ氏の著書「イスラエル秘密外交:モサドを率いた男の告白」が文庫化されました。早く読みたい!


3位 「海賊と呼ばれた男」(百田尚樹著 講談社文庫上下巻 2014年)


   戦後の焼け野原から経済大国日本を創造してきた英傑はあまた存在していますが、戦後の日本の復興を支えた石油を死守した英雄と言えば、出光佐三氏に他なりません。戦前も戦後も石油は日本の生命線です。その石油は日本には存在せず、世界のメジャーに牛耳られているのが実情です。そんな中で、真に日本の発展を支えるために、民族資本の石油会社に信念と命を懸けた男がいたのです。それこそが、海賊と呼ばれた男。この本のワンダーは、感動でした!


2位 「ラスト・ワルツ」(柳広司著 角川文庫 2016年)


   モサドがインテリジェンスオフィサーのノンフィクションであれば、D機関はインテリジェンスオフィサーの最高のフィクションです。スパイと言えば、欧米ロシア、中東の専売特許と思えますが、明治維新以降、富国強兵を急速に展開していた日本でも日露戦争以降、インテリジェンスの重要性は高まっていき、日本にも多くのインテリジェンスオフィサーが育っていきました。特に第一次世界大戦後、朝鮮半島へと進出を企てた日本にとって、インテリジェンスは必須の武器だったのです。


   そこに設立された中野陸軍学校。そこからはあまたのインテリジェンスオフィサーが羽ばたいていきました。その中野陸軍学校をモデルとしたD機関の物語。結城大佐とは何者なのか。このシリーズの魅力は尽きることがありません。


1位 「キャパの十字架」(沢木耕太郎著 文春文庫 2015年)


   最近、フォトジャーナリストなる職業が日本でも認知されてきました。フォトジャーナリストの歴史の中で、ロバート・キャパほど有名なカメラマンは存在しません。キャパの名が世に知れ渡るきっかけとなった1枚の写真。それこそが「崩れ落ちる兵士」と名付けられた写真なのです。


   しかし、この写真は謎に包まれており、これまでにもさまざまな仮説や憶測が飛び交っていました。この写真は、いつどこで誰によって写されたのか。被写体はだれなのか。キャパ本人は、この写真について何のコメントもせずにベトナム戦争の戦場で地雷によって帰らぬ人となりました。久しぶりに炸裂する沢木さんの緻密な推理と現地調査と沢木節。


   すべての人がワンダーを感じるノンフィクションの傑作です。


【人生楽しみの数々】


   この26カ月の間には、様々なワンダーがありました。映画のワンダーは、このブログでも折に触れて語ってきましたが、映画以外でもたくさんの感動とワンダーを味わうことができました。


   まずは、美術館です。


   今年の4月、生誕300年を記念して東京都美術館で伊藤若冲展が開催されました。NHKが協賛し、テレビでもその色彩と稠密な技法の数々が分析され、なぜ見るものをこれほど感動させるのかが解き明かされました。若冲は、江戸中期に活躍した画家ですが、その斬新な構図と緻密な色遣いで独自の世界を確立していました。


   圧巻だったのは、京都・相国寺に寄進した3幅の「釈迦三尊像」と宮内庁三の丸尚蔵館から出品された30幅の「動植綵絵」です。東京都美術館の3階の大ホールに円を描くように掲出された33幅の掛け軸は、1幅、1幅が見事な動植物に彩られ、1幅ごとに感嘆の声を上げたくなるような素晴らしい絵画でした。


   先日、仕事で京都に出張した際に事務所のある建物の近くでお昼ご飯を食べることになりました。近くに百貨店の大丸があり、そちらに向かって歩いていくと、その先に錦小路という狭い市場通りがありました。観光名所でもあるようで、近づいていくと、驚いたことに伊藤若冲生誕の地、との看板があるではありませんか。そこは今、和食のお店となっているのですが、若冲は青物問屋(八百屋)で生まれ、そこの主人に収まっていたのです。


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(錦小路入口 若冲生誕の地 表示板)


   その瞬間は、感動ものでした。


   さて、8月の中旬には六本木の国立新美術館で開催されていたルノワール展に足を運びました。今回の展示は、オルセー美術館とオランジェリー美術館の所蔵品が出展されており、ルノワールのすべての時代の絵画、103点が一堂に会していました。中でも初来日となる「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」の色彩の美しさには見とれてしまいます。さらに、左右対称となっている「田舎のダンス」と「都会のダンス」が並んで展示されており、その筆使いと動画のような流れは見事でした。この有名な絵画は、180×90のキャンバスに描かれており、その大きさにも感動しました。


   次なる楽しみはライブです。


   家で聞く音楽も元気の素、癒し系はたまたBGMと、なくてはならない楽しみですが、ライブはミュージシャンと我々がひとつになってパッションを作り上げるひとつの作品です。


   今年は、ダイアナ・クラールのしっとりとした歌声、山下達郎のアカペラ「ライドオンタイム」、さらにはついに最後の来日かとうわさされるエリック・クラプトンのブルースギターなど、素晴らしいライブをたくさん堪能し、盛り上がってきました。そうそう、フラメンコギターの沖仁さんとジャズギターの渡辺香津美さんのギターデュオも素晴らしかった。デメオラとデルシアの「地中海の舞踏」も飛び出して大興奮でした。


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(沖仁con渡辺香津美ライブCD amazon.co.jpより)


   最近、職場でジャズ好きと意気投合し、中央線沿線のライブハウスに誘ってもらっています。


   まずは、高円寺のJIROKICHI。このライブハウスはもはや伝説となっていますが、ギターの三好3吉さんと超絶ベースのバカボン鈴木さんがよくギグをやっていて、ジャズ好きの友人たちはそれを目当てに行くようです。


   印象に残っているのは、三好さんのバースデーライブ。メンバーがすごい。ギターは三好さん、ベースはバカボンさんですが、ドラム・鶴屋さん、キーボードがなんと国府弘子さんと佐山雅弘さん、さらには、サックス・本田雅人さん、トロンボーン・村田陽一さん、パーカッション・仙波清彦さん、さらにさらにヴァイオリン・高橋香織さんという豪華メンバーです。ジャズ好きな人はこのメンバーを見ただけでぶっ飛ぶと思います。間近で一体となれる素晴らしいライブでした。


   次なるライブハウスは、吉祥寺のSOMETIME。こちらも老舗のライブハウスで人気です。このお店はステージが店の真ん中にあり、ミュージシャンを観客が囲い込むという配置となっています。6月にここで40周年記念のライブがあり、参加してきました。この日は、ピアノトリオ+ヴォーカル。ピアノは、あの木住野佳子さん、ベース・日景修さん、ドラムス・藤井学さん、そして、ヴォーカルはチャリートさんです。


   曲は、木住野さんの「フェアリーテール」をはじめ、ジャズあり、タンゴありの素晴らしいパフォーマンスでした。何よりもほんの身近でトリオの演奏を味わい、まるで一つのユニットのように盛り上がることができて最高でした。本当に手の届きそうなところで木住野さんがピアノを弾いているなんて、皆さん想像できますか?


   まだまだ書きたいことがたくさんありますがそろそろ紙面も尽きてしまいました。



   何はともあれ、人生は楽しみに満ち溢れています。次回からもまた人生の楽しみを書き綴っていきます。今後とも「日々雑記」をよろしくお願い申し上げます。


   それでは皆さんお元気で、またお会いします。




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posted by 人生楽しみ at 11:13| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月11日

ビートルズはすべてが元気の素


こんばんは


   本屋さんで「ビートルズ」との題名を見ると思わず立ち読みをしてしまいます。


   これまでも、数ページを立ち読みするつもりが、気付いたら30分も経っていたということがままありますが、「ビートルズ」の本に関しては、数ページ読んで面白ければ即座に購入することに決めています。これまでご紹介してきたビートルズ本は、基本的にはそうして手に入れてきたものです。


   今回ご紹介する本も、最初の数ページで即買いしました。


「ビートルズの真実」(中里哲彦 遠山修司著 中公文庫 2015年)


   題名を見た時に、この著者はよほど勇気のある人だなァ、と感心しました。彼らが解散したのは1970年。そこから数えれば今年は46年目となります。現にこの本で対談を繰り広げている遠山さんもビートルズ解散の年に生まれています。デビューから数えればすでに半世紀を超えており、本人たちのインタビューや身近な人々の本によって、彼らの本質的な姿は語りつくされています。


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(「ビートルズの真実」amazon.co.jpより)


   例えば、5番目のビートルズと言われるジョージ・マーティン氏(先日故人となり、本当に残念です。)が書いた「耳こそはすべて ビートルズ・サウンドを創った男」「メイキング・オブ・サージェント・ペパー」やビートルズのエンジニアであったジェフ・エメリックの「ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実」は、最もビートルズの近くにいた人たちが残した記録です。


   その他にもビートルズを語ればみんなが読む、という意味からたくさんの「真実」を語る著作が上梓されています。その中で、これまで語られてきたすべてを踏まえて、さらなる「真実」が一体どこにあるのか。よほど自信があるか、またはパロディでなければ、とてもこんな題名をつけることはできません。


【ファンには楽しい対談本】

   この本は、ビートルズにはまった二人のマニアによるオタクな対談集です。


   そのマニアさ加減は半端ではありません。対談を仕掛ける側の里中さんは著作家、コラムニストが本業ですが、年代的には小学生の時代にビートルズは現役でした。また、対談相手の遠山さんはリバプール・サウンドの研究家として、リバプール・ロンドンに十数年も居住し、その間にビートルズゆかりの人々にもインタビューを行うという本格的なビートルズ研究者です。


   対談は、中里さんが質問し遠山氏が答えるというスタイルで進んでいきますが、お二人ともビートルズフリークであり、どの章にあっても話が盛り上がり、さぞや熱気にあふれる現場だっただろうな、と思わせます。


   普通の対談では、割と話が脱線する場合が多いのですが、さすがは文筆業の中里さんがナビゲーター。対談の内容は章ごと、みごとにまとまっています。


   全体像を俯瞰しておくと、


   第一章は「抱きしめたい」 この本の題名からか現在手に入るビートルズ本の話題で盛り上がります。最も「真実」に近く信頼性の高いビートルズ本はどれか。ちなみに遠山さんが最も信頼できるビートルズ本として挙げているのは、マーク・ルイソンが上梓した「ザ・ビートルズ/全記録」です。


   その本は、かつて図書館で見つけて借り出してきましたが、デビューから解散までこれほど精緻に記載された記録はまさにマニアック。世のビートルズ研究者にはかかせない著作です。さらに、本の話から、話題はビートルズの革新性、4人の魅力へと移っていきます。


    第二章は「ペニー・レイン」 4人が育ったリヴァプールの話題です。「ペニー・レイン」と「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」は、かの有名なサージェント・ペパーセッション中に録音された名曲ですが、どちらも故郷のリヴァプールに思いを馳せて作られた曲です。まったく別のテンポの2曲を、回転数を変えてつなげた名曲とバッハトランペットが高らかに鳴り響く名曲。なぜ、ビートルズはリヴァプールから生まれたのか。その背景と必然性を語っていきます。


   第三章は「イン・マイ・ライフ」 ビートルズとしてユニットとなる以前。4人はどこで生まれてどこで育ったのか。4人それぞれの魅力とその魅力が形作られた若き日の4人の姿を一人一人丁寧に語っていきます。リンゴの育った境遇にはおもわず涙を催します。


   第四章「ツイスト&シャウト」 そして、ついに運命の日が訪れます。195776日。セント・ピータース教会のガーデンパーティで、ついにジョンとポールが出会います。ジョンは、クオーリーメンというスキッフルバンドを率いて、このパーティーでライブを行っていました。そこにジョンにあこがれていたポールが自転車で現れるのです。ここからビートルズの奇跡が始まります。


   第五章「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」 ハンブルグでの出稼ぎによる修行で腕を上げたビートルズは、リヴァプールへと凱旋します。そして、その評判を知ったイギリス最大のレコード店ネムスの経営者であるブライアン・エプスタインは、ビートルズのマネージャーとなることを決意します。


   この第五章は、ビートルズのレコードデビューからロンドンへの進出、イギリスヒットチャートの席捲。そして、196427日、初めてアメリカの地を踏んだビートルズは、「エド・サリバン・ショー」に出演。アメリカでメジャーデビュー。ついに世界に羽ばたくこととなるのです。この章のすごさは、ビートルズの世界的な成功から解散劇までを一気呵成に語っていくところにあります。


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(エドサリバンショーのビートルズ)


   197049日、意外なことにポールが自らのソロアルバムの発売とともにビートルズからの脱退を表明。ついにビートルズの歴史に終止符が打たれました。実際にビートルズの生みの親であったジョンはさぞや悔しい思いをしたことでしょう。


   第六章「愛こそすべて」 この本の最後の章は、解散後のビートルズについて語っていますが、その切り口はなかなかユニークです。それぞれのソロに対しての評論ならどこにでもありますが、お二人の対談は一筋縄ではいきません。4人を取り巻くデビュー前からの女性たちの話題。もちろん、オノ・ヨーコさんの話も・・・。ジョンが撃たれる前後、そしてジョージ襲撃、さらにはアンソロジーの編纂と話題は続き、この対談は最後を迎えます。



【ビートルズ情報の宝庫】

   「あとがき」も含めて全編556ペ−ジに渡る大作ですが、対談による語り口はなめらかで、ワンダーを感じている間に一気に読み終わってしまいました。


   ビートルズ好きである限り、この対談で語られる時系列の出来事は大枠ですでに知っているものです。しかし、どの章をとってもビートルズ4人とその周辺の詳細の情報は、本当にマニアックで、誰もが、「ヘエ、それは初めて知った」と驚く情報がちりばめられています。


    第二章では、ビートルズが生まれ育ったリヴァプールの方言は、「スカウス」と呼ばれ、独自の英語であることが語られています。母音の「ア」を「オ」と発生するために、「but」はボット、「money」をモニ、北京ダックは北京ドックになるなど独特です。また、語尾を強調したり、長い言葉はせっかちで省略する傾向が強いといいます。「Let it be」は、歌では「レリッピー」となるわけです。名曲「Can’t buy me love」のmeは、「スカウス」ではmyを意味するとのこと。つまり「僕の愛は買うことができない。」となるわけです。


   なるほど、日本人がビートルズの歌詞の意味を耳から知るのは難しいということです。


   第五章では、デビュー時代も含めたビートルズを支えた仲間たちが話題になります。ライブが多くなってくると移動の時に専門の人手が必要となりますが、その役割をロード・マネージャー(ローディー)といいます。ビートルズのローディは、ニール・アスピノールとマル・エヴァンスの二人。


   ニールは、ビートルズの初期のドラマーであったピート・ベストの家に下宿しており、古くからのビートルズの知り合いです。ピートがレコードデビュー前に首になった時のニールの憤慨がとても印象的です。1961年にローディとして雇われてからは、裏でビ−トルズを支え、後年、映画「レット・イット・ビー」ではプロデューサーを務め、解散後アップルの総支配人になったといいます。


   また、マル・エヴァンスは、大柄でがっしりした体躯。リヴァプールでビートルズも出演していたライブハウス「キャヴァーン」で用心棒をやっていました。彼がビートルズに雇われたのは1963年、それからはビートルズファミリーとして様々な仕事をしています。名作「アビー・ロード」の「マックスウェル・シルバー・ハンマー」でカナトコを叩いているのは、このマル・エヴァンスだそうです。


   もちろん、エンジニアのジェフ・エメリックやケン・タウンゼントもちゃんと語られています。


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(名プロデューサー ジョージ・マーティン氏)


【ビートルズを巡る都市伝説】

   ところで、ビートルズには様々な都市伝説がついて回っていますが、この対談本では、そうした都市伝説が漏らさず話題となっており、その真相が遠山さんの口から語られていきます。


   ビートルズ神話の立役者であるマネージャーのブライアン・エプスタインは、その自伝で、自分が経営するレコード店ネムスに、ビートルズのシングル盤を買いに来たレイモンド・ジョーンズという青年のおかげでビートルズを知ったと語っています。しかし、レイモンド・ジョーンズなる人物は架空の人物だという説があります。なぜならネムスでは、リヴァプールのライブ情報を載せた音楽誌「マージー・ビート」を販売しており、その出来事以前に、その雑誌ではビートルズが表紙になっていた事実があるからです。


   そして、ある時「自分がレイモンド・ジョーンズをねつ造した」という元ネムスの従業員の証言が飛び出します。果たして真相はどこにあるのか。ぜひこの対談を読んでください。


   また、プライアン・エプスタインはゲイであったことは有名ですが、ジョン・レノンは1963年にブライアンと12日間のスペイン旅行にいっています。そこから、ジョンはブライアンの恋人だったのではないか、との都市伝説が生まれます。果たして真相は?


   さらに、1969年に最後のアルバム「アビー・ロード」が発売されたときに「ポールは交通事故ですでに死んでいる。」との情報が全世界を駆け巡りました。アビー・ロードのジャケット写真は、ポールの葬儀からの帰り道であり、ジャケットに写るポールは替え玉が裸足で歩く姿だ、というのです。ジャケットに写るフォルクスワーゲンのナンバーは「28IF」。これは、ポールがもしも生きていたら28歳であることを示している、といいます。果たしてその顛末は?


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(「アビー・ロード」ジャケット amazon.co.jpより)


   最大の謎は、ビートルズ解散の原因ですが、その謎解きはこの本の全編を読むことでおのずと解決していきます。



   さて、この本の題名ですが、やはり日本語の選択誤りですね。この本の英語題は、「The True Story of The Beatles」です。これを日本語に訳すと「ビートルズの本当の物語」となります。「本当の物語」と「真実」は決して同じではありません。


   この本で語られる遠山さんのビートルズに関するうんちくは見事です。もちろん、各時代にビートルズがどこで何をしていたかもよくご存じですが、あらゆる文章、資料、証言を俯瞰し、さらには自らも関係者に会ってインタビューをしており、全編を通じて里中さんの質問に広く深く答えていきます。大きな歴史と有名なエピソードは知っていても、そこに語られるリテールは、ワンダーです。


   例えば、リヴァプールの「キャヴァーン・クラブ」の現在について。


   「オリジナルは733月に地下鉄の路線工事のために取り壊されました。現在のキャヴァーンはレプリカ(19844月オープン)です。今のキャヴァーンは、オリジナルよりも10メートルほど右に位置し、階段にして14段深いところにあります。」


   さすがの里中さんも「ほんと、あきれるほどよく知っているね。(笑い)」と驚いています。



   ビートルズは、その音楽が世界中に元気を与えてくれますが、この本を読んでいると彼らの楽曲が次から次へと頭の中に浮かんできます。この本には、ビートルズの魔法とその魔法を作り出した4人の姿が見事に再現されています。やっぱり、ビートルズは元気の源です。


   あァー、面白かった。その一言でした。



   それでは皆さんお元気で、またお会いします。




本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 18:43| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする