2012年05月19日

佐藤賢一 フランス王妃の弁護士は辣腕!


こんにちは。

  野田総理は今週G8でフランスの新しい大統領オランド氏と首脳会談を行うそうです。欧州危機が世界経済全体の株安の原因になっているのは間違いありませんが、日本の場合、そればかりとは言えないのではないでしょうか。

  先週、日本テレビの「ゼロ」で、この数ヶ月の日本の株価下落率はアメリカや欧州に比べて最も大きいと報じていました。もちろん、相対的な円高も要因のひとつですが、世界の投資家たちは「何もできない日本」を無視し始めていることが真の要因だと思います。

  「決められない政治からの脱却」、「政治生命を懸けた社会保障と税の一体改革」と野田総理の掲げるメッセージは当を得ていると思います。にもかかわらず、寄せ集め所帯の民主党を含めて、無責任な政治家たちが目の前の権勢保持や思惑のために足をひっぱり合い、日本のヴィジョンや課題をすり合わせることを明らかに拒んでいます。進まない!

野田総理G8前.jpg
(G8で握手する日米首脳 佐賀新聞HPより)


  マスコミ各社も垂れ流しのように世論調査の結果を伝えて、支持率がすべての国民の声のように錯覚させていますが、質問項目や電話の時間帯、さらには無作為の電話による調査は明らかに一部の世論にしか過ぎません。

  日本の未来を、目の前しか見ない政治家と志のないマスコミ、「世論」という一部の意見が真っ暗にしている、という意見は間違っているでしょうか。日本が危ない!!

  ところで、今週は中世フランス、ヴァロア朝8代目の王ルイ12世が起こした王妃との離婚訴訟を舞台とする弁護士の人生を描いた裁判小説を読んでいました。日本人の描く中世パリとフランス人の物語はみごとに血肉の通った人間劇で、その面白さは抜群でした。

「王妃の離婚」
(佐藤賢一著 集英社文庫 2002年)

【キリスト教法典の辣腕弁護士】

  時は1498年、フランスでは暴君であったルイ11世のあとを継いだシャルル8世が急逝すると直系径男子がいなかったため、いとこのルイ12世が王位を継ぎました。ルイ12世は幼少からオルレアン公ルイと呼ばれ、暴君といわれたルイ11世からの命によってその娘、ジャンヌ・ド・フランスと14歳にして結婚しました。

  時はジャンヌ=ダルクで有名なイギリスとの100年戦争が終了して40年余り、フランスは王権のもとに中央集権を進めており、ルイ12世は王位を継承すると、前王から始まった「イタリア戦争」によって領土拡大を進めている最中でした。

ブロアルイ12世01.jpg
(戴冠したブロア城のルイ12世騎馬像 tripadvisor.jpより)


  さらにルイ12世は、王位継承直後に前王の王妃であったブルターニュ公アンヌとの再婚を目論見ます。再婚すれば、労せずにブルターニュ地方を自らの版図に組み込むことができるのです。しかし、キリスト教カトリック教徒は重婚はもちろん、離婚することも認められていません。

  ルイ12世は、この再婚のために22年間夫婦であったジャンヌとの離婚訴訟を起こしたのです。当時の結婚はキリスト教カトリック教愛の下、ローマ教皇の指揮下にある境界が裁判所の役目を果たしており、ローマ法庁の枢機卿や司教が判事を勤めていました。

  キリスト教は「離婚」を認めていません。では、再婚のために何が必要か。それは、ローマ教会によって、現在の結婚が結婚した当時に遡って無効であったことを認定してもらうしかありません。そして、王妃ジャンヌを被告とした「結婚無効」を立証する裁判が開廷したのです。

  そして、その裁判を傍聴していたのが、本編の主人公フランソワ・ペトゥーラスその人でした。

  ナントの地で地方教区弁護士を勤めているフランソワは、かつて自分を苦しめたルイ11世の娘「醜女のジャンヌ」が裁判で負けて王妃でなくなる姿を確かめるためにアンボワース教会でこの裁判を傍聴していたのです。

【作家佐藤賢一さんの実力】

  中世のフランス。日本人がその教会法廷を舞台にこんなに面白い小説が書けるのか。

  作者の佐藤賢一氏は、東北大学の大学院で西洋史を研究し、その専門性の高い歴史知識を駆使して数々の名作を世に出している屈指の小説家です。199325歳にして最初の小説「ジャガーになった男」を発表。ヨーロッパに渡った日本の武士の姿を描いて、みごとに第6回小説すばる新人賞を受賞しています。

  そこから、毎年中世から近代にかけてのヨーロッパを舞台とした小説を発表し、1999年に発表したこの「王妃の離婚」で第121回直木賞を受賞しています。近年では、日本やアメリカの歴史小説も手がけていますが、現在注目を集めているのはこれまでの歴史小説の集大成となる「小説フランス革命」です。

  2008
年から書き始められたこの大が歴史小説は第1「革命のライオン」から第4「議会の迷走」までの4冊で第一部が完結し、第二部へと突入しています。全12巻にわたるというその壮大な大河小説は氏の集大成として読書界の注目を集めています。


  フランスの歴史小説というと小難しく歴史背景や歴史文化を語っていると思われがちですが、佐藤氏の小説はまさに人間ドラマです。中世のフランス地方の風物を背景としながら、そこに生きる人間たちの信念や矜持、教会権力、王権と庶民の姿を生き生きと描いており、小説の王道を歩んでいます。

【裁判劇のスリルとサスペンス】

  主人公フランソワは若き日にカルチェ・ラタンで当時最高の知性を誇る天才として自己を確立し、未来に向かって突き進んでいたのです。当時、彼には心から愛していた一人の女性がいました。ベリンダ・オブ・カニンガムは快活で華やいだ16歳の魅力あふれる女性で、フランソワを深く愛し、二人はセーヌ川岸、サント・ジュヌヴィエーブ通りの安下宿で同棲生活を送っていました。

カルテェ・ラタン01.jpg
(パリの学生街 カルチェ・ラタンの路地 geocities.jpより)


  しかし、ルイ11世の王権に反骨を見せたフランソワは、その暴君の逆鱗に触れてパリから追放されてしまいます。その追放のとき、ベリンダを伴ってパリから逃げようとしたフランソワでしたが、あえなくルイ11世の親衛隊につかまってしまい、最愛のベリンダと生き別れてしまします。

  ルイ11世の娘ジャンヌと王ルイ12世の離婚訴訟は、その生き別れとなった事件から30数年の後に始まった裁判劇だったのです。

  にくきルイ11世の娘の裁判を傍聴にきたフランソワはすでに40歳を超えていましたが、そこでかつてカルチェ・ラタンで知的論争を交わした後輩ジョルジウ・メスキと再開します。ジョルジュはパリ大学の大学生寮の副監舎という要職に就き、3人の法学生を連れてきていました。

  そこで繰り広げられるカルチェ・ラタンの英雄フランソワの伝説と、王妃ジャンヌVSルイ12世の法廷論争をめぐるカトリック法典の法律論争でわれわれは一気に小説世界へと引きこまれていくのです。

  法廷に出廷した王妃ジャンヌは、原告である権力者ルイ12世の権威に恐れをなす証人たちの寝返りにあい、苦境に立たされています。その中で、ただ一人離婚を拒み抵抗を続ける王妃の姿。法廷で証言する王妃の答えは、検事側の弁論をことごとく拒否する気丈なものでした。

  当時の教会法廷は、カトリック法典であるカノン法の定めに基づいてすべての質問と回答、そして弁論はラテン語で行うことになっています。その法廷劇はスリリングです。

  王妃ジャンヌはもちろんラテン語が話せるわけはありません。

  気丈に証言台にあがる王妃に向かい、原告側の検事は冷たく言い放ちます。

  「(答えは)端的に『クレド、ウェル、ノン・クレド(はい、か、いいえ)で答えてください。』と言い、「完全な婚姻」が不成立であったことを証言させようとあびせられる質問に対して、王妃ジャンヌは真摯に答えていきます。

  その答えは、「ノン・クレド」、「ノン・クレド」。検察側から論点が次々に提示されますが、王妃の答えは、凛とした良く通る声ですべてに「ノン・クレド」が繰り返されていきます。すべてを否定する予想を超えた展開に、満員の法廷は騒然となっていきます。


  そして、その否定の連続に業を煮やした原告検事は、ついに最後の手段として伝家の宝刀をスルリと抜きました。

  「完全な婚姻の成立」とは、キリスト教で認められた子孫を残すため夫婦にのみ正式に認められる行為、つまり、王と王妃の間に男女の営みがあったのか、なかったのかが最後の論点となったのです。そこで、検察側が被告に求めたのは、「処女検査」でした。

リニエール城01.jpg
(婚姻の証があった?リニエール城 db-city.comより)


  原告側はこの恥辱にまみれる検査を突きつけることで、王妃に裁判での負けを認めさせる戦略に出たのです。仮に王妃が検査を受け入れたとしても、検査をする医師や立会いの検事たちは全員がルイ12世の息のかかった人間たちであり、検査の結果は如何にでもでっちあげることができます。その卑劣な手段は完璧に見えました。

  いよいよ進退窮まった王妃ジャンヌ。王妃は最後の手段に出ます。それは、かつてカルチェ・ラタンに知と勇気の伝説を残したナントの弁護士フランソワ・ペトゥーラスに弁護を依頼することだったのです。

  はたして弁護士フランソワは、王妃ジャンヌの弁護を引き受け、訴訟を逆転勝利へと導くことができるのか。

  小説は、次から次へと多彩な人間関係をつむいでいき、息もつかせぬ展開でわれわれをその小説世界へとぐいぐい引き込んでいきます。

  逆転の秘策となる証人、婚姻の立会い者である失踪した医師コッシュを発見すべくカルチェ・ラタンに向かうフランソワたちとそれを阻止しようとする検事側のサスペンスに満ちた攻防、暗殺者に付けねらわれるフランソワたち。生き別れとなった最愛の恋人ベランダの行方は。さらに登場したもうひとりのフランソワお明かす秘密とは。

  小説は、最後の大どんでん返しにむかって突き進んでいきます。

  保守本流の小説の面白さが、この本には詰まっています。人間にとって「知性と愛」はどんな意味を持っているのか、人間にとって生きることの意味は何なのか。大げさに言えば、そうしたことの意味がこの小説に潜んでいるといっても過言ではありません。

  小説好きのあなた。まだ読んでいないあなたはラッキーです。気持ちの良い初夏の宵にぜひともこの小説を堪能してください。ただし、男女の下ネタも頻繁に出てきますので、そこにはご注意ください。

  それでは、良い小説を読んだ満足感の余韻に浸りつつ本日はこれで失礼します。

  季節は暑さを増してきますが、皆さんお元気でお過ごしください。また、お会いします。



本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 15:44| 東京 晴れ| Comment(2) | TrackBack(0) | 小説(日本) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月13日

サブリミナルは人類を救えるか!?


こんばんは。

  皆さんは、「サブリミナル効果」という言葉を聴いたことがありますか?

  今は亡き名優ピーター・フォーク氏のキャラクターで一世を風靡したTVシリーズといえば、「刑事コロンボ」ですが、その中でも「サブリミナル効果」がトリックに使われていました。それは、ロバート・カルプ扮する心理学者の犯罪を扱った「意識下の映像」という作品です。

  犯人である心理学者が、フィルムの上映を伴う講演会を企画します。講演会の控え室では、被害者となる男性の好物である塩辛いキャビアを振舞います。さらに、フィルムの間に知覚できないようなコマの飲み物の映像を挿入し、被害者は無意識かに刷り込まれた飲み物の映像によりのどの渇きが我慢できなくなり、水を求めてひとり会場から抜け出します。

  犯人は、被害者が会場から出てくるところを待ち構えていて殺害することに成功します。例によって、犯人を知っているのは見ているわれわれだけです。まんまと完全犯罪を成功させたとほくそ笑んでいる心理学者の前に現れるのが、しわしわのレインコートを身にまとった風采の上がらない名刑事コロンボその人だったのです。

コロンボDVD02.jpg
(刑事コロンボ傑作選DVD amazon.comより)


  「サブリミナル」とは、意識と無意識の境界下のことを意味しています。

  一般的に「サブリミナル効果」とは、映像の中に人間の能力では知覚できない瞬間的なコマ映像を挿入することにより、無意識(この本では、潜在認知と呼んでいます。)に訴えかけることで効果を挙げることをいいます。この効果は知覚心理学の分野で注目されましたが、これを利用したのは広告宣伝業界でした。

  ウィキペデイアによれば、1957年に映画「ピクニック」の映写会で、フィルムに「コカコーラをのめ」「ポップコーンを食べろ」というスライドを1/3000秒ずつ5分おきに二重写しで映写したところ、コーラの販売が18.1%、ポップコーンの売り上げが57.5%増加したと語られたといいます。

  先週は、そんな意識下の世界について認知神経科学の観点から切り込み、現在の「サブリミナル」の状況を科学的な視点から解き明かそうとするワンダーな本を読んでいました。

「サブリミナル・インパクト 情動と潜在認知の現在」
(下條信輔著 ちくま新書 2008年)

【サブリミナルへの働きかけとは?】

  著者の下條真輔氏は、日本とアメリカで長年知覚心理学、認知神経科学の研究に携わる心理学博士であり、カリフォルニア工科大学生物学部の教授を勤めるとともに、科学技術振興機構で「潜在脳機能プロジェクト」の座長を務めている「潜在認知」の第一人者です。

  この本にも登場しますが、氏はこれまでにも「『意識』とは何だろうか−脳の来歴、知覚の錯誤」(講談社現代新書)、「サブリムナル・マインド−潜在的人間観のゆくえ」(中公新書)などを上梓し、われわれに潜在意識下の脳の知覚について様さまなワンダーを教えてくれました。

  その後も、科学的なプロジェクトで脳の「サブリミナル」を研究してきた下條氏が、前作から10数年を経てこれまでの成果と思索をまとめて上梓したのがこの新書です。

  ちなみに、現在「サブミリナル効果」と呼ばれる映像技法は世界的に禁止されています。日本では、日本放送協会(NHK)が番組の制作基準で「通常知覚できない技法で、潜在意識に働きかける表現はしない。」と明確に禁止し、日本民間放送連盟でも放送基準の中でサブリミナル的な手法は放送に適さないと謳っています。

  映像的なサブリミナル手法は世界的に禁止されているとしても、現代社会のさまざまな過激な刺激は、毎日大きな刺激としてわれわれの潜在認知を犯し続けていることは間違いありません。この本は、そのことの意味を、科学者らしく現代を生きる我々が面している事実として提示してくれるのです。

サブリミナル・マインド01.jpg
(基本編「サブリミナル・マインド」中公新書 amazon.comより)


  著者の序章での整理からこの本はワンダーを見せてくれます。

  意識と無意識の脳の知覚について、著者は4つの領域を設定します。まずは、意識と無意識、そして認知系と情動系のマトリックスです。@意識上知覚している認知(理性で知っているとの自覚)、A意識上知覚している情動(自分で認知している涙や笑い)、B無意識に潜在する認知(自覚のない認知)、C無意識に潜在する情動(無意識な涙や笑い)の4つがこの本で扱われている脳の働きです。

  例えば、異性の顔が映った2枚の写真を見比べて、どちらの顔が好きかを判断するという実験を著者のプロジェクトで行っています。この顔か好き徒の判断は当然に自分で意識的に行うわけですが、理性で行うこの選択に無意識はどう動いているのでしょうか。

  この実験では無意識な視線の動きを追って理性的判断の前に無意識な視線はどう動いているのかを知ることが目的なのですが、無意識な視線は意識で隙と選択される写真に対してある時点から圧倒的にたくさんの視線をあびせかけるという結果となります。しかし、この視線の動きはまったく無自覚的に起こる事象です。

  自覚的に好みを選択する前に無意識に「なくてはならない前駆活動(視線の集中的な移動)」が起きていると考えると、無意識な「なくてはならない前駆活動」を人工的に起こすことで好みを操ることができるのではないか、との仮説が考えられます。

  そして、実験はこの「好みを操る」ことを試みることになります。

  それは、同じ程度の好と判断された異性の写真を2つ用意して、被実験者に片方だけ事前に何度も見せたうえで好みを選択させるという物です。つまり、無自覚の「なくてはならない前駆活動」を実験的に行うことで、行わない場合と「好み」の選択の偏りを記録するわけです。

  その結果、何度か先に見せた異性の写真を「好み」として選択する度合いは、まったくフラットに2枚の写真を見せる場合に比べて最大15%多くなるとの結果が得られたというのです。つまり、「好みの選択」は、無自覚な認知や情動への働きかけにより操ることができることとなります。

ユングヒトの意識01.jpg
(ユングの無意識概念 kazytama.infoHPより)


【現代社会とサブリミナル】

  序章のワンダーからはじまって、この本のたびは現代社会の真只中にあるサブリミナルへの強烈な刺激が我々に何を与える事になるのかを「科学」という思考によって解き明かそうとしていきます。

  ここからは、章ごとにテーマをもって話は進んでいきます。「第一章 快はどこからくるのか」、「第二章 刺激の過剰」、「第三章 消費者は自由か」、「第四章 情動の政治」、「第五章 創造性と『暗黙知の海』」とどの章も我々現代人の無意識下に何が起きているのか、そのことを日常生活の中から探っていくのです。

  「快」とは、サブリミナルの潜在知覚がもらうご褒美のことです。

  脳内では、ドーパミンという物質が分泌されるとそれがご褒美となって脳内が発生することがわかっています。「快」は、脳神経にとってはドーパミンを発生させるための「報酬」なのです。

  心理学では、「報酬」をめぐってパブロフの研究がもっとも有名です。心理学では「快」は報酬によってもたらされると考えられます。「パブロフに犬」という実験は、この報酬と快が脳にとの用に働くかを示した実験です。犬にベルの音と餌の肉片を同時に与え続けていると、そのうちベルの音だけでよだれをたらすようになる、というこの実験は無意識の神経知覚に「報酬」=「快」を与えることで新たな条件反射を植えつけることができる、というものです。

  これは、実際に食べ物という報酬を与える実験であり、まさに「報酬」というにふさわしいわけですが、人間の場合にはお金や食べ物という報酬以外でも知覚神経は「快」を感じて活動を開始するのです。例えば、音楽やTVゲームにはまってしまう若者たちは、その無意識の知覚が食べ物やお金ではない知覚特有の「快」を感じています。

  このことが何を意味するかといえば、無意識の知覚や情動は人間が意識しない「快」を感じてどんどん暴走していくことが起こり得るということなのです。それは、理性で知ることのないうちに様ざまな刺激に無自覚の動機付けをされて行動が変化しているということなのです。

  限りなく増加していく光と音、情報量。そして、限りなく広がる選択肢。無自覚なサブリミナルの世界で、こうした過激な刺激が何をもたらすことになるのか。あらゆる選択肢を与えられた無意識は本当に自由といえるのか、という問いかけはまさに自由と錯覚して特定の選択肢に仕向けられている今の我々をあぶりだしていきます。

  さらには、政治的なプロパガンダの中に刷り込まれた情動を動かすメッセージ。アメリカの9.11.に対するアメリカ政府の対応が、サブリミナルをターゲットにして情動を恐怖で動かすことによってアメリカ国民の心を対イスラムテロに対して敵対させていく過程であることを描き出していきます。

【サブミリナルの現実VS科学の心】

  下條氏は、サブリミナルに影響を与える現代社会の様ざまな現実を提示していき、人間の無意識がさらされている世界を提示していきますが、その主張はフラットです。どうしても現在の状況はネガティブになりがちではありますが、氏が強調しているのはそのことを非難したり、警鐘を鳴らしたりすることではなく、そうした事実を知ることこそが現代人には必要なのだ、という考え方です。

  この本を読んで強く感じたことは、我々の中にある無意識とはまさに人類が進化の過程で身に付けてきた自立する知覚神経そのものなのだということです。無意識は二つの目的を担っているのではないでしょうか。ひとつは、人間の生物としての固体の保持。そして、もうひとつは人間という種の進化です。

  固体の保持は無意識の知覚の親和性への反応を担って、子を脅かすマイナスを消そうと行動していきます。そして、進化への反応は、新しい刺激に対して対応しようとする無自覚の行動です。新しい刺激が無限に広がっている現在。我々は果たしてサブリミナルに対して無自覚のまま、現代の刺激の海の中を遊泳していけるのか、この問題を考えさせられます。

  人間は脳がすべてを司っています。茂木健一郎さんの主張する「クオリア」が脳科学を買える、との主張も科学的な進展はなかなか見えない世界です。脳内の波長を実験で科学的に解析して本当に人間の心を解明できるのか、との永遠の命題にも見えます。

  しかし、それは不毛な挑戦なのではなく宇宙への挑戦と同じく、未知への素晴らしい挑戦であることが良く分かります。皆さん、天才の頭の中で生まれる独創的な発明や発見は、自覚された知覚から生まれるのか、それとも無自覚の無意識から生まれるのか、最後の章はそのなぞに挑んでいきます。

  科学する心に興味のあるあなた、ワンダーはここにあります。


  さて、意識も無意識も元気になる5月。心を開放して人生を楽しみましょう!!

  それでは皆さんお元気で。また、お会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 23:18| 東京 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 評論(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月09日

柳広司 チェス最強のクィーンは元警察官


こんばんは。


  ゴールデンウィークも終わり、なまった体に鞭打ちつつ始まった仕事は、「楽し」くもあり「キツ」くもあり、エンジンがかかるまでには少し時間がかかりそうです。

  ところで、こどもの日には、いつもNHKニュースでその日に因んだ全国の話題を放送してくれますが、今年は何と言っても震災で被災した子供たちの話題が心に響きます。

  皆さんは「大曲浜獅子舞」という伝統芸能をご存知でしょうか。宮城県の東松島市の無形文化財ですが、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた大曲浜ではこの獅子舞に使う「獅子頭」がすべて流されてしまい、まさに存続が危ぶまれていました。

  保存会のメンバーも会長をはじめ多くの方々が亡くなりましたが、流出を免れた建物の中から奇跡的に「獅子頭」が発見され、それをきっかけに被災した皆さんの中で再び「大曲浜獅子舞」を復活させようとの機運が高まり、再び保存会の活動が開始されました。

  保
存会の皆さんは、被災者であり、悲しみとご苦労の中で保存会を復活し、全国で獅子舞を披露しています。今回ニュースとなったのは、震災の応援活動が縁で保存会の方が静岡市小山町の冨士浅間神社の大祭に招かれ、獅子舞を披露している場面でした。

冨士浅間神社獅子舞01.jpg
(富士浅間神社での大曲浜獅子舞 静岡新聞HPより)

  この大祭での獅子舞の中に、震災で亡くなった保存会会長のお孫さんがいました。

  小学校6年生の彼女は、震災で家とともに祖父とご両親を失い、祖母とおじさんのところにお世話になっています。肉親を一瞬にして失い、言葉にすらできない失意の中、彼女は「大曲浜獅子舞」に出会い、獅子舞を練習することでひとつの生きがいを感じたのです。

  神社に向かう参道で、みこしや稚児行列とともに獅子舞が披露され、太鼓や笛の音色に合わせて、赤や紫の着物を着て「かっこ舞い」と呼ばれる踊りを舞う3人の女の子の中に、彼女の姿がありました。「おじいちゃんも見てたと思う。これからももっと人に楽しんでもらえるように、獅子舞の練習を頑張ります」と語る彼女の姿に本当に心を動かされました。

  日本人の文化と心映えに改めて素晴らしさを覚えた瞬間でした。

  さて、そんな中で今週は、「ジョーカー・ゲーム」とその続編が好調な柳広司氏のミステリー小説を読んでいました。先日本屋さんをめぐっていたところ文庫本新刊として棚に並んでおり、迷わず買って一気に読んでしまいました。うーん、さすがに面白かった!!

「キング&クィーン」
(柳広司著 講談社文庫 2012年)

  「ジョーカー」といい、「キング&クィーン」といい、氏はトランプをヒントに小説を書いているのでは、と思いましたがそれは全くの間違いでした。この小説は、「ジョーカー・ゲーム」を上梓した後に講談社から「創業100周年記念作品」として執筆を依頼された書き下ろしのミステリー小説です。

  「キング&クィーン」とは、トランプではなく、チェス最強の2つの駒を意味しているのです。

【警察官クィーンの登場】

  小説は、チェスのゲームを模して、「序盤」「中盤」「終盤」と3つの章で構成され、氏にしてはめずらしく現代日本、しかも東京を舞台に物語が展開していきます。

  物語は、東京六本木のビルの4階でひっそりと営業している小さなバー「ダズン」からはじまります。そこのカウンターに佇むタキシード姿の美しい女店員、冬木安奈がこの小説の主人公なのです。安奈の眉目秀麗な姿に常連客達もいろいろなモーションをかけますが、けんもほろろに無視されるばかりです。

  それもそのはず、安奈が「ダズン」の袴田オーナー(立派なニューハーフです。)に雇われたのは、接客が目的なのではなく、用心棒が目的だったからです。彼女は、元警視庁のSP出身。ある出来事を期に警察官を辞職したところで、縁あって「ダズン」の店員として雇われることとなったのです。

  こ
の小さな店に来るのは常連客ばかり、しかも六本木のグラブで酔っ払い客に絡まれたホステスが、クラブがはねた後にややこしい客と一緒にこの店にやってくるのです。

  その晩も安奈が店の奥に座る一人の若い女性客に違和感を覚えて眺めていると、常連のホステスであるリコが、酔っ払いの絡み客と一緒にやってきます。絡み客はあきらかにリコに言い寄り、なんとかものにしようと舐めまわすようにリコの体に視線を絡めています。

  いよいよリコがその客とともに店を出る時に、「ダズン」のオーナーが安奈に視線を送ります。その視線の意味を察した安奈は、階段を使い二人の先に回ってビルの出口に向かいます。案の定、酔い客はリコに絡んで抱きしめようとします。

  その瞬間、安奈が男の腕をとって回転させると男はグルッと一回転して鮮やかに地面にたたきつけられます。

  唖然とする酔い客、安奈の祖父は合気道の名人で、都内に道場を開いており、彼女は幼いころからその才能を見込まれて祖父から英才教育を受けた合気道の名手だったのです。道に転がった酔い客は呼ばれたタクシーに乗せられておとなしく帰って行きました。

  この「序盤」から我々は、柳さんの小説世界に体ごと引き込まれてしまいます。

女性SP安奈のリアリティ】

  さて、SPとは“Security Police”の省略形で警視庁の中でも要人警護を専門に行う警察官の呼称です。その所属は、警視庁警備部警護課であり、警護第1係が内閣総理大臣担当、第2係が国務大臣担当、第3係が外国要人・機動警護、第4係が東京都知事・政党要人担当となっています。安奈が所属していたのは、警護第3係でした。

SP革命編01.jpg
(フジTVドラマ”SP革命編”劇場版 ポスター)

  SPとなるためには、厳しい条件と選抜を経る必要があります。まず、身長は173cm以上、柔道または剣道で3段以上を有し、所属部署の上司の推薦を受ける必要があります。推薦を受けた後には、3ヶ月の特殊訓練を受けた後、逮捕術、格闘術、射撃術など厳しい条件をクリアした警察官だけがSPとして登用されることになります。

  この小説には、安奈のSP時代の上司として、首藤主任が登場します。首藤は、安奈がSP訓練を受けたときの教官でもありますが、安奈の格闘術が合気道によるものであると見抜き、SPとしての心得を厳しく教えます。

  合気道の武術は基本的には受け身の体術であり、相手がこちらに向かってくることに対して相手を倒すことが基本です。しかし、SPに求められる体術は、相手がナイフや拳銃を出す前に機先を制して相手を倒すことが求められます。首藤主任は、訓練中の安奈の格闘術を見て一目で合気道であることを見抜くプロフェッショナルなのです。

  この小説には、こうした警護術のリアリティがいくつもさりげなく書き込まれており、その積み重ねが物語に厚みと現実感を与えています。

  警備部警護課に属するSPはテレビでもドラマ化されており、フジテレビのSP警視庁警備部警護課第四係」やテレビ朝日のSP−警視庁警護課」はなかなか面白いドラマでした。最近では、BOSSなどでもSPがらみの総理大臣暗殺事件がドラマを生んでいます。

【ミステリーVSチェスゲーム】

  バー「ダズン」の止まり木の奥に座っていた若い女性は、ただのお客ではありませんでした。その夜の絡み客へのお仕置きは、オーナーとホステスのリコが仕組んだ撃退劇でした。実は、その若い女性に安奈の実力を教えるためのデモンストレーションだったのです。

  その若い女性は、あるアメリカ人を匿っており、そのアメリカ人とともに二人の男につけ狙われていたのです。もちろん、警察にも相談に行きましたが、日本の警察は事件が起きてからでなければ保護してはくれず、民事不介入を徹底して相手にしてくれません。

  困った彼女が、「ダズン」のオーナーとリコに相談し、彼らが一肌脱いだのです。

  民間人となった安奈にとっては、見も知らぬ他人、しかも外国人の警護など引き受けられるわけはありません。民間の警備会社に警護を頼むように勧めますが、二人の話は不思議なものでした。最初は、警備会社も請け負う方向で話に乗ってきたのですが、いざ見積りの段階になって引き受けを断ってきたというのです。しかも、どの警備会社も同様だったのです。

  いったい何が起きているのか、実はそのアメリカ人はチェスの世界選手権で若干13歳にして当時のチャンピオン、ロシアのイワノフを倒して優勝し、その後失踪していたチェスの世界チャンピオン、アンドリュース・ウォ−カーその人だったのです。

チェスハリーポッター01.jpg
(ハリー・ポッター賢者の石 巨大チェスミニュチュア YAHOOSHOPPINGHPより)

  しかも匿っていた女性はハイソな中国留学生で、彼女いわくアンディをつけ狙っているのは他でもない前アメリカ大統領だというのです。確かに日本の民間警備会社が彼の警護を断ってくるからには政治的ななんらかの力が動いていると考えられます。

  元SPプロフェッショナル冬木安奈とチェスゲームの天才アンドリュー・ウォーカー。ウォーカーを救おうとする中国留学生の蓮花(れんか)。安奈は、もてるノウハウのすべてを駆使して二人の都内での逃避行を支えていきます。

  しかし、どこに隠れても二人を付け狙う魔の手は近づいてきます。

  冬木安奈の人生とアンドリューの人生が交錯していき、いつしかプロフェッショナル同志の信頼感も生まれはじめるのです。ところが、追われる中で、突然安奈の前から失踪してしまった蓮花とアンドリュー。二人が消えた部屋には、指しかけのチェス盤が残されていました。そのチェス盤に残されたメッセージとは何なのか。

  「ジョーカー・ゲーム」シリーズの3作目「パラダイス・ロスト」も発売され、絶好調の柳さんですが、この作品も読みやすくワンダーなミステリーに仕上がっています。現代劇なので、いつもの独自な世界観は鳴りを潜め、最後の大どんでん返しと意外な犯人がワンダーです。ただし、本格推理小説としては若干王道を外しているのでチョット拍子抜けするかもしれません。ご注意を・・・


  相変わらず異常気象が続いていますが、梅雨となる前の5月は1年で最も自然の息吹を謳歌できる季節です。青葉を愛でて、体を動かして皆さんも人生の楽しみを満喫してください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2012年05月05日

野村克也 プロ野球重大事件を語る!


こんにちは。

  ゴールデンウィーク真最中、皆さん楽しんでいますか?

  さて、プロ野球では、平成7年にヤクルトに入団した二人のスラッガーが見事に2000本安打という偉業を達成し、我々に勇気と元気を与えてくれました。

【稲葉篤紀選手 祝2000本安打】

  今年の開幕から2000本安打の達成はカウントダウンが始まっていましたが、日本ハムの稲葉外野手は、先日25日の対ロッテ戦で4打数4安打の固め打ち、さらに翌日のロッテ戦ではホームランを放ち王手。28日、ゴールデンウィークの初日に仙台での楽天戦でみごとに2000本安打を達成しました。

2000本稲葉選手01.jpg
(稲葉選手2000本目のヒット dailysportsonlineより)


  2000
本目のヒットが先制点をたたき出すタイムリーヒットだったところが、チームの勝利を何よりも優先する稲葉選手らしく、たゆまぬ努力から生まれた偉業を心からお祝い申し上げます。

  稲葉選手といえば思い出すのは、2009年の第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)です。そのとき原監督は、居並ぶ強打者たちの中で稲葉選手を4番に起用して見事に世界一に輝き、2大会連覇を成し遂げたのです。この大会、対キューバ戦、対アメリカ戦など3試合で4番を努めた稲葉選手はバントも厭わず、打率3割を超えて優勝に大きく貢献しました。

  「送りバントのサインが自分にも出ると思うので、何でも対応する。」と語った稲葉選手の言葉に、チームの勝利を最優先に考える稲葉選手のポリシーをしっかりと感じることができました。

  稲葉選手は、2000本安打を達成したときのインタビューで野村監督に感謝の言葉をささげていましたが、彼と野村克也氏には不思議な縁があります。ヤクルトが当時法政大学で4番を打っていた稲葉選手をドラフト3位で指名して獲得したのは1995年のことでした。

  その年、野村監督は左のスラッガーの補強をフロントに強く申し入れていました。しかし、球団では良い候補者を見つけることができず、その旨を野村関東に告げたそうです。そのとき、野村さんは息子克則さんの応援で行った6大学野球選手権で明治大学と対戦していた法政大学の4番バッター稲葉選手を思い出していたのです。

  野村さんは、法政大学の試合を2回見に行っているのですが、なんとその2回とも法政大学の4番稲葉選手は野村さんの目の前でホームランを打っているのです。ちなみに稲葉選手の大学通算本塁打は6本です。球団は稲葉選手の獲得に難色を示しましたが、当時の野村監督が押し切って彼を獲得したのです。

  稲葉選手は努力の人です。ヤクルト時代に稲葉選手を探してベンチに人が来ると、野村さんは決まって、「稲葉なら屋内練習場を除いてごらん。」といったそうです。そして、屋内練習場に行くと、必ず稲葉選手が練習に明け暮れていたといいます。そうして、守備では努力の末2006年からはゴ−ルデングラブ賞を受賞、2007年には首位打者を獲得しました。

  そして、ついに今年2000本安打に到達したのです。

【祝最年長2000本安打 宮本選手】

  宮本選手も2000本安打にあと1本と迫っていましたが、ついに54日の広島戦で記念すべき2000本安打を達成しました。おめでとうございます!! 415ヶ月での到達はプロ野球最年長記録。宮本選手らしい素晴らしい記録です。

2000本宮本選手01.jpg
(見事2000本安打達成 宮本選手 news.goo.ne.jpより)


  ヤクルトファンならご存知のとおり、宮本選手と稲葉選手は1995年のドラフト2位と3位でプロ入団同期となります。その経歴は、かのPL学園から同志社大学を経て社会人野球のプリンスホテルに入社、社会人野球からドラフトで指名されたのです。

  社会人野球からプロに進んだ選手の2000本安打は、同じくヤクルトスワローズの古田選手に次いで二人目の快挙です。その華麗な守備は、遊撃手として長年チームの優勝に貢献しました。ゴールデングラブ賞は9回受賞しており、そのうち直近の3回は三塁手としての受賞です。

  宮本選手も努力の人です。守備で大いに貢献した宮本選手ですが、入団当時から野村さんは宮本選手に対して「守備はともかく打撃はダメ、バントもヘタクソ。」と語り、宮本選手の奮起を促していました。しかし、レギュラーとして2番で出場するようになると徹底的にバントの練習を重ね、2001年にはシーズン67犠打という日本新記録を達成しチームの日本一に貢献しました。

  さらにその後は5番、6番に抜擢されコンスタンスの3割前後の打率を残し、390打もの犠打を打ちながら達成した2000本安打は、まさに宮本伸也選手の真骨頂ではないでしょうか。

  さて、お二人の2000本安打達成に深くかかわっているのは野村克也さんです。お祝いついでといっては何ですが、今週は久々に野村さんの新刊を読んでいました。

「プロ野球重大事件−誰も知らない“あの真相”」
(野村克也著 角川oneテーマ21 2012年)

  野村さんの本はこれまでにも何冊も紹介してきましたが、野村さんの本はバラエティに富んでおり、選手として培って来た技術論、精神論、監督として磨いて着たマネジメント論、人材育成論。そして、何よりも野球を愛する情熱からほとばしる情熱は老いても決して衰えません。

  この最新刊は、これまで日本のプロ野球界で「事件」と呼ばれてきた出来事を語りながら、日本プロ野球に対してその課題と考えているところをボヤいていくという野村節がまたまた炸裂しています。

【まずは、今年の重大事件から】

  今年のプロ野球の大きな話題といえば、まずはポストシーズンに巻き起こった読売巨人軍の清武ゼネラルマネージャー(GM)と渡邊球団会長の泥沼の戦い。そして、横浜ベイスターズをめぐるモバイルゲーム会社DeNAの球団買収劇。さらには、優勝争いを展開しているさなかに起きた中日落合監督の契約非更改発表でした。

  野村さんは、序章でこうした事件に切り込んでいきます。

  曰く、プロ野球の監督には3つの敵がある、と語る名将、三原脩監督の言葉を引用します。3つの敵とは、ひとつにファン、二つに選手、そして三つにオーナーだといいます。更に野村氏は、もうひとつマスコミを加えるべきだと語ります。そうそう、かつて野村氏の書いた「ああ、阪神タイガース」(角川oneテーマ21)には、この4つのことが分かり易く書かれていました。

  今回の事件に共通するのは、すべてに球団オーナーが関わっている点です。

  野村氏は、ヤクルト、阪神、楽天イーグルスと3つの球団にその野球理論を請われて監督として就任しましたが、就任当初にはすべてのオーナーが「長期政権で優勝させてほしい。協力は惜しまない。」といっているのですが、その後には3球団とも大いなる個性を発揮します。

  巨人軍内紛事件は、すでに来期コーチ陣の布陣をナベツネ会長にも報告していたにもかかわらず、鶴の一声で人気の江川卓氏を招聘しようとしたナベツネ会長に清武GMが反旗を翻したわけですが、渡邊会長に部下の意見を聞く度量と話し合う姿勢が欠けていたと読んでいます。

  しかし、その提言はかなり大胆です。日本のプロ野球界はサッカー界と異なり、川渕チェアマンのように現場を熟知してサッカー界全体の行く末を戦略的に見渡す人材がいないことを嘆いています。プロ野球にはセ・パをまたがるコミッショナーが存在しますが、まったく野球を経験したことのない識者が努めています。そのために、かつて近鉄球団が消滅し、2リーグ制をめぐって選手会がストライキを宣言したときにコミッショナーはさっさと辞任してしまいました。

  そんな球界の姿に、野村氏は自嘲的ではありますが、いっそのことナベツネ氏をコミッショナーをお願いして、巨人軍のためにではなく、日本プロ野球界のためにその金と力を使って貰ったらよいのではないか、と大胆な提案を行います。(単なる皮肉?)


  落合監督と野村氏は、ともに野球談義を始めれば徹夜になるほどの肝胆相照らす中ですが、その事実上更迭とも言える仕打ちに関してもその内情を推測しています。落合氏と球団オーナーに対する野村氏一流のボヤキは、興味津々です。

DeNA中畑監督01.jpg
(負けるな横浜DeNA中畑監督!! dailysportsonlineより)


【過去の重大事件の真相は?】

  野村克也さんといえば、現役選手と監督どちらも3000試合以上に出場した記録を持ち、その現場経験は世界一といっても過言ではありません。さらに、その語り聞かせる言葉ももちあわせているプロ野球界の語り部でもあります。

  この本の第一章「プロ野球を変えた重大事件」と第二章「誰も知らないあの事件の真相」では、プロ野球絶頂期のさまざまな出来事の真相をその経験者であった野村氏が語っていくという楽しい内容になっています。

  昭和33年、長嶋茂雄氏は立教大学での輝かしい戦績をひっさげて華々しく巨人軍に入団しましたが、実は当時長嶋茂雄氏は野村氏がいた南海ホークスに入団する予定だったという事実があったといいます。そこには、当時南海にいた大学の先輩であった「あっぱれ、喝!」で有名な今は亡き大沢親分が一枚かんでいたのです。

  また、現在のデータ野球の基礎となる情報収集のプロである球団スコアラーの話もワンダーです。日本最初のスコアラーは、当時南海ホークスにいた元新聞記者の尾張久次さんという方だったということをご存知でしたでしょうか。

  その昔、「投げる、打つ、走る」と精神論のみで戦っていたプロ野球が、川上哲治監督によるドジャースの戦略を持った野球の導入により大きく変わったことは有名ですが、現在の相手を研究して戦略を立てるというスタイルを日本に伝えたのが、当時阪急にいたスペンサーや南海のブレイザーだったという話も、ノムさんならではのリアルな実況中継がワンダーです。

  さらに第三章では、場外乱闘と称してプロ野球を彩った様ざまな名選手たちのエピソードを語っていきます。日本で始めてのビール掛けはどこで行われたのか、名将広岡さんと森さんの共通点はなんだったのか、長島一茂氏は、なぜ打者として名を残すことができなかったのか、野村時代を知る野球ファンには楽しめる話題が盛りだくさんです。

  そして、最後には辛口の日本プロ野球への提言が待っています。日本プロ野球の凋落に歯止めをかけるためには何が必要なのか。日本のプロ野球選手が大リーグで通用するようになった裏の理由は何なのか。

  今年喜寿を迎える野村克也さんですが、まだまだお元気で頼もしい限りです。


  ところで、この本を手に取ろうとしているあなた、一つだけご注意ください。これまで氏の本を愛読している場合には、かぶるエピソードがいくつか出てきます。奥さんとの馴れ初めや、江夏投手を獲得したときの感動のエピソードは何度読んでも感動的ではありますが、再度読むことを覚悟する必要があることに間違いありません。

  それでは、ゴールデンウィークも残すところあと1日。ゆっくりリフレッシュして、元気に日常を楽しみましょう。

  皆さんお元気で、またお会いします。




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2012年04月30日

ディズニー映画「ジョン・カーター」は傑作か!?


こんばんは。

  連休前半が終了。世の中には、9連休の方もいると思いますが、私はカレンダーどおりのお休みとなっています。月末月初のあおりで結構バタバタとしていますが、それでもゴールデンウィークのワクワク感は、ここでしか味わうことができません。

  後半は家族と一緒に出かけますが、前半は,読書・図書館はもちろんですが、コンサートや映画にもいそしんでいます。昨日はさいたま市大宮ソニックシティホ−ルでの山下達郎のツアー2011〜2012に行ってきました。達郎さんの59歳とは思えぬ元気な姿にスッカリ盛り上がり、元気をもらいました。

  最新アルバムRay Of Hopeの曲も名曲ぞろいですが、おなじみの「ライド・オン・タイム」「クリスマス・イブ」「高気圧ガール」「アトムの子」などなど、アンコールを含めて3時間半にもおよぶライブパフォーマンスは、こだわりのMCも含めて見事でした。

  このツアーは、まだ長野と沖縄を残しており、ご本人が、「コンサートを楽しんで頂くために、ブログなどでのネタばらしには、くれぐれもご配慮をお願いします。」と語っていたので、ブログのアップは、ツアーの終了する513日以降にしたいと思います。

レイオブホープ01.jpg
(山下達郎 最新アルバム 「Ray Of Hope」 amazon.comより)


  まえおきはともかく、先日、浦和の3D映画館IMAXでウォルト・ディズニー生誕110周年記念映画「ジョン・カーター」を見て来ました。生まれて始めて、メガネをかけて3D映画を鑑賞しましたが、あのリアリティには驚きました。

【映画「ジョン・カーター」とは?】

  現在、絶賛上映中の「ジョン・カーター」のデータは以下のとおりです。

映画名:ジョン・カーター(英題「JOHN CARTER」)
製作国:アメリカ
製作年:2012
上映時間:133
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
原作:エドガー・ライス・バロウズ
監督:アンドリュー・スタントン(「ファイティング・ニモ」)

(キャスト)
ジョン・カーター:テイラー・キッチュ(「バトルシップ」)
デジャー・ソリス:リン・コリンズ「X-MEN ZERO」)
ソラ:サマンサ・モートン
マタイ・シャン:マーク・ストロング
タルス・カルタス:ウィレム・デフォー

  SF
映画の白眉といえば、何といってもジョージ・ルーカスがすべての思い入れを注入した渾身の名作「スターウォーズ」を思い出しますが、ルーカスが「スタ−ウォーズ」の製作を思い立った動機となったのが、他でもないエドガー・ライス・バロウズが1917年に発表した冒険SF小説の傑作「火星のプリンセス(A Princess of Mars)」でした。

  「スターウォーズ」が映画として大ヒットしてから、二匹目のどじょうを狙ってたくさんのスペース冒険SF映画が作られましたが、昔からのコアなファンをもつ「スタートレック」シリーズ以外には成功した映画を聞いたことがありません。

  皆さん「スペースオペラ」という言葉をご存知ですか。SF小説の中でも宇宙を舞台としてヒーローたちが冒険大活劇を演じる分野です。むかし、早川SF文庫と創元者推理文庫が海外SFの名作を次々と文庫化してくれており、エドガー・ライス・バロウズの火星シリーズ、金星シリーズ、
EE・スミスのスカイラークシリーズやレンズマンシリーズを寝る間を惜しんで読み続けていたことを思い出します。

  特にエドガー・ライス・バロウズの「火星のプリンセス」、「火星の女神イサス」「火星の大元帥カーター」3部作はスペースオペラの傑作でした。(アメリカでは、バロウズは火星シリーズよりもターザンシリーズの小説家として有名だそうです。)

  さらに「アバター」のジェームス・キャメロン監督も、この映画をエドガー・ライス・バロウズの伝説的小説のように作ったと語っており、この小説の面白さがたくさんの芸術家たちに大きな影響を与えたことを物語っています。

ジョン・カーターポスター01.jpg
(3D映画「ジョン・カーター」ポスター rakuten.co.jpより)


【映画「ジョン・カーター」の評判】

  この傑作小説は、その小説としてのあまりの面白さのためにこれまで映画化がなされることはありませんでした。そして、ウォルト・ディズニー生誕110周年の記念作品として、ついにこの小説が映画化されることになったのです。

  しかし、この超大作の収益に関して、米ウォルト・ディズニー社は、319日に重大な発表を行いました。それは、この映画が、史上最悪の赤字になる可能性があるというもので、世界のエンターテイメント界を騒然とさせました。その想定赤字額はなんと約2億ドル(約166億円)だというのです。


  現在、ギネスブックに載る赤字映画の世界記録は、1995年の「カットスロート・アイランド」という映画で、その赤字額は14000万ドルといわれているとのことで、もしも事実となれば、軽く世界一の赤字映画となってしまうわけです。

  赤字の原因は、果たして興行収入が振るわないためか、はたまた制作費と宣伝費があまりにも巨額であったためか。この映画は、日本に上陸する413日に、すでに映画の評価とは別のところで大きな話題となってしまったのです。

  家族の間で、この発表を「つぶやき」で見た娘を筆頭に全員が「興味ナーイ。」とのたまう中、私一人、天下のウォルト・ディズニーが何を間違えて巨額の赤字映画を作ってしまったのかをこの目で確かめるべく決然と映画館に向かったのでした。(本当は、ただバロウズ映画をみたかっただけでしたが・・・)

  さて、映画が始まって133分後の私の感想は、「意外性もあり、特殊設定映像の現実感も素晴らしく、とても面白い!!」というものです。しかし、反面で興行収入が得られない側面も確かにあると思いました。それは、現在の売れる映画に必要な、分かり易さとスピード感に欠けていると感じたからです。

ジョン・カータープレミア01.jpg
(映画のジャパンプレミア 監督と主演の二人 cinetri.jpより)


【映画の見所と5つ星度】

  映画は、1881年のニューヨーク、埃にまみれた街中でジョン・カーターが甥のエドガー・ライス・バロウズ(なるほど!)あてに電報を打つ場面から始まります。そのジョン・カーターは何者かに尾行され、つけ狙われています。そして、場面はニューヨークに向かう列車の中に転換します。

  列車には、カーターからの電報を握り締めるバロウズがいます。電報の文面を見るバロウズ、そこには彼の愛称である「ネッド」という呼び名がタイプされています。この「ネッド」が最終場面への大きな複線となっているところは心憎い演出です。

   そして、ニューヨークのジョン・カーター邸に到着したバロウズを待っていたのは、叔父ジョンの突然の死と自分が相続者に指名された事実でした。バロウズは、弁護士から遺言とともに叔父ジョン・カーターの日記を手渡されます。バロウズ以外誰も読まないこととの遺言とともに。

  
そして、ジョン・カーターの日記は奇想天外、変幻自在のみごとな物語でした。

  家族を亡くしたジョン・カーター大尉は南北戦争でいくつもの輝かしい功績を挙げながらも戦争にむなしさを感じ、すさんでいました。投獄されたカーター大尉は、営倉を脱獄して逃げる途上にアパッチに襲撃され、追いかけてきた隊長を助けてともに山奥の洞窟に逃げ込みます。

  そこで、彼を待っていたのは不思議なペンダントでした。異様な風体の男が死にその手に握られていたペンダントを手にしたジョン・カーターは一瞬にして見たこともない土地に瞬間移動してしまいます。そこは、見渡す限り砂と岩の砂漠、いったいそこはどこなのでしょう。

  その土地の言葉で、バルスームと呼ばれるその星は太陽系の火星の名称だったのです。

  バルスームは、サーク族と呼ばれる4本の腕を持つ緑色人種と地球人にそっくりの赤色人種の土地で、赤色人種の中ではヘリウムとゾダンガが帝国をかけて戦っている戦国時代でした。サーク族に捕らえられたカーターは、様ざまな冒険ののちにヘリウムの王女デジャー・ソリスと出会い、ヘリウムを助けてゾダンガと戦うことになるのです。

  バルスームの重力の関係で驚異的な跳躍力を身につけたカーター、強大なパワー持つなぞの光を操る謎の一族サーン族のマタイ・シャン、カーターとソリスを助けるサーク族のソラとタルカス、数々のエピソードが重なり合って緊迫感の中、冒険はクライマックスへと流れ込んでいきます。

  この映画の中で一番ウケたのは、緑色族のソラが飼っている10本足のバルスーム犬(キャロット)のウーラです。一見モッサリした外見とはうらはらにカーターの危機と見るや電光石火の早業で移動し、カーターを救ってニンマリと舌を出すしぐさは愛嬌があり憎めません。


  この素晴らしい映画がなぜ赤字になるのか。その謎を解くために独断と偏見の5つ星評価をここにご披露したいと思います。(「独断と偏見」を強調しておきます。)

監督のまとめ方は?:★★★☆☆
脚本のでき映えは?:★★☆☆☆
男優の見栄えと演技は?:★★★★☆
女優の見栄えと演技は?:★★★☆☆
ウーラ(火星犬)の演技は?:★★★★★
特殊技術とCGは?:★★★★☆
ストーリー展開は?:★★★★★
(総合)作品全体のできは?:★★★★☆

  評価は人それぞれだと思いますが、この映画はSF映画ファンにとって充分に楽しめる大作だと思います。

  さて、ゴールデンウィークもいよいよ後半戦。皆さん、充実した休日をお楽しみください。

  それで皆さんお元気で、またお会いします。


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2012年04月28日

濱嘉之 警視庁黒田情報官デビュー!


こんにちは。

  今週のスポーツも話題が盛りだくさんでした。

  アメリカ女子ゴルフトーナメントでは、ハワイで行われたLPGAロッテ選手権で宮里藍選手が12アンダーというスコアで今期初優勝を決めました。今年は、好調を続けながらも韓国のヤニ・ツェンに2度も優勝をさらわれ2位に甘んじていましたが、そのうっぷんを晴らすかのような見事な優勝でした。

  その安定したパットでの優勝で米ツアーでの優勝は8回を数え、賞金ランキングでは第2位、今期の世界ランキングも5位につけ今後の活躍がますます楽しみになってきました。優勝セレモニーでのフラダンスはご愛嬌でしたが、沖縄での国内戦も目が離せません。

フラダンス宮里藍01.jpg
(優勝セレモニーでのフラダンス asahicomより)


  一方で、オリンピックのサッカー日本代表は男女ともに予選の組み合わせが発表され、なでしこジャパンは、カナダ、スウェーデン、南アフリカとのFグループ、関塚ジャパンは、モロッコ、スペイン、ホンジュラスのグループDに決まり、いよいよ身の引き締まる思いがします。

  なでしこの初戦はカナダ戦、そして関塚ジャパンの相手は優勝候補の一角スペインです。緒戦に勝ってほしいのはもちろんですが、とにかく全力でくいのないプレーを期待したいものです。とにかく、ワクワク感と熱烈応援、この二つに尽きる楽しみな試合です。

  さて、そんな思いの中、今週は最近話題の警視庁のリアルなインテイジェンス小説シリーズの第一作目を読んでいました。

「警視庁情報官−シークレット・オフィサー」
(濱嘉之著 講談社文庫 2010年)

  ここのところ、もっとも好きな分野のひとつである諜報(インテリジェンス)の本を読むと血湧き肉踊るような気持ちになります。最近本屋さんで浜さんの本をみるにつけ、「情報官」という文字にひきつけられて、是非読みたいと思っていました。

  本屋さんの平積みでは、シリーズ第2作目の「ハニートラップ」と第3作目の「トリックスター」(どちらも講談社文庫)が目立つ場所に陣取っており、それを見たときにその主人公が警視黒田純一であることを知りました。3作目が一番の評判のようでしたが、シリーズものは第一作目を読むのが常道とばかりにこの本を購入しました。

  ところで、日本のインテリジェンス組織を描く小説がなぜ「警視庁情報官」なのか、皆さん不思議に思わないでしょうか。

【日本のインテリジェンス組織とは?】

  日本のインテリジェンス組織と言えば真っ先に出てくるのは、内閣調査室です。この内閣官房庁内にある組織は総理大臣の直轄組織に近く重要な情報調査機関となっていますが、情報と諜報の隔たりをうまく埋められていないとたくさんの識者たちがなげいています。

  日本にはこの他にも法務省下の公安調査庁、防衛省参加の防衛省情報本部などがあり、福井晴敏さんの作品では、防衛庁のインテリジェンス機関として防衛庁情報局(DIAS)というインテリジェンス組織が登場します。

  しかし、イギリスやアメリカの諜報機関に比べると、日本の諜報機関は過去からの縦割り行政の呪縛から抜け出すことができずに極めて機能しにくい状況にあるのではないでしょうか。

  イギリスの諜報組織は、ジェームス・ボンドで有名な諜報機関MI6(イギリス情報局秘密情報部)が外務大臣直属の機関として海外での諜報活動を一手に引き受けています。これに対して、国務省に属するMI5(内務省保安局)は、国内の治安維持に責任を有しており、国内の諜報に関しては絶大な権限を有しています。

007ボンド01.jpg
(MI6の歴代ジェームス・ボンド geocities.yahooより)


  アメリカでも事情は似ており、大統領直属の諜報機関としてCIA(中央情報局)が海外および海外からの諜報を一手に引き受けており、司法省の下にある連邦国内の治安維持に責任を持つFBI(連邦捜査局)が役割分担のうえで諜報を2分しています。

  戦後の日本では、軍隊とともに諜報組織も戦争犯罪と直結する機能として占領軍から排除されるべき仕掛けであったとともに、元々自組織の閉鎖的な安全に過敏であった日本民族の特性から日本国を見据えた横断的な諜報機関が生み出される基盤がなかったと言えるのかもしれません。いまだに日本には、国益を守るための横断的な諜報組織は存在していないと思われます。

  この小説は、そんな日本のインテリジェンス組織に一石を投じます。

【警視庁とインテリジェンスの関係】

  日本のインテリジェンスを担う独立した組織を警視庁内に創設する。この誰もが日本のために必要と考えている構想を現実にするためには志と権力が必要となります。小説は、警視庁のエリート二人にその構想を実現させます。それは、警視庁組織内を官僚として上り詰めようとする同じ鹿児島出身で東大を卒業後、警察庁に入庁した国家公務員、いわゆるキャリアです。

  物語は、この二人が警察組織のトップクラスに上り詰めつつある過程で日本に独立し、横断的な諜報組織を創設しようと構想します。その二人は、警察庁官房総括審議官であった西村と警視庁公安部長だった北村。時は、平成10年でした。西村は、その後警察庁のトップである警察庁長官、北村は警視庁のトップである警視総監に上り詰めることになります。

  そして、警視庁内に北村直轄の組織「警視庁情報室」を立ち上げるために白羽の矢が立ったのが、警視庁内で生え抜きのノンキャリアである本作の主人公黒田純一情報官なのです。

  作者の濱嘉之氏は、2007年にこの小説でデビューしましたが、2004年までは現役の警察官でした。その経歴がこれまたすごく、警視庁巡査を振り出しに警備部警備第1課、公安部公安総務課、警察庁警備局警備企画課、内閣官房内閣情報調査室、生活安全部少年事件課という経歴の持ち主なのです。

  主人公黒田情報官は、まさに作者の分身です。

警視庁01.jpg
(霞ヶ関に聳える警視庁庁舎 wikipedeaより)


【インテリジェンスのリアリティ】

  デビュー作には、作者のすべてが込められているといわれますが、この小説も例外ではありません。氏は、かつて警察官だったものとして嘘は書かない、と述べていますが、その言葉のとおりに組織や階級、警察官の仕事を丁寧に描いており興味が尽きません。

  ミステリー小説としての醍醐味は、第四章の日本の現役閣僚の犯罪を諜報によって暴いていくサウペンスに凝縮されていますが、インテイジェンス警察小説としてのリアリティはむしろ黒田警察官がインテリジェンスオフィサーとして成長していく第二章から第三章に込められているといえます。

  第二章では主人公黒田が新宿警察署の交番勤務となったところから始まります。彼は、警察官として市民に対して常にオープンに接するとともに歌舞伎町ははじめとする新宿のうらの社会の人間とも気さくに触れ合っていく中で、ごくごく自然に「諜報」でいうヒューミントの世界を形成していきます。

  歌舞伎町のラブホテルで裏社会のあるホステスが殺されたときに、黒田が日頃培ったヒューミントの情報と独自の嗅覚で集めた情報がこの殺人事件をスピード解決へと導いていきます。そして、内閣調査室への配転。ここで彼は、第四章に繋がっていく政界と宗教界に始めてかかわることになります。

  警視庁公安部の警部と警部補に赤坂見附で尾行され、その尾行を出し抜いて彼らの身分まで明かさせてしまうプロセスは、インテリジェンスの現場を垣間見る思いがします。

  黒田は、昇進試験もすべてトップで通過、FBIへの派遣研修を受けることにもなります。そして、新たな組織、情報組織の準備室を立ち上げて間もないころ、そこで一緒に研修を受けたクロアッハという男から電話がかかってきます。

  クロアッハは、なんとイスラエル国家警察官であり、イスライル特殊任務機関であるモサドのエージェントだったのです。黒田は、彼からのオファーによりイスラエルとの情報交換を図る目的で、ニューヨークに飛ぶことになります。

  基本的な諜報技術からはじまり、ヒューマン・インテリジェンスとテクニカル・インテリジェンス、尾行者の「点検」、協力者の「消毒」、マスコミを巻き込んだカウンターなどなど、この小説にはインテリジェンスの細部が事細かに書き込まれているのです。

【インテリジェンス警察小説のおもしろさ】

  インテリジェンスと日本の諜報組織を描くという意味で、この小説はこれまで日本にはなかった小説です。著者の濱さんも書き下ろしにあたっては、そのキャラクターとプロット、ストーリーについて緻密に構成して執筆したことが良くわかります。

  インテリジェンスオフィサーは、何よりもヒトに受け入れられる必要があります。老若男女を問わず、暴力団であっても、マフィアであっても、女性であっても、政治家であっても、マスコミであっても警戒されたり嫌われたりすれば、情報は遮断されます。

  新たに集められた情報室のメンバーは、眉目秀麗、背は高く、語学力は抜群、さらには誰とも如才なく接することのできるエリートばかりです。その中で、まとめ役を担うのが黒田情報官なのです。

  リアルとはいえ、そこは小説。黒田情報官が東北に旅に出ると、八甲田の酸ヶ湯(すかゆ)温泉では、三沢基地勤務の父を持つアメリカ人女子大学生と意気投合し、アバンチュールを楽しみます。そうかと思えば、親友とに紹介された六本木のバーでは、オーナーの容姿端麗な才女と恋に落ちることになります。

  主人公黒田は、まさにスパイにうってつけのスーパースターでもあるのです。

  この第一作目は、まさに黒田情報官の登場を飾るデビュー作。人物形成の掘り下げや登場人物たちの人生観、ストーリー展開の必然性など、まだまだ荒削りな印象は間逃れません。しかし、これまでの日本のミステリー小説では描かれることのなかったインテリジェンスに挑戦したエンターテイメントは見事に成功しているのではないでしょうか。


  濱さんは、このシリーズの他にも「鬼手 世田谷駐在刑事・小林健」(講談社文庫)や「完全黙秘−警視庁公安部・青山望」(文春文庫)など警視庁シリーズを次々と上梓しており、どれも読むのが楽しみです。

  世の中にどんどんと新しい表現者が現れ、人生の楽しみが無限に増えていくのはまさにとめどない嬉しさの増幅ですね。今年のゴールデンウィークは、じっくりと人生の楽しみに取り組みたいと思います。皆さんも良い休日をお過ごしください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2012年04月23日

中野京子 印象派と近代パリを語る


こんばんは。

やった!! フィギアスケート第2回世界国別対抗戦で、日本が見事優勝を果たしました。

  先日の最終日、ペアでショートプログラム1位だった高橋・トランペアでしたが、フリーでは3位に終わり、最終的に女子のフリー戦に優勝の行方が託されることになりました。ここでは、村上選手が演技不調でなんと8位。アメリカ勢のワグナー、ゴールド両選手が会心の演技を披露し、国別選手権のゆくえは、ショートプログラムで2位につけていた鈴木明子選手の演技にすべてが託されることになったのです。

  手に汗を握る鈴木選手の最後の演技。その指先までにすべての神経をめぐらせた演技は、後半のトリプルルッツが2回転に終わったものの、それ以外は完璧な演技を成功させて、世界中の視線が見守る中でなんとその日のフリー最高得点をあげたのです。

  高橋大輔選手の完璧な演技と鈴木明子選手の華麗な舞で日本はアメリカを押さえて、みごと団体戦での優勝を勝ち取りました。おめでとう。ソチオリンピックが楽しみですね。

  一方、時を同じくして、日本のシンクロナイズドスイミングもロンドンで行われているシンクロの世界最終予選で見事3位に入賞し、すべての種目でロンドンへの切符を手に入れました。ここのところ世代交代で苦戦していたシンクロですが、今度のオリンピックでは活躍が期待できそうです。

  さて、そんな嬉しい便りが続く中で、先週は大好きな印象派の絵画を語る本を読んでいました。

「印象派で「近代」を読む−光のモネから、ゴッホの闇へ」
(中野京子著 NHK出版新書 2011年)

【日本の印象派人気】

  印象派の絵画とは、19世紀後半のパリで勃興した芸術運動であり、当時、既存の絵画の権威に対して反旗を翻すというドラスティックな一面がありました。そこに名前を連ねる画家たちは、世界中にその名をとどろかせることになりましたが、特に日本では人気の高さを誇っています。

  イギリスの画家ターナー(1795-1841)の絵は、ロンドンのナショナル・ギャラリーで見ることができますが、その風景画の数々は印象派の先駆けになる技法と言われています。

  この本でも第一章で、パリにおける印象派の成り立ちが述べられていますが、その名称は1974年にモネ、ドガ、ルノワール、セザンヌ、ピサロ、モリゾ、シスレーなどの作家たちによって開催された私的な展覧会がその発祥となります。

  そこに出展されたモネの「印象−日の出」という「もやっ」とした一枚の絵が印象派の幕開けとなったのです。

印象 日の出01.jpg
(モネ「印象-日の出」 wikipediaより)


  それまでも絵画は、貴族階級の楽しみのために書かれた絵画が高い評価を受けており、後に印象派と呼ばれる画家たちは旧体制派の画家たちからは全く評価されませんでした。モネの「印象−日の出」も当時の評論では「」などと揶揄され、新聞記者からは「なるほど印象的にヘタクソだ。」と言われました。

  「印象派」という名称は、このヘタクソ批判から名付けられたといいます。

  後に印象派展と呼ばれるこの私的展覧会は、その後、第8回まで継続的に行われ、既存の権威者たちの批判にもかかわらず着実に市民たちの人気を博するようになります。「印象派」という批判的名称を自ら名乗ったところが、印象派の画家たちの矜持を示しています。

  パリの印象派の美術館としては、マルモッタン美術館が有名です。この美術館は、「マルモッタン・モネ美術館」と呼ばれ、1966年にクロード・モネの次男であるミッシェルが父親の絵画を大量に寄贈したところから、印象派絵画の美術館として有名になりました。

  そこには、くだんの「印象−日の出」をはじめとして「クロード・モネの肖像」や連作となる「睡蓮」やそれに関連した「日本の橋」「太鼓橋」などの名画が展示されています。さらに印象派コレクションとしては、カイユボット、ドガ、ルノワール、シスレーなど印象派好きには見逃せない絵画の数々が並んでいるのです。

【パリ マルモッタン美術館展】

  2004
年の1月から3月にかけて、東京の上野東京都美術館で「パリ マルモッタン美術館展−モネとモリゾ 日本初公開ルノアール・コレクション」という展覧会が開催されました。私もこの美術展は楽しみにしており、開催されて間もなく会場に駆けつけました。この展覧会では、28万人もの日本人が印象派の絵画を堪能したそうです。

  この展覧会では、副題にあるとおりモネとモリゾの印象派絵画がメインでしたが、展示された絵画の数は、80点。その中で、モネの絵画が19点、モリゾの絵画が40点と圧倒的な質量を鑑賞することができました。

  ベルト・モリゾは、まさに印象派の時代を生きた当時は珍しい女流画家で、マネの絵画もモデルと努めるとともに自らも23歳でサロンに出展し、入選してから生涯絵筆をふるいました。1968年にマネと出会い、マネから絵画の技法を教わるとともにそのモデルも勤めました。

  1874
年には、マネの弟であるウジェーヌ・マネと結婚し、1895年に54歳で亡くなるまで、夫と娘の日常を描くなど絵を書き続けました。当時、ルノアールやマラルメなどとも親交のあった生粋の芸術家といえます。

  この展覧会での彼女の絵画は圧巻で、有名なところでは当時の社交の中心であった舞踏会のために着飾った女性を描いた「舞踏会にて」や親娘の微笑ましい日常を描写した「ブージヴァルの庭のウジェーヌ・マネと娘」、別荘の庭に咲くタチアオイを美しい光で捉えた「立葵」など印象派そのものといえる筆遣いに深く感動しました。

モリゾ立葵01.jpg
(モリゾ「立葵」 マルモッタン美術館展図録より)


  特に感動した絵は、自分の娘をモデルとして描いた「桜の木(さくらんぼうの木)」でした。この絵のキャンパスは152cm×84cmという大きなもので、ルノワールを思わせる大胆な絵の具使い、重ね塗りによって、春のたゆたうような光の中でさくらんぼを取る二人の女性の幸福感がキャンパスいっぱいに描かれた大作です。

モリゾ桜の木01.jpg
(モリゾ「桜の木」 マルモッタン美術館展図録より)


  この展覧会で出会った感動が、私を印象派フリークにしたと言っても良いと思います。

【パリの近代化と印象派】

  この本の著者である中野京子さんは、ドイツ文学科にして西洋文化史家との肩書をお持ちですが、近年、ヨーロッパ絵画をキーワードとして、西洋文化史を読み解くエッセイを多数発表しています。特に「怖い絵」シリーズは、有名絵画の裏話を「怖い」との観点から語るユニークな絵画鑑賞本となっています。

  今回の本は、題名にもあるとおり、「印象派絵画」がフランス文化史の中で果たした役割という視点から、なぜ「印象派」が出現したのか、「印象派」が「近代化」に果たした役割は何なのか、を様々な観点から語ってくれ興味が尽きません。
しかし、何といっても読んでいてうれしいのは、印象派やそれにまつわる名画の数々が、2ページ見開きオールカラーで大きく掲載されているヴィジュアルの素晴らしさです。登場する絵画もそれにまつわる視点もその文章とともに満喫できます。

  印象派とは、それまでのサロン階級が絵の基準と定めた、神話や寓話、宗教という知識に基づいた写実的な絵画の枠を飛び越えて、事前の知識がない状態で素朴に絵に込められた印象を楽しむという芸術運動の側面を持っています。

  それは、パリの近代化によって「貴族階級」が没落し、ブロジュアである市民が主役となっていく社会制度の変化に対応しています。ペリの市民たちは、劇場や舞踏会、ムーラン・ルージュやムーラン・ギャレットで憩いを得るようになり、屋外へも盛んに外出するようになります。

  それと歩を合わせるように、印象派の絵画もドガの「踊り子」のように劇場を描き、ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」やロートレックが描く「ムーラン・ルージュのラ・グリュ」のようにパリの庶民たちの社交場を描いていくようになるのです。


【屋外の光を捕らえた印象派】

  また、屋外で絵をかくという習慣も近代化のなせる技でした。アトリエ以外でも絵が描ける世になったのは、チューブに入った絵の具が発明され、絵の具を自由に持ち歩くことができるようになったことが要因だといいます。

  この本では、外に出て描かれた絵画として、船の上をアトリエとしたモネを描いたマネの「アトリエ上のモネ」が紹介されています。また、パリの風景としては、カミーユ・ピサロの「テアトル・フランセ広場、雨」やモネの「サン・ラザール駅」などを紹介して、これまでの寓意的な写実画とは異なる新たな世界を語っていきます。

ピサロフランセ広場01.jpg
(ピサロ「テアトル・フランセ広場、雨」 gallery-aoki.com)


  そして、パリの街での職業の話から高所得のブルジョアの囲人になることが女性の出世の早道であった時代では、マネが囲われた愛人を描いた「ナナ」が紹介され、その反対に位置するブルジョアジーのあこがれ、「主婦」の幸せの章では、私の好きなベルト・モリゾの「揺りかご」(オルセー美術館所蔵)が語られていくのです。

  印象派の絵は、8回を重ねた印象派展の後も、ゴッホやゴーギャンなどの新印象派にまで及んで行き、さらにはピカソなどに代表されるキュビズムやシュールリアリズムへと進化していくことになります。

  この本の最後の章では、いくつかの印象派を見る視点を提供してくれます。浮世絵が印象派絵画に与えた平面的な視野、アメリカ文化が追い求めた印象派絵画の価値の創設、など印象派絵画が隆盛となった要素も語られています。

  そこに登場するのは有名なスーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」、マネの「散歩、日傘をさす女性」、踊り子を描いたドガの「エトワール」3点です。

  著者の「美しい、光を楽しむ」だけの絵画鑑賞よりも絵画の描かれた背景や社会を知って印象派の絵を鑑賞することで新たな鑑賞の仕方が養える、という論点は「余計なお世話」とも言えますが、お陰で印象派絵画の数々を味わうことができたのは幸せでした。

  この本にはゴッホの名作もちゃんと掲載されていますので、文化論が好きな方、絵画を味わうことが好きな方にはもってこいの一冊です。

  もうすぐゴールデンウィークです。皆さんはアウトドア派? それともインナー派? どちらにしても充実した楽しい休日をお過ごしください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2012年04月15日

佐々木譲 直木賞への出発点はこの本?


こんばんは。

  時々無性に保守本流のエンターテイメント小説を読みたくなりますが、マンガのような小説はマンガの方が面白く、人の機微が深く書かれていない本ではあまり感動がありません。そこで、まだ読んでいない傑作本を読むことにしました。

「エトロフ発緊急電」
(佐々木譲著 新潮文庫 1994年)

  本屋さん巡りが好きな貴方なら、いつも本屋さんの平置棚に燦然と積まれた佐々木譲さんの本を見ない日はないと思います。それもそのはず、佐々木さんは2010年に警察小説の名著「廃墟に乞う」(文春文庫)でみごと第142回直木賞を獲得したのです。おめでとうございました。

(抜群に面白いその小説群)

  佐々木さんは、今小説でもテレビでも大流行となっている警察小説をメジャーにした立役者といっても過言ではありません。氏は、北海道出身で現在も北海道に住んでいますが、警察小説の記念すべき初作品が、道警(北海道警察)シリーズ第一弾の「笑う警官」(ハルキ文庫 単行本発売時の題名は「うたう警官」)でした。

笑う警官01.jpg
(角川映画「笑う警官」 ポスター)


  この小説は、角川事務所から依頼されて執筆した初の警察小説でしたが、道警警察官サックスフォンを吹くという主人公、佐伯宏一警部補の渋い人間像を見事に描き、2009年には、久々の角川春樹監督作品として映画化されました。

  その後もこのシリーズは快調にヒット作を連発し、「警察庁から来た男」「巡査の休日」(ハルキ文庫)などその面白さにたくさんのファンが魅了されました。このシリーズのほかにも釧路警察の駐在所に赴任した川久保篤巡査部長を主人公とするシリーズの一冊「制服捜査」(新潮文庫)や三代に渡る警察官一家を描いた「警察官の血」(新潮文庫 上下巻)などの力作を発表し、われわれを魅了し続けてくれます。

 そして、2009年に発表した警察小説が「廃虚に乞う」だったのです。

(ジャンルを超えた名作の数々)

  さて、佐々木譲さんのデビューは古く、1979年の「鉄騎兵、跳んだ」(文春文庫)というモトクエロスバイクのライダーを主人公とした小説で、オール読物新人賞を受賞し作家デビューを果たしました。そのときにはまだ30歳ですから、いまや日本小説界の大御所ですね。

  1980
年代から1990年代にかけて、バイク小説をはじめとしてヤングアダルト層をターゲットとしたいわいるジュブナイル小説を多数発表し、ホラー小説でもその手腕を発揮しました。

  そ
こから社会派のサスペンス小説を手がけ、ハードボイルド小説や難民の少女やボートピープルを描くなど社会派のサスペンス小説を発表しています。

  そして、1988年には第二次世界大戦の緊迫した日本を舞台とした第二次大戦三部作の第一作目「ベルリン飛行指令」(新潮文庫)を発表しました。この小説は、対戦前夜の日本にドイツから当時超高性能であった零式戦闘機を贈ってほしいという要請が寄せられ、その作戦を実行するプロジェクトを迫真のタッチで描いた渾身の冒険小説でした。

  続く、第二作「エトロフ発緊急電」で氏は、「真珠湾攻撃」の諜報戦を描き、1989年の日本推理作家協会賞長編部門、日本冒険小説対象、山本周五郎賞を受賞しました。(ちなみに、その2年前には私が大ファンである逢坂剛さんが「ガディスの赤い星」(講談社文庫)で日本推理作家協会賞を受賞しています。)

  第三作は、ヨーロッパを舞台に第二次世界大戦の末期、アメリカの原爆投下とソ連の対日参戦という機密情報をスウェーデンのストックホルム駐在の日本武官から託された男が、その機密を日本に届けるというサスペンスです。この三部作は登場人物も共通しており、佐々木氏の力量を余すことなく注ぎ込んだ傑作です。「ストイックホルムの密使」(新潮文庫)

ストックホルムの密使01.jpg
(第三作「ストックホルムの密使」 amazon.comより)


  こうした冒険劇やサスペンス小説で、一躍文壇に躍り出た佐々木氏ですが、1990年代の後半からは時代・歴史小説も発表しています。特にに幕末の北海道を描いた蝦夷地三部作、更に仙台五陵郭で独立国を宣言した榎本武揚を描いた歴史小説「武揚伝」(中公文庫 全5巻)では、新田次郎文学賞を受賞しています。興味のある方はどうぞ。

(真珠湾攻撃に秘められた逸話)

  さて、「真珠湾攻撃」とは、日本というひとつの国を滅ぼすことになった日米対戦の発端となった奇襲作戦の名称です。開戦のときの日本海軍には提督である山本五十六がその緻密かつ大胆な戦略を構築しており、日本の軍部もすべての首脳陣が一丸となって米国に立ち向かっていきました。(もちろん、立ち向かうこと自体が無謀な過ちでしたが・・・)

  半年ほど前に紹介した西木さんの小説「ウェルカム・トゥー・パールハーバー」(角川文庫 上下巻)は、最新の近代史をベースとして、真珠湾攻撃がなぜ成功したのか、そして、それが連合国側の謀略であることを突き止めた日本人の国を救おうと奮闘したインテリジェンスと人間を描いた名作でした。

  佐々木さんの描くパールハーバーは、こうしたインテリジェンス小説というよりもエスピオナージ(諜報スパイ)の要素を効果的に取り入れた国家を超えた人間の哀しみを主題とした、みごとなエンターテイメント作品となっています。

  物語のはじめに、作者が「真珠湾攻撃」は、アメリカが日本に組織した諜報組織によってすでに突き止められており、19411126日(攻撃は128日)、択捉島から暗号名「フォックス」によって、当日単冠湾(ヒトカップワン)に奇襲のための日本海軍機動部隊が集結していた事実が暗号通信で発信された事実があると明かしています。

  これは、種明かしをした上で、物語を楽しんでもらおうとする佐々木さん超一流の小説展開であることに間違いありません。

  プロローグは、逢坂剛作品でおなじみのスペイン内乱で、国際義勇兵がフランコ軍に敗退して退去する場面から始まります。義勇兵として中退のリーダーを務めるケニーという日系アメリカ人は、ともに戦って来た仲間の一人を銃殺刑に処さなければなりません。彼は、仲間たちににせのくじ引きを引かせ、結局は自らの手で仲間を銃殺します。

  そして、このケニー・ケンイチロウ・斉藤という日系アメリカ人こそが、この小説の主人公であることが、時間とともに明らかになっていきます。ニューヨーク・イーストサイドの場末で、闇に隠れて依頼主を待つケニー・斉藤。いったいスペインからアメリカに戻った彼に待っていたものは何だったのか。

(小説の見事な描写と見事な構成)

  さて、この小説は4部構成となっており、それぞれの部の中に時系列で、あらゆる場所でのエピソードが折り重なるようにしてストーリーが進んでいきます。基本的には、日米開戦へのカウントダウンがなされる中で、真珠湾奇襲攻撃を計画する日本軍部の中枢とその情報を絡め取り、事前に察知しようとするアメリカ愛軍情報部の諜報網との戦いです。

  しかし、最後の舞台となる択捉島の単冠(ヒトカップ)湾の面した灯舞(トウマイ)という街で育った岡谷ゆきという、ロシア人と日本人の間に生まれた私生児である薄幸の女性が、第二の主人公として登場します。

択捉散布山(チリャップヤマ)01.jpg
(択捉島 散布(チリャップ)山 Wikipediaより)


  

  さらには、日本のアメリカ海軍情報部の協力者として、東京の芝にある東京改心基督(キリスト教会の牧師、ロバート・スレンセンが登場します。スレンセンは、かつて中国南京のYMCAで働いており、日本の陸軍が行った南京大虐殺の現場に居合わせました。そのときのある出来事が、彼をして聖職者とスパイというアンビバレントな行動に走らせたのです。

  こうした主人公たちの分厚いエピソードを語りながら、小説の第一部は、「広島」、「函館」、「ニューヨーク」、「東京」、「択捉島」、と主人公を追いかけるかのように語る場所を変えていくことになるのです。

  そして、第一部ではまったくバラバラに見えたそれぞれの場所での、それぞれの主人公たちのエピソードは、第二部、第三部と進むにしたがって徐々に接近し、また接触していくことになります。

  ケニー・斉藤は、ある殺人現場で、アメリカ海軍情報部によって拉致されサンディエゴの海軍基地内でスパイの訓練を受けることになります。また、ロシア人とのハーフで私生児の岡谷ユキは、ある事情から一度は捨てた択捉島の故郷に帰ることになり、海を渡ります。そして、牧師スレンセンは、ある晩、懺悔に来た日本人から「真珠湾奇襲攻撃」を示唆する情報の提供を受けることになります。

  そうして、みごとに語られていくエピソードの連続が息もつかせずに第三部まで引き続き、最後に第四部でそれまで語られて着た数々のエピソードたちが択捉島の単冠(ヒトカップ)湾に集結していくことになるのです。その緊迫感は、まさにこの小説の最大の魅力になっていきます。

  衝撃の人間模様の中で、真珠湾奇襲の情報はどうなるのか。更に、ケニー・斉藤がハーモニカで吹くスコットランド民謡のなつかしい調べが全編を流れて、感動を呼びます。

  皆さんも、ワンダーな小説を味わいたいときには、この三部作はぜひともお勧めです。

(佐々木譲さん作品のランキング)

  さて、今回は佐々木譲さんの作品紹介も兼ねることとなったので、巷の方々がネット上で語っている佐々木作品のランキングをついでに紹介したいと思います。なお、ランキングについては、いろんなサイト情報から私が独断と偏見で集計したものですので、あらかじめご了解ください。

1.    
道警シリーズ(ハルキ文庫)
  「笑う警官」「警察庁から来た男」
2.    「警官の血」(新潮文庫)
3.    「制服捜査」(新潮文庫)
4.    「廃墟に乞う」(文春文庫)
5.    「エトロフ発緊急電」(新潮文庫)
6.    「ユニット」(文春文庫)
7.    「ベルリン飛行指令」(新潮文庫)
8.    「警官の条件」(単行本)
9.    「暴雪圏」(新潮文庫)
10. 「振り返れば地平線」(集英社文庫)

※最後の一冊は、古い本でジュブナイルのバイク小説です。


  美しかった桜も東京では早くも散り、青葉の季節がやってきます。寒暖の差も大きくなるので、皆さんお体をお大事に!

  それでは皆さんお元気で。またお会いします。


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2012年04月11日

日本の国防インテリジェンスを斬る!


こんばんは。

  東日本大震災に見舞われた日本では、その壊滅的な被害と福島第一原発のメルトダウンに対して「想定外」という言葉が一世を風靡しました。しかし、インテリジェンスの世界に「想定外」という言葉はあり得ません。「想定外」はインテリジェンスの崩壊を意味しています。

  日本にはインテリジェンスという概念があるのか?インテリジェンスの重要度を認識している識者たちの間では、一日も早い「インテリジェンス専門機関」の設立がいつも提言されています。ただ、考えてみれば「インテイジェンス機関を今日からつくりマース。」と宣言するのもまた、おかしな話かもしれませんが・・・。

  古くは落合信彦さん、新らしくは佐藤優さんや手嶋龍一さんがワンダーなインテリジェンス論議をかもしだしており、その著作は読むたびに「あたりまえ」のことを有効に読み取る力(諜報)の重要性をわれわれに教えてくれます。

モサドその真実01.jpg
(落合信彦著「モサドその真実」 amazon.comより) 


  さて、今週は、元防衛省のお二人が書いた日本の国防に関するインテリジェンスを語る本を読んでいました。そして、その刺激的な内容に身の縮むようなワンダーを感じたのです。

2013年 中国・北朝鮮・ロシアが攻めてくる 日本国防の崩壊」
(福山隆・宮本一路著 幻冬舎新書 2012年)

  先日本屋巡りをしていて、その身の毛もよだつ題名にあおられて即座に購入。その内容は、空想でもアジテーションでもなく極めてインテリジェンスの本流を語る本でした。

  日本
のインテリジェンス機関は、各国と異なっており縦割り組織のままほぼ独立しています。内閣官房長にある内閣調査室、外務省の感化にある国際情報統括管組織、法務省の下にある公安調査庁、防衛省の机下には防衛省情報本部、さらに警察組織内には公安警察がインテリジェンスを担っています。

  しかし、どうやら現代の内閣総理大臣も戦前の天皇陛下も縦横無尽にインテリジェンスを駆使するには至っていないようです。

(この題名は麻生幾さんの小説か!?

  国防インテリジェンスといえば、フィクションの世界ではありますが、その第一人者は麻生幾さんではないでしょうか。そのデビュー作「宣戦布告」(講談社文庫 2001年)は、日本の国防の実態をリアルに浮き彫りにし、危機的軍事シミュレーション小説としてなんと63万部を売り上げるベストセラーとなりました。

  日本の駿河湾で座礁した北朝鮮の原子力潜水艦から特殊部隊が日本に上陸し、その捕獲のために出動した警察、自衛隊がその特殊部隊と戦闘状態に入り、その攻撃を北朝鮮が宣戦布告とみなす、という衝撃的な内容は、まさに日本の国防危機管理の脆弱さを描いた問題作でした。

  その小説は、東映により映画化されましたが、映画は相手国名を北東人民共和国としたにもかかわらず、その内容から当時の防衛庁や首相官邸から撮影協力を徹底的に拒絶され、戦車や重火器などはすべて民間の協力で調達し、撮影所には本物そっくりの首相官邸のセットを立てて撮影したといいます。

  映画のクランクアップからも様ざまな紆余曲折があり上映まで2年が費やされました。

宣戦布告DVD01.jpg
(映画「宣戦布告」DVD amazon.comより)


  拙ブログでも紹介しましたが、その後も麻生氏は精力的に執筆活動を続け、「警視庁国際テロリズム対策課 ケースオフィサー」(幻冬舎文庫)では、中東のゲリラによる細菌兵器テロを描き、「瀕死のライオン」(幻冬舎文庫)では、まさに日本と北朝鮮との息詰まるような熾烈な戦いを描いて、われわれの度肝を抜いてくれました。

  2009
年に発表した「外事警察」NHK出版)は、日本に潜入した国際テロ組織と公安警察の戦いを描き、NHKのドラマシリーズとして放映され、さらに続編が映画化され、今年公開の予定です。麻生氏の国防インテリジェンスは、その小説にリアリズムを生み出しているのです。

(日本の国防インテリジェンス)

  手嶋龍一さんの「ウルトラ・ダラー」(新潮文庫)や佐藤優さんの「自壊する帝国」(新潮文庫)などを読むとインテリジェンスの技術は、お個望という分野のみならず、外交、経済などのあらゆる分野で必要な技術であることを痛感します。まさにインテリジェンスは日本が生き残るために必要不可欠な技術であるといえます。

  この本のお二人の著者は、自衛官の中でも特異な経歴の持ち主です。

  福山隆氏は、防衛庁から外務省に出向し、大韓民国の駐在武官として朝鮮半島のインテリジェンスにかかわり、日本ではあの地下鉄サリン事件で自衛隊現場の指揮を取り、その後は幕僚長、陸相などを歴任、ハーバード大学アジアセンターの研究員も勤めたという経歴の持ち主です。

  一方の宮本一路(いちろ)氏も外務省に出向。こちらはイラン駐在武官として湾岸戦争を経験し、その後は内閣調査室のロシア班長、防衛省情報本部の情報官を勤めるなど、中東やロシアのインテリジェンスに深くかかわってきた経歴の持ち主です。

  このお二人が語る国防インテイジェンスは、大袈裟に語るわけでも大言壮語するわけでもなく、淡々と今、日本が置かれる状況と現実を分析し、明らかな情報の中から国防のエッセンスとなる事実を抽出し、シミュレーションを行っていきます。

  まず、第一章で語られる日本とその周辺の環境分析からこの本は始まります。

  最新の分析は、冷戦終了後のパックスアメリカーナの凋落から始まります。旧ソ連が崩壊した後、世界の超大国はアメリカのみとなり、その同盟国である日本は日米安保条約の庇護の下、「平和」を唱えているだけで安全を保障されていました。

  しかし、いまやアメリカは凋落しその経済力にもかげりが見え、ついに軍事予算の削減を余儀なくされています。一方で、自由経済を一部導入した中国の経済発展は日本を凌駕し、地下資源を手にしたロシアも復活、さらに新興国インドがIT大国として台頭してきます。

  いまや世界は、アメリカ対中国、ロシア、インドという多極化の時代を迎えており、経済力を背景とする軍事力のポテンシャルはアメリカ単独の時代から多極化の時代へと移っています。そして、北東アジアの朝鮮半島、日本近辺はまさに中国とロシアが太平洋の出口として歴史的に地政学的に南下しようとする地域となっているのです。

  そうした中で、2011311日。東日本大震災が日本を襲ったのです。

  日本の憲法は平和憲法であり軍隊の保有を認めていません。しかし、専守防衛の軍備を備えた自衛隊は憲法の記述を乗り越えて存在しています。そして、阪神淡路大震災のときも、地下鉄サリン事件のときも、今回の東日本大震災でも知事の要請により出動した自衛隊は、多くの人命を救い、給水、給食、さらには原発燃料の冷却にまで大活躍したのです。

  大震災のときに動員された自衛官の方々は10万人以上を数え、その活動に何万人もの被災地の方が救われ、その存在意義は際立ちました。しかし、この本のインテリジェンスはその裏に隠された事実も教えてくれます。

  現在、日本の自衛官は23万人を数えますが、震災の時にはその半数に近い人員が震災対応のために動員されました。そのときに、一方でおきたことは北朝鮮や中国、ロシアに日常備えていた警戒地域の人員が通常の半数以下となっていたのです。

  ロシア、中国は公式見解として日本に支援を表明していましたが、このときに日本領空と日本領海地域に戦闘機や艦隊が数多く出没したこともまた事実だったのです。それは、ロシアや中国が震災にあえいでいる日本がどの程度の防衛力を維持できていたのか偵察する目的であったと見立てられています。

  インテリジェンスとは、冷徹な事実に基づいているのです。

中国海軍情報収集艦01.jpg
(沖縄沖 中国海軍情報収集艦 asahi.comより)


(日本が直面する脅威とは?)

  第二章は日本をめぐる脅威の分析にはいります。

  膨張を続け、太平洋への進出を戦略目標に掲げる中国、カリスマ的指導者の死亡により不安定な政治状況が出現した北朝鮮、帝国の時代から不凍港を求めて南下政策に執念を燃やすロシア、日本の石油輸入の90%以上が通過するボスポラス海峡を牛耳るイラン、イスラム文明国の仕掛ける西側への無差別テロ、そして大震災急の自然災害、と日本への脅威を見事に分析していきます。

  中国は太平洋の覇権の境界線をどこに設けているのか。

  中国から太平洋を見たときに、中国が戦略的協会と考えているラインが2つあります。「第1列島線」は、日本の九州を基点として、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にいたる縦のライン。
そして、「第2列島線」は、もっと東側の伊豆半島から始まり、小笠原諸島、グァム・サイパン、パプア・ニューギニアにいたる縦のラインです。

  中国は、中長期の戦略としてこの列島線まで進出できる軍事力を身に付ける戦略を立案し、着々と軍備を強化しているといいます。もちろん、ターゲットは太平洋の向こうの国アメリカです。

  そして、6つの脅威を語った後、この本では恐ろしいシミュレーションが展開されていきます。

  暴発した北朝鮮が韓国を併合するために日本の原子力発電所を占拠する、中国が尖閣列島から西南諸島に侵入し島民を盾に事実上の占拠事実を展開する、ロシアによる北海道上陸は北海道と東北のすべてのレーダー基地をミサイルで撃破し、日本を盲目とするところから始まります。

  それはまるで、麻生幾氏や楡周平氏の小説を地で行くようなリアルなシミュレーションなのです。

  最後の提案では、これからの日本がこの世界で生き残るために必要なものは何なのか、最後には国防インテリジェンスに基づいた施策が用意されています。


  この本を読むと国際社会の中で、日本という国がいかに軍事的な防衛力に意識を向けてこなかったが見事に語られています。しかし、日本が軍事力を他の国と同じ規模とすれば問題は解決するのでしょうか。それは、決して正しい解答ではないと思います。この本にその答えは書いてありませんが、本当のインテリジェンスとは情報を収集し、その解を見つけることだと思います。

  皆さんで、ぜひとも考えていかねばならない問題です。

  それでは皆さん、今日はこの辺で。お元気で、またお会いします。



本 今回も最後までお付き合いありがとうございます。                                                                                                         にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
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2012年04月07日

バトミントンのシャトルは時速250km!


こんにちは。

  待ってました!! 今年もプロ野球が開幕し、胸踊る日々がやってきました。

  今年の話題はなんと言っても新監督たちのお手並みです。パリーグの注目は、名将梨田監督の後を受けて就任した北海道日本ハムファイターズの栗山英樹監督です。ヤクルトファンとしては、古田さんと並んで往年の栗山さんのシェアなバッティングと華麗な守備は忘れることができません。

  1990
年にヤクルトを引退してからは、解説者、大学教授と野球一筋に歩んできた栗山監督ですが、開幕戦では、オープン戦での絶不調を目の当たりにしながらも斉藤祐樹投手を開幕投手に指名し、みごとに結果を出してくれました。選手を信じて、成長につなげるこの起用は、栗山野球を象徴しており、これからが楽しみです。

2012日本ハム開幕01..jpg
(開幕戦斉藤投手を迎える栗山監督 47news.jpより)


  一方、ヤクルトの石川投手の開幕戦。見ましたか?この3年間開幕投手として結果を出すことができませんでしたが、今年は小川監督と一心同体となって、みごと開幕戦4勝目という素晴らしい記録を実現してくれました。相手がお金に明かして選手をあさる巨人軍だっただけに痛快でした。先日の当番2戦目では負け投手になりましたが、まだまだこれからです。

  楽天のマー君は、初めての開幕投手に硬くなったのか負け投手となりましたが、第2戦ではキチンと実力を見せてくれました。また、開幕3連戦では46歳の山本投手(中日)と下柳投手(楽天)が20歳以上も年の違う新人との投手戦を見せてくれ、バテラン健在を夜に示してくれました。

  横浜
DeNAの中畑新監督の元気野球がどういう展開を見せるのか、阪神の和田監督の野球はどんな野球なのか、セリーグ、パリーグともにオールスターまで目が話せません。

  さて、水泳平泳ぎの北島康介選手を初め次々とオリンピック出場選手も決まる中、今週は一風変わったワンダーを教えてくれるスポーツ本を読んでいました。

「時速250kmのシャトルが見える」(佐々木正人著 光文社新書 2008年)

  皆さんは、「アフォーダンス」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

  実は私もその言葉をこの本で始めて知りました。「アフォーダンス」は「知覚心理学」という科学の中に出てくる言葉で、「環境が動物−人間を含むーに対して与える『意味』」のことを表わします。もともと「与える、提供する」という意味の「アフォード」という動詞から作られた造語ですが、知覚心理学では一般的に使われているそうです。

  著者の佐々木正人さんは、東京大学大学院の教授でいらっしゃいますが、専攻は教育学部で心理学を研究されています。その中で、「アフォーダンス」に関する翻訳書や著書を発表しています。この本は、様ざまなスポーツで世界レベルにある日本のアスリートたちへのインタビューで構成されています。

  スポーツライターが行うインタビューは、数々のスポーツ雑誌などを含めて珍しくはありませんが、佐々木さんのインタビューは一味もふた味も違います。

(アフォーダンスとスポーツの関係)

  私も面白いスポーツ本には目がなく、これまでもインタビュー本を何冊も読んできましたが、そのほとんどがスリートたちの心理やフィジカル、テクニックに焦点を当て、一流のアスリトたtが如何にわれわれと異なるポテンシャルや個性持っているかを引き出していくという内容です。

  こうした手法では、ライターの力量がそのインタビューの面白さを決定づけます。

  この本のワンダーは、「アフォーダンス」を知り尽くした著者が、アスリートのパフォーマンス環境がそれぞれのアスリート達にどんな「意味」を与えているか、という視点からインタビューを試みており、アスリートも気づかなかった、環境のなかでのパフォーマンスが浮かび上がる稀有なインタビュー本となっています。

  果たして「環境」が与える意味を探る切り口とはどんなものなのでしょうか。

・エリア(Area):体の延長しているところ、一瞬で知覚する広さ

・地面(Ground):疾走を支える外部エンジン

・空気(Air):情報の埋め込まれた周囲

・水(Water):硬軟、形、千変万化の環境

・力(Power):「隙」「道」・・・直感で把握するタイミング

  佐々木さんは,この5つの「アフォーダンス」について、様ざまなスポーツがその環境からどんな意味を与えられているのかを世界トップクラスのアスリート達の言葉から解き明かしていくのです。

アテネ五輪銀01.jpg
(アテネ五輪銀メダル 立花武田ペア yomiuri.comより)


(思わずワンダーな一流選手たちの語り)

  「エリア」では、バトミントンで世界を目指す潮田玲子さん(かつてのオグシオペア、今ではイケシオペア)、サッカー元日本代表の名ミッドフィルダー名波浩さん、最も狭いフィールドの中で戦う日本初のプロ卓球選手である松下浩二さんがエリア内で何を感じながら戦っているのかのワンダーを語ってくれます。

  「地面」。地表を相手にしているスリートは、北京オリンピックの男子リレーでみごとメダルを獲得した「ノビー」こと朝原宣治さん、日本のF1レーサーとして超一流の腕を持つあの鈴木亜久里さん、氷上で氷をつかむスピードスケートからはリレハンメルオリンピックのメダリスト堀井学さん、そしてアルペンスキーでは雪上を縦横無尽に駆ける第一人者、皆川健太郎さん、とその名前を見るだけでワクワクしてきます。

  「空気」の章。皆さんはどんなスポーツを思い浮かべるでしょうか。

  まず登場するのは、アテネオリンピックの体操日本代表として団体・あん馬でみごとにメダルを獲得した鹿島丈博さん、空中を一本の棒を支えに舞い上がる棒高跳びの第一人者澤野大地さん、そして、スキーラージヒルジャンプではるか空中に舞い上がるスキージャンプエースでベテランの舟木和喜さんが「空気」を語ってくれます。

  「水」はわれわれにとっておなじみの環境です。一時引退を表明したものの飛び込みの魅力に引き込まれ、再びロンドンオリンピックに挑戦する飛込みの雄、寺内健さん(「前逆宙返り2回半、1回半ひねりえび型」って皆さんは分かりますか?)、ロンドンオリンピックへの昨日出場を決めたボート競技で11回の優勝を誇る武田大作さんは水に対するプロフェッショナルです。

  水といえば、シンクロナイズドスイミングはオリンピックの花です。

  日本のシンクロナイズトスイミング技術は世界に冠たるものがあります。オリンピックソウル大会での小谷実可子さんの流麗な演技での銅メダル、バルセロナ大会での奥野史子さんの見事な演技、アトランタ、シドニー、アテネと続く女子日本団体の芸術的な演技と立花美哉さんと武田美保さんのデュエットは、これまでの歴史の中でも最高の演技でした。

  この本では、3大会連続のメダルに輝いた武田美保さんとソウル大会で小谷さんとともにデュエットでメダルに輝いた田中京さんが登場し、地上にいるよりも水の中にいた方が体が楽というほどに「水」になじんだアスリートのワンダーを語ってくれます。

  最後の章「力」では、2002年のレスリング世界選手権で金メダルを獲得して以来数々の大会で金メダルを手にし、破竹の119連勝を記録した女子レスリングのトップアスリート吉田沙保里さんが登場。さらに柔道からは、アトランタ、シドニー、アテネオリンピックで未踏の3や位階連続金メダルの偉業を達成した野村忠宏さん、そして、相撲界からは元関脇魁輝の友綱親方がそれぞれ「力」の極意を語ります。

(環境を生かす無限のポテンシャル)

  この本には、人間の持つ環境を生かすための無限のワンダーがつまっています。

  超一流のアスリート達が自らの競技の中で何を極めてトップをめざすのか。

  例えば、題名にもなっているバトミントンのシャトルは、スマッショを打つときには時速250km初速からネットを越え打ち返す時点でも時速50Kmのスピードがあります。それを性格に打ち交わしポイントをとるために何を知覚して試合をしているのか。

  シャトルの打ち方の基本は、上から打つだけでも「クリア」「スマッシュ」「カット」「ドロップ」も4種類があり、その間の打ち方や「ハイクリア」「ドリブンクリア」など横や下からの動きを加えていくと100種類を超える打ち方があるそうです。

  さらに試合の時にはコートを9つに分割して捉えますが、3次元の立体であるため高さの面を更に上中下の3つに分割し、27分割の空間を体で覚えるといいます。ダブルスの場合には2人いるので、自分の周囲を18分割して相手との面を加えて20分割の空間を体で覚えていることになります。分割された立方体のどこをシャトルが通過するかを見ることで、瞬時にシャトルの行方を体が判断するといいます。

  一方、スキージャンプは、風(空気)に乗る技術を競うといいますが、風には飛び出しのときにくる上の風と落ちていくときに感じる下の風の2種類があるそうです。その上の風への「風乗り」には2つのタイプがあり、船木選手は飛び出したときにくる空気の壁を突っ切って進むタイプだそうです。長野でメダルを取ったあの原田選手のジャンプは、船木さんと違って空気の壁の上に乗って飛んでいくのだ、という話はまさにスリル満点です。

スキージャンプ船木優勝01.jpg
(今年の国体で優勝した船木選手 山陽新聞HPより)


  「エリア」と「空気」だけでもその奥は深くワンダーの連続です。

  この本は、どの環境とどのアスリートの話も人間が持つ環境とのせめぎ合い感じることができ、すばらしく刺激的な話ばかりでした。これからロンドンオリンピックを控え、スポーツ観戦の機会が増えて手に汗を握る場面が楽しみですが、この本を読めばスポーツを楽しむ新たな視点を知ることができ、楽しみの幅が増えることに間違いありません。


  ス
ポーツ好きの皆さん、是非一度この本を手にとってこれからのロンドンオリンピック日本代表の応援に役立ててみてはいかがでしょうか。

  プロ野球、Jリーグ、なでしこジャパンにザックジャパン、ロンドンオリンピックと人生の楽しみはつきませんが、皆さんも花見にスポーツに明るい毎日を元気にお過ごしください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。

本 今回も最後までお付き合いありがとうございます。                                                                                                  にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ

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2012年04月03日

バチカンのインテリジェンスオフィサーはすごい!


こんばんは。

  いよいよ新年度が始まり、街にはフレッシュマン、フレッシュウーマンが溢れています。新しいコミュニティ、新しい仲間、新しい目標、新しい志、そして、新しいYES。新しい人生に切り替えて、人生の楽しみを日々新たに味わって生きていきたいものですね。

  さて、世界遺産には、歴史的建造物が溢れており人類の英知と遺跡の宝庫ですが、その中でもひとつの国家そのものが世界遺産として認定されているのは唯一「バチカン市国」のみです。

  こ
の世界でもっとも小さな国(ちなみに東京ディズニーランドより国土が小さいのです。)は、キリスト教(カトリック)の総本山であり、国民はすべて聖職者によって成り立っています。その国の首長はローマ教皇であり、バチカン市国にあるローマ教皇庁を治め、世界に12億人以上いるといわれているローマ・カトリック教会に属するキリスト教信者たちの頂点に立っているのです。

バチカン全景01.jpg
(バチカン市国サンピエトロ広場 4travel.jpより)


  現在の教皇は2005年に選ばれたドイツ出身のベネディクト16世です。ローマ教皇を選ぶ選挙は「コンクラーベ」と呼ばれ、バチカン市国で枢機卿たちの選挙により枢機卿の中から選出されます。枢機卿たちは選挙期間中、礼拝堂にたてこもり外部との接触を一切絶たれます。

  こ
のコンクラーベは、ダン・ブラウンの小説「天使と悪魔」の舞台となりました。ベストセラーとなったこのミステリーでは、コンクラーベ中のバチカン市国を舞台に、次々に起こる殺人事件、現代の最新兵器、反物質による爆破テロノサスペンス、とスピード感と謎解きが一体となって展開していきます。バチカンの知られざる裏側までを描く、手に汗を握る傑作でした。

  まさか日本人がバチカン市国を主題としたエンターテイメント小説を書くなど、いったい誰が想像したでしょうか。今週は、そんな驚きのミステリー小説を読んでいました。

「バチカン奇跡調査官 黒の学院」
(藤木稟著 角川ホラー文庫 2010年)

(バチカンの秘密 聖徒の座)

  バチカン市国は、ローマ教皇庁によって運営され、ローマ教皇を頂点として各種行政組織である省庁と各種評議会が設置されています。各省の長官は、枢機卿が務めており、その下には担当の司教たちがその組織を支え、実務を取り行っています。

  実
際の省は、国家運営を司る国務省を筆頭に、東方教会省、列聖省、司教省、福音宣教省、教理省、など世界中にあるカトリック教会を司るための省と評議会が設置されているのです。

  この中で「列聖省」とは、聖人に列する聖職者を認定するための調査の運営実施を司っている組織です。聖人とは、聖職者の中でも過去からの事跡として「奇跡」を行った者のみが列せられる地位であり、その聖職者が実際に奇跡をおこなったのか否かを調査し、その事実を検証する部門がまさに列聖省なのです。

  奇跡に認定されるためには非常に厳しい審査が実施されます。

  カトリック教会で言う「奇跡」には、認定に必要な要件があります。現実に起きる「奇跡」としては、通常では治る見込みがない重篤な病を聖者が治してしまうという事象が代表的なものとなります。この「奇跡」の判定は、その「奇跡」が@素早さA完全さB効果の長さを備えていることが要件になるといいます。さらには、聖人に列せられるには3つの奇跡が必要だそうです。

  例えば、ある聖職者が白血病の患者に祈りや触れることによって白血病が完治した場合に、それが「奇跡」であるためには、即時に白血病の症状が消え、完全に治り、なおかつ長期間再発しないことが立証される必要がある、というわけです。

  さらに「奇跡」は、科学的な根拠や因果関係が立証されない事例である必要があります。すなわち、白血病が治ったとしてもそれが薬物によるものや科学的治療によるものであれば、当然「奇跡」とは言えないということです。

  この小説の主人公平賀・ヨゼフ・庚神父とロベルト・ニコラス神父は、この列聖省に所属する神父であり、さらに列聖省の中でも「聖徒の座」と呼ばれる奇跡調査を専門に行う組織の一員なのです。平賀は、天才科学者であり、その才能を見込まれてヘッドハンティングされた天才肌の変わり者の神父。そして、ロベルトは、古文書・暗号解読のエキスパートであり、二人がタッグを組んで数々の奇跡に挑戦していくのです。

  二人が活躍する「バチカン奇跡調査官」シリーズは、すでに第5巻までが発売されており、ライトノベル方面ではベストセラーの仲間入りをしているようです。ちょっと日本人離れしたその設定は藤木さんのプロットの面白さも相まって、とても面白い小説に仕上がっています。

(カトリック教会に秘められた謎)

  著者の藤木さんは、これまでも超常現象やカルトものが得意で、数々のライトノベルを書いていますが、プロローグのバチカンにある平賀神父の宿舎や観光地としても有名なバチカン市国にあるサンピエトロ大聖堂などの荘厳な建物の描写はさすがにリアリティがありみごとです。

サンピエトロ大聖堂01..jpg
(サンピエトロ大聖堂の夜景 dlift.jpより)


  そして、「聖徒の座」を司るサウロ司祭に呼び出されたロベルト神父が、平賀神父の宿舎に彼を迎えに行くところからこの小説は始まります。平賀神父の部屋は乱雑そのもので、様々な調査や謎解きに使った飼料やメモが足の踏み場もなく散乱しています。

  さらに自ら考案した「天使と悪魔」というゲームに熱中して朝を迎えてしまう平賀神父の超人的な集中力が、彼の謎ときへの集中力を暗示していきます。

  サウロ司祭は、彼らが所属する職場、「聖徒の座」のフロアの奥まった部屋にいるのですが、コンピューターに囲まれた「聖徒の座」には、奇跡の検証に必要なあらゆる分野のプロフェッショナルがそろっており、そこはまるでアメリカ中央情報局(CIA)のような様相を呈しています。

  そのインテリジェンスオフィスを統括するサウロ司祭は、インテリジェンスとは正反対に位置するエクソシストなのです。エクソシスト、すなわち悪魔払いは昨年アンソニー・ホプキンスが主演した「ザ・ライト エクソシストの真実」で映画にもなった、バチカン内でも限られた人間しか経験したことのない悪魔の憑依と戦う聖職者のことを指します。

  サウロ神父は、平賀とロベルトにアメリカのセントロザリオ教会で起きた処女受胎という奇跡が真実かどうかの調査を命じます。しかし、その調査には、ローマ教皇庁で近年勢力を伸ばしてきたバチカン銀行を統べるある枢機卿の勢力争いがからんでいたのです。

  さらには、巨大な裏金が動いているその権力争いの渦中で、ある司祭がキリスト教では禁じられている自殺を図って死んでいました。そして、その自殺した司祭が持っていた金属製の符牒には悪魔を示唆する文字が刻まれていました。

  サウロ司祭は、自ら調査を命じながらも今回の調査にはサタンが絡んでおり、聖職者にとってはもっと見忌むべき調査であることを告げます。しかし、病気の弟のために教皇庁からの支援が必要な平賀は、勇んでこの依頼を引き受けます。そんな平賀にサウロ司祭は、エクソシズムの秘儀を伝えて今回の調査に臨むよう諭します。

  天才科学者とエクソシズム、そして古文書暗号解読。この設定だけでも、読み始めからいきなりその小説世界へと引き込まれていきます。

(セントロザリオ教会の謎)

  さて、面白い小説には面白いプロットがなければなりません。

  奇跡調査の舞台となるセントロザリオ教会では、さまざまな謎ときのプロットが用意されており、その周到さもこの小説の大きな魅力となっています。まずはこのアメリカの教会の多彩な登場人物たちが小説のプロットを織りなしていきます。

  この教会は辺鄙な土地に広大な敷地を持っています。そこには、教会はもちろんのことたくさんの尼僧たちがいる修道院、全寮制のカトリック系の寄宿学校などが立ち並び、そこに勤める司祭をはじめ神父たちもすべて敷地内の建物で生活しています。

  その寄宿舎に新たに転入することとなったセバスチャンという少年が、この小説では重要な役割を担うことになります。有名な女優を母にもつセバスチャンは、離婚して新しい恋人との生活を選んだ母親に連れられてセントロザリオ学院に転入してきます。(萩尾望都さんの傑作「トーマの心臓」を思い出しますね。)

トーマの心臓01.jpg
(単行本で読みたい「トーマの心臓」 amazon.comより)


  思春期の少年にとって、母親から捨てられてしまったという寂しさとそれに反発する独立心がせめぎあい、セントロザリオ学院での生活は、まさに大人になる直前の揺れ動く感性の時代を生きる生活となります。

  そこで彼は、神の奇跡に祝福された美しい少年マリオ・ロッテと出会うことになります。基本的に無神論を掲げているセバスチャンは、マリオ・ロッテの体に現れる秘蹟を目の当たりにして、その美しさへのあこがれから彼のサークルの一員となることを選びます。

  そんな中で、いまわしい連続殺人事件が始まります。

  教会、修道院、学院内で起きる数々の奇跡。教会では聖マリア像が日曜日のミサの最中に涙を流し、修道女であるアンナ・ドロレスの処女受胎は、バチカンの医師たちが調べても彼女が間違いなく処女であることが検証されます。また、ある日の日中には、突然青空に輝くマリア様が出現し、その神々しさにロベルタ神父までが奇跡に身を打ちふるわせます。

  そして、骸骨の仮面をかぶった悪魔が学院内を歩きまわり、教会に悪魔が宿っていることを象徴します。学生たちの間で流行るサタンの儀式。

  はたして平賀とロベルトは、数々の奇跡に秘められた謎を解明し、連続殺人事件の犯人をつきとめることができるのか。さらに教会を創設した司祭が「失われたアーク」に乗ってこの地に現れたという伝説。そして、光り輝くUFOを目撃したという伝え話との符牒。

  あらゆる謎が錯綜し、小説は息つく暇もなく突き進んでいきます。


  この小説は純粋なエンターテイメントであり、まさにライトノベル系ですが、その面白さは天下一品です。そこに深さを求めると物足りなさが残りますが、謎ときと意外性のワンダーは十分に人生の楽しみを感じることができます。第2作目は平賀神父が大活躍。3作目は暗号解読のロベルト神父が活躍するとのこと、続きを読むのも楽しみです。

  面白い小説を読みたいあなた。是非手に取って見てください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。

本 今回も最後までお付き合いありがとうございます。                                                                                                  にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
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2012年03月31日

現代に生きるピンクフロイドの魅力!!


こんばんは。

  さて、今日は音楽本の話です。しかも、かつて一世を風靡したイギリス発の一大ムーブメント、プログレッシブロックの話で盛り上がりましょう。

  「プログレッシブ」とは、「進歩的な、斬新的な」という意味ですが、ビートルズの名作「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブバンド」がその開祖といわれるプログレッシブロックは、複雑な構成と斬新なシンフォニックな響きから1960年代の後半から1970年代にかけてロックの世界を席捲しました。

  日本でもイエス、EL&P、ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、ジェネシスは圧倒的な人気を誇り、5大プログレバンドと呼ばれました。(3大ギタリストもそうですが、日本人はこういうのが好きですね。)そのドラマチックな展開のロックンロールは、斬新的な音楽としてロック少年たちの心を捉えていったのです。

ピンクフロイド01.jpg
(プログレの雄 ピンクフロイド tokyo-ongaku.com)


  今でも、プログレ好きが集まれば、この5大バンドの話だけでもメンバー、楽曲、アルバム話で一晩や二晩はぶっ続けで話ができること間違いなしです。このバンドの中で言えばテクニカルな点とその疾走感から、ポピュラリティーの高さでは、「イエスとEL&P」が筆頭で、ジャズが根底に流れる「キング・クリムゾン」はやや難解、演劇的なパフォーマンスを繰り広げるピーター・ガブリエル時代のジェネシスはまさにマニアックでした。

  その中で、ピンク・フロイドは、テクニックでもカッコよさでもなく、構築された音楽の染み入るような精神性と雰囲気で特別の地位を築いていたのです。

  今週は、そのピンク・フロイドの特集本を手に入れて時を忘れて読んでいました。

「総特集 ピンク・フロイド-深遠なる迷宮への誘い」
(文藝別冊 河出書房新社 2011年)

【ピンク・フロイドの絶大な人気】

  皆さん、今密かにピンク・フロイドの再ムーブメンtが到来しつつあることをご存知でしょうか。昨年から今年にかけて、ピンク・フロイドの全14タイトルがデジタル・リマスター版で再発売され、全作品をワンボックスとした「ピンク・フロイド・ボックス」も発売されました。

  とくに名作「狂気(The Dark Side of the Moon)」のコレクターズボックスは、3CD2DVDを合わせた5枚組の豪華版です。そこには、デジタル・リマスターのオリジナルバージョンの他に、未発表のライブ音源や様ざまなサラウンドミックスバージョンが収まり、さらには1972年おライブ映像や「狂気」を解説したドキュメンタr−映像などが含まれており、ファンには垂涎のボックスとなっています。

  1973
年に発売された「狂気(The Dark Side of the Moon)」は、すでにイギリスを制覇していたフロイドが、アルバム収録のレジスターを開け閉めする7拍子の効果音から始まるポップな曲Moneyをアメリカでヒットさせ、ついに全米制覇を成し遂げた記念すべき大ヒットアバムです。

  効果音や人の声、シンセサイザーなど多彩な音によって稠密に構築されたピンク・フロイドワールドは、世界各国で驚異的なロングセラーを続けました。アメリカのビルボードでは、15年間続けてチャートイン、アルバム売り上げで競うカタログチャートではなんと30年にわたってチャートインを続け、その記録は世界一と認定されグネスブックにも載っています。

  全世界での売り上げは5000万枚を超えており、今やロックアルバムとしては、かのマイケル・ジャクソンの「スリラー」11000万枚)についで世界第2位の売り上げを誇る、モンスターアルバムなのです。

ピンクフロイド05.jpg
(モンスターアルバム「狂気」 amazon.comより)


  このカリスマ的なプログレバンドのメンバーは、ギターのデイブ・ギルモア、ベースギターのロジャー・ウォータース、キーボードのリック(リチャード)・ライト、ドラムスのニック・メイスンの4人です。しかし、このバンドの最初期には、初期グループのリーダーであったシド・バレットが在籍し、楽曲の創作とギタリストとして主導権を握っていました。

  そのデビューアルバム「夜明けの口笛吹き」で遺憾なくその才能を発揮したバレットでしたが、1967年のアルバム発表から1年もたたないうちに薬物の過剰摂取からその肉体と精神を蝕んでいき、ついに作曲も演奏もできなくなり精神錯乱の世界に埋没していきます。そして、そのバレットのサポートとしてバンドに迎えられたギタリスtはデイブ・ギルモアだったのです。

  ちなみにシド・バレットは、その後ソロアルバムを発表しましたが回復することなく、2006年に亡くなりました。また、2008年には、数々の名曲を残したキーボードのリック・ライトも癌のために亡くなっています。ピンク・フロイドは、もう二度とオリジナルメンバーでの再結成は不可能となったのです。

【サイケデリックからプログレッシブへ】

  ピンク・フロイドの特集本が、シンコーミュージックやロッキングオン、宝島以外柄出版されるのにも驚きましたが、その内容が充実していることにも驚きました。河出書房らしさといえば、この本の特徴が、ピンク・フロイドの音楽に魅せられた人たちに対して、対談やエッセイ、インタビューを行い、ピンク・フロイドを語り尽くしているところです。

  フロイドが日本で大きく話題となったのは、何と言っても1970年に発表された「原子心母」でした。今でも原題の「Atom Heart Mother」を「原子心母」として発売したネーミングのセンスには脱帽ですが、ジャケットに写っているのがでかい牛だけというのにも衝撃を受けます。

  この本では、発売当時東芝EMIの洋楽ディレクターとしてピンク・フロイドを担当し、まさに「原子心母」の名付け親といえる石坂敬一さんにロングインタビューを行っています。

ピンクフロイド06.jpg
(ヒプノシズ作「原子心母」ジャケット amazon.comより)


  当時、シド・バレットが脱退し、フロイドが「サイケデリック」から「プログレッシブ」に脱皮していく過程にあったまさにそのとき、石坂さんは日本にピンク・フロイドを広げていきました。「原子心母」、「おせっかい」、「狂気」と続いたプログレの熱狂は石坂さんが生んだとも言えます。

  「原子心母」は、アナログLPの片面23分を誇る長尺の組曲ですが、石坂さんは当時FMではなく、AMのラジオ局にこの極を売り込みに行きます。そして、深夜放送枠ではありますが、日本での発売以前にDJの福田一郎さんが「パックインミュージック」で、また「オールナイトニッポン」でもDJの亀淵昭信さんが全曲をノーカットで放送したのです。

  石坂さんは、ロッキングオンの渋谷陽一さんとともにプログレッシブロックという言葉の生みの親とも言われており、当時のピンク・フロイドと時代の親和性を語る言葉は裏話を含めてその面白さは抜群です。

  さらに亀淵昭信さんとのインタビューも天下一品の面白さです。

  1971
年の8月、ニッポン放送主催の「箱根アフロディーテ」という屋外コンサートがあり、ピンク・フロイドはこのコンサートに出演するため初来日を果たしました。このコンサートは、フロイドがその神秘的な音楽を演奏している最中に箱根の霧がステ-ジを包み、フロイドそのものの世界が出現したことで伝説となっています。

  亀淵さんは、このときにこの舞台の舞台監督の役目を担っており、司会の糸居五郎さんの思い出とともにこのコンサートの裏話を知る事ができるのもこの本のワンダーのひとつです。

【ピンク・フロイドがてんこ盛り】

  フロイドの歴史やディスコグラフィの面白さは、単にデータを載せるのではなく、対談やインタビューでその魅力を語っていくところにあります。

  ピンク・フロイドは、圧倒的な人気を生み出した3枚の代表作以降も「炎(Wish You Were Here)」、「Animals「The allとメガヒットを飛ばし、その後解散しますが、「ピンク・フロイド」というバンド名の継承権をめぐって、ロジャー・ウォータースとデヴィッド・ギルモアが骨肉の争いを繰り広げ訴訟にまで至ります。

  そして、ソロとして自分の楽曲を歌うウォータースとフロイドを再結成したギルモア。その後もフロイドはギルモアのもとでさらなるヒットアルバムを発表していきます。

ピンクフロイド03.jpg
(2005年「LIVE8」で集まったフロイド asahi.comより) 


  そうして発表されたすべての作品、14作を大鷹俊一と和久井光司のお二人が、すべての作品の分析と思い入れを吐露しつつ、語り倒していきます。本当に、ピンク・フロイド好きの思い入れ話は読んでいて時間を忘れるワンダーを味わうことができます。

  もちろん、編集局が語る「ピンク・フロイド・ヒストリー」や対談とは別の「全14作品濃厚解題」も読み応え充分です。

  さらに充実しているのは、豪華執筆人によるテーマ別の論考とエッセイです。

  シド・バレットのギタリストとしての存在感を語る「響き」、ウォータースが創造したシンプルと深遠さが同居する歌詞を語った「歌詞」、プログレを語る文学教授、巽孝之氏の狂気と月の関係を語る「月」などテーマ別の論考は、心が躍る楽しい思索を感じることができます。

  エッセイでのワンダーは、かの「砂の女」や「壁」などの作品で、ノーベル文学賞の最有力候補といわれていた安部公房氏がピンク・フロイドの大ファンであったとの事実です。「自走式ベッド」とピンク・フロイドの関連性を語るエッセイは本当に秀逸です。


  また、プログレファンのために掲載された「ピンク・フロイド」の後を引き継ぐ最新プログレッシブロックの名盤紹介にもワクワク感がおさえられません。

  プログレッシブロック専門店(そんなお店があったのか!?)の店長が語る10枚の「ポストピンク・フロイドの名盤」。皆さんは何枚ご存知でしょうか。例えば、2008年に発売された「MOSTLY AUTUMN」というバンドのGlass Shadowsというアルバム。その解説を読んでいるとそのギルモア風ヴォーカルをすぐに聞いてみたくなります。

  時代はすでに2012年。昨年、ロジャー・ウォータースは自らのコンサートツアーで「The Wall」全曲を再現し、発表当時よりも壮大なステージを繰り広げ、そこにはデビゥド・ギルモアもゲストとしてフロイドギターを響かせていたそうです。

  ニック・メイスンも最終公演では顔を見せていたとのことで、ピンク・フロイド伝説はこれからもわれわれを楽しませてくれそうです。


  さて、波乱の2011年度も本日で終わり、これから怒涛の2012年度が幕を開けることになります。課題もたくさんありますが、幸いなことに今の日本には楽しいこともたくさんありま抜けるような青空や桜舞い散る春の日には、楽しさを満喫したいと思います。

  それでは皆さんお元気で、また、お会いします。


  ところで、先日、川口リリアでSalyuのコンサートに足を運びました。そのパワフルな歌唱に感動です。興味のある方は、こちらのブログをご覧ください。↓
 http://blogs.yahoo.co.jp/blue253green/12354086.html



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posted by 人生楽しみ at 19:27| 東京 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月25日

インカ帝国の謎は農業にあり!


こんばんは。

  今、東京上野の国立科学博物館で、「インカ帝国展」(310日〜624日)が開催されています。インカ帝国といえば、テレビでも必ず紹介される遺跡が「空中都市」といわれるマチュ・ピチュ遺跡です。標高2400mという高地に石造りの精緻な宮殿や灌漑設備を備えた広大な階段耕地の威容が姿を現す映像は、すべての人をインカ帝国へのロマンに誘ってくれます。

  この展覧会は、イエール大学の歴史学者で登山家でもあったハイラム・ビンガムが1911年にマチュ・ピチュ遺跡を発見してからちょうど100周年となったことを記念して開催されました。総展示数160点を数える日本初公開の考古遺物の数々は是非、見てみたい歴史ロマンです。

マチュピチュ01.jpg
(マチュ・ピチュ遺跡 natureworld.jpより)


  その展示のなかで、最も話題となっているのは、まるでこちらを見つめているような眼窩を備えたミイラですが、この展示は、ミイラを中心とした「人類学」、出土した土器や工芸品など遺物を中心とした「考古学」、スペインに滅ぼされたインカとその末裔の歴史を中心とした「歴史学」、その3つの視点から語られているそうです。

  先日本屋さんで、いつものように新書の棚積みを見ていたところ、いきなり「インカ帝国」の文字が目に飛び込んできて、「マチュ・ピチュ遺跡、発見100周年」という帯宣伝を見た瞬間にその本を購入してしまいました。

  今週は、インカ帝国の歴史の謎に農業開発との民族学の観点から切り込むユニークな本を読んでいました。

「天空の帝国インカ その謎に挑む」
(山本紀夫著 PHP新書 2011年)

【はるかなる遺跡のワンダー】

  世界遺産に認定された遺跡は数々ありますが、その中でもインカ帝国のマチュ・ピチュは最もワンダーに富んだ世界遺産です。

  発見当初、マチュ・ピチュは「インカ帝国最後の都」と呼ばれ、インカ帝国の王位が最後まで継承されたインカ最後の都市と信じられていました。しかし、その後の発掘でこの砦の住民は750名程度であり、その実相はインカの第9代目の王であるパチャクティの郊外の王宮であることが判明したのです。

  マチュ・ピチュといえば、2007年にNHKで放映された「失われた文明 インカ・マヤ」という特集は、当時の最新研究を基にしてインカとマヤの謎に挑んだワンダーな特集番組でした。

  ことにその第2集は、「マチュ・ピチュ 天空に続く道」と題され、郊外にあったマチュ・ピチュに繋がるインカ道の謎に迫りながらインカ帝国内に張り巡らされた40000kmの道路が、帝国内の各都市の流通と情報の伝達を確保していたことを解き明かします。道々の途中には宿泊用の建物や食料や兵器の貯蔵庫が用意され、帝国の兵士や飛脚が行き来しており、インカ帝国はこの道を通じて豊かな帝国の統治を成し遂げていたというのです。

  ところで、NHK特集といえば、皆さんは伝説のNHK特集である「未来への遺産」を覚えているでしょうか?

  1974
年に放映されたこの作品は、15回に渡って世界各地の遺跡を現地取材し、ピラミッドを一とした人類の文明の発祥にかかわる遺跡とナスカの地上絵やイースター島のモアイなど謎に包まれた遺跡群を毎回映像として目の前に開示してくれました。

   
「幻影」として、真っ白く化粧をした佐藤友美さんが太古の装束に身を包み、世界の遺産を前にして神秘的な表情を見せるショット。全編を彩る日本が誇る音楽家武満徹さんの前衛的で幻想にあふれた音楽もとても効果的で、放送のたびに興奮してTVに見入っていたことを思いだします。

  今思えば、CGもなく世界遺産としての保存体制も整っていない時代に文字通り世界中の遺跡を取材して映像化するには想像を絶するような苦労を伴ったのではないかと思います。この作品は、NHK放送開始50周年を記念して満を持して実現した企画でしたが、その後に続く名作「シルクロード」や「文明への道」、「ローマ帝国」などに続く魁となる作品だったのではないでしょうか。

【インカ帝国の民俗学】

  この本の著者である山本紀夫さんは、国立民族学博物館名誉教授であり、民族学、民族植物学、山岳人類学を専攻しています。1968年に学術調査隊を組織してアンデス高地に足を踏み入れて以来、40年にわたってアンデス文明を研究してきた実績をお持ちです。

  特にインカ帝国の首都であったクスコ郊外に位置するインディオたちが住む伝統のあるマルカパタ村には1978年から1987年にかけて通産24ヶ月間滞在し、民族学との観点から農耕開発や民族文官研究を中心としてアンデスの人々と暮らしをともにしてきました。

  その研究の成果を基にして、インカの謎に挑んだこの著書は、インカ帝国の隆盛と滅亡をその広大な土地の気候と農耕文化をキーワードとしてアンデス文明を紐解く興味深い読み物となっています。

  さて、皆さんは中南米にスペイン人が渡る前に栄えていた先住民たちの文明についてどれだけご存知でしょうか。

  まず、整理しておかなければいけないのは中南米メキシコと縦に長いアンデス山脈沿いのペルーの栄えていた文明の違いです。基本的にメキシコ、ユカタン半島に栄えた文明はマヤ文明と呼ばれ、彼らは壮麗なピラミッドといけにえ、緊密な天文学、そして謎に包まれた文字を持っていました。2012年が世界最後の年と呼ばれる伝説も、その緻密な暦から想定された伝説です。

チチェン・イ01.jpg
(マヤ文明  チチュン・イ遺跡 4travel.jpより)


  一方で、アンデス山脈の周辺に広大な支配地を誇り、現在のエクアドルからペルー、チリに至る広い地域を支配し、全盛期には1600万人という大きな人口を誇ったのがインカ帝国でした。インカ帝国には文字こそありませんでしたが、その石を利用した建築技術はスペイン人をして「悪魔の仕業」と呼ばせるほど緻密な技術でした。また、農耕耕作技術に基づいた豊かな食料持続と黄金を大量に保有した輝ける文化はつとに有名です。

【インカに秘められた数々の謎】

  「インカ帝国の謎」というとなんだか都市伝説じみた話題を想像しがちですが、山本さんのいう謎は、こうした都市伝説とは一切無縁です。それは、民族学に照らしたしごく真っ当な疑問の数々なのです。

  インカ帝国を頂点としたアンデス文明はまさに謎に包まれています。それは、アンデス文明を1万年前から発展させてきた人々は基本的に文字を持たず、文化を記録に残したものが残されていないからです。

  「インカ帝国はなぜ生まれたのか。」、これまで唱えられてきた「空中都市」との言葉や農作物の中心がトウモロコシであったとの説ははたして正しいのか。大きな人口を有するインカ帝国がなぜ人数の数内スペイン人にああもあっけなく滅ぼされてしまったのか。この本は、こうした疑問に真正面から挑戦しているのです。

  著者の謎解きは、まずアンデス文明が生まれた地域の地形と気候からその謎を分析していきます。アンデス山脈伝いに広大な領土を統治したインカ帝国は、なぜ高地で文明を開化させるに至ったのか。

  現地に永く滞在した山本さんは、緯度と海抜(高さ)に注目してこの文明が栄えた要因を探っていきます。例えば、インカ帝国の赤道直下の熱帯には、海抜4000m級のアンデス山脈が突き通っています。そして、同じ赤道直下であっても山頂、8合目、5合目、2合目、海岸地帯、森林地帯では同じ赤道直下でもまったく気候が異なります。

  さらにそこに降雨量が加わることによって、アンデス山脈沿いのインカ帝国の気候は多彩で変化に富んだものになっているのです。

  そして、こうした多様な以降、多様な斜面や高原を利用してアンデス文明は着々と進化を遂げていくのです。

  さらに民族植物学から見た農業を分析することにより、山本さんは「インカ帝国の主な食料はトウモロコシである。」という定説に大きな疑問符を投げかけます。

クスコ石組01.jpg
(インカ帝国の首都クスコの石組み QualiasHPより)


【トウモロコシは支配の道具?】

  山本さんは、インカ帝国の歴代王が占領した地域において、トウモロコシを栽培するために王の命令により階段耕地を構築し、灌漑工事職人を派遣して灌漑設備までを構築する徹底した富国強兵政策に着目します。

  また、ジャガイモとトウモロコシの作付け可能な海抜高度と現地の人々の多種多様なイモ類の豊富さと海抜の高い冷地であっても耕作可能なジャガイモの生命力と作付けの容易さにも注目します。

  王はなぜトウモロコシの栽培にこれほど大きな関心を抱いたのでしょうか。その秘密は、トウモロコシから作る酒「チチャ」にありました。国家的行事の際に人民である農民全員に多くの「チチャ」を振舞うこと、それが帝国を統治する要であり、「チチャ」の原料であるトウモロコシは食料としてはもちろんですが、「チチャ」の材料として王が統治する作物だったというのです。

  一般の農民たちが主食としていたのは、トウモロコシよりもむしろジャガイモを中心として多くのイモ類であり、保存食としてもジャガイモを加工した「チューニョ」という干しイモは、現在でも庶民の主食であるといいます。

  こうしてインカ帝国支配の源泉を掘り下げていく山本さんは、インカ人たちの精神世界にも分け入っていき、農業開発を生むこととなるアンデス文明の基本思想、「ワカ信仰」の謎にいどんでいくことになります。

  「ワカ信仰」とは果たして何なのか。そして、インカ帝国はなぜスペイン人にあれほどの短時間で屈してしまったのか。その答えは、このインカ民族学本を読んでのお楽しみです。


  古代の遺跡や建造物は、それを創造した民族の謎をその奥に隠し持っており、限りないワンダーをわれわれにもたらしてくれます。この本は、インカの気候と農業開発に関しては、当時のスペイン人の記録の引用を含めてかなりアカデミックです。しかし、そこに秘められたワンダーには心が踊ります。

  皆さんも春の宵のひと時、インカの世界に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。ロマンあふれるひと時をすごすことができるはずです。

  それでは、皆さん、今日はこの辺で失礼します。お元気で、またお会いします。


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2012年03月18日

水口博也 ジョンストン海峡のオルカ!!


こんばんは。

  ロンドンオリンピックを目指したサッカー日本代表U-23の戦い。皆さんも固唾を呑んでその行方をご覧になったのではないでしょうか。先日、マレーシアとのアウェーでの試合を4-0と快勝した日本は、今回のバーレーン戦で引き分け以上ならオリンピック出場が決まりますが、清武選手を始め関塚ジャパンの面々は、勝利を誓って試合に臨みました。

  ホームである国立競技場でキックオフとなった試合では、みごと20で勝利し、ロンドン行きの切符を自らの手で勝ち取ったのです。

  前半こそ、圧倒的にボールを支配しながらもバーレーンの厚い守りに阻まれて得点を挙げることができませんでしたが、後半10分、原口選手からのスルーパスにボランチの扇原選手がみごとに反応して先制ゴールをものにします。さらに、続く14分、左サイドから東選手が流したクロスを清武選手が鮮やかに蹴り込んで、2点目のネットを揺らしました。それは、素晴らしい中距離弾でした。

  役者がそろった関塚ジャパン。ロンドンでもその底力を発揮しメダルをもぎ取って、日本に勇気と元気をもたらしてくれることを心から期待しています。ガンバレ、日本!!

  さて、先週は以前紹介した科学本書評集「科学の栞」に載っていた一冊を手に入れて読んでいました。

「オルカ 海の王シャチと風の物語」
(水口博也著 ハヤカワNF文庫 2007年)

【海洋生物たちのワンダー】

  皆さん、2007年にNHK11回に渡り放映された「プラネット・アース」というネイチャー・ドキュメンタリーを覚えているでしょうか? BBCNHKが共同で作成した地球のすべての自然を映像で表現するドキュメンタリー。その最終回を飾ったのは、地球の大海原と深海を舞台にした海洋のドラマでした。

  そこに描かれていたアジの大群を襲うイルカたちの姿や深海に横たわるシロナガスクジラの亡骸を食べるカニたちの姿は、この地球の生物連鎖をみごとに表現して本当に感動的でした。(ナビゲーターは、当時はまだお元気だった緒方拳さんです。)


  海洋生物といえば、2010年に公開されたフランスのドキュメンタリー映画「オーシャンズ」も世界中の海とそこに生きる生物たちの姿を特別な撮影機材を駆使して海洋生物の姿を捉えたみごとなドキュメンタリーでした。日本公開時のナレーションは、宮沢りえさんが担当して話題となりました。

オーシャンズ02.jpg
(映画「オーシャンズ」 ポスター)


  何千何万と群れを成して泳ぎ回るイワシの大群。彼らはマグロなどの天敵を威嚇するためにまるでおおきな熱気球のように形をつくり、大きなジンベイザメの後を突いて泳ぎます。しかし、ジンメイザメから離れた隙に襲い掛かるカツオの群れ、更に驚くことには、カツオの群れに襲われてさらに群れを大きくしたイワシを突然ジンベイザメが大きな口をあけて呑み込みます。

  また、大西洋に突き出したアルゼンチンの海岸線。砂浜では親離れをして大海に泳ぎだそうとする若いオタリアたちが群れをなして集っています。寄せては返す大きな白い波。その波に今まさに飛び出そうとするオタリア。そこに突然大きな背びれが沖から砂浜に近づいてきます。そして、オタリアを捕まえるべく、白と黒のまだら模様に覆われた巨大なシャチが海から浜辺にのり上がってきたのです。

  そのシャチの姿は、まさに「キラーホエール」とよばれる「海の王者」としての風格を遺憾なく見せてくれます。シャチは、海の哺乳類の食物連鎖の頂点に君臨する肉食獣なのです。

【海の王者シャチの知られざる姿】

  海のハンターとして恐れられるシャチは、永い間、人間にとって未知の生物でした。

  しかし、現在、鴨川シーワールドに行けば、大きな肉食獣であるシャチが飼育員たちと一緒にその巨体を軽々と躍らせながら様々な芸を披露し、われわれを楽しませてくれます。ウェットスーツに身を包んだスタッフを背中に乗せて泳ぎ周り、水槽深くにもぐったかと思うとその鼻先にヒトを乗せて、海中から踊り上がりスタッフを空中に打ち上げます。

  その大きなシャチが繰り広げるショーは、いまやイルカたちやアザラシたちのショーとともに鴨川シーワールドではもっとも人気のあるショーのひとつになっています。

  そんな「海の王者」シャチの実態が知られるようになったのは本当に最近のことなのです。

鴨川Sシャチ02.jpg
(鴨川シーワールドのシャチ 鴨川SW入場券より)


  この本の著者である水口さんは、海洋写真家としてこれまで数々のクジラやサチの写真を発表してきました。この本は、そんな水口さんが、シャチの実態が少しずつ明らかになりつつあった1980年代にシャチの写真を撮るために5年間にわたってカナダの太平洋岸にあるジョンストン海峡にキャンプを張り、取材したときの記録です。

  バンクーバー島とクレイクロフト島にはさまれた海域であるジョンストン海峡は、世界でもシャチが集まる海峡として有名な地であり、世界の名だたるシャチ研究者たちやシャチを愛する学生たちが研究のために毎年夏から秋にかけてキャンプを張る地域なのです。

  1982
年から1987年にかけて、水口さんがシャチたちとともに過ごした日々。それは、シャチの自然界での姿を撮影した海洋写真としても世界のさきがけとなるものでした。

  シャチは、そのオスが8mから9m。メスでも7mという巨体を誇り、海中の魚やイカ、アシカやアザラシやアタリア、さらにはクジラまでを襲って食べる肉食哺乳類です。英語では、「キラーホエール」(殺し屋クジラ)と呼ばれ、その学名は「Orucinus Orca」、その「Orca」(オルカ)という学名はローマ人が彼らを呼んだ「海の悪魔」という呼称に基づいているのです。

  しかし、一方でクジラ、イルカ、シャチは、大きな頭脳を持ち海洋で超音波を発して会話をしながら集団で暮らすもっとも進化した海洋生物であることでも知られています。この本に描かれる野生のシャチたちの姿は、家族ごとに別々の波長の音波で会話をし、その音波でコミミュケーションから狩までを行う知能的な生物そのものなのです。

【人間とは違う知性の持ち主】

  仲間となった研究者たちとともにその生態を知り、生きたシャチの映像を映し出すために水口さんは自然の中に永くキャンプを張って、美しい海と山、多様な野生生物たちに囲まれたジョンストン海峡を訪れるシャチたちと暮らす中で、シャチたちの真の生き方を知っていくことになります。

  シャチたちは、家族ごとに3頭から8頭程度の群れを作って暮らしていますがその家族の単位を「ポッド」と呼びます。それぞれのポッドにはA、B、C、D・・・・との記号が付されており、この海峡で水口さんが知ったAポッドのシャチたちは、50歳を超えた老年のメスのシャチ「ニコラ」を中心とした家族たちです。

  シャチの寿命は、平均的には50歳から55歳程度だそうですが、なかには70歳から80歳にいたるシャチもいるそうですが、このニコラのポッドは、60歳になるメスのニコラを中心に娘一頭と孫4頭からなる6頭の家族で構成されています。

  美しい自然のなかでのシャチたちとの交流は、その描写によって感動的にあがかれていきますが、その描写とともに語られていくシャチという生物の実態も大きなワンダーです。

  シャチのポッドは、大きく3種類に分かれるそうです。まず、「レジデント」と呼ばれるポッドたちは、決まった海域内を周遊して暮らす仲間たちで、決まった時期に海から川に上ってくる大量のサケなどを主食としています。

  それに比して、広い海域を周遊し決まった場所に繁殖する魚などよりも広い地域に生息するアザラシやオタリアなどを主食とするポッドたちは「トランジエント」と呼ばれています。さらにもっと大きな海洋を泳ぎ回るポッドもおり、彼らは広い海洋を群生する魚やイカなどを主食とする遊泳し、「オフショア」と呼ばれているそうです。

  この本で紹介されるニコラや海岸で砂利とともに遊びまわる楽しいシャチたちは、家族を愛して悠々とジョンストン海峡で暮らす「レジデント」型のシャチたちです。

バンクーバーシャチ01.jpg
(バンクーバー島のシャチ 生涯感動HPより)


【シャチは多様性への入り口】

  この物語の第三章で登場する、ハンセン島の丸太小屋に住むポール・スポング博士は魅力に富んだ人物です。

  黎明期からシャチの習性を研究している博士。はじめは、バンクーバー水族館で保育される「スカナ」というメスのシャチを訓練し、その能力を調査していました。プールで一緒に暮らす博士とスカラは、一緒に過ごすうちにすっかり打ち解け、博士に体を摺り寄せて遊ぶことをねだり、博士を背びれの上に乗せて泳ぐまでになりました。

  しかし、そんなある日、スカラが突然何ものにも反応しなくなったのです。

  シャチは、自ら音波を出し広い海洋で音波の変化によって物体を感知し、仲間とコミュニケーションをとります。しかし、スカラのいるプールは真四角の壁と床しか存在せず、コミュニケーションをとる仲間もいません。博士は、その環境からスカラが反応することを拒否しているのは、変化のある音波がまったくないからなのではないかと推論します。

  そして、ロックの生音を聞かせることで、スカラに再び反応する心を取り戻したのです。

  博士は、こうした経緯からシャチを捕獲して隔離する研究方法に徹底抗戦を唱えます。自然の中で、シャチたちの生態系をできるだけ邪魔することなくシャチの真の姿を科学として究明していく。それが、スポング博士の示したシャチへの研究姿勢だったのです。

  シャチは、長く伸ばす音とクリック音で物体を認知し、仲間と会話しますが、その言葉はすべてのポッドごとに異なっているといいます。森林の伐採や船によるシャチへの威嚇などを含めて、人工的な環境をできる限り排除した上での研究が、シャチには必要であるというのが博士の信念なのです。

  こうした人々との交流も描きながら、水口氏の取材と撮影はシャチとの交流とその科学を深めることで進んでいきます。最後に、エンジンのない一艇のカヤックをこいで、夜の海に滑り出すシーンは本当に感動的です。

  夜の海で飛び跳ねるニコラと5頭の家族たち、真っ暗な闇の中でニコラたちが動くと夜光虫たちで色のついた水流や水滴が夜の海の上で美しく舞い上がります。その神秘的な姿は、科学技術の心ではなく、生きている生物としての共生の心がシャチとの真の交流を生み出すことを語ってくれるのです。


  文章は、映像のように直截にシャチたちの姿をみせてはくれません。しかし、映像では見ることのできないシャチの心の中を表現するには、文章は最適な道具であると思えます。皆さんもこの本で、生物科学と生物心理の両方を味わってみてはいかがでしょうか。心が躍るワンダーを感じることができるはずです。

  さて、いよいよ春がやってきます。待っていました。うれしいですね!!皆さんも元気で春を迎えてください。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2012年03月13日

荒俣宏 あのフリーメイソンの博物誌!


こんにちは。

  大震災から1年が経ち、メディアではその後の被災地の様子を微にいり細に入り特集で報道しています。中でもNHK「クローズアップ現代」の特集は、震災直後から継続的に行った被災者の方々へのアンケートの経過を基に被災者の現在を追う特集でした。

  女川で被災して仙台に移り住んだ一家。若き御主人は父親の後を継いで女川でカキの養殖を生業にしていましたが、震災で養殖設備は壊滅し、仙台で警備の仕事をしていました。しかし、養殖業への思いが断ち切れず、子供の「最近のお父さんはつまらなそうで、元気がない。」との言葉に目覚め、女川での養殖業の再生に自ら立ち上がります。

  しかし、妻は今回の津波で妹とお母様をなくし、その恐ろしい体験のトラウマからどうしても海辺での生活に戻ることができません。彼は、そんな妻を大切に想い、毎朝4時に起床して往復8時間もの運転で仙台から女川に通い、養殖業の再生を目指しています。

女川町01..jpg
(ガレキ撤去が進む女川町 asahi.comより)


  また、障害を持つ娘を育てる母親は、一緒に避難所で生活する実の父(祖父)をどうしても許すことの出来ない生活続けています。

  大震災の日、彼女は娘を祖父母のもとにおいて仕事に出ていました。津波が押し寄せてきたとき、祖母は祖父の運転する車に孫を押し込んで、迫る津波を前に自分を置いて一刻も早く車を出すように叫びます。祖父は、全員が死ぬか妻である祖母を置き去りにするか苦渋の選択を迫られます。その瞬間、彼は妻の言葉に従い、孫娘だけを乗せて車を出発させます。

  祖母は、車に向かい「がんばれ、がんばれ、生きて、生きて、バンザイ、バンザイ」とエールを送りながら津波に呑まれていったといいます。その祖母は今でも見つかっていません。彼女は、命が助かった娘とともに毎日自分の母親(祖母)が流された海辺に通う毎日を続けています。頭ではわかっていても、自分の母親(祖母)を見捨てた父親(祖父)をどうしても許すことができないのです。

  大震災は決して終わっていません。復興を目指す被災地の人々はみなこうした思いを胸に抱きながら前向きになろうとしているのです。われわれは、こうした方々に対して、一緒に涙を流すことしかできないのでしょうか。いいえ、たとえ離れていてもこうした心をしっかりと受け止めて、共に前向きに生きる気持ちで毎日を過ごすことが大切なのだと思います。

  われわれは今を知り、一緒に今を生きているのです。


  さて、そうした思いにとらわれながらも今週も本を読み続けています。今週読んでいた本は、あの「帝都物語」の作者で、風水や妖怪、怨霊など世界を巡る博物誌の権威、荒俣宏さんが書いたフリーメイソンの本を読んでいました。

「フリーメイソン−『秘密』を抱えた謎の結社」
(荒巻宏著 角川oneテーマ21 2010年)

【この本が書かれた訳】

  皆さん、ダン・ブラウンをご存じですね。

  トム・ハンクスの主演で映画が大ヒットした「ダ・ビンチ・コード」の作者です。2003年にアメリカで出版された「ダ・ビンチ・コード」は、レオナルド・ダ・ビンチの作品の謎、秘密結社に伝わる秘匿された儀式にまつわるキリスト教の奥儀、聖杯伝説など様々な謎を追っていくワンダーは、世界中で読者を獲得し、全世界では7000万部を超す大ベストセラーとなりました。

  宗教史の謎と殺人事件の謎を追う主人公は、ハーバード大学で宗教象徴学を教えるロバート・ラングトン。「ダ・ビンチ・コード」は、シリーズ2作目となりますが、シリーズ1作目の「天使と悪魔」も続いてトム・ハンクス主演で映画化されました。バチカン市国で新たな教皇が選ばれる「コンクラーベ」と呼ばれる世界の枢機卿たちの会議と並行して、候補者たちの予告殺人事件が繰り広げられ、「反物質」という強大な化学兵器によるテロがからみ謎はサスペンスに満ちて展開されていきます。

  その作品の宗教史や秘密結社をモチーフとした推理劇は、綿密な取材と大胆な仮説で息もつかせずに展開していく傑作です。

  そのダン・ブラウンのシリーズ最新作が、「ロスト・シンボル」という作品です。今回の作品で重要な役割を演ずる秘密結社がかの有名な「フリーメイソン」だということで、荒巻さんは、この小説に触発されて、「フリーメイソン」の誤解、曲解されている実像を改めて解説するために記述した本が本書となります。つまり、「ロスト・シンボル」の副読本にもなっているわけです。

【秘密結社フリーメイソン】

  以前、仕事をご一緒したことのある本好きの知人がいます。今でも時々お酒を一緒に飲んで酒飲み話を楽しむことができるのは、その人柄のおかげと敬意を表しているのですが、その知人が「フリーメイソン」の話をすると話が本当に盛り上がるのです。

  知人はこれまでフリーメイソンの会員たちが世界を動かして着た歴史をよく知っていて、その会員となったときには儀式によって階位をさずかり、秘儀を知ることによって階位が上がっていくことや日本にもグランドロッジ(支部)があることなどをとうとうとはなしてくれます。

  そして、アメリカ経済を牽引してきた金融やマスコミを支配してきたユダヤ人たちがほとんどフリーメイソンであり、さらにはアメリカ建国の偉人たち、初代大統領のジョージ・ワシントンもフリーメイソンであったこと、さらには彼らにはシンボルがあり、コンパスと三角定規が重要な意味を持つということまでを教えてくれます。

  更に話はエスカレート。彼がその日本支部である日本グランドロッジの建物を見に行った体験談に至ります。実は、フリーメイソンの日本支部は、東京タワーの隣に建つ東京メソニックビルというガラス張りの瀟洒なビルにあります。彼は、フリーメイソンへの興味から近くの喫茶店に陣取ってその建物を観察し、さらにはその建物への訪問を試みたと言うのです。

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(フリーメイソン日本グランドロッジのモニュメント)


  入り口には彼らのシンボルであるコンパスと直角三角形の定規が組み合わされ、真ん中にGがあしらわれたモニュメントが立っています。残念ながら扉には硬く鍵がかかっており入れませんが、周りを歩くと立派なステンドグラスに彼らの象徴である大きな目がかかれ、そこにもコンパスにGの文字が赤いグラスに輝いている。

  彼は、その象徴的なモニュメントと華麗な建物のことを話してくれ、それ以来「フリーメイソン」という不可思議な秘密結社の名前に大きな興味を持つことになったのです。

【フリーメイソンの秘密とは?】

  果たしてフリーメイソンとはどんな結社なのか?

  日本人にとって、「フリーメイソン」とは既存の政治システムを転覆しようとする陰謀集団、というデマゴーグからその歴史が語られるという不幸な歴史を持っています。直近では、麻原彰晃死刑囚が主宰を努めたオウム真理教では、その機関誌に「フリーメイソン」について、世界統一をたくらむ洗脳機関であるとして、仮想敵として攻撃すると述べています。

  また、大正10年ころに当時のロシアから「シオン議定書」なる反政府運動の基となるフリーメイソン文書が日本にもたらされ、日本国内では、フリーメイソンが政府転覆をもくろむユダヤ・メイソン結社であると喧伝された時代がありました。

  しかし、麻原の言は完全なる捏造ですし、かつての「シオン議定書」なる文書もまったくの偽造文書であることが立証されているといいます。

  この本には、まず「フリーメイソン」が完全に会員同士の間の友愛を保つ自由な結社である、との結論を最初に述べています。しかし、世界で様ざまな憶測が流れるのは、そこにシンボルや秘密の儀式があり、会員は「フリーメイソン」内で知ったことや体験したことを秘密にするとの約束の下に会員となっているため、その内容がまったく知られていないことに起因しています。

  いったいフリーメイソンが会員の間でしか知られていない秘密のシンボルや秘密の儀式とはどんなものなのか。そして、そこにはどんな歴史と意味があるのか。

  荒俣さんは、その持てる博学と研究を駆使してその歴史と秘密を語っていくのです。

【あの人もフリーメイソン?】

  天才モーツアルトがフリーメイソン会員で、「魔笛」というオペラはフリーメイソンの新たな儀式のために書かれたオペラだといわれていますが、フリーメイソン会員には歴史的な有名人がたくさんいます。ゲーテもベートーベンもカリオストロ男爵もみなフリーメイソンといわれています。

  しかし、中でもアメリカ独立のときに活躍した人々にはフリーメイソン会員がたくさんいました。独立に大きく寄与したベンジャミン・フランクリンや初代大統領ジョージ・ワシントン、など独立を勝ち取った大立者はみなフリーメイソンの会員だったのです。

  もともとフリーメイソンは石材建築の職工組合から発祥したといわれており、その階層が上から「親方」「職人」「徒弟」の3階位に別れていることやソロモンの神殿に様ざまなシンボルが由来していること、儀式に使われる物が昔の石職人が使用した鏝(こて)やエプロンであることなどにその歴史が残っているといいます。

  また、その発祥がテンプル騎士団という説や薔薇十字思想から派生したとの説など石工組合の後には、思弁メイソンと呼ばれる思索的な合理主義者たちが近代フリ−メイソンを生み出したとも言われています。

  この本では、そうしたフリーメイソンの歴史とフリーメイソンの秘儀やシンボルをあらゆる角度から分析していますが、何と言っても圧巻なのは、アメリカの1ドル札に隠されたフリーメイソンにまつわるたくさんのシンボルたちです。

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ドル札の表には国璽として鷲が13の星の下で13条ノストラプのたてに守られ、13本の矢と13本のオリーブの枝を掴んでいます。もちろん、13はアメリカ独立時の州の数です。しかし、その頭上におかれた星は、5角形ではなく、6角形となっており、これがフリーメイソンの象徴であるソロモン伝説に言う六茫星を表わすという憶測を生みます。

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(1ドル札に描かれた「目」とピラミッド)


  また、裏面にはもっとストレートにピラミッドがかかれており、そのピラミッドの上部は分離していて、分離した三角の中に大きく見開かれた目が描かれているのです。この目は「すべてを見通す目」というフリーメイソンのシンボルと共通しています。さらにこのピラミッドを逆さにして性ピラミッドと重ねあわせると、「六茫星」が出現して六のはしのアルファベットをたどると「MASON」になるというから驚きです。

  この本は著者も言うようにダン・ブラウンの新作「ロスト・シンボル」の副読本の意味合いもあるのですが、何はともあれフリーメイソンの博物学を知るには格好の、ワンダーな一冊です。


  今年は、またトム・ハンクス主演で「ロスト・シンボル」が映画化されるとのことで、原作の文庫化も待ち遠しい限りです。それでは、フリーメイソンの謎が「純粋知性科学」というキーワードの下に意外な展開を味あわせてくれることを楽しみにして本日はこれまでと致します。

  いよいよ梅の花も咲き、春の足音がそこまで聞こえてきます。皆さんも体に気をつけて、元気に春を迎えましょう。

  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本 今回も最後までお付き合いありがとうございます。                                                                                                         にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
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posted by 人生楽しみ at 23:45| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 評論(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする