2017年07月31日

クラシカルなエピソードはお好き?(その2)


こんばんは。


  前回は、クラシック本を紹介するつもりが、音楽話で紙面が尽きてしまいました。それにつけてもライブの生音は素晴らしい。ワンダーな本を読んでいる時もそうですが、躍動するライブに参加している時は、本当に生きている幸せを感じます。


  さて、今週は久しぶりに中川右介さんのクラシック本を読んでいました。


「現代の名演奏家50 クラシック音楽の天才・奇才・異才」

(中川右介著 幻冬舎新書 2017年)


【ブラームスの新解釈ライブ】


  前回は、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮のドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団のブラームスの素晴らしさを紹介しましたが、ブラームスと言えばもう一つ感動したライブがありました。


  昨年の11月になりますが、パーヴォ・ヤルヴィ指揮の来日公演を聴きに行きました。ヤルヴィ氏は現在、NHK交響楽団の首席指揮者であり、今年の2月から3月にかけて、N響を率いてヨーロッパツアーを行いました。この時のプログラムは、ブルックナー、マーラー、そしてシベリウスでした。


  氏は、エストニア生まれで現在は米国籍を取得していますが、父親はムラヴィンスキーの弟子である名指揮者ネーメ・ヤルヴィ氏です。現在、54歳。まさに脂の乗り切った指揮者ですが、現在は、 ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の芸術監督、エストニア国立交響楽団の芸術顧問も務めています。さらに、昨年まではパリ管弦楽団の音楽監督でもありました。


  氏は、2004年から2008年にかけて、トイツ・カンマーフィルとベートーベンの全交響曲を録音し、その斬新な解釈で大きな話題となりました。その後もブラームスの交響曲にも挑戦し、CDを発売しています。昨年11月にはトイツ・カーマンフィルを率いて来日し、12月にかけて日本各地でコンサートを開催しました。このときには、ブラームスの他にもベートーベンのヴァイオリン協奏曲、シューマンの交響曲もプログラムされていたのです。


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(ヤルヴィ指揮 ベート-ベン交響曲全集 amazon.co.jpより)


  今回の所沢ミューズ、アークホールでのプログラムは、ブラームスの交響曲第三番と交響曲第一番。ヤルヴィ氏の鍛えたカンマーフィルの音は、ロマン派というよりは新古典派と呼ぶにふさわしい音とテンポを描き出していました。


  交響曲第三番は、雄大な自然を彷彿とさせるみごとなテーマを持つ名曲です。この第三番は、うねるような管弦楽が縦横無尽にホールに響き渡り、4つの楽章を一気に聞かせてくれました。その感動にも胸を打たれましたが、なんといってもそのあとに演奏された交響曲第一番には驚きました。


  これまで、ブラームスの一番と言えば、カール・ベーム指揮、ベルリン・フィルの演奏が最も心に響いた演奏でした。ところが、ヤルヴィ氏とカーマンフィルの演奏は、それ以上の解釈で新たな感動をもたらしてくれました。


  ベームのソリッドなスピード感とは一味違い、テンポは控えめですが、その主題を重層に奏でながらも静から動へと変わりゆく管弦楽は、唯一のもの。重い主題と柔らかい主題との絶妙な対比は、まったく新しい解釈と言っても過言ではなく、第四楽章の終盤のブラームスのうねりは、これまで聞いたどの演奏よりも心に響くものでした。


  演奏が終わった後は、会場はスタンディングオベーションによる拍手が鳴りやみません。その感動はこれまで参加したどのコンサートよりも大きいものでした。いつもは、サイン会に参加しない私も、あまりの感動にCDを購入してサイン会に並んでしまいました。


  ヤルヴィ氏と握手し、一言でもこの感動を伝えたかったからです。


【クラシックをより楽しむための本】


  ずいぶん前振りが長くなりましたが、今回の本の紹介です。


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(クラシックエピソード集 amazon.co.jpより)


  中川さんと言えば、クラシック本をあまた上梓しており、かつて第九本や世界の10大オーケストラ、世界のピアニストなどクラシックの様々なエピソードを語り、我々を楽しませてくれました。


  この本は、小学館から発売されたクラシックのCD本、「クラシックプレミアム」(20141月から隔週発売 全50巻)に毎号掲載された「演奏家の肖像」という連載記事を集めたものです。このCDは、毎号一人の作曲家の名曲をCDとして発売する企画もので、中川氏は、そこに収められた演奏家のエピソードを毎号で紹介していました。


  記念すべき第1号に収められていたのは、ベートーベンの交響曲第五番「運命」と交響曲第7番。指揮者は、今や伝説と言っても過言ではないカルロス・クライバーです。ウィーン・フィルを振った交響曲第7番は、そのソリッドでエモーショナルな表現で今も名盤の誉れが高い演奏です。


  中川さんの語るエピソードは、様々な資料から敷衍されているものですが、そこに独自の関連性を見出し、スポットライトを当てて我々に語ってくれるところに楽しみがあります。


  カルロス・クライバーは晩年には気が向いた時に、気が向いたところでしか指揮を引き受けない伝説の指揮者となってしまいましたが、ここでは一時代築いた父、エーリッヒ・クライバーとの関係性で語られていきます。父親に隠れて偽名でデビューした当日に父親から「幸運を祈る、ケラー君」との電報を受け取ったエピソード。そして、カルロスの指揮者になりたいとの願望を知ったエーリッヒが、「かわいそうに、あいつには音楽の才能がある。」と語ったエピソードなど、意外なワンダーを味わいました。


  その連載の性格から、「名演奏家50」との題名ながら何度か登場する指揮者もいます。カルロス・クライバー、カラヤン、小沢征爾は複数回登場しますが、記事ごとにそのテーマは異なっており、特にそこで語られる人間関係の妙にはワンダーが尽きません。


  例えば、小沢征爾は2度登場していますが、最初の「ある友情」では、マエストロとなる以前からの小沢征爾と旧ソ連のチェリスト、ロストロホービッチとの友情が語られます。そして、この本の最後の章では、小沢征爾を育てた3人の師匠が語られます。どちらも小沢征爾フリークにはおなじみのエピソードかもしれませんが、直接語られることのない関係をキッチリ書いているところは、小沢ファンならずともワンダーを感じるのではないでしょうか。


【語られるあの名前この名前】


  この本を読むさらなるワンダーは、次々に登場する名演奏家たちの名前とエピソードです。


  クラシックファンならば誰もが知っている名前かと思いますが、私のクラシック歴の中でもそれぞれが思い入れのある名前です。中学時代にバロック音楽のフルートにあこがれて自らフルートを勉強していた友人がいました。家が近かったので、よく入りびたりフルートを聴いていましたが、彼があこがれていた演奏家がジャン・ピエール・ランパルでした。


  はたまた、家でよくかかっていたビバルディの「四季」。今でも四畳半の狭い書斎から流れてくる「夏」の流れるような調べを思い出します。その激しい弦の音に、心を躍らせましたが、当時、「四季」と言えばイ・ムジチの演奏でした。ローマの学生たちで結成されたこの楽団は、指揮者を置かない合議制の管弦楽団ですが、この本ではその変遷が語られます。


  クラシック好きの父が晩年に凝っていたのは古楽で演奏されるクラシックでした。1962年にドイツで結成されたコレギウム・アウレウム合奏団によるベートーベンのエロイカは、特に愛聴盤で、指揮者がいないにもかかわらず、ベートーベンが描いた生き生きとした英雄に対する心情をみごとに表現していました。その古楽に絡んでは、アーノンクールやブリュッセンのエピソードが語られており、なつかしさもひとしおでした。


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(コレギュウム・アウレウム 「エロイカ」 amazon.co.jpより)


  さらには、シューベルトの「冬の旅」を歌えば右に出る人がいないと言われたデードリッヒ・フィッシャー・ディスカウも登場します。あの豊かで心を揺さぶるようなテナーの持ち主がどんなエピソードを持っているのか、この本を読めば納得です。


  ところで、ピアニストのアルゲリッチは、多くのクラシックファンにとってなくてはならない名演奏家です。私も一時期ご夫婦だったシャルル・デュトワ指揮のチャイコフクスキーのピアノ協奏曲第1番は特に愛聴盤でした。アルゲリッチが世界を股にかけ、ミケランジェロ、アユケナージなどに弟子入りをした話は聞いたことがありましたが、この本を読めばその変遷がよくわかります。


  さらに驚きなのは、アルゲリッチとミシャル・ベロフという若くしてコンクールに優勝したピアニストとの恋愛物語です。10歳年下のベロフとの恋愛劇ですが、これをベロフの側から描いたエピソードは、まるで小説を読んでいるような話でした。


【政治に引き裂かれた演奏家たち】


  それにしても、第二次世界大戦や旧ソ連における体制統制は、数々の名演奏家を翻弄し、さまざまなドラマが生み出されました。


  ナチスドイツがクラシック音楽をプロパガンダに利用し、一方でユダヤ人を殺戮した歴史は、音楽を愛する芸術家たちの人生を大きく揺り動かしました。ブルーノ・ワルターは、マーラーの部下として働き、交響曲第9番「大地の歌」を初演したことはよく知られていますが、彼はユダヤ系であったために1933年にオーストリアのウィーンへと亡命します。


  しかし、1938年にオーストリアがナチスドイツに併合されるとスイスへ、さらにアメリカへと亡命します。ワルターが振ったウィーン・フィルのコンサートマスター、ロゼがマーラーの娘を娶り、その娘がアウシュビッツで殺されるという悲劇。


  さらに、「幻想交響曲」の名演奏で有名なシャルル・ミュンシュは、アルザスの出身で若いころには第一次大戦でドイツ兵として戦場に赴いたとの話には驚きです。その後、ナチストイツを嫌いパリ管弦楽団で活躍。しかし、ナチスドイツ占領下のパリで指揮していたために戦後にはナチス協力者のレッテルを張られることになります。


  しかし、ミュンシュは、アンドレ・マルローが文化相に就任した時にみごと復活を果たすことになるのです。


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(ミュンシュ指揮 幻想交響曲 amazon.co.jpより)


  フルトヴェングラー、トスカニーニ、チェリビダッケ、カラヤンの戦争をはさんだ物語を読んだ時には、その複雑な人間関係に大いなるワンダーを感じましたが、今回の本は今を時めくマエストロたちが戦争にその人生を例外なく動かされていた事実に驚きます。


  また、旧ソ連の巨匠ロストロホービッチの話もワンダーです。彼は、チェリスト、指揮者としてその音楽の才能をいかんなく発揮し、ソ連体制のプロパガンダに大いに利用されます。ソビエト芸術の代表として旧ソ連に大いに貢献しましたが、1970年、反体制派の作家ソルジェニ−ツィンを擁護したことから反体制派とのレッテルを貼られることになります。


  海外での公演が強制的にキャンセルされたのはもちろん、国内での演奏も禁止されました。そのときにソ連へと演奏旅行を行ったのが小沢征爾率いるサンフランシスコ交響楽団でした。そこで起きた二人の友情の絆。さらにロストロホービッチも後年、来日した時に小沢征爾に恩を返すことになります。その顛末は、ぜひ本書でお楽しみください。


  もちろん、中川さんの本なので、帝王カラヤンに絡む話もたくさん出てきます。



  灼熱のうっとおしい毎日が続きますが、音楽はつかのま暑さを忘れさせてくれ、明日への元気を蘇らせてくれます。皆さんも、クラシックを奏でながらこの本で、演奏家の人生を楽しんでみてはいかがでしょうか。おなじみの音色も少し違って聞こえてくるかもしれません。


  それでは本日はこの辺で。皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年07月29日

クラシカルなエピソードはお好き?(その1)


こんにちは。


  音楽と言えば、J-POP、ロック、ジャズ、フォークソング、カントリー、ブルース、ゴスペル、ヒップホップ、ダンスミュージックと数えきれないほどのジャンルがありますが、人が心を動かされる(体が動かされる場合もありますが・・・)という意味では、すべての音楽に感動があります。


  音楽の話になると話が長くなりますが、人生の楽しみに音楽を据えている人は数知れません。私も生音、ライブ好きで、5月、6月には5本のライブに足を運びました。


【まずは、ジャズライブ!】


  皆さんは、ZEK(ゼック)!というジャズバンドをご存知でしょうか。


  名前から勘の良い人は気づくかもしれませんが、実はZEP(レッド・ツェッペリン)の曲だけを演奏するジャズトリオなのです。メンバーは、ピアノ:清水くるみさん、ベース:米木康志さん、ドラムス:本田珠也さん。ライブでは「ドラムスコ」と紹介されますが、珠也さんは、今は亡き名ピアニスト本田竹廣さんの息子さんです。


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(ZAK LIVE CD amazon.co.jpより)


  今年結成13年目を迎えるそうですが、ついにLIVECDを発売し、今年全国ライブを敢行しています。そのステージは迫力満点。この日は、いきなり「移民の歌」からスタート。「カシミール」、「テンイヤーズ・ゴーン」、「ロックンロール」、「ホール・ロッタ・ラブ」とジャズ好きのロックファンには涙物のセットリストでした。


  ハイライトは、「モビー・ディック」。ツェッペリンファンならご存知ですが、この曲は、ライブで演奏される時にはボンゾのドラムソロが存分に味わえる曲です。珠也さんのドラムスは、ジャズを飛び越えて大音響でドラムスを叩きまくります。そのリズム感と迫力は、まさにボンゾの再来。途中では、スティックを放り出し、ナント素手でドラムソロを繰り広げていました。


  JIROKICHIの最前席で味わったZEKは、とにかく迫力満点です。


  そして、次の1本は小曽根真とゲイリー・バートンのデュオライブです。


  ゲイリー・バートンと言えばジャズファンには、ビブラフォンの大御所としてその名前を知らない人はいません。彼は、ジャズプレイヤーとしても有名ですが、1971年からバークリー音楽大学で教鞭をとっており、その門下生には素晴らしいプレイヤーが目白押しです。そして、その中に小曽根真もいました。


  1980年にバークリー音楽大学を卒業した小曽根は、ゲイリーからバンドへの参加を誘われてゲイリー・バートン・バンドのキーボードプレイヤーとして世界ツアーを行ったのです。


  今回のライブは、ゲイリー・バートンが74歳にして音楽活動から引退するファイナルライブ。ゲイリーは、様々なミュージシャンと共演しており、グラミー賞も6度受賞していますが、その最後のライブに小曽根真とのデュオライブを選んだのです。この日は、川口リリアでのライブでしたが、ツアーラストのライブであり、まさに引退記念ライブだったのです。


  バラードが多く演奏されましたが、小曽根のソロあり、ゲイリーのソロあり。曲もチック・コリアあり、ラベルあり、アントニオ・カルロス・ジョピンあり、ミルト・ジャクソン(ヴィブラフォンの大家)あり、お二人の見事なインタープレイ聞くことが出来ました。


  さすがにファイナルということもあり、この日の観客はライブが終わるやスタンディングオベーションで拍手を送り、2度のアンコールを終えても拍手はまったく鳴り止むことなく、ゲイリーの引退をいつまでも惜しんでいたのです。素晴らしい2時間半でした。


【達郎のライブは最高!】


  その翌週には、趣向は変わり山下達郎のライブに参加しました。ここのところ、達郎は毎シーズン全国ツアーを敢行してくれています。しかし、その人気はすさまじく、毎年いくつもの抽選に応募するのですがなかなか当たることがありません。特に昨年から転売防止かのために参加者と同伴者の本人確認を行うようになり、抽選以外ではチケットを手に入れることが不可能となりました。


  今回も関東近辺の会場のライブにすべて応募したのですが、見事に落選。あきらめつつも、大宮ソニックシティのキャンセル待ちに応募したところ、ラッキーなことに当選したのです。


  今年64歳を迎える達郎は、今シーズンもお元気で、なんとオープニングの「スパークル」から、アンコールの「ライドオンタイム」、最終のアカペラ「YOUR EYES」まで、25曲を3時間半にわたって聞かせてくれました。達郎のライブはMCも面白いのですが、やはりみごとなのは、毎回趣向を変えて歌ってくれるアカペラです。


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(山下達郎ニューアルバム タワレコHPより)


  今回は、「分かり易い選曲」がコンセプトだそうで、アカペラも「SO MUCH IN LOVE」、「STAND BY ME」という誰もが楽しむことが出来る曲を伸びのある歌唱で披露してくれました。毎度、感動を運んでくれるライブですが、今回はアンコールのはじめに「この曲を作った時には、まさか自分がこの曲を大宮ソニックシティで唄うとは夢にも思わなかった。」との語りと共に歌われた曲が、本当にワンダーでした。


  64歳の「ハイティーン・ブギー」はマッチとは一味違う素晴らしいパフォーマンスでした。


【クラシックもあるよ!】


  J-POP、ロック、ジャズは、同好のファンも多くライブに行くのにも同伴者に困ることがないのですが、唯一クラシックのコンサートは音楽仲間の中でも敬遠されがちです。音楽好きの仲間たちも口をそろえて「クラシックだけはだめだな。」と敬遠します。


  もともと父親がクラシック好きだったために、私が物心ついたころから家の中にはいつもクラシックが鳴り響いていました。父親が休みの日には、朝起きると常にクラシックが奏でられており、小学校のころからクラシックと映画音楽にはなじんでいました。


  父のクラシック好きは筋金入りで、曲によって指揮者や管弦楽団、ピアニストを選んでおり、常に最上の音楽が流れていました。


  ベートーベンの「田園」は、ワルター指揮のコロンビア交響楽団、シューベルトの「未完成交響曲」は、クーベリック指揮のバイエルン放送交響楽団、モーツアルトの41番は、カール・ベーム指揮のベルリン・フィル、ベートーベンの第九は、フルトヴェングラー指揮のバイロイト祝祭管弦楽団、ベートーベンの「皇帝」は、ウィルヘルム・バックハウス、チャイコフスキーの「悲愴」は、ムラヴィンスキー指揮のレニングラード・フィルなど、枚挙にいとまがありません。


  また、ビゼーの「アルルの女」は、アンドレ・クリュタンス指揮のパリ管弦楽団の1枚が素晴らしく、エキゾチックな人物画が印象的なEMI版のジャケットは今でも目に焼き付いています。そうそう、パリ管弦楽団と言えば、シャルル・ミュンシュ指揮の「幻想交響曲」も忘れてはいけません。


  ということで、いよいよクラシックライブです。


  そんな環境で育ったせいか、中学の友人がクラシック好きで、はまったのがブラームスです。


  ブラームスは、フランソワーズ・サガンの小説の題名にもあるようにロマン派の巨匠であり、女性に好まれる曲が多くあります。しかし、「ベートーベンの交響曲第十番」と言われる交響曲第一番は、新古典派と呼ばれるブラームスの面目躍如たる名曲です。


  ちなみに、ブラームスの交響曲第一番は、カール・ベーム指揮のベルリン・フィル盤が自分の中では最も気に入っています。晩年のカール・ベームは、大御所としてウィーン・フィルとともに日本にもやってきて、絶大な人気を博しましたが、私にとってはいまいちでした。


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(名盤ベームのブラームス1番 amazon.co.jpより)

  

  グラムフォンには、1950年代に彼がベルリン・フィルを振った名盤が残されており、その演奏は晩年の演奏とはまったく別人です。そのソリッドな音を操る指揮は、豊饒さとシャープさを兼ね備え我々の心に迫ってきます。ブラームスは、ドイツ音楽の伝統の中にロマンテックな調べを包含しており、まさにその頃のベームが最もその曲のエッセンスを現実の音として表現してくれています。


【クラシックライブ!】


  6月の最終週に参加したライブコンサートは、ブラームスでした。


  ブラームスの「交響曲第四番」と「交響曲第一番」。指揮者は、ミヒャエル・ザンテルリンク、オーケストラはドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団です。ドレスデン・フィルは、1870年から続くドイツの伝統あるオーケストラであり、ブラームスの曲の初演も演奏された名オーケストラです。


  一方、ミヒャル・ザンデルリンクは、何度も来日した名指揮者クルト・ザンデルリンクの息子であり、1990年代にはベルリン放送交響楽団のチェロ奏者として名を馳せました。チェロ奏者としては、ウィーン・フィルやパリ管弦楽団などとも共演しており、名手と呼ばれていました。21世紀に入ると指揮者としてデビュー。様々な管弦楽団の指揮をし、2011年から名門ドレスデン・フィルの首席指揮者として指揮を執っています。


  音楽ライブにとって会場の音響はとても大切な要素となります。


  アンプを使った音がよく鳴る会場とクラシックがよく鳴る会場は異なります。今回のホールは、所沢ミューズのアークホール。このホールは、クラシックの生音のために設計された素晴らしいホールで、音の吸収と反射のバランスが絶妙な木材により、円形に設計された生音が良く響く作りになっています。


  舞台の遥か上方には、大きなパイプオルガンがしつらえられており、いかにもそのオルガンの音色が響き渡ると荘厳な印象となる大ホールです。


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(ミヒャエル・ザンデルリング ベートーベン3番 amazon.co.jpより)


  今回は、ラッキーなことにリハーサルの見学券を手に入れることが出来、なんと楽団のリハーサルから見ることが出来ました。今回、楽団は前日に名古屋で同じ曲目を演奏しており、楽団も絶好調なようで、1230から予定されていたリハーサルの開始が1330に繰り下がりました。コンサートの開場が1430ですからリハーサル時間は1時間もありません。


  リハーサルでは、ザンデルリンク氏も楽団員たちも皆、私服。リラックスした雰囲気の中、リハーサルが始まりました。さすがに空気が張り詰めます。各楽曲の出だしが奏でられ、途中で指揮者がドイツ語で楽団員たちに語りかけます。当然何を言っているのかわかるはずもないのですが、指揮棒を持った腕を大きく揺らしながら語る姿からは、テンポを確認しているように見えました。


  すべての楽章の出だしを確認したのちにリハーサルは終了します。


  そして、本番。


  交響曲第四番のたおやかな第一テーマが会場に鳴り響きます。驚いたのはその管弦楽の音色です。指揮者がチェロ奏者出身であることが要因なのか、その弦の調べの妖艶さは尋常ではありません。流れるようなテーマの艶やかさ、そして、ピチカートの豊かな音色。その豊かな音色は、ヨーロッパの空気の中でしか醸し出せないビロードのようななめらかさを紡ぎ出しています。


  ブラームスの音はこれなのか。新たなワンダーを感じた素晴らしい演奏でした。


  ブラームスの交響曲は、木管楽器や金管楽器も活躍します。第四番第二楽章のホルンのソロ。そして、第一番第二楽章のオーボエの旋律。その管楽器の音の豊かさは、ドレスデン・フィルでしか聞くことのできない豊饒な感動を感じさせてくれました。


  特に交響曲第四番のロマンあふれる各楽章の共鳴する演奏には、この指揮者ならではの唯一無二の感動を覚えました。今でも各楽曲が胸に蘇ります。


  クラシック本の紹介のつもりが、音楽話となってしまいました。紙面もつきました。本の紹介は次回へと続くこととなります。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 14:53| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月23日

萩耿介 「智慧の書」は歴史を超える


こんにちは。


  本屋さんで本を選ぶときに思うのは、帯やポップの言葉の影響力の大きさです。


  題名や表紙に目が行くのはもちろんですが、書店員が掲げるおしゃれなポップや帯にかかれた推薦文に惹かれて本を手に取る人は多いのではないでしょうか。


  先日、いつものとおり本屋巡りをしていると、棚置きの文庫本の帯に佐藤優さんの顔を見つけました。「とにかく面白い。古今東西の最良質の哲学を小説に組み込んだ傑作。」というコメントとともに推薦されています。表紙は、黒一色の中で、アフリカ象がアップで草原を闊歩する写真がセンスを感じさせます。


  まったく聞いたことのない著者の作品でしたが、佐藤優の威力で購入しました。


「イモータル」(萩耿介著 中公文庫 2014年)


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(「イモータル」文庫 amazon.co.jpより)


【古今東西の哲学?】


  「イモータル」とは?


  不思議な言葉ですが、この本の元の題名は「不滅の書」だったそうです。改題されたイモータルとは、モータルの否定形。「モータル」とは滅すること、または死ぬことですので、「イモータル」とは不滅、不死と言う意味だそうです。その他では、固有名詞としてギリシャ神話に登場する神であったり、古代ペルシャの近衛兵団を意味することもあるようです。


  その題名のとおりこの小説の主人公は、とある本です。その名は「智慧の書」。元の題名では、まさに本のことを示すことになりますが、「イモータル」は、形容詞ですから「本」に限定されるわけではありません。それは、不滅の名作であり、不滅の思想であり、不滅の人物?でもあります。


  小説を読み終わると、確かにこの改題はよく考えられた題名だと納得します。


  さて、佐藤優さんの文章を読むとこの本はまるで哲学を語る小説のように読めますが、さにあらず。むしろ、この小説は、時空を超えて語られるファンタジー小説と言った方が良いかもしれません。なぜなら、主人公こそ現代日本のサラリーマンなのですが、舞台はフランス革命時代のフランス、現代のインド、そして17世紀ムガール帝国時代のインドと時代も場所も超えた世界が設定されているからです。


  時代も時間も超えて、古今東西の哲学を組み込んだ小説。さらには、すでに亡くなった主人公の兄が目の前に現れて、弟と会話し、弟を自らの過去へといざなっていくのです。


【もっとも難解な哲学】


  小説を読み終わってからその目次をみると、作者の意図が見えてきます。


序章

1章 扉

2章 言葉

3章 予感

4章 信頼

終章   憧れ


  序章は、インドの首都デリーから始まります。人いきれにあふれ、蒸し暑いデリーの宿で主人公は目を覚まします。その雑踏の中、隆は宿を出て近くの店に入ります。その店はセルフのカレーショップ。隆は、マントカレーとチャパーティーを食べることにします。すると、そこに兄が現れます。インドのタバコ、ビティを吸いながら兄は弟と言葉を交わすのです。


  序章には、「智慧の書」、ショウペンハウアー、「意志と表象としての世界」、「ウパニシャッド」という言葉がちりばめられています。いったいどんな物語が始まるのか、この序章がそのまま終章へとつながっていくのです。


  さて、ショウペンハウアーは19世紀ドイツの哲学者です。


  「意志と表象としての世界」は、彼が生涯をかけて追い求めた「真理」を記した著作です。その著作は、この世界は「意志」と「表象」により構成されており、人はそれを認識して生きていくことで様々な問題を解決できる、と述べています。


  四部構成の著作は、第一部が「表象としての世界の第一考察」、第二部が「意志としての世界の第一考察」、第三部が「表象としての世界の第二考察」、第四部が「意志としての世界の第二考察」で構成されていますが、さすがに「真理」を追う哲学者の書であり、その記述は難解です。


  あさはかな解釈であることを前提に延べると、まず、あらゆるものには意志があって存在し、宇宙も自然も生物も人間も意志そのものが存在である、というのが意志の認識です。一方で、表象とはその意志によって見せられている現象であり、意志なきところに表象はない、との考え方が基本となります。


  ショウペンハウアーは、「世界は私の表象である。」と語りましたが、世界は意志の表象なのです。表象とは刻々と変化していく主観的な世界のことを指しますが、意志とは存在そのものであり、その中でも規範となるものがイデアであると語ります。


  その世界観はブッダの苦難からの超越と言う思想と通ずるものがあります。ショウペンハウアーは、この著作の第3部で、芸術は苦難を共有することにおいて、最も可能性のある表象として詳しく語っています。そこでは、ペシミズムを克服する可能性さえも見出します。ニーチェやワーグナーがこの著作に大きな影響を受けたことはよく知られています。


  かつて、トーマス・マンが「ブッテンブローグ家の人々」という物語の中で、ブッテンブローグ商会を背負って立つトーマス・ブッテンブローグがショウペンハウワーの「意志と表象としての世界」を読んで、すべての真理が目の前を切り開いてくれるような感覚を感じたくだりは、鮮やかな場面として語られていました。


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(映画「ブッテンブローク家の人々」 2011年 ドイツ)


  しかし、一夜が明けるとトーマス・ブッテンブローグは夢から覚めたように現実の世界へと舞い戻り、自らの商会を凋落から救うために日々奔走する世界を生き抜いていくことになるのです。


  この小説の主人公もトーマス・ブッテンブローグと同様に、サラリーマンとして組織の不条理な論理と家族への愛情の狭間でもだえています。そして、そこに解決のヒントを与えてくれるのが、今は亡き兄が残してくれた「智慧の書」だったのです。


【時空を超える物語】


  主人公隆の兄は、「智慧の書」を求めてインドに旅立ったまま帰らぬ人となりました。


  兄が求めてやまなかった「智慧の書」とはいったいなんだったのか。この物語は、その答えを求める隆と「智慧の書」を巡るファンタジーなのです。


  そして、第2章では主人公が入れ替わります。その場所はフランスのパリ。時はまさにフランス革命を迎える前夜となります。フランス王宮図書館の研究者であるデュペロンは、過去の労作により研究者の間では名を成しています。しかし、時は革命前夜、デュペロンの雇われている王宮図書館も革命の前には風前のともしびです。


  彼の労作とは、若きときに究極の哲学書の存在を知り、自らインドに渡って八方手をつくしてまったく未知のペルシャ語の哲学書(ウパニシャッド哲学)を入手し、その書をペルシャ語からラテン語へと翻訳したという輝かしい成果でした。


  しかし、現在のデュペロンは、その日の金にも困る暮らし。貿易船による商売で成功した弟に小遣いを無心する始末です。しかし、その弟もブルボン王朝の凋落の影響を受け窮地に陥ります。一方、デュベロンはひょんなことから出入りしていたサロンの女主人に思いを寄せるようになります。


  そして、運命の1789年。ついにフランス革命が勃発し、サロンの女主人のもとに向かおうとするデュベロンはバスティーユ監獄を襲う民衆の渦に巻き込まれてしまうのです。


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(バスティーユ牢獄の襲撃 wikipediaより)


  さらに第4章では、舞台は17世紀のインドへと切り替わります。その頃インドを支配していたのはムガール帝国でした。ムガール帝国の王、ジャハーンには3人の息子がいましたが、その皇太子とされていたのは、長男のダーラ・シコーです。ムガール帝国の国教はイスラム教ですが、皇太子であるシコーは、すべての宗教に寛大であり、自らはイスラムの教えを守りながら古代インドから受け継がれるヒンドゥー教にも強い興味をひかれています。


  星をめでることを何よりも好む母親からの影響で、シコーには自然や文化を好む性向がありました。そして、サンスクリット語で記されたウパニシャッド哲学の経典をムガール帝国内での言語であるペルシャ語へと翻訳するという一大事業に着手します。それは、「智慧の書」をムガール帝国に引き継ごうという壮大な営みでした。


  しかし、その事業が完了する、まさにその時、偉大な支配者であった王が引退し、シコーが王位に就くことになります。兼ねてからシコーが後継者となることを快く思っていない兄弟たちは、引退した王の死を口実として、シコーのいる首都に攻め上ってきます。応戦を決意するシコー、その結末は如何に。


  時も場所も超えて「智慧の書」を次の世代へと伝えていこうとする人々。


  この小説の面白さは、それぞれの章がまるで秀逸な短編小説のように生き生きと描かれているところです。読者は、作者の意図するとおりに18世紀のフランス、17世紀のインドへと旅をしていき、気が付くと現代社会へと舞い戻っています。



  小説とは、哲学を説明するものではありません。「智慧の書」は確かにイモータルなものですが、この小説は、その中身を語るものではなく、その書の存在が我々にとってどんな意味があるのかを物語ろうとしています。


  「智慧の書」の中味に興味のある人は、この小説からその先にある哲学へと歩を進めていけばよいのです。この小説の面白さは、時代や場所を超えて普遍的なものが確かに存在し、それを大切に思う人々が、どのようにそれを引き継いでいくのかを描いているところにあります。


  第2章の最後で、パリの古本店で自ら翻訳した「智慧の書」をたまたまその店に訪れた少年ショウペンハウワーに売り渡す場面は、この本の物語を象徴しています。


  皆さんも一度この本を手に取ってみてください。時空を超えた物語に心を奪われること間違いなしです。


  さて、今年の梅雨前線は豪雨や突風を生み出し、各地で猛威を振るっています。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、避難されている皆さんが一日も早く元の生活に踏み出せることを心よりお祈りします。


  気象情報にはくれぐれも注意して、身の安全を確保するように気を付けたいと思います。また、トランプ大統領が自国の利益だけではなく、温暖化防止の重大さと必要性に目を開くことを心から願ってやみません。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2017年06月24日

城山三郎 在りし日のことば


こんばんは。


  城山三郎さんが亡くなって、今年は10年目を迎えました。


  私が城山さんの本に感銘を受けたのは、社会人になってからでした。入社して7年目に人事の研修課に配属され、新入社員研修を担当しました。その中で、新人への課題図書選びをしている中で出会ったのが「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」でした。


  この本は、カナダの実業家が跡取りの息子のために「仕事」「マネジメント」「生きること」とは何かを、様々な機会をとらえて書き残した手紙の集積です。はじめての手紙で、息子は17歳。そのときから20年間にわたり、経営者である父は、経験を重ねていく息子に誠実に、適切にアドバイスを送り続けます。


  例えば、職場でのチームワークの大切さを説く手紙。上に立つものは、いつも製作に携わる職工の声に耳を傾けなければならない。しかし、その意見を取り上げるときには、その上にいる監督者にその内容をよく説明しなければならない。など、現実に即した経験からくるアドバイスが30通に渡ってこの本にちりばめられているのです。


  この本は、様々な企業で取り上げられており、私も新入社員向けの図書として当時入社した社員たちにこの本を配りました。この本の訳者が、城山三郎さんだったのです。


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(「30通の手紙」文庫 amazon.co.jpより)


  今週は、亡くなった城山三郎さんの生前の声を集めた文庫本を読んでいました。


「よみがえる力は、どこに」(城山三郎著 新潮文庫 2017年)


【日本を支えた男たちの物語】


  城山三郎さんと言えば、日本の変革期を支えた熱い男たちを主人公とした小説群が嚆矢です。その小説は、経済小説、企業小説、と言われますが、その小説の主人公は、だれもが強い志を胸に日本を生き抜いてきた男たちなのです。


  1970年代には、ダイエーの中内さんから始まり、渋沢栄一、広田弘毅、佐橋滋など次世代の日本を築いてきた人々が主人公でした。そして、80年代には、浜口雄幸、井上準之助、ロイヤルホストの江頭匡一、本田技研の本田宗一郎、さらには、77歳で旧国鉄の総裁に就任した石田禮助などを描き、圧倒的な人気を博しました。


  城山さんがテーマとしたのは、組織とそこで仕事をこなす個人のあり方です。


  サラリーマンである私も一時期、その本に魅了された一人です。最初に読んだ本は、広田弘毅を描いた「落日燃ゆ」(新潮文庫)でした。広田弘毅は、純粋な文官であり戦前のきな臭い時期に4期に渡り外務大臣を勤めました。そして、1936年、226事件ののちに内閣総理大臣を拝命。


  その後も外務大臣を務めた広田は、終戦後の極東国際軍事裁判において、文官としてただ一人有罪判決を受け、死刑を申し渡されたのです。


  いったい広田弘毅は日本政府の中枢にいて、日中戦争、太平洋戦争にどのように対峙し、戦後、裁判での有罪判決に対してどのようにふるまったのか。小説に描かれた広田は、文官として誠心誠意職務に奮闘し、信念を持って時代に立ち向かいました。しかし、その信念は時代に受け入れられることなく、広田は人としての責任を取り、黙して死に臨んだのです。


  その小説は、みごとでした。


  その感動を胸に、「官僚たちの夏」(新潮文庫)、「男子の本懐」(同)、「粗にして野だが卑ではない:石田禮助の生涯」(文春文庫)など、読み進めました。いずれの作品も、その主人公の志と潔い生き方を描いて、涼やかな感動に震えたものです。


  そんな記憶が鮮やかに残っていたので、本屋さんでこの文庫本をみつけたときには、一も二もなく購入し、一気に読み終えました。


【よみがえる力は、どこに】


  この本は、3部に渡って生前の城山三郎氏の言葉を聞かせてくれます。


目次をみると


・講演:「よみがえる力は、どこに」

  1.魅力ある人間の育て方

  2.ふたりの若き兵士たち

  3.人を喜ばせるためなら

  4.自分だけの時計を持て

  5.一日仕事をしないと、自分に見放される

  6.軟着陸をしない人生

  7.人間は負けるように造られていない

  8.一期は夢よ ただ狂へ


・遺稿:「君のいない一日が、また始まる」

   ―「そうか、もう君はいないのか」補遺


・対談:「同い歳の戦友と語る 吉村昭氏との対話集成」

    あの戦争とこの半世紀の日本人

    語りつぐべきもの――藤沢周平さんのことなど

    きみの流儀、ぼくの流儀


  巻頭の講演「よみがえる力は、どこに」は、城山三郎さんが自ら小説を書いていく中で出会った、魅力あふれる人物たちが次々に登場する素晴らしいお話しです。


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(「よみがえる力は、どこに」amazon.co.jpより)


  話の枕は、「よみがえる力」を備えた人間を育てるにはどうしたらよいか、というところから始まります。城山さんの小説に「素直な戦士たち」という長編があります。主人公は、物事をすべて計画立て行う女性。自分の子供を幸せにするためにだんなまでをも選んで結婚し、子供の幸せのために奔走する女性の話。


  問題は、何を子供の幸せと考えるかです。この小説は、考えに考えた結果、子どもの幸せとはこの世で良い仕事に就いて良い生活を送ること。良い仕事に就くためには、良い大学を出なければならない。それには良い大学に入らなければならない。良い大学とは、日本では東大である。こうした結論に基づいて、子どもに徹底的な教育を施していく女性の物語です。


  この小説は、悲劇的な結果を迎えるわけですが、城山さんはこの話を枕に素晴らしい人生を歩んだ人とはどんな人なのかとの話へと進んでいきます。


  この講演は、これまで城山さんが触れ合った人々の中で、素晴らしい人生を送ってきた人々とのエピソードがたくさん詰まっています。そして、そうした人々の人生には、「よみがえる力」があることを語ってくれるのです。


  登場する人々は、「カモメのジョナサン」を書いた作家リチャード・バック、ホンダを創った技術をこよなく愛する本田宗一郎。一汁一菜を貫いた経団連会長の土光敏夫。国鉄総裁、石田禮助。劇団四季の創設者、浅利慶太。戦争小説で名前を馳せた大岡昇平。こうした人々の魅力にあふれるエピソードが次から次へと語られていきます。


  その話の素晴らしさは、そのエピソードがすべて城山さん自身とご本人との間で、実際にあった、もしくは実際に聴いたエピソードであるところです。例えば、本田宗一郎さんの鮎釣りパーティに出席した時に、最後に配られたおみやげに込められた本田宗一郎の心、の話など、本当に見事に生きた人たちのエピソードです。


  その素晴らしさをここで語っては、城山さんに叱られそうです。その数々のエピソードで語られる感動は、ぜひこの本で味わってください。


【君のいない一日が、また始まる】


  20002月、城山さんは最愛の妻である容子さんを病気で亡くしました。2007年に城山さんが亡くなったのちに、お嬢さんと編集者がその遺稿を整理していると、奥様の亡き後、奥様に関することを綴った手記が発見されました。発見された遺稿は、遺族の了解を経て2008年に「そうか、君はもういないのか」との題名で上梓されました。


  この本は、城山さんのファンばかりではなく、多くの人の心に感動を呼びベストセラーとなったのです。そして、その後に残された手記や手帳を整理する中で、上梓された原稿とは別の容子さんを語った原稿がみつかったのです。それが、ここに掲載されている「君のいない一日が、また始まる」なのです。


  この手記を読むと、生前の奥様が目の前に現れて語ってくれそうに、いきいきと描かれています。城山さんは、長い年月、本当に奥様と二人三脚で人生を歩んできたのだ、と改めて心を動かされます。その夫婦のあり方は、本当にうらやましく感じられると同時に、城山さんが奥様を失った大きな悲しみがすべての行間につまっていて、その切なさに胸を打たれます。


【同級生作家の気の置けない対談】


  対談相手の吉村昭さんと言えば、「戦艦武蔵」(新潮文庫)で一躍ベストセラー作家となり、歴史小説家として有名です。このブログでも紹介した、「破獄」(新潮文庫)は実在した脱獄のプロ?に題材をとった面白い小説でした。そのリアリティは、作家自身の史実に忠実たろう矜持が支えていたといえるのかもしれません。


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(文庫「戦艦武蔵」amazon.co.jpより)


  実は、吉村さんと城山さんは同じ昭和2年生まれの同期生です。この対談は、作風こそ違え、同じ時代に日本を生きた作家として、ざっくばらんな、しかし同時代の矜持を持った独特な世界が楽しく語られています。


  特に最初の対談では、太平洋戦争の末期に兵士として理不尽な世界を味わった体験が語られています。戦後も72年を経て、実体験として青の時代を語ることが出来る人たちは、ほとんどが鬼籍に入ってしましました。城山さんは、17歳の時に「志願」して少年兵となりました。しかし、城山さんは、エッセイの中で、あれは志願ではなく、強制であった、強制が志願にすり替えられる欺瞞、と語っています。


  吉村さんも城山さんも、戦争を体験させられた世代として、その時代の実感を生で語ってくれます。例えば、吉村さんは城山さんに「第一、軍人が威張ってしょうがなかったでしょう。」と話を振ると、城山さんは、「軍人が威張る、警官が威張る、街の警防団長も威張る。」と答えています。


  さらに、「鉄道員まで威張る。」と吉村さんが続けると、城山さんは「愛国婦人会も威張る。在郷軍人会も威張る。」と続けます。


  この対談の中盤で、戦前にいろいろな手で徴兵逃れをした人たちが、戦争反対を貫いたと自慢することに対してお二人は「違う」と語っていますが、それは昭和2年生まれの実体験からくる言葉だったのです。


  吉村さんとの3つの対談で、城山さんは本当にリラックスして話をしていて、読んでいて楽しくなりますが、その端々に感じる人間としての尊厳や気骨が、城山さんの矜持を感じさせ、作家、城山三郎を浮き彫りにしてくれます。


  この本は、城山三郎ファンにとって作家自身を深く感じることが出来るワンダーな本ですが、ファンならずとも「生きる」ことの意味を感じることが出来る良い本だと思います。


  皆さんもこの本で城山三郎とその時代を味わってみてはいかがでしょうか。「生きる」ことを考えさせてくれること間違いなしです。



  梅雨本番はこれからですが、湿度や気温の変化の大きな季節、お体にはくれぐれもご自愛ください。それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2017年06月07日

蒲地明弘 日本神話は火山から始まった?


こんばんは。


  地球温暖化はデッチ上げだ。


  トランプ大統領の過激な発言は、地球温暖化を緩和しようとする国際的な枠組みを台無しにする非科学的で身勝手な主張です。


  確かに地球は46億年の歴史を持ち、その間には温暖化と寒冷化を繰り返してきました。そこでは何万年周期で氷河期があり、氷間期には生物たちが大きく進化した歴史があります。現在は、地球自体が温暖化に至る時期であり、近年の温暖化は長い歴史の中の一幕にすぎない、と結論づけることも可能です。


  しかし、科学的な統計データを見れば、産業革命以降に人類が地層に閉じ込められていた石炭や石油を掘り出して大量に消費することで二酸化炭素が増加し、太陽熱を防いでいたオゾン層を破壊していることが明らかです。過去1300年間とそれ以前の1300年間では、温度の上昇が急激に高くなっているのです。


  この100年間で地球の平均気温は0.6度上昇したと言われます。この数値を見るとその程度か、と思われるかもしれませんが、地球上の氷河や氷山が解けて水面が上がるには十分な気温上昇です。生物として考えると6.5℃の体温が7.1℃になれば微熱状態となり朦朧となるのです。


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(パリ協定離脱を発表するトランプ大統領 chunichi.co.jpより)


  植物の進化と繁栄により地球の二酸化炭素は光合成による吸収で均衡を保ってきました。ところが石化エネルギーを人類が消費することにより、植物が吸収する以上に二酸化炭素が増加し、地球の気温上昇はこれまででは想像できない速度で上昇しているのです。このまま二酸化炭素等を排出し続ければ、2100年には最悪の場合4.8℃も平均気温が上がるという報告もなされています。そうなれば、現在の海面は82cm上昇することになり、多くの陸地が水没することになります。


  人間を含む生物も、その温度では生息することが難しくなるのではないでしょうか。


  トランプ大統領が脱退を表明したパリ協定は、産業革命以前に比較して地球温暖化を2℃未満に抑えようとする国際的な枠組みです。それに背を向けたトランプ政権は、地球の未来に背を向けたことになるのです。


  さて、日本はこの目標を1.5℃未満とすることに努力すると表明し、二酸化炭素等の排出抑制に技術力を持って挑もうとしていますが、温暖化の問題とともに日本にとって喫緊の問題となっているのは地震や噴火を始めとする天変地異です。日本は、世界でも有数の火山地域であり、それに伴う活断層やプレート移動による地震の発生が大きなリスクとなっているのです。


  阪神淡路大震災、東日本大震災など、大きな地震が起きるたびに日本では建築基準法や耐震基準が見直され、生命を守る方策を政府、自治体、企業が真剣に検討しています。地震はもちろんですが、日本では火山の噴火による被害も懸念されています。


  小笠原諸島内の無人島西之島の噴火は、新たな島がどんどん大きくなるという噴火の神秘を垣間見るような現象です。201311月に噴火により生まれた島は、1年後には東京ドームの40倍にまで面積を広げ、日本の領土拡大へとつながるような勢いでした。ここ数年、噴火は続いており、島はついに3㎢まで拡大しています。


  近年では、阿蘇の噴火、箱根の噴火、御嶽山の噴火と火山の歴史から見れば小規模であってもその威力には想像を絶するパワーを感じます。


  今週は、そんな日本の巨大噴火から古代の神話を見直そうという本を読んでいました。


「火山で読み解く古事記の謎」(蒲地明弘著 文春新書 2017年)


【火山列島日本】


  火山と言えば、以前読んだ破局的噴火の本を思い出します。英語では「ボルケーノ」と呼ばれる巨大噴火は、地球のエネルギーが海底や地表で噴出する宇宙的スケールの大災害です。火山の話で必ず出てくるのがカルデラです。


  カルデラとは過去の噴火によってできた窪地のことを指しますが、その大きさは噴火の規模によって異なります。日本で観光地としても有名な阿蘇カルデラは、南北25q、東西18kmという巨大なもので、その中には街や農地、国道や鉄道までもが含まれています。有名な阿蘇の火口は、その中央に口をあけていますが、8万年前から現在まで活動を続ける最新の活火山です。


阿蘇カルデラ01.jpg

(巨大な阿蘇カルデラ  wikipediaより)


  以前ご紹介した本(「破局噴火  秒読みに入った人類滅亡の日」⇒クリック(高橋正樹著 祥伝社新書 2008年)では、破局的噴火によって日本が壊滅的な被害が起きる可能性があることが提起されており、その恐ろしさに震撼しました。


  そこでも紹介されていましたが、直近の日本で巨大噴火が起きたのは、7300年前の九州の鬼界ケ島(現在の薩摩硫黄島)周辺でした。その痕跡(カルデラ)は、東西21q、南北18qと推定されており、この噴火によって、九州地域の縄文時代の文化は壊滅したと考えられています。


  ちなみに噴火の規模は、噴火した火砕流の体積で表現されます。巨大噴火と呼ばれる噴火は、100立方km以上の噴出物が測定された場合をいうそうですが、このカルデラを形成した噴火の噴出量は170立方kmであり、まさに「スーパーボルケーノ」だったと言えます。


  1991年に起きた雲仙普賢岳の噴火では、43名もの人々が帰らぬ人となりましたが、この噴火での噴出物は5年間で0.3立方kmと言われているので、7300年前の鬼界カルデラを創った噴火はその560倍もの威力があった巨大噴火だったのです。その火山灰は、太陽を覆いつくしその火山灰は1200kmも離れた関東の地層からも出土しているそうで、まさに当時の日本に壊滅的な被害を与えたと想像できます。


【スーパーボルケーノの記憶】


  本屋さんでこの本を買った時には、古事記を研究する研究者か火山を研究地質学者による著作かと思いました。しかし、読んでみると著者の蒲池氏は元読売新聞の記者であり、この本はジャーナリストによる取材により結実した著作でした。どうやら日本の学界と呼ばれる世界では、古事記の神話が火山噴火の記憶をとどめている、との仮説は完全に亜流となっているようです。


  まずは、目次を紹介します。


1章 アマテラスと縄文時代の巨大噴火

2章 出雲――八雲立つ火山の王国

3章 縄文時代に出現した天孫降臨の山

4章 女神イザナミ――黄泉の国は火山の国か

5章 熊野――謎の巨大カルデラの記憶

6章 大地を鎮める王――永遠に遍歴するヤマトタケル

最終章 日本列島における火山の記憶


  さすが、元ジャーナリストだけあって、読み込んでいる資料はハンパではありません。地質学者の火山に関する資料から物理学者の資料まで、火山と古事記をつなげる資料に基づいて、みごとに状況証拠を積み上げていくプロセスは、スリリングで一気に最後まで読んでしまいます。


火山から読み解く01.jpg

(「火山から読み解く古事記の謎」amazon.co.jpより)


  古事記では、イザナギとイザナミの国産みに続いて、イザナミが火の神カグツチを生んだときのやけどによって亡くなります。イザナギは、今は亡きイザナミを恋い慕い、イザナミがいる黄泉代の国へと向かいます。黄泉の国でイザナミが「身を整える間、私を見ないように」と言ったにもかかわらず、誘惑に耐えかねたイザナギは後ろを振り向いて、その変わり果てた姿を見てしまいます。


  恥をかかされたイザナミは、黄泉の国の軍団と共にイザナギを八つ裂きとすべく追いかけます。この本の第4章では、この逃走劇が山の上から下界に向かって下り坂を急ぎ下っていく過程に着目します。イザナミが繰り出す軍団は、火口から流れ出した火砕流のようであり、まさに寓意が感じられます。


  さらに逃げおおせて現世へと戻ったイザナギが禊のときに目と鼻を洗います。火砕流に追いかけられたことによって硫黄の煙の影響でイザナギは目と鼻を洗わなければならなかったのでは?との仮説を投げかけます。そして、この禊から様々な神が生まれてくるのです。


  このときに右目から生まれた神がアマテラスオオミカミ、左目から生まれたのがツクヨミノミコト、そして、鼻から生まれたのがスサノオノミコトでした。イザナギは、アマテラスに高天原を、ツクヨミノミコトには夜の国を、スサノオノミコトには海の国を委任することとしたのです。


  この本の第1章は、このアマテラスとスサノオの神話がまさに7300年前の鬼界ヶ島大噴火の記憶を反映した物語であることを語っていきます。古事記神話に詳しい方はすぐにわかりますが、スサノオは、海の統治を断り、母イザナミがいる根の堅洲国に行きたいと号泣してダダをこねるのですが、その涙はすべてのものを破壊してしまいます。


  この涙の威力は、まさに噴火の時の火砕流を暗示するといいます。


  さらに、有名なアマテラスの天岩戸のエピソードです。高天原に来たスサノオの狼藉があまりにひどいためアマテラスは天岩戸の中に隠れてしまいます。するとあたりは漆黒の闇となり、神々はなんとかしてアマテラスを岩戸から誘い出そうと大騒ぎを繰り広げるのです。


  さて、漆黒の闇の出現は何を寓意したものなのか。皆既日食か冬の闇を象徴しているというのが定説ですが、蒲池氏はそこに無理があることを指摘します。皆既日食は短時間の現象であり、古事記の既述のように長い間闇が続くことはない。また、冬の暗さは長いが、神話のように漆黒となることはない。そこで出てくる仮説が巨大噴火による噴煙の影響です。


  長い時間漆黒のような闇が続くのは、火山灰による暗闇と考えるのが最も自然と言えます。


黄泉の国比良坂01.jpg

(黄泉の国の入り口ー出雲の黄泉比良坂 wikipediaより)


【神々の役割は鎮めと豊作】


  この本では、火山と神話の関係を表した文献として、物理学者の寺田寅吉氏の「神話と地球物理学」と早稲田大学の教授アレクサンドル・ワノフスキー氏の「火山と神話−古事記神話の新解釈」を引用していますが、この書はそれぞれ、昭和8年、昭和30年に上梓されたものです。


  日本の学界は、新たな仮説に対して極めて保守的です。かつて、梅原猛氏が古代史3部作を世に問うたときもその斬新さに、だれも本質的な論議を挑むことが出来ず、その論文の形態や重箱の隅をつつくような些末な間違いをあげつらい、異端として退けようとしました。


  同様に、これまで注目されることなく無視されてきた斬新な仮説ですが、神話の根本を日本の火山噴火の記憶と結びつけて本質論へとつなげようとする蒲池さんの論旨は面白く、また説得力を持っています。


  火山には、活火山、休火山、死火山との形態があり、火山はすべてを破壊し壊滅させた後には、その冷えた土壌に豊饒な恵みをもたらします。その姿は、まさにスサノオであり、アマテラスであるといえるのではないでしょうか。


  アマテラスオオミカミは天皇家の祖先となる神とされています。日本人にとって統治者に求められる力は、噴火を治め、民を慰める力と豊饒をもたらす力だったのではないか。火山の噴火はまさにそれが現実となったパワーであり、神武天皇へと続く神話にはそれを象徴する記述が幾重にも語られているように思えてなりません。


  皆さんもこの本で、日本神話のルーツともいえるワンダーを味わってみてください。古代神話が一味違って見えること間違いなしです。


  いよいよ関東地方も梅雨入りとなりました。うっとおしい日々が続きそうですが、一方で美しい紫陽花も満開の季節になります。体調を万全にして、楽しい毎日を送りましょう。世界卓球での日本の活躍はすばらしかった。東京オリンピックが楽しみです。。がんばれ、ニッポン!


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年05月30日

原田マハ 蓼科と八ヶ岳とおにぎり


こんにちは。


  原田マハさんの絵画シリーズが好調です。「楽園のカンヴァス」のルソーの謎解きからはじまったシリーズは、その後、女性たちの視点から画家たちを描く「ジュヴェルニーの食卓」、ピカソの戦いを描いた「暗幕のゲルニカ」、さらには、オスカー・ワイルドと画家オーブリー・ビアズリーを描いた最新作「サロメ」とその筆は留まるところを知りません。


  早く読みたいと待ち遠しいですが、単行本が売れているので文庫化が遅れるのかもしれません。


  ということで、今週は絵画シリーズが文庫化されるまで、他の作品を読もうと手に取った、原田マハさんの本を読んでいました。


「生きるぼくら」(原田マハ著 徳間文庫 2015年)


【絵画とおばあちゃんの大切な関係】


  本屋さんで原田マハさんの文庫本を見ていると、たくさんの本が置いてあり、何を買うか迷ってしまします。今、平置きの棚に並んでいるのは、「総理の夫」、「本日はお日柄もよく」の2冊。さらに「生きるぼくら」です。また、本好きの先輩がおすすめの「まぐだら屋のマリア」もぜひ読みたい1冊です。


  マハさんは、働く女性を視点に人の心を描くのがとても得意ですが、その手の本ではない本を読もうと思って本をめくっていると、どうやらこの本は若者とおばあさんの話のようです。題名にもひかれて購入しましたが、これまた感動の名作でした。


  まず、表紙の絵に注目です。


  この本の表紙には、東山魁夷氏が描いた名作「緑響く」という作品が使われています。少し前に吉永小百合さんが出演する液晶テレビのCMでも使われていたので、ご存知の方も多いと思います。美しい緑の色彩の中で、湖畔の森の中に佇む白馬。そして湖には緑とその白馬が写っています。その幻想的な絵画は、我々を魅了してくれます。


kaii緑響く02.jpg

(東山魁夷「緑輝く」amazon.co.jpより)


  この絵は、作者が長野の蓼科に旅をしたときにインスピレーションを得て作品となりました。この絵のモデルとなったのは、八ヶ岳中央公園にある御射鹿池(ごしゃかいけ)です。


  この池は、農業用水を確保するためのため池であり、水が酸性のため生き物は住んでいないそうです。そのため静かな湖畔は、まさに幻想の世界にはピッタリの静けさをたたえています。この風景とモーツアルトのピアノ協奏曲23番の第二楽章に触発されて、白馬が湖畔に佇む幻想的な絵が生まれたのです。


  マハさんの小説の中で、この東山魁夷の描いた「緑響く」は、蓼科に住む麻朝(マーサ)おばあちゃんが大好きな風景と一体となった大切な絵画なのです。


【アール・ヌーボーの傑作ミュシャ展】


  ところで、絵画と言えば現在新国立美術館(六本木)で開催されているミュシャ展をご存知でしょうか。先日、この絵画展に連れ合いと一緒に行ってきました。


  ミュシャと言えば、19世紀から20世紀にかけてパリやチェコのポスターや挿絵で一世を風靡した有名な画家です。そのアール・ヌーボーを意識した服装に身を包んだ美女たちが幻想的な印象を醸し出して我々の心を魅了します。


  もともとはチェコ出身の画家ですが、28歳の時にパリへと留学し、その地で1985年に当時有名であった女優のサラ・ベルナールのポスターの依頼を受け、そのポスターにより一躍有名となりました。その後、女性をモチーフにした連作、「四つの芸術」、「四季」、「四つの宝石」、「四つの星」など、幻想的なアール・ヌーボーの作品が人々の心を打ったのです。


  この展覧会で見た「四つの花」では、「カーネーション」、「ユリ」、「バラ」、「アイリス」を題材に美しいドレスを身にまとった美しい女性が描かれており、ミュシャの魅力が満開でした。ユリを全身に纏ってたおやかに立ち上がり、下目遣いに前方を見るたおやかな女性の姿に見惚れました。


ミュシャ展ちらし01.jpg

(ミュシャ展チラシ「四つの花」ミュシャ展HPより)


  また、「音楽」、「詩」、「絵画」、「ダンス」をあらわした「四つの芸術は、ドレスを身に纏った美女たちが物を思い、はたまた躍動し、我々を魅了します。特に音楽に耳をそばだてる女性の姿は清楚な中にもエロティシズムを漂わせ、幻惑的な視線を見る者に送ってくれます。


  しかし、今回の絵画展でのハイライトは、ミュシャが晩年に挑んだ20枚の連作「スラブ叙事詩」です。


  この20作は、ミュシャの故郷であるモラビアが属するスラブ民族の歴史を描く一大叙事詩です。神話の時代から9世紀、そして20世紀初頭までのスラブ民族の栄光と宗教戦争、そして悲劇と民族運動をファンタジックに描いた超大作です。


  展覧会の入り口を入るや否や最初の作品「原故郷のスラブ民族」の美しい青に圧倒されます。そこには、異民族からの襲撃を受けるスラブの人々が淡くバックに描かれ、そこから逃れてきたであろうスラブ人の男女がこちらをじっと見つめています。そして、右上にはスラブ民族の司祭が、腕を大きく広げてスラブ民族の平和を思い願っています。


  その画の大きさは、縦6m、横8m。その大きさと幻想的な色遣いに圧倒されます。


  そこからはじまる「スラブ叙事詩」20の作品は、我々をスラブの歴史へと導いてくれます。その歴史は、スラブ民族が他民族に征服されてもなおアイデンティティを失わない強靭さと、キリスト教の宗教戦争に巻き込まれ、それでも強い結束を守り続ける姿が描かれ、感動的です。


  心を打たれたのは、ミュシャが描いた戦いです。例えば、スラブ民族の勝利を描いた「グリュンワントの戦闘の後」や「ヴィトーコフの戦闘の後」は、勝利の絵にもかかわらず、勝利の後に戦死者たちを眺めてそのむなしさを身に漂わせるポーランド王や勝利に後に行われたミサを描いており、戦争の悲惨さを際立たせています。


  こうした作品が描かれたのは、ちょうど第一次世界大戦でこれまでにないたくさんの人々が殺りく兵器により殺されていった時代と重なっており、ミュシャの平和への思いが、モチーフとなっていることが伺われます。平和を希求する思いが、その絵画前面に描かれていて、淡い色彩と相まって我々の心に響きます。


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(ミュシャ「原故郷のスラブ民族」ミュシャ展HPより)


  遠くから見ると全く分からないのですが、近くで見ると多くの絵の中にこちらをじっと見る人物が描かれており、こちらの心を射抜くようなその視線にたじろぐ気持ちになります。


  「イヴァンチッチェでの聖書の印刷」は、ラテン語であらわされている聖書をチェコの村でチェコ語に印刷する村人たちを描いていますが、その画の左下には目の見えない老人に聖書を読み聞かせる若者の姿が描かれています。この青年は、絵を見る我々を射抜くような視線が印象的です。


  その厳しい視線は、その後のカソリックによる迫害を見据えているともいわれているそうですが、ミュシャ自身の自画像ではないかともいわれているそうです。


  この壮大な叙事詩も含め、これだけ本格的なミュシャ展は、プラハでもなかなか見ることができないものであり、その全貌をン見渡すことができるという意味で、素晴らしい展覧会でした。


【おばあちゃんとお米の話】


  さて、小説の話に戻りましょう。(ネタバレあり)


  この小説の始まりは、西東京にある木造のアパートの一室。ある朝、引きこもりの青年、24歳の麻生人生が目覚めるところから始まります。人生は、携帯電話とパソコンのみで世界とつながっている典型的な引きこもりです。両親は離婚し、日夜食べていくために働き、ほとんど顔を合わせることのない母親との二人暮らしです。


  人生は、中学校でもいじめにあい、耐えて高校に入ったとたんにもっとひどいいじめにあうことになります。あまりにひどい、巧妙ないじめに人生は耐えきれず、高校を中退。フリーターとして働きますが、仕事にも耐えることができずに引きこもってしまいます。


  原田マハさんの作り出すエピソードは相変わらずリアリティに富んでいます。


  人生の母親は、若いころから梅干しづくりが大好きで、本当においしい梅干しを毎年作っていました。人生のために、毎日お弁当を作り、そのおいしい梅干しを人生も楽しみにしていたのです。ところがある時、事件が起きて人生は梅干を食べることができなくなります。その事件を人生は母親に話すことができません。


  ある日、突然梅干を食べなくなってしまった人生。しかし、母親はあえてその理由を人生に問うことはありません。なにがあろうと、優しく、そして真摯に人生を見守る母親。母親が作ってくれるおいしい梅干しを食べられなくなってしまった悔恨を抱える人生と悲しみを感じながらも人生を暖かく見守る母親。


  人生が梅干を食べることができなくなったいきさつは、ぜひこの本を読んで確かめてください。


  朝遅く起きた人生は、母親が買いそろえてくれているコンビニのおにぎりとカップ麺のなかで、台所のテーブルに用意されていたおにぎりを、いつものように手に取ります。そして、一口でかぶりつくと、おにぎりの中にはなんと人生が食べることができない梅干しが・・・。


  この日人生の母親は、あまりにつらく、単調な人生といつまでも引きこもる人生のことを思って、人生を残してひとりアパートをでていってしまったのです。残されたのは、置手紙と5万円。そして、わずか数枚の年賀状だったのです。


  人生は、その年賀状の中になつかしい父方の祖母、マーサおばあちゃんの一枚を見出します。その住所は、子供のころ父親に連れられて行った蓼科のもの。しかし、その文面には驚きの言葉が記されていたのです。「余命数か月、もう一度会えますように、私の命があるうちに」と書かれた年賀状を見て、人生は取るものも取りあえず、蓼科へと出発します。


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(原田マハ「生きるぼくら」amazon.co.jpより)


  しかし、蓼科がどこにあるのかもわからない人生は、駅員さんに尋ねながら、中央線に乗って茅野へと降り立ちます。そして、奇跡のような出会いからなんとかマーサおばあちゃんの家へとたどり着くのです。しかし、そこで待っていたのは、座敷童のようなひとりの少女と記憶を失った認知症のマーサおばあちゃんだったのです。


  帰るわけにもいかなくなった人生は、この蓼科でどんな「人生」を送るのでしょうか。


  この小説には、いじめ、認知症、介護という現在社会が抱える問題が書き込まれていますが、認知症となったマーサおばあちゃんと人生、そして座敷童の少女を主人公としたこの物語は、我々に心温まる感動を運んでくれます。


  マーサおばあちゃんは、一反の畑で昔ながらの農薬も機械も一切使わない自然農法でお米を作っていたのです。村の人々からその飾ることのない人柄を慕われていたおばあちゃん。村の人々に助けてもらいながら古式の農法で手塩にかけて育てたお米。そのお米で作ったおにぎりのおいしさに感動した人生は、少女とともに昔ながらの自然農法によるコメ作りに挑戦することを決意します。


  認知症が進み、完全に壊れてしまうおばあちゃん。引きこもりで何の経験もない人生は、はたしておばあちゃんのお米を作ることができるのか。涙と感動の物語が始まります。


  そして、ところどころにちりばめられた小さな謎の積み重ね。原田マハさんの面目躍如たる名作です。みなさんもこの小説で、生きる力に接してみてはいかがでしょうか。明日からの力がわいてくること間違いなしです。



  いよいよ5月も終わり、変わり目の季節がやってきます。暑さと湿気に体調を壊さないよう、皆さんくれぐれもご自愛ください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2017年05月22日

町山智浩 映画と本と台詞の素敵な関係


こんばんは。


  昔は、いわゆるミニシアター映画もよく見ていましたが、今では時間に限りがあり、近くのシネコンで上映されるメジャーな映画しか見なくなりました。しかし、各シアターではアメリカ映画・ヨーロッパ映画を中心に心温まる映画や魔訶不思議な映画がたくさん上映されていて、時間が許せばぜひ見に行きたいといつも思っています。


  今週は、映画と本と台詞の関係を描いたとても面白い本を読んでいました。


「映画と本の意外な関係!」(町山智浩著 集英社エンターナショナル新書 2017年)


【マニアな視点からの映画評論】


  映画と言えば、「スター・ウォーズ」や「ハリー・ポッター」など、映画そのものの魅力を味わうために映画館に足を運ぶものですが、町山さんの評論は一味違います。


  この本のあとがきには、町山さんのマニアックな映画鑑賞方法が紹介されています。


  「たぶん自分は映画そのものより、映画について調べる方がもっと好きなのかもしれません。ひとつのセリフや描写の背景にあるものを知ろうとすると、思わぬ人物や作品や歴史的事実が浮かび上がり、そこから全く別の世界につながっていく瞬間がたまらないのです。」


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(「映画と本の意外な関係!」 amazon.co.jpより)


  この本は、著者が集英社の季刊雑誌「kotoba」に連載していた映画のエッセイを集めた本です。私もこの本を読んでから初めて知ったのですが、この雑誌は、小説・フィクション以外のすべての本に関する記事を紹介し、文字や文章の意味や魅力を再認識するために編まれた雑誌なのです。


  例えば、最新号では「このノンフィクションが凄い!」と題された特集が組まれており、あの沢木耕太郎さんとノンフィクション作家梯久美子さんの対談や国分拓さんへのインタビューが掲載されており、思わず読みたくなります。さらには、ノンフィクション作家の様々なエッセイや文章がたくさん掲載されており、ノンフィクション作品のオススメも掲載されています。


  こうしたノンフィクションの言葉にこだわった雑誌に連載されているだけのことはあり、この本で紹介される映画の数々と本の関係はワンダーの連続です。紹介されている映画はなかなか玄人向きの映画ですが、中には、「007 スカイフォール」やスピルバーグの「リンカーン」、「恋人たちの予感」などがちりばめられています。


【映画「SING」を見てきました】


  映画の本の紹介ですが、先日見てきた映画をついでにご紹介します。


  その映画は、「SING」です。制作は、「ミニオンズ」や「ペット」などを手掛けたイルミネーションスタジオ。本当に面白い映画でした。映画情報は以下の通り。


・作品名:「SING」(米・108分)(原題:「Sing」)

・スタッフ  監督・脚本:ガース・ジェニングス

・キャスト(日本語吹替え版)

      バスター・ムーン:内村光良  アッシュ:長澤まさみ

      ミーナ:MISIA  ジョニー:大橋卓弥

      グンター:斎藤司  マイク:山寺宏一

      ロジータ:坂本真綾 ナナ・ヌードルマン:大地真央


  この映画の面白さは、とにかく楽しめることです。音楽好きの人には、スティービー・ワンダーやレディ・ガガをはじめとして数々の名曲がちりばめられており、108分間の間に何度も音楽的感動を味わうことが出来ます。ちなみに、映画では、たくさんの動物たちが我も我もとオーディションにつめかけるシーンを点写で見せてくれるので、曲数はなんと85曲にもなるそうです。


  洋楽ファンの私としては、ぜひ字幕版でみたかったのですが、おそらく配給会社の求めに従ってロードショウの後半には字幕上映の映画館が数少なくなり、吹替え版で見るしか選択がなくなっていました。しかし、さすが音楽がメインの映画であり、吹替え版でも音楽の素晴らしさは損なわれることなく、とても感動しました。(以下、ネタバレあり)


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(映画「SING」soundtrack  amazon.co.jpより)


  この映画は、父親が洗車業でコツコツと資金をため、ついに息子のために開いた劇場が舞台となります。しかし、劇場はいつも閑古鳥が鳴いており、オーナーのコアラであるバスター・ムーンは借金の返済に追われる毎日を送っています。内村さん演ずるバスター・ムーンはとにかく前向きで明るい性格。どんなに危機が訪れても、持ち前の明るさと未来志向で相対していきます。


  しかし、お金がなければ話にならず、ムーンは起死回生を狙って、市井の人々の中から選りすぐりのシンガーたちによるのど自慢大会の開催を企画するのです。


  この映画の面白さは、音楽と共にそのオーディションに応募してくる動物たちのキャラクターとドラマが個性的で際立っているところにあります。ピンクのブタさん、ロジータは何と25人(匹?)の子豚を育てている主婦。だんなはいつも疲れているサラリーマンで、家のことはすべてロジータまかせ。そのロジータが家を留守にしてオーディションへと出かけられる訳は?


  ゴリラのジョニーは、歌が大好きな青年。しかし、父親は名うての強盗であり、ジョニーは真面目に?父親の家業を手伝っています。しかし、オーディションの日と、大きなヤマが重なってしまうのです。ジョニーは逃走用の車の運転手。はたして、その結末は?


  その他にも、ボンクラのロック兄ちゃんの恋人であるヤマアラシのアッシュ、歌を心から愛すれど、あまりにも内気な性格からオーディションさえ受けることが出来ないゾウのミーナ、音楽大学を卒業し、ジャズのストリートミュージシャンを続けるギャンブラー、ハツカネズミのマイク。そして、往年の大スターで大金持ちの歌手ナナ・ヌードルマン。


  こうした人たちが織りなす奇想天外な物語が、心に響く名曲と相まって爽快なテンポで進んでいきます。そして、ラストの感動はすべての人の心にムーブメントを起こさずにはいられません。


  先日、かのポール・マッカートニーが2年ぶりに来日し、2時間を超える素晴らしいライブを聞かせてくれました。74歳、恐るべし。最近のポールのライブでは、アンコールの最後に必ず「アビーロード」のラストメドレーをタイトなノリで披露してくれ、我々を感動へと導いてくれます。その始まりの名曲「ゴールデンスランバー」。この映画でもその名曲が大きなカギとなっています。


  さて、この映画は間違えなく吹替えに成功した映画ですが、やはりオリジナルのスカーレット・ヨハンソンの歌もぜひ聞いてみたいものです。DVDが出たら手に入れて、オリジナルの感動を味わいたいと思っています。音楽好きの方もそうでない方も、この映画はオススメですので、ぜひ一度ご覧下さい。すべてを忘れて楽しめます。


【映画には「想い」がある】


  さて、話が脱線しましたが町山さんの本の話に戻ります。


  この本では、1章にひとつの映画を中心に4ページほどの映画にインスパイヤーされてのウンチクが語られていきます。まえがき、あとがきでは、複数の映画が語られていますが、それを除けば、22章の文章で構成されており、それだけの数の映画に関するうんちくが語られていきます。


  ただし、この本のコラムの雑誌連載時の題名は「映画の台詞」。本の題名とコラムの内容とはちょっと離れており、こだわると違和感があります。もちろん、本や詩からインスパイヤーされた映画の内容も語られており、「本」にこだわらなければ、ワンダーなウンチクの宝庫です。


  原則11本の構成ですが、時々例外があります。例えば、「007 スカイフォール」の章では、「ゴールドフィンガー」を始めこれまでの数々の作品のボンドのせりふから、ちょっとエロティックな会話がいくつも紹介されています。さすがエロティックと言えども、ボンドですからその言葉はとてもオシャレです。


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(「007 スカイフォール」ポスター)


  また、最近の作品では、シリーズの題名は原題がそのまま使われています。「ムーンレイカー」や「リビング・デイライツ」、「トゥモロウ・ネバー・ダイ」など、そこに込められた寓意は、英文学の知識がなければとても理解できないのですが、町山さんはその意味を語ってくれます。ちなみに「スカイフォール」は、かの「ユリシーズ」からのMの引用が象徴的だ、との指摘は奥が深く、ワンダーです。


  22の章はいずれも町山さんのあふれ出るようなうんちくが語られているのですが、第13章の映画には驚きました。それは、2013年に公開された「ビフォア・ミッドナイト」です。この作品は恋愛映画ではありますが、なんと18年間続いている3部作の最新作なのです。最初の映画は1995年に公開された「恋人までの距離(原題:ビフォア・サンライズ)」でした。


  この作品は、ヨーロッパの長距離列車の中で偶然出くわしたアメリカ人学生のジェシーとフランス人の女子学生セリーヌが意気投合して、ウィーンの街を一晩中歩き回るという映画です。二人の会話のみで成り立っている映画は、赤い糸で結ばれた(と想わせる)若い二人が純粋なるがゆえになかなか踏み出しきれないもどかしさが自然に描かれているのです。


  そして、2004年。9年後に制作された映画が「ビフォア・サンセット」。前作のラストシーンは、二人が半年後の待ち合わせを約束して、それぞれの場所に向かっていく姿です。監督は、前作同様にリチャード・リンクレイターです。キャストは、9年前の作品と同じイーサン・フォークとジュリー・デルビー。9年後の二人は果たしてどのような人生を歩んでいたのか。


  脚本も監督と同じリンクレイター氏ですが、町山さんはこの物語は監督が過去に経験した実際の出来事を基にしていると明かします。2作目の映画で、ジェシーは9年前の体験を小説として発表し、ベストセラー作家となっています。そのサイン会に出かけてきたセリーヌ。このあたりは、まさに映画と本の意外な関係、ですね。


  そして、この映画から9年後の2013年に公開された映画が、「ビフォア・ミッドナイト」なのです。最新作でもスタッフとキャストは変わりません。ただ、18年と言う年月が二人の物語を形作っているのです。学生時代に20代前半で運命の出会いを経験した二人が40代になったとき、そこに待っていたものは何か。二人がいる風景と二人の会話が物語を綴っていくのです。


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(「ビフォア・ミッドナイト」DVD  amazon.co.jpより)


  この本で初めて知った「ビフォア」3部作。是非とも見てみたい映画です。


  この本には、その他でも人種差別の心の歌声を行動に変えていったニーナ・シモン話、アメリカの心の詩であるホイットマンと内省の詩人ディッキンソンの話、はたまた冗談や小話で笑っていなければ死んでしまうかもしれないリンカーンの話、などなどくめども尽きぬ、映画と本とセリフの話が詰まっています。皆さんもこの本で、未知の映画の世界を味わってみてはいかがでしょうか。すぐに見たくなる映画が満載です。


  そういえば、ブルース・ウィルスが主演したサイレントホラーの「シックス・センス」を覚えているでしょうか。そのシャラマン監督が完全復活した、と言われているホラー映画が今話題になっています。その題名は「スピリッツ」。なんと23人格を持つ男に関する恐ろしい映画だそうです。ちょっと見るのが恐ろしい気もしますが、あの「シックス・センス」の大どんでん返しを思い出すと、ぜひ見てみたいと思いませんか。


  映画は本当にワンダーを醸し出す、素晴らしい芸術ですね。面白い映画のネタは尽きません。



  5月というのに真夏日が続く、驚きの天気となっていますが、皆さん、体にはくれぐれもご自愛ください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2017年05月14日

田口壮 プロ野球二軍を想う


こんばんは。


  今年は、3月にワールドベースボールクラシックがあり、野球ファンには嬉しいオフとなりました。


  結果は、準決勝で多くのメジャー選手をそろえたアメリカチームに惜敗しましたが、1次リーグ、2次リーグを不敗で勝ち進んだ勝負強さにファンは完全に魅了されました。準決勝は、雨の中で慣れない自然芝が日本の足を引っ張る形となりましたが、日本の実力は決してアメリカに劣っていないことが目に見えた素晴らしい試合だったと思います。


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(チームを準決勝へ導いた小久保監督 aroundtherimgs.jpより)


  それにしてもメジャーリーガーの投手のツーシームの威力は絶大でした。それまでの試合では、筒香選手、中田選手、山田選手が数少ないチャンスをシュアなバッティングでものにして、本塁打を含めて得点を重ねました。ところが、準決勝ではロアーク投手の150kmを超えるツーシームやニシェク投手の変則投法から投げ下ろされる沈む球に翻弄され、自慢の打線も沈黙せざるを得ませんでした。


  メジャーリーガーである青木選手は、この結果を「野球とベースボールの違いが結果に表れた。」と語っていましたが、3Aから1Aまでを有するメジャーリーグの層の分厚さとハングリー精神は、日本の野球と環境が大きく異なることは間違いありません。


  しかし、攻守走というトータルの野球では、決して日本も負けてはいないと思います。


  今週は、昨年からオリックスの二軍監督に就任した田口壮氏の本を読んでいました。


「プロ野球・二軍の謎」(田口壮著 幻冬舎新書 2016年)


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(「プロ野球・二軍の謎」amazon.co.jpより)


【プロ野球人気の復活】


  Jリーグ発足以来、サッカーワールドカップでの日本代表の活躍もあり、プロ野球はサッカー人気の前に今一つ盛り上がりに欠けると感じていました。プロバスケット界は、一昨年来、2リーグ制の統合を果たせず国際バズケット連盟から国際試合への参加停止を言い渡される、という不名誉な事態に見舞われました。そこにJリーグを現在の隆盛につなげる基礎を築いた川渕チェアマンが救世主のように参戦し、アッという間にBリーグを立ち上げて日本のプロバスケットを救ったのです。


  川渕チェアマンが立ち上げたサッカーのJリーグとは、地域のプロサッカーチームとしてサポーターとJリーガーが一体となってサッカーを盛り上げるというコンセプトが中心となっていました。さらに、プロサッカーの仕組みとして、J1の下にJ2、J3を作り上げ、サッカー選手の分厚い層を作り上げました。逆にプロ野球は、戦前から国民に大人気のスポーツであり、その絶大な人気に乗っかって、何の工夫もないまま四半世紀を過ごしていたのです。


  地域のサポーターと選手の一体感で突き進むサッカーと旧態依然と試合を続けるプロ野球とでは、10年の間に大きな人気の差が出るのは当然のことでした。


  しかし、プロ野球も指をくわえて見ていたわけではありません。一流の選手たちが大リーグに挑戦していく中で、日本のプロ野球も再編の時期を迎えました。古くは、リース会社からプロ野球軍団を持ったオリックス、携帯電話サービスからコングロマリットへと成長したソフトバンク、インターネット企業として日本を代表する楽天、ゲームコンテンツやネットビジネスで急成長したDeNAなどが次々と球団経営に名乗りを上げ、プロ野球界に新風を巻き起こしたのです。


  特にパリーグでは、東日本大震災の後、東北楽天イーグルスが被災地の応援をバックに見事な活躍で優勝を果たしたことで、プロ野球が日本全体に勇気を与える結果となりました。(マー君の24連勝0敗もすごかったですね。)また、その後は、日本ハムの栗山監督がドラフト1位で獲得した大谷翔平選手の二刀流を宣言し、みごとに打者でも投手でも一流の成績で優勝に貢献したことも記憶に新しいところです。


  セリーグでは、昨年広島の優勝が地域の応援に一層拍車をかけましたが、パリーグでは、東北楽天、千葉ロッテ、所沢西武、神戸オリックス、北海道日本ハム、福岡ソフトバンクとすべてのチームが見事に地元に密着し、ファンを獲得したことが現在のプロ野球復活に貢献したのだと思います。


【今年のプロ野球は面白い】


  ところで、今年のペナントレースは非常に面白い。WBCに出場した選手でも明暗が分かれます。打者では、筒香選手、中田選手がWBCでの疲労があるのか、不振やケガで開幕からいまひとつですが、やっと調子が上がってきました。ヤクルトの山田選手も、3年連続3冠がかかった大事なシーズンですが、盗塁は順調なものの打率と本塁打はエンジンのかかりが遅れているようです。


  逆に巨人の坂本選手、広島の神っていた鈴木選手は、開幕から好調を維持しています。さすがです。ピッチャーでも巨人の菅野投手は先日まで3連続完封、ソフトバンクの千賀投手も好調です。楽天の則本投手は、4試合連続で10奪三振を達成し、順風満帆です。


  セリーグは、阪神、広島、巨人が三つ巴の戦いを繰り広げており、毎日の試合が楽しみです。ヤクルトファンとしては、投手陣が小川投手を筆頭にあまりピリッとしないこと、バレンティンに勝負強さが見られないことなど、心配の種が尽きません。


  一方のパリーグは、二刀流の大谷選手がケガのためにWBC出場を見合わせ、打者として開幕戦を迎えましたが、残念なことに再度ダメージを受けて、現在治療に専念しています。日本ハムではWBCに出場した中田選手も故障により戦列を離れ、開幕後に10連敗という最悪の結果となっています。一時は最下位に位置していましたが、若手の台頭により何とか5位をキープしています。


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(リハビリに励む大谷選手 yahoo.jpより)


  今年は、2年目を迎えた梨田楽天がルーキー、若手とかつて優勝に貢献したベテランの歯車がガッチリとかみ合い、みごとに首位をキープしています。梨田監督は、かつて近鉄でも日本ハムでも2年目に優勝を果たしており、その手腕に大きな期待がかかります。開幕当初は、今回ご紹介する本の著者田口壮氏が二軍監督を務めるオリックスは、開幕からT-岡田選手、糸井選手、金子投手などの大活躍によって勝ち続け、楽天とつばぜり合いを演じました。


  今年もペナントレースは残り100試合目が近づいて、その面白さにますます目が離せない展開となっています。


【マスコミが語ることのない二軍】


  プロ野球の話になると歯止めがきかず、つい前置きが長くなりました。


  2016年のシーズンから田口壮氏が神戸オリックスバッファローズの二軍監督に就任しました。氏は、大リーグから帰国してから3年間NHKで野球解説を勤めてきましたが、日本のプロ野球と大リーグで活躍した経験をもとに、現場に即したシャープな解説が持ち味でした。二軍監督に就任してからは、日本経済新聞社の日経電子版に監督日記を連載しており、文章を綴るのも苦にならないのか、と驚きました。


  その氏が、プロ野球の二軍を語る本を出したとのことで、本屋さんで見つけた時にそのまま購入した次第です。


  その内容は、


はじめに

第1章 プロ野球の二軍は何をしているのか?

第2章 日本の二軍とアメリカのマイナー

第3章 二軍の試合が100倍面白くなる!?観戦ガイド

第4章 新人監督のマンスリー・ダイアリー

第5章 二軍監督という仕事

おわりに


  田口壮さんと言えば、1991年に当時のオリックス・ブルーウェイブにドラフト1位で指名され、入団するや一軍でプレーし、その後、パリーグ連覇を果たした立役者として記憶に残っています。ちなみにあのイチローとは同期入団で、イチローは、鈴木一朗としてドラフト4位での入団でした。


  1995117日。恐るべき阪神淡路大震災が日本を襲いました。当時、神戸は壊滅状態となり、多くの人たちが崩壊する家屋の下敷きとなり、火災に巻き込まれてなくなりました。神戸に本拠地を持つブルーウェイブは、「がんばろうKOBE」を合言葉に被災地の復興と被災者とともに戦うことを目指し、1995年、1996年のシーズンで見事連覇を果たし、被災者に勇気を送りました。


  田口選手は、入団当時にはショートを守っていましたが、内野では送球難に悩まされ外野にコンバートされました。優勝のシーズンの外野手は、田口壮、イチロー、谷佳知の黄金のトライアングル。球界一の外野陣と言われ、鉄壁の守りを誇ったのです。


  そして、2002年には、FA宣言により大リーグへと渡り、セントルイス・カージナルスと契約し、6年間同球団に所属。その後、フィラデルフィア・フィリーズ、シカゴ・カブスでプレーの後、オリックスに戻り、2012年に引退しています。その野球解説は、さすが両リーグを経験しただけあって、分かりやすくとても面白いものでした。


  そんな田口氏がオリックスの二軍監督として、プロ野球の二軍とは何か、を語ってくれるのがこの本です。


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(田口監督就任時の記者会見 baffaloes.co.jpより)


  この本には、田口監督の日本のプロ野球にかける想い、オリックス・バッファローズにかける想い、そして、自分の配下にある若い選手たちへの熱い想いがめいっぱい詰まっています。


  日本のプロ野球で一軍の選手として出場選手登録ができるのは、最大28名だそうです。そして、その中で実際にベンチ入りする選手は25名なのです。(3名は、中3日を開けるためにベンチ入りしない投手が登録されています。)各球団の支配下登録選手は、70名だそうなので、二軍は、70名から一軍の28名を引いた42名で成り立っているということになります。そして、そこには登録選手以外の育成選手枠がプラスされるわけです。


  プロ野球の二軍は、一軍のセ・パとは違い、東のイースタン・リーグと西のウェウタン・リーグに分かれ、3月から9月にかけて130試合が行われることになります。そして、7月には一軍のオールスター戦に当たる「フレッシュ・オールスターゲーム」が行われて、時代を担うスター選手の卵たちが、東西に分かれて戦うことになるのです。


  田口さんは、新米の二軍監督として、プロ野球界での二軍監督の役割を実際の現場に即して、時にはシビアに、時には面白おかしく解説してくれます。


  例えば、第2章で語られるプロ野球の二軍とアメリカマイナーリーグの比較論は、両リーグを経験した田口監督ならではのシビアな指摘にあふれています。二軍に42名+育成選手を抱える日本と比較すると、アメリカは、3A、2A、1Aと3階級のチームがあり、いわば4軍までが存在する分厚い組織となっているのです。(さらにその下には、ルーキーリーグと呼ばれる組織があります。)


  メジャーに所属する選手は40名。3Aには38名、2Aには37名。1Aには105名。日本の70名に比べると220名に上る数の選手がメジャーリーグのチームを構成していることになります。そこでしのぎを削る選手たちの現実は、日本に比べると比較にならないほど過酷です。


  その中を生き抜いてきた田口さんの解説はとても分かりやすいのですが、その語っている中身は恐ろしいほどシビアです。そこを生き抜いてメジャーを勝ち取ってきた田口さんとそれを支え続けた奥様の努力には頭が下がります。(この本でも、田口さんが引退するときに、奥様は「これで毎日のマッサージから解放される」とホッとしていた、と紹介されています。)


  その他にも、この本には新米2軍監督田口壮が感じて、書き綴ったメッセージと自らへの叱咤激励がたくさんちりばめられており、野球ファンには、これまでにはないワンダーを届けてくれます。皆さんもぜひこの本で未知なる二軍のワンダーを味わってみてはいかがでしょう。野球が2倍楽しくなること間違いなしです。


  久しぶりに、ワンダーで面白い野球本を読ませてもらいました。5月に入って、オリックスの快進撃も一休み。勝率も5割を切ってしまいました。しかし、今の福良監督と田口さんは、ともに「がんばろうKOBE」を掲げて優勝した1995年当時の仲間です。そうした意味で、今年はあの強いオリックスの再来を期待できるのではないでしょうか。楽しみです。


  それでは今日はこの辺で。皆さんどうぞお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年05月07日

逢坂剛 さらばスペインの日々!


こんにちは。


  16年間、書き継がれてきた物語がついに最終話を迎えました。


  逢坂剛氏のイベリアシリーズが、ついに完結したのです。氏がこの作品を「週刊現代」に連載し始めたのは、1997年(平成9年)の秋だと言います。単行本が発売されたのが、20139月ですから、氏がライフワークとも位置付けていた本シリーズは、16年(7巻)を経てついに完結しました。


「さらばスペインの日々」(逢坂剛著 上下巻 講談社文庫 2016年)


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(単行本「さらばスペインの日々」amazon.co.jpより)


【スペイン小説の集大成】


  氏のスペインを舞台にしたサスペンス小説の面白さは、これまでにもご紹介した通りで抜群ですが、このイベリアシリーズは氏のスペイン小説の集大成と言っても過言ではありません。ただし、フラメンコギターとフラメンコは、この歴史的エスピオナージには似合わなかったようで登場していません。


  舞台は、1939年。スペインの内戦が終結してから間もなく。日本から中野陸軍学校の第一期生である北都昭平がスペインの地に降り立ったところから物語は始まります。


  この小説は、太平洋戦争を日本国内の視点から描いた小説はあまたあれど、海外にいた日本人の視点から太平洋戦争を描く小説は見当たらない。ぜひ、その視点から小説を描きたい、との強い思いから執筆されました。


  当時の逢坂剛さんは、広告代理店に勤務する傍らでハードボイルド小説を発表し、1987年には「ガディスの赤い星」で、日本冒険小説協会大賞、直木賞、日本推理作家協会賞の3冠を受賞。その後も、先日映画化された公安警察を舞台にした「百舌シリーズ」や自身をモデルとした私立探偵、岡坂神策シリーズなどで人気作家の仲間入りを果たしていました。


  広告代理店の勤務を続けて三十余年。1997年、ついに氏は広告代理店を退職し、小説の執筆に専念することとします。そして、退職から2か月後に満を持してイベリアシリーズの第一話を週刊現代に掲載したのです。氏によれば、この小説の準備期間を遡ると1978年にいきつくそうです。


  1978年にアメリカ国立公文書館が、いわいる「マジック・サマリー」と呼ばれる機密文書を公開しました。この文書は、第二次大戦当時、日本の外務省と各国の在国大使館の間で交わされた暗号通信の内容を傍受した記録でした。当時、アメリカは、日本の通信暗号をすべて解読し、日本の通信内容をほぼすべて把握していたことになります。日本は、アメリカに手の内をすべてさらしながら世界大戦を戦っていたのです。


  その中には、このシリーズの実在人物として重要な役割を果たす在スペイン公使、須磨彌吉郎が本国に送ったいわいる「東(とう)情報」も含まれていたのです。あまつさえ、この「東情報」の内容がほとんど眉唾であることをアメリカは知っていたというのです。


  ちなみに、「東情報」の(とう)は、もともと「盗(とう)」という字だったそうですが、その字があまりにもあからさまだったために「東」とした、と言われています。


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(日本の諜報を担った須磨公使  wikipediaより)


  作者は、この情報を聞いて以来、この小説のための資料収集やまだ生きている証人たちへのインタビューを始めたのです。インタビューは、1984年から行われており、準備期間を含めれば、この小説は約30年間をかけて完結した驚異の小説と言えるのではないでしょうか。


【イアベリアシリーズの魅力】


  私が読書の中で魅力を感じるキーワードに、「インテリジェンス」があります。かつて、1970年代にはジョン・F・ケネディ暗殺の真実に迫った「2031年の真実」でノンフィクション作家として名をはせた落合信彦さんが、そのきっかけでした。当時、「インテリジェンス」という言葉は、和製日本語としてはマイナーで、落合信彦氏以外には使う人はほとんどいなかったのではないでしょうか。


  落合さんは、単身日本からアメリカの大学に渡り、身に着けていた空手の技術によって大学で一目置かれることとなり、さらに果敢に研究にも取り組み石油事業にて成功を収めました。大学時代には、心の友の中にマフィアの大物がいたり、モサドに通じる人脈があったりと、のちの情報源となる人脈を築いたようです。


  落合信彦さんの著作から「インテリジェンス」の魅力にひかれていったのですが、当時の日本で諜報を描くことのできる作家はあまり見ませんでした。そのため、ハマっていったのは、フレデリック・フォーサイスやブライアン・フリーマントルでした。彼らのエスピオナージは、実際のインテリジェンスの現場をほうふつとさせるワンダーを備えていて、本当に面白い小説でした。


  また、フリーマントルは、ノンフィクション作品として「CIA」、「KGB」という作品も上梓しており、日本では新潮選書から日本語訳が出ています。もちろん、ソ連の体制崩壊以前の著作ですから、当時、冷戦下でのエスピオナージの実情が取材によって明らかにされているわけですが、そのワンダーに時間を忘れて読みふけったものでした。


  そうした中で、日本のインテリジェンスについて書かれた本は当時まったくないといっても過言ではありませんでした。今から思えば、当時は今のようにグーグル先生がいたわけでもなく、たまたまそうした作品と出会わなかっただけかもしれません。(今にして思えば、西村京太郎さんや新島譲さんの小説があったのですが・・・)


  そうした中で、逢坂剛氏のイベリアシリーズ第一作「イベリアの雷鳴」と出会ったのです。


  当時、「ガディスの赤い星」でその面白さのとりこになってから、岡坂神策シリーズの「クリヴイッキー症候群」やグラナダを舞台にした「幻のマドリード通信」などで逢坂剛さんのエスピオナージを描く小説の面白さに魅力を感じていましたが、イベリアシリーズに出会ってそのエスピオナージの面白さにすっかりハマってしまいました。


  今でこそ柳広司さんの小説で陸軍中野学校は有名になっていますが、当時は東映映画で市川雷蔵さんが主演した「陸軍中野学校」のファン以外にはその名を知る人は少なかったと思います。主人公北都昭平は、陸軍中野学校の一期生で、諜報の技術を学び、参謀本部の神山正興少将の直命によりスペインに送り込まれたスパイだったのです。


  その素性は、当時のスペイン駐在公使にも伝えられておらず、陸軍参謀本部からの直接の命令によって諜報活動を行う使命を与えられていたのです。


  当時、内戦終了直後のスペインは疲弊しており、独裁者フランコは第二次世界大戦の勃発に当たり、中立を宣言していたのです。さらに、内戦は終結したものの、相変わらず反政府運動が続いており、きな臭いテロも横行していました。


  ヨーロッパが枢軸国と連合国へと二分され、世界を巻き込む戦争となった1939年から1940年。中立国であるスペインには、あらゆる国家が諜報を目的にスパイを送り込んでいたのです。イギリスは、イギリスの旅券管理事務所をマドリードに設け、MI6の諜報員であるヴァジニア・クレイトンを送り込んでいます。さらに枢軸国であるドイツは、内戦時にフランコを支援した関係から、多くの情報将校をマドリードに潜入させています。


  そうした中、ドイツ海軍の諜報機関「アプヴェア」を率いるヴィルヘルム・フランツ・カナリス提督が登場します。カナリス提督は、当時ヒトラーから絶大なる信頼を得て、ドイツのために諜報活動を行っていました。当時、ジブラルタル海峡を軍事拠点として抑えることが枢軸国側の大命題でしたが、カナリス提督はその作戦のために自らスペインに乗り込んできたのです。


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(「アプヴェア」の元長官 カナリス提督 wikipediaより)


  しかし、カナリス提督はいくつもの顔を持っています。

  今日ご紹介する最後の作品では、前作で処刑されたカナリス元提督がいまだにその影を落とします。そして、最後にそのカギを握ったのは、彼の名前なのです。その謎解きはぜひ本書でお楽しみください。


  こうして、逢坂剛氏がライフワークとも位置付けた一大エスピオナージの世界が私の読書の中で、大きな位置を占めるに至ったのです。


【ついに敗戦、日本人はどうなったのか】


  ホクトは、前作で、恨みを抱くドイツのゲシュタポ将校の罠にはまり、ベルリンに拉致され、ドイツのはずれにあるフロセンビュルク強制収容所に収監され、様々な拷問に苛まれました。しかし、連合軍は、北と南からドイツに『侵入、進軍を続け、ホクトは間一髪のところでアメリカ軍により解放されます。


  もともとカヴァーのためにペルー国籍とスペイン国籍を持っていたホクトは、敵国人として拘留されることなく、スペインへと帰還します。そして、ドイツとの戦争はヒトラーの自決とベルリン開放によって終結します。


  19455月。この第7巻が始まった時点で、日本とアメリカの戦いはいまだに終結していませんでした。イギリスのMI6に所属する北都の恋人となったヴェジニア・クレイトンもマドリードにいて、強い緊張感の中で過ごしています。果たして、日英の戦いが続いている中で、敵国の情報将校とあらぬ関係に落ちたイギリスのスパイにどんな未来が待ち受けているのか。


  そんな中、ヴァェジニアにイギリスへの帰還命令が発令されることになります。


  第5巻で、ノルマンディー上陸作戦のただ中にベルリンへと潜入し、抹殺されかかるという危機の中、命からがら脱出したヴァジニア。その作戦命令の出所がMI6で作戦を取り仕切るキム・フィルビーであると察したヴァジニアは、イギリスに帰ることで、キム・フィルビーの正体に迫ろうと画策します。(ご存じのとおり、キムはソ連の二重スパイだったのです。)


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(旧ソ連キム・フィルビー顕彰切手 wikipediaより)


  一方、スペインは連合国側の勝利の分け前を得るべく、日本との断交を決断し、日本の外交官や駐在員たちは、スペイン政府により軟禁抑留されることとなります。ホクトは、そうした中でも情報の収集を行います。祖国日本が無条件降伏を拒絶し、本土決戦を選択する中で、ホクトにはなすすべもなく、物語は、むしろ淡々とすすんでいくことになります。


  しかし、さすがは逢坂剛氏。物語は中盤から一気にサスペンスへと突入します。ヴァジニアはある日、キムを疑うMI6の友人からオットーと名乗るドイツ人を紹介されます。彼は、ドイツで反ナチス運動の渦中に身を置いており、ヒットラー暗殺計画の生き残りだというのです。


  そして、ある晩オットーに呼び出されたヴァジニアは、その夜を境にロンドンから忽然と消え失せてしまったのです。


  そのことを知ったホクトは、決然とヴァニジア救出のためにロンドンへと向かいます。果たして、手掛かりもなく、行方も知れないヴァニジアは無事に生きているのか。ホクトは、戦争が続く中、ロンドンに渡り、ヴァニジアを救うことができるのか。物語は、緊張を増していきます。



  ところで、ネタバレとなりますが、この小説の最後は、ヨーロッパで収監された須磨公使をはじめとする駐在員たちが、一隻の船でバルセロナから日本へと送還される姿が描かれることになります。その間、日本ではソ連が宣戦布告して樺太から北方4島へと攻め込み、原子爆弾が広島、長崎に落とされます。北都をはじめとする日本人たちは、日本の無条件降伏を目の前にして、様々な思いに抱かれることになります。


  この本の後半は、ホクトの足掛け7年間を描く集大成となります。これまでに登場した人物が、まるでカーテンコ−ルのように次から次へと登場し、この物語のフィナーレを見事に飾ることになります。その見事なラストは、ぜひ皆さんがご自分の目で確かめてください。


  逢坂剛さん。本当に面白い、心から楽しめる小説を世に出していただき、ありがとうございました。この人生の楽しみに感謝して、今回はお別れといたします。最後に置かれた「作者自身によるエピローグ」も読みごたえ満載です。どうぞ、お楽しみに。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年04月30日

森史朗 司馬遼太郎の指南書を読む


こんばんは。


  日本人の心を描く歴史小説をあまた上梓してきた司馬遼太郎さんが亡くなってから、早いもので20年が過ぎました。そのときに生まれた子供たちがすでに成人式を終えていることを思えば、今の30代以下の方々にとって「司馬遼太郎」は、名前は聞いたことがあっても、過去の小説家となっているのではないでしょうか。


  しかし、日本人として毎日を生活するときに司馬遼太郎さんが、その歴史の中で考察してきた「日本人とは何か」との思索は、混迷する現代だからこそ真摯に理解して生かしていく必要があるように思えます。


  今週は、元司馬番の編集者が書いた司馬遼太郎本を読んでいました。


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(「日本人を学ぶ」amazon.co.jpより)


「司馬遼太郎に日本人を学ぶ」(森史朗著 文春新書 2016年)


【司馬遼太郎とは何者?】


  私が本読みとして幸せだったのは、学生時代に司馬遼太郎と出会えたことでした。


  そもそもは、織田信長が本能寺の変で明智光秀に弑され、さらに中国大返しで近畿に戻った秀吉が、天王山で光秀を倒して天下人となった歴史がダイナミックで、戦国時代から江戸時代に至る歴史が大好きだったところから司馬さんの小説を読み始めました。


  そんな経緯なので初めて読んだ司馬さんの小説は、「国盗り物語」でした。この小説は、すでに司馬遼太郎がベストセラー作家となったのちの作品で、まさに氏の油がのりきっていた時代の作品です。この小説が文庫化されたのは、1971年ですので、私が読んだ時にはすでに重版を重ねていたことになります。


  その面白さは天下一品。その題名が表す通り、一介の油売りから身を起し美濃の国を手に入れた斎藤道三、尾張の弱小大名から桶狭間の戦いで今川義家を打ち破り、近隣の国々を次々に従え、日本国を手に入れるまでになった織田信長、そして、その信長を本能寺の変で打ち取った明智光秀。この三者の人生をみごとに描いて、物語ります。


  今回ご紹介する本にも出てきますが、司馬遼太郎は、歴史小説作者の目線について、ビルの屋上から下界を見下ろすと道路や行きかう人たちの先までが見とおすことができる、そうした俯瞰する視点で小説を書いている、と語っています。


  司馬さんの小説には、語り部としての視点と、歴史家としての視点、という二つの視点が存在しています。登場人物とその周辺の人々が織りなす出来事を語り部として語りながら、日本人の歴史として、その人物やその場面を俯瞰した時にどう考えられるのか、が司馬さんの見方で語られていくのです。


  さらにその小説には、たくさんの余談が登場します。しかし、その余談は、決して閑話休題なのではなく、歴史的視点を語るときに大きく参考となる事象なのです。司馬さんの中では、小説で語りたいことを補足するために「余談」は欠くべからざるものなのです。


  その作品群は、日本の激動期の歴史を生き抜いた男たちを描き、日本のあらゆる時代を縦横無尽に渡り歩いていきます。


  私の好きな作品でたどれば、平安末期の「義経」からはじまり、室町時代の北条早雲を描いた「箱根の坂」、安土桃山では黒田官兵衛を描いた「播磨灘物語」、司馬さんが一番好きだという秀吉を描いた「新史太閤記」、天下分け目の戦いを時代の目で描いた名作「関ヶ原」


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(「播磨灘物語」第一巻 amazon.co.jp)


  江戸時代の始まりとして家康を描いた「覇王の家」、江戸時代の大商人高田屋喜兵衛の生涯を描いた「菜の花の沖」。どの作品も主人公たちを史実に則りながら、司馬さんの深い想いとともに描いています。


  そして、幕末から明治にかけては、渾身の名作群が並びます。我々に新たな坂本竜馬を見せてくれた「竜馬がゆく」。同じ幕末を生きていた新選組の土方歳三を描き出した「燃えよ剣」。この2作品は、昭和30年代並行して書きすすめられており、同時に連載されていた作品です。そして、この二作品により、昭和の司馬遼太郎ブームが巻き起こったのです。


  その先には、幕末に江戸幕府側で壮絶な戦いに散った越後長岡藩の河合継之助を描いた「峠」、大村益次郎を描いた「花神」、などが続きますが、司馬さんの小説は、しばしばNHK大河ドラマで取り上げられ、高い視聴率を誇りました。


  明治大正にかけては、「翔ぶが如く」「坂の上の雲」。この二作品は、それぞれに明治時代と大正時代を描いていますが、そのアプローチはまったく異なります。


  「翔ぶが如く」は、明治維新を成し遂げたのち、日本人が明治を開いた生みの苦しみを語っています。描かれるのは、薩摩の盟友であった西郷隆盛と大久保利通。そこでは、長州や土佐も含めた討幕側の人間が対立し、ついには西南戦争を引き起こしたアンシャンレジームの歴史が描かれています。いったい西郷隆盛とは日本人にとって何者だったのか。


  一方で、「坂の上の雲」は、明治から大正にかけて現代に繋がる文語革命を起こした正岡子規、陸軍と海軍で日露戦争の参謀を勤めた秋山好古・真之を主人公とした一大叙事詩です。あまりに有名な作品であえて語る必要もないのですが、この小説の面白さは、主人公が今の愛媛県、松山藩で育った3人であるところです。松山と言えば、夏目漱石が「坊ちゃん」の舞台に選んだ土地ですが、漱石が醸し出したユーモアが、なぜかこの小説にもつながっているような気がするのです。(あくまでも個人の感想です。)


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(NHKドラマ「坂の上の雲」DVD amazon.co.jpより)


  こうして思い起こすと、我々日本人が司馬遼太郎の作品を持ったことの幸せを改めて感じます。


【司馬遼太郎を何から読むか】


  さて、今回読んだ本は、膨大な司馬遼太郎の作品をどんな順番で読んだらよいのかを語る指南書です。著者の森史朗さんは、かつて文芸春秋社において司馬番を勤めていたと言います。現在は、戦史家として数々の著作を上梓しています。さすが、司馬さんの謦咳に触れた元編集者だけあって、司馬さんの描く世界をご本人の語りを交えながらみごとに我々に伝えてくれます。


  森さんは、司馬さんを知らない若者たちのためにナビゲーターとして案内をするつもりでこの本を上梓しました。67遍に渡る膨大な作品をどんな順番で、どのように読み解いていけばよいのか。この本には、森さんの司馬さんへのリスペクトと愛情が詰まっており、司馬さんの小説や随筆を知る我々には、その胸が熱くなる想いが伝わってきます。


  その目次は、


第1章 想い出の司馬遼太郎さん

第2章 第一冊目は、『燃えよ剣』からはじめよう

第3章 第二冊目は、いよいよ『竜馬がゆく』に挑戦してみよう。

第4章 第三冊目は、『最後の将軍』で、徳川将軍家を学習する。

第5章 第四冊目は、『世に棲む日日』で、長州藩の動きを知る。

第6章 維新史の締めくくりは、『翔ぶが如く』で、西郷隆盛の謎を考える。

第7章 司馬作品を散歩する。

第8章 歴史大作『坂の上の雲』は、日本人への遺言だ。

第9章 なぜ、ノモンハン戦の執筆を断念したか。

第10章 司馬さんと太平洋戦争

付章 最後の手紙


  司馬遼太郎の作品に魅了されてきた我々には、目次を読んだだけでも心が躍るような気持ちになります。そして、第1章で語られる編集者時代の司馬さんのエピソードを読むと「やっぱり司馬さんはそうだったんですね。」と思わず声をかけたくなります。


  司馬さんの歴史小説に対する矜持と周囲の人々への優しさは、ぜひこの本で味わってください。


  この本では、各章で著者が司馬ファンとして、また司馬番として知ることができたエピソードを語ってくれます。例えば、第7章の「司馬作品を散歩する」では、司馬遼太郎の小説世界にはなぜ日本の古代史が登場しないのかが文芸界の裏話として語られます。


  昭和の時代、同じ小説家で日本の古代史に強く興味を持っていた大御所がいます。それは、かの松本清張さんです。松本さんは司馬さんがデビューする頃にはすでに流行作家となっていて、司馬さんがデビューしたのちには、卑弥呼の謎や邪馬台国の謎に挑んでいました。


  この章では、司馬さんと松本さんの対談秘話が語られていて、我々を楽しませてくれます。


【司馬遼太郎へのラブレター】


  この本を読み終えて思うのは、この本は司馬遼太郎の作品のガイダンスという体を取っているものの、その実は司馬遼太郎を愛してやまない森さんの司馬さんへのレクイエムだった、ということです。


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(故 司馬遼太郎氏の画像 atpress.ne.jpより)


  第10章の司馬さんの思いへの思い入れ。司馬さんはかの理不尽な太平洋戦争に対し、自ら変質してしまった日本に大きな憤りをかかえつつ、それを作品にしようとアプローチを続けていました。司馬さんの小説は、どれを読んでもその終わりには、人間が最も必要としている生きる力がさわやかに匂っています。


  あの戦争では、そうした匂いを醸し出せるような人物をどうしても見出すことができなかったのです。ノモンハン事件にしろ、太平洋戦争にしろ、かの戦争に突入していった日本は、司馬さんの人間性と本質的に相いれないものだったことがよくわかります。


  森さんは、司馬さんが太平洋戦争を執筆していたら、その寿命は短くなっていた、と語ります。そして、司馬さんの描く太平洋戦争を読みたかった、と簡単に語ってはいけないのではないか、との疑問を提示します。それは、その後の随筆「この国のかたち」で、歪み、調子狂いとなってしまった日本の姿が語られたことで十分だった、との言葉ににじみ出ています。


  この本は、司馬さんの謦咳に触れた人たちが皆感じたであろう愛情に対して語った、司馬さんへの手紙のようなものなのです。


  司馬遼太郎は、私にとって本読みとして最も偉大なアイドルです。そして、この本でそのアイドルの最後の姿を読むことができ大きな感動を味わうことができました。司馬さんの作品は、我々日本人にとって本当に楽しめる、そして貴重な贈り物なのです。


  この本を読んで、一人でも多くの日本人が司馬遼太郎の作品に感動をしてくれることを心から願って今日はお別れします。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



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2017年04月22日

宮城谷昌光 春秋の呉越を描く!(その3)


こんばんは。


  宮城谷さんが描く春秋時代の呉越。今週は、待ちに待った文庫本の第5巻を読んでいました。


「呉越春秋 湖底の城 五」(宮城谷昌光著 講談社文庫 2016年)


【伍子胥 復讐の行方】


  第四巻は、雌伏の時を過ごしていた伍子胥とその一行がいよいよ呉の国の公子光のもとで信頼を得て勇躍する姿が描かれて、みごとに次作へと続く終わり方でした。(ここからネタバレとなりますが・・・)


  公子光は、呉王である僚の父親の兄の息子であり、呉の軍を仕切る将軍となっています。第四巻のクライマックスは、公子光が呉王僚に対して起こしたクーデターです。公子光は、呉の王のいとこに当たります。公子光の祖父には4人の息子があり、その中で最も優秀な末っ子の李礼に王を継ぎたかったのですが、李礼がこれを拒んだことから公子光の父である諸樊が王となり、その後に弟の余祭、さらに弟の余昧に王位を継ぎ、最後に李礼が王になることとなっていたのです。


  ところが、余昧が李礼に王を継ごうとしたとき、李礼は王となることを拒み国外に出奔してしまったのです。そこで余昧は息子を跡継ぎとし呉王僚が誕生しました。公子光は、長男の息子である自分が跡を継ぐべきだと考えており、虎視眈々と自らが王となる機会をうかがっていたのです。


  そして、紀元前515年の夏、ついに公子光は、宴席に臨んだ呉王僚を殺害し、自らが呉王闔閭(こうりょ)となったのです。このときに刺客となったのが、伍子胥が推挙した鱄設諸だったのです。こうして、伍子胥は呉王闔閭の補佐役となり、かねてからの復讐を成し遂げることが可能となりました。宮城谷さんは、熟練の筆でこの出来事を見事に描きました。


  その手に汗を握る場面は、ぜひ文庫本第四巻で味わってください。


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(「湖底の城 五」講談社文庫 amazon.co.jpより)


  ところで、伍子胥の復讐とはどのようなものだったのでしょうか。


  伍子胥の一族は、代々楚王に仕える一族でした。伍子胥の祖父五挙は、楚の王である荘王の重臣として信頼された人物で、父五奢も楚の平王に仕え、平王の太子建の太傅を命ぜられていたのです。ところが、平王の側近であった費無極は、直言清廉で人望もある五奢をなきものとし、実権を握ろうと企てます。


  あるとき費無極は、平王に命ぜられ太子建の花嫁を娶るために秦に出向き、秦の姫君を連れて帰ります。しかし、その姫君があまりにも美しかったため平王に取り入って平王の夫人にしてしまいます。こうして費無極は平王の側近となりますが、次世代の王、太子建の恨みを恐れて、平王に太子建が謀反を企てていると讒言を行います。


  その讒言を信じた平王は、太子建を廃嫡としてしまうのです。このときに「実の息子を信じるべき」と進言を行った五奢は、費無極と平王に疎まれ、囚われの身となります。さらに費無極と平王は、五奢の一族を壊滅させるために五奢のみならず、長男の尚五と弟の員五(伍子胥)をおびきよせたうえで、一族全員を殺害しようと考えます。


  平王(楚)対伍子胥の戦いは、ここから始まります。


  父と兄を殺害された伍子胥は、楚から逃れると楚の平王に復讐を誓うのです。伍子胥は、2mを超える偉丈夫ですが、その仁徳もなみはずれています。その深い懐と人の才能を見抜く目を持って、放浪の旅を続ける間に様々な人々と絆を深め、呉に至り、ついに呉王の腹心となるのです。


  宮城谷さんの筆は、伍子胥のたどる苦難の道をまるで教養小説のように描いていくのです。


【孫武(そんぶ)と孫臏(そんびん)


  唐突ですが、「孫子」と言えば、兵法書として最も有名であり、かの毛沢東も愛読したといわれています。日本でも源義家や武田信玄をはじめ、日本海海戦でバルチック艦隊を破った東郷平八郎も戦いに当たっては「孫子」の思想を学んでいます。


  「百戦百勝は善の善なるものにあらず、戦わずして兵を屈するは善の善なるものなり。」や「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず。」、はたまた、「善く攻むる者には、敵、その守る所を知らず。善く守る者は、敵、その攻むる所を知らず。」などの言葉は、まさに「孫子」のエッセンスを語るものとして有名です。


  その「孫子」の原型を形作ったのが、春秋時代に伍子胥と共に呉の闔閭に仕えた孫武だったのです。この第五巻ではいよいよ伍子胥が孫武を迎え入れて、「呉」の軍を強化し、勝つための戦略を作り出していくことになるのです。


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(「孫子」を手にした孫武像  wikipwdiaより)


  ところで、宮城谷さんのファンの方は、孫武と聞いて、もう一人の孫子を思い出すのではないでしょうか。


  そうです。宮城谷さんの名作孟嘗君」(講談社文庫)。「孟嘗君」は、呉越よりも後の戦国時代に覇者であった「斉」の国を舞台にした本当に面白い小説です。この小説のキモは、主人公が孟嘗君の育ての親である商人、白圭(初めの名は風洪)であるところです。そして、この小説の中ほどに登場するのが、もう一人の孫子、孫臏(そんびん)です。


  孫臏は、浪人であった龐涓(ほうけん)と共に兵法を学んでいました。そののち、龐涓は魏の国に登用され将軍となります。孫武の子孫ともいわれる孫臏の兵法の才を恐れた龐涓は、こともあろうに孫臏を魏に誘い出し、あらぬ罪を着せて投獄します。その才能への嫉妬もあったのでしょうか。孫臏は、両足を切断され、額に入れ墨を入れられるという刑に処せられます。


  白圭は、商人特有の情報網から、孫臏が幽閉されていることを聞き、魏の国へ救出に向かいます。処刑され、身動きもとれない孫臏を救った白圭は、斉の将軍である田忌のもとを訪れ、様々な人脈を駆使して、孫臏が田忌将軍の客となるように取り計らいます。


  田忌将軍の客となった孫臏は、瞬く間に才覚を現して斉王の戦略顧問へと登用されます。


  孫臏が登用されるときのエピソードは、ぜひ名著孟嘗君」でお楽しみください。


【馬陵の戦い】


  孫臏は、斉の国の軍事顧問として「趙」の国に攻め込んだ魏と戦い(桂陵の戦い)、大勝します。そして、十余年が経ち、魏の龐涓が今度は軍を立てて「韓」に攻め入ります。「韓」から救援を求められた斉王は、田忌を将軍とし、軍師を孫臏として大軍を預けて魏を攻めるよう命じます。その数十六万。いよいよ龐涓と孫臏の宿命の対決が実現するのです。宮城谷さんは、この戦いを孟嘗君(このときは、まだ田文)の初陣として描いています。


  桂陵の戦いでは、魏軍の本体は趙の国に攻め入っており、本国の守りが手薄となっていました。孫臏は、そのことを見抜いて直接魏の国に攻め入ることで勝利を手にしました。しかし、前回の愚を犯したくない龐涓は、本国にも大軍を残して遺漏のない体制で挑みます。そして、攻め入ってきた斉軍を二つの軍によって挟撃しようとしたのです。


  そのことを知った孫臏は、急ぎ兵を撤収し斉に向かって退却を始めます。斉軍の退却を知った龐涓は全軍で追撃し、斉軍を壊滅に追い込もうとします。


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(「孫臏」の像 amazon.co.jpより)


  ここで軍師である孫臏は追撃する龐涓のおごる気持ちを利用します。


  退却するさなか、孫臏は野営する兵士たちの焚火の跡を毎夜、少しずつ減らしていきます。そのことで、斉軍に脱走者が発生し、軍の規模と士気が大きく下がっているように見せかける戦略です。龐涓はまんまとこの作戦にはまります。斉軍が弱体化していると見た龐涓は、追撃するスピードを上げるため、歩兵を後方に置き、騎馬軍のみで追撃します。


  斉軍は、追撃する魏軍がどの程度の速度で追ってくるのかを計算し、次の野営地で魏軍に対し罠を仕掛けます。馬陵は山に囲まれた谷状の地形となっており、夜には暗闇で何も見えなくなります。孫臏は、月のないくらい夜に斉軍の弓矢部隊を山裾に隠し、馬陵を取り囲むように配置しました。そして、その谷地の目立つ大木に大きな板をぶら下げます。


  その板に刻まれていたのは、「龐涓この樹の下で死せん」との言葉でした。


  夜、馬陵についた龐涓は、樹木につるされた奇妙な板があると斥候から報告を受けます。その板に何が書いてあるのかを見るために松明を掲げさせ、その文言を読んだ瞬間、松明をめがけて無数の矢が放たれたのです。豪雨のように降り注ぐ矢にみまわれた魏軍は、パニックとなり大混乱に陥ります。


  強兵を誇る魏軍もこの戦略に浮足立って壊滅します。そして、龐涓も自らの不明を恨みながら自害します。


  宮城谷さんの筆にかかると、龐涓と孫臏の息が詰まるような戦いが大きなスケールと迫力をもって描かれていくのです。


  ああ、思い出すとまた孟嘗君」が読みたくなります。


【いよいよ孫武登場】


  さて、話を「湖底の城」に戻しましょう。


  第五巻は、呉王闔閭の側近となった伍子胥が、強大な隣国斉に王の使者として出向くところから始まります。かつて雌伏の時期に兵法の碩学である孫武と出合った伍子胥は、時期が来た時には必ず迎えに来ることを約して孫武と別れました。


  呉には、外交を任されていた大人である李子がいます。李子は、クーデター後の国内整備で呉の民が疲弊しており、すぐに兵を起こせる状態にはないことを諭します。そのうえで、楚に攻め込むためには、北方の大国斉が楚との戦いに中立を保ってくれることが必要となります。そのために斉と信義を深めておくことが必要であり、王はまず斉に使者を送るべき、と提言したのです。


  王は、その使者に伍子胥を指名します。当時の斉の宰相は、その徳により名前がとどろいている晏嬰です。晏嬰を始め斉の要人との面談を終えて、斉に帰還する途上に孫武の住む地に立ち寄り、孫武を斉へと連れ帰ります。


  このとき、孫武の兵法を書にしたためて呉王闔閭に献上し、事前に孫武の戦略の大きさを知ってもらおうと考えます。そうして、旅の途中に孫武は「孫子」の元となる著作を完成させるのです。さらに孫武のもとで養育してもらった小洋も見事な成長を見せて呉へと帰還します。


  事前に献上された「孫子」を読んだ闔閭から伍子胥のもとにいた孫武に迎えの使者が訪れます。その間丸2日。即断即決の呉王にしては、時間がかかります。そのことを孫武に図ると、孫武はこともなげに「王は私の力をどのように試すかを考える時間が必要だったのでしょう。」と所見を述べます。


  そして、その所見の通り、呉王は驚くような試験を用意していたのです。


  そのワンダーは、皆さんもこの第五巻を読んで味わってください。時間を忘れて読みふけること間違いなしです。



  さて、今月はノラ・ジョーンズのライブ(武道館)と元イエスのジョン・アンダーゾン、リック・ウェイクマン、トレバー・ラビンのライブ(オーチャードホール)に参加してきました。ノラ・ジョーンズの包みこまれる声に癒され、イエスミュージックに明日への元気をもらってきました。


  寒暖差が例年よりも厳しい春がやってきましたが、皆さんも人生の楽しみを味わって元気にお過ごしください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。



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2017年04月17日

鼎談 歴史からの伝言を読む


こんばんは。


  近現代史は、まだ定説として定着していない、という点がダイナミックで面白い。もちろん、定説となっている近世以前の歴史も最前線の歴史学者の皆さんによって、定説が覆ることも多く、それを面白おかしく紹介する先生もたくさんいます。


  しかし、近現代史には、埋もれている資料や読み込まれていない資料も数えきれないほど存在しており、次々と新たな事実が明らかになり、常に歴史に厚みが増していく点に、大いなるワンダーを感じることが出来ます。


  以前、加藤陽子氏の「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」をご紹介したときにも感じましたが、自らの国が現在どんな経緯のもとに存在しているのかを我々がキチンと認識していないと、民主主義はうまく機能しないのではないかと強く感じます。


  民主主義とは、一言でいえば多数決です。選挙という、究極の多数決で国がまわっている現実を見れば、多数決の命運を握る半分以上の選挙民がキチンとした知見を持っていなければ、日本という国は成り立ちません。そして、国の永続的な未来を創るためには、現在の社会と人を認識する力が必要となります。


  そして、現在を認識するには、少なくとも明治維新以降、特に太平洋戦争に向かっていった日本の歴史と戦後の歴史を知る必要があります。特に学校教育における歴史の時間が大変重要であり、明治維新以降の歴史をはしょってしまう日本の学校教育は、そもそも民主主義を担う人材を育てていないといえるのではないでしょうか。


  今週は、近現代史を語る鼎談本を読んでいました。


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(「歴史からの伝言」amazon.co.jpより)


「歴史からの伝言−日本の命運を決めた思想と行動」(加藤陽子 佐藤優 福田和也著 扶桑社新書 2012年)


【鼎談を読む楽しみ】


  話し言葉というものは、人が頭で考えたことがそのまま流れ出てくるものであり、文章に比べて軽やかで自由奔放です。それゆえに対談本や鼎談本は、テンポが速く、読みやすいのです。特に対談の場合に、テーマが二人にとって常日頃からディープであれば、ネットサーフィンのように次から次へとワンダーな話題が飛び出します。


  飲みに行った席での会話でも、近況や天気や健康の話をしていても徐々に話が弾んで、政治情勢の話や文化論、好きな趣味の話になれば話題が次から次へと広がってしまい、気づくと何の話をしていたのかわからなくなることがままあります。


  先日も本好きの先輩と久しぶりに飲んでいて、佐藤優さんの話をしているうちに文化論の話になりました。


  韓国のパク・クネ大統領逮捕の話と北朝鮮のミサイル発射の話から、なぜか日本人は果たしてオリジナルな文化を創造することが出来るのか、日本人の文化は歴史的に模倣の文化であり、模倣を極めたものが果たして純粋なオリジナルと言えるのか、ヨーロッパ文化は本当にオリジナルなのか、との論議になり、仕舞には最初に話し始めた趣旨はなんだったのか、二人で一生懸命思い出す始末でした。


  気が付くと店は閉店の時間となっていて、4時間半も論議していたことになります。まあ、飲み会はそのためにあるので、しっかりストレス発散になったのですが、二人が肝心の本の話をし忘れたことに気付いたのは、店を出た後だったのです。


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(北朝鮮のミサイル発射 asahi.comより)


  飲み会であればよいのですが、時々、仕事のプレゼンの中で、理解を得ようと必死になり、よけいな話までしてしまうことがあります。打ち合わせが終わり、後になってから「あそこでの表現は誤解を招いたかもしれない。」「キチンと趣旨を理解してもらうには、こう話した方がよかったのでは、」などと、余計なことを考えてしまうこともよくあります。


  対談本ではまだ二人なので修正もききますが、鼎談本では、軽快に話が進んでいくと誰もが新たな知識を話題にし、そういえば、ところで、新たな話題が現れ、いったいテーマの結論は何なのか、だれも整理することなく終わってしまうことが出てきます。さらには、読んでいる方では新しい知識についていくのに必死で、肝心の「だからなんなのか」まで頭がついていかないこともあります。


  あれっ、と思って読み返してみると、実は結論のない放談であり、論議が尻切れトンボになっていることもあります。


  今回の鼎談は、いずれも知の世界で活躍する3巨頭によって行われました。


  まずは、フランス文学を中心に日本近代史も含めて過激な評論で名を知られる文芸評論家の福田和也さん、そして、元外務省のインテリジェンスオフィサーで近代史、宗教、地政学など広い知見を誇る佐藤優さん、さらには、東大文学部で近代史を専門としている歴史学者で分かりやすくディープな知見を教えてくれる加藤陽子さん。


  日本の知性を代表するともいえるこの3人は、ともに1960年生まれ。まさに遠慮なしの鼎談が展開されていきます。


【近代歴史からの伝言とは?】


  今回語られるのは、戦中から戦後にかけての日本の近代史です。


第1章 尾崎秀実から再考する「東亜協同体」の可能性

第2章 皇室の母性と天皇の超越性

第3章 日米安保と沖縄の五十年

第4章 ポスト安保の思想と運動

第5章 危機下の宰相―原敬と“おとな”の政治

第6章 平沼騏一郎―「複雑怪奇」な機会主義者

第7章 排外主義はどこにあるか?―幕末、言語、TPP


  皆さんは、この目次を見てどのくらいピンとくるでしょうか。登場人物を簡単におさらいしてみましょう。尾崎秀実と言えば、第二次世界大戦の行方に大きな影響を及ぼしたと言われるスパイ事件、ゾルゲ事件でリヒャルト・ゾルゲとともに逮捕され、終戦の直前に処刑された人物です。尾崎は、当時政府の政策に深くかかわり多くの提言を行いましたが、その論客としての知見は当時から一目置かれていました。今回は、獄中での様子も含めたその思想の変遷が語られます。


  昭和天皇については、その激動のご生涯から様々な識者が様々に語っていますが、この本で鼎談の中心となるのは、映画「仁義なき戦い」や「二百三高地」などで有名な脚本家である笠原和夫氏の未発表の脚本である「昭和の天皇」です。生前、「大日本帝国」、「日本海大海戦 海ゆかば」などの脚本を書いた氏が、どのように昭和天皇を描いたのか、興味は尽きません。


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(ダーウィンとリンカーンの胸像と昭和天皇 tanken.comより)


  第三章、第四章では、戦後の近代史の中で、若者たちをも巻き込んだ「安保闘争」とその後を、当時の宰相であった岸信介、佐藤栄作の思考や行動を通じて論じていきます。ポスト安保では、文化運動としての「若い日本の会」が話題となり、石原慎太郎、江藤淳、吉本隆明などが語られていきます。


  そして、原敬と平沼騏一郎。原敬は、第一次世界大戦終結の年に内閣総理大臣となり、大正デモクラシーを背景に自由な政策を進めましたが、1921年に東京駅でテロリストによって刺殺されました。一方の平沼騏一郎は、法曹界出身で枢密院の議長などを歴任した後で、第二次世界大戦中に総理大臣となります。しかし、ソ連とのノモンハン事件と独ソ不可侵条約の締結の責任を取る形で、たったの8か月で総辞職しました。


  さて、この本の鼎談が行われたのは、2009年の11月から2011年の10月にかけてです。その間には、あの東日本大震災があり、さらにTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が大きな話題となっていました。この本の最後の章は、TPPの話題から国家や人の排他主義の問題を取り上げています。


【自由奔放な知見の表明】


  この本は、どのページを開いても3人の得意分野からの知識と知見が次々と語られていき、とめどない世界が繰り広げられていきます。すべてのページでワンダーが語られていくのですが、鼎談には事前にテーマが決められていて、3人は事前に話題の中心となるテキストを読んでから鼎談に臨んでいるようです。


  そこで語られる文献はワンダーです。


  特に近代史では、それぞれの人が手記や日記を残しており、その中に歴史では語られることがない事実が記されていて本当にワンダーです。尾崎の章では、中国の民族問題が中心話題となりますが、そこに登場するのは、堀田善衛の「上海日記」。第二章では、「小倉庫次侍従日記」や226事件で銃殺された西田税(みつぎ)の「無限私論」。


  さらに、沖縄と安保の話の中では、様々な記録や書籍とともに岸信介の手紙や佐藤栄作の日記が紹介されます。同じ兄弟でありながら、獄中で一度命を捨てた岸と末っ子で要領のよい佐藤の比較はなるほど、ワンダーな話題でした。


  加藤さんの得意分野である原敬と平沼騏一郎の章では、「原敬日記」、「平沼騏一郎回顧録」が登場します。平沼騏一郎は、日中戦争当時にインテリジェンスを駆使して、英米との協調拡大を目論んだ政治家として注目されていますが、おおむねの意見としては、日本翼賛、保守派とラベリングがなされています。


  しかし、ポツダム宣言の受諾による無条件降伏を決す御前会議にて、戦争継続に反対し、終戦の日にテロリストに襲われて自宅を焼失した事実を知ると、右翼、保守派にも様々な立場があり、人の生き方には一言では表しきれない多くの思想と行動があるのだと、改めて思い起こされます。



  ところで、あまりにも奔放な鼎談のおかげで、この本を活字として読むときにはどうしても議論が分散されて集約されないもどかしさを感じます。鼎談の始まりには、福田さんがその会のテーマを語って始まるのですが、話題は常に拡散して短い時間の鼎談で、意見が集約されることがありません。


  本来、本となる場合には章ごとにテーマと結語が必要であり、それがないと「本」ではなく、単なる知識と知見の羅列に終わってしまいます。これは、出版社の企画段階での段取りの悪さもあります。各章を織りなす鼎談は時間が決められているはずで、短時間であっても結語は必要です。


  このページ数で、「じゃあ、テーマはこれなのであとは自由に」としてしまうと、「歴史からの伝言」とのタイトルと各対談の中身がとてもアンバランスに感じられてしまいます。


  最後は、辛口になってしまいましたが、この本には現代の日本の知を代表するお三方の鼎談。今まで知らなかった近現代日本のワンダーが詰まっています。歴史の知に興味のある方は是非ご一読ください。新たな知識に出会うことができるはずです。



  熊本の大震災から1年がたちます。昨日、NHKで熊本城の復興を特集していましたが、400年以上前の熊本築城の時、大地震による知見から「武者落とし」なる石垣築造の技術が構築されたとの事実には驚愕しました。日本の技術は、昔から世界に誇るものがあったのですね。


  仮設住宅にはまだたくさんの人が避難生活を余儀なくされています。一日も早い復旧を祈念して本日はお別れします。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


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2017年04月05日

三上延 ビブリア古書堂 栞子さんお幸せに!


こんばんは。


  時間は誰にでも平等に流れる、と言います。親と子も、先輩と後輩も終生変わることなく、一緒に年を取っていきます。


  しかし、フィクションの世界では、作品の中で独自の時間が流れていきます。サザエさんは30年たっても変わらぬ若奥さんです。北鎌倉を舞台とするビブリア古書堂の物語も、作品世界の中では固有の時間が流れています


  今週は、ついに最終作となったビブリア古書堂シリーズの第七巻を読んでいました。


「ビブリア古書堂の事件手帖7−栞子さんと果てない舞台」(三上延著 メディアワークス文庫 2017年)


【栞子さんとたくさんの謎解き】


  ビブリア古書堂の主人篠川栞子さんが、太宰治の本「晩年」の初版本を巡り、公園の階段から突き落とされて足を骨折したのは、2010年の7月でした。我々の世界では、その第1巻から数えると7年もの時間が経過しています。しかし、ビブリア古書堂の篠川栞子さんと五浦大輔くんの間では、二人がその事件の後に知り合ってから、まだ1年しかたっていません。


  いよいよ最終巻に当たる第7巻が発売され、その濃密な1年間で徐々に明らかになった栞子さんの大きな謎が、ワンダーとともに明かされることになります。


  名探偵のいるところに事件あり、とは名探偵コナンのセリフですが、この小説では、「栞子さんのいるところに本の謎あり」、とのセリフがぴったりです。たった1年の間に栞子さんが解き明かした謎は、20にもわたります。第1巻で4つの謎、第2巻でも快調に4つの謎、少しパワーダウンした第3巻では、栞子さんの母親、第二の主人公ともいえる篠川智恵子のエピソードを含む4つの謎が解き明かされています。そして、初の長編小説となった第4巻は、江戸川乱歩をキーワードとしていくつもの謎が重なります。


  長編ですので、いくつもの謎解きが仕掛けられていますが、その中心となる謎は2つとなります。第5巻は、再び短編でつづられますが、ここでは篠川智恵子と栞子さんがまるで謎解きで勝負するように重なります。この二人を織りなす3つの断章に繋がれて、3つの謎が提起され、謎解きがなされていきます。そして、いよいよ前作の第6巻。ここでは、第1巻の謎が回帰するかのごとく太宰治にまつわる謎が長編で展開されます。


  第6巻では、栞子さんが自ら関わった太宰治の「晩年」の謎とさらに太宰治の研究会であった「ロマネスクの会」に秘められた謎に挑みます。その第6巻では、パートナーである五浦大輔と栞子さんを襲った犯人の意外なつながりが判明し、さらには篠川家の古書にまつわる歴史が篠川智恵子を通じて語られていくことになるのです。


  ビブリア古書堂シリーズの1年間の歩みの中では、栞子さんと大輔くんは恋人同士になるとともに20もの謎が栞子さんの本に対する深い造詣と名推理とによって解決されてきたのです。その天下一品の面白さは、著者の才能の成せる業です。


【華麗なる古書一族】


  第7巻は、三上さんにしては珍しく、前作から2年近くの時間をかけた長編です。シリーズの最後を飾る本作は、それに相応しい、ワンダーな作品に仕上がっています。もちろん、この作品だけでも十分に楽しむことが出来ますが、これまでのシリーズで伏線となっていた謎が次々と明らかになっていくという意味では、シリーズを読んでいればより大きなワンダーを味わうことが出来ます。


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(「ビブリアシリーズ第7巻」amazon.co.jpより)


  まず、前作で栞子さんと大輔くんを危機の陥れた栞子の祖父祖母の一族の謎、突然失踪した母、篠川智恵子の謎がすべて氷解するというワンダーな面白さに心が躍るとともに、随所にこれまでの6冊で登場した人々が登場し、ファンにとっては楽しくページが進んでいきます。第1巻で「せどり」やとして登場したホームレスだった志田も再び登場して大輔くんを助けてくれます。


  作品の舞台となっているのは栞子さんのお父さんが経営していた「ビブリア古書堂」ですが、栞子さんの母方の一族が今回の本の中心となります。母親の篠川智恵子は、これまでも切れ味鋭く様々な古書の謎にかかわっており、その颯爽とした姿が本当にカッコよかったのですが、本作では、まさに準主役級の活躍を見せ、最後まで魅力的なキャラクターとして輝いています。


  智恵子−栞子の「本」、とくに「古書」への思い入れと愛情はどこから生まれているのか。昔、山崎豊子さんのベストセラー小説に「華麗なる一族」という作品がありましたが、このシリーズの背景には智恵子の父親である久我山尚大の一族が横たわっていたのです。


  智恵子は久我山夫妻の実の子ではなく、久我山と別の女性の間にできた子供でした。前作では、久我山尚大の未亡人である久我山真理が太宰治の「晩年」を巡る事件で糸を引いていたわけですが、第7巻では、満を持して一族の始まりである久我山尚大が登場することになります。登場と言っても、現時点で尚大は亡くなっています。いったい何が・・・。


  この本のプロローグには尚大らしき人物が登場します。


  そして、一族に残したメッセージ。それは、全く同じ大きさ、形をした赤、青、白の表装を施した、開かずの本だったのです。その本が、一族の謎を解き明かしていくとともに本作のトリッキーな謎に直結してきます。


【シェイクスピアのフォリオ?】


  今回、主役となる本はシェイクスピアのファースト・フォリオです。


  フォリオとは、全版の紙を二つ折りにして4面に印刷した紙を製本したもので、二つ折り版と呼ばれています。シェイクスピアの時代、二つ折り版の印刷技術はまだまだ稚拙であったらしく、シェイクスピアの戯曲36編が3巻の全集としてフォリオで出版されたことは、文学界でも印刷業界でも画期的な出来事だったといいます。


  あれ、シェイクスピア? たしか先日ご紹介したチャーリー・ラヴェット氏の小説「古書奇譚」でもシェイクスピアにまつわる本がその主役となっていました。そこで取り上げられていた稀覯本は、シェイクスピアの自筆の草稿を含んだ古書でした。イギリスでは、ファースト・フォリオ自体は割合一般的な話であるために、あえてより希少な本を謎として取り入れたのでしょう。


  しかし、我々日本の古書界においては、海外物はメジャーとはいえません。実際に私もファースト・フォリオとは、初耳でした。ビブリア古書堂もついに海外の稀覯本へと世界を広げていくのです。


  ファースト・フォリオとは、世界初のシェイクスピア全集(フォリオ)の初版本という意味です。出版された年は、1623年。この年は、シェイクスピアの没後7年に当たります。20164月にイギリスのスコットランド・ビュート島で、このファースト・フォリオの1冊が新たに発見され、鑑定の結果、間違いのない本物とわかり大きな話題となりました。この時点で、現存するファースト・フォリオは、234冊になったといわれています。


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(「ファーストフォリオ」表題ページ wikipediaより)


  果たしてその価値はどのくらいなのか。2001年のザザビーズのオークションにファースト・フォリオが出品されたときには、なんと6.4億円で落札されています。ファースト・フォリオの印刷部数は、750部と推定されており、廃棄されたり焼失したものを考慮したとしても、まだまだ未発見のものがどこかに存在する可能性があります。


  その1冊が日本にあるとしたら。考えるだけでもゾクゾクしてきます。(この先ネタバレあり。)


【謎のアンティーク商登場】


  さて、前回の事件から間もないころ、ビブリア古書堂に、あかぬけた老人が訪ねてきました。その人物は、如才のない面持ちで舞砂道具店の吉原喜市と名乗り、ある品物を栞子さんと五浦大輔の前に差し出します。その品は、前作で大輔が大けがをする原因となった太宰治の「晩年」初版本でした。


  吉原喜市は、横浜でアンティークショップを営んでいますが、海外古書の販売も手掛けており、今回、久我山書房の本を所有していた未亡人久我山真理の蔵書をすべて買い取ったというのです。栞子さんは、第1巻で「晩年」を巡り、その所有をもくろむ犯人から付け狙われて大けがを負わされています。


  吉原が手に入れた「晩年」は、すでに栞子さんが所有している初版本とは別の「晩年」初版本なのです。そして、その本は前作で、栞子さんを傷つけた犯人から依頼され、手に入れて売り渡すことを約束した本だったのです。栞子さんが買い取ろうとしていた「晩年」は、いつの間にか吉原喜市に手に渡っていたのです。


  しかし、その「晩年」は何としても手に入れなければなりません。吉原喜市は、慇懃に笑みをたたえながらも、その本を望外の金額で売りたいと申し出てきたのです。その金額は、なんと800万円。いかに貴重な初版本と言っても相場をはるかに上回る金額です。しかし、栞子さんに選択の余地はなく、やむなくその金額で買い取ることになります。


  商談が成立し、「晩年」を引き渡す吉原。そして、店を去る際に吉原は、1冊の古い小冊子を二人に渡します。その小冊子の題名は「人肉質入裁判」。著者は井上勤、1883年の著作です。当然、大輔には何の本やらわかりませんが、栞子さんにはすぐにわかります。それは、日本で初めて翻訳されたシェイクスピアの名作「ベニスの商人」だったのです。


  得体のしれない吉原喜市。彼は、これまでの栞子さんの行動や篠川智恵子の動きを逐一知っているようです。いったい、どんな目論見があって彼はビブリア古書堂に近づいてきたのでしょうか。栞子は、「晩年」を売ることが吉原喜市の真の目的ではないことを見抜きます。


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(「読書する栞子さん」 biblio.jpより)


  ここから、久我山尚大が残した謎を巡って、栞子さんと大輔くん、篠川智恵子、吉原喜市の3つどもえの戦いが繰り広げられることになります。


  シェイクスピアは17世紀の人です。現在とは違い、当時の演劇では女性は舞台に上がる風習はありませんでした。作品には女性がたくさん出てきますが、すべての女性は男が演じていました。また、17世紀では製本は、印刷とは異なる技術であり、古くなった本は、その装丁が古くなると中味のみを取り除き、新たな装丁を施したといいます。


  今でもブックオフなどでは、買い取った本は、汚れた四方をきれいにするために背表紙以外の三を裁断してきれいにします。中味を残して装丁を新たにする場合にも、その三を裁断することは当たり前に行われていました。すると、何百年もの間にファースト・フォリオの大きさは少しづつ小型化していくことになります。さらに再製本時には、作品の順番を入れ替えて製本することもあるといいます。


  ファースト・フォリオに秘められた数々の謎。その謎解きは、まちがいなくビブリアシリーズの最高峰と言っても過言ではありません。



  これまでにも、古書店同業者で行われるオークションはこの小説の舞台となってきましたが、この最終巻では、我々の知らない古書取引の現場が舞台となり、大いなるワンダーが繰り広げられます。そして、感動のラスト。皆さんもこの本で、「本」にまつわるワンダーを心行くまでご堪能ください。感動が訪れること間違いなしです。


  著者の三上さんは、あとがきで、このシリーズは一区切りがついたものの、今後も番外編やスピンオフ作品は書いていくつもり、と語っています。その作品に一日も早く出会えることに期待して、今回はお別れしたいと思います。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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2017年03月29日

伊福部昭 音楽を愛する心


こんばんは。


NO MUSIC,NO LIFE.(音楽なくして、人生は成り立たない。)


  この言葉は、音楽を心から愛する人にとっては座右の銘の一つだと思います。かくゆう私も「人生楽しみ」の筆頭は音楽です。


  今週は、音楽を語る伊福部昭氏の本を読んでいました。


「音楽入門」(伊福部昭著 角川ソフィア文庫 2016年)


【音楽なくして人生は】


  さて、皆さんはどんなジャンルの音楽に心を動かされるのでしょうか。


  私が今、一番はまっているのはクラブ系のフュージョンジャズです。かつては、フュージョンと呼ばれてジャズとロックの融合がジャズミュージシャンの間で一世を風靡しました。古くは、超一流のジャズミュージシャン(キーボード:本田竹嚝、サックス:峰厚介、ベース:川端民生、ドラムス:村上寛、ギター:大出元信)によるユニット「ネイティブ・サン」。その音楽は、卓越したスピリットとテクニックで我々を魅了してくれました。


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(フュージョンの名盤「native son」amazon.co.jpより)


  当時、「スクウェア」や「カシオペア」がいきなり学生バンドからフュージョンバンドとしてデビューしていましたが、「ネイティブ・サン」は一味違いました。彼らは一人一人がスタンダードジャズのインプロビゼーションでジャズファンをうならせていたミュージシャンであり、テーマさえ決めておけば一晩中でもセッションを続けられる実力の持ち主でした。


  その疾走する音楽は、アルバムはともかく、ライブであれば一度として同じ演奏はないほどのインプロビゼーションを繰り広げていたのです。ミュージシャン自らが心でグルーブする疾走感が、何よりの魅力でした。彼らが、フュージョンの名演奏を世に送り出すと同時に、渡邉貞夫や日野皓正、さらにはラテンの松岡直也などが、次々とフュージョンの名アルバムを残したのです。


  今、この流れを汲む日本のミュージシャンたちが活躍しています。2013年にデビューして、昨年、車のCMでブレイクした「Suchimos」(ボーカルが「ヨンス」と呼ばれていますが、韓国は関係なく、神奈川県藤沢出身のバンドです。)は、シャカタクを彷彿とさせるセンスのよいボーカルと編曲で、我々を魅了してくれます。ジャズフィールドでは、昨年「東京ジャズ」に出演した「Fox Caputure Plan」(日本のバンドです。)も卓越したテクニックでポストフュージョンを牽引してくれています。


  最近ライブではまっているのは、ギターライブです。今、フラメンコギターの沖仁さんがジャズギターの渡辺香津美とデュオライブを繰り広げています。オリジナル曲も疾走感があり素晴らしいのですが、サイモン&ガーファンクルの「スカボロ・フェア」やラベルの「ボレロ」などがお二人の手にかかると見事なジャズフラメンコに変身し、我々を魅了してくれます。


  昨年の7月のライブでは、なんと演歌の名曲「津軽海峡冬景色」、ジョン・レノンの「カム・トゥギャザー」も飛び出し、ワンダーでした。


  今年の2月には、やはりジャズギタリストの小沼ようすけさんが、元オルケスタのピアニスト塩谷哲さんと行ったデュオライブに行ってきました。小沼さんは、10年ほど前に藤沢に転居して大好きなサーフィン三昧の日々を送っているそうです。そのときからワールドミュージックに興味を持ち、昨年発表したフレンチカビリアンのミュージシャンとパリで録音したアルバムは、ニューフュージョンアルバムの傑作です。


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(ニューアルバム「Jam Ka Deux」amazon.co.jpより)


  このライブは、お二人のジャズマインドがみごとな化学反応を引き起こし、ピアノの和音をギターがしっかりとバックアップし、ギターのピッキングスケールをピアノがユニゾンするという夢のような美しいインプロビゼーションを楽しむことが出来ました。


  さらに同じ月にTBS赤坂シアターで行われたギターサミットも素晴らしいギターライブでした。フラメンコギターの沖仁さんとジャズギターの渡辺香津美さん、そして、ロックギターのSUGIZOさんのギタートリオライブです。かつて、スーパーギタートリオと言えば、ジャズのアル・ディ・メオラ、フラメンコのパコ・デ・ルシア、ロックのジョン・マグラグリンによるライブが定番でした。


  今回の3人のトリオは、スーパーギタートリオを彷彿とさせる「地中海の舞踏」や「スペイン」でも迫力の演奏を聞かせてくれました。しかし、それよりも素晴らしかったのは、LUNA SEAのギタリスト&バイオリニストであるSUGIZOさんのギターです。沖仁さんとデュオで繰り広げたフラメンコ風の曲では、パッションにあふれる演奏に圧倒されました。(本人にいわく「えせフラメンコ」)さらには、SUGIZOさんと香津美さんの「千のナイフ」やおなじみ「ラウンド・ミッドナイト」など、心が躍るような演奏が続きます。


  音楽の話をはじめると留まるところを知りません。今回は、本の紹介なので、好きな音楽の話はまた今度にしましょう。


【映画音楽とクラシック】


  さて、伊福部昭さんは2006年に91歳という長寿で亡くなりましたが、作曲家としてたくさんの管弦楽曲、器楽曲、吹奏曲、さらには舞台曲(バレエ音楽)を世に残している日本を代表する作曲家の一人です。映画音楽の作曲者としても著名で、1947年から1991年まで、数百曲を映画のために書き下ろしています。


  特に有名な曲は、1954年に公開された伝説の名画「ゴジラ」の楽曲です。東宝のゴシラシリーズの曲はほとんどが伊福部さんの手によるものですが、ゴジラのみならず、「海底軍艦」、「サンダ対ガイラ」さらには大映の名画「大魔神」シリーズの楽曲にも伊福部さんが作曲した名曲が使われています。


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(東宝映画「サンダ対ガイラ」ポスター)


  昨年公開された庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」では、「ゴジラ」のオリジナル・バージョンが映画を大いに盛り上げていました。伊福部さんはモーリス・ラベルを大いに敬愛しており、テーマが繰り返されながら徐々に変奏を加え盛り上がっていく「ボレロ」の手法は、「ゴジラ」の楽曲の中でも大いに生かされていたようです。


  伊福部さんは、音楽作曲の技術を独学で学んだといいます。なんと12歳の時から音楽をやるのならば作曲を行うべき、との言葉に従い、作曲をはじめ、19歳の時にはギターのための曲やピアノ曲を完成させたというから驚きです。その後、海外や国内で賞を取るなど、数々の現代クラシックの楽曲を手掛けてきました。


  今回の本は、そんな伊福部さんが「音楽とは何か」を綴った音楽本です。上梓されたのは1951年。1946年に伊福部氏は東京音楽大学の作曲科の講師を務め、このときの教え子には芥川也寸志さんや黛敏郎さんがいたそうです。そして、映画音楽の仕事を始めたのが1948年。このころは、30代後半の最も脂の乗り切った時期であり、この本もそのころに記されたものです。


  ちなみにはじめて上梓されたときの題名は、「音楽入門−音楽鑑賞の立場」でした。


  誰もがご存知の「ゴジラ」は1954年の公開ですので、ちょうど40歳の年に伊福部昭はコジラを作ったことになります。「律動」と「日本民族の音」、この二つが彼の特徴と言われていますが、「ゴジラ」の音楽はまさにそれを現したみごとな楽曲でした。(先日、「シン・ゴジラ」に感激し、思わずサントラCDを購入してしまいました。これでいつでも「ゴジラ」を聞くことが出来ます。)


  今回、文庫で再版されたのも「シン・ゴジラ」のヒットにあやかったものと思われますが、本屋でみつけた瞬間に購入しました。


【音楽を聴くということ】


さて、目次をみると、


はしがき

第一章 音楽はどのようにして生まれたか

第二章 音楽と連想

第三章 音楽の素材と表現

第四章 音楽は音楽以外の何ものも表現しない

第五章 音楽における条件反射

第六章 純粋音楽と効用音楽

第七章 音楽における形式

第八章 音楽観の歴史

第九章 現代音楽における諸潮流

第十章 現代生活と音楽

第十一章 音楽における民族性

あとがき


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(伊福部昭「音楽入門」amazon.co.jpより)


  この本で語られているのは、音楽を聴くときの考え方(姿勢)です。


  象徴的に語られるのは、「純粋音楽」と「効用音楽」の差異です。伊福部さんは映画音楽も多く手掛けてきており、純粋に音楽として聴く「純粋音楽」と演劇や舞踊、映画で使われる「効用音楽」とは鑑賞方法が異なるといいます。「効用音楽」の中には、広い意味で古代からの詩歌やシャーマニズム、宗教歌などで使われていた楽曲までも含まれています。


  歴史的には、「純粋音楽」が創り始められたのは近世ヨーロッパであると語ります。


  音楽を司る要素には、「律動」「旋律」「和声」の3つの要素があると分析しますが、氏が作曲するときに重要視していたのは、「律動」です。律動とはリズムのことですが、それは鼓動であり手拍子に通じます。今でいえばロックのドラムスに当たるものですが、「ゴジラ」の音楽では、この「律動」が大きな効果を帯び、ゴジラと不可分の一体をなしていました。


  氏は、音楽を聴くときの姿勢として、多くの評論に見られるような「音楽ができた背景」、「音楽の修辞語による解説」、「作者の経歴」を求めるのは間違いだと語ります。特に「純粋音楽」は、すべての付随物を考えることなしに「音楽」そのものに向き合うことが正しい聴き方だと言うのです。この本は作る側の記述を避けており、直接の言及を控えていますが、真に聞く価値がある純粋音楽は、題材や素材を超えて音楽として心を打つ音楽であるべき、との考えが見えてきます。


  サティの「ジムノペティ」とリヒャルト・シュトラウスの「ツァラストラはかく語りき」を比較して、純粋音楽への態度を解説するくだりは、氏の音楽に対する姿勢がよくわかり、思わずニヤリとしてしまいます。サティの音楽は私も含めて敬愛する人がたくさんいます。かの坂本龍一さんもサティの音の繊細さを敬愛しています。伊福部さんは、「ツァラスストラ」がニーチェの著作を再現しようとして純粋音楽としては失敗しているとみなしていたようです。


  この本の精神は、ライブに行くとよくわかります。心から楽しめるライブは、音楽に躍動感やエモーション、ムーブメントが備わっているものです。逆にそうしたものを感じることが出来ないライブは、楽しむことが出来ずに時間を持て余してしまいます。


  伊福部さんは、できる限り平易に、しかも合理的(科学的?)に我々に音楽への向きあい方と必要な知識を語ってくれます。


  とても面白い本でしたが、やはり時代を感じるところもいくつかあります。例えば、音楽の歴史の中で、「現在の若い女性たちが・・・ジャズ音楽を好んで踊るのを退廃的だと」との記述があるのですが、この本はロックンロール以前の本なのです。今や尋ねることはできませんが、伊福部さんはロックの隆盛に対してどのように評価していたのか、ぜひ聞いてみたいところです。


  この本の最後に、1975年のインタビューが掲載されています。伊福部さんの生の声が聞こえてとても楽しいのですが、割とシャイなのは生まれ年のなせる技なのでしょうか。「ゴジラ」のくだりで、楽曲のことはあまり覚えておらず、ゴジラの声やゴジラの足音の効果音に苦労したことが記憶に残っているとのこと。やはり、プロの仕事とはそういうものなのか、と妙に納得しました。



  音楽を愛する皆さん、少し心を安らかにしてこの本の声に耳を傾けてください。音楽を聴くとはどういうことなのか改めて考える時間を持つことが出来ます。「NO MUSIC,NO LIFE.」とはまさに伊福部さんのためにある言葉だと改めて心を動かされます。


  季節はいよいよ春。新たな出会いの季節が巡ってきました。皆さん、花粉と体調に気をつけて元気に新年度をお迎えください。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 22:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

40億人が信じる一神教とは?


こんにちは。


  先日(318日)、フランスのオルリー空港で、女性兵士の銃を奪おうとした男がフランスの兵士に射殺されるという事件が起きました。パリでは2015年の同時多発テロ以来、非常事態宣言を延長しており、この日も空港では治安部隊が警戒を続けていました。この事件を受けて、空港や接続するターミナルは閉鎖され、利用者は避難し、ケガ人はありませんでした。


  この男は、以前からフランス警察に過激な思想を持つとしてマークされていたそうです。今のところ、組織的な背景はなさそうですが、女性兵士ともみ合った時に「アラーのために死ぬ。」と叫んでいたとの発表がありました。アラーは、イスラム教が頂く唯一神であり、この男はイスラムの過激思想に染まっていたことは間違いないようです。


  イスラム=テロとのラベルは、決して正しいと思えませんが、9.11.のテロのときにブッシュ大統領がテロはイスラム過激派によって引き起こされたことから報復を宣言し、アメリカ国内ではイスラム教徒は敵だとの世論が幅を利かせていたのは、記憶に新しいところです。


  つい一昨日もロンドン国会議事堂の近くで男が車で人をはね、さらにナイフを持って警察官に切りかかり、その場で射殺されるという事件が起こりました。こちらもイスラム過激派のテロとされており、ヨーロッパ全体がテロの脅威に震撼しています。


1703ロンドンテロ.jpg

(ロンドン テロの現場 asahi.comより)


  トランプ米大統領が2度にわたって発した大統領令では、アメリカを脅かす過激派の入国が差し止められています。アルカイダやISによるテロが過激なイスラム教の思想に染まっていることは明らかな事実ではありますが、イスラム教徒すべてが否定されるには、明らかに誤っています。しかし、我々日本人にとって、イスラム過激派の行動は理解の範疇を超えており、何を基準にしてイスラム過激派に対峙すべきなのか、まったくわかりません。


  今週は、そんな一神教を語る対談本を読んでいました。


「あぶない一神教」(佐藤優 橋爪大三郎著 小学館新書 2015年)


【橋爪大三郎氏 宗教を語る】

  2011年に上梓された「ふしぎなキリスト教」は、社会学者の橋爪大三郎氏がナショナリズムの研究者である大沢真幸氏と対談によってキリスト教を解き明かしていく、とてもワンダーな対談本でした。橋爪氏は、自らもキリスト教徒であり、ユダヤ教から説き起こされる歴史を踏まえた解説は、本当に面白く,

ワンダーなものでした。


  氏は、その後も「ゆかいな仏教」「世界は宗教で動いている」で、我々に宗教の意味するところとその重要性を語ってくれました。その橋爪氏が、今回は、今を時めく元外務省分析官である佐藤優氏と一神教と日本を巡って、様々な知見を語り合う本を上梓しました。佐藤優氏は、様々な分野に深い知見を持っていますが、大学時代には同志社大学の神学部でキリスト教を専攻し、研究していたそうなのです。


  もちろんご本人もクリスチャンですが、対談の中では、「過去の伝統や遺産だけにしがみつく宗教に、私は魅力も将来性も感じません。」と語っており、教条主義の宗教研究者とは一味違うようです。


  今回の本は、どっしりと一神教の基本的な仕組みを語る橋爪氏とあらゆる知を俯瞰しようとする佐藤優氏が丁々発止と語り合うとの内容であり、随所にワンダーを感じることが出来ます。


  その目次は、次のとおり。


まえがき(佐藤優)

序章 孤立する日本人

第一章 一神教の誕生

第二章 迷えるイスラム教

第三章 キリスト教の限界

第四章 一神教と資本主義

第五章 「未知なるもの」と対話するために

あとがき(橋爪大三郎)


abunai一神教01.jpg

(「あぶない一神教」amazon.co.jpより)


【目からうろこの対談】


  この本で語られる一神教とは、ユダヤ教とキリスト教そしてイスラム教です。ユダヤ教の神はヤハウェ、キリスト教の神もユダヤ教と同じ、イスラム教の神は皆さんもよくご存じのアラーです。


  我々日本人が一神教を理解できないとの事象を佐藤優氏は、ISに自ら渡航し、人質となって殺害されたジャーナリストの後藤健二氏の動機を例に語ります。後藤氏は、軍事会社の経営に当たる湯川遥奈氏が仕事で渡航し拘束されたことをうけ、彼を救うために単身ISへと侵入しました。我々は、その動機を様々に憶測し、なぜ後藤氏が身の危険を顧みずに死地に入ったのかの理由を忖度します。しかし、どう考えてもその真の理由を納得することが出来ません。


  佐藤氏は、キリスト者として彼が渡航した動機を語ります。それは、彼が「湯川氏を救いに行きなさい。」という神の声を聴いた、というのです。一神教の神は、全知全能の神です。神は、人を作り、この世界の万物を創造した創造主です。その創造主から語られた指示は、キリスト者にとっては守らなければならない指示だった、それが後藤氏をしてISに行かせたのです。


  そのことは、キリスト者には十分に理解できているので、ヨーロッパ社会は後藤氏の行動に理解と敬意を表したのだ、と言います。一方、ISもイスラム教徒いう一神教であるからにはそのことを十分に理解しており、理解しているからこそキリスト者としての後藤氏を殺害したのです。キリスト教対イスラム教の戦いが、イスラム過激派の正義であることがそのことの根底にあるわけです。


  この本で、お二人は対立するキリスト教とイスラム教を分析し、一神教はあぶないと語りますが、同時にこうした一神教の論理や価値観を理解することが出来ず、表面的な論理だけで外交を行う日本は、もっとあぶないと警鐘を鳴らします。


  さて、この本の前半はどちらも一神教であるキリスト教とイスラム教の違いを語ることで進んでいきます。


【キリスト教とイスラム教】


  キリスト教はもともとユダヤ教から派生した宗教です。どちらも経典は聖書。ユダヤ教は旧約聖書が経典となっており、キリスト教は旧約聖書と新約聖書を合わせた聖書が経典となります。どちらもヤハウェを唯一の神としており、この世のものは我々人間も含めてすべてが、全能の神によって創造されたものです。


  預言者とは、神と人の間に立って神の言葉を人に伝える役目を担います。キリスト教を複雑にしているのは、キリストの存在です。彼は、預言者で人であると同時に磔の刑で亡くなった後に神として復活します。そこで、キリストは神の子=メシア(救世主)となるわけです。キリストは、人間なのか神なのか。この対談を読むとキリスト教を研究する神学においてそこが大きな問題であることが良くわかります。


マンティーニャ キリスト磔刑01.jpg

(マンテーニャ画「キリストの磔刑」wikipediaより)


  イスラム教では唯一神であるアッラーの神は直接人間に語りかけてくれません。その聖典であるクルアーン(コーラン)は、預言者であるムハンマドが神から授けられた言葉を綴ったもので、アラビア語で記されています。イスラム教はある意味では非常に明快な宗教です。それは、神の教えはすべてクルアーンに書かれており、このクルアーンのとおりに行動し祈ることが、イスラム教の信仰とイコールになるからです。


  さらに、この対談の中で印象的なのは、神様が我々人間をどうやって裁くかがキリスト教とその他二つの宗教とは違うとのくだりです。キリスト教で我々人間は、その存在自体がすでに罪を背負っていると考えます。それが、いわいる「原罪」というものです。


  イスラム教では、原罪との考え方はなく、死ぬ時に神の前で生前の行為の是非が秤のように計られて、天国に行くか地獄に行くから決められるわけですが、キリスト教ではこの原罪があるために教会の執り成しによって、生前の原罪への身の処し方が問題になるのだといいます。


  カソリックでは、教会で免罪符が売られ、金さえ出せば原罪があってもキリスト≒神に善行を認められて天国に行ける、として教会や僧侶が金儲けにまい進しました。そこで、聖書の教えに帰ろうとの精神から宗教改革がなされ、プロテスタントが生まれました。アメリカは、プロテスタントのピューリタンが作った国なのです。


  イスラム教にとって、死はけっして恐ろしいものではなく、クルアーンに記されている行為を実践さえしていれば必ず天国に行けます。クルアーンには「ジハード」という言葉があり、「神の道に奮戦、努力すること」をイスラムの成すべき行為としています。そもそもは、生き方を示した言葉ですが、イスラム共同体が脅かされたときには、それを守ることも「ジハード」として語られます。


  キリスト教の文化圏が拡大し、イスラム共同体への脅威となった時にイスラム教徒は、クルアーンの記述に従い「ジハード(聖戦)」によって共同体を守らなければならないのです。キリスト教文化によるイスラム教文化への脅威が「ジハード」という言葉に象徴されているのです。そのことで、命を落としたとしてもクルアーンの教えを実践したわけですから、皆天国に行けることとなるわけです。


【一神教の論理を語る】


  対談の中で提示される佐藤氏の語りは納得できます。それは、イスラム教=テロとの発想は間違っている、との言葉です。ISやアルカイダなどのテロ集団は、イスラム教の中でもほんの一部の宗派にすぎないということです。佐藤氏は、過激派のほとんどは、スンナ派の中の八ンバリー派、その中でもワッハーブ派のイスラムだと語っています。


ムハンマド01(天使ジブリール).jpg

(天使ジブリールから啓示を受けるムハンマド  wikipediaより)


  同時にイスラム教でなくとも過去からそれぞれの宗教内に殺人やテロ、戦争を厭わない宗派がおり、それはキリスト教でも、仏教でも、神道でも変わらない、と言います。確かに、宗教とはもともと苦しい人生を歩んでいく中で、一筋に光を見出して生き抜くために頼る知恵のようなものだったはずなのです。にもかかわらず、人類の歴史は宗教戦争の歴史でもあるわけで、これは宗教の問題というよりも、むしろ人間の本質にかかわる問題なのかも知れません。


  この対談の後半戦は、キリスト教の歴史を語りながら近代から現代にかけての問題をイスラム教とも比較しつつ論議していく内容となっています。


  橋爪氏は、アメリカにいた時にユニテリアン教会に通っていたといいます。ユニテリアン教会はキリスト教の教会ではありますが、キリスト教を実証的に検証する会派で、イエス・キリストは神ではなく人間であったことを是としています。この教会は、極めて自由度が高く、キリスト者でなくとも所属することが出来、信者には様々な人が受け入れられているそうです。


  聖書がすべてというファンダメンタリストには許しがたいことだと思いますが、現在でいうところのLGBTやジェンダーをすべて受け入れています。キリスト教の教義では、男色は罪として禁じられていますが、この教会ではゲイもレスビアンも問題なく受け入れているそうです。


  橋爪氏は、今後こうしたキリスト教のあり方が肯定されるかどうか、神学に宥和的な研究を期待したいといっています。


  対談はその後近代社会の中で一神教が果たしてきた役割に関する論議に至り、宗教改革でのルターの過激な思想やマックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」、トマス・ホッブスの「リバイヤサン」、そして、近代神学の大家であるカール・バルトの神学論と現代が抱える資本主義と宗教の問題など縦横無尽に語られていきます。



  この本は、現代の世界の出来事を読み解くには宗教の知識を持たなければいけないと、我々に警鐘を鳴らしてくれます。そして、そこに必要なのは単なる知識ではなく、知識と知識をつなげる総合知なのです。皆さんもこの本でぜひ知の対談を味わってください。ワンダーを知ること間違いなしです。


  さて、その日本の代表ですが、ワールドベースボールクラシックでは、日本が準決勝で強敵アメリカに惜敗したものの、全メンバーの全霊を尽くしたプレーに心から感動しました。すばらしかった。また、サッカーではWCアジア予選で、初戦で敗退したUAEに見事な勝利を収めました。アウェーでの勝利は、ハリルホジッチ監督の戦略と選手起用が光りました。これからの戦いが楽しみです。


  それでは皆さんお元気で、またお会いします。


本今回も最後までお付き合いありがとうございます。
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posted by 人生楽しみ at 16:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 評論(対談) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする